高橋大輔 (フィギュアスケート選手)
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| たかはし だいすけ 高橋 大輔 |
||
| 2008年世界選手権での高橋大輔 | ||
| 基本情報 | ||
|---|---|---|
| 代表国: | ||
| 生年月日: | 1986年3月16日(23歳) | |
| 出生地: | 岡山県倉敷市 | |
| 身長: | 165 cm | |
| 体重: | 59 kg | |
| コーチ: | 長光歌子 | |
| 元コーチ: | タチアナ・タラソワ 林祐輔 ニコライ・モロゾフ 服部直行 (1996-2000)[1] |
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| 振付師: | 宮本賢二(SP) パスカーレ・カメレンゴ(FP) |
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| 元振付師: | タチアナ・タラソワ リー=アン・ミラー 長光歌子 ニコライ・モロゾフ |
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| 所属クラブ: | 関西大学 | |
| ISU パーソナルベストスコア | ||
| トータルスコア: | 264.41 | 2008 四大陸選手権 |
| ショートプログラム: | 88.57 | 2008 四大陸選手権 |
| フリースケーティング: | 175.84 | 2008 四大陸選手権 |
髙橋 大輔(たかはし だいすけ、ラテン文字:Daisuke Takahashi, 1986年3月16日 - )は、日本の男性フィギュアスケート選手。2006年トリノオリンピック男子シングル日本代表。2007年世界選手権2位。2008年四大陸選手権優勝時の総合得点264.41点は、トリノオリンピック金メダリストのエフゲニー・プルシェンコを抜いて現在の採点法における歴代1位である。
目次 |
人物
岡山県倉敷市出身。4人兄弟の末っ子。血液型A型。倉敷翠松高等学校卒業、関西大学文学部総合人文学科身体運動文化専修卒業。2008年4月より関西大学大学院文学研究科総合人文学専攻身体文化専修博士前期課程に進学。JOCシンボルアスリート適用選手の1人。
本田武史、荒川静香、安藤美姫や、同世代の南里康晴、中野友加里らと仲が良い。愛称は「大ちゃん」。趣味はショッピングとカラオケ。
経歴
ジュニア時代まで
幼少時は性格的に弱く、心配した両親は高橋に様々なスポーツをやらせた。まずは少林寺拳法、野球、アイスホッケーなどを試したが、痛いことや怖いことが嫌いな高橋はどれも長続きしなかった[2]。体操は気に入ったものの、今度は岡山市内の体操教室に通うことが難しかった[3]。8歳のとき、家のすぐ近くにあるウェルサンピア倉敷(厚生年金健康福祉センター)のスケートリンクでフィギュアスケートを始める。
1999年、中学2年の夏に長光歌子と出会う。同年に初の国際大会となるトリグラフトロフィーで優勝。2001年に全国中学校大会で2連覇を達成し、全日本ジュニア選手権を制す。2002年には世界ジュニア選手権で日本男子として初めての優勝を飾った。
シニア参戦からトリノオリンピックまで
2002-2003シーズンから本格的にシニアに参戦するが、国際大会での成績は伸び悩み気味であった。1年間に渡り長光とともにアメリカ、カナダ、ロシアを訪ねて有名コーチの指導を仰いだが、成果は得られなかった。
2004-2005シーズンには、大学入学に伴う環境の変化やプレッシャー、さらにはシーズン前半のアジア選手権で右足首の神経の炎症を起こしたことでモチベーションが低下し、スケートをやめたいと思う時期もあったという[4]。その後全日本選手権では6位に沈んだことで気持ちがふっきれ[5]、年明けのユニバーシアードで優勝、四大陸選手権では3位となった。世界選手権では本田武史とともに出場したが、本田が予選演技中の怪我で途中棄権したため、翌年のトリノオリンピックの日本男子出場枠が髙橋1人の成績にかかることになった。大きなプレッシャーがかかる中、ショートプログラムまでは7位と健闘。しかし、フリースケーティングでは冒頭の4回転ジャンプ転倒を皮切りにミスを連発し、総合15位に終わる。この結果、トリノオリンピックの日本男子出場枠は僅か1枠となった。シーズン終了後にコーチ・振付師をニコライ・モロゾフに変え、フィジカル面とステップの強化に力を注ぎ始めた。
2005-2006シーズン、スケートアメリカでグランプリシリーズ初優勝を果たし、本田に続く日本人男子2人目のグランプリシリーズ優勝者となった。初めて進出したグランプリファイナルでは、日本人男子として初めて表彰台に立ち、銅メダルを獲得した。
第74回全日本選手権では、ショートプログラムで2位から逆転して初優勝を果たし、トリノオリンピックの男子シングル日本代表に選出された。なお、当初は織田信成が優勝、髙橋は2位と発表されていたが、表彰式の約1時間後に採点トラブルがあったことが発表され、競技会の優勝者が髙橋に訂正されるという出来事があった。髙橋は優勝決定後の会見で「とても複雑です。素直に喜べない。自分も(織田)信成の立場だったら、すごく悔しいと思うので…」と織田を気遣うコメントを述べている(採点トラブルの詳細は第74回全日本選手権を参照)。
トリノオリンピックでは、ショートプログラムでは5位につけたが、フリースケーティングでは最初の4回転ジャンプで転倒して9位にとどまり、総合では8位入賞となった。
世界選手権銀メダル
2006-2007シーズン、NHK杯でほぼミスのない演技をして優勝し、フリースケーティングでは1年8ヶ月ぶりに4回転ジャンプも成功させた。2季連続で進出したグランプリファイナルでは、競技直前からの体調不良による腹痛や吐き気に耐えながら最後まで滑り切り、日本人男子では過去最高の2位となった。3位には織田信成が入り、初めてグランプリファイナルの表彰台に複数の日本男子が上がることとなった。
第75回全日本選手権ではショートプログラムで首位に立ち、フリースケーティングでも4回転を含む全てのジャンプを決め、2位以下に大差をつけて全日本選手権2連覇を達成。2007年冬季ユニバーシアードでは、フリースケーティングの中盤でスケート靴の裏で固定する衣装裾部分の面ファスナーが外れて演技を中断するトラブルもありながら2連覇を果たした。
世界選手権では、ショートプログラム3位、フリースケーティング1位で、日本男子史上最高位となる銀メダルを獲得する快挙を達成した[6]。また、織田信成が7位に入ったため、翌2008年世界選手権の日本男子代表枠は最大の3枠となった。
2007-2008シーズン
2007-2008シーズンは、グランプリシリーズの初戦・スケートアメリカで優勝。2戦目のNHK杯では日本人男子としては五十嵐文男以来26年ぶりのNHK杯連覇を達成。3季連続のグランプリファイナル進出を出場ポイント1位通過で決めた。グランプリファイナルではショートプログラムでは首位に立ったが、総合では2位。
2007年12月の第76回全日本選手権ではショートプログラムで首位に立ち、フリースケーティングでは4回転ジャンプを2度成功させ、2位以下に大差をつけて全日本選手権3連覇を達成した。2008年四大陸選手権では、ショートプログラム、フリースケーティング、総合得点の全てにおいてパーソナルベストを更新して優勝。本大会のフリースケーティングでも4回転ジャンプを2度成功させ、フリースケーティングと総合得点ではISU歴代最高記録をも更新した。2008年世界選手権ではショートプログラムで3位につけたが、フリースケーティングではジャンプのミスを連発して総合4位に終わった。
2008年4月26日にモロゾフが織田信成のコーチに就任したことを発表、寝耳に水だった高橋はモロゾフと話し合った結果、「ライバル(織田)と同じコーチではできない」として契約を解除した[7]。モロゾフは、「良好な関係が崩れたのは高橋のエージェントのせいだ」としている[8]。
2008-2009シーズン
2008-2009シーズン、2008年10月末の練習中に右膝を負傷したため、出場を予定していたグランプリシリーズ中国杯を欠場[9]。その後の精密検査により右足膝の前十字靭帯と半月板を損傷していることが分かり、2008-2009シーズンの全大会の出場を断念して手術を行うことになった[10][11]。
スケート技術
ステップ
左右のバランスが取れた多彩なステップが持ち味とされる。ストレートラインステップが得意で、2005年と2006年にNHK杯では最高難度であるレベル4を獲得。サーキュラーステップでも2008年四大陸選手権でレベル4を獲得している。
ジャンプ
6種類の3回転ジャンプと4回転トウループを跳ぶことができる。とりわけ3回転アクセルは成功率も安定しており、競技外のエキシビションでも跳んでみせるほど得意としている。4回転トウループは2007-2008シーズンの1年間で安定感を増し、全日本選手権(ISU非公認)と四大陸選手権のフリースケーティングでは2度ずつ成功させた(4回転トウループ、4回転トウループ-2回転トウループ)。
スピン
男子選手には珍しいレイバックスピンを得意とする。従来はスピンを苦手としていたが、2007年のグランプリファイナル以降は以前よりレベル4を獲得することが増え、2008年世界選手権では7つのスピンのうち5つでレベル4を獲得した。
演技
音楽を的確に掴み、情感あふれる演技を持ち味とする[12]。2007-2008シーズンのSPではフィギュアでは珍しいヒップ・ホップを取り入れた演技を披露した。シーズン前にはモロゾフとともに3ヶ月間ニューヨーク・マンハッタンのダンス学校に通ったという[13][14]。
主な戦績
| 大会/年 | 1999-00 | 2000-01 | 2001-02 | 2002-03 | 2003-04 | 2004-05 | 2005-06 | 2006-07 | 2007-08 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| オリンピック | 8 | ||||||||
| 世界選手権 | 11 | 15 | 2 | 4 | |||||
| 四大陸選手権 | 13 | 6 | 3 | 1 | |||||
| 全日本選手権 | 5 | 4 | 3 | 6 | 1 | 1 | 1 | ||
| GPファイナル | 3 | 2 | 2 | ||||||
| GPNHK杯 | 8 | 3 | 1 | 1 | |||||
| GPスケートアメリカ | 1 | 1 | |||||||
| GPスケートカナダ | 7 | 2 | |||||||
| GPエリック杯 | 5 | 11 | |||||||
| GPボフロスト杯 | 11 | ||||||||
| ユニバーシアード | 1 | 1 | |||||||
| アジア大会 | 6 | ||||||||
| 世界Jr.選手権 | 1 | ||||||||
| 全日本Jr.選手権 | 3 | 4 | 1 | ||||||
| JGPファイナル | 4 | ||||||||
| JGPSBC杯 | 1 | ||||||||
| JGPソフィア杯 | 2 | ||||||||
| JGPウクライナ記念 | 8 | ||||||||
| JGPハルビン | 9 |
各大会の結果
| 2007-2008 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2008年4月20日 | ジャパンオープン2008(さいたま) | - | 4 127.23 |
団体優勝 |
| 2008年3月17日-23日 | 2008年世界フィギュアスケート選手権(ヨーテボリ) | 3 80.40 |
6 139.71 |
4 220.11 |
| 2008年2月11日-17日 | 2008年四大陸フィギュアスケート選手権(高陽) | 1 88.57 |
1 175.84 |
1 264.41 |
| 2007年12月26日-28日 | 第76回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) | 1 85.43 |
1 169.15 |
1 254.58 |
| 2007年12月13日-16日 | 2007/2008 ISUグランプリファイナル(トリノ) | 1 84.20 |
2 154.74 |
2 238.94 |
| 2007年11月29日-12月2日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(仙台) | 2 77.89 |
1 156.33 |
1 234.22 |
| 2007年10月25日-28日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(レディング) | 1 80.04 |
2 148.93 |
1 228.97 |
| 2007年10月6日-7日 | 日米対抗フィギュアスケート競技大会2007(新横浜) | - | 1 122.83 |
団体2位 |
| 2006-2007 シーズン | ||||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007年3月20日-25日 | 2007年世界フィギュアスケート選手権(東京) | 3 74.51 |
1 163.44 |
2 237.95 |
||
| 2007年1月17日-27日 | ユニバーシアード冬季競技大会(トリノ) | 1 78.90 |
1 161.58 |
1 240.61 |
||
| 2006年12月27日-29日 | 第75回全日本フィギュアスケート選手権(名古屋) | 1 85.55 |
1 170.53 |
1 256.08 |
||
| 2006年12月14日-17日 | 2006/2007 ISUグランプリファイナル(サンクトペテルブルク) | 2 79.99 |
3 144.84 |
2 224.83 |
||
| 2006年11月30日-12月3日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(長野) | 1 84.44 |
1 163.49 |
1 247.93 |
||
| 2006年11月2日-5日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ビクトリア) | 1 78.80 |
2 129.41 |
2 208.21 |
||
| 2006年10月15日 | キャンベルカップ(シンシナティ) | - | 4 116.62 |
団体2位 | ||
| 2005-2006 シーズン | ||||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2006年5月14日 | ジャパンオープン2006(さいたま) | - | 2 141.10 |
団体優勝 | ||
| 2006年2月10日-26日 | トリノオリンピック | 5 73.77 |
9 131.12 |
8 204.89 |
||
| 2005年12月23日-25日 | 第74回全日本フィギュアスケート選手権(東京) | 2 74.52 |
1 148.60 |
1 223.12 |
||
| 2005年12月16日-18日 | 2005/2006 ISUグランプリファイナル(東京) | 3 74.60 |
3 137.92 |
3 212.52 |
||
| 2005年12月1日-4日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(大阪) | 1 77.70 |
3 127.60 |
3 205.30 |
||
| 2005年10月20日-23日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(アトランティックシティ) | 1 69.10 |
1 149.44 |
1 218.54 |
||
| 2005年10月1日 | ジャパンインターナショナルチャレンジ2005(東京) | - | 2 133.57 |
2 | ||
| 2004-2005 シーズン | ||||||
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005年3月14日-20日 | 2005年世界フィギュアスケート選手権(モスクワ) | 12 30.13 |
7 72.18 |
18 108.04 |
15 210.35 |
|
| 2005年1月14日-20日 | 2005年四大陸フィギュアスケート選手権(江陵) | - | 3 68.46 |
2 123.83 |
3 192.29 |
|
| 2005年1月30日-2月3日 | 国民体育大会冬季大会(甲府) | - | 1 | 1 | 1 | |
| 2005年1月12日-22日 | ユニバーシアード冬季競技大会(インスブルック) | - | 2 | 1 | 1 | |
| 2004年12月26日-27日 | 国民体育大会予選(新横浜) | - | - | 2 | 2 | |
| 2004年12月24日-26日 | 第73回全日本フィギュアスケート選手権(新横浜) | - | 5 59.83 |
5 113.84 |
6 173.67 |
|
| 2004年11月18日-21日 | ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ) | - | 3 64.16 |
11 71.54 |
11 135.70 |
|
| 2004年10月29日-31日 | 第30回西日本フィギュアスケート選手権(広島) | - | 1 65.04 |
2 112.83 |
1 177.87 |
|
| 2003-2004 シーズン | ||||||
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2004年3月22日-28日 | 2004年世界フィギュアスケート選手権(ドルトムント) | 7 | 11 | 11 | 11 | |
| 2004年1月19日-25日 | 2004年四大陸フィギュアスケート選手権(ハミルトン) | - | 9 | 4 | 6 | |
| 2003年12月25日-26日 | 第72回全日本フィギュアスケート選手権(長野) | - | 4 | 3 | 3 | |
| 2003年11月13日-16日 | ISUグランプリシリーズ ラリック杯(パリ) | - | 2 71.31 |
5 123.31 |
5 194.62 |
|
| 2003年10月30日-11月3日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ミシサガ) | - | 5 61.81 |
7 116.99 |
7 178.80 |
|
| 2002-2003 シーズン | ||||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003年2月10日-16日 | 2003年四大陸フィギュアスケート選手権(北京) | 10 | 13 | 13 | ||
| 2003年1月25日-28日 | 国民体育大会冬季大会(前橋) | 1 | 1 | 1 | ||
| 2002年12月19日-22日 | 第71回全日本フィギュアスケート選手権(京都) | 2 | 4 | 4 | ||
| 2002年11月28日-12月1日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(京都) | 10 | 7 | 8 | ||
| 2002年11月7日-10日 | ISUグランプリシリーズ ボフロスト杯(ゲルゼンキルヒェン) | 10 | 11 | 11 | ||
| 2002年11月1日-3日 | 第28回西日本フィギュアスケート選手権(福岡) | 1 | 1 | 1 | ||
| 2002年10月5日-6日 | '02 中四国・九州フィギュアスケート選手権(福岡) | 1 | 1 | 1 | ||
| 2001-2002 シーズン | ||||||
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2002年3月3日-10日 | 2002年世界ジュニアフィギュアスケート選手権(ハーマル) | 1 | 1 | 2 | 1 | |
| 2002年1月26日-29日 | 国民体育大会冬季大会(北海道) | - | 1 | 1 | 1 | |
| 2002年1月19日-23日 | 第51回全国高校スケート競技選手権(北海道) | - | 1 | 1 | 1 | |
| 2001年12月21日-23日 | 第70回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) | - | 8 | 4 | 5 | |
| 2001年12月13日-16日 | 2001/2002 ISUジュニアグランプリファイナル(ブレッド) | - | 3 | 5 | 4 | |
| 2001年11月23日-24日 | 第70回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(東京) | - | 2 | 1 | 1 | |
| 2001年11月15日-18日 | ISUジュニアグランプリ SBC杯(長野) | - | 3 | 1 | 1 | |
| 2001年11月2日-4日 | 第18回西日本フィギュアスケートジュニア選手権(大津) | - | 1 | 1 | 1 | |
| 2001年9月29日-30日 | '01 中四国・九州フィギュアスケート選手権大会(福岡) | - | 1 | 2 | 2 | |
| 2001年9月12日-15日 | ISUジュニアグランプリ ソフィア杯(ソフィア) | - | 1 | 2 | 2 | |
| 2000-2001 シーズン | |||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 2001年2月22日-24日 | 第8回ムラドストトロフィー(ザグレブ) | 1 | 2 | 2 | |
| 2001年2月3日-6日 | 第21回全国中学校スケート・アイスホッケー大会(三沢) | 1 | - | 1 | |
| 2001年1月27日-30日 | 国民体育大会冬季大会 | 2 | 1 | 1 | |
| 2000年11月25日-26日 | 第69回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(名古屋) | 4 | 4 | 4 | |
| 2000年11月3日-5日 | 第17回西日本フィギュアスケートジュニア選手権(大阪) | 1 | 3 | 2 | |
| 2000年10月12日-15日 | ISUジュニアグランプリ ハルビン(ハルビン) | 13 | 7 | 9 | |
| 2000年9月21日-24日 | ISUジュニアグランプリ ウクライナ記念(キエフ) | 7 | 8 | 8 | |
| 1999-2000 シーズン | |||||
| 開催日 | 大会名 | クラス | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2000年3月23日-25日 | 第7回ムラドストトロフィー(ザグレブ) | ジュニア | 4 | 3 | 3 |
| 2000年2月6日-9日 | 第20回全国中学校スケート・アイスホッケー大会(岡谷) | 男子A | 1 | - | 1 |
| 1999年12月10日-12日 | 第68回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(大阪) | ジュニア | 1 | 4 | 3 |
| 1999年11月5日-7日 | 第16回西日本フィギュアスケートジュニア選手権(神戸) | ジュニア | 3 | 3 | 2 |
| 1997-1999 シーズン | |||||
| 開催日 | 大会名 | クラス | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1999年4月7日-11日 | トリグラフトロフィー(イェセニツェ) | ノービス | 1 | 1 | 1 |
| 1998年10月10日-11日 | 第2回全日本フィギュアスケートノービス選手権(東京) | ノービスA | - | 2 | 2 |
| 1998年9月25日-27日 | 1998中四国・九州フィギュアスケート選手権(福岡) | ノービスA | - | 1 | 1 |
| 1997年10月25日-26日 | 第1回全日本フィギュアスケートノービス選手権(長野) | ノービスA | - | 4 | 4 |
プログラム使用曲
| シーズン | SP | FS | EX |
|---|---|---|---|
| 2008-2009 | Eye 作曲:Coba 振付:宮本賢二 |
映画『道』より 作曲:ニーノ・ロータ 振付:パスカーレ・カメレンゴ Ocean Waves 作曲:ジョージ・ウィンストン 振付:パスカーレ・カメレンゴ |
|
| 2007-2008 | 白鳥の湖 hiphop ver.(オリジナルアレンジ) 作曲:ピョートル・チャイコフスキー 振付:ニコライ・モロゾフ |
ロミオとジュリエット 作曲:ピョートル・チャイコフスキー 振付:ニコライ・モロゾフ |
バチェラレット by ビョーク |
| 2006-2007[15] | ヴァイオリン協奏曲 作曲:ピョートル・チャイコフスキー 振付:ニコライ・モロゾフ |
ミュージカル『オペラ座の怪人』より 作曲:アンドルー・ロイド・ウェバー 振付:ニコライ・モロゾフ |
ロクサーヌのタンゴ 映画『ムーラン・ルージュ』より ボーカル:ユアン・マクレガー 振付:ニコライ・モロゾフ |
| 2005-2006[16] | ロクサーヌのタンゴ 映画『ムーラン・ルージュ』より 作曲:Craig Armstrong 振付:ニコライ・モロゾフ |
ピアノ協奏曲第2番 作曲:セルゲイ・ラフマニノフ 振付:ニコライ・モロゾフ |
ノクターン 演奏:シークレット・ガーデン 振付:髙橋大輔 |
| 2004-2005[16] | Nyah 映画『ミッション:インポッシブル2』より作曲:ハンス・ジマー
剣の舞 作曲:アラム・ハチャトゥリアン [16] |
アランフエス協奏曲 作曲:ホアキン・ロドリーゴ[16] |
ノクターン by シークレット・ガーデン |
| 2003-2004 | Nyah 映画『ミッション:インポッシブル2』より 作曲:ハンス・ジマー[16] |
パガニーニの主題による変奏曲 作曲:アンドルー・ロイド・ウェバー +パガニーニの主題による狂詩曲 作曲:セルゲイ・ラフマニノフ[16] |
砂漠のバラ by Sting |
| 2002-2003 | ヒーローズ・シンフォニー 作曲:フィリップ・グラス |
映画『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』より 作曲:ジョン・ウィリアムズ |
この素晴らしき世界 by ジョーイ・ラモーン |
| 2001-2002 | ウエスト・サイド物語 作曲:レナード・バーンスタイン |
ヴァイオリン協奏曲第1番 作曲:マックス・ブルッフ[16] |
ウエスト・サイド物語 作曲:レナード・バーンスタイン |
表彰歴
- 2001年
- 日本オリンピック委員会・JOCスポーツ賞 新人賞
- 2003年
- 文部科学省・国際競技大会優秀者表彰
- 2005年
- 文部科学省・国際競技大会優秀者表彰
- 2006年
- 倉敷市スポーツ栄誉賞
- 2007年
- 文部科学省・国際競技大会優秀者表彰
- 日本オリンピック委員会・JOCスポーツ賞 特別功労賞
- 上月スポーツ賞
CM
- 大塚製薬 オロナミンC『外回り?篇』(2007年3月 - )
- エステティックTBC『TRUE BEAUTY篇』(2007年12月 - )
著書
- ボクらの時代 自分を「美しく」見せる技術(藤原竜也、中村勘太郎との共著。扶桑社、2008年) ISBN 978-4594057275
関連項目
出典
- 国際スケート連盟によるバイオグラフィー
- 八木沼純子著『日本フィギュアスケート 氷上のアーティストたち』日本経済新聞社、2005年11月
- 『Cutting Edge 2007 日本男子フィギュアスケートオフィシャルファンブック』DAI-X出版、2005年12月
- 『Cutting Edge 2007 日本男子フィギュアスケートオフィシャルファンブック』DAI-X出版、2007年1月
脚注
- ^ 『Cutting Edge 2007』p.86
- ^ 『氷上のアーティストたち』p.140、『Cutting Edge』p.7
- ^ 『Cutting Edge』p.8
- ^ 『Cutting Edge』p.4, 11、『氷上のアーティストたち』pp.145-148
- ^ 『Cutting Edge』p.6
- ^ これまでの最高位は1977年の佐野稔、2002年・2003年の本田武史の銅メダル
- ^ 2008年5月7日 日刊スポーツ フィギュア高橋がモロゾフ氏との契約解除[1]
- ^ 2008年5月25日ジャパンタイムス Morozov blames agent for breakup with Takahashi [2]
- ^ NIKKEI NETフィギュアの高橋大輔、靱帯断裂の疑い、共同通信配信記事
- ^ 「皆様へ」『 - 高橋大輔からのメッセージ』2008年11月18日更新
- ^ 高橋大今季絶望 右膝手術へ『朝日新聞』2008年11月18日付朝刊、14版、17面
- ^ 『氷上のアーティストたち』p.140
- ^ モロゾフ・コーチ「高橋の演技歴史に残す」『Yomiuri online』2007年10月30日更新、2009年5月30日閲覧
- ^ Takahashi loves the change『GOLDEN SKATE』2008年3月30日更新、2009年5月30日閲覧
- ^ 『Cutting Edge 2007』p.85
- ^ a b c d e f g 『Cutting Edge』p.89
外部リンク
| フィギュアスケート 四大陸チャンピオン – 男子シングル |
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1999: 本田武史 • 2000: エルビス・ストイコ • 2001: 李成江 • 2002: ジェフリー・バトル • 2003: 本田武史 • 2004: ジェフリー・バトル • 2005: エヴァン・ライサチェク • 2006: 織田信成 • 2007: エヴァン・ライサチェク • 2008: 高橋大輔 • 2009: パトリック・チャン |
| フィギュアスケート 全日本チャンピオン – 男子シングル |
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1929: 久保信 • 1930: 老松一吉 • 1931: 佐藤金吾 • 1932-1934: 片山敏一 • 1935: 北川静二 • 1936-1937: 片山敏一 • 1938: 神田博 • 1939-1940: 有坂隆祐 • 1946-1947: 有坂隆祐 • 1949: 酒井克巳 • 1950: 有坂隆祐 • 1952: Jack.B.Johnston • 1953: 小林正水 • 1954: 大橋和夫 • 1955: 杉田秀男 • 1956-1965: 佐藤信夫 • 1966-1968: 小塚嗣彦 • 1969-1971: 樋口豊 • 1972-1976: 佐野稔 • 1977: 五十嵐文男 • 1978: 松村充 • 1979-1981: 五十嵐文男 • 1982: 染矢慎二 • 1983-1986: 小川勝 • 1987-1988: 加納誠 • 1989: 藤井辰哉 • 1990-1992: 鍵山正和 • 1993: 及川史弘 • 1994: 天野真 • 1995-1996: 本田武史 • 1997: 田村岳斗 • 1998: 竹内洋輔 • 1999-2000: 本田武史 • 2001: 竹内洋輔 • 2002: 本田武史 • 2003: 田村岳斗 • 2004: 本田武史 • 2005-2007: 高橋大輔 • 2008: 織田信成 |
| フィギュアスケート 世界ジュニアチャンピオン – 男子シングル |
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1976: マーク・カックレル • 1977: ダニエル・ベランド • 1978: デニス・コイ • 1979: ヴィタリー・エゴロフ • 1980: アレクサンドル・ファデーエフ • 1981: ポール・ワイリー • 1982: スコット・ウィリアムズ • 1983: クリストファー・ボウマン • 1984: ヴィクトール・ペトレンコ • 1985: エリック・ラーソン • 1986: ウラジミール・ペトレンコ • 1987: ルディ・ガリンド • 1988: トッド・エルドリッジ • 1989: ヴィアチェスラフ・ザゴロドニュク • 1990: イゴール・パシケビッチ • 1991: ヴァシリー・エレメンコ • 1992: ドミトリー・ドミトレンコ • 1993: エフゲニー・プリウタ • 1994: マイケル・ワイス • 1995: イリヤ・クーリック • 1996: アレクセイ・ヤグディン • 1997: エフゲニー・プルシェンコ • 1998: デリック・デルモア • 1999: イリヤ・クリムキン • 2000: ステファン・リンデマン • 2001: ジョニー・ウィアー • 2002: 高橋大輔 • 2003: アレクサンドル・シュービン • 2004: アンドレイ・グリアゼフ • 2005: 織田信成 • 2006: 小塚崇彦 • 2007: スティーブン・キャリエール • 2008-2009: アダム・リッポン |

