NHK総合テレビジョン

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NHK総合テレビジョン
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開局日 1953年2月1日
映像方式 480i(SD、アナログ放送)
1080i(HD、デジタル放送)
日本の旗 日本
言語 日本語
放送エリア 日本全域
NHK東京デジタル総合
基本情報
略称(愛称) NHKテレビ、NHK総合、NHK G、GTV、NHK Gテレ、Gテレ
運営(番組供給)事業者 日本放送協会(NHK)
本社(本部) 〒150-8001
東京都渋谷区神南2-2-1
NHK放送センター
ジャンル 地デジ難視対策衛星放送
放送内容 地上デジタル放送サイマル放送(マルチ編成の場合は主番組のみ)
視聴料金 NHK地上契約1,310円/月(沖縄県は別料金)
衛星基幹放送(BSデジタル放送)
放送事業者 社団法人デジタル放送推進協会
チャンネル番号 Ch.291
物理チャンネル BS-17ch
放送開始 2010年3月11日
放送終了 2015年3月31日終了
公式サイト
特記事項:
地デジ難視対策衛星放送対象リスト(ホワイトリスト)に掲載された地区のみ視聴可能。

NHK総合テレビジョン(エヌエイチケイ そうごう テレビジョン)は、日本放送協会(NHK)による地上基幹放送の一種別のテレビジョン放送国内放送でもある。

通称NHK総合あるいは総合テレビ。また、英語総合という意味を表す"General"からNHK GあるいはGTVとも表記される。前者は地上デジタルテレビ放送で東京(NHK放送センター)から送出される番組の放送時に、画面右上に表示されるウォーターマークなど[1]で使用され、後者は群馬テレビ群馬県)との混同を防ぐために協会内に限らないものの多くはNHKを冠す。

新聞や雑誌などの番組表(ラ・テ欄)では、NHK総合NHKテレビNHKのいずれかなど表記されているのはいろいろなものである。

概要[編集]

東京にて1953年2月1日開局(以降の開局は#沿革参照)。本チャンネルは日本初のテレビチャンネルである。「総合テレビジョン」という通称名は、同じく地上波で放送されるNHK教育テレビジョン2011年からの通称:Eテレ)と対比して、総合編成を実施しているということから付けられたものである。

日本全国でほぼ統一された番組編成をするEテレに対して、総合テレビではそれに比べて各地域ごとに異なる番組編成がなされる。そのため、アナログ放送での広域放送関東広域圏(16)のみで、その他の40道府県は県域放送がとられていた。デジタル放送では2004年に茨城県が、2012年に栃木県群馬県が県域放送に移行し、広域放送は南関東4都県のみとなった。

総合テレビの本放送開始当初、一般家庭へのテレビ普及には程遠く、テレビ番組として独自に制作をするには予算的にも厳しかったことから、NHKラジオの人気番組を本チャンネルで中継するということがしばしば行われていた[出典 1]

総合テレビの関東地区における全日視聴率ビデオリサーチ社の調査)は、1963年から1986年までの24年間、各民放キー局を押しのけて、連続して1位を獲得していた[出典 2][注 1]。しかし1987年フジテレビに全日視聴率1位を譲り、1988年1989年は奪還したが、1989年を最後にその座から遠ざかっている。

NHK紅白歌合戦』があることなど(後述)から、年間視聴率1位は総合テレビの番組というケースが多い。2001年まで総合テレビの番組が年間視聴率1位の座を譲ったことがなかった(紅白についても1997年まで年間視聴率1位の座を譲ったことがなかった)。2002年以降は年によっては民放番組(主に国際スポーツ中継日本戦)にその座を奪われるケースもある。

沿革[編集]

各局毎の放送開始日は後述の各局の放送開始日を参照。

1953年
1月11日 - テレビジョン放送の開始に備え、NHK自前の東名阪マイクロ回線の運用開始。日本放送協会(NHK)のテレビ事業として公営放送を開始した。総合テレビ以外では民放での主体として、少し遅れてに設立された日本テレビと共に、ラジオが主体であった第二次世界大戦前から戦後しばらくの間報道のあり方を変え、現在に至る日本国マスメディアの基本形を形成した。
2月1日 - 14時、東京テレビジョン(呼出符号:JOAK-TV、現NHK放送センター本放送開始。演奏所内幸町NHK東京放送会館に、送信所紀尾井町の千代田放送所(現・千代田放送会館)に置かれ、VHF3chで送信された。
1954年
3月1日 - 大阪テレビジョン(呼出符号:JOBK-TV、現NHK大阪放送局)、名古屋テレビジョン(呼出符号:JOCK-TV、現NHK名古屋放送局)本放送開始。
4月15日 - 電電公社(現在のNTTコミュニケーションズ)がテレビジョン放送の全国展開に対応するため、専用マイクロ回線の運用を開始。これに伴いNHK自前回線を廃止し、公社回線に移行。
8月22日 - 名古屋テレビジョン、完成したばかりの名古屋テレビ塔に送信所を移し、映像出力を10kWに増力。
1956年
3月21日 - 仙台広島福岡の各放送局がテレビジョン放送開始。以降4年をかけて全国のネットワークをほぼ完成させる。
1957年
秋頃 - 早朝放送開始。
12月28日 - 東京テレビジョンでカラー実験放送開始。
1958年
12月1日 - 大阪テレビジョン、毎日放送のテレビジョン放送開始に備え送信チャンネルを4chから2chに変更。
1959年
1月10日 - 教育放送専門のNHK教育テレビジョン(2011年6月以後の愛称「Eテレ」)開局。それとの区分のため、正式な名称を「NHK総合テレビジョン」に定める。
4月6日 - 東京テレビジョン、放送エリア関東全域に拡大するため、この年1月10日に開局した東京教育テレビジョン(呼出符号:JOAB-TV)と送信所を入れ替え。この日の放送開始から送信所は東京タワー放送所)に、チャンネルはVHF1chに変わり、デジタル放送完全移行までの半世紀以上の間総合1ch、教育3chというチャンネル割り当てで放送を行った。
1960年
9月10日 - 東京と大阪でカラー本放送開始。
1962年
4月ごろ - 平日日中にあった中断時間を廃止し、終日放送となる。
1964年
東京オリンピック終了後、渋谷区神南NHK放送センター運用開始。以後9年をかけて順次機能移転。
1969年
3月15日 - 佐賀テレビジョン(呼出符号:JOSP-TV)、総合テレビ初のUHF親局として放送開始。以後、高松、大阪以外の近畿5府県、岐阜でUHFによる親局が開局し、県域放送開始。
1970年
4月 - UHFテレビジョン試験放送が東京と大阪で開局(ともにUHF14ch)。
1971年
10月 - 全番組カラー化[注 2][注 3][注 4]
1974年
1月16日 - 第1次オイルショックに伴い、テレビ放送の昼間深夜の放送を一部休止。
  • 総合テレビ、UHFテレビ試験放送では月~金曜日の14時台後半~16時台前半を放送休止とし、深夜は23時で放送打ち切りとなる[注 5]
4月 - 深夜の放送終了を23時15分に繰り下げ。翌年には週末のみ[注 6]24時まで、と段階的に放送時間を拡大させている。
9月9日 - 昼間の放送休止を解除。
1975年
4月7日 - UHFテレビ試験放送終了。
1978年
10月1日 - 東京と大阪で音声多重実用化試験放送開始。
1982年
12月17日 - 音声多重本放送開始。
1984年
4月 - 平日の放送終了が24時となり、オイルショックから続いていた深夜の放送休止を全面解除。
1985年
11月 - 文字多重放送開始。
1988年
9月19日 - 昭和天皇重体に陥る。この日からフィラーの形で終夜放送を開始し、随時昭和天皇の容体を伝えた。
1989年
1月7日 - 昭和天皇崩御。NHKは教育放送を除いて連続テレビ小説純ちゃんの応援歌』と大河ドラマ春日局』を含めた全番組を休止し、9日未明まで昭和天皇の追悼特別番組を編成した。臨時終夜放送を終了するが3月まで暫定的に翌日1時までに定時番組を編成した。
4月 - 金曜日の深夜に限り24時以後をまたぐ深夜放送を開始(1990年4月からは土曜日に変更、1992年度は一旦中断、1993年度から金・土曜日に再開)。
1995年
1月17日 - 阪神・淡路大震災発生。NHKは教育放送を含むすべての放送チャンネルを使い、6時から報道特別番組を開始。連続テレビ小説「春よ、来い」などの通常番組を全て休止。2月以降からほぼ通常編成に戻ったが、2月末まで(近畿地方は3月末まで)震災報道を中心とした編成となった。
4月 - 放送時間を早朝5時から翌日1時までに拡大[注 7]。それ以前は6:00(後に5:57→5:55 - この時は天気予報が1日の最初の番組)開始だった。
1996年
4月 - 週末(金・土曜深夜)に限り24時間放送開始。また平日の放送時間も翌日2時までに拡大。
1997年
4月 - 月曜未明(日曜深夜)を除き24時間放送開始(基点は5時)。
2000年
4月 - 生放送番組の文字放送による同時字幕放送を開始(順次拡大)。また日曜についても終夜放送に踏み切る。当初は第1・3週日曜の深夜を除く。
7月 - ラジオ第1放送を含めて休止・減力放送は各放送局の任意となり、完全24時間放送となった。[注 8]
  • 総合放送(総合テレビ・ラジオ第1・FM放送)の完全24時間化は地震台風豪雨など天災が発生した場合を対象とした災害対策基本法や、テロなどの大規模な有事が発生した場合を対象とした諸法律の義務を履行するための措置。
2003年
12月1日 - 11時、東京・大阪・名古屋の各放送局で地上デジタルテレビジョン放送の本放送を開始。
2004年
3月 - NTTコミュニケーションズの中継回線が、マイクロ波を用いたアナログ回線から光ファイバーを用いたデジタル回線に完全移行[注 9]。これに併せ、回線運用体系を東京からの一元的なものとする。
4月 - 放送開始(基点)時刻を4時30分に繰り上げ。
10月1日 - 水戸放送局がデジタルで県域放送開始。
2005年
10月 - 放送開始(基点)時間を4時20分に繰り上げ[注 10]
2008年
4月 - 放送開始(基点)時間を4時15分に繰り上げ[注 11]。また若者向け番組のゾーン『EYES』(日曜除く)を設け、各番組の冒頭に「EVERY MIDNIGHT ON GTV」と表記されるようになった。これまで、GTVの表記を用いることはほとんど無かった。
7月24日 - アナログ放送について、2011年7月24日までに終了予定であることとデジタル放送への円滑な移行を促進するため、画面右上にウォーターマークで「アナログ」の字幕を出す。
2010年
3月11日 - BSデジタル放送のCh.291で東京総合テレビジョン衛星によるセーフティネット(地上波デジタル難視聴対策の衛星放送)サイマル放送を5年間限定で開始。
3月29日 - 2011年7月のアナログ放送完全終了と地デジ完全移行を前提として、一部の新番組から段階を追ってNTSCの番組画面をレターボックス16:9サイズで放送。
7月5日 - 地デジ完全移行を念頭にした日本民間放送連盟との申し合わせにより、午前4時15分の基点(前日付け=7月4日付の深夜休止の地区は開始)時間から、NTSCで全番組レターボックス16:9での放送に移行[注 12]
10月25日 - アナログ放送では総務省地デジコールセンターの受付電話番号の常時表示を開始。また、ロールスーパーによる終了告知の表示はこれまで開始冒頭のみ行っていたが、同日から放送時間が10分以上の全番組についても10分毎に表示を始めた。東京以外の地域放送(全国放送番組の時差放送も含む)では画面の黒帯上に「ご覧のアナログ放送は2011年7月に終了します」のテロップが追加表示されているところがあった(札幌局など)。
2011年
3月11日 - 東日本大震災発生。国内全ての放送チャンネルを使い、地震発生の瞬間・14時46分に緊急地震速報を発し報道特別番組を開始。連続テレビ小説『てっぱん[注 13]、大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』などの通常番組を全て休止し、異例の大長時間特別編成となった。また、暫時的ではあるが衛星によるセーフティーネットとは別に、衛星第1テレビジョン(BS101=ID1)も総合テレビの番組を同時配信した。
6月1日 - 教育テレビジョンの対外的な名称を全て「NHK Eテレ」に統一[注 14]。これに併せこの日から一部メディアでは一般呼称を「NHKテレビ」に変更した。但し局名告知やNHKの公式文書、番宣などでは、この日以降も「総合テレビジョン」の名称を使用しているほか、EPGの局名表記「NHK総合・(放送局名[注 15])」も従来どおり継続している。
  • 「NHKテレビ」は国内だけでも地上波・衛星波合わせて4波、国際放送NHKワールドにも2波あるため。なお放送免許上は「NHK○○(地名)デジタルテレビジョン」の局名が用いられ、局名ID表示でもそのようになっている。但し、Eテレがある地域を中心として放送開始(基点)・終了時の局名告知においては「JO××-DTV。NHK○○(地名)デジタル総合テレビジョンです。」(「デジタル総合テレビジョン」の箇所を「総合デジタルテレビジョン」とする局もある)と述べている。
7月24日 - 東日本大震災で被害の大きかった岩手・宮城・福島の3県を除いてアナログ放送終了、デジタル放送へ完全に移行。最終番組は、11時59分にアナウンサーの鈴木奈穂子による終了アナウンスと、「どーもくん」のアニメーションによる終了メッセージだった。
2012年
3月31日 - 岩手・宮城・福島の各県についてもアナログ放送終了。これらの地域では、11時59分に仙台局アナウンサーの谷地健吾による終了アナウンス[注 16]と、「どーもくん」の静止画による終了メッセージが放送されて、日本国内全域でデジタル放送への移行を完了した。
4月1日 - 宇都宮前橋両放送局が県域放送開始。
2015年
3月31日 - 正午を以って、BSセーフティーネット(BS291)による東京総合テレビジョンのサイマル放送を終了。

番組[編集]

放送時間[編集]

24時以後は実際の日付では翌日にあたる。[出典 3]
年度 放送開始 放送終了 備考
1953年 12:00 21:00 中断 13:30 - 18:30
(ただし土・日・祝日は不定期で「スペシャルイベント」と題した特別放送をする日があり、その日は終日放送だった)
1954年 11:55 21:10→21:30 中断 13:40 - 18:00
(ただし土・日・祝日は不定期で「スペシャルイベント」と題した特別放送をする日があり、その日は終日放送だった)
10月以後放送終了繰り下げ。
1955年 11:30 21:30 中断 13:30 - 18:00
(平日のみ。土・日・祝日は「スペシャルイベント」と題した特別放送があり、終日放送だった)
1956年 11:30 22:00 中断 13:10 - 18:00
(平日のみ。土・日・祝日は「スペシャルイベント」と題した特別放送があり、終日放送だった)
1957年 11:30 22:30 中断 13:35 - 18:00
(平日のみ。土・日・祝日は「スペシャルイベント」と題した特別放送があり、終日放送だった)
1958年 7:30→7:00 23:00→23:07 中断 8:30 - 10:58、13:40 - 18:00
(平日と土曜日午前のみ。土曜午後と日曜は終日放送)
10月以後放送開始繰り上げ。
1959年 7:00 23:10 中断 8:15 - 11:00、13:40 - 18:00
(平日と土曜日午前のみ。土曜午後と日曜は終日放送)
1960年 7:00 23:15 中断 8:15 - 10:30、14:15 - 17:50
(平日と土曜日午前のみ。土曜午後と日曜は終日放送)
1961年 6:30 23:45 中断 9:00 - 10:00、14:38 - 17:30
(平日と土曜日午前のみ。土曜午後と日曜は終日放送)
土・日は23:50終了。
1962年 6:25 23:50 平日の中断が廃止され、終日放送に
1963年 - 1974年1月15日 6:00 23:58
1974年1月16日 - 3月31日 6:00 23:00 中断 14:35 - 15:30(平日のみ)
第1期オイルショックにより放送時間短縮[出典 4]
1974年4月1日 - 9月8日 6:00 23:15 中断 15:05 - 16:25(平日のみ)
第1期オイルショックにより放送時間短縮[出典 4]
1974年9月9日 - 1975年 6:00 23:15 日中の中断廃止
1976年 - 1983年 6:00 23:15 金曜・土曜はのちに23:58(正確には23:57.30秒)まで放送時間を延長。
1984年 - 1991年 6:00 23:58
(正確には23:57.30秒)
月 - 木・日曜の23時台の放送を延長
1988年9月18日 - 1989年1月7日までは暫定的に24時間放送
(当初23:57 - 6:00→1988年11月-1989年1月は0:57 - 6:00にフィラー、
1988年11月 - 1989年3月までは23:57 - 0:57に臨時でNHK特集などのアンコール放送を実施)。
1989年度の金曜は0:52まで時間を拡大してNHK初の日またぎ編成を実施。
1990年から土曜のみ0:30(1991年は0:15)まで放送時間拡大。
1992年 5:57 23:58
(正確には23:57.30秒)
土曜は0:03までで事実上日またぎ編成は一旦中断。
1993年 5:57 月 - 木 0:05
金 0:10
土 0:20
日 24:00
金・土曜日の日またぎ編成を本格再開。
1994年 5:55 平日 0:05
土 0:20
日 24:00
1995年 5:00 平日 1:00
土 1:30
日 24:00
放送時間を拡大、早朝5時台、深夜24時台に定時番組を編成
1996年 5:00 月 - 木 2:00
金・土 24時間放送(5:00起点)
日 24:00
深夜放送を拡大、金・土曜は24時間放送を実施[注 17]
1997年 - 1999年 5:00 月 - 土 24時間放送(5:00起点)
日 24:00
日曜深夜を除き24時間放送完全実施[注 17]
2000年4月 - 6月 5:00 第1・3日曜1:00
その他の曜日は24時間放送(5:00起点)
第1・3週を除き日曜日も24時間放送開始
2000年7月 - 2004年3月 5:00 24時間放送
(起点時間は左記参照)
日曜日の24時間放送完全実施(放送休止は主に第1・3日曜[注 18]を中心として各局任意設定に)
2004年4月 - 2005年9月 4:30 放送休止は主に日曜深夜(月に1・2週程度)[注 18]に各局任意で設定。
2005年10月 - 2008年3月 4:20
2008年4月 - 現在 4:15

編成方針[編集]

地上波放送の特性を生かして、地域対象番組も放送している。主に、平日11時台、17~18時台、20:45~21:00、金曜日の19:30~20:43など。デジタル放送のデータ放送では地域のニュースや生活情報を見ることができる。

震度5弱以上の地震が発生した時や猛烈な勢力を持った台風が日本列島に接近したときは、予定していた番組を変更・休止してニュースを放送する。台風や梅雨により長雨が生じる場合は終夜放送を行う。

また、季節特番もある。民放では春季・秋季の番組改編時と年末年始を中心としてゴールデンタイムの特番を組むが、NHKでは改編期ではなく、帰省で視聴者層が多くなるお盆(8月中旬)と年末年始および祝日に特別編成を集中的に組んでいる。

注釈[編集]

デジタル放送[編集]

マルチ編成は基本的にはプロ野球オリンピック中継とNHKニュース7が重なる場合や大相撲中継と同時間帯に放送される注目度の高いスポーツ中継が重なる場合などに限られている。毎週日曜日の4:10-4:13に動作試験の形で定期的に行なわれる(番組は毎週変わるが、2チャンネルとも同じ番組である)

NHKプロ野球の場合、ローカル放送=宮城県愛知県九州沖縄など一部でも実施されているが、その場合、メインチャンネルは21時以降定時放送に戻るため途中で中継を飛び降りるが、サブチャンネルで継続して中継する事例がある。また、2006年4月から2007年3月までの間、静岡局では平日17:30~18:00の間、「ゆうどきネットワーク」(011)と「ゆうどきネットワーク東海・北陸」(012)のマルチ編成をレギュラー編成で行っていた。2013年からは、土曜のデーゲーム中継についても『土曜スタジオパーク』(13:50 - 14:50)の時間帯に、サブチャンネルでの中継を実施している。[注 19]

全編4:3で収録した一部の番組および一部の番組案内スポット(両サイドにグレーのサイドパネルがついているもの)では4:3テレビ使用時の場合、自動的に4:3に映像が拡大される画角情報を付けている。これは教育テレビでも同様である。但し、勢力の強い低気圧や台風関連の情報などL字画面を表示する場合はその間だけ4:3の映像拡大はされない(レターボックスのまま)。

双方向番組に参加する際、事前に「かんたん登録」で名前(1人分のみ)・住所・電話番号を受信機に登録する必要があった。これはBShi、教育テレビのデータ放送でも設定可能だが、BShi・総合・教育のいずれかのチャンネルで1度登録すれば、NHK衛星波・地上波の双方向番組のすべてに参加できる(いずれかのチャンネルで1度登録すれば修正がない限り別のチャンネルで新たに登録する必要はない)。なお、「かんたん登録」はデータ放送の大幅なリニューアルに伴い総合テレビ・教育テレビでは2011年3月27日、デジタル衛星ハイビジョン同年3月31日で終了し、同年4月1日以降は登録した情報が自動的に消去される。

デジタル放送開始に伴い、県域テレビ放送が皆無だった茨城県での県域放送を開始。2012年4月1日から新たに栃木県群馬県で県域放送が開始された。しかし、南関東4都県については、新たに親局の送信施設設置が必要となることや、現在でも「首都圏」としての一体的需要があることなどから、デジタル化完了後に改めて実施の是非を検討するとの表現にとどまった。

移行期間における独自編成[編集]

2003年12月1日から順次開始されている地上デジタルテレビジョン放送(地デジ)を活かし、全国放送のほぼすべての番組がハイビジョン方式で制作・放送されている。標準画質マルチ放送は最大3チャンネル取れるが、NHK総合では現在011と012(あるいは031と032)のみで行われており、013(033)は使用されていない。なお、2005年12月までデジタル放送では以下のように独自の差し替え番組があった。

近畿圏では2010年4月より夕方時間帯で地上デジタル放送告知番組の差し替えを行っていた。

現在はスポーツ中継(NHKプロ野球大リーグ他)で不定期に行う程度になっている(この場合、所定時間終了後の延長は012(または032)で行われるが、電波の運用管理の都合上、概ね次の定時番組が開始されるまではフィラー映像散歩他)を流す場合がある)。

放送形態[編集]

4:15起点の24時間放送(原則として毎月第1・3日曜深夜=月曜未明の深夜は各局任意で放送休止、ないしは減力放送を行う地域あり)。

※なお、2004年より放送されている大相撲本場所(奇数月)の実況ダイジェスト「大相撲・幕内の全取組」の放送日に放送休止、あるいは減力放送がなされる場合は2005年9月までは4:00、同11月からは3:50までに休止・または減力を切り上げたことがあった(但しオープニング映像は起点時間に流す。局によっては起点時間まで放送休止となる場合もあった)が、2010年3月場所で未明の再放送が廃止されており、相撲期間中の休止切り上げは事実上なくなったが、2014年秋場所以後、本放送の時間が3:40から4:05に繰り下げられたため、再びメンテナンス休止・減力を3:40で切り上げる局(この場合でもオープニングの国歌演奏・国旗掲揚は起点前の4:13に行う)が発生している。

4:20起点時代、2007年末と2008年始では深夜番組特別編成の為、起点時間が繰り下げとなった日が存在した。

時刻表示[編集]

  • 平日
    • 映像散歩開始時-10:00
    • 11:05、または11:30-12:00(一部地域)
    • 12:00-13:00
    • 16:50-18:59(地域によって異なる場合有[2]
    • それ以外の時間でも定時のNHKニュース(ローカルニュースを含み、ニュース7、ニュースウォッチ9、NEWS webは除く)の時間に字幕出しを行う。
  • 土・日曜日
    • 映像散歩開始時-10:00まで
    • 12:00-13:00[3]
    • 21:00-21:49(土曜日の「データなび」内のみ・独自のフォントで24時間式の表示。放送時間が変更した時は、その時間内での表示。)
    • それ以外の時間でも定時のNHKニュース(ローカルニュースを含み、ニュース7は除く)の時間に字幕出しを行う。
特記
  • スポーツ中継、国会中継実施時は上記時間であっても消去する。また2015年12月30日の時刻表示は、『マッサン愛と冒険の日々をもう一度!(週間ダイジェストの総集編)』の放送の兼ね合いで、午前中は9:47、午後は12:55を以って消去された。また、12月31日も『びっくりぽん!!あさが来たダイジェスト・一挙放送(第1-13週)』の兼ね合いで、午前の放送は9:50で消去された。
  • 台風、豪雨などの自然災害、その他緊急有事が発生し、深夜臨時ニュース体制を取る場合は0:00-10:00まで表示する場合があるほか、重大な気象事案発生時や強い地震が発生し、それらに関するニュースを放送する時や緊急・重大ニュースが発生し、それらに関する臨時ニュースを放送する時は、時間を問わず表示する。
  • 2015年3月30日からは、正午を含む午前10時以降の定時ニュース(一部のワイドニュース番組は除く)、および平日20:45と22:50、土・日20:55と22:57からの各地のニュース枠での常時表示が開始。(原則各地方の基幹局から送出)。2014年度までも地域によって、時間帯を問わないで上述時間帯以外のローカルニュース枠の時間帯に表示する場合もあった。
  • 日曜日午前中は「日曜討論」、正午台は「NHKのど自慢」、祝日も一部特番が上記の時刻出し終了時刻をまたいで放送する場合、その終了時刻まで表示する(ただし、「NHKのど自慢」が前週休止などにより、13時以後に振替放送が行われる場合の時刻表示はない)
  • 5:00-8:00(年末年始は7:20まで)、および平日の8:15-9:00、9:05-9:55、16:50(スポーツ中継実施日は18:00[4]、国会中継実施日は国会中継終了後[5])-18:59は地域により気象情報(午前中は当日日中、夕方は翌日)の字幕スーパーを時刻の下[6]に表示する。なお首都圏放送センターの地域については、平日5:00-8:00(おはよう日本5時台以降)、16:50 - 16:55、17:10 - 18:10(以上はニュース シブ5時)は通常フォントではなく、カスタムフォントを使用する。

ネットワーク[編集]

NHK総合のリモコンキーID

各放送局に関する情報は日本放送協会放送局の一覧を参照。

  • 関東1都3県以外は県域放送を基本とするが、北海道と福岡県は地域別放送を行っている。
  • 太字拠点局
  • 呼出符号(コールサイン)は、ラジオ第1放送の「JO◇◇」の後ろに「-DTV」が付加される。アナログ放送では「-TV」であった。
  • リモコンキーIDはラジオ第1放送にちなんだ「1」(地図の赤く塗られている箇所の都道府県)が原則であるが、1民放が割り当てられている地域に限り「3」(同じく青く塗られている箇所の都道府県)となる。当初NHKは「2」の教育テレビだけでなく総合テレビについても全国統一の「1」を希望していたが、アナログ放送で1chを使用していた各民放局から“総好かん”に近い猛反発を受け断念した。
ブロック 放送局 デジタル アナログ
ID 呼出符号 物理ch 空中線
電力(W)
放送開始日 呼出符号 物理ch 空中線
電力
(映像:W)
放送開始日 放送終了日
北海道 札幌 3 JOIK-DTV 015ch 003k 2006年06月01日 JOIK-TV 03ch VHF 010k 1956年12月22日 2011年07月24日
函館 JOVK-DTV 018ch 001k 2007年10月01日 JOVK-TV 04ch VHF 001k 1957年03月22日
旭川 JOCG-DTV 015ch JOCG-TV 09ch VHF 1958年12月28日
帯広 JOOG-DTV JOOG-TV 04ch VHF 1959年12月24日
釧路 JOPG-DTV 033ch JOPG-TV 09ch VHF 1959年12月28日
北見(網走送信所)[7] JOKP-DTV 018ch JOKP-TV 03ch VHF 1961年04月05日
室蘭 JOIQ-DTV 024ch JOIQ-TV 09ch VHF 1958年11月27日
東北 仙台 JOHK-DTV 017ch 003k 2005年12月01日 JOHK-TV 03ch VHF 010k 1956年03月21日 2012年03月31日
秋田 1 JOUK-DTV 048ch 001k JOUK-TV 09ch VHF 005k 1959年12月25日 2011年07月24日
山形 JOJG-DTV 014ch JOJG-TV 08ch VHF 003k 1959年12月19日
鶴岡 (山形・中継局) 034ch 0500 2006年12月01日 JOJP-TV[8] 03ch VHF 001k 1960年02月27日
盛岡 JOQG-DTV 014ch 001k 2005年12月01日 JOQG-TV 04ch VHF 003k 1958年12月28日 2012年03月31日
福島 JOFP-DTV 015ch 003k JOFP-TV 09ch VHF 1959年04月01日
青森 3 JOTG-DTV 016ch 001k JOTG-TV 03ch VHF 005k 1959年03月22日 2011年07月24日
関東
甲信越
東京 1 JOAK-DTV 027ch 010k 2003年12月01日 JOAK-TV 01ch VHF 050k 1953年02月01日
長野(美ヶ原送信所)[9] JONK-DTV 017ch 001k 2006年04月01日 JONK-TV 02ch VHF 001k 1958年11月15日
新潟 JOQK-DTV 015ch 003k JOQK-TV 08ch VHF 005k 1958年12月01日
甲府 JOKG-DTV 021ch 002k JOKG-TV 01ch VHF 003k 1959年09月18日
前橋 JOTP-DTV 037ch 0100 2012年04月01日[10] (東京・中継局) 52ch UHF 0100 1965年10月05日
水戸 JOEP-DTV 020ch 0300 2004年10月01日 44ch UHF 0030 1976年07月17日
宇都宮 JOBP-DTV 047ch 0100 2012年04月01日[10] 29ch UHF→
51ch UHF[11]
0100 1980年10月03日
中部 名古屋 3 JOCK-DTV 020ch 003k 2003年12月01日 JOCK-TV 03ch VHF 010k 1954年03月01日
金沢 1 JOJK-DTV 015ch 001k 2006年07月01日 JOJK-TV 04ch VHF 003k 1957年12月23日
静岡 JOPK-DTV 020ch 2005年06月01日 JOPK-TV 09ch VHF 001k 1957年06月01日
浜松 (静岡・中継局) JODG-TV[12] 04ch VHF 1959年11月20日
福井 JOFG-DTV 019ch 2006年05月01日 JOFG-TV 09ch VHF 003k 1959年08月03日
富山 3 JOIG-DTV 027ch 2004年10月01日 JOIG-TV 03ch VHF 1958年10月15日
JONP-DTV 028ch 0500 2005年04月01日 JONP-TV 31ch UHF 005k 1973年04月02日
岐阜 JOOP-DTV 029ch 2004年11月01日 JOOP-TV 39ch UHF 1973年02月17日
近畿 大阪 1 JOBK-DTV 024ch 003k 2003年12月01日 JOBK-TV 02ch VHF 010k 1954年03月01日
京都 JOOK-DTV 025ch 001k 2005年04月01日 JOOK-TV 32ch UHF 1972年03月13日
神戸 JOPP-DTV 022ch 2004年11月01日 JOPP-TV 28ch UHF 1971年05月24日
和歌山 JORP-DTV 023ch 0100 2005年06月01日 JORP-TV 32ch UHF 001k 1971年05月31日
奈良 JOUP-DTV 031ch 2005年04月01日 JOUP-TV 51ch UHF 1972年07月03日
大津 JOQP-DTV 026ch JOQP-TV 28ch UHF 1971年04月01日[13]
中国 広島 JOFK-DTV 014ch 003k 2006年10月01日 JOFK-TV 03ch VHF 010k 1956年03月21日
福山 (広島・中継局) 042ch[14] 0100 2007年04月30日 JODP-TV[15] 01ch VHF[16] 001k 1960年03月01日[17]
岡山 JOKK-DTV 032ch 002k 2006年12月01日 JOKK-TV 05ch VHF 010k 1957年12月23日
松江 3 JOTK-DTV 021ch 001k 2006年10月01日 JOTK-TV 06ch VHF 001k 1959年10月28日
鳥取 JOLG-DTV 029ch 0100 JOLG-TV 03ch VHF 1959年03月03日[18]
山口(防府送信所)[19] 1 JOUG-DTV 016ch 001k JOUG-TV 09ch VHF 1959年06月15日
四国 松山 JOZK-DTV JOZK-TV 06ch VHF 005k 1957年05月29日
高知 JORK-DTV 015ch JORK-TV 04ch VHF 001k 1958年11月28日
徳島 3 JOXK-DTV 034ch JOXK-TV 03ch VHF 1959年03月15日
高松 1 JOHP-DTV 024ch 2006年12月01日 JOHP-TV 37ch UHF 010k 1969年03月22日
九州・
沖縄
福岡 3 JOLK-DTV 028ch 003k 2006年04月01日 JOLK-TV 03ch VHF 1956年03月21日
北九州[20] JOSK-DTV[21] 040ch 001k 2006年10月01日 JOSK-TV 06ch VHF 001k 1957年05月29日
熊本 1 JOGK-DTV 028ch 2006年12月01日 JOGK-TV 09ch VHF 002k[22] 1958年02月22日
長崎 JOAG-DTV 015ch JOAG-TV 03ch VHF 001k 1958年12月22日
佐世保 (長崎・中継局) 042ch 2007年04月01日 JOAQ-TV[23] 08ch VHF
鹿児島 3 JOHG-DTV 034ch 2006年12月01日 JOHG-TV 03ch VHF 005k 1958年02月22日
宮崎 1 JOMG-DTV 024ch JOMG-TV 08ch VHF 001k 1960年07月01日
大分 JOIP-DTV 015ch JOIP-TV 03ch VHF 003k 1959年08月24日
佐賀 JOSP-DTV[24] 033ch 0100 JOSP-TV[25] 38ch UHF 005k 1969年03月15日
沖縄 JOAP-DTV 017ch 001k 2006年04月01日 JOAP-TV[26] 02ch VHF[27] 1968年12月22日[28]
  1. ^ NHK G:地上デジタル放送のチャンネルアイコンでも。
  2. ^ 青森局では、『あっぷるワイド』内の「日めくりカレンダー」放送中のみ非表示。
  3. ^ 但し、12:40 - 12:45に「あの日 あの時」(土曜)を放送する東北地方では、この時間帯は非表示。
  4. ^ 大相撲中継が延びた時は、大相撲中継終了後から。
  5. ^ 国会審議が延びた場合は、18時で中継を飛び降り、18:00から表示。
  6. ^ 一部地域は時刻表示の横
  7. ^ 北見市内には別途「新北見中継局」が置かれている。
  8. ^ 1991年11月の免許更新を機に呼出符号廃止。
  9. ^ 長野市内には別途「善光寺平中継局」が置かれている。
  10. ^ a b 開局自体は2005年12月1日。
  11. ^ デジタル放送移行に伴う「アナ・アナ変換」によるチャンネル変更。
  12. ^ 時期不明ながら免許更新時に呼出符号廃止。
  13. ^ 表記チャンネルによる県域放送開始日。其の10年以上前から、「実験局」などの名目で大阪局の中継局として運用されてきた。
  14. ^ 福山市内の彦山におけるチャンネル。
  15. ^ 2003年11月の免許更新時に呼出符号廃止。
  16. ^ 尾道市向島町の高見山送信所におけるチャンネル。
  17. ^ 開局時は「尾道放送局」。1967年3月15日付で今の福山市内に移転し改称。
  18. ^ 大都市圏以外初の民放テレビ局である日本海テレビに合わせた。
  19. ^ 山口市内は鴻ノ峯中継局などでカバー。
  20. ^ 1963年2月9日までは「小倉(こくら)放送局」。
  21. ^ デジタル放送は段階的にフルパワー化したこともあり、当初は呼出名称だけが付与され、呼出符号(コールサイン)の付与が保留されていた。
  22. ^ 開局時から1kWで放送を続けてきたが、テレビ西日本福岡局増力などによる混信対策として増力した。
  23. ^ 開局時はJOAT-TVで、1982年11月の免許更新時に変更。1991年11月の免許更新迄に呼出符号廃止。
  24. ^ 親局は九千部山。
  25. ^ 親局は日の隈山。
  26. ^ 沖縄放送協会中央放送局時代はKSGB-TV。
  27. ^ 本土復帰を見据え最初から日本式チャンネルであった。
  28. ^ 沖縄放送協会中央放送局による放送開始日。本土復帰に合わせてNHKが引き継ぐ。先島地区は前年に放送を開始した。

アナログ総合の親局で全国的に3chが多かった理由は、テレビ放送が開局した当初1ch・2ch・12chが米軍のレーダーに使用されていたために、後にその周波数は返還されたものの、NHKについては第一次チャンネルプランでそれらの地域に3chが割り当てられたからである。沿革にもある通りテレビ放送開始当初東京が3ch、大阪が4chで送信されていたのはこのことが原因である。その後放送東京はエリアの拡大のため、当時1chで東京タワ-から送信されていたNHK教育テレビとチャンネルを入れ替える形で1chとなった。一方大阪も、その後京阪神第4局(毎日放送)の開局予定日であった1958年12月1日から2chに変更された。しかしアナログ総合が3ch地域の大半の地域では民放用に1chが割り当てられた。これが半世紀後の地デジ移行に際し、アナログ放送親局が1chの民放がそのままデジタルでも「1」を継承(その際前述の通りNHKが猛反発を受けた)し、総合テレビが全国統一の「1」にならず地域により異なる番号が割り当てられる遠因にもなった。 これらの地域では「1」と「2」を除いて最も若い番号であるのとアナログのころから3chであったという地域性から「3」が割り当てられた。

なお、アナログ教育テレビは全国的に12chを割り当てられている地域が多かった。ただしアナログ2chの民放は存在しなかったため、こちらは全国統一の「2」になった。

オープニング・クロージング[編集]

  • 現行 - 2003年12月1日~現在(関東地方の場合。地方局は各放送局のデジタル化の進ちょく・内容により異なる) ハイビジョン制作。
    • オープニング - ランドサットから撮影した日本列島~君が代をBGMに日章旗(歌詞テロップ付き、無しのときもある)~各放送局のID
    • クロージング - 深夜放送休止(ないしは減力放送実施)のお知らせ~君が代をBGMに日章旗(歌詞テロップなし)~ランドサットから撮影した日本列島~各放送局のID(減力放送の場合IDが省略される場合もある) 日本放送協会の放送形態・国歌の扱いも参照。
    • 通常は基点時間にインターミッション(当該項参照)の環境映像(日章旗の映像を含む)が放送され、国歌の放送はメンテナンスによる休止・減力放送前後に行われるのみである。
    • 「深夜放送休止のお知らせ」は各放送局で個別に制作されている。まず、「深夜放送休止のお知らせ」と書かれた静止画を表示し、続いて「深夜放送を休止させていただきます ~放送設備の点検・整備のため~ (地震などの緊急時は放送) 放送再開 午前(開始時刻)」と書かれた静止画を表示する(放送局により表現は若干異なる。)。これにアナウンスが入る。BGMは使っている放送局と使わない放送局にわかれている。
      • 地域によってはジャンクション映像に載せて告知テロップのみの表示で済ませる場合もある(関東地方、北海道地方など)。
    • 大阪放送局では、近畿圏全域に一括して30秒間、一枚画で掲載する。その場合、画面上部に「放送休止のおことわり」とテロップを出し、その下に放送休止の対象地域・休止時間を掲載している(アナログ・デジタル別々に放送しているが、2007年12月9日深夜=10日未明から2008年11月までの間はアナログ・デジタルを一括して掲載していた)。2008年12月より対象地域は「近畿地方の一部」[注 20]と表現されている(具体的な地域名については、FM・ラジオ第1を含めNHK大阪局のサイト「放送休止のお知らせ」のPDFに掲載されている)。なお減力放送となる場合については、「減力放送のお知らせ」という1枚画テロップを出した後、対象地域の減力放送の告知を流す。特に大阪府奈良県は山間部等を除きほぼ全域で周辺府県の府県域放送を視聴可能だからである。デジタル統合後の2011年7月30日深夜以後の休止の場合も「深夜放送休止のお知らせ」の1枚画を出してから休止告知を行うようになった。
    • 放送局管内の一部地域の放送休止または一部地方放送局ローカルの放送休止ではクロージング映像は流れないこともある。
    • 各地の放送局のホームページにてテレビ、ラジオの放送休止・減力を行うスケジュールを掲載している局もある。大阪放送局の場合近畿圏全体の予定を掲載しているが、2009年12月より点検を行う中継局の掲載も始めた。
    • 点検・整備が終了すると、放送開始時刻前に放送を再開する放送局もある。(オープニングは4:15直前に入るジャンクションの時間を利用して流す。)
    • 2010年3月29日よりアナログはレターボックス16:9サイズで放送
  • 1世代前 - 2001年4月~2003年11月
    • オープニング - 地球の映像~君が代をBGMに日章旗(歌詞テロップ付き)~各放送局のID
    • クロージング - 君が代をBGMに日章旗(歌詞テロップなし)~粘土で作られた地球儀の映像~各放送局のID
    • 2001年からは、放送休止または減力放送後から始まる時は上記の映像が流れて、それ以外は日の丸とファンファーレ(24時間放送時のジャンクション参照)となった。それと同時に開始前の音楽とカラーバー・テストパターン等も廃止した。
    • クロージングは1997年からは日曜日のみ(メンテナンスタイムによる深夜放送休止の時も)、2000年以後はメンテナンスタイムに伴う放送休止(一部地域は減力放送実施の場合も)の前に行われる程度となった。
  • 2世代前 1970年代~2001年3月(内幸町→渋谷時代)
    • オープニング - 青空を背景とした日章旗の後、青空を背景としたパラボラアンテナ(NHK菖蒲久喜ラジオ放送所BSアナログ放送アップリンク副局)の映像。BGMはオリジナル音楽 CD「懐かしのNHKテレビ主題曲集」にも収録されているが、最近まで流れたものではなく、アレンジ前〈作曲当初〉のものとなっている。また祝日の場合は開始時に君が代が演奏される(この時は1分間通して日章旗と歌詞テロップが写され、NHKロゴはなし)。ちなみにNHK衛星第1テレビジョンの1984年の試験放送開始初期のオープニングでも同じ映像フォーマットが使われていた。
      • なお、開始時の各放送局IDは放送開始7分前に表示され、その後テストパターンを経て上記の開始映像を放送し正式な放送開始となっていた。
    • エンディング
      • フィルム時代(1970年代~1983年3月) 視聴者から送られた写真~君が代をBGMに日章旗~粘土で作られた地球儀の映像~各放送局のID。
      • VTR時代(1984年4月~1990年3月)その日の最終番組終了後直ちに、君が代をBGMに日章旗(歌詞テロップなし)~粘土で作られた地球儀の映像~各放送局のID
      • 同上(1990年4月~1995年3月)その日の最終番組終了後、まずブルーバックに石井ゴシック体のテロップとアナウンス(下記参照)を流してから、君が代・日章旗掲揚~地球儀~各放送局IDの従来の流れとなった。
      • VTR新ロゴ時代(1995~2001年度)前述と同じだが、ブルーバックが藍色になりテロップも新規なものになった。
    • 2000年6月までは放送休止は全国一斉で行われていた(地域ごとの減力はあり)ので、休止当該日は終了時に「放送休止のお知らせ」の字幕→君が代の演奏・日章旗の映像→各局IDとなっていた。
    • 局ロゴ表示は1995年3月までは旧ロゴの「NHK」が画面中央からズームインとなり、フィルム映像時代はロゴが出た瞬間、「総合テレビジョン(黄色文字)」が出て来るものだったが、VTR映像に切り替わると、「総合テレビジョン」が左からめくる形で出てきた(NHKのロゴは若干離れている)。だがよく見るとNHKロゴが少しずつ左に寄ってきている状態だった。1995年4月より「NHK」ロゴが三つのたまごへ改められ、1文字ずつ順に出てきて、「総合テレビジョン」がフェードインで表示する形態となった。
    • フィルム時代はモノラルだったが、VTR映像に移行したものはステレオで流れている。
  • 3世代前 開局5年後(1958年頃)~カラー放送開始以後
    • いくつもの花が咲き、NHKと文字が出てくる。
  • 4世代前 開局~開局5年後(1958年頃)
    • 鳩→アンテナ→画面いっぱいに、NHK→周波数・出力テロップ。
  • 24時間放送のジャンクション
    • 1日の基点(24時間放送開始当初は5:00→2004年4月から4:30→2005年10月から4:20→2008年4月から4:15)にはこれらの代わりとしてのジャンクションとして環境映像(24時間放送開始当初は富士山の四季を撮影されたもの、2004年8月以降は四季の自然をハイビジョンで撮影されたもの)を1分半以上写した後、日章旗(2004年以後はデジタル放送用に改めて撮影し直した物)を写している。
  • ここに出てくる日章旗は、出雲大社国旗掲揚塔で使われているもので、畳74畳分もの大きさを誇り、日本一である。
  • 当該時間帯に特設ニュースやスポーツ中継(メジャーリーグ中継やオリンピック中継など)が組まれている場合は後述にある「調整犬」「調整猫」とコールサインアナウンスを含めてジャンクション映像の放送は行われない。
  • 1970年代~83年度ごろの放送終了時、写真をスライドショー形式で写した時に、終了アナウンスに代わるものとして、ハープの演奏をBGMに、1枚ごとに次のような字幕を入れていた。
    1. 1枚目 撮影者とその居住地(氏名敬称略)
    2. 2枚目 「夜もふけました。
    3. 3枚目 「戸締り、火の元を、
    4. 4枚目 「もう一度お確かめください。
  • 1989年度までは放送終了が日付をまたいで0:00を過ぎた場合には君が代・日章旗の放送がなく、NHKの女性アナウンサーがブルーバックに石井ゴシック体のテロップと共に「NHK総合テレビジョンはこれで放送を終わらせていただきます。どちら様もお休みの前に火の元・戸締りをもう一度お確かめください。」というアナウンスがあった(担当・遠藤ふき子アナ)が、現在のロゴに変わってから「これでNHK総合テレビジョンの放送を終わります。お休みの前に火の元・戸締りをもう一度お確かめください。」と言うアナウンスとブルーバックに丸字角型ゴシック体(ナール)のテロップに変わった。1990年度から1999年まで(1997年からは深夜放送休止または日曜日のみ)は、連日上記のアナウンスの後君が代・日章旗が放送された。
    • 1995年の深夜放送拡大後、年数回の集中メンテナンス(当時の放送休止は全国一斉だった)があったときは放送終了(中断前)のところで「放送休止のお知らせ」→「深夜放送を休止させていただきます(放送設備の点検・整備のため)」という字幕とナレーションが表示されていた。また24時間放送が開始されたころはこれに「放送再開 午前5時(→午前4時30分→午前4時20分)」という文言があった。
      • 当初はバックは夜のNHKの局舎。その後自然の映像になった時期があったが、後年はブルーバックのみだった。
  • またオイルショックの影響による放送時間短縮の時代(1974年の一時期)には以下のようなアナウンスがあった。
    • (日中の休止前)「電力節減に伴う臨時の処置として、NHK総合テレビジョンの放送は4時半までお休みさせていただきます。ラジオ・FMは放送しています。ご了承下さい
    • (日中の放送再開時)「お待たせいたしました。NHK総合テレビジョンの放送を再び始めます。この後4時半からは(再開直後の番組名)を放送します
    • (放送終了時)「電力節減に伴う臨時の処置として、NHK総合テレビジョンは放送時間を短縮し、今日の放送はこれをもって終わらせていただきます。なおラジオ・FMは放送しています。明日の放送は午前6時からです。どちら様も火の元をお確かめになってお休み下さい
  • コールサインと局名を表示するパターン画像は、原則として全国統一フォーマットになっている。NHKのロゴが現在のものになった前後の時期には、地域の個性を活かした特徴的なパターンが数多く見られた(札幌局以外の道内各放送局ではアナログ放送のみ放送終了まで用いられていた)が、放送のデジタル化に伴って再び全国統一のフォーマットに戻った(地上デジタル放送に対応したマスターに切り替えし次第統一しているため、2007年9月までは放送局により現行タイプと旧タイプが混在していた。)。画像は、青の背景に銀河を模したと見られる模様が描かれており、その前面には上からコールサイン(例:JOAK-DTV)、NHKのロゴ、局名(例:東京デジタルテレビジョン)が表示される(札幌局以外の道内各放送局ではデジタル放送のみ見ることができる。)。表示では「総合」の文字は入らないが、アナウンスではアナログ・デジタルともに「総合」を含めている。以前は地方放送局によってはコールサインの呼び出しアナウンスで「総合」を含めなかったところもある。(例:東京、旭川など)
    • コールサインと局名を表示するパターン画像の表示と同時に行われるアナウンスは、「(呼出符号)」→「NHK+(設置場所の地名)+総合(デジタル)テレビジョン(です)。」(例:「JOAK-(D)TV、NHK東京総合(デジタル)テレビジョンです。」)で、アナウンサーはラジオ第1放送やFM放送と同じアナウンサーが担当する[注 21]
  • 2008年7月24日以降はオープニング・ジャンクション映像の前にアナログ放送ではアナログ放送終了に関する告知を放送していた(静止画のみでBGMあり。教育テレビも同様。火曜日~木曜日限定だが、緊急報道などその日の状況により告知が行われない場合もあった)。一方、デジタル放送ではNHK受信料の訪問集金廃止に関する告知を放送していた(2008年8月現在)。
    • 放送開始前や関東地方・北海道地方での放送休止案内の字幕スーパー挿入時には、30秒間の(9種類)や(3種類)の映像が放送される(主に「調整犬」、「調整猫」)。

その他[編集]

  • 1970年代後半から1980年代前半の一時期、放送終了が教育テレビ(現:Eテレ)より早い期間があった。これはオイルショックによる省エネ節電に協力するためのものであり、1974年1月から3月までは総合・教育とも23時終了、その後総合は23:15(1975年4月以後金・土曜日に限り23:57まで延長)、教育は23:30→23:57にそれぞれ放送終了時間を延長しており、総合が教育よりも早く終了するという事例は1984年4月に正式に23:57終了に時間延長するまで10年以上続いた。
  • 2008年9月29日以後、総合テレビの放送を休止する地域がある場合、緊急地震速報に対応するために教育テレビを臨時に終夜放送していたが、2009年4月以後は終夜フィラーは放送せず、教育テレビでは「緊急ニュース等がある際には 総合テレビをお休みしている地域では ご覧のチャンネルでお伝えします(一部地域を除く)」という字幕を出している。但し、総合・教育双方ともメンテナンスを行う場合は教育テレビでも放送休止とする。
  • 放送設備の更新を行った2004年8月からは、NTSCでは画像サイズ(レターボックス=サイズは16:9、14:9、13:9←→4:3コンバートとの切り替え)の調整などのため、番組終了後の数秒程度フェイドアウト状態となる番組があったが、2010年7月5日以後、大河ドラマと過去に4:3SDで制作した番組を除いてレターボックス16:9に完全移行したことからこのフェイドアウト状態は解消されている[注 22]

各局のID[編集]

  • 関東地方などほとんどの局…卵形の青色バックにコールサイン表示(アナログ・デジタルとも全国共通のフォーマット。アナログでは16:9レターボックスで表示)。
    • テレビ放送開始当初から、少なくとも1980年代前半までは、全国各放送局共通で、モノクロの1枚画が使われ、ブーメランを2枚重ねたような絵に白文字でコールサイン(JO○○)その横に黒でTV、更にその下に白文字で各放送局の親局のチャンネル番号(東京1、名古屋3、大阪2など)と、黒で当時のNHKロゴ、更にその下に(○○テレビジョン)と表示されていた。これは教育テレビジョン、および開局当初の衛星放送でも共通だった[注 23]
    • また、ワンセグの試験放送が行われていた時期にはデジタル総合に限り「携帯端末向けサービスの試験電波発射中」[出典 5]との字幕も添えられていた。
  • 旭川放送局…緑の自然(緑葉)の写真をバックにコールサイン表示。4:3表示でアナログのみ使用していた。元々は札幌放送局のフォーマットにコールサインとCH表記をしていたのが、札幌放送局が地上デジタル放送を開始したことに伴い変更された。旭川局のアナログ放送のID画面切り替えの際、一瞬画像が乱れることがあった。このIDは2011年7月24日のアナログテレビ放送終了とともに使用を終了した。なお、デジタル放送のIDは2007年10月1日の開始当初から上記と同じく全国共通のフォーマットである。
  • 仙台放送局…仙台城をバックに馬とコールサイン表示。
  • 山形放送局…緑の自然(緑葉)の写真をバックにコールサイン表示。コールサインは左下に表記。
  • 富山放送局…黄緑色をバックにコールサイン表示。
  • 大阪放送局…少なくとも1980年代中盤から、数年代わりで、旧大阪局舎、生駒山から写した大阪の夜景、近畿地方の地図などがデザインされたもの、午前1時まで放送時間が拡大された1995年1996年には終了時に近畿地方の各総合テレビジョンのコールサインとアナログチャンネルの一覧表を出していた
  • 神戸放送局…局舎の夜景をバックにコールサインを表示。
  • 大分放送局…大分県のフォーマットにNHKと表示。コールサインは左上に表記。
  • 鹿児島放送局…局舎と桜島をバックにコールサイン表示。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 1978年の年間の全日視聴率は、総合テレビとTBSとが10.1%で同率1位であった。なお、この年(1978年)にはTBSが年間視聴率で3冠王を獲得している。
  2. ^ NHKアーカイブスのサイト「アカイさん資料室」(Abobe Flash必要、2016年6月閲覧)で見られる1971年10月版の業務用の放送番組時刻表(番組表)に「総合テレビは全番組カラー」の記載あり。
  3. ^ NHKアーカイブスの番組表検索によると、番組の間に放送される「SB」(ステーションブレイク(ステブレ)編成。短い告知など)が10月9日までは白黒で10日からカラーとなっており、「NHK年鑑’11」の「放送史ミニ年表」では10月10日で全面カラー化としている。なお新聞縮刷版テレビ欄によると『NHKのど自慢』『明るい農村』には、その後も白黒で放送された回が存在する。
  4. ^ NHKアーカイブスの番組表検索によると、その後も番組の一部分が白黒で放送された記録があり、同年10月28日の「第26回国民体育大会秋季大会―第5日―」では弓道が白黒(同枠内の陸上競技はカラー)、各地方局が取材した地元の話題を紹介する『日本ところどころ』では1972年4月2日までの一部の回で、取り上げられた話題のうち1件が白黒で放送されている。その他、カラーの報道・情報番組の中で沖縄からの中継が白黒で行われた例があり、同検索で確認できるものでは1974年3月12日の「日航機ハイジャック」が最後となっている。
  5. ^ なお、国会中継高校野球中継が行われた場合は休止時間帯でも放送されていた。
  6. ^ 金曜・土曜のみ。
  7. ^ 早朝5時開始はこれ以前にも夏休み期間限定で行われていたことがある。深夜の日またぎも同様に春休みに期間限定で実施されていたが、定時編成としては1993年4月から行われており、この時は0時から放送日の上での最終版NHKニュースを5分だけ流して放送終了となっていた。1995年の放送時間枠拡大で本格的に日またぎ編成を開始した。
  8. ^ ただし原則として第1・3日曜としているが、第2・4・5日曜も局によって休止にする場合もある。
  9. ^ ハイビジョンによるニュース素材の配信回線は2003年8月に運用開始
  10. ^ 新聞発表上は従来どおり4:30が1日の基点とされ、『視点・論点』の再放送が1日の最終番組扱いとされた。日曜日・月曜日は別番組であるが、日曜日の『新日本紀行ふたたび』再放送(地域により初回放送)は日曜日1日の初めの番組と扱われた。
  11. ^ 新聞発表上は従来どおり4:30が1日の基点とされたが、NHK公式サイトの番組表は『シリーズ世界遺産100』が最終番組扱いとなり、『視点・論点』は削除された。日曜日・月曜日は別番組だったが、日曜日の『新日本紀行ふたたび』再放送は日曜日1日の初めの番組と扱われた。
  12. ^ 大河ドラマや、一部の宣伝番組では2010年12月まで14:9サイズのセミレターボックスでの放送を継続していた。
  13. ^ その後BShiのみで3月14日より「先行」再開した。
  14. ^ 放送免許や公式文書、および開始・終了時のID映像・アナウンスではこれまで通り正式名の「NHK教育テレビジョン」としているが、それ以外の一般的な呼称は全て「Eテレ」に統一。
  15. ^ 首都圏放送センターの場合は「東京」、沖縄放送局の場合は「那覇」と表記。
  16. ^ 進行フォーマットは前年7月に放送されたものと同じ。
  17. ^ a b 主に9月・10月と翌年2月・3月の特定の2週間程度も集中メンテナンスを行う日があり、その場合は全国一斉で放送時間短縮とする日もあった。
  18. ^ a b 集中メンテナンス日も引き続き設定しているが、これも各局任意設定となった
  19. ^ なお、対戦するチームの本拠地の放送局やその放送局が拠点局となるブロック(楽天なら仙台放送局とNHK東北ブロックの各局)ではメインチャンネルでも中継することが多いため、それ以外の地域のメインチャンネルで放送される全国ネット番組は返上または後日時差放送される。
  20. ^ 全域で放送休止が生じる場合は表示を省略する場合、あるいは「休止地域 関西地方全域」と出す場合もある
  21. ^ なお2003年の呼出名称と、識別信号のアナウンスが変更される以前は、「(設置場所の地名)+総合テレビジョン」→「(呼出符号)」であった(例:「東京総合テレビジョンです。JOAK-TV。」)。放送局によっては、「NHK(設置場所の地名)+総合テレビジョン」→「(呼出符号)」(例:「NHK旭川総合テレビジョンです。JOCG-TV。」)の場合もあった
  22. ^ 大河ドラマは2011年にレターボックス16:9に完全移行
  23. ^ 但し、沖縄放送局では、これらの画面の左側にシーサーが描かれていた。

出典[編集]

  1. ^ 太田省一『紅白歌合戦と日本人』(筑摩書房 筑摩選書78 ISBN 4480015868、2013.11)、27頁。
  2. ^ 『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』(引田惣弥・著、講談社、2004年、ISBN 4062122227、116頁)
  3. ^ アカイさん資料室(各年度の番組表が掲載)
  4. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室 『NHK年鑑'74』 日本放送出版協会、1974年、8-9頁。 
  5. ^ 参考写真

外部リンク[編集]