東京ダイナマイト

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東京ダイナマイト
TOKYO DYNAMITE
メンバー 松田大輔
ハチミツ二郎
結成年 1996年(初代)
2001年(二代目)
事務所 トンパチ・プロ
オフィス北野
オスカープロモーション
(ハチミツのみ。松田は引き続きオフィス北野)→
フリー
よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1996年(2001年) -
師匠 浅草キッド
出身 新宿ラ・ママ
影響 ビートたけし
出会い 青木さやかの紹介(松田とハチミツ)
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 漫才など
ネタ作成者 ハチミツ二郎
過去の代表番組 笑いの金メダル
登龍門F
完売劇場
公式サイト プロフィール
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東京ダイナマイト(とうきょうダイナマイト)は、日本お笑いコンビよしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。ルミネtheよしもとを中心に活動中。

コントもするが、主に松田のシュールなボケにハチミツがクールなツッコミを入れる形式の漫才をする。

メンバー[編集]

  • ハチミツ二郎(ハチミツ じろう、1974年11月20日 - )本名、高野 二郎(たかの じろう)
    • 岡山県倉敷市出身。
    • 主にツッコミ担当。
    • クールなツッコミで松田のボケを受け流す。ネタによってはハチミツもボケてWボケのスタイルをとる場合もある。
    • 身長177cm、体重107kg、血液型O型。趣味は、睡眠、格闘技、握手。特技は料理。干支はとら。さそり座

概要[編集]

ハチミツ二郎が21歳の頃、パチンコ店で店員をしていた曽根卍(そねまんじ)と知り合い、初代「東京ダイナマイト」を結成。新宿ラ・ママのオーディションで初舞台を踏む。1997年10月、浅草キッド主催のライブ、浅草お兄さん会で優勝。その後も浅草お兄さん会と大川興業主催のライブ「すっとこどっこい」にレギュラー出演。しかし、ハチミツが社長を務めていたインディーズのお笑い事務所「トンパチ・プロ」の低迷期に初代は解散した。

新しい相方を探していたハチミツが、元「温泉こんにゃくアクロバットショー」の松田と知り合い、松田が以前より「(ハチミツと)コンビを組みたい」と考えていたことから意気投合。「トンパチプロ」の解散宣言と同時にコンビ結成を発表し、2001年、新生「東京ダイナマイト」がスタートした。それに伴いマネージメントがオフィス北野預かりとなり、これと前後して浅草キッドと師弟関係を結んだ。

結成3年目の2004年M-1グランプリで決勝に進出(後述)し、全国区の知名度を獲得した。以後ゴールデンタイムのお笑い番組などにも出演して活躍を続け、当時の事務所の大先輩であり大師匠(師匠の師匠)に当たるビートたけしからは「ようやくウチから商品になる奴が出てきた」と高い評価を受けていた。

2004年12月から不定期で『東京ダイナマイト先生』というトークライブを新宿ロフトプラスワンで行っており、毎回スペシャルゲストが来ている。2007年11月20日の「東京ダイナマイト先生vol.15 ハチミツ二郎お誕生日おめでとう記念大会〜」で15回目を迎えた。2008年1月30日に16回目を、同年3月27日に17回目をそれぞれ開催。一時、ハチミツがブログで「飽きたから辞めた」と書いていたが、17回目から1年後の2009年3月26日には「復活」と称し、18回目「東京ダイナマイト先生vol.18 〜もっと東京ダイナマイト先生〜」を開催している。

2008年6月20日をもってハチミツがオフィス北野を退社した(退社の理由はビートたけしがオレたちひょうきん族で遅刻した際に言った『お化けが出た』と同じ言い訳をした事と、その後会社で話し合いが持たれ、『今後M-1グランプリで吉本勢に勝つには劇場で場数を踏む事が必要』と熱弁したら『だったら吉本でもどこでも好きな所行ってください』と言われた事などが重なったためという)。松田は広告契約の関係からすぐには退社できないが、2009年3月に退社することとなった[1]

2008年9月5日オスカープロモーションとマネジメント契約をした事を発表したが[2]2009年3月15日付でそのオスカーからも退社。松田も3月をもってオフィス北野を退社した。オスカー退社の理由は「M-1グランプリで4年連続準決勝敗退に終わったことが相当悔しかった」ため「武者修行の旅に出たい」とのことで、オスカー側も「温かく見守ってあげたいと思います」と円満退社である旨コメントしている[3]

2009年4月からは、そろってフリーとなる。また、同年よりよしもと浅草花月を中心に、よしもとクリエイティブ・エージェンシーの直営館への出演が増えており、なんばグランド花月にもゲスト出演を続けていた。

同年8月24日の公式ブログにて、よしもとクリエイティブ・エージェンシーへ所属する事を正式に発表した。

結成8年目となる2009年のM-1グランプリで5年ぶりの決勝進出を果たす。M-1グランプリに初出場後、事務所を移籍した芸人が出場した初のコンビ[4]であった。

2011年、THE MANZAI 2011認定漫才師に選ばれる。予選22位でワイルドカード決定戦に進出。

2012年のTHE MANZAIは2回戦で敗退するが、翌2013年には認定漫才師に返り咲き、予選3位の成績で決勝進出。しかし、翌2014年は再び2回戦敗退に終わっている。

賞レースの戦歴[編集]

M-1グランプリ[編集]

  • 第4回M-1グランプリで出演9組中、唯一ノーシードで決勝へ進んだ。結果は8位だったが、これを機会に全国的に名が知られることとなり、以後お笑い番組などへの出演が激増した。
    • しかしこの時審査員を務めていた春風亭小朝は、ネタ後の講評で東京ダイナマイトのファンであると前置きした上で、「もっと面白いネタがあるのになぜこのネタをやったのか」と苦言を呈した(この時やったのは『タクシー』のネタ)。また、同じく審査員の中田カウスは、ビートたけしから「あいつら優勝させて賞金を俺とあんちゃんで分けようぜ」と持ちかけられた事を発言した(ただしこれは仲の良い両者の間で交わされた軽口であり、カウスは公平に審査を行った)。この時決勝で披露した「タクシー」のネタは2003年4月25日放送の爆笑オンエアバトルでも披露していたが、結果145KBでオフエアになってしまい、ここでも満足の行く結果は残せていなかった。その後オンバトには何回か出場を重ね2005年5月7日、5回目の挑戦で初オンエアを達成(この時披露したネタはコント『床屋』で計量は449KB)したが、それ以降は出場していない。
  • 第5回大会は、決勝進出を見越して100万円の衣装を制作していたが、準決勝敗退。敗者復活枠からも漏れ、出演は叶わなかった。後日ハチミツは自身のブログで「敗者復活戦の結果には満足していない」とコメントした。
  • 第6回、第7回、第8回大会も準決勝で敗退し、4年連続の準決勝敗退となった。第8回大会の敗者復活戦もオードリーに次ぐ2位だったと自称しているが、第5回大会ともに公式のアナウンスのものではないことは留保する必要があり、どちらも事実は違うとも言われている。
  • 第9回大会には5大会ぶりの決勝進出を果たし、「格闘技の勝利者インタビュー」のネタを披露。結果は6位だった。
  • 5年ぶりの開催となった第11回大会は準決勝で敗退。ラストイヤーだった第12回大会も準決勝で敗退した。

THE MANZAI[編集]

  • 2011年 認定漫才師選出
  • 2012年 2回戦敗退
  • 2013年 決勝進出(Cグループ3位)
  • 2014年 2回戦敗退

キングオブコント[編集]

  • 2008年 準決勝進出
  • 2009年 3回戦進出
  • 2010年 3回戦進出
  • 2011年 3回戦進出
  • 2012年 準々決勝進出
  • 2017年 準々決勝進出

芸風[編集]

  • 一般の素人よりも玄人受けするその芸風を「大師匠」であるビートたけしから「寿司職人が休日に食べに行くベテランの寿司職人が握る寿司」と例えられた事がある。
  • 「同業者向けにネタを作っている」と公言しており、世間的な評価よりも芸人間での人気や評価が高いコンビでもある。「東京ダイナマイトのネタを袖で見ている芸人は売れる」というジンクスまであり、2007年にサンドウィッチマンが、2009年にパンクブーブーがM-1グランプリで優勝しそれを実証することになる(両者とも東京ダイナマイトの袖芸人)。
    • パンクブーブーのネタ作成担当・佐藤は、ルミネのスタッフに頼んで東京ダイナマイトのネタ部分だけを自分用にダビングしてもらっているそうである。
    • 東京ダイナマイトは2010年2月10日のブログで、「もしかしたら、パンクブーブーと一緒に俺のネタを袖で見ていたあべこうじもR-1獲るかもな」とコメント。それから一月も経たないうちに、その言葉は現実のものとなった。
  • 上記のようにその玄人受けする芸風から様々な芸人に慕われている一方、後輩芸人であるNON STYLE石田明は2016年10月3日放送回の「EXD44」(テレビ朝日系列)で共演した際に東京ダイナマイトの漫才[5]を見て「2人共動じずに漫才が進んでいくため、クライマックスに持っていくのが凄い難しい。2人の関係性が見えてくればもっと後半に盛り上がってくる。」というような評価を下している。なお、この指摘に対しハチミツは「(石田の指摘は)教科書だと思うんだよ。」「そもそもクライマックスに向かってない。」と反論。しかし、その反論に対しても石田は「クライマックスが無いから淡々と終わってしまい、最後の『いい加減にしろ』が気持ち悪く感じる。」と厳しく評していた。
    • この時、ハチミツが石田に対して「俺たちM-1獲れると思う?」と問いかけ、その質問に対して石田が「厳しいと思います。」と答える場面があったが、この年のM-1で東京ダイナマイトは準決勝敗退に終わり敗者復活戦でも勝ち上がれなかったため、この時の石田の予想は的中する形となった[6]

代表的なつかみ・ボケ[編集]

漫才・コント問わずネタ中に独特なつかみやボケを行う事が多い。以下はその代表的な例である。

  • 漫才をやる際、舞台に登場した直後に松田が刀を取り出し、「刀持ってきたぞー!!」と叫び、その様子をハチミツに窘められる。
    • M-1グランプリ2004の決勝大会で、このつかみを披露した。その際、松田は刀を抜こうとしたが抜くことが出来ず、「二郎ちゃん、これ優勝したら抜けるかもしんねーぞ!」と叫びハチミツから「とりあえずしまっとこうか。」と窘められる。しかし、結果は総合8位敗退に終わり、敗者コメントの際にハチミツは悔し紛れからか刀をあっさりと抜いてしまっていた。その後、M-1グランプリリターンズ2004に出演した際、松田が冒頭でこのつかみを披露した時にハチミツは「俺、刀に嫌な思い出あるから。」「滑った所までリターンズしなくていいから。」と冷静に突っ込んでいた。
    • その後、M-1では2005年から2008年まで毎年敗者復活戦に出場する度に必ずこのつかみを披露していた。しかし、回を重ねる毎に松田はハチミツから「毎年コレで滑ってんだろ」「真剣勝負なのに模造刀持って来てんじゃねぇ」など厳しいツッコミを入れられ、早々に刀を取り上げられていた。なお、2008年度では松田・ハチミツ両者共刀を持って登場していた。2年振りに出場した2010年の敗者復活戦でもこのつかみを披露していた。
    • M-1グランプリ2009の決勝大会及び2015、2016年大会の敗者復活戦では刀を使用しなかった。
  • ほとんどの漫才師は舞台に登場する際、冒頭で「どうも、○○です。」と自己紹介してから漫才に入るのが基本であるが、東京ダイナマイトの場合はネタをある程度進行させてから、そのネタの途中で唐突に「どうも、東京ダイナマイトです。」と自己紹介するという特殊な形式を行う事が多い。この形式は漫才・コント両方で行っている。しかし、M-1グランプリ2009の決勝大会ではこのつかみは行わず、冒頭でも自己紹介は行わなかった。
  • 松田が漫才の冒頭で麒麟川島明のモノマネ(「麒麟です」)を行う事もある。その際ハチミツは「麒麟って言っちゃったよ!」「あなたが麒麟って言ってしまえば僕は否定する気持ちはありませんからね。」などと返す。
  • 松田がハチミツにしゃべりかけながらセンターマイクに向かい、それにハチミツが突っ込んで漫才を始める、というつかみもある。このつかみはM-1グランプリ2009決勝大会で行われ、審査員の松本人志から賞賛を受けた。後に同じく審査員であった渡辺正行も自身のブログでこのつかみを絶賛している[7]
  • 松田とハチミツがそれぞれプライベートで離婚(後述)して以降は、漫才冒頭でハチミツが松田に「君、バツイチらしいね。」と語りかけ、それを聞いた松田が「お前もバツイチだろ。」と返しハチミツの頭を叩く、というつかみを行う事が多い。THE MANZAI2013の決勝やM-1グランプリ2015、2016の敗者復活戦でもこのつかみを披露していた。2017年現在はこのつかみを披露してから漫才を行う事が多くなっている。
  • 結成当初は2人が客席に向かって満面の笑みを披露して終わりというオチのネタをする事が多かった。2017年現在はそのようなネタは少なくなっている。
  • 松田の良い声を活かして歌ネタ(例:歌詞の「涙」の部分を「味噌汁」に変換して幸せな歌にするネタなど)を披露する事もある。その際、松田は変わった仕草や癖のある歌い方をしながら披露するため、ハチミツに突っ込まれる。
  • 「シリビアの泉」(「トリビアの泉」のパロディ)というネタを披露する事もある。ネタの内容は松田が本家「トリビアの泉」風に「皆さんが知っている情報を改めてお届けする」というもの(例:「ソースや醤油などの袋に こちら側のどちらからも切れますと書いてあるが たまに切れない」「瀬川瑛子の髪型はかっこいい」など)。そのシリビアを聞いた後、ハチミツは「知ってるよ。」と返す。
  • 「(ガムを噛んでいる事を突っ込まれ)ガムじゃねぇよ、ミノだよ。」と返すボケが様々なネタに導入されているのがよく見られる。また松田が「はじめてのおつかい」の事を「ガキの使い」と言っている、というボケもよく見られる。

エピソード[編集]

  • コンビ名は、ニューロティカの楽曲『東京DYNAMITE』からとったものである。DVD「グレートダイナマイトフロムヘル」の初回限定版特典CDで「東京DYNAMITE」をカバーしている。また、ニューロティカも東京ダイナマイトの活躍を受けて「ダイナマイトでぶっとばせ!」という曲を制作した。[8]
  • 名前が売れて「笑いの金メダル」などの番組への出演が続いていた頃、ハチミツが腰痛持ち(椎間板ヘルニア)であるため「せっかく2人で考えたキメポーズなのにできない、衣装も腰に負担が掛からない物しか着られない」という内部事情をカミングアウトしていた。なおハチミツの腰痛はそれ以降も完治していないらしく、ステージ上では近年は直立不動でほとんど動きのない体勢のままネタを行っている。 
  • 漫才の衣装に関してはハチミツが赤、松田が白になっている。2005年頃まではスーツ姿にハチミツが赤と銀、松田が黒と銀のマフラー(マラボーストールと呼ばれる羽毛でできた物)を首から掛けていた。その後は2人共主に着物姿で出演する事が多くなり、2017年現在は両者黒スーツ姿で漫才を披露している。
  • 2人とも大のプロレスファンで、西口プロレスの大トカゲプロレス軍団に名を連ねている。また、2005年に行われた単独ライブ『DYNAMANIA』および同公演を収録したDVDで、女子プロレスラー・ダンプ松本と共演している。またハチミツは週刊プロレスで月1連載をしている。
  • 会長をハチミツとした「二郎会」というハチミツ二郎を尊敬&敬愛している芸人仲間で作られている会があり、ハチミツの誕生日には「ハチミツ二郎生誕祭」を催したりしている。 メンバーは伊達みきおサンドウィッチマン)、ドラゴン高山(超新塾)、関太(タイムマシーン3号)、五郎(上々軍団)、ボールボーイ(ニレンジャー)、末高斗夢、ですよ。、おやき(タカダ・コーポレーション)などとなっている。
  • 2011年のほぼ同時期に松田・ハチミツ両者共離婚したため、コンビ揃ってバツイチとなってしまっている(上述の「君、バツイチらしいね。」「お前もバツイチだろ。」のくだりもこのような経緯から生まれている)[9][10]。なお、ハチミツは2012年に再婚しており[11]、松田は2017年現在も未だ独身である。

出演[編集]

過去・単発出演[編集]

テレビ
ラジオ

コマーシャル[編集]

作品[編集]

DVD[編集]

単独作品
  • 『ユナイテッドステイツ オブ ニッポン』(2005年3月23日発売)
  • 『DYNAMANIA』(2005年9月21日発売)
  • 『LOVE IS OVER』(2006年8月18日発売)
パッケージ正面にはAV女優あいだゆあを起用している。
  • 『漫才ふたり旅』(2007年3月21日発売)
  • 『D-Generation X』(2007年10月17日発売)
  • 『驚愕UMAの謎を解け!東京ダイナマイト IN メキシコ』(2008年3月21日発売)
  • 『グレートダイナマイトフロムヘル』(2010年7月14日発売)
  • 『COMEDIAN GOD』(2013年2月27日発売)
  • 『2DAYS BIG ROMANCE 2015』(2015年8月5日発売)
その他
  • 『マジ☆ワラvol.6 東京ダイナマイト、ハレルヤ』(2005年8月25日発売)
  • 『東京ダイナマイト&サンドウィッチマンの漫才先生 in パラオ』(2009年8月5日発売)

単独ライブ[編集]

  • 2001年
    • 12月 - 「東京ダイナマイト復活祭」(シアターモリエール)
  • 2002年
    • 8月 - 「東京ダイナマイト伝説」(日比谷野音)
  • 2003年
    • 1月 - 「恐竜」(北沢タウンホール)
  • 2004年
    • 8月3日 - 「ユナイテッドステイツ オブ ニッポン」(北沢タウンホール)
  • 2005年
    • 4月 - 「DYNAMANIA」(新宿シアターアプル)
    • 8月 - 「M-1 Dynamite」(日比谷野音)
  • 2006年
    • 7月17日 - 8月24日 「MBC~漫才ベースボールクラッシック~」(福岡イムズホールほか)
    • 8月25日 「東京ダイナマイト祭り」(日比谷野音)
  • 2007年
    • 7月15日 - 「D-Generation X」(渋谷O-EAST)
    • 12月7日 - 「ダイナマイト現象」(新宿末広亭)※漫才のみ
  • 2008年
    • 11月25日 - 「さらば愛しき危険たちよ」(新宿シアターモリエール)
  • 2010年
    • 3月 - 「グレートダイナマイトフロムヘル」(ルミネtheよしもと)※コントのみ
  • 2012年
    • 11月26日 - 「COMEDIAN GOD」(ルミネtheよしもと)
  • 2015年
    • 3月14日 - 15日 - 「2DAYS大ロマンス」(ルミネtheよしもと)※14日はオールコントDAY、15日はオール漫才DAY

脚注[編集]

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  1. ^ オリコン (2008年7月17日). “東京ダイナマイト・ハチミツ二郎が事務所を退社しフリーに 相方・松田も今年度で退社”. 2008年7月19日閲覧。
  2. ^ 同日付東京中日スポーツ同日付公式ブログ「契約完了」
  3. ^ 東京スポーツ・2009年4月8日付 13面
  4. ^ その後、2015年度の第11回大会においてタイムマシーン3号(ジェイピィールーム→太田プロ)が史上2組目となった。
  5. ^ この時披露したネタは「シリビアの泉」(後述参照)
  6. ^ 日刊大衆 - ノンスタイル石田「何をスカしてんねん!」先輩芸人に強烈なダメ出し(2016年10月7日の記事)
  7. ^ 渡辺正行公式ブログ
  8. ^ 東京ダイナマイト公式ブログ
  9. ^ ORICON NEWS - 東京ダイナマイト、コンビそろって離婚(2011年10月14日の記事)
  10. ^ 他にこのような状況に該当するコンビとして、ココリコハイキングウォーキングなどがいる。
  11. ^ デイリースポーツ ONLINE - ハチミツ二郎再婚していた…夫人妊娠中(2012年7月31日の記事)

外部リンク[編集]