貧乏花見
『貧乏花見』(びんぼうはなみ)は、上方落語の演目。江戸落語に移植され、『長屋の花見』(ながやのはなみ)の演題で演じられる[1]。東京へは3代目蝶花楼馬楽が伝えた[2][3][注釈 1]。5代目柳家小さんが師匠の4代目柳家小さんから聞いたところによると、馬楽は「長屋中歯を食いしばる花見かな」という川柳を創作したという[4]。
持ち金のない長屋の住民が花見をするという内容である。料理などに代用品を用いる下りがある(卵焼きの代わりに沢庵漬け(こうこ)、酒の代わりに茶(「お茶け」)、かまぼこの代わりにおこげまたは大根)[5][6]。
あらすじ
[編集]※以下、佐竹昭広・三田純一編『上方落語』下巻掲載の内容に準拠する[5]。
朝の曇り空が昼になって晴れた春の日。天気が怪しいと仕事を控えて家にいた長屋の住人が、表を歩く花見客を見て、自分たちも花見に行こうという話になる。普段は金がなくてその日の暮しにこまる連中だが遊びに行くとなると準備が早い。「気で気を養うんや」と食べ物も服装も敷物もみんな代用品で済まし[注釈 2]、「ヨイトヨイト花見じゃ」と一同大騒ぎで桜の宮へ[注釈 3]。
現地では金持ちの旦那衆のいる高い場所ではなく、低い場所に陣取って代用品でも盛り上がりはしたものの、上の方にいる金持ちの花見を見るとたまらなくなる。そこで二人の男が彼らの近くで喧嘩のふりをして暴れ、金持ちの客が逃げたすきに酒と馳走をせしめることになる。だが、行き違いから本当の喧嘩になり、近くにいた金持ちの客は蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。
首尾よく計略は成功し、長屋連中は持ち出した本物の酒と馳走で盛り上がる。一方戻ってきた旦那やその連れは飲食物がすっかりなくなっているのに気付く。馴れ合い喧嘩と見抜いた幇間が自分が乗り込むと言い出す。ああいう手合いにかかわるとかえってうるさいという旦那を振り切り、幇間は徳利を携えて長屋連中の居場所へ出向く。しかし長屋連中は「さあ殴れ」という剣幕になり、その勢いにたじろいだ幇間は皆が陽気そうにしているからちょっと踊らしてもらおうと思ってきたのだと言い訳する。手にさげた徳利は何だと問われた幇間、「お銚子のおかわりを持ってきました」
『長屋の花見』
[編集]大筋は『貧乏花見』と変わらないが、大家が店子(賃借人)を集めて花見に行くと告げ、代用品の飲食物もすべて大家が用意したものである[8]。花見の行先は向島[8]、あるいは上野[9][10]。代用の服を着る場面はない[9][10]。花見では、気分が悪くなった男が「井戸に落っこったときのような気持ち」という場面があり、そこで話を切って落ち(サゲ)とすることも多いとされる[8]。山本進は、この箇所、もしくは(茶柱を)「酒柱が立ちました」という箇所で落ちとするのは、4代目柳家小さんからの系統で使われると述べている[3]。一方、初代柳家小せんから教わったという6代目三遊亭圓生の口演(残されたものは弟子の稽古用に録音されたテープのみ[3])では、酔った(ふりをする)長屋の住人が「金ができたら何でも払うが店賃(=家賃)だけは払わない」という場面を落ちとしている[10]。
5代目柳家小さんによると、師匠の4代目柳家小さんは多くのクスグリを加える改変をおこなったという[4]。また、大家からの呼び出しを家賃の催促かと住人が疑う下りは4代目小さんが『黄金の大黒』からの流用で入れたものだと5代目小さんは述べている[3]。
東西の違い
[編集]佐竹昭広・三田純一編『上方落語』下巻の演目解説では、江戸落語の『長屋の花見』がすべて大家の主導で動くのに対して、『貧乏花見』ではまったく大家は姿を見せないことが指摘されている[11]。また代用品の誇張した描写(食品の列挙や極端な服装)から、「貧乏長屋の生態という現実」が伝わると述べる[11]。この「生活感が強く出ている」という点は、3代目桂米朝も佐竹昭広との対談(『上方落語』上巻所収)で触れている[12]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ↑ 前田勇 1966, p. 270.
- ↑ 柳家小さん集上 1967, pp. 340–341, 五代目柳家小さん聞書 第一部作品解説編(上)『長屋の花見』.
- 1 2 3 4 山本進 1980, pp. 349–351, 長屋の花見.
- 1 2 柳家小さん集上 1966, pp. 340–341, 五代目柳家小さん聞書 第一部作品解説編(上)『長屋の花見』.
- 1 2 佐竹・三田 1970, pp. 37–52, 貧乏花見.
- ↑ 宇井無愁 1976, pp. 474–475.
- 1 2 佐竹・三田 1970, pp. 37–52, 貧乏{花見.
- 1 2 3 東大落語会 1973, p. 331.
- 1 2 柳家小さん集上 1966, pp. 33–61, 長屋のお花見.
- 1 2 3 円生全集1980, pp. 45–66, 長屋の花見.
- 1 2 佐竹・三田 1970, pp. 52–57, 貧乏花見(解説部).
- ↑ 桂米朝・佐竹昭広「対談 上方落語 I ―解説にかえて―」佐竹昭広・三田純一編『上方落語』上巻、筑摩書房、1969年、337 - 338頁。
参考文献
[編集]- 前田勇『上方落語の歴史 改訂増補版』杉本書店、1966年。NDLJP:2516101。
- 東京大学落語研究会OB会 編『柳家小さん集』 上巻、青蛙房、1967年。NDLJP:1673059。
- 佐竹昭広、三田純一 編『上方落語』 下巻、1970年。NDLJP:12467058。
- 東大落語会 編『落語事典 増補』青蛙房、1973年。NDLJP:12431115。
- 宇井無愁『落語の根多 笑辞典』角川書店〈角川文庫〉、1976年。NDLJP:12467101。
- 三遊亭円生『円生全集』 追悼編、青蛙房、1980年11月。NDLJP:1675038。
- 山本進「作品解説編」『円生全集』 追悼編、青蛙房、1980年11月、345-376頁。
関連項目
[編集]- 花見の仇討ち - 本作品とは反対に江戸落語から上方落語に移入された作品で、上方落語では『桜の宮』と呼ばれる。