柳家権太楼 (3代目)

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三代目 柳家やなぎや 権太楼ごんたろう
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柳家権太楼定紋「くくり猿」
本名 梅原うめはら 健治けんじ
生年月日 (1947-01-24) 1947年1月24日(74歳)
出身地 日本の旗 日本東京都
師匠 五代目柳家つばめ
五代目柳家小さん
弟子 三代目柳家甚語楼
柳家我太楼
三代目柳家東三楼
柳家燕弥
柳家権之助
柳家さん光
名跡 1. 柳家ほたる
(1970年 - 1975年)
2. 柳家さん光
(1975年 - 1982年)
3. 三代目柳家権太楼
(1982年 - )
出囃子 金比羅
活動期間 1970年 -
活動内容 古典落語
公式サイト 柳家権太楼 WEB-GON
受賞歴
1978年11月∶NHK新人落語コンクール優秀賞
1980年1月∶昭和54年度日本演芸大賞ホープ賞
1987年2月∶昭和61年度若手演芸大賞
2011年∶平成23年度(第62回)芸術選奨文部科学大臣賞大衆芸能部門受賞
2013年紫綬褒章受賞
備考
落語協会理事付役員(2001年 - 2006年)
落語協会常任理事(2006年 - 2010年)
落語協会監事(2014年 - 2020年)
落語協会相談役(2020年 - )

三代目 柳家 権太楼(やなぎや ごんたろう、1947年1月24日 - )は、東京都北区出身の落語家である。本名:梅原 健治落語協会所属、同協会相談役。出囃子∶『金比羅』。

現在の落語界を代表する爆笑派。十八番の『代書屋』で知られる。

来歴[編集]

明治学院大学では、落語研究会で活躍。大学卒業後の1970年4月1日、五代目柳家つばめに弟子入り。前座名柳家ほたるを名乗る。前座時代には立川寸志林家種平林家公平の4人で「少女ふれんど」というバンドを結成しレコードを出している。

1974年9月に師匠つばめが死去したため、大師匠である五代目柳家小さん門下に直る。

1975年11月に二ツ目昇進。柳家さん光と改名した。

1980年代の落語協会では真打昇進試験が導入されていたが、さん光には抜擢昇進のチャンスが与えられた。異例の「抜擢試験」が彼一人を受験者として行われ[要出典]見事合格。1982年9月に18人抜きで真打に昇進し三代目柳家権太楼を襲名した。1982年当時の落語界において、古今亭志ん朝春風亭小朝(ともに36人抜き)に次ぐ3位であり、2019年現在は三遊亭歌之介(現:四代目三遊亭圓歌)と並んで歴代7位タイの記録である。

2001年、落語協会常務理事に就任。2010年に退任。2014年、落語協会監事に就任。2020年8月に監事を退任し相談役に就任。

芸歴[編集]

役職[編集]

  • 2001年10月∶落語協会理事付役員に就任。
  • 2006年6月∶落語協会常任理事に就任。
  • 2010年∶常任理事職を退任。
  • 2014年∶落語協会監事に就任。
  • 2020年8月∶監事を退任し相談役に就任。

人物[編集]

得意ネタ[編集]

受賞歴[編集]

弟子[編集]

真打[編集]

二ツ目[編集]

元弟子[編集]

著書[編集]

外部リンク[編集]