新宿末廣亭

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新宿末廣亭(しんじゅくすえひろてい)は、東京都新宿区新宿三丁目にある寄席である。都内に4軒存在する落語定席の一つで、落語を中心に、漫才俗曲などの色物芸が演じられている老舗(「色物」という言葉は寄席に由来する)。末廣亭は、常用漢字である末広亭と表記されることも多く、末広亭の外に掲げられた提灯の中には末「広」亭と書かれたものもある(画像参照)。なお、かつて人形町に存在した寄席「人形町末廣」とは別物である[1]

新宿末廣亭

歴史[編集]

明治30年(1897年)創業。元々は堀江亭という名前で営業していたものを明治43年(1910年)に名古屋の浪曲師末広亭清風が買い取って末廣亭とした[2]。当時は現在地よりもやや南寄りの区画に立地していた[3]。大正10年(1921年)3月の新宿大火で類焼し、復興事業による区画整理で現在地に移転した[2]。そのころ経営の主体も末広亭清風の息子の秦弥之助に移る[4]。昭和7年(1932年)に日本芸術協会の発足に伴い落語定席になる[2]。昭和20年(1945年第二次世界大戦により焼失したが再建を果たせず、戦前に下谷の竹町[5]で寄席・六三亭を経営した経験があった北村銀太郎[6]が当時の落語界の重鎮であった柳亭左楽(5代目)のすすめで昭和21年(1946年)3月[2]に再建し、初代席亭と呼ばれる。昭和26年(1951年)3月に株式会社新宿末廣亭設立。昭和30年(1955年)に二階席を増設した。当時の落語ブームに乗って昭和36年(1961年)に「お笑い演芸館」でテレビ中継進出も果たし、以降「日曜演芸会」、「末廣演芸会」と番組内容とタイトルを変更しつつ昭和56年(1981年)まで続く長寿シリーズになった。戦後から続いていた落語ブームが下火になって以降も若手二つ目の勉強の場として深夜寄席を継続開催しており、平成15年(2003年)9月には改装工事を実施[2]して椅子席を150席から117席にしてスペースをゆったりさせた。トイレも近代的になり、快適に鑑賞できる環境が整備された。

席亭[編集]

初代[編集]

二代目[編集]

大正8年(1919年)生まれ。北村銀太郎の娘で、再建当時からテケツ(切符売場係)を務めていた。寄席の客離れが進むなかでの女席亭としての奮闘ぶりが平成10年(1998年)1月21日放送のテレビ東京のドキュメンタリー番組「新宿末広亭に生きて・女席亭の50年」、同年12月6日放送のNHK「首都圏’98 不況にふんばる女席亭~新宿 寄席の師走~」などで取り上げられたことがある。平成11年(1999年)3月30日没。落語協会の発表によると、遺言は「葬式は簡素に。お店は休まないでください……商売が大事、お客様が大切」であったという。

三代目[編集]

  • 北村幾夫(平成11年(1999年)~平成23年(2011年))
銀太郎の孫(長男の息子)に当たる。北村は過去のネタ帳をすべて保存しており、2008年2月14日ジュンク堂書店池袋本店でのトークショーで観客に披露した。また、読売新聞記者の長井好弘が近著にて紹介した(後述)。

四代目[編集]

  • 真山由光(平成23年(2011年)~)
銀太郎の孫(真山恵介・杉田恭子夫妻の息子)が現在、4代目支配人の座にある。

なお、銀太郎没後、形式的には銀太郎の息子である北村一男(1996年没)が席亭を継いだが、病弱で入退院を繰り返しており、銀太郎存命中から実務を行っていた杉田恭子が引き続き采配を振っていた。 一部では北村一男を勘定に入れて現席亭を5代目とする数え方もあるが、一般的には2代目杉田恭子、3代目北村幾夫、4代目真山由光とされている。

設備概要[編集]

東京の定席としては唯一木造の建物。寄席の伝統を残した、趣のある造りである。客席は1階と2階合わせて計313席あり、1階中央に椅子席、上手下手の両方に桟敷席が設けられている。2階席は雛段である。楽屋は1階上手側。

番組[編集]

毎月10日ごとに出演者・演目が入れ替えられている。

  • 上席(かみせき)1日~10日
  • 中席(なかせき)11日~20日
  • 下席(しもせき)21日~30日

出演者は以下のとおり。

  • 奇数月上席 - 落語芸術協会
  • 奇数月中席 - 落語協会
  • 奇数月下席 - 落語芸術協会
  • 偶数月上席 - 落語協会
  • 偶数月中席 - 落語芸術協会
  • 偶数月下席 - 落語協会

同じ協会がまる一日を担当するが昼の部と夜の部では出演者が異なる。なお、これは東京の寄席では通常のことである。席は特別興行などを除いて原則自由席。一部の特別興行を除き,昼席・夜席の入れ替えはなく、昼夜通しで見ることが可能である。飲酒は禁じられている。

  • 昼の部 12:00~16:30
  • 夜の部 17:00~21:00

芸術協会の真打披露はこの席から始まる。集客と高価なが見込めるゴールデンウィーク(5月上席)に打つことが多い。

深夜寄席[編集]

落語芸術協会・落語協会の二つ目に会場を貸し出し、落語家自身の自主興行の形で運営されている。毎土曜日にほぼ必ず開催される(午後9:30-11:30前後)。入場料500円。夜の部から通しで見ることはできない。1回のイベントで二つ目の落語家が4人上がる。期待の若手がたっぷり聞け(20~30分前後)、若い落語ファンに好評である。

四派で深夜[編集]

四派=落語芸術協会・落語協会・円楽一門会落語立川流の二つ目計4名が、前述深夜寄席と同じ時間(午後9:30-11:30前後)に料金1000円で落語を聴かせるというものである。

他のイベント[編集]

落語協会落語芸術協会に所属しない芸人のイベントも開催する。吉本興業所属の漫才コンビ中川家が定期的にライブを行なっていた。 三代目北村幾夫の企画で、圓楽・談志・桂小金治・鶴瓶・談春など、東京の定席とは無縁であった落語家を登場させている。

料金[編集]

  • 一般 3,000円
  • シニア(65歳以上)2,700円
  • 学生(中学生以上)2,500円
  • 友の会会員(優待会員)2,500円
  • 小学生 2,200円

年会費1万円で「末廣亭友の会」の会員になることができ、各種優待制度が設けられている。その他に団体割引などあり(いずれも、2014年5月現在)。通常公演の貸切りは行っていないが、午前中(9時30分-11時)に貸切り公演を行うことは可能。

定紋[編集]

丸に三つ柏

書籍[編集]

新宿末廣亭開場以来、記録・保管されてきたネタ帳を基に出された書籍。長井は読売新聞の落語担当記者・監査委員。2008年2月14日ジュンク堂書店池袋本店でのトークショーでは、北村がネタ帳を持ち込み、客に披露した。

スタッフの著書[編集]

三代目席亭・北村郁夫[編集]

北村へのインタビュー。

創業者・初代席亭・北村銀太郎[編集]

北村へのインタビュー。杉田恭子も登場する。

支配人・杉田憲治(筆名:真山恵介)[編集]

  • 真山恵介『寄席がき話』
  • 真山恵介『わっはっは笑事典』
  • 真山恵介『笑々フマジメな本』
  • 真山恵介『落語学入門』

テレビ出演でも知られた演芸評論家の真山恵介=杉田憲治(銀太郎の娘・杉田恭子の夫)は、筆禍事件(新聞連載で、7代圓蔵が牛太郎妓楼の客引き等を行う職)だった過去をバラし、いっとき末廣亭から解雇された)など多くの逸話を遺している。

その他、寄席文字を書いている橘右近・橘左近らも多く著書を出している。

アクセス[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 六代目三遊亭圓生『寄席切絵図』22 - 31頁、147 - 153頁によれば、元々は新宿・人形町共「末廣亭」と称していた。安藤鶴夫 文 金子桂三 写真『寄席はるあき』28頁に掲載の人形町末廣の古い造作のテケツ(チケット売り場)の写真では「末廣亭」と明り取りのガラスに記してある。金子桂三『志ん生を撮った!』173頁掲載の昭和35年(1960年)5月下席のプログラムでは運営者自らが「人形町末廣番組」と記し、文化デジタルライブラリー 寄席に入る 2015年3月7日閲覧掲載の昭和45年(1970年)1月中席と昭和41年(1966年)3月下席のビラにも「人形町末廣」としてある。「笑芸人」vol.13 9頁に掲載の昭和44年(1970年)初席の新宿末廣亭のビラには「新宿末廣亭」と記してあり、「笑芸人」vol.10 9頁に掲載の昭和45年(1970年)1月中席の新宿末廣亭のビラにも「新宿末廣亭」と記してある。上記の典拠によれば、少なくとも昭和30年代半ば以降は「新宿末廣亭」「人形町末廣」と明確に呼び分けていた事が見てとれる。
  2. ^ a b c d e 「笑芸人」vol.13 114頁。
  3. ^ 六代目三遊亭圓生『寄席切絵図』147 - 153頁。
  4. ^ 北村銀太郎・冨田均『聞書き・寄席末広亭』74頁。北村によれば移転は昭和初期。
  5. ^ 現・台東区台東4丁目。
  6. ^ 北村銀太郎・冨田均『聞書き・寄席末広亭 続』158 -159頁。本業は建築関連であったが、趣味が高じて寄席経営をしていた。六三亭は関東大震災で焼失した寄席・とんぼ軒の跡地に立地し、柳亭左楽(5代目)にすすめられて雷門助六(6代目)と共同経営していた。客入りの良い寄席だったが小学校用地として買収されて昭和3年(1928年)頃に開場から2年半程で閉場した。跡地は2015年現在、台東区立平成小学校(旧・竹町小学校)の敷地の一部になっている。

参考文献[編集]

  • 安藤鶴夫 文 金子桂三 写真『寄席はるあき』河出文庫、2001年。
  • 金子桂三『志ん生を撮った!』うなぎ書房、2004年。
  • 北村銀太郎・冨田均『聞書き・寄席末広亭』平凡社ライブラリー、2001年。
  • 北村銀太郎・冨田均『聞書き・寄席末広亭 続』平凡社ライブラリー、2001年。
  • 六代目三遊亭圓生『寄席切絵図』青蛙房、2001年。
  • 「笑芸人」vol.10、白夜書房、2003年。
  • 「笑芸人」vol.13、白夜書房、2004年。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度41分28.2秒 東経139度42分20.9秒