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平林

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

平林』(ひらばやし)は古典落語の演目[1]。別題に『字ちがい』(じちがい)、『名ちがい』(なちがい)[1]、『変り者』(かわりもの)[2]。『字ちがい』については、字が違っているわけではないとしてあえて『名ちがい』で演じる場合がある[1]。一般に前座噺とされる[3]

上方落語では『字ちがい』の演題が一般的で[2][3]、『平林』の演題を用いる場合は「たいらばやし」と読むのが普通と前田勇は記している[4]

原話については安楽庵策伝醒睡笑』(寛永5年・1628年)の一編「推は違(ちが)うた」とされてきた[1][2][5][注釈 1]。宇井無愁はそれに従いながら、『きのふはけふの物語』下巻の小咄がより現行の演目に近い(落ちで、読み方を連呼して探し当てる)とする[3]武藤禎夫は、「推はちがうた」を原話としたのは石橋思案の『落語全集』(続帝国文庫18、1899年)以来とし、同時代の「囃でにぎやかに捜し当てる」笑話として宇井無愁と同じ小咄を紹介している[5][注釈 2]。武藤は、民話に同趣向のものが複数存在することも指摘している[5]

あらすじ

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※以下、『定本 落語三百題』掲載の内容に準拠する[5]

少し間の抜けた下男が、平林という医者のところに手紙を届ける使いに出される。下男は歩きながら「ひらばやし」を唱えて忘れないようにしていたが、途中でほかのことに気を奪われて行先を失念してしまう。下男は通行人に手紙の宛名を見せ、何と読むかと尋ねる。相手は「それはタイラバヤシだ」と言う。主人の伝言と違和を覚えた下男は、別の通行人に聞くと、これは「ヒラリン」と読むと教えられる。次の者は「一八十のモクモク」、その次の者は「一ツ八ツの十(ト)ッ木(キ)ッ木」と言う。

困った下男は、全部を言えばどれか一つは当たっているだろうと、「タイラバヤシかヒラリンか、一八十のモクモク、一ツ八ツの十ッ木ッ木」と節を付けて唱えながら歩き、子どもがその後をついてきたりする。それを見とがめた警官から「おまえは気違いか」と言われ、下男は「いや、字違いです」と答えた。

題材について

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「平林」という姓について、宇井無愁は「諸説ある」とした上で、関山和夫による以下の推定を引用している[3]

  • 安楽庵策伝が美濃国の平林なる人物から届いた手紙を見て創作した
  • 策伝がお話衆の時代に「平林平太夫」と自称した
  • 策伝の母の出自が平林氏であったかもしれない

前田勇は策伝の「本名」が「平林平太夫」であると述べ、「自身の姓をネタにしたのであろう」とする[4]。これに対して武藤禎夫は「平林平太夫」の自称を「俗説」としている[5]

脚注

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注釈

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  1. 表記について『落語事典 増補』『上方落語の歴史』は「違うた」、『落語の根多 笑辞典』『定本落語三百題』は「ちがうた」とする。
  2. 刊行は寛永13年(1636年[5]。小咄の番号を宇井無愁は「六七」[3]、武藤禎夫は「第六一話」とする[5]

出典

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  1. 1 2 3 4 東大落語会 1994, p. 387, 『平林』.
  2. 1 2 3 前田勇 1966, pp. 189–190.
  3. 1 2 3 4 5 宇井無愁 1976, pp. 271–272.
  4. 1 2 前田勇 1966, p. 270.
  5. 1 2 3 4 5 6 7 武藤禎夫 2007, pp. 378–379.

参考文献

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  • 前田勇『上方落語の歴史 改訂増補版』杉本書店、1966年。NDLJP:2516101 
  • 宇井無愁『落語の根多 笑辞典』角川書店角川文庫〉、1976年。NDLJP:12467101 
  • 東大落語会『落語事典 増補』(改訂版)青蛙房、1994年。ISBN 4-7905-0576-6 
  • 武藤禎夫『定本 落語三百題』岩波書店、2007年6月28日。ISBN 978-4-00-002423-5 

関連項目

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