短命

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短命(たんめい)は、古典落語の演目のひとつ。東京上方両方で広く演じられる。

縁起をかつぎ、サゲにちなんで演題を長命(ちょうめい)とする演者もある(桂歌丸ら)。「夫の命を縮める女性」というモチーフから、かつては生まれ年に関する迷信のエピソードを含めた丙午ひのえうま)の題で演じられていたこともある(橘ノ圓都ら)。

概要[編集]

原話は1727年享保12年)の笑話集『軽口はなしどり』の中の一編「元腹の噂」。いわゆる「艶笑落語(バレ噺)」にカテゴライズされるが、直接的な描写が一切ないことが大きな特徴である。

かつては5代目古今亭志ん生5代目柳家小さん5代目三遊亭圓楽らの十八番だった。

あらすじ[編集]

男(東京では八五郎)が、町内のご隠居(上方では甚兵衛)のところへ飛び込んでくるなり「表通りの質屋・伊勢屋の婿養子がまた死にました。これで3度目だ」と、ちょっと意味の通らないことを言う。男の説明は以下のようなものだった。

先代の伊勢屋主人が亡くなり、そのひとり娘は、「錦絵から抜け出したようないい男」を婿に迎えた。当然、娘夫婦が店を継ぐことになった。ところがしばらくすると、婿の顔色が日に日に青白くなっていき、周囲がいぶかしむうちに床に就いて、ほどなく死んでしまった。伊勢屋の娘は「後家になるのはまだ早い」と、ふたり目の婿養子を迎える。夫婦仲は良好。この婿も段々顔色が悪くなってきて、周囲が首をひねるうち、また逝った。次に迎えた3人目の婿も、また同様に弱り、昨日死んだという。

男はご隠居に、悔やみ文句などの葬式作法を教わりに来たのだった。一応の作法を教わった後、男は「伊勢屋の娘は、今や30過ぎのいわゆる年増だが、めっぽうよい容貌は衰えておらず、性格も父親譲りの人格者。おまけに店の経営はしっかりしているから、婿に余計な負担がかかるはずはない。なぜ3人も続けて早死にするのか」とご隠居に尋ねる。

ご隠居は「おかみさんが美人。というのが、短命の元だよ」と言う。「タンメイ?」「早死にすることを短命という」「じゃあ逆に、長生きのことは何と?」「長命だ」妻が美人だから夫が短命、というご隠居の理論を理解できない男に、隠居はこんな話をした。

「食事時だ。お膳をはさんで差し向かい。おかみさんが、ご飯なんかを旦那に渡そうとして、手と手が触れる。白魚を5本並べたような、透き通るようなおかみさんの手だ。そっと前を見る。……ふるいつきたくなるような、いい女だ。……短命だよ」

男は、これでも何のことだかわからない。

「そのうち冬が来るだろう。ふたりでこたつに入る、何かの拍子で手が触れる。白魚を5本並べたような、透き通るようなおかみさんの手だ。そっと前を見る。……ふるいつきたくなるような、いい女だ。……短命だよ」

ご隠居は次に、以下のような川柳で説明を試みる。

  • その当座 昼も箪笥の環(かん)が鳴り
  • 新婚は夜することを昼間する
  • 何よりも傍(そば)が毒だと医者が言い

ようやく男は、ご隠居の旨意を理解した。ご隠居は「伊勢屋の婿たちは房事過多で死んだのだろう」と言いたかったのだ。ご隠居宅から自宅に戻った男は、戻るなり妻に怒鳴られる。「なぜ伊勢屋の婿たちと、俺とはこうも違うのだろう」と幻滅する男は、昼飯を食べる際、ふと思いついて妻に話しかけた。

「給仕をしろ。茶碗をそこに放り出さず、ちゃんと俺に手渡すんだ」

妻は茶碗を邪険に突き出す。夫婦の指と指が触れ、「そっと前を見る。……」妻の姿を見つめた男は深く嘆息して、

「ああ、俺は長命だ」

バリエーション[編集]

  • ふたり目以降の婿たちの描写が東西で異なる。東京ではふたり目の婿に「顔の表裏もわからない」色黒の醜男を迎え、3人目の描写はされない。上方では、ふたり目は体の頑丈な男、3人目が「ブリアラとあだ名される」醜男である。
  • 上方では、川柳による説明が割愛されることが多い。また、婿たちの療養場所として「須磨の別荘」が登場する。