福岡市

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ふくおかし
福岡市
Fukuoka City - Montage - 01.JPG
Flag of Fukuoka City.svg
福岡市旗
Fukuoka Fukuoka chapter.svg
福岡市章
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 福岡県
団体コード 40130-7
面積 341.70km²
総人口 1,482,082
推計人口、2012年1月1日)
人口密度 4,340人/km²
隣接自治体 福岡県
大野城市春日市糸島市
那珂川町宇美町粕屋町志免町
新宮町久山町
佐賀県
佐賀市神埼市吉野ヶ里町
市の木 市の木:クロガネモチ
広場の木:クスノキ
(1979年10月制定)
市の花 夏の花:フヨウ
冬の花:サザンカ
(1979年10月制定)
市の鳥 野山の鳥:ホオジロ
海の鳥:ユリカモメ
(1989年6月制定)
福岡市役所
所在地 810-8620
福岡県福岡市中央区天神一丁目8番1号
Fukuoka City Hall.jpg
外部リンク 福岡市役所

福岡市位置図(福岡県)

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

福岡市行政区画図

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福岡市(ふくおかし)は、九州の北部にある福岡県の北西部に位置する。福岡県の県庁所在地であり、政令指定都市となっている。

目次

[編集] 概要

天神地下街

福岡県において北九州市と共に政令指定都市となっており、第3次産業が盛んな大都市である[1]。市域を中心に都市雇用圏人口で全国第5位の規模を持つ福岡都市圏と、県下二位の人口規模を有する北九州市とともに全国第4位の規模を持つ北九州・福岡大都市圏が形成されている。多くの官公庁の行政機関や全国企業の支社などが置かれ、商業・業務等の高度な都市機能や広域交通機能の集積を背景に九州地方の中枢管理都市として発展してきた。人口夜間人口)は全国の市で札幌市神戸市に次いで第6位の約148万人で、昼間人口は第6位の約165万人である[2]。副都心の香椎西新は高校や大学など教育機関が集積する学生の街としても知られ、人口に占める学生の割合は大都市では京都市に次ぎ、東京23区とほぼ同率の3番目である[3]

福岡市の玄関である博多(はかた)及び博多湾は古代から大宰府の外港として発展し、渤海や支那大陸方面との貿易・交流や軍事の拠点として利用された。鎌倉時代にはモンゴル帝国による『元寇』に於ける主戦場となり、戦国時代初期頃には自治都市として繁栄していたが、末期頃には貿易による利益に注目した九州・中国地方の諸大名による侵略と支配を受け、その後豊臣秀吉の手で再び復興された。江戸時代に博多の那珂川対岸に黒田氏福岡の元となる福岡城とその城下町を整備し、「城下町・福岡」と「商人の街・博多」で分担が可能な「双子都市」が成立した。また黒田藩は博多の町人自治を認めたため、博多では豊かで気品に満ちた町人文化が育まれた。明治維新の際に福岡と博多は再編され一つの地域区分となり、行政上の名称は福岡市となった。

現在では福岡は天神(てんじん)と呼ばれ、百貨店ファッションビルが集積する九州地方の商業の中心地となっており、また博多は新幹線の駅や空港が近く、オフィス街として発展している。江戸期に那珂川中州に形成された歓楽街中洲(なかす)として全国的に有名である。

常設される屋台の数は日本一[4]で、天神・中洲・博多・長浜などで夜間に店が出て、屋台目当ての観光客も多い。

「博多」の呼称
福岡市内の試験会場名や支店名に博多とつけることがある。理由として、中世より現在の博多区西北部にあった街が「博多」という名前で認識されていたことや、山陽新幹線の終着駅が博多駅であることがあげられる。現在でも仕事で福岡へ出張する際、「博多に行く」とも言われるほど、博多という名前は浸透している。また、福岡と博多を合わせて福博(ふくはく)と呼ばれることもある。ただし、福岡市内において同様に「博多に行く」という表現を用いるのは、博多駅周辺に向かうという場合である。「博多区へ行く」という意味で用いられることは少ない。

[編集] 地理

鴻巣山(南区)より福岡市街地を望む

[編集] 位置

九州の北部。日本海博多湾今津湾玄界灘)に面した半月型の福岡平野の大半の部分を市域とする。北は博多湾の北辺に位置する砂州である海の中道陸繋島である志賀島、西は糸島半島の東部まで市域となっている。南・南西は脊振山地に含まれる山間部まで市域が伸びており、佐賀県に接している。ほかに有人島嶼として、博多湾上の能古島や市の西部で博多湾口付近の玄界灘上に浮かぶ玄界島、そのさらに西北部にある小呂島を市域に含んでいる。

福岡市から壱岐対馬を挟んで向かい側に朝鮮半島がある。日本の人口100万人以上の主要都市としては韓国ソウル特別市中国上海市台湾台北市に最も近い都市で、直線距離では東京特別区から約880km、大阪市から約480km、広島市から約200km、韓国の釜山広域市から約200km、ソウル特別市から約540km、中国の上海市から約890km、台湾の台北市から約1280kmの位置にある。

[編集] 地形

市域の多くは福岡平野に含まれており、一部に小高い山なども存在するものの概ね平坦である。市域西部・西南部は脊振山地の一角を成しており、標高が高く起伏の大きい地形となっている。市街地の海岸部は大半が埋立地であり、港湾・住宅などが建設されている。また、博多湾東部には人工島も建設されている(アイランドシティ)。一方、西区の大部分や東区海の中道と島嶼部などには自然海岸も残っている。また、玄界島の北方約300mに黒瀬と呼ばれる幅200m程度の岩礁が発達している。黒瀬は、新生代第四紀に活動した福岡県唯一の火山島に分類され、玄武岩で構成されている。

市内を流れる河川としては、市域中心部を流れる那珂川御笠川や市域東部を流れる多々良川、市域西部を流れる室見川などがあるが、一級河川はない。従って自主水源に乏しくたびたび大規模な渇水(例:昭和53-54年福岡市渇水)に見舞われている。

長大河川はない一方で、前述のとおり平野周辺の山地から短い河川長とやや急な勾配で博多湾に流れ込む河川はおおむね市街地を経由しているため、集中豪雨があった場合に氾濫しやすく、それが福岡平野を形成したと見られるが、現代において都市治水上の課題となっている。

[編集] 気候

福岡市
気候表(説明
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81
 
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10
 
 
54
 
13
5
気温(℃)
総降水量(mm)
出典:気象庁

地形や海流が複雑に影響しあい、温暖で夏期において多雨な太平洋側気候の一面を見せつつ、冬場においては日本海側気候の一面も見せる二面的な気候が特徴である。年平均気温は概ね17℃前後、年間降水量は概ね1500 - 2000mm程度で推移している。なお背振山地やその麓にあたる地域はそれよりも多くなる。

夏期は九州の他地域と比べると極端な猛暑とはなりにくい。ただし、南風が九州山地や、筑紫山地を越える際に、空気中の水分が凝結し、雨を降らせ、高温で乾いた熱風となるフェーン現象により周辺部より気温が高い場合がある。福岡市は南北に河川が流れているため、内陸部などと比べて、極端に暑くなるヒートアイランド現象は起こりにくい。

冬期の気候は複雑で、の降る日も少なくは無い。

冬期の気候は北側の玄界灘を流れる暖流である対馬海流の影響を受けるので、平野部においては最低気温が零下となることは少ないが、北西からの季節風の影響を受けるため曇天の日が多い日本海側気候の特徴を見せる。冬期は北西からの季節風が吹きつけるため肌寒く、曇天の日が多く日照時間が少ない。 積雪も1~2回程度は起こる。季節風が強い為、時折暴風雪警報や大雪警報が発表されることもある。山沿いでは積雪量は多くなり、多くの道路路面凍結する。

北西からの季節風の影響で、冬季降水日数が日本海側ほどではないものの、太平洋岸気候に属する地域に比べると多くなっている。曇り空で雨と雪が多く、からに掛けては晴天日数は非常に少ない。

毎年、11月の終わりごろから4月の終わりごろにかけて、雨や雪、曇りの毎日が続き、すっきりとしない青空が望めない天気の日が長く続く。特に、12月が始まった直後から翌年の2月の終わりごろまでは、梅雨の時期のような天候が多く、洗濯物や布団屋外に干すことが難しい。緯度の割には朝晩の冷え込みは厳しく、沿岸部を除いて氷点下まで下がるのが普通である。

それでも冬から春先に掛けては雨と曇り、みぞれが非常に多い天候の影響で、鼻水花粉症の痛みなど冬の乾燥性の疾患には悩まされないことが多い。

冬から春にかけて、中国大陸から流入する黄砂に悩まされることが多い。

気象庁の統計では年間降雪日数が17日で、年によってばらつきも大きいが積雪することもある(佐賀市鹿児島市と並び九州の県庁所在地の中では積雪量が多い。以上1971 - 2000年の平均値より)。

年間日照時間は概ね1800 - 1900時間程度にとどまっており、九州の他地域に比べてやや短い。

[編集] 行政区

以下の7つので構成される(自治体コード順)。

当初は5区だったが、1982年、西区から城南区・早良区が分区された。

[編集] 市街地構成

シーサイドももち
福岡タワーより南東を望む(2008年8月20日撮影)

市の中央部にある天神地区(中央区)が市の中心部で、ここには数多くのデパートやビルが建ち並んでいる。天神から那珂川を挟んだ東隣には那珂川の本流と支流(博多川)に挟まれた中州地形部分があるが、そこが九州最大の歓楽街である中洲である。そのさらに東隣は「博多」の市街地である。その博多市街地の南東に博多駅が位置している。中洲から博多駅の間の一帯はオフィスビルやビジネスホテルなどが建ち並ぶビジネス街である。天神地区の西および西南に位置する大名、今泉、警固では、1990年代後半ごろから主に若者をターゲットとした店舗が増え、若者の町として急速に発展している。

大名から西へ行くと福岡城跡がある。さらに西方、天神から約4kmの位置には、福岡市の副都心を成す繁華街の西新(早良区)がある。西新の北側は1980年代に埋立により開発された土地で、シーサイドももちと呼ばれ、当時として新しい市街地が形成されている。

市域東部の博多湾沖には福岡アイランドシティ(東区)と呼ばれる人工島が建設されている。現在は港湾地区の一部と住宅地の一部が竣工している。ほか、市東部のJR鹿児島本線・西鉄貝塚線沿線においては2000年前後からJR施設跡地利用や連続立体交差化事業が進んでいる。以前から東部の副都心とされる香椎駅西鉄香椎駅周辺の香椎地区(東区)と、新興の再開発地区として千早地区(東区)[5]との間、および箱崎(東区)地区と吉塚地区(博多区)との間で連続立体交差化事業、およびこれらの駅周辺再開発事業、都市計画道路整備事業が進んでいる。

このほか、駅周辺再開発事業により、福岡市地下鉄姪浜駅周辺の姪浜地区(西区)に新興の商業地が、西鉄大橋駅周辺の大橋地区(南区)にも既存商業地が、それぞれ発達している。

また、街路は、新しく建設された主要幹線道路においては無電柱化、街路樹の整備が促進されている[6]

さらに都市景観上の大きな特徴として、中心部に超高層ビルが存在しないことが挙げられる。これは、中心部の至近距離に福岡空港が存在し、航空法の制限表面によりビルに高さ規制が掛かっているためで、博多駅地区では60メートル、天神地区でも70メートル程度までが限度となっている。(福岡空港#空港が抱える問題点参照)

[編集] 「福岡」と「博多」

都市名は「福岡」であるが、「福岡」を称する市の中心駅名は、西鉄西鉄福岡(天神)駅(旧名称は「西鉄福岡」)のみで、JRは「博多」を用いている。[7]

福岡は福岡藩黒田氏の「武家町」、博多は古来から国際貿易港としての「商人町」として栄えた歴史があり、那珂川を境として福岡と博多は元々は別々の都市であった。市制施行の際に一悶着があったが、都市名を福岡、中央駅名を博多にすることで合意(詳しくは歴史で後述)。新幹線開通時は博多が玄関口となり、博多の知名度が大きく上回ったが、今日では城下町のはずれに位置した天神地区の台頭もあり、かつての「福岡」が商業の街、「博多」がビジネス街となった。こうしたことから「博多」より「福岡」という名称で呼ばれることが多くなり、博多は都市内の一地区名でしか用いられないことが多くなった。

ただし、現在の中心部の天神地区の繁華街としての発展は、戦後旧博多部から現在の新天町に移った『博多商人』の力なくしてはあり得ない。ことに明治時代、時の博多豪商「渡辺与八郎」の尽力により、他の都市に遅れを取っていた市内電車の導入を果たし、当時多くを所有していた天神町付近(現在の天神)の土地を福岡市に寄付し、福岡市の発展に力を注いだ。そしてその功績を称え、福岡市の中心部を南北に貫く目抜き通りは「渡辺通り」と称している。

近年の福岡博多地区は武家町・商人町を区別する色合いは薄くなり、双方を包含して九州全体の経済・文化等の中心的機能を担う役割が一層高まっている。

[編集] 隣接する自治体

以下の各市町に隣接している。括弧内は、その市町が隣接している福岡市の行政区。

福岡県
佐賀県

隣接市町のうち、福岡県に属している市町は、いずれも福岡市のベッドタウンとして発達している。しかし、佐賀県に属している隣接市町は福岡市とは脊振山地によって隔てられており、ベッドタウンとして発展するには至っていない。なお福岡都市圏に属している鳥栖市基山町みやき町は福岡市隣接市町ではない。

2005年10月1日に佐賀県内の佐賀市と、かつて福岡市に隣接していた佐賀郡富士町神埼郡三瀬村が合併し、新市制による佐賀市が誕生したことで、県境を挟んで県庁所在地同士が接することになった。但し、福岡市と佐賀市の中心部は直線距離で50kmほど離れている。

海を挟んだ長崎県壱岐市対馬市とも隣接扱いされる事もある。電話料金は離島特例として隣接扱いである。

[編集] 人口

Demography40130.svg
福岡市と全国の年齢別人口分布(2005年) 福岡市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 福岡市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
福岡市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 871,717人
1975年 1,002,201人
1980年 1,088,588人
1985年 1,160,440人
1990年 1,237,062人
1995年 1,284,795人
2000年 1,341,470人
2005年 1,401,279人
2010年 1,463,826人
総務省統計局 / 国勢調査

九州大学をはじめ教育機関が集中しているため、福岡県の中でも20代の人口が多いのが特徴。また、断続的な人口流入に伴い市民の平均年齢も比較的若い状態が続いている。

[編集] 歴史

[編集] 原始

諸岡遺跡(博多区)や吉武遺跡(西区)から旧石器が出土しており、旧石器時代には既に人々が住み着いていたと考えられる[誰?]

縄文時代の遺跡としては、糸島半島東部の大原D遺跡(西区)で縄文時代早期の竪穴住居が見つかっているほか、柏原遺跡(南区)からは草創期から後期の土器や集石炉が見つかっている。中期の遺跡として、野多目拈渡遺跡(南区)や有田遺跡(早良区)からイチイガシなどのドングリ類の貯蔵穴がまとまって見つかっている。後期の遺跡では、元岡瓜尾貝塚、桑原飛櫛貝塚(いずれも西区)などの貝塚があり、四箇遺跡(早良区)からは多数の縄文土器や石器が出土している。

そのころの遺跡として市内の板付遺跡(博多区)がある。また志賀島(東区)で発見された金印倭奴国王印」は、1世紀頃の大陸文化との交流を示す貴重な史料である。後漢書東夷伝にある「建武中元二年(西暦57年) 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬」の記事にある印綬は、この金印のことだと考えられている。また3世紀頃の様子を記述したいわゆる魏志倭人伝の記載から、「奴国」は博多付近(後の那の津)との説が有力である。このような記録に残っているという意味では、日本で最も古い歴史を持つ都市と言える。[要出典]

ちなみにこの「魏に朝貢していた」という記録が金印の発見時にひとつの騒動を起こす。天明4年(1784年)に百姓甚兵衛により金印が発見されたとき、主として学者たちが「魏に朝貢していたとはけしからん。このようなものは鋳つぶしてしまうべきである」と強硬に主張し、一時、福岡藩の藩論もそちらに傾くのである。それを、藩校・甘棠館の学長をしていた儒学者亀井南冥が身体を張って阻止したという。

市内各地に古墳が残っており、平野部には那珂八幡古墳東光寺剣塚古墳梅林古墳今宿大塚古墳などの前方後円墳が点在し、油山などの丘陵部には油山古墳群、金武古墳群、今宿古墳群などの円墳の分布地帯がある。

[編集] 伝説時代、古代

神功皇后三韓征伐伝説がこの地には多く残る。東区香椎の香椎宮は、神功皇后が夫である仲哀天皇の神霊を祀ったところである。

奴国の後身として大和時代には「那の県」「儺県」と呼ばれており、日本書紀などにも記述が見える。

527年筑紫の君磐井の乱の後、朝廷那津官家を造らせたと日本書紀にある。(「那津の口(博多大津)に建てよ」とある)

607年小野妹子が第2回遣隋使として那の津より渡る。630年には遣唐使が渡っている。

663年百済再興を目論んで派遣した倭国援軍が、白村江の戦いにて新羅軍に大敗北を喫する。唐、新羅連合軍の報復に備えた大和朝廷は、その守りとして博多湾岸に防人を配し、水城大野城などの城砦を築く。これより後、全国から徴発された若者が防人として北部九州に配備され、故郷を遠く離れて軍務に就く辛さと哀しみを詠い、万葉集に残されている。

757年櫛田神社が開かれる。

7世紀から11世紀にかけては、国際交流が盛んになり、665年には筑紫館(つくしのむろつみ、つくしのたち)が建設され、これが後に大宰府の迎賓館となる鴻臚館(こうろかん)となった。外国からの使節の接待、遣唐使などの送別といった迎賓館としての機能に加えて、貿易事務所、検疫所的な役割も果たしていたらしい。鴻臚館遺跡は1988年に当時の平和台野球場の外野席の土盛りの下から発見され、市民を驚かせた。奈良時代は目の前が海岸であり、使節の船は沖がかりして小舟で上陸した。

なお、遣唐使廃止の建白を行った菅原道真が901年に大宰府に左遷されたとき、博多に上陸し、四十川(よんじっかわ)の清流を水鏡として自らの姿を見、そのやつれようを嘆いたという。その地に建立されたのが水鏡天満宮(すいきょう・てんまんぐう)(水鏡天神)であり、福岡市の都心・天神の地名は、この事に由来する。

806年東長寺が開かれる。

919年箱崎放生会始まる。923年、筥崎宮が開かれる。

[編集] 中世

1161年には平清盛により日本初の人工港袖の湊』が建設された。これは埋め立てにより埠頭を築いたもので、それだけの投資に見合う実利があったと考えられる。天神・博多部はまだ海の底であり、整備された港湾の沿岸部には筥崎宮住吉神社櫛田神社などの大きな寺社が立地していた。中世の寺社は貿易の重要な出資者であり、博多の冒険商人たちのスポンサーであった。

11世紀の終わりごろから、博多にはのちに「大唐街」とよばれる唐人街が形成された。異国風の建物が建ち並び、多数の外国人商人が行き交う大都市であった。この時代に博多にいた唐人商人に謝国明等がいる。宋は(日本では平安後期〜鎌倉時代)支那大陸と博多を船団を組んで盛んに往来し、日支貿易で富を築いた支那商人は、博多に居住して活発な商業活動を行い、博多の寺院とも結び、その力は中央にも及んで特に「博多綱首」と称されるに至った(「綱首」とは「船長」の意の尊称)。

博多は文化の受け入れ窓口でもあった。1195年 栄西が博多に日本初の禅寺である聖福寺を開いたが、このときも博多綱首らが物心両面の援助をしている。栄西禅師は支那からを持ち帰り喫茶の習慣を日本中に広めたことでも知られるが、「饅頭(まんじゅう)」「饂飩(うどん)」などの日本人になじみ深い食物が日本に入ってきたのもこの時期の博多を通じてであった。

室町時代を通じて博多年行司と呼ばれる12人の豪商の会議によって市政が運営され、日本史上において初めての自由都市であった。(堺は36人の会合衆によって市政が運営された)と並び貿易都市として繁栄するが、それゆえに戦国時代には戦国大名の争奪の対象となり、豊臣秀吉島津義久の戦いの際に島津軍によって焼き払われた。 九州平定後、1587年7月24日(天正15年6月19日)に筑前箱崎において豊臣秀吉バテレン追放令を発令した。

[編集] 元寇

             モンゴル帝国による元寇蒙古襲来絵詞」より

しかしその反面、他国から侵略の被害にも遭っており、869年には新羅海賊が博多湾に侵入、1019年には刀伊の入寇があり、博多は常に対外的な脅威に曝されていた。その最大の脅威は、宋を滅ぼしてユーラシア大陸のほとんどを支配した人類史上最大の帝国、モンゴル帝国である。

高麗を屈服させたモンゴル帝国クビライ日本の服属を求め、時の鎌倉幕府がこれを拒否したことから、1274年、モンゴル人・漢人・女真人・高麗人などからなる4万人のモンゴル帝国軍が襲来した(文永の役)。10月5日に対馬、10月14日に壱岐を襲撃し、平戸鷹島松浦党の本拠を全滅させたモンゴル帝国軍は、10月19日には博多湾に現れ、湾西端の今津に停泊し一部兵力を上陸させた。

10月20日(太陽暦では11月25日)、船団は東に進み百道原つづいて博多、箱崎に上陸し、激しい地上戦が展開された。これは、日本が初めて経験した「日本本土における外国軍との交戦」である。元軍は博多の街に火を放ち博多の街のほとんどが焼失した。御家人との戦いで矢を失った等の原因により元軍は一旦撤退する。

このときの経験を踏まえて幕府は博多湾岸に約20Kmにも及ぶ石築地を築いた。この史跡「元寇防塁」は現代にも残っており「防塁」という地名も存在する。そして、1281年に元軍が14万もの大軍で押し寄せてきたが、防塁で防衛力を固めた御家人は撃退に成功する(弘安の役)。

そして博多湾上に浮かんだ元軍の船団に大暴風雨が襲いかかった。船団は海の藻屑となり、この大暴風雨は神仏の加護であるとして、神風伝説が誕生することとなった。この日本を震撼させ鎌倉幕府衰亡のきっかけとなった二度の戦役を元寇と呼ぶが、元寇の恐怖の記憶は長く北部九州の民衆の中に語り継がれた。

ごく最近まで、玄界灘沿岸地方では、むずがる子どもに対して「ムクリコクリが来るぞ!」と脅していたという。ムクリ=蒙古、コクリ=高麗である。千年の時を経てなお、恐怖の記憶は引き継がれていた。[要出典]

[編集] 近世

福岡藩初代藩主・黒田長政

1587年からは九州をすべて服属させた豊臣秀吉により博多の復興がなされた。これを太閤町割と呼ぶ。交易の自由や、町人による街の自治が行われ、新たな自治都市が確立された。なお当時の博多とは、博多湾南岸の東西に渡る地域を指したものだった。このときの秀吉の意図には、文禄・慶長の役で出兵を行うにあたり、貿易都市・博多を物流の補給基地として活用しようというものがあったと思われる。

関ヶ原の合戦の後の1600年に黒田如水黒田長政親子が筑前国に入国し、その後市内中心部の那珂川から東を博多、西を福岡と呼び、そのまま定着した。黒田親子は、小早川秀秋の居城であった名島城(東区)に入城したが、名島城は博多湾に面した小高い丘の上にあるために城下町が作れなかった。そこで1601年から当時の警固村(現・中央区)福崎に新たな城・福岡城と城下町をつくった。

その際、出身地の備前国福岡(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)に由来して、城下町を福岡と命名した。黒田藩は博多のまちの自治を広く認めたため、町人の商業都市・博多と武士の行政都市・福岡が機能分担しつつ隣接するという、全国的にあまり類例のない「双子都市」が誕生した。

なお、歓楽街として有名な中洲は、博多と福岡の境界である那珂川の中州に江戸期に発達した。どちらにも属しているようで、どちらにも属さないという曖昧性が「悪所」としての歓楽街の発展に有利であったと考えられる[誰?]

江戸期を通じて福岡にはあまり華やかな歴史は残っていない。これは、鎖国政策により貿易都市としての機能を天領であった長崎(対西欧・中国貿易)と対馬府中藩(対朝鮮貿易)にすべて奪われたことが大きい。[要出典]

なお、前述のとおり、天明4年(1784年)に志賀島金印が発見されている。

[編集] 近代

その後、江戸時代から明治時代初期まで博多と福岡は共存していたが、1876年に地域区分の再編によって「福博」(ふくはく)という一つの地域区分とした。さらに1878年、郡区町村編制法の施行により福博が福岡区に改称され、「博多」を名乗る自治体は消滅した。

1889年に市町村制度の施行に伴い福岡区が市制を施行する際、市名を「博多市」にする、或いは福岡と博多を再分離する声も上がったが、いずれも実現せず、都市名は福岡市となった。市制施行のときの「名前争い」は深刻で、福岡派と博多派が互いに闇討ちをしあうという過熱ぶりであったという[要出典]。第1回市議会は「名称問題」で紛糾し、採決したところ完全に賛否同数であり、最終的に福岡部出身の議長の裁決で「福岡」と決したものである。

明治のこの時点では、「福岡」と「博多」は別の地域という概念が強く残っていた。そのためちょうど同じ頃、当時の九州鉄道会社(後に国有化)が福岡市から現在の久留米市までの鉄道を敷設する際、市の中心駅は「博多」地区にあるということで駅名は福岡駅ではなく、博多駅となった。

なお「福岡駅」の名は、福岡市中央区天神に位置する西鉄の駅が名乗り、2001年には西鉄福岡(天神)駅と駅名が変更された。なお、1972年の政令指定都市昇格に伴い、行政区として「博多区」が設置され、ここにほぼ百年ぶりに「博多」の地名が復活することとなった。

現在の福博の町は、かつて町人の商業都市として栄えた『博多』と武士の行政都市として発展した『福岡』は、『博多』をビジネス街、『福岡』を繁華街商業地と所を入れ替え、九州最大の都市としてまたアジアの玄関口として、発展をし続けている。

[編集] 年表

[編集] 原始〜近代

[編集] 近代

市制施行以後の行政区域の変遷については、「行政区域の変遷」を参照のこと。

  • 1870年 7月、福岡藩贋札事件。太政官札偽造が発覚。
  • 1871年 7月14日、廃藩置県により、福岡藩は福岡県となる。
  • 1872年 7月2日(太陽暦1871年8月17日)、黒田長知が藩知事を解任され、有栖川宮熾仁親王が就任。
    • 1月、県内を32区に区分し、福岡を第一区、博多を第二区とする。
    • 9月15日、県内を16区に再編成し、福岡を第一大区、博多を第二大区とする。
  • 1873年 6月、筑前竹槍一揆。福岡城内の県庁を打ち壊す。
  • 1876年 5月、県内を9区に再々編成し、福岡と博多を1つの区に統合し第一大区とする。
  • 1877年 3月、福岡事変。西南戦争に呼応した福岡藩士により福岡城襲撃が計画されるも失敗。
  • 1878年 11月1日、郡区町村編制法施行により福岡区とする。
  • 1889年
    • 4月1日、市制施行により、福岡区は福岡市となる。日本で最初に市制施行した市の一つ。
    • 12月11日、九州鉄道(初代)博多〜千歳川間開業により、博多駅が開業。
  • 1898年 マグニチュード6の糸島地震。福岡市西部の糸島半島付近が震源地とされ、家屋の一部に被害が発生する。
  • 1899年 8月4日、博多港開港
  • 1903年 京都帝国大学福岡医科大学(後の九州帝国大学医科大学、現在の東区内)を開設
  • 1909年 医科大学教授榊保三郎により、日本最古級のアマチュアオーケストラであるフィルハーモニー会(現在の九大フィルハーモニー会の前身)設立。
    • 10月 市章を制定する。[8]
  • 1910年 3月9日、市内電車の福博電気軌道が開通(のちの西鉄福岡市内線
  • 1911年
    • 1月1日 九州帝国大学(現・九州大学)創立。分科大学としてと工科大学を設置。
    • 4月1日 京都帝国大学から福岡医科大学が移管され、九州帝国大学医科大学となる。
    • 10月2日、市内電車の博多電気軌道が開通(のちの西鉄福岡市内線)。
  • 1923年 3月、曲淵ダムと平尾浄水場(現福岡市動植物園の植物園地区)が完成し、上水道による給水を開始。
  • 1924年 4月12日、九州鉄道(二代目。現在の西鉄天神大牟田線)が開業。
  • 1927年 3月25日〜5月23日、東亜勧業博覧会開催。
  • 1929年 福岡〜大阪〜東京の定期旅客航空便が開設。旧入船町(現在の中央区内)の日本航空の水上機発着場を使用
  • 1930年 名島水上飛行場(福岡飛行場、現在の東区内)が開場。福岡〜大阪間は35円
  • 1931年 9月、チャールズ・リンドバーグが名島水上飛行場に来場
  • 1933年 人口が熊本市を抜き、九州最大となる(1963年、新しく発足した北九州市に一旦九州一の座を明け渡した)。
  • 1936年 雁ノ巣飛行場(福岡第一飛行場、現在の東区雁ノ巣レクレーションセンターのあたり、当時は糟屋郡和白村)が日本初の国際空港として開場。名島水上飛行場(福岡飛行場)は福岡第二飛行場と改名
  • 1937年 5月28日、ヘレン・ケラー来訪。西南学院福岡女学院および福岡聾学校を訪問
  • 1945年
    • 5月、陸軍席田(むしろだ)飛行場(現在の福岡空港)開場。
    • 6月19日、福岡大空襲。米軍機による大規模夜間爆撃により死者902人を出した。

[編集] 現代(戦後)

1945年

[編集] 現代(21世紀)

[編集] 発祥

福岡市が発祥の地とされる事象には、東アジア地域との文化交流や貿易によってもたらされたものが多い。

  • 日本における稲作農業の発祥の地
板付遺跡(博多区)から水田稲作の跡が発見されている。研究者によって異なるが、縄文時代晩期後半から弥生時代早期前半のものとされている。
なお、佐賀県唐津市菜畑遺跡からも同時期の水田遺構が見つかっている。
  • 日本における禅宗の発祥の地
  • 日本におけるの発祥の地
1191年(建久2年)、栄西が中国から帰国後に禅宗を布教。その帰国時に茶の種を持ち込み日本で栽培を始めたとされる。
なお、日本で初めて茶の栽培を行った地は佐賀県神埼郡吉野ヶ里町霊仙寺脊振山中腹)と言われている。
どちらも鎌倉時代初期、中国に留学していた禅僧、円爾が帰国後に持ち込んだといわれる。
  • 日本における饅頭発祥の地
1241年(仁治2年)、円爾が立ち寄った博多の茶店の主人、栗波吉右衛門に教えたのが最初とされる。
1921年(大正10年)、福岡女学院中学校・高等学校が採用。

[編集] 行政

[編集] 行政区域の変遷

市町村制施行以後。

[編集] 歴代市長

氏名 就任年月日 退任年月日
山中立木 1889年5月27日 1892年11月26日
2 磯野七平 1893年1月11日 1894年12月7日
3 奥山亨 1895年5月21日 1899年7月3日
4 松下直美 1899年8月21日 1905年8月20日
5-6 佐藤平太郎 1905年9月23日 1914年7月6日
7 井手佐三郎 1914年11月28日 1918年11月27日
8-9 久世庸夫 1919年3月24日 1924年5月29日
10 立花小一郎 1924年8月23日 1925年8月17日
11 時実秋穂 1926年3月10日 1930年3月9日
12-13 久世庸夫 1930年6月17日 1938年1月21日
14 河内卯兵衛 1938年4月6日 1938年8月9日
15-16 畑山四男美 1939年1月7日 1946年5月18日
17 三好弥六 1946年8月14日 1947年3月28日
18(以後、公選) 三好弥六 1947年4月5日 1951年4月4日
19-20 小西春雄 1951年4月23日 1956年7月31日
21 奥村茂敏 1956年9月17日 1960年9月16日
22-24 阿部源蔵 1960年9月17日 1972年9月16日
25-28 進藤一馬 1972年9月16日 1986年11月8日
29-31 桑原敬一 1986年12月7日 1998年12月6日
32-33 山崎広太郎 1998年12月7日 2006年12月6日
34 吉田宏 2006年12月7日 2010年12月6日
35 高島宗一郎 2010年12月7日 (現職)

[編集] 市議会

  • 条例議員定数:62人(法定上限議員定数:72人)
  • 任期:2015年5月1日
  • 各区別議席数
    • 東区:12人
    • 博多区:9人
    • 中央区:7人
    • 南区:11人
    • 城南区:6人
    • 早良区:9人
    • 西区:8人
  • 会派別議席数
    • 自由民主党市議団:20人
    • 公明党市議団:12人
    • 民主・市民クラブ:8人
    • みらい市議団:7人
    • 日本共産党市議団:5人
    • みんなの党市議団:5人
    • 社民・市政クラブ市議団:3人
    • 無所属:2人


[編集] 地方公営企業

  • 福岡市交通局(地下鉄を運営)※バスは民間各社による運営である(下記「交通」を参照)
  • 福岡市水道局

[編集] 国政

[編集] 主な国の行政機関


[編集] 司法

[編集] 経済・産業

福岡市の博多湾地域は、古来から、大宰府外港として日本の外交貿易の窓口となり、時代が変わっても商人や有力者の本拠地となってきた。自然の良港であるため、悪天候時の船溜まりとしての機能もあったが、壱岐島対馬伝いでの朝鮮半島南部との国際貿易ルートを結ぶ重要中継貿易港の一つであった。

第二次世界大戦後は全国総合開発計画によって九州全体を管轄する政府の出先機関が集中して、地方行政拠点都市としての道を歩んだ。行政機能が集中するに従って民間の事業所なども集まり、九州を代表する商業・業務都市となっている。

近年は中国や韓国の企業が日本進出の足がかりとして、福岡市へ進出する例も散見される。このような動きを評価して、米国の雑誌ニューズウィーク誌2006年7月号は「世界で最もホットな10都市」に福岡市を選出した。

  • 卸売業販売額:九州内シェア45%(1999年商業統計調査)
  • 預金残高:九州内シェア36%(2000年度末福岡市統計書・金融経済統計)
  • 人口千人あたりの学生数:政令指定都市中第2位(2000年国勢調査及び学校基本調査)
  • 福岡空港利用客数:全国第3位(2001年福岡市総務企画局調べ)
  • 博多港の外航旅客者数(釜山行の高速船航路):全国第1位(1993年以降連続)
  • 博多港コンテナ取扱個数:全国第6位、九州第1位(2001年福岡市港湾局調べ)

外食産業のロイヤル、総合スーパーのユニードダイエーに吸収合併)、家電小売のベスト電器など、物販やサービスの分野で新しい産業を生み出す土地柄である。しかし一方で、大手企業の九州支社・九州営業所・九州支店に依存する「支店経済都市」としての側面も強い。福岡市内の民営事業所のうち市外に本社を持つ事業所は全体の35%(2001年)を占めて、高い水準にある。

2002年度市内総生産額は6兆5642億5200万円。 2007年度市内総生産額は7兆1973億6100万円。札幌市を抜いて日本で第5位になる。 (一人あたり市内総生産額では東京,大阪,名古屋について大都市中4位)

[編集] 第一次産業

2002年度の第一次産業による総生産額は91億6600万円。

[編集] 農業

市内の農家戸数は3,000戸程度(2002年で3,261戸)と、他の大都市同様、農家戸数は極めて少ないが、農地面積は3,000haと、市域面積の1割弱を占める。全農地面積中、田の占める割合は約7割に及ぶ。農業形態は野菜と花卉を中心とする典型的な近郊農業の特徴を示しており、農業生産額に占める割合の半分程度を野菜が、4分の1程度を花卉が占めている。

[編集] 林業

市域南西部などにある山林で、わずかながらスギヒノキ伐採を中心とした林業が行われている。

中央区港の漁船と街並み(2008年9月19日撮影)

[編集] 漁業

[編集] 第二次産業

福岡市の産業のうち、第二次産業は市内総生産および事業所数において約10%、従業者数において約12%を占める。いずれも大都市としては低い水準にあり、市内総生産に占める第二次産業の割合は製造品出荷額は小さい(政令指定都市の中では下から2番目)。工業の中心は、都市型工業である食品加工業(食料品・飲料)や出版・印刷業などの情報関連産業が占めている[9]

福岡市では重工業があまり発達していないため、福岡市内の小学校では5年生を対象に、北九州工業地帯にある工場など(日産自動車苅田工場など)を見学する「北九州見学」という行事が行われている。

[編集] 伝統工芸品

[編集] 第三次産業

福岡市における第三次産業は市内総生産額の約95%、事業者数の約90%、従業者数の約87%を占めている。いずれの割合も政令指定都市としては最も高い水準にあり、大都市の中でも第三次産業のシェアが極めて高い都市であることを示している。特に卸売・小売業とサービス業は、それぞれ市内総生産の約4分の1を占めている。このため商業・サービス業中心の大都市としての色合いが強く出ている。

[編集] 福岡市内の主な百貨店

[編集] かつて存在した百貨店

  • 福岡松屋(中央区天神4丁目)
  • 福岡玉屋(博多区中洲3丁目、1999年閉店)
  • 博多井筒屋(博多区博多駅中央街、2007年4月1日に再開発のため立ち退き・閉店)

[編集] 公益企業

[編集] 金融機関

[編集] 本社を置く主な企業

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[編集] マスメディア

[編集] テレビ・AMラジオ局

[編集] FMラジオ局

[編集] コミュニティ放送局

  • いずれの2局も廃局(2011年現在)。

[編集] 日刊新聞

ブロック紙
全国紙
地方紙

[編集] 外交

[編集] 国別外国人登録数

2004年9月30日時点における福岡市の外国人登録総数は18,509人。

  • 内訳
国籍別(上位) 人数
中国 8,031 (43.4%)
韓国北朝鮮 6,387 (34.5%)
フィリピン 863 (4.7%)
アメリカ合衆国 581 (3.1%)
イギリス 218 (1.2%)
インドネシア 202 (1.1%)
カナダ 151 (0.8%)
その他 2,076 (11.2%)


日本の他都市と同様、中国人と韓国・朝鮮人で外国人登録者総数の約8割を占める。しかし、近畿圏広島市北九州市など、西日本の大都市では韓国・朝鮮人登録者数が外国人登録者総数の半分あるいはそれ以上を占めているのに対して、福岡市では中国人登録者数が韓国・朝鮮人登録者数を上回る。

[編集] 国際交流都市

1962年10月13日姉妹都市提携
1979年5月2日姉妹都市提携
1982年11月8日姉妹都市提携
1986年6月24日姉妹都市提携
1989年3月21日姉妹都市提携
1989年10月24日行政交流都市提携、2007年2月2日姉妹都市提携に変更
1993年7月20日パートナーシップ都市提携、2005年2月8日姉妹都市提携に変更
2003年2月6日経済交流都市提携

[編集] 外国公館・施設など

[編集] 国際機関

[編集] 領事館

[編集] 名誉領事館



[編集] 貿易施設

  • 韓国の旗韓国貿易センター福岡
  • タイの旗タイ国政府貿易センター福岡
  • フランスの旗フランス大使館経済商務部福岡支部
  • 中華民国の旗台湾貿易センター福岡事務所
  • 中華人民共和国の旗中国江蘇省中小企業日本代表処
  • イタリアの旗イタリア貿易振興会福岡事務所

[編集] 観光促進施設

[編集] その他外国機関

  • アメリカ合衆国の旗福岡アメリカン・センター
  • フランスの旗九州日仏学館

[編集] 地域施設

教育施設は下記「教育」を、文化施設については下記「文化」を参照。

[編集] 警察

警察署

福岡県警察本部の管轄下、以下に示す警察署がある。カッコ内は管轄区域。交番・駐在所については各区の記事を参照。

[編集] 消防

福岡市消防局の管轄下、各区に1か所ずつ消防署がある。出張所については各区の記事参照。

[編集] 郵便

福岡中央郵便局
集配局

番号は各集配局に対応する郵便番号。カッコ内は大まかな管轄区域。なお、日本郵政公社の民営化による事業拠点集約に伴い、福岡都市圏の郵便物の集約・発送の中核拠点として、2007年5月、東区に「新福岡郵便局」(民営化後は郵便事業会社管轄、新福岡支店に移行)が開設された。その際、★印の郵便局は取集事務が廃止され配達のみを行う「配達センター」に、それ以外の郵便局は「統括センター」にそれぞれ移行し、民営化に伴い統括センター設置郵便局に郵便事業会社支店が、配達センター設置局に集配センターが置かれた。

[編集] 図書館

分館として、福岡市東図書館・福岡市和白図書館・福岡市博多図書館・福岡市博多南図書館・福岡市中央図書館・福岡市南図書館・福岡市城南図書館・福岡市早良図書館・福岡市西図書館がある。

[編集] 博物館

[編集] 主な学校

[編集] 大学

国立
県立
私立

[編集] 短期大学

私立

[編集] 高等学校・中学校・小学校

  • 市立小中学校については、各区の記事を参照。
  • 公立高等学校は福岡女子高校を除きすべて男女共学。

[編集] 県立高等学校


[編集] 市立高等学校

[編集] 私立初等・中等教育機関

男女共学校
男子校
女子校

[編集] 国立小中学校

[編集] 特別支援学校

[編集] 学校教育以外の教育施設

自動車教習所
福岡労働局長登録教習機関
登録小型船舶教習所
インターナショナルスクール

[編集] 交通

[編集] 概要

市内の公共交通
鉄道としてはJRのほか福岡市地下鉄3路線、西日本鉄道(西鉄)2路線が整備されている。西鉄天神大牟田線の市内区間は地下鉄と遜色ない頻度で運行されている。バス&ライドは大橋駅藤崎駅などでは頻度も多く機能しているが、ターミナル駅を除くその他の鉄道駅では、バス路線の接続性が悪く、運行本数は少ない。郊外から都心へ直接向かうバス路線が多く設定されており、区間によっては都市高速道路を利用する路線もあるが、都心でのバス運行本数過剰による道路渋滞も問題視されている[要出典]福岡市は地下鉄とバスが事業主体の違いから競合関係となっており、前述の例を除いて乗り継ぎ用ターミナルの未整備、乗り継ぎ運賃制度の不備など、地下鉄とバスの連携性の悪さにもつながっている[要出典]
共通乗車カードとしては、ICカードであるSUGOCAJR九州)・nimoca(西鉄)・はやかけん(地下鉄)・SuicaJR東日本)が市内の全ての電車・バスで利用可能となっている。このほか、西鉄電車・地下鉄で共通利用できるよかネットカード(2011年10月31日廃止)、JR九州線・地下鉄で共通使用できるワイワイカード(2011年10月31日廃止)や地下鉄線のみで使えるえふカードがある。
都市圏の交通
福岡都市圏への主な広域道路網は、九州自動車道、西九州自動車道、国道3号線、筑紫バイパスなどである。
鉄道は福岡市地下鉄西日本鉄道(西鉄)・JR(JR九州JR西日本)があり、西鉄・JRは近郊輸送における都市間電車・郊外電車の機能も持つ。西鉄の路線は全線が福岡県内である。
西鉄の路線のうち、天神から南へ延びる天神大牟田線は特別料金不要の特急・急行電車を運行しており筑紫地域久留米柳川などからの利便性が高い。反面、東へ延びる貝塚線は貝塚で地下鉄箱崎線と接続しているものの、相互乗り入れは行っていない。
JR九州の在来線は従来から長距離輸送を重視しており、快速・普通列車の速達性などは低く、近郊輸送や都市圏交通としての利便性は都市規模に比してあまり高くはなかったが、2011年3月の九州新幹線の全線開業に合わせたダイヤ改正で、在来線特急の減便により普通・快速列車が増発され、やや改善された。
地下鉄空港線はJR九州筑肥線との直通運転で佐賀県北部の唐津市まで乗り入れており、唐津市から乗り換えなしで天神、福岡空港へ行くことが出来る。
市南部の交通対策
昭和期の急速な都市化に伴い、市の西南部・中南部では唯一の交通機関であった道路網の整備が不十分かつ遅れたため、主要道路の渋滞の激化や生活道路への流入等の交通諸問題は大都市に見られるようなレベルにまで深刻化していた。
以前より課題であった市西南部への交通対策は、前述の地下鉄七隈線に加え、2010年時点で福岡高速5号線が7割程度、福岡外環状道路が8割程度の完成・概成をみており、整備も進んでいる。若久通り学園通り原通りなどの南北幹線が整備され、1970年代から良くなかった市南部(西南部、中南部)への道路状況は、不況、少子高齢化による交通量の減少と相まって、2010年ごろに入ってようやく改善の兆しが見えつつある。
中南部については、2000年代中ごろに地元有力国会議員の山崎拓にちなんだ地元では「山崎道路」といわれる構想(天神から薬院新川沿いに南下、平尾の小山および鴻巣山山地を2本のトンネルで抜け、寺塚・長住方面に出る)が噂されたが、ルート上にそのような都市計画道路の拡幅決定が現状されているわけでもなく、実現にも相当な長期間を要する。中南部への軌道系交通機関の整備も含め、現状は全て構想段階に止まり、具体化している有効な交通対策は現時点で存在しない。
遠隔地への連絡
航空路線・鉄道(新幹線を含む)・高速バス路線・船舶航路が整備されている。航空路線・船舶航路は日本国外へも運航している。長距離航路は立地条件の関係で外海航路のみ。内海航路となる四国・関西・関東方面へのフェリーは北九州港に発着する。博多港からの釜山行きの航路は国際旅客数日本一である。
JR九州では博多駅をハブターミナルとしており、数多くの特急電車を博多駅中心に九州内くまなく運行している。
JR山陽新幹線は、北九州との通勤用として利用されているほか、本州方面への重要な交通路として利用されている。
天神バスセンターや博多バスターミナルから高速バスが多く運行されており、このうち天神バスセンターからは九州各地への高速バス路線を多く運行している。北九州、佐賀をはじめ熊本、長崎、大分方面にも1時間に2本~4本と本数が多く利用者が多い。

[編集] 空港・港湾

福岡空港と博多港を合わせた外国人入国者数は、成田国際空港関西国際空港に次いで、外国人に対する日本の第三の玄関口となっている[10]。 また、博多港は外国航路の旅客数日本一を誇る港でもある。

  • 外国人入国者数:福岡空港 432,750人(空港計4位、2007年)博多港 287,220人(海港計1位、2007年)
  • 日本人出国者数:福岡空港 679,279人(空港計4位、2007年)博多港 134,382人(海港計1位、2007年)

利用者数・発着数増に対して設備拡張や運用の工夫を行った(第2ターミナルの建て替え、国際線地区を滑走路西側に移転し第3ターミナルを到着専用化、滑走路34へILSを設置、東方からの到着便に短距離の飛行ルートを設定など)が、滑走路が1本であるということは改善されていない。「アジアの玄関口」「九州一の都市の空港」として旅客数・発着回数とも2000年ごろまで増加を続け、以降2005年まではほぼ横ばいとなっている。九州地方の空港では、路線数・便数ともに抜きん出ている。一方で、市街地に近く東区箱崎九州大学の真上を飛行する点から騒音問題や安全面で不安視されている。

福岡市地下鉄空港線福岡空港駅から博多駅天神駅に地下鉄で1本、数分で着く。また、北部九州の他地域からの直通バスが多く運行されている。

将来の需要動向やそれへの対応策について、2005年からパブリックインボルブメントをおこなって将来像を検討している。2008年現在、将来需要は現在の空港の能力を超えるという試算のもとに、新空港建設案及び、現在地での拡張案の二案に絞って平成20年度中の一本化が図られる見通しである。

[編集] 鉄道

鹿児島本線で使われている電車(JR九州813系
天神大牟田線の特急電車(8000形
天神大牟田線の電車(3000形
地下鉄空港線・箱崎線の電車(2000形

JR線の中心駅は博多駅、西鉄の中心駅は西鉄福岡(天神)駅である。

[編集] 主要駅・乗換駅・ターミナル駅

[編集] その他の駅(抄)

貨物専用路線は除く。

JRグループ(JR九州、JR西日本)
西日本鉄道(西鉄電車)
福岡市交通局(福岡市地下鉄)※主要駅のみ掲載

[編集] すでに廃止された路線

[編集] バス路線

新カラーの西鉄バス

福岡市交通局は発足当初より地下鉄専業であり、元来福岡市において市営バスは存在していない。市内の大部分は西鉄バスによる運行で、100種類を超える系統が存在している。乗車方法はどの事業者も後乗り前降り後払いで、運賃は原則として整理券による区間制である(ただし市の中心部などに100円均一区間が存在する)。一般路線バスでは一部を除き、非接触型ICカードのnimocaはやかけんSUGOCASuicaが利用できる。

バスターミナル

[編集] 一般路線

[編集] 高速バス・特急バス

桜島号
※★は夜行。☆は夜行・昼行ともにあるもの。★☆どちらもないものは昼行のみ。
※◎は博多バスターミナルのみで乗車可。●は西鉄天神バスセンターのみで乗車可。◎●どちらもないものは博多BT・天神の双方で乗車可。
※福岡空港発着は除く。福岡空港発着路線については、福岡空港を参照。

[編集] タクシー

福岡市タクシー協会の下、第一交通産業グループ、西鉄タクシーグループ、西日本自動車、はかたタクシー、福岡昭和タクシー、ラッキータクシーなど、市内で約80社が営業している。営業は流しによる営業が主である。また福岡都市圏各市町村(宗像市福津市を除く)のタクシー事業者は福岡市内での営業が認められており、これらを合わせると実質約100社、6,000台のタクシーが福岡市内で営業している。なお逆に、福岡市内のタクシーが上記の福岡都市圏各市町村で営業することもできる。個人タクシーは福岡都市圏の登録タクシー台数の約3割を占めており、登録台数に占める割合としては全国的に見ても高水準にある。

福岡市では、市内を流す一般のタクシーは基本的には小型車(乗客4人まで乗車可)のみで、中型車(乗客5人乗車可)は博多駅や福岡空港にある専用乗り場もしくは電話予約に限られる。

一部に運賃を低運賃としている事業者もある。

[編集] 主要道路

[編集] 高速自動車国道

[編集] 有料道路

[編集] 一般国道

  • 国道3号(北九州市〜福岡市〜久留米市〜熊本市〜鹿児島市)
  • 国道201号(福岡市〜飯塚市〜田川市〜行橋市〜苅田町)
  • 国道202号(福岡市〜糸島市〜唐津市〜伊万里市〜有田町〜佐世保市〜西海市〜長崎市)
  • 国道263号(福岡市〜佐賀市)※早良・三瀬峠経由
  • 国道385号(福岡市〜那珂川町〜神埼市〜大川市〜柳川市)
  • 国道495号(北九州市〜宗像市〜福岡市)
  • 国道497号

[編集] 県道

県道については各区の項を参照。

[編集] 航路

特定重要港湾。「博多港」とは福岡市内の各港湾の総称で、実際には中央埠頭や博多埠頭など、市内各所に分散している。
ニューかめりあ号
ヴィーナスとベイサイドプレイスの商業施設
福岡市営渡船「きんいん3号」

下記航路は旅客航路のみ掲載。

[編集] 国際航路

[編集] 国内(福岡市外)航路

[編集] 市内航路

[編集] 観光・文化

天神地区
キャナルシティ博多
中洲の清流公園の屋台街

[編集] 主な街

[編集] 観光地

JR博多シティ

[編集] 主な通り名称

[編集] 図書館

福岡市総合図書館
福岡市博物館(2008年8月20日撮影)
マリンワールド海ノ中道
  • 福岡県立図書館(東区)
  • 福岡市総合図書館・福岡市点字図書館(福岡市総合図書館内)(早良区)

※この他、各区にも市民センター併設の小規模図書館・図書室がある。

[編集] 博物館・美術館など

[編集] 神社

[編集] 祭事・催事

※スポーツ大会は別記。

[編集] 郷土料理・土産菓子

[編集] その他

[編集] スポーツ

[編集] プロスポーツチーム・社会人スポーツチーム

福岡YAHOO!JAPANドーム(2008年8月20日撮影)
本拠地は一軍が福岡YAHOO!JAPANドーム、二軍が雁ノ巣球場
本拠地は特に定めていなかった。2010年度よりリーグ戦参加を休止している。
本拠地はレベルファイブスタジアム、練習場は雁ノ巣レクリエーションセンター競技場
本拠地は赤間グローバルアリーナ宗像市)、準本拠地は東平尾公園博多の森球技場、練習場はサニックス玄海グラウンド(宗像市)
本拠地・練習場はさわやかスポーツ広場(福岡市東区香椎浜)
本拠地・練習場は九電香椎競技場(福岡市東区松香台)
以前JBLスーパーリーグに所属する「福岡レッドファルコンズ」というチームがあったが資金難からリーグ脱退に至った。bjリーグに鞍替えするという噂もあったが諸事情で結局解散。その後、一部の選手が参加して新たなチームが発足してbjリーグに2007年から参戦している。
本拠地は隣の春日市だが、東平尾公園博多の森球技場でも試合を行うほか、同球技場で開催されるアビスパ福岡主催試合では所属選手がボールガールを務める。

[編集] 福岡市で毎年開催されるスポーツ大会

[編集] 過去に開催された国際スポーツ大会

[編集] 名誉市民

[編集] 福岡市出身の有名人

ボールド体(この字体)は故人。福岡市に合併された町村の出身者も含む。

[編集] 近現代以前の人物

[編集] 政官界


[編集] 経済界

[編集] 学界

[編集] 芸能・マスコミ

俳優


タレント
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[編集] 福岡市を舞台とした作品

実際に福岡市で撮影が行われていないものを含み、福岡市で撮影を行っていても設定上、福岡市が舞台になっていないものは含めない。

漫画アニメ
テレビドラマ
小説
映画
天神付近がラドンによって破壊される。
  • 点と線(1958年11月11日、東映)
  • 続社長太平記(1959年3月15日、東宝)
下着メーカー錨商事の九州支社が福岡市に設置。支社長に小林桂樹扮する大森専務が赴任。頻繁に当時の板付空港が登場する。
  • 社長漫遊記(1963年1月3日、東宝)/続社長漫遊記(1963年3月1日)
太陽ペイント九州支社が福岡市にあるという設定。支社長は三木のり平。市内の全景が映し出され、1954年から1969年に開業されていた博多帝国ホテルが登場する。
ゲームソフト
  • リフレインラブ(実際は福岡市を舞台にしているのではなく、地名や人名に福岡市に実在する地名を用いている。また背景の映像などは福岡市内の風景をモチーフにしている)

[編集] 百選

[編集] 避難場所

福岡市では大規模災害が起きた場合、福岡市の避難場所が福岡ドームと定められている。またドームに倒壊の危機が迫った場合、福岡市の最終避難場所は、地行中央公園である。

[編集] 脚注

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  1. ^ 福岡県
  2. ^ 出典:日本の市の人口順位、昼間人口は平成17年国勢調査の昼夜比×平成22年7月1日の推計人口による
  3. ^ 各都市の人口に占める学生数の割合は、京都市が9.4%(2005年度9.4%)と最も多く、東京都区部が5.8%(同5.8%)、福岡市は5.7%(同5.9%)と僅差の3番目となっており、以下、仙台市、神戸市と続く。出典:京都・東京に次いで“学生が多い”〜平成18年度学校基本調査速報〜
  4. ^ 都会生活研究プロジェクト『博多ルール』2010年2月24日発行
  5. ^ JRの旧香椎操車場跡地を利用
  6. ^ 平成17年度実績で政令都市(東京都区部を含む)のうち、東京都区部(47.9%)、広島市(23.1%)、大阪市(22.6%)に次ぐ第4位(20.4%)。出典:平成18年度達成度報告書・平成19年度業績計画書(2007.6.29) 【施策-13】無電柱化による都市景観向上
  7. ^ この他、福岡を称する駅として当市外では富山県高岡市(旧西礪波郡福岡町)にJR北陸本線福岡駅がある
  8. ^ 図典 日本の市町村章 p205
  9. ^ 広島都市圏に必要なことを考える〜札幌・仙台・広島・福岡4つの中枢都市圏の比較から〜 (国土交通省中国地方整備局、2005年)(pdfファイル)より
  10. ^ JNTO(国際観光振興機構)訪日外客数・出国日本人数(2007年確定値)(pdfファイル)20p入国港/月別 外国人正規入国者数、21p出国港/月別 日本人出国者数より

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