桂文字助 (4代目)

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4代目 桂 文字助かつら もじすけ
4代目 桂 文字助
丸に左三蓋松は、立川流の定紋である。ただし、本人は「丸に桔梗」を使用する。
本名 松田 治彦
生年月日 (1946-02-13) 1946年2月13日(73歳)
出身地 日本の旗 日本東京都江東区埼玉県大宮市生まれ)
師匠 6代目三升家小勝(1964年 - 1971年)
7代目立川談志(1971年 - )
名跡 1. 三升家勝松(1964年 - 1971年)
2. 立川談平(1971年 - 1980年)
3. 4代目桂文字助(1980年 - )
出囃子 外記猿
活動期間 1964年 -
活動内容 古典落語
所属 落語協会(1964年 - 1983年)
落語立川流(1983年 - 2015年)
フリー(2015年 - )

4代目桂 文字助(かつら もじすけ、1946年2月13日 - )は、東京都江東区出身の落語家落語立川流に所属していたが、2015年に脱退。本名、松田 治彦(まつだ はるひこ)。神奈川県立神奈川工業高等学校卒業。出囃子は『外記猿』。

「落語立川流きっての武闘派」「相撲噺のスペシャリスト[1]」と評される。

来歴・人物[編集]

7代目立川談志の総領弟子であるが、師匠・6代目三升家小勝死去による移籍(1971年)のため、最初に談志に入門したのではない。そのため、実質的な談志一門の総領弟子は最初に談志に入門した10代目土橋亭里う馬であり、談志没後の落語立川流代表には里う馬が就任している。

相撲噺を演じることが多い。これは本人の談によれば、かつて文字助が師匠・談志の相撲噺におかしな部分があったため意見した際、談志から「それならオレは今後相撲の噺はしない。その代わり、お前は明日から相撲の噺だけをしろ」と命じられたためとのこと。文字助は実際に相撲部屋へ稽古を見に周るほどの相撲研究家であり、歴代横綱を言い立てる芸も持つ。

笑点』(日本テレビ)の初代座布団運びである[2]。『笑点』降板後には兄弟子・三升家勝二(現:8代目三升家小勝)大喜利メンバーとして出演していた。大の日本酒好きとしても有名であり、特に菊正宗の上撰を好む。バツイチでもある。

2015年に立川流を脱退、弟弟子に当たる立川談四楼Twitterに投稿したところによると、本人曰く「文字助組を旗揚げした」とのことだったが、事実上の休業状態となり目立った活動を行わなくなる。その後も、談四楼がTwitterで最新の動静をしばしば伝えていた。2017年4月には、談四楼の独演会にゲスト出演し、元気な姿を見せている。

2017年9月22日、TBSの番組『爆報! THE フライデー』では立川流を脱退後、酒浸りの日々を過ごしていることが伝えられた[3]。また、2018年10月12日の同番組では、飲酒時に脳梗塞に倒れて救急搬送された後、入院していることが明らかにされている[4]

略歴[編集]

主な演目[編集]

CD[編集]

過去の弟子[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 週刊ポスト 2012年2月10日号 「談志の弟子で人気ダントツの志の輔 序列的には9番目の弟子」
  2. ^ a b ぴあMOOK『笑点五〇年史 1966-2016』130ページ
  3. ^ 「笑点の初代座布団運びは生活保護を受けていた…落語も5年間やっていなかった”. デイリースポーツ (2017年9月22日). 2019年1月29日閲覧。
  4. ^ 「笑点」初代座布団運び 脳梗塞で救急搬送されていた 生活保護受給”. デイリースポーツ (2018年10月12日). 2018年10月13日閲覧。
  5. ^ 「佐野山」という題名でも知られる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]