明烏

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明烏(あけがらす)は、落語の演目の一つ。新内節の「明烏夢泡雪」を下敷きにしており、内容がそっくりそのまま吉原へのいわば「入門テキスト」になっている。 また、明烏と言う名の日本海軍特別組織が存在する。

概要[編集]

かつて桂文楽 (8代目)(黒門町の師匠)が得意ネタにし、高座にあがると「待ってました、黒門町!明烏!」の声があちこちからかかるほどであった。
源兵衛が甘納豆を食べる場面では、寄席の売店で甘納豆が売り切れたというエピソードが残る。大真打がトリで演じる大ネタとされている。
なお8代目文楽は8代目司馬龍生に稽古をつけてもらったという。

題に使われている「明烏」とは明け方に鳴くカラスのことで、男女の交情の夢を破る、つれないものを意味する[1]。また、新内の明烏夢泡雪は安永元年(1772年)に初世鶴賀若狭掾が実際にあった情死事件を吉原の遊女浦里と春日屋時次郎の情話として脚色したもので[2]、両想いになった二人が引き裂かれ、最後に心中するという筋立て[3]

あらすじ[編集]

日向屋の若旦那である時次郎は、部屋にこもって難しい本ばかり読んでいるような真面目で頭の固い若者。悪所遊びとは一切無縁である。

そのあまりの堅物ぶりに閉口した父親は、「遊びも知らぬ世間知らずでは困る」と、遊び人の源兵衛と多助に頼み、時次郎を吉原に連れて行ってもらおうとする。

費用は日向屋持ちというので二人は面白がって大張り切り、吉原なんて恐ろしいところだと信じ込んでいる時次郎を「お稲荷様にお篭りしましょう」と誘い出す。

二人の言葉を信じ込んだ時次郎は吉原の大店に連れて行かれ。遊廓を「神主の家」、女主人を「お巫女頭」、見返り柳ご神木で、大門が鳥居、お茶屋を巫女の家だと説明されて素直に奥へ上がってしまう。

二階で遊女たちに囲まれ、店一番の美しい花魁を前にしてやっと真相に気づいた時次郎は慌てて逃げ出そうとするが「大門には見張りがいて、勝手に出ようとすると袋叩きにされますよ」と多助に脅され、どうしようもなくなって泣く泣く花魁と一夜を共にすることになる。

翌朝、源兵衛と多助はどちらも相方の女に振られたまま朝を迎え、ぶつくさいいながら時次郎を部屋に迎えに行くが、時次郎は花魁の魅力にすっかり骨抜きにされていた。一方の花魁も時次郎のうぶなところが気に入ってしまい、蒲団の中で時次郎にしがみついて離れない。すっかりいやになってしまった源兵衛と多助が一足先に帰ると告げると時次郎が「勝手に帰りなさいな、大門で袋叩きにされるよ」

脚注[編集]

  1. ^ 大辞泉
  2. ^ 大辞泉
  3. ^ 春日屋時次郎山名屋浦里明烏夢泡雪声曲文芸叢書 新内集』声曲文芸研究会 編 (磯部甲陽堂 1911) 国立国会図書館デジタルコレクション

外部リンク[編集]