ミュージックステーション

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ミュージックステーション
MUSIC STATION
ジャンル 音楽番組
放送国 日本の旗 日本
制作局 テレビ朝日
田辺エージェンシー(制作協力)
監修 菅原正豊スーパーバイザー
プロデューサー 清水克也 / 山本たかおCP
出演者 タモリ
竹内由恵(テレビ朝日アナウンサー
ほか ゲストアーティスト5 - 7組
音声 ステレオ放送
データ放送 番組連動データ放送実施中
2010年1月15日 - )
オープニング 松本孝弘# 1090 〜Thousand Dreams〜
エンディング 松本孝弘「# 1090[千夢一夜]
外部リンク 公式サイト
1986年10月から2000年3月【第1期】
放送時間 20:00 - 20:54(54分)
放送期間 1986年10月24日 - 2000年3月24日
2000年4月から同年9月
放送時間 19:54 - 20:48(54分)
放送期間 2000年4月14日 - 同年9月15日
2000年10月から現在【第2期】
放送時間 20:00 - 20:54(54分)
放送期間 2000年10月6日 - 現在(1000回)

特記事項:
2002年10月18日から当番組生放送開始直前の19:54 - 20:00(JST)に『ミニステ生放送中。
(テレビ朝日・岩手朝日テレビ九州朝日放送のみ生放送)
・放送回数は2010年2月5日生放送分まで。
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ミュージックステーション』(英称MUSIC STATION)は、テレビ朝日系列にて1986年昭和61年)10月24日から、毎週金曜日20時台に生放送されている音楽番組ステレオ放送ハイビジョン制作2003年10月3日 - )、番組連動データ放送2010年1月15日 - )が実施されている。通称「Mステ(エムステ)」「MS(エムエス)」[1]Mステーション(エムステーション)」[2]

2002年平成14年)10月18日から当番組生放送開始直前の19:54 - 20:00(JST)には『ミニステ』として、テレビ朝日と岩手朝日テレビ九州朝日放送にて生放送が行われている。

なお、タモリが現在司会を務める番組の中では『森田一義アワー 笑っていいとも!』・『増刊号』(フジテレビ系列)、同局で毎週金曜日深夜に放送されているバラエティ番組『タモリ倶楽部』に次いで3番目に放送年数の長い長寿番組でもある。また、ゴールデンタイムで放送されている音楽番組の中では当番組が一番長く放送されている。

目次

[編集] 番組概要

2012年現在テレビ朝日系列24局に同時ネットJNN系列の山陰放送NNS系列の高知放送には時差ネットで生放送されている。

1986年10月24日から『歌謡ドッキリ大放送』の後継番組として当番組が毎週金曜日の20:00 - 20:54(JST)にて放送開始。

初代メイン司会者は、当番組放送開始まで日曜日の時間帯に放送されていた同局の音楽番組である『歌謡ドッキリ大放送』の司会者だった関口宏が担当していた。

番組開始当初は、若年層向けのJ-POPアーティスト系・アイドル系から中高年向けの演歌歌手まで出演する「ファミリー向け」番組であった。しかし、関口が特に若年層向けの歌手音楽についていけなかったことや(関口自身は「おじさんだから」とよく発言していた)、若者が演歌についていけなかったこと、さらに、裏番組日本テレビ系列のテレビドラマ太陽にほえろ!』やTBS系列の『風雲!たけし城』といった高視聴率番組が控えていたため視聴率も低迷。半年後の1987年3月27日をもって関口が降板した[3]

1987年4月3日より、かつて同局の『夢のビッグスタジオ』の司会[4]やTBS系列『ザ・ベストテン』の久米宏の臨時司会を黒柳徹子と共に担当していたタモリが、テコ入れのため2代目メイン司会者として就任した。

タモリのメイン司会就任後もコンセプトは一緒であったが、1988年頃から演歌歌手の出演が減少していき、若年層向けのJ-POPアーティスト系が多数出演するようになる(1990年頃からは、「J-POP」がジャンルとして確立されていった時代だった)。一方、TBS系列『ザ・ベストテン』やフジテレビ系列『夜のヒットスタジオ』といった名物音楽番組が続々終了していき、「歌番組冬の時代」と呼ばれた1994年頃までは視聴率は横ばい状態(ほとんどが一桁台)が続いていたが、1995年頃から完全に「J-POP」・「アイドル」に絞り、完全な若年層向けにして、現在も放送されているフジテレビ系列の『MUSIC FAIR』(1964年8月31日 - )、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』(1994年10月17日 - )やTBS系列の『うたばん』→『ザ・ミュージックアワー』(1996年10月16日 - 2010年9月14日[5]→『カミスン!-Coming Soon!!-』(2011年4月25日 - )といったニュータイプの音楽番組が相次いでスタートした。放送開始当初は観客を入れなかったが、1991年1月から観客を動員するようになり現在に至っている。

視聴率は一時期、ミリオンヒットなどの好影響があって10%台後半を推移していた時期もあるが、現在は音楽市場の不況や裏番組の影響もあって、10%前後で推移している。

[編集] 内容

当番組では「楽曲を聴かせること」をコンセプトとして、お笑い系色の強いフジテレビ系列『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』やTBS系列『うたばん』 → 『ザ・ミュージックアワー』には出演しないアーティストも多く出演している(その逆の場合も同様)。

また、歌手だけでなく俳優・女優、当時は歌手で後に俳優女優へ転身した芸能人お笑い芸人タレントなども出演している。また、海外からのアーティストが出演する事もある。

その時代を代表するアーティストらが生放送スタジオライブを毎回、5〜7組のアーティストが繰り広げ、最新の音楽を“最高の音楽の形”で披露する。メイン司会を務めるタモリとサブ司会者が、毎回登場する豪華アーティストらと軽妙なトークを展開する。

現在、若年層向けのJ-POP系中心でゴールデンタイム枠内で常時生放送を実施しているレギュラー音楽番組は当番組のみである(演歌系を含めてもNHK総合テレビの『NHK歌謡コンサート』と当番組のみ)。

基本的にトップとトリを務めるアーティストとは、ほとんどトークを展開しない(トリを務めるアーティストは時間がある場合はトークを多少やっている)。年末年始に生放送をしている特別番組ミュージックステーションスーパーライブ』に関してはトップとトリの両方でトークを行っている。

[編集] 観覧希望

当番組はスタジオに観客を入れての生放送だが、年2回(1月の第2週と6月の最終週もしくは7月の第1週に放送される視聴者からのリクエストランキング&トーク名場面集スペシャル)は録画放送である。スタジオでの観覧資格は18歳〜25歳の女性限定となっており、出演者のファンクラブより会員限定にて募集が行われる[6]

なお、毎年12月下旬開催の年末年始に生放送がされている特別番組ミュージックステーションスーパーライブ』では17歳以下と26歳以上の女性及び男性も観覧可能になっているが、こちらは出演者のファンクラブ会員でない方も観覧できるものの、事前抽選による募集である。

また、未だに生放送だと思っていない・信じていないアーティストや視聴者も多い。アーティストから「本当は録画ですか?」「いつ放送するんですか?」と言った質問をされると司会がしばしば話している。

[編集] 出演者

[編集] 司会者(MC)

メイン司会
サブ司会

[編集] 司会者(MC)の変遷・マイクの色

名前から向かって右の欄に書かれている色は所持していたマイク(マイクカバー)の色。

「ミュージックステーション」歴代司会者(MC)・所持しているマイクの色
期間 メイン サブ スタジオサブ
1986.10.24 1987.3.27 関口宏 中原理恵 早見優
1987.4.3 1987.9.25 タモリ 松井康真
1987.10.2 1990.3.23 松井康真1 木下智佳子2
1990.4.13 1993.3.19 生島ヒロシ (不在)
1993.4.9 1993.9.24 有賀さつき
1993.10.15 1996.3.22 有賀さつき (廃止)
1996.4.5 2000.3.31 下平さやか
2000.4.14 2002.3.22 武内絵美
2002.4 2003.12
2004.1 2004.3.12
2004.4.9 2006.3 堂真理子
2006.4.21 2007.3.16
2007.4.6 2008.3
2008.4 2008.9.12
2008.10.3 2009.12.11 竹内由恵
2010.1.22 現在
補足
  • 松井(当時)・木下(当時)・下平・武内・堂・竹内はテレビ朝日アナウンサー。生島・有賀はフリーアナウンサー
  • 松井は当時『ニュースステーション』のスポーツキャスターを担当していたが、1988年4月より金曜日の放送時間が22時に繰り上がったのに伴い、生放送との兼ね合いから金曜日のみ朝岡聡(当時テレビ朝日アナウンサー)が担当する事になった。
  • 司会者が現在使用しているソニー製のワイヤレスマイクは1996年6月からで、それ以前のマイクは1985年製と1992年製の2つを使用していた。1992年製のマイクについては大規模なアーティストやベースのコーラスとして使用する場合がある。(1992年製のマイクのロゴは全国朝日放送時代のものである。)
  • タモリが使用しているマイクには、1987年4月から1996年3月と2004年2月から2007年3月の期間では金箔が編み込まれていた(現在でも特番時で使用されることがある)。
  • 下平以降のサブ司会者は、本番組最終出演時は、金箔が編み込まれた赤マイクを使用している。
  • タモリは2001年11月にゴルフ事故の検査入院で、2009年7月には精密検査(人間ドック)と白内障手術に伴う健康面の問題でそれぞれ休養しており、その時は武内(2001年)・竹内(2009年)が進行役(メイン代行)となっていた。トークはその日のアーティストがリレー形式でトークを行った。
  • タモリは1987年4月3日の放送分から20年以上に渡りメイン司会を担当しており、これは民放で放送されている音楽番組司会者の中では年数上では最長寿の記録となっている

[編集] ナレーター

メイン
サブ

これとは別に番組のナレーターではないが、番宣CM担当として岩井証夫が務めている(2003年10月頃 - 2004年頃から登場)[8][9][10]

[編集] ゲストの出演傾向

これまで1300組を超えるアーティストが出演をしている。但し、声優は原則として一切出演しない(同曜日で放送されているフジテレビ系列の音楽番組僕らの音楽 -OUR MUSIC-」も同様)。

[編集] J-POP歌手

ジャニーズ系以外では、現在はエイベックス系やソニー・ミュージック系のアーティストがほぼ毎週生出演しており、現在では番組中にこれらのレコード会社のCMも放送されている(いずれもPT扱い)。

[編集] 演歌歌手

上記の通り放送初期はよく出演していたが徐々に減少して行き、1992年頃から原則出演なし。2000年代以降の演歌歌手の出演は、2004年のデビューからしばらくは演歌・歌謡曲路線だったジャニーズ事務所所属の関ジャニ∞を除けば、氷川きよしの数回の出演実績があるが、これはポップス歌手“KIYOSHI”としての出演である。演歌を歌ったのは1998年の『ミュージックステーションスーパーライブ』時の中澤裕子(元モーニング娘。初出演時のメドレーの一環)が最後で、全フレーズ演歌を歌唱したのは1992年9月4日出演の堀内孝雄&桂銀淑(『都会の天使たち』)が最後である。

[編集] クラシック歌手

クラシック系アーティストの出演はほとんどないが、数少ないケースとしては『千の風になって』を大ヒットさせた秋川雅史が、2007年4月6日生放送分の『ミュージックステーション3時間スペシャル』と、同年12月21日の『ミュージックステーションスーパーライブ』に生出演している。

[編集] 海外からのアーティスト

番組初回放送の1986年10月24日ジャッキー・チェンが生出演して以来、KISSスキャットマン・ジョンエアロスミスレニー・クラヴィッツマライア・キャリーヒラリー・ダフアヴリル・ラヴィーンt.A.T.u.バックストリート・ボーイズスティーヴィー・ワンダーU2OASISレッドホットチリペッパーズレディー・ガガテイラー・スウィフトなど多くの海外アーティストが生出演している。これは『ニュースステーション』でもほぼ同様の傾向がみられていた。

過去に出演した海外からのアーティストについては、ミュージックステーションに出演した海外からのアーティストを参照のこと。

以前は本来の歌詞のテロップのみが歌唱時に表示されていたが、『ミュージックステーションスーパーライブ2005』でのO-ZONE以降は歌詞の上に小さく和訳歌詞も表示されることになった。これは外国語詞の楽曲を歌唱する邦楽アーティストでも同様。

[編集] ジャニーズアイドル

上記の通り毎週生出演している。 また、ジャニーズJr.が生出演し、先輩ジャニーズのヒット曲をメドレーすることもある(基本的にトップバッターかトリのトークなし)。また、CDデビュー前のKAT-TUNYa-Ya-yahKis-My-Ft2に関してはオリジナル楽曲を生披露することもあった。

1988年 - 1992年まで光GENJIがレギュラー出演していた。1995年9月3日の解散に至るまで出演回数は234回と歴代ゲストでトップ。但し、1993年1994年はジャニーズ関連が出ない回がしばしばあった。

[編集] 俳優・女優及び芸人・タレントなど著名人

[編集] 俳優

[編集] 女優

[編集] 声優

  • 声優系アーティストは(2012年2月現在)原則出演しない傾向にあるが、1997年8月29日に椎名へきるが一度だけ出演。トークと『風が吹く丘』の生披露を行った。

[編集] お笑い芸人・タレント

[編集] 2000年代後半以降の出演傾向

  • 2000年代後半以降はCDリリースをするほとんどの女性タレントを「MUSIC TOPICS」で宣伝を行うようになったが、2007年12月7日には前々回の同コーナーで告知をしていた女優・新垣結衣がスタジオに生出演、「heavenly days」を熱唱した。
  • 2008年以降にヒットを連発したフジテレビ系列『クイズ!ヘキサゴンII』から誕生したユニットも番組のレギュラー放送には出演していないが、同年末の『ミュージックステーションスーパーライブ』には羞恥心が初出演し、その後は羞恥心メンバーである上地雄輔遊助として出演)、つるの剛士が出演した他、各ユニットの映像が『Mトピ』などで使われるようになった。

[編集] タイムテーブル

タイムテーブル
  • 20:00:00 番組放送開始(オープニング
  • 20:01頃 アーティスト登場(5〜7組)
  • 20:04頃 楽曲披露(1組目)
  • 20:09頃 BIRTH YEAR SONGS
  • 20:14頃 楽曲披露(2組目)
  • 20:19頃 MUSIC QUESTION(MQ)
  • 20:22頃 楽曲披露(3組目)
  • 20:26頃 楽曲披露(4組目)
  • 20:30頃 シングルランキング
  • 20:33頃 楽曲披露(5組目)
  • 20:36頃 CM[11]
  • 20:39頃 楽曲披露(6組目)
  • 20:42頃 CM②
  • 20:45頃 楽曲披露(7組目) → 次回予告[12]
  • 20:49頃 CM③
  • 20:51:00 エンディング
  • 20:52:00 放送終了
備考
レギュラー放送のタイムテーブル。上記の時刻など誤差あり。2011年4月現在。

[編集] オープニング

スタジオ全体を映した状態で「# 1090 〜Thousand Dreams〜」(作曲松本孝弘B'z】)に載せてタイトルロゴが出され、アウトロに合わせて司会者がズームアップされる。その後、メイン司会のタモリが「こんばんは タモリです。」、そしてサブ司会の竹内アナが「こんばんは 竹内由恵です。」と続ける。この挨拶は番組開始当初から行われている。

司会者の位置は、タモリは画面向かって左側、竹内アナは画面向かって右側で2ショットが映し出される。

そして、竹内アナが今流行している事や番組放送日は何の日なのか、また、今夜のゲストアーティストの詳細などについてタモリとゲストアーティストがスタジオ背後の階段から登場する前に軽くトークを繰り広げる。ほぼ必ず、竹内アナは「タモリさん - 」と会話を始める。

そして、当番組のボイスナレーターであるウォード・セクストンによるその日のゲストアーティストの紹介で1組ずつ階段から降りて来る[13]。ゲストアーティスト全員がスタジオへ集結すると竹内アナが「と言ったラインナップで60分の生放送をお送りいたします。」と言い(最近はこの言葉はほぼ言わなくなっている)、タモリと竹内アナウンサーがゲストアーティストを1組ずつ紹介し、楽曲紹介などをする。そして、楽曲1曲目を披露するゲストアーティストはスタンバイに入り、楽曲へ入る。

[編集] 中盤

毎回、ゲストアーティスト5〜7組が生出演し、生で楽曲を披露する。そして、ゲストアーティストの楽曲が1組ずつ終わり、つなぎ部分は次の楽曲披露のゲストアーティスト達と司会のタモリ・竹内アナがトーク(会話)を繰り広げる。

1組目のアーティストの楽曲が終わった後にタモリが「続いては(シングル)ランキングのコーナーです。」と言い、「BIRTH YEAR SONGS」、「MUSIC QUESTION(MQ)」、「シングルランキング」、「Young Guns」(不定期)といったコーナーが放送される。

放送開始から30分以上(最長でも40分)経過するまで、一度も提供クレジット・CMが流れない時間編成を長年に渡って継続しており、同局のネオバラエティの「『ぷっ』すま」や「アメトーーク!」、終了した番組ではネオネオバラエティの「堂本剛の正直しんどい」でも、類似した時間編成が見られる。また例外として、「ミュージックステーションスーパーライブ」や上半期総集編などの特別番組の時は、冒頭で提供クレジットが流れる。

また、2011年1月より、提供クレジットの間に流れる音楽の時間が20秒ほどから10秒ほどに短縮された。この頃からスポンサー枠も開始当初から続いていた1時間通し枠から前半枠・後半枠に分かれている。また、1本目のCM明けに画面右下に入れ替えの提供クレジットが表示されている(コメント無し)が、これは『報道ステーション』の1本目のニュースあるいはそれ以降のニュースのVTR明けに画面下に表示される提供クレジットを基にしたと思われる。

[編集] エンディング

# 1090[千夢一夜]」(作曲:松本孝弘)のテーマ曲に載せて、CM明けにタモリと竹内アナがその日のゲストアーティスト(基本的にはトリで歌ったアーティスト)に「今夜の『ミュージックステーション』はいかがでしたか?」など楽曲を披露した感想を一言ずつもらう(この時、途中でスタッフロールが下から上に流れる)。その後、オープニング曲の「#1090 〜Thousand Dreams〜」をバックに提供クレジットに入り、竹内アナはここで「○○の皆さんありがとうございました。」とその日のゲストアーティスト1組ずつに言って最後にタモリ、もしくはタモリとその隣にいたアーティストの顔を映し、番組は終了する。この時タモリは「また、来週です。」と言う場合がある。

その後、次番組である『Oh!どや顔サミット』の通常のCM通りの15秒予告(とこの番組のナレーターである立木文彦のナレーション)が流れる[14][15][16]

ちなみに2010年4月以降、テレビ朝日のゴールデンタイムの番組のクロスプログラムは、前番組の出演者が「(前番組)の後は(次番組)」と言ってから次番組の予告へと流れるが、『Mステ』は生放送という性質上、タモリが「『ミュージックステーション』の後は」と言うことはなく、そのまま次番組の予告へと流れるため、このようなクロスプログラムの演出をとっていない唯一のゴールデンタイムの番組である[17][18]

[編集] 主なコーナー

[編集] 現在のコーナー

シングルランキング BEST10(SINGLE RANKING BEST10)
毎週、1週間を通じて当番組が独自に音楽リサーチ会社オリコンチャート)に依頼して作成・集計した『シングルCDランキング BEST10』が10位から1位まで順に発表される。
他には、『アルバムランキングBEST10』や『DVDランキングBEST10』も紹介される。
当番組が毎週金曜日生放送されるため、オリコン等の週間チャートとは順位が異なる。(少なくとも)公式には独自集計としているため、オリコンデイリーチャートで3位まで公表されている推定売上枚数(以前は指数)の合計から導かれる順位とは必ずしも一致しない。集計期間は金曜日から木曜日となっている。また毎年1月最初の放送では年間ランキングBEST50(2003年のみBEST100)、6月最後及び7月最初の放送には上半期(1月 - 6月)BEST50を発表する(2009年のみBEST20)。2010年以降は年間・上半期共にに放送されていない。1990年代にはゲスト席の後ろの左側にあるランキングボードに今週のベスト10が表示されていた。順位発表は普段PVだが、シングル曲を発売前に『ミュージックステーション』で披露した場合その時の映像になる。(両A面で違う曲を歌う場合を除く)
コーナー開始当初は番組後半に行われていたが、その後長年の間1曲目終了後に行っていた。2010年に後述の「BIRTH YEAR SONGS」開始後は、そのコーナーと入れ替わりで2曲目の後に行うようになった(現在は20:30過ぎ頃に行っている)。
年間シングルCDランキング1位獲得曲(1995年以降)
年度 曲名 歌手名
1995年 TOMORROW 岡本真夜
1996年 LA・LA・LA LOVE SONG 久保田利伸 with NAOMI CAMPBELL
1997年 CAN YOU CELEBRATE? 安室奈美恵
1998年 夜空ノムコウ SMAP
1999年 Automatic 宇多田ヒカル
2000年 TSUNAMI サザンオールスターズ
2001年 Can You Keep A Secret? 宇多田ヒカル
2002年 H 浜崎あゆみ
2003年 世界に一つだけの花 SMAP
2004年 ORANGE RANGE
2005年 青春アミーゴ 修二と彰
2006年 Real Face KAT-TUN
2007年 千の風になって 秋川雅史
2008年 truth/風の向こうへ
2009年 Believe/曇りのち、快晴 嵐 / 矢野健太 starring Satoshi Ohno
MUSIC QUESTION?(MQ)
2009年10月16日生放送分からスタート。
音楽アーティストに関する疑問・質問などを視聴者からはがき手紙メールなどで募集し、番組独自に調べ紹介する。採用されると番組特製ティッシュ箱が貰える。当初はVTRを使用していたが、後にスタジオでの竹内由恵アナウンサーからの質問や疑問にトーク内で内包される形に変わった。スタジオのトーク内に内包されてからはその回のアーティストからの質問もある。通称は『MQ』。
BIRTH YEAR SONGS
2010年2月19日生放送分からスタート。
ある年のヒット曲を、街角にいる(視聴者)それらの曲と同い年生まれの年齢の人々に聴いてもらい、番組放送日と同じ月のその年の月間シングルランキングTOP10(及び圏外曲)を順に10位から1位までを振りかえる。
当初は2曲目の後に行っていたが、現在はシングルランキングと入れ替わりで1曲目の後に行われている。
このコーナーは聴く人々がほぼ学生であるため、スタッフが特定の学校に訪問してロケを行う場合が多くなっている。同年6月18日放送分を最後に一旦休止後、同年8月20日放送分にその回の年月の週間シングルランキングに変わる形で再開した(『COUNT DOWN TV』の「CDTVライブラリー」に近い形となっている)。最近はその回の出演アーティストの出身地や母校に訪問する機会も増えている。
アーティストイメージ一斉調査 Mステ国民投票
元々は番組ホームページ内で行われていたものだったが、2011年5月20日生放送分(厳密には同年4月29日放送分)から番組内でもスタートする。
視聴者からの投票を元に決定したテーマにアーティストイメージランキングを「BEST5」で5位から1位までを発表する。インタビューをする視聴者が学生の場合は、スタッフが特定の学校に訪問してロケを行う場合が多くなっている。

[編集] 不定期コーナー

Young Guns(YG)
2005年2月18日生放送分の800回スペシャルからスタート。不定期気味である。これから活躍が期待されるアーティストを紹介し、特集をするコーナー。通称は『YG』。2007年2月18日からは番組HPで「Young Gunsに出て欲しいアーティスト」の応募も行っていた。なお、9mm Parabellum Bulletのみ、2009年6月と2010年4月の2回で紹介されていた。過去に取り上げたアーティストについては、ミュージックステーション Young Gunsに登場したアーティストを参照のこと。

※1996年以降『Mステ』にはランキング以外にレギュラーコーナーは無かったが、2002年以降「〜秘宝館」や「〜ヤングガン」など、コーナーが増えている。

[編集] 過去のコーナー

1001名曲大全集
毎回1曲、懐かしの楽曲を歌って、日本版名曲大全集を作ろうとしていた初期のコーナー。
YOU POP INFORMATION
早見優が担当していた初期の洋楽情報コーナー。
がんばれ!先輩
1986年末から1987年夏にかけて行われていた企画。毎回ゲストアーティストの誰かの母校(主に小学校)の後輩達が生中継で出演していた。リポーターは藤井暁アナウンサー。
アルバムランキング
内容はシングルランキングと同じで、開始当初はアルバムランキングベスト10に関する映像をシングルランキングと同様に全て放送していた。2005年3月頃に一旦終了したが、2006年1月27日の放送で復活した。復活後は、当日出演しているアーティストの作品や番組が注目するアルバムを1~2作品紹介していた。着うたランキングが開始されると、まとめて放送されるようになった。復活当初は不定期だったが、2010年9月に終了するまではほぼ毎週このコーナーが放送されていた。
ジャストフィットシリーズ
音楽をテーマにしたミニドラマ。1993年に開始。「ジャストフィット家の人々」「Just Fitの名のもとに」「ジャストフィット相談室」といったタイトルが出て、その後ワンシーンのシチュエーションが出てくるので、「このシチュエーションにジャストフィットする音楽は?」に対して、一般のアンケートやアーティストの意見を元に紹介するというコーナーで、1996年3月頃に終了した。出演者や一部の間では賛否両論であったが、逆らえない状況もあったためか、男性視聴者及びジャニーズアーティストをはじめとする男性アーティストをフォローする一面もあった。ミニドラマには原田龍二原久美子が出演。ミニドラマ最終回には原田がスタジオにゲスト出演した。タモリはこのコーナーに対して度々、前向きではないリアクションを見せていた。
My Just Fit
ゲストアーティストの曲の歌詞の一節を虫食いにして、「あなたならこの部分になんという言葉を当てはめるか?」と他のゲストアーティストに問うコーナー。こちらも「ジャストフィットシリーズ」と同様、1996年3月頃に終了した。
免許証拝見コーナー
ゲストが自らの運転免許証を持ち寄って普段の顔と“テレビ映り”の顔とのギャップを見比べるのが恒例となっていた。THE YELLOW MONKEY吉井和哉が自らの免許証を持参し披露したところあまりのギャップにタモリが大きな興味を示したことがきっかけでスタート。2003年頃に終了した。
MUSIC STATION NEXT
番組終了後に放送されていた次回予告ミニ番組。2002年3月まで行われていた(開始時期は不明)。
視聴者からの質問
2004年頃から始まった企画。番組HPで応募された視聴者からアーティストへの質問を本人が答えていくもの。2005年4月の番組リニューアルからは行わなくなり、7月の番組HPリニューアル時に応募も無くなったためこの企画はほぼ廃止した。後に「MUSIC QUESTION?」のコーナーへ移行された。
Mステ秘宝館
2005年1月21日生放送分からスタートし、『ミュージックステーション』放送開始20周年を記念して設けられ、人気アーティストの初登場シーンや『ミュージックステーション』の舞台裏が覗ける等秘蔵映像、トーク名場面を公開したコーナー(タモリが館長役、堂が副館長役)。2005年4月22日からはその回のゲストのリクエスト(○年△月 - ×月)による形式になった。2005年10月7日の20周年突入記念スペシャルを最後に終了した。
着うたランキング
2005年5月20日生放送分からスタート。「シングルランキング」BEST3発表の前に発表される。2009年4月からは「シングルランキング」BEST10の前に順番が変更になった。「レコチョク」(旧・レコード会社直営♪)が集計した着うたランキングBEST20が発表される(8月5日からBEST10に変更)。また、ランキングとは別に、注目の着うた楽曲も2、3曲取り上げる。2006年1月27日からは、2005年3月に終了した「アルバムランキング」が復活し、新たに「ダウンロードランキング」(「iTunes Music Store」調べ)、「DVDランキング」が登場し、「着うた」発表後「アルバム」「ダウンロード」「DVD」の3つのランキングのうち1つをBEST10形式で発表する。末期には「着うたフルランキングBEST10」もあった。コーナー終了後は注目の着うた楽曲を取り上げるだけとなっている(こちらも後に廃止)。
MUSIC TOPICS(Mトピ)
2005年10月28日生放送分からスタート。歌手関連及び音楽関連のエピソードを2 - 3項目(最近は2項目で統一)をVTR形式にて今話題なことを紹介をするコーナー。偶に紹介されたアーティスト等からコメントVTRが届く事がある。年間最後の番組の同コーナーでは年末大恒例の『ミュージックステーションスーパーライブ○○○○』(丸の中には年数が入る)に出演するアーティストが紹介される。通称は『Mトピ』。
放送1000回直前企画『Mステスタッフが選んだ記憶に残る名場面集』
2009年11月6日生放送分から2010年2月5日生放送分まで行われた。『ミュージックステーション』がこの日で990回目の放送回数という事で10回に渡りカウントダウン企画で生放送1000回目を迎える間近に『ミュージックステーション』のスタッフが特選した歴代・過去の映像を放送回数によって分け傑作集で数週間に渡って振り返る企画。振り返ったのは第1回~第800回の放送で、第801回~第900回の放送は日程の都合上なのか振り返られなかった。
Mother's Songs
2010年7月9日生放送分からスタート。
「BIRTH YEAR SONGS」の派生コーナーで、小学生子供を持つ母親青春時代の思い出のラブソングを当番組が徹底的に調査をして、実際に母親から我が子へ思い出のラブソングを紹介するコーナー。

[編集] 単発コーナー

リクエストランキング
2002年秋頃から行われており、の3時間スペシャル及び1月最初の放送と6月最後もしくは7月最初の放送の2時間スペシャルで放送される。テーマに沿った曲を視聴者からリクエストを募ったBEST100及びBEST111(2005年夏頃から)を発表する(2つに分けてBEST50×2で発表する場合もある)。また、春・秋の3時間スペシャルでは、豪華ゲストアーティスト7 - 8組が生出演し熱唱する。
FLASH BACK 〜トーク名場面集 〜
1月最初の放送と6月最後もしくは7月最初の放送の2時間スペシャルで3部構成(2007年以降は4部)に分けられて放送される。1月は年間、6月・7月は上半期(1月 - 6月)の司会であるタモリとアーティストらのトーク名場面集を放送する。2009年以降は年間・上半期共に放送されていない。

[編集] 1回だけ行われたコーナー

プレミアム月間
2004年11月生放送分に行われた企画。1ヶ月丸ごと使用して各週毎のテーマに合ったアーティストが3 - 4組登場、過去のVTRなどを振り返りながら過去の名曲と新曲をメドレーで披露した。11月5日生放送は「冬の名曲特集」、11月19日生放送は「10周年アーティスト特集」、11月26日生放送は「今夜限りのスペシャルライブ」。セットもこの1ヶ月のみ400人の観客に囲まれた形に新調された。
1000回直前SP 秘蔵映像満載 Mステアワード1986 → 2010
2010年1月15日放送分にて放送開始24年目の『ミュージックステーション』で生まれた様々な記録を秘蔵映像と共に発表をする。また、この日から番組連動データ放送が開始され『ミュージックステーション』生放送中にテレビのリモコンの「d」ボタンを押すと画面にキーワードが表示され4週間分ある言葉を完成させると正解者の中から抽選で豪華アーティストの直筆サイン入りTシャツがプレゼントされる(但し、実施されていない一部地域が存在する)。
ミュージックステーション 放送回数1000回SP 初登場1000組全部見せます
2010年2月12日生放送分にて放送回数1000回目を迎えて、番組開始当初から現在までの豪華ゲストアーティスト総合計1000組の『ミュージックステーション』初登場映像をあいうえお順に『ミュージックステーション1000回記念スペシャル』内にて放送した。

[編集] ミニステ

ミニステ
ジャンル 音楽番組 / ミニ番組
放送時間 金曜日 19:54 - 20:00(6分)
放送期間 2002年10月18日 - 現在
放送国 日本の旗 日本
制作局 テレビ朝日
監修 菅原正豊スーパーバイザー
プロデューサー 清水克也 /
山本たかお(CP)
出演者 竹内由恵(テレビ朝日アナウンサー)
ゲストアーティスト
音声 ステレオ放送
エンディング 松本孝弘# 1090 〜Thousand Dreams〜
外部リンク 公式サイト

特記事項:
生放送を行っている。(テレビ朝日岩手朝日テレビ山口朝日放送九州朝日放送にて放送)。
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ミニステ』は、テレビ朝日系列2002年平成14年)10月18日から一部地域(関東広域圏岩手県山口県福岡県で放送)で本番組レギュラー放送生放送開始前の毎週金曜日19:54 - 20:00(JST)に生放送が行われているミニ番組音楽番組である。ステレオ放送ハイビジョン制作が実施されている。

[編集] 概要

司会・進行は『ミュージックステーション』のサブ司会者が担当している。番組開始当初から2004年3月までは武内絵美アナウンサーが、2004年4月から2008年9月までは堂真理子アナウンサーが、2008年10月からは現在までは竹内由恵アナウンサーが1人でその日のゲストアーティストのうち1組(2組)とトークを展開し、20:00から生放送が開始される『ミュージックステーション』の生放送開始直前の1コマ(番宣ジャンクション・舞台裏)を伝えている。番組開始以降殆どの回にジャニーズ事務所所属のアーティストが出演している。

なお、SMAPが出演する際は基本的にはSMAPのみで出演しているが、2010年7月18日放送回ではベッキー♪♯と共演した。

『ミニステ』番組内(特に画面左下)で写る猫の顔をした女性イラストは武内絵美アナウンサーがデザイン(堂アナウンサーになってからは猫人間のイラストはほとんどなくなったが、堂アナウンサーデザインのアレンジ版もある)。

[編集] 放送対象地域

『ミニステ』は、当初、関東地区テレビ朝日)のみの放送であったが、2005年10月28日からは岩手朝日テレビネット放送されている。

北海道テレビでは、2005年4月からネットを開始したが、2006年10月の秋の改編時期から11月までの2ヶ月間と、同局のマスコットキャラクターアニメユメミル、アニメ「onちゃん」」が放送されていた2008年1月18日から8月22日までの7ヶ月間に限り、「ミニステ」がネットされてなかった。のちに復活したものの、2009年・2010年の一時期でも番宣番組などに差し替えたりもして2010年9月で「ミニステ」の放送は打ち切りになった。後枠は石沢綾子アナウンサーの番宣番組「アヤコレ!」を2010年10月から放送している。

九州朝日放送では2011年4月22日から「ミニステ」の放送が開始されている(現在、ANN系列の基幹局で唯一放送をしている)。 山口朝日放送では2011年10月ごろから放送開始。

[編集] 特別番組(スペシャル放送)

[編集] 春・秋のスペシャル

毎年、3月4月の時期)と9月10月の時期)のテレビ番組改編時期にゲストアーティスト6 - 7組を呼び、19:00 - 21:54 → 19:00 - 21:48(JST)まで生放送の『3時間スペシャル』を生放送している。

[編集] 冬・夏のスペシャル

毎年、1月最初の年内放送と6月最後及び7月最初の放送に20:00 - 21:54 → 20:00 - 21:48(JST)まで『2時間スペシャル』(生放送ではなく録画放送)を放送している[19]。このスペシャルではゲストアーティストは出演せずにメイン司会であるタモリとサブ司会であるテレビ朝日女子アナウンサーのみの出演である。観客は通常通り入れている。[20]

放送内容は過去放送回のトークの名場面集やシングルランキングの総集編、リクエストランキング及び番組が独自に調査・制作したランキングを司会者のトークを交えつつVTRでの進行で行う。2009年以降は総集編は無くなり、番組が独自に調査・制作したランキングで司会者同士のトークの場面は極端に少なくなり、ほぼ全編VTR進行の構成となっている。

[編集] スーパーライブ

毎年12月に年末恒例としてその年を代表する豪華ゲストアーティストによる『ミュージックステーションスーパーライブ』の生放送を行っている。1992年から放送が開始され、通常のレギュラー放送で生放送がされているテレビ朝日の本社からではなく、東京ベイNKホールにて開催されていたが、2005年6月で閉鎖されることになったため、2004年さいたまスーパーアリーナ2005年以降は幕張メッセで開催されている。

なお、放送時間が2時間半(1992年・1993年) → 2時間(1994年) → 2時間45分(1995年) → 3時間45分(1996年 - 2002年[21]) → 4時間5分(2003年) → 4時間10分(2004年から現在)と、傾向としては、年々長くなっている。現在は19:00 - 23:10(JST)。

レギュラー放送ではさほど曲順は重視されていないが、スーパーライブではNHKNHK紅白歌合戦』や民放他局の年末音楽番組と同様にセールスや序列等で曲順が決められ、トリには大御所格のベテランが起用される。

[編集] 1組だけでのスペシャル

[編集] 備考

  • 2002年秋頃から、スペシャル放送において視聴者からリクエストを募った「ラブソングBEST100」「元気をくれた曲BEST100」などを発表するようになった。
  • 2005年夏頃から「BEST111」となり、スペシャル放送によっては、出演アーティストの思い出の楽曲を発表する。
  • 2006年には、「ジャニーズヒストリー」も行った。
  • また、2006年4月以降は次の9時枠番組がドラマ枠になったため、のスペシャル放送は、第1弾(2時間スペシャル)・第2弾(3時間スペシャル)に分けて放送する場合がある。また、ランキングにおいて曲が紹介される時は、既に披露されている曲ならば披露時の映像である[22]、披露していない曲の場合は、PVが放映され、PVが製作されていない場合は、ライブ映像が放映される[23]。ライブ映像もない場合は、そのCDジャケットが映される。例外として、過去のテレビ番組からの引用[24]ライブ映像が最近、多用してあり、中には他社の協力を得て、放送される映像まである。
  • 現在、SMAPがスペシャル放送版に出演した回は原則として20時台に出演を終えている。これは同リーダーの中居正広2001年10月以降、金曜21時台に裏番組中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS系列)の司会をしているためである。21時台は5人全員で退席してエンディングにも登場しない(2005年12月23日放送分の『ミュージックステーションスーパーライブ』の際は重複出演となった。これは、当日は例外的に『金スマ』もスペシャルだったこともあり、登場時間の調整が困難だったため)。ただし、『金スマ』が休止される場合は全編通して21時台にも出演することがある。
  • 『ミュージックステーションスーパーライブ』では2001年以降エンディングでTOKIO城島茂「城島タモリ」(タモリのものまね・格好をして登場)を披露するのが恒例である[25]。しかし、2005年・2006年はTOKIOが司会を務めるフジテレビ系列『メントレG』が番組終了間際に開始されていたため、披露できなかった。2007年は、同年4月に『メントレG』が日曜9時に移動したことで3年ぶりの披露が期待されるもエンディングが短かったためか実現しなかった[26]。翌年、2008年に4年ぶりの披露が実現。それに代わって2008年以降は同メンバーの国分太一が出演するフジテレビ系列『全日本フィギュアスケート選手権』が番組開始と同時に開始されたが(ただし、放送時間は2時間。この時だけ国分は『スーパーライブ』のオープニングには出ていない)、他のメンバーへの影響はなく「城島タモリ」は2年連続で披露された。また、1回だけ日本テレビ系列『ザ!鉄腕!DASH!!』のコーナー「ソーラーカー日本一周」で城島は「城島タモリ」を披露したことがあり、TOKIOのシングル『スベキコト』のPVの中でも「城島タモリ」をやっている。

[編集] テーマ曲

  1. 1986年10月24日 - 1990年3月23日:『ミュージックステーション・オリジナルテーマ』(前田憲男
    • 番組初期:『LOVE STATION』(早見優
  2. 1990年4月13日 - 1992年3月20日:『The Desire』(原題:「DESIRE,THE* 欲望」)(横関敦
  3. 1992年4月10日 - 現在:『# 1090 〜Thousand Dreams〜』(松本孝弘B'z))

[編集] スタジオセット

  • スタジオセットはアークヒルズ本社スタジオ → 東陽町放送センター → 六本木ヒルズ本社地下1階にある第1スタジオ(スペシャル時は第2スタジオも)を使用しており、ほぼ常時建て込まれている状態である。
  • 『Mステ』のシンボルとなっている鉄骨は初代から既にある。
  • トーク席は3列で座る。
  • トーク席の司会者の左側に1アーティスト当たり、最小は1人で、最大は10~11人まで(2011年9月までは8~9人まで)可能。
初代:1986年10月24日 - 1987年頃
オーケストラピットがあった番組スタジオセット(『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系列)を基にした形)。但し、トーク席は無かった為、立ってトークする形式だった。
2代目:1987年頃 - 1988年頃
ラインを基調とした番組スタジオセット。オーケストラピットが廃止され、初めてトーク席が設けられた。椅子は丸い椅子で、その丸い椅子が並べられその前で立ってトークする形式であった。
3代目:1988年頃 - 1989年頃
灰色と白を基調とし、トーク席が丸い椅子から長椅子になったセット。このセットから座ってトークする形式になるが、ゲストによっては座ってトーク、立ってトークの2パターンがあった。
4代目:1989年頃 - 1990年
白いラインを基調としたセット。
5代目:1990年4月 - 6月
青と白を基調にし、左側に司会者テーブル、右側にゲスト席が設けられたセット。ゲスト席ではなく、司会者テーブルで座ってニュース番組のようにトークする形式となった。また、この頃から司会者の位置がタモリが画面向かって左側に、サブ司会者が画面向かって右側という形に固定されている。
6代目:1990年7月 -9月
司会者テーブルの後ろの人形のようなイラストが描かれている。あとは不明。
7代目:1990年10月 - 1991年3月
白を基調としたセット。司会者テーブルが廃止され、このセットから観客席が設けられ、観客が入るようになる。二つの四角形のセットが並び、この二つの四角形のセットの中に観客が入り、中央に階段が設けられ、オープニングでゲストが降りてくるようになる。トーク席は階段の前に左右それぞれに設置。
8代目:1991年4月 - 1993年3月
白を基調としたセット。二つの四角形が六角形に変わり、右側の観客席がトーク席とモニターに変更(左側に観客席、中央にカーブ式の階段、右側にトーク席とモニター)。また、このセットからランキングボードが登場し、シングルランキングが始まるとランキングが表示される。トークや楽器曲披露の場合は絵が差し替わっている。ちなみにこの絵はMとタモリをモチーフにしたキャラクターで下にはSTATIONと書いている。1992年4月からはMをモチーフにした絵に変更し、モニターの部分は「M」を斜めにしたものに変わった。モニターは当初2か所ぐらいあり、表にはMとタモリ・生島をモチーフにしたキャラクターがあった。1992年からは3か所目の長方形のモニターが設置されるようになり、表には横に「MUSIC STATION」と書いている。
9代目:1993年4月 - 1996年9月
二つの六角形が扇形に変わる。また、階段が直線式に変わった。またランキングボートはMをモチーフにした絵から、「MUSIC STATION」に変わった。またモニターの表はMを斜めにしたものに変わった。有賀さつきがスタジオサブ司会者だった頃は、司会者の位置は、左から有賀・タモリ・生島となっていたが、有賀がサブ司会者に昇任し、スタジオサブ司会者が廃止されて以降は元の位置に戻っている。
10代目:1996年10月4日 - 2000年1月
先代のセットをマイナーチェンジ。ランキングボードは廃止されたが、このセットからパネルが設置された。モニターの表は上に「MUSIC」下に「STATION」に変わったが形は従来のままである。
11代目:2000年2月 - 2003年9月12日
六本木センター(1986年4月まで使用していた六本木旧社屋)建て替えに伴い、スタジオがアークヒルズ本社から東陽町放送センターに移動。左側にトーク席、右側に観客席(観客席の間に階段があった)が設けられる。
12代目:2003年10月3日 - 2005年4月1日
テレビ朝日の社屋移転に伴い、使用していたスタジオは東陽町放送センターから六本木ヒルズ新本社の第1スタジオへ変更された。左側に観客席、右側にトーク席が設けられ、その上にLEDパネルが加わった。中央の観客席のバック上には「MUSIC STATION」と書かれている。また、両側に階段が設けられた(これに伴い、ゲストは左右交互に降りてくる)。2005年1月21日に観客席とトーク席が入れ替わり、トーク席のバックだけは変わり、液晶モニターが複数設けられた(モニターには番組のロゴやコーナーのタイトルが映る)。
13代目:2005年4月22日 - 2006年9月22日
ほぼ先代の末期と一緒のセット。左側に設けられていた階段が撤去された。また、番組ロゴなどのリニューアルに伴い、観客席の間に階段を設置するなどセットの一部を改装した。また、階段上のバックは観客席中央のバックとほぼ同じである。モニターの表は番組ロゴに変わる。
14代目:2006年10月13日 - 2011年9月16日
先代のマイナーチェンジ版。中央の観客席のバック上に真ん中に番組ロゴ、左側に「M」のマーク、右側に「20M(Mは下)」の20周年記念のマーク(階段上のバックも同様)が書かれており(後に右側の「20M」が「M」のマークに変わる)、トーク席のバックはバック右側に特大モニターと左右につながった小さいモニター(3つ)が設けられ、バック左側には「MUSIC STATION」と横に書かれたロゴが書かれている。LEDパネルもピッチの間隔がより狭くなりドット数が増え色鮮やかになった。ちなみに歴代セットの中ではこのセットが一番長く使われ続けていた。
15代目:2011年10月14日 - 現在
先代から踏襲し、数年ぶりに新デザイン。5年ぶりにセットリニューアルをした。ドーム並のコンサートを踏襲したセット。消えると透明、点灯や点滅がすると透けて見えるLED「ClairCell」(クレアセル)電飾をテレビ番組のセットとしては初めて導入した。大幅な省電力化と様々な楽曲に合わせて細やかな雰囲気作りとなった。[29]
また、これまでは左側がゲスト席、右側が観客席だったが、今回のリニューアルを気に左側がゲスト席、右側がゲスト席と位置が変わった。

[編集] 番組タイトルロゴ・カラーリング

番組開始 - 2003年9月12日:「ミュージック-MUSIC STATION-ステーション
  • 同局で放送されていた報道番組ニュースステーション』のロゴを模した初代ロゴ。上に「ミュージック」下に「ステーション」(金色→白色→銀色で縁取られた)で、その中間に英語表記(カラーリングは番組開始から1987年頃は緑色、1987年から1990年3月までは銀色で1990年4月から2003年9月は青色)。旧社屋から、六本木センター建て替えに伴う代替施設として使用された東陽町放送センターまで15年以上続いたロゴだった。「SPECIAL」の色は1990年代までは金色(「SPECIAL」)で2000年代以降は赤色(「SPECIAL」)。
    • 番組開始 - 1987年頃:「ミュージック-MUSIC STATION-ステーション
    • 1987年 - 1990年3月:「ミュージック-MUSIC STATION-ステーション
    • 1990年4月 - 1993年3月:「ミュージック-MUSIC STATION-ステーション
    • 1993年4月 - 2000年1月:「ミュージック-MUSIC STATION-ステーション
    • 2000年2月 - 2003年9月12日:「ミュージック-MUSIC STATION-ステーション
2003年10月3日 - 2005年4月1日:「ミュージック-・MUSIC STATION・-ステーション
  • 先代のアレンジ版。この時だけ「SPECIAL」のロゴは紅色(「SPECIAL」)。
    • レギュラー放送:「ミュージック-MUSIC STATION-ステーション
    • スペシャル放送:「ミュージック-・MUSIC STATION・-ステーションSPECIAL
2005年4月22日 - 2011年9月16日:「“MUSIC STATION”▶▶
2011年10月14日 - 現在:「MUSIC STATION●━ ━●SINCE 1986
  • 先代のアレンジ版。先代で使用していた引用符(『“”』)が無くなる。

新聞ラ・テ欄のタイトル表記が「Mステーション」となってから、1行目の空きスペース残り2文字を埋める言葉に「今夜」が最も多く使われている(他には『豪華』など)。また初期のラ・テ欄では出演者同士の対決色を煽る文章が書かれる事があった。

[編集] オープニングのタイトル映像・CG

初代 1986年10月24日
記念すべき放送開始第1回目。花火をバックに早見優の番組タイトルコールと共に「ミュージックステーション」のロゴが現れるもの。
2代目 1986年11月 - 1990年3月
様々な映像をバックに銀色の「ミュージックステーション」が現れ、緑色に変わる(「ミュージック」のロゴが緑になった後「-MUSIC STATION-」のアルファベットが表記されて、「ステーション」のロゴも緑になる)。
3代目 1990年4月 - 1993年3月
様々な映像 → スタジオをバックに回転するパズルのように「ミュージックステーション」のロゴが出来、「ミュージックステーション」と書かれた四角いロゴがそこにはめ込まれて、「-MUSIC STATION-」の英語表記が現れるもの。テーマ曲が「# 1090 〜Thousand Dreams〜」になってからはスタジオが暗い状態からスタートし、ロゴが表記された後、スタジオが明るくなっていくものに変更し、現在にも引き継がれている。
4代目 1993年4月9日 - 1996年9月13日
「MUSIC STATION」の表記が現れ、その次に右上から「ミュージック」左下から「ステーション」の文字が流れて「ミュージック-MUSIC STATION-ステーション」となるもの。
5代目 1996年10月4日 - 2000年1月
先代のアレンジ版。パズルのようなピースと星が回転しながら「ミュージックステーション」と「MUSIC STATION」のロゴが同時に現れ、「ミュージックステーション」の色が青から赤に変わり消える(「ミュージック-MUSIC STATION-ステーション」)。
6代目 2000年2月 - 2003年9月12日
この時からCGが使われる。青いレーザービームのようなもので「ミュージックステーション」のロゴがレーザービームに浴びせられながら作られていき、右から左に回転して真ん中に表れて完成後、間に「-MUSIC STATION-」のロゴが光って表れて、「ミュージックステーション」の色が青から金色に変わり(「ミュージック-MUSIC STATION-ステーション」)、ロゴが泡のように砕かれる。
7代目 2003年10月3日 - 2005年4月1日
虹のようなCGが現れ、左斜めに虹のようなCGにのった青いダイヤモンドが現れ、その青いダイヤモンドが光って青透明の「ミュージック-・MUSIC STATION・-ステーション」のロゴが真ん中にきて右斜め上に上がっていくもの(スペシャル放送の場合は「SPECIAL」の文字も含めて右斜め上に上がっていきながら透明な黄緑から青透明になる(「ミュージック-MUSIC STATION-ステーションSPECIAL」→「ミュージック-MUSIC STATION-ステーションSPECIAL」)。その後ロゴの文字が前後に分かれて消えていく。2005年2月18日の800回記念スペシャル以降はスペシャル放送限定でウォード・セクストンのタイトルコールが導入された(『ミュージックステーション3時間スペシャル』や『ミュージックステーションスペシャル(その回のスペシャル放送のサブタイトル)』など。CM前後のジングルも)。
8代目 2005年4月22日 - 2006年9月
CGによって「M」のロゴが現れ、その後「M」が「MUSIC STATION」になるもの。
9代目 2006年10月 - 2008年9月12日
先代のアレンジ版、CGによって「LIVE MUSIC」の文字が現れ、その後「M LIVE」→「MUSIC STATION」となるもの。
10代目 2008年10月3日 - 2010年2月12日
真ん中からCGが現れ、白い照明のCGにクロスされながら立方的な「MUSIC STATION」のロゴが左斜めから現れるもの。
11代目 2010年2月19日 - 2011年9月
MiChiの『ChaNge the WoRLd』のPVをモチーフにしたと思われるオープニングで初めて効果音がついた。絵具のCGによって絵具の波が現れ、そこから立方的な「MUSIC STATION」のロゴが現れていくもの。
12代目 2011年10月 - 現在
星座をモチーフにしたCG。

[編集] アイキャッチ

1986年10月から1990年3月まで

最初に英字と「ミュージックステーション」の文字が同時に現れ、近づくとロゴが出来上がり様々な色が表示される。

1990年4月から1999年3月まで

最初に-MUSIC STATION-が現れ、そのあと二重重ね「ミュージック」が完成しそのあと「ステーション」が浮き上がりロゴが完成する

1999年4月から1999年末まで

先代のアレンジ版、英字とそのあと二重重ね「ミュージック」が完成し、「ステーション」は埋めるような作りになれば完成である。

2000年から2003年9月まで

ロゴが回すCG。

2003年10月から2004年度まで

光を出すロゴ。

2005年度から2010年6月まで

MUSIC STATIONのロゴに使ったCG。

2010年7月から2011年9月まで

絵具に使ったCG。

2011年10月から現在

星座をモチーフにしたCG。

[編集] テロップフォント

[編集] 司会者・アーティスト表示

放送開始 - 1992年3月
1992年4月 - 1998年
フォントはスーシャB(写研)。
1999年1月 - 2003年9月12日
2003年10月3日 - 2005年4月1日
フォントは?。ここからアニメーションのデザインが付いた。左上にダイヤモンドがのっかったもので司会者は青緑、アーティストは緑である。アーティストのデザインは登場時とトーク時で異なる。これは以降の変更時でもほぼ同じである。
2005年4月22日 - 2008年9月12日
ここから名前表示に「MUSIC STATION」の装飾が付くようになった。デザインは司会者とアーティストで若干異なる。
2008年10月3日 - 2010年2月12日
デザインを変更。デザインは司会者とアーティストで若干異なる。司会者のデザインは左上に「MUSIC STATION」の装飾が付いている。
2010年2月19日 - 2011年9月16日
デザインを変更。デザインは司会者とアーティストで若干異なる。両方ともデザインは左に「(M)」のマークが付いている(スペシャルの際には「(M)」の下に「SPECIAL」のマークが付いている)。名前表示の色はタモリが紺色、竹内由恵がピンク、アーティストが赤色となっている。また、当初は竹内由恵の名前表示の際には「MUSIC STATION」の装飾が付いていなかったが、2011年3月25日より竹内由恵にも「MUSIC STATION」の装飾が付くようになり、「テレビ朝日アナウンサー」の肩書きは名前と同じピンクとなった。
2011年10月14日 - 現在
デザインを変更。デザインは司会者・アーティスト共通となっているが、「MUSIC STATION」の装飾のデザイン色はレギュラー・スペシャルで異なり、レギュラー放送は青、スペシャル放送はピンクとなっている。

[編集] 曲披露

番組内でアーティストが曲を歌う際のテロップも変更されている。ただし、こちらは番組の改装に合わせた変更はほとんど意識されていない。

放送開始 - 1992年3月
曲の冒頭でタイトルアーティスト作詞作曲テロップが表示され、このスタイルは現在もなお引き継がれている。文字体は丸ゴシック(ナール)で、歌詞テロップはこの頃はまだ記載されていなかった。
1992年4月 - 1998年
初めて歌詞テロップが採用される。
1999年 - 1999年末
文字体を丸ゴシックからゴシック体へ一新。
2000年 - 2003年9月
文字サイズが小型化。
2003年10月3日 - 現在
文字体はそのままに冒頭のタイトル・アーティスト・作詞作曲テロップにアニメーションが挿入され、お洒落なデザインとなった。また、2005年4月1日まではレターボックスにも右上にタイトル・アーティストのテロップが表記されていた。フォントはスーラ-B。アニメーションの変更は番組ロゴの複数回の変更の時に行われている。
2005年4月22日の改装以降は初登場アーティストのみ左上(右上)にタイトル・アーティストのテロップを表記していたが、2009年夏あたりから全アーティスト一貫してタイトル・アーティストのテロップを左上に、2010年7月あたりからその曲の簡単な概要(例:「今週のNo.1ソング」など)を右上に表記している。また、これまで海外アーティストの曲披露の際は、本来の英訳歌詞しか表示されなかったが、『ミュージックステーションスーパーライブ2005』でのO-ZONEの出演以降は、英訳歌詞の下に小さく和訳歌詞も表示されることになった。これは外国語詞の楽曲を歌唱する邦楽アーティストでも同様である。2011年10月以降からは縁取り無しになっている。

[編集] シングルランキングの本文など

1994年4月 - 1996年9月
1996年10月 - 2000年1月
2000年2月 - 2003年9月12日
2003年10月 - 2005年3月
2005年1月にそのシングル曲の解説がつくようになるなどの、若干のマイナーチェンジを行った(ランキングのカウントは除く)。
2005年4月22日 - 2008年9月
2008年10月 - 2010年2月5日
2010年2月19日 - 2011年9月
2011年10月 -

[編集] 字幕・テロップ

なお、著作物音楽)を演奏している最中と前後には右下にウォーターマークが常に表示されている。これは、地上デジタル放送の促進で高品位な映像と音声が記録可能であり、これらの映像が高品位のまま権利者に無断で複製されるのを水際で阻止するためで、2005年4月22日から表示され始めた。さらに近年は出演者が出演している時にもこれらの表示がされる様になった(肖像権保護のために)。この表示は、特別番組や季節で若干のデザイン変更はあるが、基本的に表示されないという事は一切ない。

[編集] その他の番組関連

[編集] 番組特製グッズ

番組生放送終了後に、ノベルティグッズとしてその日に出演したアーティストに番組名のロゴマークが入った5つのティッシュボックス1パックを配布している。これは番組開始当初から行っている事で、番組開始当時のプロデューサーであったテレビ朝日事業局長の北村英一曰く、「『安い値段でたくさん作れて、全ての人々が必要なもの』と言えばティッシュが最適」という事でティッシュにしたという[31]。当時はティッシュだけではなく、毛玉取り機や爪やすりなどといったノベルティグッズも存在していたという[32]

[編集] きせかえコンテンツ

2010年7月中旬から、当番組の携帯電話専用のきせかえコンテンツがテレビ朝日の携帯ホームページの「テレ朝コンプリート!」で配信されるようになった。テレビ番組史上初となる試みのコンテンツでは、当番組のCGをイメージした演出に、当番組のお馴染みのボイスナレーター・ウォード・セクストンによって、電話着信やメール受信を知らせる着ボイスを配信可能とした。その他には、ウォード・セクストンに合わせて当番組のオープニングテーマ曲である松本孝弘作曲の「# 1090 〜Thousand Dreams〜」が流れる“DX着信ボイスVer.”も配信された。

さらに、きせかえのTOPメニューページの操作中に、100万回に1回の確率で特別なメニューアイコンが現れる仕掛けもされている。

[編集] 沿革・記録

[編集] 放送時間

すべて日本時間(JST)で記す。

期間 放送時間
(レギュラー放送)
放送時間
(スペシャル放送)
春・秋 冬・夏
1986.10.24 2000.3 20:00 - 20:54(54分) 19:00 - 21:54(174分) 20:00 - 21:54(114分)
2000.3.31 19:00 - 21:48(168分)
2000.4.14 2000.9.15 19:54 - 20:48(54分) 19:54 - 21:48(114分)
2000.10.6 現在 20:00 - 20:54(54分) 20:00 - 21:48(108分)
備考
  • 1990年代までは春・秋の3時間スペシャル、冬・夏の2時間スペシャルは終了時間が21:54だったが、2000年代以降は『ニュースステーション』が2000年3月27日より、フライングスタート(21:54からのスタート)を実施したことに伴い、終了時間も21:48と6分短縮された。
  • 2000年4月14日から9月15日までは『Nステ』のフライングスタートに伴い、開始時刻を6分前倒し、フライングスタートを実施していた。2000年10月20日より元の20:00スタートに戻っている。

[編集] 出演回数ランキングベスト15

(2012年現在)

男性
順位 アーティスト 出演回数
第1位 光GENJI 234回
第2位 TOKIO 116回
第3位 SMAP 105回
V6
第5位 KinKi Kids 93回
第6位 75回
第7位 GLAY 66回
第8位 近藤真彦 59回
第9位 少年隊 53回
第10位 L'Arc〜en〜Ciel 48回
第11位 B'z 47回
第12位 TUBE 46回
ポルノグラフィティ 46回
第14位 福山雅治 44回
第15位 Mr.Children 39回
女性
順位 アーティスト 出演回数
第1位 森高千里 78回
第2位 浜崎あゆみ 76回
第3位 工藤静香 73回
第4位 安室奈美恵 63回
第5位 モーニング娘。 60回
第6位 中森明菜 54回
第7位 Every Little Thing 46回
荻野目洋子
第9位 aiko 44回
第10位 DREAMS COME TRUE 43回
松田聖子
第12位 中山美穂 41回
第13位 中島美嘉 39回
第14位 倖田來未 36回
第15位 華原朋美 34回
MAX
大塚愛

[編集] 瞬間最高視聴率ランキングトップ5

(2012年現在)

順位 放送回数 放送日 主な内容 視聴率 備考
第1位 第300回 1993年8月27日 CHAGE and ASKACHAGE外国人コーラスに身振り手振りで通訳した瞬間 38.7% 第300回記念SP
第2位 第565回 1999年6月18日 当時16歳の宇多田ヒカルが初登場で
First Love」を歌い終え笑顔になった瞬間
33.6%
第3位 第394回 1995年10月6日 TRFSAMが視聴者から寄せられた似顔絵を見て思わず苦笑いをした瞬間 29.2% 放送開始10年目突入SP
第4位 第500回 1997年12月26日 B'z稲葉浩志が「スイマーよ!!」を熱唱し雄叫びをあげた瞬間 28.4% スーパーライブ'97
第5位 第241回 1992年4月10日 プリンセスプリンセスが「M」のサビを熱唱した瞬間 28.1% 視聴者からのリクエストNO.1
を歌うSP
(視聴率は関東地区ビデオリサーチ社調べ)

[編集] 放送回数記念日

放送日 番組放送回数
1986年10月24日 放送開始第1回目
1988年12月9日 放送開始第100回目
1991年4月12日 放送開始第200回目
1993年8月27日 放送開始第300回目[33]
1995年11月24日 放送開始第400回目
1997年12月26日 放送開始第500回目[34]
2000年5月5日 放送開始第600回目
2002年8月9日 放送開始第700回目
2005年2月18日 放送開始第800回目[35]
2007年8月3日 放送開始第900回目
2010年2月12日 放送開始第1000回目

[編集] 番組の歴史

[編集] 1980年代

[編集] 1990年代

 また、ボーカルマイクも2つ使うようになるだだし、スーパーライブは除く。

[編集] 2000年代

[編集] 2010年代

またアナログ放送としてはこの日が最後となった。

  • 2010年10月22日 - この日、出演予定だった中島美嘉が、両側耳管開放症の悪化を理由に活動休止したため出演できなかった。
    • その後2011年4月1日の3時間スペシャルにて、テレビ復帰を果たした。
  • 2011年2月18日2月25日 - 2週連続で出演予定だった東京事変がメンバーの不祥事のため出演できなかった。食道癌のため、活動休止していた桑田佳祐が復帰。復帰後初アルバムから「銀河の星屑」と「月光の聖者達」を披露。
  • 2011年2月18日 - オープニングで、番組オープニングとエンディングテーマ曲を作曲しているB'zの松本孝弘が「最優秀ポップ・インストゥルメンタル・アルバム部門賞」に輝き、「第53回グラミー賞」を受賞した話題を取り上げた。また、司会のタモリ・竹内由恵が祝福の言葉も述べていた。
  • 2011年3月18日 - 東北地方太平洋沖地震東日本大震災)から1週間の節目の放送(チャリティーライブを実施)。放送内容を大幅変更して放送。
  • 2011年3月25日 - 3月11日の振替放送。東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)から2週間の節目の放送。放送内容は先週と同じ。
  • 2011年6月17日 - KARAが本格的に活動再開後初のテレビ出演を果たした(本来は3月18日に出演予定だったが、詳しくは後述)。
  • 2011年7月15日 - アナログ放送としては最後の放送となった。(被災地の東北3県(宮城県福島県岩手県)を除く)
  • 2011年8月5日 - 7月24日地上デジタル放送への完全移行(被災地の東北3県(宮城県福島県岩手県)を除く)された事に伴い、提供クレジットの際に表示される番組のレターボックスは画面上下に戻る。
  • 2011年9月16日 - この日、出演予定だった浜崎あゆみが、滞在先のニューヨークで咽頭炎を発症し、帰国便に搭乗できず、出演できなかった。[36]
  • 2011年10月21日 - 放送開始25周年を迎えた。
  • 2012年1月20日 - 2月に解散する東京事変が番組最後の出演、昨年完全復活をしたJUN SKY WALKER(S)が約20年ぶりの番組出演となった。
  • 2012年1月27日 - AKB48姉妹グループSKE48が初出演。

[編集] 番組での出来事など

[編集] 1980年代

1987年1月9日
この日石原裕次郎がハワイからの衛星生中継で登場し、近況報告をした。「BEYOND THE REEF」を現地から熱唱。これが生涯最後のテレビ生出演となった。6ヵ月後の7月17日に裕次郎が亡くなり、その日が金曜日だったため、19:30からのアニメ枠(当時は『宇宙船サジタリウス』を放映)から90分の緊急追悼特番を組んだ。その後20:00からは『Mステ』のスタジオから放送し、司会のタモリや当日の出演歌手も引き続いて出演し故人を偲んだ。また、『ニュースステーション』の金曜版でもこの訃報が報道された際、この日のゲストである浜田麻里江守徹がこの件に関して追悼コメントを述べた。

[編集] 1990年代

1990年8月24日30日
聖飢魔IIが「有害ロック」の演奏中、デーモン小暮閣下が大暴走。24日はスタジオ破壊、30日には消火器のようなものをまき散らすなどして大暴れした。ちなみに24日の放送では光GENJIもこれに便乗し、大暴れした。
1990年8月30日
サザンオールスターズが映画『稲村ジェーン』の主題歌「真夏の果実」を演奏。曲中盤で映像が流れた。同日は夏休み最後ということもあり、出演者にはかき氷が振舞われた。
1992年7月10日
この日生島ヒロシが、本番中に左の鼻の穴から出血するというハプニングが発生。その後鼻の穴に綿を詰めて進行した。翌週7月17日槇原敬之とのトークではCDの売れ行き状況を「鼻血が出そうな勢いですね」と自虐的なコメントをする。
1992年8月7日
この日ZARDが『Mステ』でテレビ初出演。この時の坂井泉水はかなり緊張していた。披露した曲は「眠れない夜を抱いて」だった。
1993年1月15日
この日は成人の日(当時)で祝日だというのにも関わらず、北海道釧路沖を中心に震度6の地震(釧路沖地震)が20時6分頃に発生。東京でも震度3を観測し、スタジオが揺れる様子も放送された。その後の『ニュースステーション』は内容を大幅変更しニューススタジオから放送した。
1993年2月5日
前年8月7日の同番組で初のテレビ出演を果たしたZARDが「負けないで」で自身5度目の番組出演。ZARDは「負けないで」で大ブレイクしたが、この時期を境に極端に露出を控えるようになり、この放送後はテレビ番組でトークを披露することは無くなった(その後も、テレビ番組で一方的にコメントを寄せる映像が放送されることはごく稀にあった)。また、ギターの町田文人、ドラムの道倉康介、キーボードの池澤公隆も事実上の脱退となったと言われている。それから14年後である2007年5月27日に坂井泉水が不慮の死を遂げたことにより結果的にZARD最後の音楽番組出演となった。
1993年9月10日
北海道南西沖地震の応援歌としてリリースした「なぜこんな時代に・・・」で泉谷しげるが『Mステ』初出演。曲中にはテンションが上がり客席へ乱入した。その後はもみくちゃにされたり帽子を取られたりとで結局ほとんど歌えなかった。
1993年12月24日
東京ベイNKホールで行われた「SUPERLIVE93」にて、X JAPANが「X」披露後、ドラマーのYOSHIKIがドラムセットを破壊、投げた椅子がテレビカメラに直撃した。番組終了後、そのテレビカメラは使用不可能となったらしい。そして、ギターのHIDEは、自分のギターを股に挟んで腰を振ったり、ギターを振り回すなどの過激なパフォーマンスをし、お決まりの「飛べ、飛べ、飛べ、飛べ…」のセリフの後に叫んだ「俺たちがサンタクロースだーー!!」はあまりにも有名。ちなみにYOSHIKIがライブ中にドラムセットを破壊するのはよくある事であるが、音楽番組で破壊するのはこれが最後と見られる。
1994年6月29日
この日の放送回のエンディングで曲が流れる中、提供読みが進み、きれいに番組が終了すると思いきや、次の瞬間タモリ和田アキ子にキスをし、和田はびっくりした表情を見せた。後日タモリは「あの人(和田アキ子)は耳の後ろが弱い」と満足そうな笑みを浮かべ述懐した。
1995年1月20日
兵庫県南部地震阪神・淡路大震災)から3日後の放送。冒頭で有賀さつきが兵庫県南部地震の被災者へのコメントを述べた。この日出演したSMAPが兵庫県南部地震の被災者への応援メッセージを述べると共に「がんばりましょう」を歌った。
1995年9月1日
この日、9月3日をもって解散する光GENJIがラストライブ。数曲をメドレーで披露し、最後の曲となった「ガラスの十代」のカップリングGraduation」を熱唱し、紙吹雪が降る中ローラースケートステージの中央に置いて姿を消し終わった。その後ステージの中央に置かれたローラスケートの部分が照明で明るくされた。この日の最後の出演で234回目となり、歴代トップの出演回数を残した。
1995年10月20日
メンバーを代表して奥居香が「来年(1996年)の5月でPRINCESS PRINCESSを解散します」と全国のファン・視聴者に向けてPRINCESS PRINCESSの解散を宣言することを発表した。「M」「Fly Baby Fly」の2曲を熱唱。また、解散直前の1996年5月24日には最後の出演をし、1989年の大ヒット曲「Diamonds」を熱唱した。
1995年12月1日
この日のMステでTo Be Continuedの曲披露後、緊急ニュースが急遽放送され番組が一時中断した。この時GLAYが曲披露を出来るかどうかが不安視されたが約10分後番組が再開され無事に「生きてく強さ」を披露した。
1997年8月1日
大黒摩季が、当時テレビ朝日主催で行われていたイベント「パイン'97」の会場であった、レインボースクエア有明特設ステージからの生中継出演として、音楽番組への初出演[37]を果たし、「あなただけ見つめてる」「熱くなれ」「夏が来る」「ら・ら・ら」をメドレーで歌った。タモリともトークがあり、「大黒摩季は実在しない」という都市伝説をタモリに笑顔で問われ、本人は「意外に良く知っていて、そうなんだと笑いながら聞いていた」そうで、「この通り実在しております」と初めて本人の口から数々の都市伝説を一蹴した。事実上初の音楽番組出演は話題となり、視聴率は17%越えの高視聴率を記録した。また、1998年9月にもライブ会場の宮城県総合体育館から生出演し、「この闇を突き抜ける」「ROCKs」をメドレーで歌った。
1998年1月30日
この日、hide with Spread Braverが(この形式では)初出演、「ROCKET DIVE」を披露した。この3ヵ月後の5月2日に自宅で死亡していたのが発見されたため、事実上最後の出演となった。ちなみに数日後の5月8日とこの年の上半期総集編SP(放送日不明)にてhideの追悼特集が放送され、この番組で披露した時の映像を中心に放送された。
1999年2月5日
初出演のDir en greyが「残-ZAN-」を演奏したが、彼らのライブパフォーマンスを再現するという意図で吊り人間や壁の人間オブジェといったホラー的要素をフィーチャーしたあまりにも過激なパフォーマンスで番組終了後に視聴者(特に主婦)からの苦情が多数寄せられた。これは『Mステ』放送直前の番組が『ドラえもん』と『クレヨンしんちゃん』であったため、主な視聴者年齢層である子供たちがそれらのアニメを視聴していたそのままの流れで視聴し、Dir en greyが『Mステ』にトップバッターで出演したことが原因だと思われる。(大人はもちろん子供には過激すぎるステージ内容だった)ちなみに、このパフォーマンスの後タモリは「凄いですねぇ~」と驚きと衝撃の混じった発言をしていた。その後、Dir en greyは年内に、シングル「Cage」「予感」リリース時に2回Mステに出演した(その時は苦情無し)が、これが原因なのか話題になったにも関わらずこの年のスーパーライブには出演しなかった。
1999年6月18日
1998年のデビュー以降、学業優先のためテレビに出演していなかった宇多田ヒカルが地上波初登場(収録自体は『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』の方が早かった。ちなみに、こちらでも最高視聴率を記録している)、「First Love 」を披露した。またオープニングの登場時に階段から滑って転んでしまうというハプニングが起きた。この日の番組視聴率は関東地区26.5%、関西地区28.7%(ビデオリサーチ調べ)で番組史上最高視聴率となった。

[編集] 2000年代

2000年3月31日
この日をもって解散する事になったSPEEDが『Mステ』だけしか見られないファイナルライブを全国から集まった約16万通の中から選ばれたファン500人と共に開催した[38](同ライブのセットは新垣仁絵のデザインによるセット/トーク中には10代で一区切りをつけた4人についてタモリが「俺なんか10代の頃は何にも考えてなかった」と言って4人を笑わせていた)。ライブは全部で9曲(『ALL MY TRUE LOVE」→「Body & Soul」→「White Love」→4人の挨拶・その1→「Long Way Home」→「Luv Vibration」→4人のオリジナルダンスショー→「Breakin' out to the morning」→「Go! Go! Heaven」→「STEADY」→4人の挨拶・その2ときて最後は「Starting Over」で締め括った)・20分ほどだったが最後の曲「Starting Over」を熱唱中に上原多香子が泣いてしまった。
エンティングではタモリから花束が贈呈され、上原に続いてしまったか今井絵理子もタモリから花束を贈呈された時に涙を流してしまった。島袋寛子は終わった後の一言は「無」だけだったという。また、この日は下平さやかの卒業日でもあり、この時の下平の表情は対照的に涙ではなく笑顔だった。ちなみに下平にはなぜかタモリから花束の贈呈がなかった。タモリも「下平もお疲れ様」と言った(SPEEDの解散日のこの日・2000年3月31日が偶々、金曜日に重なった事にタモリも驚いていた)。解散ライブ(即日解散での)をMステで行うのはSPEEDが史上初めてとなった。
このあと放送された『ニュースステーション』ではこのファイナルライブの裏側とSPEEDのインタビューを交えた特集が放送された。ちなみに『Nステ』でも1997年4月から金曜日のスポーツキャスター担当していた長島三奈がこの日をもって最後の出演であった(しかし、テレビ朝日の諸事情により、一週間延長され、4月7日で正式に『Nステ』を卒業した)。
タモリのいない放送
タモリは2000年代に2回番組を休んでいる。
2001年11月9日16日
タモリが11月4日にゴルフ事故で検査入院を余儀なくされ、武内絵美だけで放送した9日。この日出演したアーティストはKinKi Kids郷ひろみプッチモニ及川光博中川晃教CHEMISTRY矢野真紀。オープニングでは堂本剛がセリフやタモリの物真似をした。
16日。タモリがゴルフ事故から復帰。この日はタモリが復帰して2日目の放送であった。この日の放送では、KinKi Kidsがタモリ不在時の事について「タモリさんが居なくて寂しかった。」「タモリさんが居なくちゃMステじゃない。」と話した。この日出演していたネプチューン堀内健も「自分に素直に!」「ドンマイ!」とアドバイスを飛ばした。初めてMステを欠席したタモリは「今度は、早退してみたい」と意気込みを語った。また、KinKi Kidsの「Hey! みんな元気かい?」の歌の途中で堂本剛が「おかえり、タモさん!」とアドリブで歌いラストを飾った。
2009年7月17日31日
タモリが精密検査(人間ドック)と白内障が見つかったことにより手術をすることになることが7月10日のエンディングで発表され(白内障手術に関してはタモリ自らが公表した)、竹内由恵だけで放送した17日。なお、タモリは翌週の『笑っていいとも!』で復帰したが、この週は当番組は『世界水泳ローマ2009』のため休止。復帰から2週間後の31日で当番組に復帰した。
2002年6月14日
21世紀で初めて・アジアで初めてそして初の韓国の2カ国共同開催と初めて尽くしとなった2002 FIFAワールドカップ。前回優勝国のフランスや優勝候補のアルゼンチンポルトガルなどがグループステージで次々と敗退。ダークホースのトルコセネガルなどが快進撃。そして開催国の日本と韓国の2ヶ国が開催国の意地で決勝トーナメントに進出。日本はベスト16・韓国は第4位に食い込むなどと改めてアジアサッカーの2大チームの意地を見せた。その日本が決勝トーナメント進出を決めた試合が何と当番組の放送日に重なってしまった。大阪の長居スタジアムで行われたチュニジア戦でスタジオからサッカー・日本代表を応援する模様が放送され、タモリは呆然と見ているしかなかった。
ちなみに制作のテレビ朝日では午後3時に試合を長居スタジアムから生中継し関東地区では45.5%、関西地区(ABCテレビ)では44.3%、東海地区(名古屋テレビ)では40.9%と高視聴率をマークして、当日の『ニュースステーション』は大阪の朝日放送から生放送した。スタジオの出演者は久米宏渡辺真理角澤照治川平慈英森永卓郎であった(上山千穂真中瞳は長居スタジアム周辺のビールバー店からの中継で出演した)。
2003年6月27日
この日ロシアから来日したt.A.T.u.が初登場。ところがオープニングは出演していたがその後の出演をボイコット。午後8時35分頃、タモリは「t.A.T.uが、『出たくねぇ』という事で控え室から出て来ません」と状況を説明。その後も出演を待ち続けたが、番組終了10分前にタモリがt.A.T.uが結局出ないことを説明した。このため、既に演奏を終えていたthee michelle gun elephantが急遽もう1曲演奏する事で番組の尺を埋めた(曲目は「ミッドナイト・クラクション・ベイビー」)[39]。その後エンティングでタモリや武内絵美、その日のアーティスト達が「わぁ~!」などと大盛り上がりした。なお、急なトラブルに遭遇して気が動転していたのか、番組終了間際に行われる武内絵美による出演歌手の一斉紹介は行われないまま、番組が終了した。
後日t.A.T.u.曰く「日本のアーティストに邪魔された、自分たちだけのステージにしたかった」との声が上がったと言う[40]。以上がこの日の放送内容であったが、この番組におけるt.A.T.u.の行動が翌日のスポーツ新聞などやワイドショー、週刊誌で大きく取り上げられ、t.A.T.u.は各方面からのバッシングを受け、結果的に日本のメディアから姿を消した。翌日(6月28日放送分)の『やじうまプラス』ではこの件を取り上げ、t.A.T.u.本人による電話出演またはリハーサル時の映像を放送した。
ちなみにこの「t.A.T.u.事件」は、スペシャルの企画でたびたびこの出来事が再放送される。
2003年11月28日
この日出演したタッキー&翼が「夢物語」を熱唱した滝沢秀明がファンから「脱いで!」というコールがあり、終盤で上半身裸になった。その後の12月26日の「SUPERLIVE2003」出演時に滝沢が「母親から『アンタ、TVで何やってんの!』って怒られた」と発言している。
2004年1月30日
この日泉谷しげるガガガSPコザック前田とともに出演。相変わらずの破天荒な性格で、再びMステで暴走しまくった。オープニングでは「タトゥーです」と書いてある紙を持って登場し、さらにロシア攻め込むぞ」「二度と来んな」「Mステなめんなよ」と暴走し、曲披露の際にも「他のやつに金使いすぎなんだよ!タッキー&翼のセットをくれ!」とセットに不満を持ち、タッキー&翼のステージセットを要求する場面もあり、エンディングでも「録画放送にしろ!」「2度と、俺を出すな!」などの発言をし、この番組に対するクレームを連発した。だが、共演していたタッキー&翼に対しては褒めている。
2004年3月12日
この日をもって番組を卒業することになった武内絵美の最後の出演の回。稀に使用していた赤マイクもスタッフの計らいで金箔が編みこまれた。エンディングではタモリから花束が贈呈され、その時に思わず涙を流した。最後には「ほんとにあっという間の4年間で、すごい楽しいお話をたくさんさせていただきました。あの、テレビをご覧になっている皆さん、そしてこのスタジオにいる皆さん、そしてタモリさん、本当にありがとうございました」と最後の挨拶の言葉を詰まらせながらも最後の『Mステ』の仕事を全力でこなした。
なお、このあと3月26日をもって『ニュースステーション』も終了することになった。
2004年4月9日
武内絵美の後任として8代目サブ司会者に起用された堂真理子はこの日入社わずか9日目という超異例のスーパーハイスピードでのテレビ出演(しかもゴールデンタイムで司会)を果たした。タモリもオープニングで「テレビ朝日も無茶苦茶やるな~、ほんとに。少しは立場を考えてやれって言うのに」と発言していた。堂は「タモさん、よろしくお願いします」と言っていた。
ちなみにこの週の4月5日に始まった『Nステ』の後番組『報道ステーション』の番組開始第1週目でもある。
2004年4月23日6月18日
堂真理子にとっての2回目のレギュラー放送。この日出演の布袋寅泰が映画『キル・ビル』のテーマソングである「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」を披露。だが、曲紹介のときに堂が「ほてい」を「ぬのぶくろ」と読み間違えるハプニングが発生、布袋ファンからは苦情が殺到した[41]。またこれに関連して、6月18日にもGARNET CROWの楽曲「君を飾る花を咲かそう」を「君に飾る花を咲かそう」と誤読してしまい、エンディングで堂がメンバーに謝罪をしていた。
2004年8月27日
この日、SMAP香取慎吾忍者ハットリ君のコスプレをして六本木に参上した。因みにこの日にて音楽番組独占披露だった。なお、事前番組の『ミニステ』ではWBerryz工房と共演していた。
2004年10月29日
この日出演した松浦亜弥(「渡良瀬橋」を披露)とモーニング娘。(「涙が止まらない放課後」を披露)だったが、なんと両名共トップバッターを担当することになった。2組まとめてトップバッターを担当するのは番組史上初である。ちなみに、12月3日H.P.オールスターズ出演の際もBoA(「メリクリ」を披露)と両名トップバッターだった。
2004年12月3日24日
この年の流行語として話題となった波田陽区「残念!」、「○○斬り!」そして「切腹!」の3つの言葉。これを利用して波田が当番組で大暴れした。六本木ではKinKi Kids福山雅治さらにH.P.オールスターズを斬って、さらにさいたまスーパーアリーナで行われたスーパーライブではタッキー&翼上戸彩ORANGE RANGEが波田の餌食に巻き込まれるなど斬って斬って斬りまくってキリキリ舞いにした。最後は共に「切腹!」とカミングアウトして自爆して倒れた。
2004年12月24日
さいたまスーパーアリーナで開催したこの年のスーパーライブでは、「伝説の男 〜ビバ・ガッツ〜」を披露し終えたはなわが突然アリエナイザーに強制連行されかけた所に怒り爆発の後藤真希松浦亜弥がクリスマス服に身を包み、特捜戦隊デカレンジャーと共に登場。2人&1戦隊の合計7名でアリエナイザーを倒し、はなわを助けた。また、10月8日の3時間スペシャルでは後浦なつみとして安倍なつみも参加していた。はなわの所属事務所はこんなシーンを用意していたスーパーライブのスタッフに対して「何ていう事をしてくれたんや!」と抗議した。
2005年1月21日
この日出演したモーニング娘。の新曲「THE マンパワー!!!」が東北楽天ゴールデンイーグルスの応援歌であるという縁で、当時同球団の新監督であった田尾安志が仙台からの中継で生出演を果たし、「モーニング娘。に負けないように頑張ります」とコメントした。なお、モーニング娘。は東北楽天ゴールデンイーグルスのユニフォームの複製品(「E」が「モ。」になっている)を着て「THE マンパワー!!!」を熱唱した。ちなみに、この日は2代目リーダーであった飯田圭織の最後の出演の日でもあった。
2005年2月4日
日本テレビ系ドラマ『ごくせん』挿入歌の「絆」と新曲「GOLD」をこの日、同ドラマにKAT-TUN亀梨和也赤西仁が出演していた縁で他局ながらドラマの教室セットから中継で披露した。同ドラマ主演の仲間由紀恵はこの日コメントで出演した。
2005年4月1日
前回3月11日の「笑顔日和」披露でラスト出演の予定となっていたZONEだったが、4月1日の解散コンサートが金曜日だという事で、解散コンサートの開催地である日本武道館からの中継で急遽出演が決定した。この日の3時間スペシャルではこの解散コンサートの模様を随時中継を挟んだ。そしてこの3時間スペシャルのトリを飾り、さらに最後のアンコールが全国生中継され、ウエディングドレス姿で4人が全国のファン・視聴者に最後の挨拶をした後、自身最大のヒット曲「secret base 〜君がくれたもの〜」を号泣しながらフルコーラスで披露した。ちなみに、解散ライブ(即日解散での)をMステで行うのは2000年3月31日の春スペシャルのSPEED以来史上2組目である。ちなみにZONE解散前日の3月31日はSPEEDがMステで解散ライブを行い、解散してからちょうど5年が経った日でもある。
また、堂真理子はこの日入社してからちょうど1年が経った日であり、堂にとっては嬉しい節目となった。
2005年6月3日 - 17日
この回から3週連続でKinKi Kidsが出演。3日の放送回では、堂本剛の「」の話と堂本光一の「」の話が対立し、トークがほとんどできず、放送終了後番組史上初の視聴者からの緊急投票を1週間行う事になった。
10日。その結果、剛の「魚」の話に決まったが、それでも負けた光一が「車」の話で邪魔をしてしまい結局数秒でトークは終了。その後「ビロードの闇」(2回目)を披露する回でもあったのだが、光一が「僕らは見ることさえ許されないだろう」を「僕らは一人で打ちひしがれるだろう」と歌詞を間違えた。そのためか剛も笑ってしまい、「砂漠のように辛辣(しんらつ)な」を「砂漠のようにこの街で」と間違え、次のパートが歌えなかった。
17日。先週の歌披露で間違えたシーンをVTRで検証した。この日の回は何とか間違えずに最後まで歌えたものの、この出来事は本人たちがネタにする程の珍事件となった。剛はこの事件を「3回打ちひしがれた事件」と称している。その理由は歌詞を間違えて2回『打ちひしがれた』事、そしてKinKi Kidsも打ちひしがれたから(2つ共本人談)。と語っている。
ちなみに、これ以来敗北した光一の車関連のトークはMステでは一切禁止となっているらしく、翌年7月14日放送での光一がソロで出演した際、車の話題を出した時にADから「Mステでは車の話NG。誰か奴を止めて」というカンペが出された。
2005年8月26日
当時Mステの次に放送されていた『笑いの金メダル』にてウルフルズトータス松本プロデュースで結成された笑金オールスターズがMステに初出演を果たした。この日は同番組が「Mステ出演記念!生放送SP」であったので笑金メンバーが特別に全員集結して「ココロ花」を披露した。因みにこの後の番組生放送SPで同番組司会の三宅裕司は「鉄拳が笑顔で歌っててびっくりしたよ!」とコメントしていた。
またこの日は、映画『NANA』に主演し主題歌を歌ったNANA starring MIKA NAKASHIMAが出演し、「GLAMOROUS SKY」(オリジナルver)をテレビ独占披露した。応援には作曲者であるHYDEがギター担当として特別に参加した。 以降、他の音楽番組においても「SUPERLIVE2005」での同曲の披露は全てアコースティックギター1本の伴奏による「アコースティックver.」で対応した。
2006年3月17日
この日、先週(3月10日)に続きKAT-TUN東京ドームでのデビューライブからの中継で出演。「Real Face」を披露した。オープニングではライブ観客5万人全員で「タモさ~ん!!」コールを行い、タモリは「何か俺が東京ドームでやってるみたい」と発言。ちなみに、この「Real Face」はMステでスーパーライブ含め計5回披露している。また、観覧に当時ワイドショーで世間を騒がせていた森進一が来ており、カメラに映ると笑顔を見せた。
2006年4月21日
前月の3月をもってEXILEを脱退していたSHUNだったが、ファンの強い要望もあってかこの日に6人が緊急集結。200人のファンと共に事実上のラストライブを開催し、新曲「YES!」とデビュー曲「Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭〜」を披露した。トークではHIROが「脱退してもいつまでも仲間なので」と発言した。SHUNは涙をこらえながらの熱唱で曲披露終了後のCM中にはATSUSHIと強く抱き合っていた。
2006年5月26日6月2日
5月26日。NEWS山下智久が自身のソロデビュー曲「抱いてセニョリータ」を引っさげて出演。だが、途中の歌詞を間違えてしまった上、サビの部分で、山下が誤って手をぶつけてしまいマイクスタンドが転倒。にも拘らず、山下の歌声がそのまま流れたというハプニングがあり、この時の山下は「口パク」で歌っていた事が全国的にオンエアされてしまった。[42]山下は四つんばいになってマイクを拾った。またその直後にはカメラミスもあり、まったく関係ない映像が一瞬放送されてしまった。倒してしまったマイクスタンドはバックで踊っていたジャニーズJr.二階堂高嗣が踊りながら元に戻した。なお、山下はエンディングで恥ずかしそうに「間違っちゃった」と言い、苦笑していた。山下は母親に電話で「ださっ!!」と言われてしまったらしく、実妹がその時にカバーに入り、「人間なんだから」と慰めてくれたらしい。
6月2日。2週連続で出演した山下。今回は無事に「抱いてセニョリータ」を歌い終えると思われたが、スタジオに突如亀梨和也が登場し、ステージに乱入。山下は「抱いてセニョリータ」を歌いながら亀梨と共に「青春アミーゴ」のダンスを決め、修二と彰のプチ復活が実現した。披露後、山下は「お客さんが興奮してステージに上がってきたのかと思った。また歌詞間違えるかと思った」と発言。ただ、実際に亀梨が登場した瞬間の山下は確実に驚いていて、何かつぶやいていたが、流れてくる歌声はそのままであったので、やはりサビの部分だけ口パクの可能性は大である。これはスタッフ並びに他の出演者が全員知っていた事であり、山下だけに知らされていなかっただけであり、いわゆる山下へのサプライズであった。出演時亀梨は自身が主演していたドラマのロケの合間を縫ってテレビ朝日に来ていた(V6の「グッデイ!!」披露後にドラマのロケ現場へ戻っていった)。
2006年6月9日
まだメジャーデビュー前だったAKB48が、インディーズ2ndシングル「スカート、ひらり」を当番組で披露、音楽番組初出演[43]を果たす。出演したのは当時のチームAメンバー20名で、そのうちテロップで名前が紹介されたのはソロパートのある7名(大島麻衣高橋みなみ成田梨紗小嶋陽菜前田敦子中西里菜板野友美)のみだった。
2006年12月1日
テレビ番組には出演しない姿勢をとっていた洋楽バンドU2がこの日Mステに初出演。六本木ヒルズ森タワーの屋上から生演奏でスペシャルライブを披露した。U2のメンバーは東京の夜景を一望できるこのステージを大変気に入り、このライブ映像を持ち帰ったという。そして、そうした素晴らしい環境を提供したこの番組に感謝し、世界三大番組の一つ(後の2つは不明)だと言っていたらしい。このエピソードは後にタモリから語られた。U2はこの日、日本のテレビ番組出演は1983年11月21日フジテレビ系列『夜のヒットスタジオ』に出演して以来23年ぶりとなる出演だった。ちなみにU2は同局の報道番組『ニュースステーション』の最後の10代目テーマ曲を担当している。
2007年2月16日
この日が新曲「Love so sweet」をテレビ初披露。しかし、二宮和也が仕事の都合上で追い付かなくなったため、急遽遅れて到着する事となった。その後、NEWSの曲披露終了後に無事合流した。翌2月23日のトークでは櫻井翔曰く、二宮はこの日他アーティストのトーク中にずっとパリでの土産話をしていたらしい(おそらく先週はパリでの仕事だったと思われる)。
2007年3月2日
この日宇多田ヒカルが約8ヶ月ぶりに出演。当時着うたがCDリリース前に200万ダウンロードを記録するなど大ヒットしていた「Flavor Of Life -Ballad Version-」を披露。しかし、イヤーモニターのトラブルで出だしまでのカウントが聞こえず、「♪ありがとう、と~」と始まるサビの肝心な出だしが歌えなかった。
2007年6月1日29日
1日。同年5月27日に闘病中に不慮の事故で亡くなったZARD坂井泉水を偲び、音楽番組初出演となった1992年8月7日放送分と最後の音楽番組出演となった1993年2月5日放送分の映像を中心に在りし日を振り返った。そして、坂井が闘病中に「元気になったら、また『ミュージックステーション』で歌ってみたいね」と周囲の関係者に語っていた事も明かされた。だが、この日はレギュラー放送で時間が取れず、放送終了後視聴者やZARDファンからの反響が大きかった。
29日。視聴者やZARDファンからの反響を踏まえ、追悼特集を放送。坂井自身の書いた「負けないで」の歌詞、レコーディング中の様子など貴重な映像も放送され、「IN MY ARMS TONIGHT」を歌った1992年10月16日放送分の映像も放送された。そして最後の音楽番組出演となった1993年2月5日放送分の「負けないで」に至ってはフルコーラスで放送した。[44]
2007年7月27日
オープニングでHey! Say! 7の紹介がされている時、下からいきなりKAT-TUN亀梨和也が現れた。また、同日にスタートする同メンバーの中丸雄一が出演するドラマ『スシ王子!』の番宣もした。亀梨は直前でスタッフから「歌え」と言われたらしく歌詞カードを渡され1番サビ後の中島裕翔のソロパートを共演、途中で自分がカメラに映るたびに「昭和です」と呟いていた場面も見られた。また、亀梨は舞台の練習中であり、その合間を縫って来ていた。
2008年9月12日
この日の2時間スペシャルをもって番組を卒業することになった堂真理子の最後の出演の回。エンディングでタモリから花束が贈呈され、最後には「あのたくさんのアーティストの皆さんのパフォーマンスをこんなに近くで感じることができて、そしてお伝えすることができて、ほんとに幸せに思っております。いつも見守ってくださったタモリさん、ゲストの皆様、そして視聴者の皆様ほんとにありがとうございました」と最後の挨拶の言葉を述べた。番組終了後にブログとして公開した堂マリメールは176回にも上った。ちなみにこのメールは堂自身のプロフィール上に現在も残っている。

[編集] 2010年代

2011年3月18日25日
3月11日の放送が急遽放送中止された後(後述)、東北地方太平洋沖地震東日本大震災)から1週間という節目の放送となった18日。通常のオープニングはカットされ、番組ロゴも白字で画面右上に表示した。スタジオは観客を入れない無観客状態の中での放送となった(スタジオもトーク席しか映しておらず、観客席や階段はほとんど映していなかった。トーク席の一部の照明も消灯されており、モニターもグラフィカルな動きをしておらず、止まったままの状態であった)。冒頭で竹内由恵が東北地方太平洋沖地震の被災者へのコメントを述べた。このため、ゲストも1組ずつ登場するものではなくスタジオに全員揃った状態で簡単に紹介された(この日の出演アーティストはNYCCHEMISTRYJUJUタッキー&翼FUNKY MONKEY BABYSふくい舞吉井和哉)。また、演奏楽曲も最新の曲中心ではなく被災地へ向けた応援ソングの中心とした復興支援ライブという形で、ステージもバックに大きな☆型のセットが飾られたものであった。また、アーティストからの応援メッセージコメントVTRも流された(放送終了後には公式サイトにてジャニーズアーティストを除くアーティストからの応援メッセージコメントを提載、また一部のアーティストはそのアーティスト直筆のものが使用された)。また、当日出演予定であったKARA東京都が韓国外通省による渡航注意地域に指定されていたため出演できなかった。その代わりに応援メッセージが読み上げられた。
この間、同局の報道・ワイドショー番組はオープニングをカット・エンディングでもテーマ曲を一切流さず、CM前のジングルのみであったが、当番組ではオープニングとエンディングにテーマ曲を流し、CM前のジングルは流さないという逆の方法をとった。
25日。震災から2週間という節目の放送。当初予定していたサッカー中継が中止となり、休止返上しての放送になる(事実上、3月11日の振替放送となる)。内容は先週と同じであるが、オープニングも復活し、観客は通常通り入れた。この日の出演アーティストはAI加藤ミリヤCocco堂本剛浜崎あゆみ平原綾香ゆず。これらのアーティストは先週の放送後、番組側から出演依頼を受けて出演している。ちなみに、ほとんどが応援ソングであったが、堂本剛のみは被災地への激励を兼ねた最新の曲となった。
また、翌週の4月1日(震災から3週間の節目の回)の3時間スペシャルである「聞くと元気になれる元気ソングBEST120」は上記の放送内容に近い形となった。
2011年6月17日
KARAが活動再開後初のテレビ出演を果たした(本来は3月18日に出演予定だったが詳しくは上記)。3月18日放送分で歌う予定だった「ジェットコースターラブ」と新曲の「GOGOサマー」のメドレー形式で披露した(翌週も出演し「GOGOサマー」を披露)。

[編集] その他

[編集] 階段での転倒

  • オープニングでゲストアーティスト出演者が登場する時、通常は階段を降りてくるが、その際に転倒してしまうことがある。その模様は番組の風物詩と化しており、総集編SPの際にも度々特集が組まれている。
サンプラザ中野爆風スランプ)、小室哲哉globe)、宇多田ヒカル中島美嘉飯田圭織タンポポ)、misonoday after tomorrow) などほか多数。
サンプラザ中野は転倒した際、番組のセット豆電球2個とパネルを破損させた。

[編集] 歌詞間違い

  • 生放送であるがゆえに、アーティストが歌詞を間違えてしまうことが少なからずある。しかし、バックがカラオケであったり、歌そのものが口パクであったりといった事例も少なからずあり、本人は歌っていないのにバックで歌が流れてしまっていることもある。

[編集] 特別編成

[編集] 報道特別編成

  • 1986年11月21日の放送では、同日に起こった三原山伊豆大島)の噴火関連のニュースを番組内に組み込んで放送した。そのため、トークはカットされ、小泉今日子らゲストアーティストは楽曲のみ披露となった。その後は報道特番となり、『ニュースステーション』は22時からの番組初の前倒し編成で放送した。
  • 2011年3月11日の放送は、約5時間前に東北地方太平洋沖地震が発生し、六本木周辺でも震度5強を観測した。テレビ朝日本社に大きな被害は見られなかったが、その件で津波警報が発令され急遽報道特番が放送されたために急遽放送中止となった。自然災害の影響で当番組が休止となったのは、番組開始以来初めての事だった。3月25日サッカー中継がその影響で中止となった事もあって、事実上の振替放送を行った。

[編集] 放送休止

[編集] 主な演出

ここではレギュラー放送及びスペシャル放送での演出の内容を記する。『ミュージックステーションスーパーライブ』での主な仕掛けはこちらを参照。

  • 花火(爆発)
  • キャノン砲
カラー&シルバーテープミサイル
過去歴代で最も雨の使用量が多かったのは吉田栄作「僕は何かを失いそうだ」披露時。
  • 紙吹雪
  • ファイヤーバナー
特にL'Arc〜en〜Cielによく使われている。
  • CGアニメーション
最大のCGポルノグラフィティあなたがここにいたら」の放送の際で使われた。メンバーの2人以外の背景はすべてCGだった。
  • 歌詞スーパー
基本的に統一だがYUI平川地一丁目奥田美和子清水翔太が初出演した時に自筆(奥田は柳美里による)の歌詞字幕スーパーが流れた。
  • 屋外での演奏
現在一番高いところで歌われたのはこちらもポルノグラフィティであり、六本木ヒルズ森タワーの約238m屋上で「メリッサ」が歌われた。
  • ファンを入れての演奏
200 - 300人(スペシャルでは300人以上の場合もある)程度のファンに囲まれての曲披露。不定期だが、1ヶ月に1回以上は行われる。これまでにはB'zL'Arc〜en〜Cielポルノグラフィティなどが使用。現在多用しているのはORANGE RANGE。客寄せライブ時には飛び跳ねたりする客もいるため、たまにテレビ朝日本社がゆれる時がある。使用される場所はスタジオ内やテレビ朝日の玄関内が多い。

[編集] ネット局と放送時間

『ミュージックステーション』 ネット局と放送時間
放送対象地域 放送局 系列 放送曜日・時間 放送日遅れ ミニステ 放送開始時期
関東広域圏 テレビ朝日(EX) テレビ朝日系列 金曜日
20:00 - 20:54
同時ネット 制作局
北海道 北海道テレビ(HTB) × 番組開始 -
青森県 青森朝日放送(ABA) 1991年10月 - [45]
岩手県 岩手朝日テレビ(IAT) 1996年10月 - [46]
宮城県 東日本放送(KHB) × 番組開始 -
秋田県 秋田朝日放送(AAB) 1992年10月 - [47]
山形県 山形テレビ(YTS) 1993年4月 - [48]
福島県 福島放送(KFB) 番組開始 -
新潟県 新潟テレビ21(UX) 番組開始 -
長野県 長野朝日放送(abn) 1991年4月 - [49]
静岡県 静岡朝日テレビ(SATV) 番組開始 -
石川県 北陸朝日放送(HAB) 1991年10月 - [50]
中京広域圏 名古屋テレビ(NBN) 番組開始 -
近畿広域圏 朝日放送(ABC) 番組開始 -
広島県 広島ホームテレビ(HOME) 番組開始 -
山口県 山口朝日放送(yab) 1993年10月 - [51]
香川県岡山県 瀬戸内海放送(KSB) 番組開始 -
愛媛県 愛媛朝日テレビ(eat) 1995年4月 - [52]
福岡県 九州朝日放送(KBC) 番組開始 -
長崎県 長崎文化放送(NCC) × 1990年4月 - [53]
熊本県 熊本朝日放送(KAB) 1989年10月 - [54]
大分県 大分朝日放送(OAB) 1993年10月 - [55]
鹿児島県 鹿児島放送(KKB) 番組開始 -
沖縄県 琉球朝日放送(QAB) 1995年10月 - [56]
鳥取県島根県 山陰放送(BSS) TBS系列 水曜日
23:50 - 24:50
5日遅れ 2000年10月 - [57]
高知県 高知放送(RKC) 日本テレビ系列 水曜日
24:29 - 25:24
1996年10月 - [58]

[編集] 放送を終了した局

富山テレビ(フジテレビ系列) - 北日本放送(日本テレビ系列)2006年9月で打ち切り
山梨放送(日本テレビ系列) - 放送終了時期不明

[編集] 日本国外での放送

毎週土曜日夜に2週前の番組を放送する。
2007年3月 - 2008年6月。
毎週金曜日夜に8週前の番組を放送する。
2007年4月 - 隔週放送のため未放送分あり。
毎週土曜日に半年前の番組を放送。

[編集] スタッフ

[編集] レギュラー放送

  • ナレーターウォード・セクストン服部潤ユキ・ラインハート
  • 構成伊藤正宏樅野太紀
  • スーパーバイザー菅原正豊
  • テーマ音楽松本孝弘B'z
  • 第1スタジオ
    • TM(テクニカルマネージャー):大島秀一
    • TD(テクニカルディレクター)/ SW(スイッチャー):福原正之
    • カメラ:住田清志、大槻和也、錦戸浩司、宮内大貴、大川戸元昭、石黒康一(週替わり)
    • VE(ビデオエンジニア):木島洋、重藤貴志、小山恭司(週替わり)
    • 音声:清水美都子、森永茂、江尻和茂、胡桃澤啓司(週替わり)
    • 照明プロデューサー:高野安隆、中根鉄弥(週替わり)
    • 照明:江頭儀浩、白川寛、西川知里、大場浩、岩本真也、眞如博之、五十嵐久夫、鈴木敏也、松山努、栗屋俊一、阿部勝則(週替わり)
    • 美術プロデューサー / デザイン:出口智浩、中根鉄弥(週替わり)
    • 美術デザイン:金澤弘道、森永牧子、宇家譲二、清野啓太、山下高広、小林尚弘(週替わり)
    • 美術進行:北浦浩一郎
    • クレーン:浅田康和、俵谷祐輔(週替わり)
    • 技術アシスト:麻生貴志、竹中祟将、小林和史、浅田康和 (週替わり)
    • 音響:按田宗周
    • 効果:菅野洋志、小林功樹(週替わり)
    • 編集:小池周平
    • MA(マルチオーディオ):萩原佳和
    • 照明アシスト:巻嶋恵梨、中村真梨子、松山努、山本美奈子、廣瀬蓉子(週替わり)
    • 大道具:松本友博
    • 電飾:松木忠昭、塚原聡、中川雄介、田岡知乙(週替わり)
    • 特殊装置:田中徳一、腑馬淳一
    • 特殊効果:大野晃一
    • アクリル装飾:川本貴史、梶野明弘(週替わり)
    • オブジェ:長野敦子、八代利江子、神保金司、松井達彦(週替わり)
    • トラス:齋藤政利、細田正利(週替わり)
    • 風船装飾:滝戸誠
    • 植木:藤田国康
    • モニター:鈴木準司
    • CGディレクション:横井勝
    • CGデザイン:村澤ちひろ、上野貴弘、矢木秀和、大橋緑、高井梓、早川雄志、松尾裕介、佐藤信太郎、斎藤まゆみ、南浩樹、山本裕之、管澤英子、吉原真生(週替わり)
    • CGLED:南浩樹、佐藤信太郎、山本裕之
    • CGシステム:澤口明子、山内光史
    • CGバーチャル:中村敦、加藤喬
    • CGバーチャル制作:葛原健治、高橋愛
    • CGタイトル:矢木秀和、松尾裕介
    • テロップ:小川龍也、原田甫、神野幸代
  • スタイリスト:中原正登(タモリ担当)、山下貢理子(竹内由恵担当)
  • メイク:MIKAMI YASUHIRO(Pittura) http://beauty.hotpepper.jp/slnH000163601/ - (竹内由恵担当)
  • 編成:二階堂義明・森大貴(テレビ朝日)
  • 宣伝:宮田奈苗(テレビ朝日)
  • 調査:瀬口大介(テレビ朝日)
  • TK(タイムキーパー):長谷川夏子・中里優子(テレビ朝日)
  • 制作進行:浅倉きよみ(テレビ朝日)
  • FD(フロアディレクター):吉岡祐也(テレビ朝日)
  • ディレクター:藤沢浩一・伊東寛晃・栗井淳・舘智有里・常岡浩治・尾崎敦朗・新田彩子・里見諒(テレビ朝日)
  • プロデューサー:清水克也(テレビ朝日)
  • チーフプロデューサー:山本たかお[59](テレビ朝日)
  • 衣装協力:ORIHICA、KOOKAI、BEAMS、fecture ほか
  • 資料協力:oricon(オリコン)
  • 美術協力:テレビ朝日クリエイト
  • 制作協力:田辺エージェンシー
  • 制作:テレビ朝日ミュージック
  • 制作著作:テレビ朝日

[編集] スペシャル放送

  • 第2スタジオ(スペシャル放送のみ)
    • TD(テクニカルディレクター):浅川英俊、横関正人
    • SW(スイッチャー):横関正人
    • カメラ:石黒康一、加藤英昭、熱田大
    • VE(ビデオエンジニア):重藤貴志、木島洋、近藤裕輔
    • 音声:阿部健彦、新井八月、柳原健司、胡桃澤啓司
    • 照明:松山務、鈴木敏也、眞如博之、栗屋俊一、吉川哲男、江藤儀浩、五十嵐久夫
    • 美術デザイン:宇家譲二、森永牧子、金澤弘道
    • 美術進行:山本和記、加藤正洋、若林広
    • クレーン:持田尚克
    • 技術アシスト:穴沢康至、首藤康仁、岩本真也、宮田浩
    • 照明アシスト:小林和史、吉原由樹
    • 大道具:船木憲太、荒川康之、小野祐樹
    • トラス:細田政利、齊藤政利
    • イントレ:倉成純一
    • 電飾:田岡知己、塚原聡
    • 特殊装置:釜田智志、小口和宏、田中徳一
    • 特殊効果:吉川剛史
    • アクリル装飾:梶野明弘
    • オブジェ:神保金司、八代利江子
    • 植木:藤田国康
    • レーザー:ランダム
    • モニター:小林昇平

[編集] 歴代スタッフ

  • ナレーター:村井かずさ
  • 構成:飯田まち子青木和佳ほそかわ紀子根田真児酒井義文西澤公太郎望月卓
  • テーマ音楽:前田憲男横関敦
  • TD(テクニカルディレクター) / カメラ:宮田一、品本幸雄、大島秀一、二瓶友美、大川戸元昭、加藤英昭、住田清志
  • VE(ビデオエンジニア):西山勝、小山恭司、小野真介
  • 音声:胡桃澤啓司、阿部健彦、戸塚信也
  • 照明:今野、矢島、古田、岡本
  • 美術デザイン:石井哲也、石上久、綿貫冬樹、宇屋譲二
  • 美術進行:加藤正幸、齋藤直純
  • 効果:菅野洋志、中村剛、細野貴裕
  • 音響:横張史靖
  • イントレ・トラス:倉成純一、斎藤政利
  • 大道具:荒川康之、大窪学、真次智樹、松本友博、松本寿久、渡部修綱、松野秀生
  • 電飾:中川雄介、田岡知巳、富田智博、白石剛
  • 特殊装置:深井将、町端航
  • 特殊効果:吉川剛史、釜田智志
  • トラス:倉成純一、細田正利
  • アクリル装飾:岡林和志、菊池博、日野直治
  • レーザー:戸倉浩治
  • タイトル・CG:横井勝
  • CG:山本裕之、齋藤まゆみ
  • CGデザイン:高井梓、松尾裕介、野沢栄二、村野彰彦、西村江里子
  • CGバーチャル:中村敦、葛原健治
  • CGLED:高井梓、澤口明子
  • CGタイトル:松尾裕介
  • タイトル:宍戸淳一
  • テロップ:小林宏嗣、小川龍也、片桐幸三、石川理
  • 編集:小池周平、佐賀靖弘
  • スタイリスト:栄明美、堀切ミロ、相馬さとし(タモリ担当)
  • ヘア&メイク:MIKAMI YASUHIRO(Pittura) http://beauty.hotpepper.jp/slnH000163601/
  • 宣伝:下恵子、天野貴代、中嶋哲也、蓮美理奈、井上裕子(テレビ朝日)
  • 広報:天野貴代、織田笑里、小久保聡、重松愛、中島哲也、蓮実理奈(テレビ朝日)
  • 調査:中川雄介、瀬口大介
  • 編成:林雄一郎・尾崎雅彦・西山隆一(テレビ朝日)
  • TK(タイムキーパー):尾木みち(テレビ朝日)
  • ディレクター:山本隆夫、杉村全陽、清水克也、佐藤信也、河口勇治、山本和仁(テレビ朝日)
  • 演出:成田信夫(テレビ朝日)
  • プロデューサー:北村英一藤井智久、西村裕明(テレビ朝日)
  • チーフプロデューサー:三倉文宏(テレビ朝日)
  • 制作:皇達也(テレビ朝日)

[編集] 関連番組

1985年10月7日から2004年3月26日まで放送されていた久米宏がメインキャスターを務めていた報道番組。番組タイトルの一部を同じ「ステーション」とし、初代の番組ロゴも共通のデザインだった。
『ニュースステーション』の後継番組で2004年4月5日より放送されている古舘伊知郎がメインキャスターを務めている報道番組。番組タイトルの「ステーション」や制作手法など、『Nステ』の名残りを受け継いでおり、番組ロゴも現在の『Mステ』の番組ロゴとデザインが類似している。
1992年より毎年、年末生放送されている当番組の特別番組
音楽を題材とした1993年1月2日に放送されていた正月特別番組。当時の当番組の制作スタッフが携わっている。
2003年10月10日、テレビ朝日の六本木ヒルズ新社屋への移転を記念したスペシャルドラマ新テレアサ誕生記念ドラマ 生放送はとまらない!』が放送された。ドラマは「ミュージックスタジアム」という『Mステ』をモチーフにした音楽番組を舞台にしたもので、浜崎あゆみGacktB'zなど多数のアーティストが出演。当時の『Mステ』スタッフも多数関わっていた。
『MUSIC STATION SPECIAL もう一度聴きたい昭和・平成の名曲ベスト100×2!』が2009年1月30日に「3時間スペシャル」で『50時間テレビ』枠内で生放送された。また、同局の報道番組『報道ステーション』のメインキャスター及び同局の元アナウンサーである古舘伊知郎がオープニングエンディング部分に特別出演をした。

[編集] 脚注・出典

[ヘルプ]
  1. ^ 同局の報道番組『ニュースステーション』の通称「NS」にちなむ。『Nステ』放送終了後はこの通称は消滅した模様。
  2. ^ 新聞ラ・テ欄ではこの表記を使用している(特にGコード普及以後)。
  3. ^ 当初、当番組は終了させる予定だった。
  4. ^ 1982年4月に西田敏行と共に担当。だが、西田が「スケジュール多忙」を理由にコーナー別撮りとなったため、2〜3週女優と共に担当し、当時テレビ朝日アナウンサー古舘伊知郎に相方を代わるも、西田が出なくなった事で視聴率が減退し、6回で降板した皇達也プロデューサーの後を追う形で西田・古舘と共に降板し、番組はわずか8回で打ち切りとなる。なお、残り2回は佐々木正洋(テレビ朝日アナウンサー)と南美希子(当時テレビ朝日アナウンサー)が代行した。
  5. ^ 『うたばん』は2010年4月20日より『ザ・ミュージックアワー』に(事実上の)改題・リニューアル。
  6. ^ 2009年8月21日は親子での観覧となった。
  7. ^ 以前はシングルランキングの冒頭で画面右下に名前が表示されていたが、2005年4月1日よりスタッフロールに他のナレーターとともに名前が表示されるようになった。
  8. ^ スペシャル放送時は服部潤が担当することもある。
  9. ^ 2009年11月6日放送分では服部潤が不在であったため、彼の代理を務めた。口調はこの回だけ服部を模した口調になっていた。この時だけスタッフロールに名前がクレジットされていた。
  10. ^ 2011年6月以降の番組直前の番宣CMは岩井証夫ではなく、違う女性がやっている。また、CMの予告時間が『報道ステーション』の予告と同じ5秒となっている。
  11. ^ 一時期、この間に楽曲披露後に提供クレジットを入れてCMとなっていたことがある。提供クレジットは最初のCMに入る前に表示される。
  12. ^ たまにないときがある。春・秋の改編期シーズン・冬・夏のスペシャルシーズンや『ミュージックステーションスーパーライブ』シーズンになると3時間・2時間スペシャルの予告やスーパーライブの観覧希望の募集告知が放送されている。
  13. ^ これが使われるようになったのは2005年2月18日の800回記念スペシャルから。それまではサブ司会者による紹介だった。
  14. ^ スペシャル放送の場合(「スーパーライブ」を除く)は『報道ステーション』(以前は『ニュースステーション』)の5秒予告(と仮屋昌伸もしくは柳沢真由美のナレーション)が流れる(『Nステ』は予告ナレーションなし)。
  15. ^ 2010年3月以前はドラマ・バラエティ共に5秒予告だった。
  16. ^ 2006年4月から2011年3月までこの枠はテレビ朝日・ABC金曜9時枠の連続ドラマだった。
  17. ^ 『報道ステーション』は、テレビ朝日はネオバラエティまたは金曜ナイトドラマの5秒予告の間に画面左上に「報道STATIONのあとは」と表示している。
  18. ^ 例外として『そうだったのか!学べるニュース』は、4月から6月期のドラマについては従来通りだが、『新・警視庁捜査一課9係』や『相棒』は従来と異なり、『新・警視庁捜査一課9係』の場合は『9係』の出演者が「この後は『新・警視庁捜査一課9係』」と言ってから『9係』の予告へと流れるが、『相棒』に至っては、『Mステ』同様、そのまま『相棒』の予告へと流れる。
  19. ^ 2009年は放送枠が1時間しか確保できなかったため、録画放送ではあるものの通常のレギュラー放送の扱いとなった。
  20. ^ 司会者同士のトークの際はVTRのような字幕を表示する演出は取っておらず、スタッフロールの最後の「制作著作:/tv asahi」のクレジットは生放送のようなランダムな動きをするCGは使用せず、通常のスタッフロールと同じ扱いとなっている(『SmaSTATION』では当番組とは違って、字幕を表示しており、録画放送であってもこのクレジットは通常のランダムな動きをするCGを使用している)。
  21. ^ 2000年のみ3時間50分。
  22. ^ 特にSMAP森且行が在籍していた頃の映像では、森の出演部分はカットされており(全体時はほぼカットしていない)、番組が独自に一部編集されているものに差し替えられている。
  23. ^ 特に安室奈美恵は2000年代前半以前の曲に関しては披露映像時のではなく、ライブ映像に差し替えられている。次いでDREAMS COME TRUEなど。
  24. ^ 同局では『歌謡ドッキリ大放送』など。
  25. ^ 2010年1月29日放送の「Mステスタッフが選んだ記憶に残る名場面集」(放送第601回 - 第700回編)で取り上げられた際、この日出演したKAT-TUN亀梨和也曰く、自分の出番以上に張り切っているとのこと。
  26. ^ 『メントレG』は2008年9月に放送終了。その後、TOKIOには新番組として『5LDK』が与えられたが、こちらは「城島タモリ」のお披露目をするようにさせるためか、木曜日23時台(バラパラ枠)での放送となっている。
  27. ^ 同アルバムに収録されている「どうしても君を失いたくない」のインストゥルメンタルバージョン。なお、こちらは番組のエンディングテーマとして作られたためか、音源化はされておらず、アルバムなどのCDにも収録されていない。また、原曲と一部異なっており、前者は原曲のアレンジ版、後者は原曲をそのまま流用してアレンジしたものの音源だった。レギュラー放送・スペシャル放送は前者、スーパーライブは後者を使用していた。
  28. ^ 2002年3月1日生放送分にこの番組で同アルバムに収録されている「恋歌」とともに披露された。
  29. ^ “『Mステ』もLED化! 省エネで“ドーム級コンサート”実現”. ORICON STYLE. (2011年10月14日). http://www.oricon.co.jp/news/movie/2002725/full/ 2011年10月31日閲覧。 
  30. ^ 2010年6月まではCMに入る前は春・秋のスペシャルでしか使われず、レギュラー放送では先代のロゴを使い回ししていた。
  31. ^SmaSTATION』でもメールを読まれた投稿者には『スマステ』のティッシュボックスがプレゼントされているが、基となったのはこの番組ではないかと思われる。
  32. ^ 堂真理子 2月25日のミュージックステーション日記
  33. ^ 放送300回目は2010年1月15日に放送された放送1000回直前SPの最高視聴率ランキングで第1位にランクインした。この日はサザンオールスターズ・TUBE・CHAGE&ASKA・中森明菜・光GENJIの5組が出演し過去の秘蔵VTRを交え、2時間のスペシャルで放送した。
  34. ^ 放送500回目は「スーパーライブ'97」だったが2010年1月15日に放送された1000回直前SPでもMステ放送500回目で最高視聴率第4位にランクインした。この日は33組のアーティストが出演し、XJAPANが(1度目の)解散前の最後の出演。「紅」と「Forever Love」のSPメドレーを披露した。 
  35. ^ 当初は2月11日の予定だったが(各月刊テレビ情報誌の番組表による)、NHKが裏番組として『第55回NHK紅白歌合戦』の再放送を編成した事を受け、翌週に予定していた『笑いの金メダルスペシャル』(朝日放送制作・テレビ朝日系列)と入れ替えた。
  36. ^ http://www.daily.co.jp/newsflash/2011/09/17/0004474600.shtml
  37. ^ 単なる音楽番組への出演ということでは、正確には1992年の「ミュージックフェア」だが、これはコーラスとしての出演であり、自らの曲は歌っておらず、また1996年の「熱くなれ」がNHKオリンピックテーマソングに選ばれた際にインタビューに答えているが、「サンデースポーツ」というスポーツ番組で、音楽番組ではなかった。この生出演当日に初めてテレビで自らの曲を歌っているため、事実上の音楽番組初出演は『ミュージックステーション』である。
  38. ^ 実に32000倍という確率からの当選者500人が選ばれた。
  39. ^ 2009年6月に登場した9mm Parabellum Bulletのメンバーはこの時のTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTの演奏を見て「バンドってカッコいい」と思い、バンド活動を決意したと番組初出演時に発言し、タモリを驚かせた。
  40. ^ しかし、後年t.A.T.uが語ったところによると実際は当時のプロデューサーであるシャポヴァロフの無茶な指示によるものであることを明かしている。
  41. ^ この事について布袋は後日公式サイトで堂をフォローするコメントをしていた。
  42. ^ 但し、歌詞を間違えた部分は口パクではないため、サビのみが口パクだった可能性もある。そのため、サビのみきれいな声である。また、12月22日の「SUPERLIVE2006」でもサビの歌声が二重に聞こえており、一番は途中で気付いたのか普通の「口パク」に戻っていたが、それ以降は二重に聞こえている。なので、サビのみ異様に歌声が綺麗に聞こえる。
  43. ^ 同日に放送された日本テレビ音楽戦士 MUSIC FIGHTER』にも出演。
  44. ^ 余談ではあるがこの「負けないで」の映像はこの年の『第58回NHK紅白歌合戦』で設けられた坂井の追悼コーナーでも流された。
  45. ^ 青森朝日放送開局までは未放送。
  46. ^ 岩手朝日テレビ開局まではテレビ岩手(日本テレビ系列)が不定期でネットしていた。
  47. ^ 秋田朝日放送開局までは未放送。
  48. ^ 山形テレビのネットチェンジ(フジテレビ系列からテレビ朝日系列)までは山形放送(当時、日本テレビ系、テレビ朝日系クロスネット)が1987年10月 - 1988年9月、1989年4月 - 1993年3月にの期間にネットしていた。放送時間は金曜日深夜 23:50 - 24:45(3時間50分遅れ) → 水曜日夕方17:00 - 17:55(5日遅れ)→ 水曜日深夜 23:55 - 24:50の同じく(5日遅れ)と変遷している。
  49. ^ 長野朝日放送開局までは、テレビ信州(当時、日本テレビ系列、テレビ朝日系クロスネット)がネットしていた。1987年9月で同時ネット打ち切り、10月以降は深夜の遅れネットとなる。
  50. ^ 北陸朝日放送開局までは石川テレビ(フジテレビ系列)がネットしていた。
  51. ^ 山口朝日放送開局までは未放送。
  52. ^ 愛媛朝日テレビ開局までは南海放送(日本テレビ系列)がネットしていた。
  53. ^ 長崎文化放送開局までは未放送。
  54. ^ 熊本朝日放送開局までは未放送。
  55. ^ 大分朝日放送開局まではテレビ大分(当時、日本テレビ系列、フジテレビ系列、テレビ朝日系クロスネット)がネットしていた。ただし、開局の半年前(1993年3月)に打ち切っている。
  56. ^ 琉球朝日放送開局までは未放送。
  57. ^ 土曜日夕方から水曜日深夜へ移り、2011年2月3日までは木曜に放送されていたが、2011年2月9日からは現在の放送時間。遅れネットのため番組中の提供テロップ等は番組ロゴに差し替えとなっている。
  58. ^ それまではスペシャルのみ不定期放送。
  59. ^ 以前は山本隆夫名義。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

テレビ朝日系列 金曜20時台
前番組 番組名 次番組
ワールドプロレスリング(新日版)
(1972年7月 - 1986年9月)
【月曜20時台に移動して継続】
ミュージックステーション
(1986年10月24日 - )
-----
テレビ朝日 金曜19:54 - 20:00枠
クレヨンしんちゃん
※19:30 - 20:00
(1996年4月12日 - 2000年3月17日)
【6分縮小して継続】
ミュージックステーション
(2000年4月14日 - 2000年9月15日)
クレヨンしんちゃん
※19:30 - 20:00
(2000年10月 - )
クレヨンしんちゃん
※19:30 - 20:00
(2000年4月14日 - 2002年3月22日)
【6分縮小して継続】
ミニステ
(2002年10月18日 - )
-----
テレビ朝日 金曜20:48 - 20:54枠
ワールドプロレスリング(新日版)
※20:00 - 20:54
(1972年7月 - 1986年9月)
【月曜20時台に移動して継続】
ミュージックステーション
(1986年10月 - 2000年3月)
不明
※20:48 - 20:50
都のかほり
※20:50 - 20:54
【6分繰り上げ】
不明
※20:48 - 20:50
都のかほり
※20:50 - 20:54
【再度6分繰り下げて継続】
ミュージックステーション
(2000年10月 - )
-----
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