NHKアーカイブス

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NHKアーカイブス

あの日 あのとき あの番組
~NHKアーカイブス~
ジャンル アーカイブ
放送時間 放送時間を参照
放送期間 2000年4月9日 -
放送国 日本の旗 日本
制作局 NHK
出演者 (ナビゲーター)森田美由紀
音声 ステレオ放送
字幕 文字多重放送
外部リンク NHKアーカイブス
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NHKアーカイブス(エヌエイチケイ- )は、NHK総合テレビジョン2000年4月9日に放送を開始したテレビ番組である。2017年度より、「あの日 あのとき あの番組 ~NHKアーカイブス~」(-ひ -ばんぐみ エヌエイチケイ-)に改題・リニューアル。

概要[編集]

基本的には、埼玉県川口市にある過去の番組等を収蔵した施設・NHKアーカイブスとテレビ番組の連動という形を取り入れており、施設開館(2003年2月1日[注 1])に先駆けて2000年4月9日より毎週日曜日にNHK総合テレビでの番組放送を開始した[注 2]。基本的には臨時ニュースで一部が放送できなかったとき以外の再放送はない。

2000年度は主に1960年代2001年度は1970年代にNHKが制作した番組(『NHK特集』、『ある人生』など)を振り返って放送したが、2002年度以降はもう一度見てみたい番組を視聴者のリクエストなどに基づいて放送する[注 3]ほか、毎年終戦記念日前後にはその関連の映像素材を取り上げる。また番組に出演した縁のある人物をゲストに迎えたり、その場所の現状報告なども行われる場合がある。

2005年4月からは『新日本紀行ふたたび〜NHKアーカイブス〜』が始まった(2012年3月、レギュラー番組としては終了)。サブタイトルに「NHKアーカイブス」とあり当番組の兄弟番組と考えられる[誰によって?]2008年4月の放送時間変更で当番組と『新日本紀行ふたたび』が続けて放送されるようになり、よりその性格を強めた(2010年3月まで)。なお、当番組の放送開始以来『新日本紀行』はたびたび放送されたが、『新日本紀行ふたたび』開始後、当番組内での『新日本紀行』の放送はなくなった。

通信・放送の在り方に関する懇談会が、「(NHKの)番組アーカイブをブロードバンド(高速大容量)上で積極的に公開すべき」との方針を打ち出したことで、総務省がNHKのネット進出容認へ向けた方向で動き出すことになった[1][注 4]

オープニング曲は、2005年頃から松任谷由実(当時、荒井由実)の『瞳を閉じて』が用いられ、字幕放送では歌詞が表示されるようになった。なお、『新日本紀行』で同曲が作られた経緯を収めた回(1976年4月12日放送「歌が生まれてそして〜長崎県奈留島〜」)が、番組開始間もない頃に取り上げられた。また、『新日本紀行ふたたび』でも2007年12月15日放送の「歌が生まれた島で〜長崎県奈留島〜」で取り上げる。

2008年4月に時間移動しリニューアルした。番組開始以来加賀美幸子がナビゲーターを担当したが、リニューアルに伴い桜井洋子林家いっ平2009年より2代目三平を襲名)の2人によるナビゲートに変わり、現在[いつ?]は桜井の単独司会となる。また、ピアニスト・西村由紀江の手による新しいオープニングテーマが登場する。

DVDとしてポニーキャニオンよりNHKアーカイブスドラマ名作選集が発売された。2007年11月21日に「テレビ草創期篇[注 5]」、2008年2月20日に「昭和40年代篇[注 6]」、2008年5月21日に「昭和50年以降篇[注 7]」が発売された。

NHK Eテレ50周年記念の特集番組『ETV50もういちど見たい教育テレビ』での放映作品は、すべてNHKアーカイブス協力のうえで放映される。

放送時間[編集]

日曜日は通常、選挙の投票日に充てられることも多いため、開票速報放送などにより、時間変更・放送枠分割・休止となることも少なくなかった。また、時間帯移動された現在[いつ?]でも、放送する作品により時間を拡大することもしばしば行われる。

以下の放送時間はいずれも原則であり、放送作品の内容によっては終了時間が延長する場合がある。

  • 2000年度:日曜 23:35 - 24:55
  • 2001年度:日曜 23:50 - 25:10
  • 2002年度:日曜 23:55 - 25:15
  • 2003年4月 - 2005年:日曜 23:10 - 24:30
  • 2006年1 - 3月:日曜 24:00 - 25:20
  • 2006年度:日曜 23:10 - 24:30
  • 2007年度:日曜 23:40 - 25:00
    未来観測 つながるテレビ@ヒューマン』の日曜日移動による。衛星第2テレビでも月曜日15時から放送される。
  • 2008・2009年度:土曜 10:05 - 11:25
    2008年6月14日は、岩手・宮城内陸地震が発生し緊急臨時ニュースに切り替わったため、この日放送予定だった『清原桑田 18歳の大物ルーキー』、『桑田真澄の661日〜復活までの苦悩と夢』の2本が翌週(6月21日)放送となった[注 8]
  • 2010年度:日曜 13:35 - 14:45[注 9]
  • 2011年度 - :日曜 13:50 - 15:00[注 10]
    日曜深夜の放送は前述のように選挙報道などで放送できないことがあったり、夜遅いために生で見られないという声が多かったため、時間移動した。
    • 2012年2月19日放送の「新八犬伝特集」では、終了直前の14:54に茨城県日立市で震度5弱の地震が起き、地震速報に差し替えられたため、最後の部分が放送されないまま終了した。
    • 2012年12月9日放送分は当初予定していた内容「ノーベル賞!“生命”の未来を変えた男 山中伸弥iPS細胞革命」のテーマで放送[注 11]する予定を変更し、「さようなら中村勘三郎さん〜芸に生きた日々〜」として13:05 - 16:00に放送時間を拡大して放送した[注 12]。緊急の全国共通放送となった関係で、一部地域で別番組差し替えが予定されていたところでは休止[注 13]となった。
    • 他の地域でも別番組放送[注 14]で後日時差放送もしくは振り替え放送なしでそのまま休止する場合がある。
地域ごとの例外
  • 近畿地方
    近畿地方のみ、2008・2009年度の2年間は、地域情報番組ぐるっと関西プラス』を10:50から放送するため、2012年度は「西方笑土」放送のため、Eテレで翌週の深夜[注 15]に放送された[注 16]
  • 北海道
    北海道では、2008 - 2011年度の5 - 6月の2か月間は『北海道環境アーカイブス』(ナビゲーターは沖谷昇)に差し替えて放送したため、本番組の放送は一時休止された。ここでは過去に北海道地方で放送された環境に関連した番組のほか、北海道地方のみで放送されるミニ番組『エコは北から』、外国人向け国際放送NHKワールドTVで放送される英語による北海道の自然を紹介する『ネイチャーオブ北海道』を日本語字幕つきで放送した。
  • 石川県
    石川県では、2011年度から2012年3月まで最終日曜日に限り『石川アーカイブス』(キャスターは亀井和恵)を放送した。石川県に関連した過去の番組を放送した。

通年特集企画[編集]

2005年[編集]

この年は2つのシリーズを編成した。ひとつは、毎月第3日曜日に放送された『NHKスペシャル 新・シルクロード』(21:00 - 22:00)の放送に合わせた「特選アーカイブス・シルクロード」である。これは新・シルクロードで放送された番組の舞台を、1980年の『シルクロード-絲綢之路-』と比較してもらうという意味合いを込めて放送した。このときの進行役は松平定知であった。なお放送前年の2004年には、デジタルリマスターのために、日本と中国の共同取材で撮影したネガフィルム[注 17]を再度、中国から全巻借り出してハイビジョンに変換する作業が行われた[注 18]

もうひとつは、この年が終戦60周年であったということで、原則毎月1回程度「平和アーカイブス」と題して戦争(主として広島・長崎の原爆)をテーマにした番組を取り上げた。4月3日放送の『原爆投下・10秒の衝撃』(1998年8月6日放送の再放送)はその1つである。

2006年[編集]

この年は、日本の環境公害問題の原点とされている水俣病が確認されて50周年を迎えたのを機に、地球環境のあり方を問うたテーマの番組を集めた「環境アーカイブス」を原則毎月1回程度放送した。

2007年[編集]

この年は、「にっぽんくらしの記憶」と題し、いわゆる高度経済成長期の日本人の暮らしを見つめた番組を原則月1回以上の割合で放送した。

2013年[編集]

この年はテレビ放送開始からちょうど60年を迎える節目に当たり「シリーズ・テレビ60年」と題し、貴重な映像を通じてテレビ60年の歩みを振り返るというものである。年明け前の2012年12月から5回シリーズでの放送予定で2012年12月は2日連続[注 19]、2013年1月以降は月1回程度放送される。

  1. わくわくドキドキ!アニメ&少年ドラマ(ゲスト:多岐川裕美〔少年ドラマ「七瀬ふたたび」主演〕、松村邦洋
  2. 鈴木健二さんと語る懐かしの名番組(ゲスト:鈴木健二〔元アナウンサー。「クイズ面白ゼミナール」主任教授〕)
  3. 松坂慶子さんとみつめる大河ドラマ(ゲスト:松坂慶子大河ドラマに過去7回出演〕)
  4. わたしとテレビ〜伊東四朗さんと語る“テレビのチカラ”(ゲスト:伊東四朗
  5. 磯村尚徳さんと語る報道番組(ゲスト:磯村尚徳〔元記者。「ニュースセンター9時」初代総合司会〕)

ナビゲーター[編集]

番組テーマ曲[編集]

映像のデジタルリマスタリング[編集]

このNHKアーカイブスの施設開館、ならびに放送を実施するに当たって、製作された当時の映像を当時の雰囲気そのままに伝えるために、スタッフがデジタルリマスタリング(修復)処理を実施する。この方式は、番組としての『NHKアーカイブス』が放送される直前の2000年1月 - 3月に、総合テレビ深夜放送でシリーズ放送された『よみがえる新日本紀行』で初めて紹介された。

1959年にNHKは送出用として2インチアンペックス方式VTRの使用を開始する。それから1981年頃までの間は、送出用として同方式のVTRを使った[注 20]。この方式のビデオテープは非常に高価だったために[注 21]、テープを使い回しせっかく収録した番組も次の収録で上書きされ失われる場合がほとんどである[注 22]。一部の番組は「キネレコ」という装置でフィルム映像に変換して残されたりなどしたが[注 23]、大部分の番組は前記のように失われてしまったため、著作権法に基づく権利を行使し、視聴者のエアチェックなども収集する。現在[いつ?]では、日本で2インチVTRにて収録された番組作品は全てNHK・民放問わず、1インチ、U規格ベータカム等のアナログVTR、D1・D2・D3・D5等のデジタルVTRにダビングされたものが、地上波・BS・CS等での放送用等の再生に使われる[注 24]

元NHKアナウンサーの宮田輝は、1960年代後半からオープンリールの家庭用VTRを所有した。自身が司会を務めた、1960年代後半の『紅白歌合戦』、『思い出のメロディー』、『ふるさとの歌まつり』の放送は自宅で録画され、その映像は後にNHKに提供された。

特にフィルムの場合は年月を置くと映像・音声とも劣化してしまうため、放送原版のフィルムを一旦特殊な液などで汚れをふき取り、フィルムの破損部などはコンピューターでその部分を修復する処理・加工を行う。

日本のテレビ放送方式(NTSC)では原則として1秒の動画は30コマ(30フレーム)であるが、走査線が上から下に2回走ることで1つの画面が構成される。しかしフィルム映像の場合は16mmフィルムでは1秒間24コマで構成されるため、1秒30フレームを、60フィールドに分割し、それをさらにフィルムの24コマに変換する事で16ミリフィルム1コマ単位に置き換えて細心の注意を払った上でリマスタリング作業を実施する。525方式の放送の30分番組の修復時間は平均20 - 30時間、16ミリフィルムからハイビジョン映像に変換した30分番組は平均で40 - 60時間の修復時間が必要だといわれている[誰に?]テレシネを参照)。

2005年頃までは、16mmフィルムはハイビジョンに対応出来ないとテレビ業界や映画業界では言われた。16mmフィルムは映像を記録している面積が狭く、それで対応できるのは525方式までだという考えだった。しかし1999年からNHKの映像修復担当者とテレシネを担当する会社(ヨコシネ ディー アイ エー)は、共同でハイビジョン化の準備をすすめ、ついに2004年にはNHK全体の取り組みとして『NHK特集シルクロード』で16mmフィルムからのハイビジョンへのテレシネを本格導入することになった。『シルクロード』の高画質化はそれまでの常識を覆す出来であったため、その後、16mmフィルムからもハイビジョン化することはごく普通のことになってしまった。

2007年1月よりBS2(現在は廃止)のアーカイブス関連番組の増加に対応するため運営体制の強化が行われた。このため、2003年2月と比較すると数倍の修復能力を持つに至る。2007年の主な修復スタッフ構成は、修復マネージメント1人・技術マネージメント(修復オペレーター兼務)1人・修復専門オペレーター2人の計4人である。この他にも、2インチVTR等の使用についてはNHKアーカイブス全般を管理する技術担当者が放送博物館や渋谷の放送センターと調整を行ったりする場合があったり、フィルムからVTRテープに映像を変換するテレシネを行う企業なども考慮すれば、作業に関わるスタッフは実際には相当な数にのぼる。

2007年1月以降しばらくの間、NHKアーカイブスで映像修復が行われた番組は画面右上に「NHKアーカイブス」のウォーターマークが入った(NHKで修復作業が許される施設は、品質管理の点から川口市にあるNHKアーカイブスのみ)。修復後に放送されている映像には、動画共有サイトへの無断アップロードなど不正コピー対策のためウォーターマークが入る。

アーカイブスと権利保護[編集]

デジタルリマスター処理を行った番組の全てが、公開されるわけではない。それは、法律に基づく様々な権利関係の処理作業が必要となるからである。

アーカイブス番組でも、そのあたりの事情が説明されたが、デジタルリマスター処理と平行して、番組に映った人物などを全て割り出し、本人や遺族など関係者と連絡をとって、再放送や公開に関しての了解を得なければならない。ひとりでも了解が得られなければ、その番組は再放送・公開することができない(なお、映像加工されて放送・公開されたことは番組放送開始後、一度もない)。これは主に肖像権に基づくものであるが、放送以外の手段での公開(DVD化等)に関しては著作隣接権としての録画・録音権なども関係する(詳しくは映画の著作物#著作隣接権との関係権利の所在が不明な著作物を参照)。

このため、21世紀現在の番組ではこの点を考慮して、ニュースなどを除いては、企画段階において予め権利関係を全て処理する作業を行い、DVDソフト販売やインターネット配信などを行いやすくするようになった。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ テレビ放送50周年の当日。
  2. ^ 当初は4月2日に放送開始予定だったが、小渕恵三(内閣総理大臣、当時)が脳梗塞により緊急入院した臨時ニュースを放送したために延期された。
  3. ^ 途中2003年1 - 3月など、一時中断となる時期もあった。これは、施設としてのアーカイブスオープンに伴う映像ライブラリーの収納作業があったためと思われる[独自研究?]
  4. ^ 2006年6月4日の放送では、秋田県で起きた男児殺害事件の犯人逮捕の特設ニュースにより、番組史上初めて一部の内容が放送されなかった。6月15日の早朝という定時とは異なる枠で改めて放送し、8月20日の通常枠でも再放送された。ちなみに、この時の放送は北海道で地上デジタル放送が放送開始になったことを記念して、北海道に関する番組を再放送中であった。
  5. ^ どたんば』、『氷雨』、『海の畑』、『魚住少尉命中』、『駅』
  6. ^ 『大市民』、『ミュージカル わが心のかもめ」、『写楽はどこへ行った』、『幻化』、『赤ひげ
  7. ^ 『極楽家族』、『修羅の旅して』、『しあわせの国 青い鳥ぱたぱた』、『北の海峡』、『失われし時を求めて 〜ヒロシマの夢〜』
  8. ^ 北海道地方は別内容。
  9. ^ NHKプロ野球などスポーツ中継のため休止となる日がある。
  10. ^ NHKプロ野球などスポーツ中継のため休止となる日がある。
  11. ^ また通常関西地区は「西方笑土」を13:50-14:35に放送するために、この回は本来12月14日深夜(15日未明)1:30-2:40に放送する予定だった
  12. ^ リアルタイム字幕放送を実施。
  13. ^ スポーツ生中継ではEテレに放送波変更。関西地区は「西方笑土」を放送するために本来12月14日深夜のEテレへの振替にするところを変更(同番組休止)して同時放送となった。このため12月14日深夜のEテレの編成も他の地区と同じ共通ネット番組に差し替えられた。北海道地方ではFリーグ「エスポラーダ北海道」対「府中アスレティックFC」の中継がEテレに変更となったため、NHK杯囲碁トーナメントが12月12日深夜の放送に変更され、第86回全日本男子ホッケー選手権「決勝」は14:50からの途中飛び乗りで開始となった。編成の空いたEテレの12:30 - 13:00には「課外授業ようこそ先輩」(地域番組差し替えに伴う未放送分)と「アナブロ」が追加編成された。
  14. ^ 主に全国放送番組で地元地域に関係するものや、地元にチームを置くプロ野球Jリーグといったスポーツ中継など。
  15. ^ 2008・12年度は翌週金曜深夜、2009年度は翌週日曜深夜。
  16. ^ 2008年度は全国で定時放送が終了した後に放送された。2009年度は全国放送の番組を差し替えて放送した。2012年度は週末アンコールのEテレセレクション、またはEテレアーカイブスの放送後の1:30以後に行われるが、部分的に上述2番組の一部内容が放送されず、実質飛び降りでこの番組が放送される。この番組がその曜日付け最終番組であり、終了後直ちに君が代演奏、日章旗掲揚、大阪教育テレビジョンのIDを送出して放送終了となった。なお、2012年度の近畿地方でのワンセグ2では別番組(全国共通)に差し替えられており、途中からの飛び乗りは行われずに他の地域のEテレと同一時間でワンセグは放送終了となる。
  17. ^ 初回放送時、日本でフィルムから1インチビデオテープに映像を変換後、中国に譲渡された。
  18. ^ 中国側が自国で作業をしたいと申し出たが、すでにNHKがフィルムの補修・洗浄からハイビジョンへのテレシネ作業、NHKアーカイブスでのデジタル修復、そして渋谷放送センターでの編集作業まで、考え得る最善の体制を整えていたことを伝えて中国側を説得し、日本でのデジタルリマスター作業が行われることになった。肝心のネガフィルムは、中国がNHKから渡された状態のままで大切に保管してくれていたため、このリマスター作業により鮮明な画質でよみがえらせることが出来たというエピソードがある。
  19. ^ どちらも時間帯は通常放送時と異なり、12月30日の第1回は8:35 - 10:00、翌31日の第2回(本番組開始以来初めて月曜日での放送)は8:50 - 10:00に放送された。なお、通常はEテレで振替放送を行う関西地方でもそのまま第1回・第2回を同時放送した。
  20. ^ 1976年から1インチVTRが送出用として使われ、1981年頃からしばらくの間この方式に一本化される。
  21. ^ 1964年富士フイルムがそれを国産化しても、1980年頃の生産終了まで1本(60分)当たりの単価が10万円以下になることはなかったという。現在[いつ?]の放送業務用ビデオテープ1本あたりの単価は安くても1000円台であり、高級品ではなくなったため保存が可能になった。21世紀現在は収録番組・生放送番組を問わず、放送された番組はVTRテープに記録され、保存される。
  22. ^ 特に、1970年以前の番組でビデオテープで残っているものは数えられるほどしかないものの、それでも「東京オリンピック」の開会式、閉会式および一部の競技、「メキシコオリンピック」の一部、「NHKイタリアオペラ演奏会」、カラー本放送開始記念番組『長唄『京鹿子娘道成寺』』等、非常に芸術的価値の高い貴重な物については、2インチVTRのままで残されているケースが多い。
  23. ^ 紅白歌合戦第14回1963年)・第21回1970年)もこの方式で録画。ただし第21回の保存状態は悪い。
  24. ^ 詳しくは2インチVTR#現在の状況を参照。

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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