竃幽霊

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竃幽霊(へっついゆうれい)は古典落語の演目の一つ。原話は、安永2年(1773年)に出版された笑話本・「俗談今歳花時」の一遍である『幽霊』。元々は『かまど幽霊』という上方落語で、大正初期に3代目三遊亭圓馬が東京に持ち込んだ。

主な演者として、6代目三遊亭圓生3代目桂三木助9代目入船亭扇橋などがいる。

あらすじ[編集]

とある古道具屋で、いろいろと見繕っていた男の目に一つの竃(へっつい・以下平仮名で記述)が止まる。

へっついを三円で売り、お客の頼みで家まで運んだその夜、その客が戻ってきて道具屋の戸口をドンドンとたたいた。

「夜寝ていたらなぁ、道具屋。へっついの所からチロチロと陰火が出てきてなぁ、道具屋。幽霊がバーッ! 『金出せぇ~』、道具屋」

仕方がないので、道具屋の規約どおりに一円五十銭で引き取り、店頭に並べるとまた売れた。そして夜中になると戻ってきて、一円五十銭で下取り。

品物は無くならない上に、一円五十銭ずつ儲かる…。最初は大喜びしていた古道具屋だが、そのうち『幽霊の出る道具を売る店』と評判が立ち、ほかの品物もぱたりと売れなくなった。

困って夫婦で相談の上、だれか度胸のいい人がいたら、一円付けて引き取ってもらうことにした。
そんな話を…通りで聞いていたのが裏の長屋に住む遊び人、熊五郎

「幽霊なんか怖くない」と、隣の勘当中の生薬屋の若だんな徳さんを抱き込んだ上、道具屋に掛け合って五十銭玉二枚で一円もらい、件のへっついはとりあえず徳さんの長屋に運び込むことにする。

二人で担いで家の戸口まで来ると、徳さんがよろけてへっついの角をドブ板にゴチン。

その拍子に転がり出たのは、なんと三百円の大金! 幽霊の原因はこれか…と思い至り、百五十円ずつ折半し、若だんなは吉原へ、熊公は博打場へ。

翌日の夕方、熊と徳さんが帰ってみると、二人ともきれいにすってんてん。
仕方がないから寝ることにしたが、その晩…徳さんの枕元へ青い白い奴がスーっと出て、「金返せ~」
徳さん卒倒。悲鳴を聞いて飛び込んできた熊は、徳さんから話を聞いて『金を返さないと、幽霊は毎晩でも出てくる』と思い至る。

翌日、徳さんの親元から三百円を借りてきた熊五郎は、へっついを自分の部屋に運び込むとお金を前に積み上げて「出やがれ、幽霊ッ」と夕方から大声で。
『草木も眠る丑三ツ時』、へっついから青白い陰火がボーッと出て「お待ちどうさま」。

幽霊の話によると、この男は生前、鳥越に住んでいた左官の長五郎という男で、左官をやる傍ら裏で博打を打っていたそうで。
自分の名前に引っ掛けて、『チョウ(丁)』よりほかに張ったことはないこの男が、ある晩行った博打で大もうけ。
友達が借りに来てうるさいので、金を三百円だけ商売物のへっついに塗りこんで、その夜フグで一杯やったら…それにも当たってあえない最期。

「話はわかった。このへっついは俺がもらったんだから、この金も百五十円ずつ山分けにしようじゃねぇか」
「親分、そんな…」
「不服か? 実は俺もだ。そこでこうしようじゃねぇか、俺もお前も博打打ち、ここで一つ博打をやって、金をどっちかへ押しつけちまおう」
「ようがす。じゃあ、あっしはいつも通り『チョウ(丁)』で」
「じゃあ俺は『ハン(半)』だ。やるのは二ッ粒の丁半、勝負! …半だ」
「ウゥーン…」
「幽霊がひっくり返るの初めて見たぜ」
「親方、もう一勝負…」
「それは勘弁。てめえには、もう金がねえじゃねえか」
「親方、あっしも幽霊です。決して足は出しません」

概要[編集]

元々は『かまど幽霊』という上方落語で、大正初期に3代目三遊亭圓馬が東京に持ち込んだ。

オチのバリエーション[編集]

上方では、熊五郎がいかさま博打で幽霊から百五十円巻き上げ、それを元手に賭場で奮戦していると、そこに幽霊が出現。

「まだこの金に未練があるのか」
「いえ、テラをお願いに参じました」

」と博打の「テラ銭」を掛けたもので、熊が幽霊に「石塔くらいは立ててやるから、迷わず成仏しろ」と言い渡したのが伏線となっている。