浮世根問

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浮世根問(うきよねどい)は古典落語の演目の一つ。元々は上方落語の演目である。原話は、安永5(1776)年に刊行された『鳥の町』の一遍である「根問」。

主な演者には、4代目柳家小さんやその弟子である5代目柳家小さんなどがいる。

あらすじ[編集]

岩田の隠居がお茶を飲んでいると、例のごとく八五郎がやって来る。

「えへへへ…お昼のお膳はまだですかね?」

如何もこの男、隠居の家で御馳走になるつもりらしい。隠居がポカンとしていると、八五郎が今度ははばかりの場所を聞いてきた。
「はばかりへ行くほど食べる気か…」と隠居はあきれ顔。
しばらく話をしていると、八五郎が部屋の隅にが山積みになっているのを見つけて「本を読むことに意味があるのか?」と訊いてきた。

「本を読むと世間に明るくなる。おまえが知らなくても私か知っていると思うとうれしくなるんだ」
「へぇー。あっしが知らなくとも…ねぇ」
ここでふと、いたずら心がわいた八五郎。矢継ぎ早に質問をし、どこで詰まるか試してみようと思いつき…。

嫁入り根問[編集]

がんもどきの裏表は? 炭団の上下は?」
「そんな下らない事じゃない、もっと真面目な事を訊きなさい」
「へぇ。じゃあ…表の伊勢屋さんで婚礼があるのですが、あの婚礼って言う物をよく『嫁入り』と言うじゃないですか? あれは如何してです?」
「うむ。それは簡単だ。男に目が二つ、女に目が二つ。それが一緒になるから『四目入り』だ」
「それじゃ目の子勘定だ」と八五郎はあきれ顔。気を取り直して『奥さん』という呼び方の由来を質問すると、今度は「奥でお産をするから『奥産』だ」と言う返事が返ってきた。
「じゃあビルの五階でお産をしたら【五階産】で、はばかりでお産をしたら【厠産】。【五階産】(ご開山)で【厠産】(高野山)で弘法大師…」

八公のところでは『かかぁ』なんて呼ぶが、あれは家から出て家へ入るから「家々」とかいて《かか》だ。
「婚礼にはいろいろなものが飾ってありますよね。松竹梅とか」
はどう料理しようと味が変わらない。はまっすぐな男の気性を象徴している。

「ひねくれた男はカン竹に由来していますかね?」
「色々な事を言う奴だな」

は【松の二葉は あやかり物よ 枯れて落ちても 夫婦連れ】と都々逸にもある通り、家族の仲の良さを現している―らしい。
なんかもありますよね?」
鶴は仲の良い家族の象徴、鶴は子供をかわいがる。亀は長寿の象徴。
「鶴は千年、亀は万年…ですか。近所の子が縁日で亀を買ってきましたが、その晩に死んでしまいしたけど?」
「それがちょうど万年目だったんだろう」
ちょっと無理があるようで…。

死後の根問[編集]

「亀はとても辛抱強い。ご婦人は頭に亀の甲で作った鼈甲の櫛を抱き、亀にあやかって辛抱強く生きますと誓うんだ」
「その鶴亀だって千年・万年経ったら死にますよね?」
「そうだが、ああいうのは『死ぬ』とは言わない。魚類が『上がる』、鳥類が『落ちる』だ」

人間でも身分によって差があり、例えばお釈迦様の場合は『涅槃』、高貴な方が『御他界』で、その下が『ご逝去』だ。
「あっしが死んだら『クタバッタ』? じゃあ、煙草やが死んだら『お煙になった』で、安来節の師匠が『アラ、逝ったっちゃーい』。…じゃあ、鶴亀が落ちたり上がったりしたらどうなります?」
極楽へ行くだろうな」
「極楽ってどこにありますかね?」
「十万億度、西方弥陀だ」
「西の果てのはるか遠く…ってどこです?」
「だからな…。おまえのように、人を困らせる奴は地獄に落ちるぞ?」
「へぇ。その地獄っていうものはどこにあります?」
「極楽の隣だ」
「じゃあ極楽の隣は?」
「地獄だ」
「地獄の隣は?」
「…極楽だ」

宇宙の果て[編集]

隠居がうんざりして、「もうお帰り」。しかし、あくまでも徹底抗戦の構えを取っている八五郎は動こうとしない。
「そう言えばな、八五郎。このまえ大家の所に問答しに行ったんだって?」
「ええ。実はですね…」

大家も岩田の隠居みたいに、日ごろから『この世に知らないものはない』と言っていたので挑戦してみたのだ。
宇宙をぶーんと飛行機で飛んだらどこへ行くでしょう」
「行けども行けども宇宙だ」
「じゃ、その『行けども行けども宇宙』をブーンと飛んだらどこへ行くでしょう?」
「その先は朦々(もうもう)だ」
「そんな牛の鳴き声みてえな所は驚かねえ。そこんところをブーンと飛んだら?」

向こうは喘息持ちだから、ここらでだんだん顔が青ざめてくる。

「いっそう朦々だ」
「そこんところをブーン」
「そこから先は飛行機がくっついて飛べない」
「そんな蠅取り紙のような所は驚かねえ。そこんところをブーン」

とやったらついに降参、五十銭くれた。

「おまえさんも、地獄と極楽が答えられなかったら五十銭出すかい?」
「そんなもの出してたまるか」  

極楽はここに[編集]

見せてやると言うのでついて行ってみると、何故か仏壇の前に座らされる。

「ここが極楽だ。作り物とはいえの花があり、木魚や鐘の音楽が鳴る」
「紫の雲は?」
線香の煙が紫の雲だ」
「仏様は?」
「ご位牌が仏様だ」
「へー。じゃあ、鶴や亀なんかも死ねば仏様になるんですか?」
「いや、ああいうものは仏にはなれない」
「じゃ何になるんですか?」
「ご覧なさい、この通り蝋燭立になっている」

概要[編集]

『根問』物の集大成的な作品。明治期に上方から輸入され、4・5代目の小さんが現在の形に練り上げた。

オチとなる『鶴亀の蝋燭立』は、寺などで使用した亀の背に鶴が立ち、その頭の上にろうそくを立てる形の燭台に由来している。