千倉町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
千倉町
廃止日 2006年平成18年)3月20日[1]
廃止理由 新設合併
富浦町富山町三芳村白浜町千倉町丸山町和田町
南房総市[1]
現在の自治体 南房総市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
安房郡
団体コード 12466-4
面積 36.64km²
総人口 12,527
(2004年10月1日)
隣接自治体 館山市
安房郡白浜町丸山町
町の木 ウメ
千倉町役場
所在地 295-0004
千葉県安房郡千倉町瀬戸2294
外部リンク ちくら、千倉、千倉町
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

千倉町(ちくらまち)は、かつて千葉県安房郡に存在していた平成の大合併に伴い2006年平成18年)3月20日に、同じ安房郡内の富浦町富山町三芳村丸山町和田町白浜町と新設合併し、南房総市となったため消滅した[1]。 市内最大の人口を有しながら市役所はないが行政施設が多く経済的中心を担う。

地理[編集]

房総半島の南部に位置する。

かつては、「寒サバ」や[2]「春サバ」などの漁や[3]秋刀魚を中心とする漁業が盛んであった[4]。 しかし、1989年平成元年)に鯖漁が1986年(昭和61年)以降で最低に落ち込み[5]、その翌年の1990年(平成2年)にはさらのその6分の1となるなど資源枯渇と水温低下による不漁が深刻化した[6]

秋刀魚漁は船を併用する形で行われていたことから鯖漁の極度の不振を受けて並行して船の数が減り[7]、壊滅的な減少に見舞われることになった[4]

町内にある千葉県水産試験場は、1990年(平成2年)に千倉沖にコンクリートブロックを沈めて漁礁を作り[8]の稚貝を大量集中放流することで海中牧場化する養殖に着手し[9]1992年(平成4年)に収穫して育てる漁業への転換を図り[10]2001年(平成13年)には房州ちくら漁業協同組合がアワビ養殖に正式に着手することになった[11]

こうした漁業などの盛んな「黒潮文化」の1つである「白間津の大祭」は[12]、勇壮で華麗な「大網渡し」など[13]踊りを中心としたもので[14]、白間津の日枝神社に約1000年伝えられており[12][15]1992年(平成4年)に国の重要文化財に指定されることになった[16][17]

また、「高塚不動尊」も海上安全や大漁の守護神とされる海の生活と結びついて信仰されている[18]

さらに、高家神社磐鹿六雁命を祭神としており[19]、国内唯一の「日本料理の神様」として知られると共に[20]、「魚の神様」とも云われて海とのつながりを持ち[21]、古式に則った「包丁式」が奉納される[22][23][24][25][26][27]

市内最大の人口を有し合併前は千倉警察署も存在し今も消防署図書館自動車教習所などと市の行政施設を備え市街地も市内最大である。

全日本大学選手権や[28][29]、プロの大会も行われるサーフィンの盛んな地区である[30]海水浴場も多い。

合併前隣接していた自治体[編集]

  • 館山市
  • 安房郡:白浜町、丸山町

「朝夷地区」(あさいちく)は、和田町・丸山町・千倉町・白浜町の計4町一帯の通称名である。

歴史[編集]

産業[編集]

農業[編集]

漁業[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

学校[編集]

小学校[編集]

  • 千倉町立健田小学校
  • 千倉町立朝夷小学校
  • 千倉町立忽戸小学校
  • 千倉町立七浦小学校

中学校[編集]

  • 千倉町立千倉中学校

観光[編集]

電気[編集]

かつて曦町に電燈会社があった[35]1911年(明治44年)12月事業許可を受け、1912年(明治45年)4月才賀藤吉が曦電気を設立[36]。曦町発電所(瓦斯力)を建設。1913年(大正2年)10月事業開始した。送電区域は千歳村健田村曦町七浦村白濱村[37]

姉妹都市[編集]

出身有名人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d “南房総市が誕生 「一体感ある組織に」 県内最多の7自治体合併 市長、市議選は来月23日投開票 暫定予算を専決処分”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 17. (2006年3月21日) 
  2. ^ “寒サバやっと本格化 千倉 漁港、活気を取り戻す”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 13. (1988年2月20日) 
  3. ^ “春サバ、豪快に水揚げ 千倉港、好漁にわく まず2隻が44トン”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 13. (1989年1月26日) 
  4. ^ a b “千倉漁業の象徴 サバ・サンマ船姿消す”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (2000年7月7日) 
  5. ^ “サバ漁、不振続く 漁船、出漁できず 水揚げ、61年以降で最低 千倉”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1989年3月19日) 
  6. ^ “春サバ漁不調 水揚げ、昨年の1/6 資源枯渇、低水温が原因に 県水産試験場調べ”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1990年6月7日) 
  7. ^ “併用のサバ漁不振で減船”. 朝日新聞 (朝日新聞社): pp. 22. (1992年8月22日) 
  8. ^ “アワビ牧場造成へ ブロック海中投入 千倉 稚貝放流、3年後に回収”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 17. (1990年11月29日) 
  9. ^ “県水産部 アワビの牧場化推進 千倉沖に漁礁 稚貝を大量集中放流 全量回収目指す”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 4. (1990年2月10日) 
  10. ^ ““大漁”に表情明るく 千倉町の高家神社 関係者らアワビ供養祭 育てる漁業が結実”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1992年9月13日) 
  11. ^ “房州ちくら漁協 アワビ養殖に着手 60面の水槽で12万個 房州観光の目玉料理”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 5. (2001年8月19日) 
  12. ^ a b “黒潮文化伝える祭典「白間津の大祭」本に 千年の歴史後世へ”. 朝日新聞 (朝日新聞社): pp. 26. (1994年5月26日) 
  13. ^ “4年に1度勇壮、華麗に 「大網渡し」見物人魅了 千倉で「白間津の大祭」”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1999年7月26日) 
  14. ^ “県指定の無形文化財 白間津大祭始まる 千倉 踊り中心、4年に1度”. 朝日新聞 (朝日新聞社): pp. 26. (1991年7月24日) 
  15. ^ “千倉町白間津の日枝神社 大祭の全容明らかに 朝夷地区教委が刊行”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1994年5月12日) 
  16. ^ “安房の祭り重文指定”. 朝日新聞 (朝日新聞社): pp. 30. (1992年2月22日) 
  17. ^ “文化財保護審 重文指定を答申 白間津の大祭(千倉町)など”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1992年2月22日) 
  18. ^ “初大祭で沿道にぎわう 千倉、高塚不動尊”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1999年2月21日) 
  19. ^ “磐鹿六雁命 料理の神”. 別冊太陽 (平凡社) (日本の神): 158-159. (1989-12). 
  20. ^ “今度は高家神社アピール 国内唯一の日本料理の神様 南房総・千倉町 「食によるまちづくり」事業 包丁式グッズ開発へ”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 17. (2006年10月26日) 
  21. ^ “房総の駅百景 内房線千倉駅(千倉町瀬戸) さかなと料理の神様”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 6. (2004年4月30日) 
  22. ^ “見事な包丁さばき 千倉 高家神社で包丁式”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 13. (1987年11月26日) 
  23. ^ “古式ゆかしく包丁式 指一本触れず豪快鯛さばき 料理の神様へ奉納 千倉町・高家神社”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1989年11月24日) 
  24. ^ “指一本触れず魚さばく 厳かに「包丁式」奉納 千倉・高家神社 見物人もかたずのむ”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1990年11月24日) 
  25. ^ “マナガツオ 巧みにさばき献納 高家神社で恒例の包丁式 千倉町”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1995年11月24日) 
  26. ^ “古式のっとり厳かに 高家神社で「包丁式」 見事にコイを料理 千倉”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (2000年11月24日) 
  27. ^ “烏帽子姿で伝統の技奉納 千倉・高家神社 「料理の神」前で包丁式”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 17. (2005年10月18日) 
  28. ^ “学生サーファー千倉の波で熱戦 全日本大学選手権大会 城国大団体V”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1998年12月26日) 
  29. ^ “日ごろの技を発揮 学生サーフィン選手権 千倉町に43大学から500人”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1993年10月25日) 
  30. ^ “波の上で華麗な妙技 プロたちがホットな戦い 千倉町でサーフィン大会”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1989年7月4日) 
  31. ^ “KDD光海底ケーブル 千倉中継所が開所”. 読売新聞 (読売新聞社): pp. 15. (1989年4月7日) 
  32. ^ “教養の宝庫、開放的に 千倉町立図書館が完成 きょう開館”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1991年7月22日) 
  33. ^ “千倉町立図書館が完成 蔵書数は3万5000冊 法務局出張所を改修”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1991年5月25日) 
  34. ^ “海の幸いっぱいに 物産センター 「潮風王国」がオープン 千倉”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1997年7月17日) 
  35. ^ 『千倉町史』316-317頁
  36. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第21回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  37. ^ 『電気事業要覧. 第8回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  38. ^ “京葉銀行相談役 綿貫専太郎氏が死去”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 12. (1996年6月24日) 
  39. ^ “この人 「綿貫国際奨学財団」を設立した 綿貫専太郎さん”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 17. (1990年12月5日) 
  40. ^ “ひと 私財約20億円を投じて奨学金財団を設立 綿貫専太郎さん”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (1990年12月4日) 
  41. ^ “私財投じ留学生支援 京葉銀相談役・綿貫さん 奨学財団設立”. 読売新聞 (読売新聞社): pp. 24. (1990年11月21日) 
  42. ^ “ご存じですか 早川雪洲(はやかわ・せっしゅう)”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 15. (1994年4月18日) 

関連項目[編集]