三遊亭とむ

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三遊亭 とむさんゆうてい とむ
三遊亭 とむ
三ツ組橘は、5代目圓楽一門の定紋である。
本名 末高 斗夢(すえたか とむ)
別名 末高斗夢(旧芸名)
生年月日 (1983-12-31) 1983年12月31日(33歳)
出身地 日本の旗 日本東京都新宿区
師匠 三遊亭好楽
名跡 1. 三遊亭こうもり(2011年 - 2014年)
2. 三遊亭とむ(2014年 - )
出囃子 石段
活動期間 1999年 -
活動内容 お笑いタレント(1999年 - )
落語(2011年 - )
配偶者 あり(一般人)
所属 円楽一門会
ギャグシンセサイザー(マネジメント)
公式サイト http://sanyutei-tom.com/

三遊亭とむ(さんゆうていとむ、1983年12月31日 - )は、日本お笑いタレント落語家俳優である。

別名義・旧芸名・本名、末高 斗夢(すえたか とむ)。旧高座名、三遊亭こうもり(さんゆうてい こうもり)

円楽一門会、株式会社ギャグシンセサイザー所属。

来歴[編集]

東京都新宿区西早稲田出身

実家は東京都板橋区常盤台の『末高歯科医院』。

明治学院東村山高等学校卒業 亜細亜大学中退

1999年2月、お笑い芸人「末高斗夢」でデビュー(ホリプロコム所属、2011年9月14日まで)。

2011年8月、落語家三遊亭好楽に入門し「三遊亭こうもり」として活動していくことを発表[1]。 

2013年2月、R-1ぐらんぷり決勝進出

2014年9月、二つ目昇進および高座名を「三遊亭とむ」に改名。出囃子は『石段』

2015年11月11日、3歳年上の一般女性と結婚[2]

2016年5月28日、ヒルトン東京で挙式・披露宴を行った[3]

ネタ[編集]

三遊亭とむ[編集]

持ちネタの中では、都々逸を得意とし、「都々逸親子」と題した噺などがある。

末高斗夢時代[編集]

小学生低学年レベルのダジャレをベースとしたネタを得意とし、笑わせることを目的としておらず、その場を凍りつかせることを目的とした芸風。お玉と下駄を組み合わせた「おったまげた」など。基本的にネタは全て巨大なドラムバッグから取り出す。日用品をつなげたり少し改造した小さな物から、家電製品や工作品など大掛かりな物を使ったネタもある。また、ネタのオチには必ず「♪ハイ、末髙斗〜夢〜」と左手を首の辺りでひらひらさせるアクションをする。お笑い番組だけでなく、芸能レポーター的な仕事で駄洒落を披露することも多い。

ネタの一例

最後のネタとして取り出した小道具をカバンにしまう「しまっていこう!」の後に、もう一つダジャレを出して終わる。元々「W(ダブル湯)!」だったが、加護亜依の喫煙騒動があってからは「湯ツー!」に変わっている。また、同類のネタで「あびる優(浴びる湯)!」というのもあったが、これもあびるの不祥事以降取りやめている。
  • 2007年5月には、これらのダジャレネタを用いたマスコットがユージンからガシャポンとして販売されている(定価は1個200円)[1]

エピソード[編集]

中学生の頃にチェキッ娘のファンになり、「いつかチェキッ娘と共演したい」と思って、チェキッ娘の出演していたフジテレビの番組『DAIBAッテキ!!』の木曜日のコーナーに出演し、ネタを披露したことがあった[4]

2000年、「ミスター・ヤングマガジン」のグランプリを受賞したことがある。その際に審査の写真として、パンツ一丁になり、体に「2000 ミレニアム おめでとう」と書いた写真を送った[4]

15歳の時に、母親をスタッフにしてライブを主催した。実家が「歯科医院」(末高歯科医院)を経営しているため、「道楽者」、「親のスネかじり」などと言われることもあるが、実際にはアルバイトをして小道具を買っているという[4]。大学受験の面接でダジャレのネタをやった[5]結果、合格した。

事務所の先輩井戸田潤スピードワゴン)曰く、ネタに出来そうな道具はとりあえず買うという。また、同じピン芸人の高橋工房から小道具の提供を受けることもある(高橋は末高の“専属”で小道具提供を行っていたこともある)。中には、ネタに使えなかったり「ぎこちない」ことになってしまうこともある[5]

『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦』2004年年末の回に出場した際、得意のネタで勝負に出て見事うけるが、同じ番組に出ていたさがね正裕(X-GUN)に「末高斗〜夢〜♪」のネタをその場で盗まれてしまう。当然さがねは司会者陣に怒られていた。

日本テレビ系ドラマ『野ブタ。をプロデュース』では同世代でもあるぼれろ渡辺敬介と「ディスティニー」と言うコンビを組んだ。また、同ドラマで共演したKAT-TUN亀梨和也とは親交が深い。『野ブタ。をプロデュース』のオーディションを受けるために、同局の『ラジかるッ』でのお天気コーナーを代役として同じ事務所の後輩のザ・たっちに務めてもらったが、ザ・たっちが急激に売れ出したためにお天気コーナーの出演が立ち消えになった。その後、2007年3月に「ラジかるッ」は降板。

ザ・たっちビームとDVDの発売記者会見を行ったが、ザ・たっちがメインだったため、ワイドショーの放送ではほとんど出番がなかった。

ウエンツ瑛士と親交が深い。2010年10月11日放送の『もしものシミュレーションバラエティー お試しかっ!』の3時間SPではウエンツの相方として番組後半に遅れて出演するが、他の出演者達は小池徹平の出演を期待していたために微妙な雰囲気となり、登場時や合間に行ったダジャレネタも不発に終わった。

TBS系で放送された『DOORS 2006』で末高はボケをしていたらしいが、MCであるナインティナインがフォローできなかった。本来なら先輩芸人は若手芸人のフォローをする[6]

日本テレビ系の『第66回欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞』に「ボディーブレード」という作品で出場したことがある。

文化放送の『大竹まこと ゴールデンラジオ!』で、月3万5千円前後の出演料と副業を明かしたことがある。また、ラジオ番組の企画で、レギュラーコーナーを一日だけ素人と強制的に交換されたこともあった。

アッコにおまかせ!』のコーナー「おまかせ人間遺産」でミネラルウォーターの銘柄を飲み比べて当てる「利き水」に挑戦し、見事全問正解で人間遺産に認められた。しかし、特技は絶賛されたがダジャレネタを連発し事務所の大先輩である和田アキ子を困惑させた。

歌舞伎役者の市川弘太郎、NHKアナウンサーの渡邊佐和子、宝塚雪組の千風カレンは幼稚園の同窓である。

2012年3月29日放送『大竹まこと ゴールデンラジオ!』の番組中に、末高本人から所属中の「ホリプロコム」を退社し、『末高斗夢』のネームも終わりとした上で「三遊亭こうもり」として落語一本で芸能生活を続けて行くことが発表された。この際、大竹まこと曰く「俺が(お前のことを)かばって来たのに……お前は……何で自分で決めたの!?」と愕然とした様子で突然の降板を自ら決めた末高にコメントを返していた。末高によると、本来9月に活動終了するところ(ホリプロコムからは2011年9月をもって活動休止と発表済み[7])、調整がつかなかったため「ゴールデンラジオ」の出演のみ3月まで延長されていたとのこと。半年間活動自粛すれば以前と同様の活動ができることも明かされた。同番組に於ける末高の出演は同日で終了。4月からの後任は髭男爵山田ルイ53世が担当することになった。その後、10月4日から三遊亭こうもりとしてレポーターに復帰した(山田ルイ53世は火曜に移動)。

「落語(RAKUGO)」の頭文字「R」を由来とする第11回R-1ぐらんぷりにて桂三度とともに第1回以来の10年ぶりの落語家として決勝大会に出場する。 結果は決勝大会出場者唯一の0点となり、レギュラー出演する「大竹まこと ゴールデンラジオ!」で「三遊亭0点」と揶揄された。なお本人は「R-1効果で2週間はモテル」とナンパに励んでいた。

出演[編集]

レギュラー[編集]

現在のレギュラー[編集]

テレビ[編集]

無し

ラジオ[編集]

過去のレギュラー[編集]

テレビ[編集]
ラジオ[編集]

ドラマ[編集]

アニメ[編集]

CM[編集]

DVD[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ ご報告
  2. ^ 三遊亭とむ結婚、お相手は石原さとみ似の一般女性”. 日刊スポーツ (2015年11月13日). 2015年11月13日閲覧。
  3. ^ “落語家三遊亭とむが挙式 笑点新メンバー選出なるか”. 日刊スポーツ. (2016年5月29日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1654751.html 2016年5月30日閲覧。 
  4. ^ a b c 2006年2月号『お笑いポポロ』(麻布台出版社)より。
  5. ^ a b 「笑いの金メダル」(テレビ朝日)
  6. ^ ナインティナインのオールナイトニッポン』より
  7. ^ 末髙斗夢|ホリプロコム オフィシャルページ

外部リンク[編集]