タツノコプロ

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株式会社タツノコプロ
Tatsunoko Production Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
180-0006
東京都武蔵野市中町1-19-3
武蔵野YSビル2階
設立 1962年10月19日
業種 情報・通信業
事業内容 アニメーションの企画・制作および版権管理
代表者 代表取締役社長 桑原勇蔵
資本金 2,070万円(2010年3月31日時点)
発行済株式総数 41,400株
純資産 5億2,773万6千円(2010年3月31日時点)
総資産 10億5,798万8千円(2010年3月31日時点)
決算期 3月末日
主要株主 日本テレビ放送網株式会社 55.2%
株式会社タカラトミー 20%
株式会社ホリプロ 13.5%
株式会社プロダクション・アイジー 11.2%
主要子会社 タツノコ音楽出版株式会社
関係する人物 吉田龍夫(吉田竜夫・初代代表取締役)
吉田健二(2代代表取締役・初代会長)
吉田豊治(九里一平・3代代表取締役)
外部リンク http://www.tatsunoko.co.jp/
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株式会社タツノコプロ: Tatsunoko Production Co., Ltd.)は、日本アニメ制作会社日本動画協会正会員。

概要[編集]

漫画等の原作をもとにしないオリジナルアニメを得意とし、そのため作品にかかわる権利の9割以上を自社単独で保有している。1962年10月、「株式会社竜の子プロダクション」(たつのこプロダクション)として設立。2013年2月、通称として使用してきた「タツノコプロ」に商号変更。1970年代を中心に、多くの人気作品を世に出した。コーポレート・キャラクターはタツノオトシゴである。

沿革[編集]

  • 1962年(昭和37年)
    • 10月19日 - 漫画家吉田竜夫が、自身のマネージャーを務めていた弟の吉田健二らと共に「株式会社竜の子プロダクション」(以下、「タツノコプロ」)を設立。竜夫の末弟で漫画家の九里一平(本名: 吉田豊治)も、竜夫と健二に勧められるまま参加。3兄弟が代表権を持つ取締役に就任し、竜夫が社長、健二が専務、九里が常務となった。当時の所在地は東京都国分寺市。当初は吉田竜夫の漫画の版権やアシスタントの管理をするための漫画専門のプロダクションだった。創設時には、辻なおき望月三起也中城健が参加した。
  • 1964年(昭和39年)
    • タツノコプロへ東映動画からテレビアニメ制作の企画が持ち込まれ『宇宙エース』の企画が立てられるが、著作権の配分を巡って紛糾し制作開始直前に企画が中止となる。タツノコプロが原作と演出、東映動画が作画以降の作業を分担する計画であった。企画中止の後、東映動画は独自に『宇宙パトロールホッパ』を制作した[1][2]。このとき、タツノコ側からはアシスタントの原征太郎と吉田兄弟の友人の漫画家笹川ひろしが東映動画で3か月のアニメーター養成研修を受けた。
  • 1965年(昭和40年)
    • 5月 - タツノコプロ単独制作により『宇宙エース』がテレビアニメ第1作としてフジテレビ系列で放送開始。モノクロ作品。吉田兄弟、笹川ひろし、原征太郎を中心に新たに奥田誠治、坪田力蔵、西岡たかし、木下敏治、東映動画から美術の中村光毅虫プロダクションから脚本家の鳥海尽三らが加わる。その他、新聞の募集広告で約60名のスタッフが集まる。『宇宙エース』放送以後、1980年中盤までタツノコ制作の多くの作品がフジテレビ系列で放映される。
  • 1966年(昭和41年)
    • 2月 - 鳥海永行が入社、当時は文芸部がなかったため演出部に所属。
  • 1967年(昭和42年)
  • 1973年(昭和48年)
  • 1975年(昭和50年)
  • 1977年(昭和52年)
    • 3月7日 - 子会社のアニメフレンドを設立。
    • 9月5日 - 吉田竜夫社長が肝臓がんのため45歳で死去。
      • 吉田竜夫が体調を崩した前後から、タツノコプロ草創期のメンバーを中心に社外への人材流出が起きる[3]
    • 9月21日 - 吉田健二取締役が第2代社長に就任。
  • 1978年(昭和53年)
    • アニメーター養成機関、タツノコアニメ技術研究所を設立。
  • 1983年(昭和58年)
  • 1985年(昭和60年)
  • 1986年(昭和61年)
  • 1987年(昭和62年)
    • 吉田健二社長が退任し、タツノコプロを退社。九里一平が第3代社長に就任。健二前社長は退任後、独自のプロダクション「遊エンターテインメント」を設立。同社でテレビアニメ『横山光輝 三国志』の制作に関わる。
    • 12月、竜の子制作分室が独立して有限会社アイジータツノコ(現: プロダクション・アイジー)が設立される。設立にあたり、タツノコプロは資本金の20%にあたる100万円を出資[4]。この資本関係は1993年(平成5年)に一旦、解消しているが[5]2010年(平成22年)には逆にプロダクション・アイジーがタツノコプロの株式を11.2%取得して資本関係が復活している。
    • 赤い光弾ジリオン』が日本アニメ大賞の「ファン大賞」(作品賞・男性キャラクター賞・女性キャラクター賞の3賞)を独占。
  • 1990年(平成2年)
    • 杉井興治率いるタツノコアニメ技術研究所が、アニメーション21結成に参加して独立。
    • 9月 - アニメフレンドを解散。
    • ロビンフッドの大冒険』の放映がNHK衛星第2テレビで開始、タツノコアニメが初めてNHKで放映される。

1990年代以降は、社外に去っていた笹川ひろし、多田喜久子らかつてのスタッフを呼び戻し、旧作のリメイクを中心に作品発表を続けた。

  • 1995年(平成7年)
    • 吉田健二前社長がタツノコプロに復帰、初代会長に就任。
  • 2000年(平成12年)
    • タイムボカンシリーズ17年ぶりの新作、『怪盗きらめきマン』がテレビ東京系で放映される。
  • 2004年(平成16年)
    • 映像作家の紀里谷和明が『新造人間キャシャーン』を自ら監督を務めて実写映画化(『CASSHERN』)。ただし、タツノコプロは原作者としてクレジットされただけで、制作には一切関与していない。
    • 3月、東京工科大学との共同プロジェクトにより制作した『Sky Kids BOOBY』が東京国際アニメフェア一般公募部門で優秀作品賞を受賞する。
  • 2005年(平成17年)
    • 3月31日 - 吉田竜夫初代社長が「東京国際アニメフェア2005 第1回特別功労賞『日本のアニメを作った20人』」を受賞。竜夫の長女・すずか(イラストレーター・デザイナーとしてタツノコプロで活動)が代理で受け取る。
    • 5月 - 創立40周年記念作品『鴉 -KARAS-』制作。
    • 6月末 - 大手玩具メーカータカラ(現: タカラトミー)が吉田家から株式の88%を取得、タカラ傘下に[注釈 2]
    • 7月1日 - 吉田健二会長と九里一平社長が退任。吉田洋子、吉田富子ら一族の役員も全員退任し、吉田家がタツノコプロの経営から離れる。成嶋弘毅専務が第4代社長に就任。
    • 7月 - 『Sky Kids BOOBY』が関西国際空港関空展望ホール(スカイビュー)のスカイミュージアム内スカイキッズルームにて関空オリジナル映像として上映される。
    • 10月2日 - 九里一平前社長が「第10回アニメーション神戸」特別賞を受賞。
  • 2006年(平成18年)
    • 3月25日 - 『鴉 -KARAS-』が「東京国際アニメフェア2006 第5回東京国際アニメアワード」オリジナルビデオ部門優秀作品賞を受賞。
    • 4月 - 『アクビガール』の放映がtvkなどのUHF局で開始。『怪盗きらめきマン』以来6年ぶりに通常の地上波テレビ放送で放映されたタツノコアニメ(単発のスペシャル番組は除く)となる。
  • 2007年(平成19年)
    • 『科学忍者隊ガッチャマン』『ヤッターマン』の実写映画化が発表される。
    • 10月 - 『ヤッターマン』が30年ぶりにリメイクされることが決定。
  • 2008年(平成20年)
  • 2009年(平成21年)
  • 2010年(平成22年)
  • 2011年(平成23年)
    • 4月 - 『C』がフジテレビ系列で放送開始され、約26年ぶりとなる同系列での新作作品となる。また、テレビ東京系列で『SKET DANCE』・『プリティーリズム・オーロラドリーム』が放送開始され、3作品がほぼ同時期に開始された。
    • 11月19日 - 創立50年の1年前を迎えたのを期に2013年11月19日までを“50周年期間”とし、様々な記念事業を行うことを発表。
  • 2012年(平成24年)
    • 4月1日 - 佐藤慶太社長が退任、田中修一郎が第6代社長に就任[7]
  • 2013年(平成25年)
  • 2014年(平成26年)
    • 1月29日 - 日本テレビ放送網がタカラトミーが保有する株式のうち、発行済み株式54.3%を取得し子会社化すると発表。タカラトミーは引き続き株式20%を保持し、提携関係を継続する[11][12]
    • 1月31日 - 田中修一郎社長が退任。桑原勇蔵が第7代社長に就任。
  • 2016年(平成28年)
    • 10月 - タイムボカンシリーズの最新作『タイムボカン24』が日本テレビ系(ytvの制作枠)で放送開始予定。同作はゲームソフトメーカーレベルファイブの企画協力およびメカ&キャラクター原案により製作。

特色[編集]

キャラクター造形[編集]

タツノコプロのアニメ企画作りはまずキャラクター作りから始まっており、タツノコプロから産まれたキャラクターは根強い人気を誇る。1992年(平成4年)にバンダイが発売した『宇宙の騎士テッカマンブレード』のプラモデル通商産業省(現:経済産業省)のグッドデザイン賞を受賞したり、2003年(平成15年)にタカラが発売したタツノコプロの歴代ヒーローをモデル化した「ミクロマン2003」が発売直後に売り切れたりしている。

元来吉田竜夫の作品は『忍者部隊月光』など、劇画タッチのアクション物として知られており、アニメーションにもその作風が発揮されていた。吉田竜夫、九里一平、天野嘉孝らの描いたアメリカンコミックを思わせるカラフルでスタイリッシュ・肉感的なキャラクターは作品の海外輸出を強く意識した結果だと言われている。1960年代の代表作である『マッハGoGoGo』はアメリカに輸出され "Speed Racer" の題で人気を博し、一部のアメリカ人がアメリカ製のアニメーションだと信じていたとの逸話も残すほどだった。アクションものとともにタツノコプロの2本柱となった笹川ひろし監督によるギャグもの『ハクション大魔王』「タイムボカンシリーズ」も根強い人気でキャラクター商品に人気があるが、こちらもアクションものと同様にデザインはバタくさく、美術設定などは日本を感じさせない無国籍風の作りとなっている。

1990年代の苦境は1970年代の人気作品を続々とリメイクする企画によって作品をリリースして凌いだ。タツノコオリジナルキャラクターにはアニメをはじめとする各種映像関連業界やコンテンツ業界の内外にもファンが多く、1973年(昭和48年)に製作された『新造人間キャシャーン』が、30年を時を経て2004年(平成16年)に『CASSHERN』の題で実写映画化され、上述の通り『科学忍者隊ガッチャマン』『ヤッターマン』も日活で実写映画化が計画され[13]、『ヤッターマン』は2009年(平成21年)3月7日に公開された。さらにアメリカでも、2005年(平成17年)に映画会社ワーナーブラザーズによって『マッハGoGoGo』が『スピード・レーサー』の名で実写映画化される動きが伝えられ、2008年(平成20年)7月5日に日本で公開が始まった。

映像[編集]

科学忍者隊ガッチャマン』では、特にハイクオリティな映像にこだわり、CGが無い時代に、セル画は1万枚を超えたこともあった。これには吉田の難しいキャラクターを描ける、宮本貞雄、須田正己二宮常雄湖川友謙といったアニメーターの力もあった。

映像の表現については、セルアニメーションにこだわらない貪欲さを見せ、実写映像を撮影あるいは、フィルムを購入して、アニメに挿入するなどした。東洋現像所(現・IMAGICA)に導入されたばかりの映像効果スキャニメイトをいち早くアニメに導入したのはタツノコプロである[14]。これは初期のCGとも評されるもので、アナログ処理による画像を変形させる効果が、『タイムボカン』シリーズのタイムトラベルシーン、1975年(昭和50年)製作の『宇宙の騎士テッカマン』のオープニング演出など、いくつかのタツノコプロ作品で使われた。1997年(平成9年)のいわゆる『ポケモンショック』で規制されるまでは、パカパカを始めとするストロボやフラッシングなどの激しい点滅による表現を多用していた。[独自研究?]

シンジケーション[編集]

テレビアニメ進出当初からフジテレビとは関係が深く、土曜日の18時30分から19時の時間帯と日曜日の18時から18時30分の時間帯は一時期タツノコアニメが独占していた。しかし1983年(昭和58年)頃から日曜18時枠の廃枠や『イタダキマン』の不振をきっかけに関係はゆるやかながら縮小していき、1985年(昭和60年)の『炎のアルペンローゼ ジュディ&ランディ』を最後に四半世紀ほどフジテレビでのアニメ放送は途絶える事になった。
2011年(平成23年)4月、フジテレビ系列のアニメ枠「ノイタミナ」枠にて約26年ぶりにフジテレビ系で新作アニメ『C』を放送。以降、日本テレビの子会社になった後も『ピンポン THE ANIMATION』・『PSYCHO PASS サイコパス2』など、ノイタミナ枠でタツノコプロが制作したアニメが放送されるようになった。

広告代理店の読売広告社(読広)の初のテレビ作品がタツノコプロの『宇宙エース』であり、以後も読広と組むことが多かった。初期には読広がタツノコプロの音響制作をし、読広の社員が予告のナレーション台本も担当[15]。多くのタイトルが読広の電波担当役員の松山貴之によって名付けられ、松山は読広退社後の1995年(平成7年)12月から1996年(平成8年)11月までタツノコプロの会長に迎えられる間柄でもあった[16]

社内体制[編集]

タツノコプロには企画から撮影まで社内のみで完結する一貫した制作体制が整っていた[17]。かつては東映動画や虫プロダクション(旧社)も同様の体制を保持していたが[18]、これらが合理化や倒産により外注化を拡大したり消滅したあとも、タツノコプロは長くこの体制を維持した。押井守は演出家の修業の上でそれが役立ったことを語っている[19]

外注プロダクションでは作画のタマ・プロダクションが貢献した[20]。後に韓国ルートを開拓し、子会社のアニメフレンドを設立した[21]

近年[いつ?]は制作本数の減少に伴い、他社と同様に、正社員を減らして作品ごとに契約スタッフを採用する形にし、スタジオ経営のスリム化を図っている。

キャラクター室
吉田竜夫社長が直轄していた独立性の高い部署。天野嘉孝、高田明美、下元明子が在籍。
企画文芸部
日活出身の脚本家、鳥海尽三が虫プロを経て移籍してきたのを契機に設立。鳥海尽三を部長に、小山高男、柳川茂らが所属した。
美術部
中村光毅が部長。美術デザイン、世界設定のみならず、メカニックデザインも行なった。大河原邦男、多田喜久子らが所属。
演出部
部長は笹川ひろし。原征太郎、鳥海永行、布川ゆうじ、押井守、真下耕一、うえだひでひと、西久保利彦らが活躍。タツノコプロでは演出が動画チェックも行なった[22]
出版部・版権部
版権管理の他、タツノコアニメのコミカライズ絵本、版権イラストを担当。天馬正人や内山まもるが在籍。
CM部
コマーシャルやPR映画などを制作。後に葦プロダクション(現・プロダクション リード)を設立する佐藤俊彦、加藤博らが在籍した。

主な作品[編集]

テレビアニメ[編集]

放映年 タイトル 備考
1965年-1966年 宇宙エース
1967年-1968年 マッハGoGoGo(第1作)
1967年-1968年 おらぁグズラだど(第1作)
1968年-1969年 ドカチン
1969年 紅三四郎
1969年-1970年 ハクション大魔王
1970年-1971年 昆虫物語 みなしごハッチ(第1作)
1970年-1972年 いなかっぺ大将
1971年-1972年 カバトット
1971年 アニメンタリー 決断 25話までを制作
1972年 樫の木モック
1972年-1974年 科学忍者隊ガッチャマン
1972年-1973年 かいけつタマゴン
1973年 けろっこデメタン
1973年-1974年 新造人間キャシャーン
1974年 昆虫物語 新みなしごハッチ
1974年-1975年 破裏拳ポリマー
ウリクペン救助隊
1974年-1976年 てんとう虫の歌
1975年 宇宙の騎士テッカマン
1975年-1976年 タイムボカン
1976年 ゴワッパー5 ゴーダム
1976年-1977年 ポールのミラクル大作戦
1977年-1979年 ヤッターマン
1977年 とびだせ!マシーン飛竜 共同制作:東映
1977年-1978年 一発貫太くん
風船少女テンプルちゃん
1978年-1979年 科学忍者隊ガッチャマンII
1979年-1980年 ゼンダマン
1979年-1981年 闘士ゴーディアン
1979年-1980年 科学忍者隊ガッチャマンF
1980年 森の陽気な小人たちベルフィーとリルビット
1980年-1981年 タイムパトロール隊オタスケマン
とんでも戦士ムテキング
1981年 海底大戦争 愛の20000マイル
1981年-1982年 ヤットデタマン
ダッシュ勝平
ゴールドライタン
アニメ親子劇場
1982年-1983年 逆転イッパツマン
トンデラハウスの大冒険
超時空要塞マクロス 共同制作:アニメフレンド
1983年 イタダキマン
パソコントラベル探偵団
機甲創世記モスピーダ
未来警察ウラシマン
1984年 OKAWARI-BOY スターザンS
超時空騎団サザンクロス
1984年-1985年 よろしくメカドック
1985年 炎のアルペンローゼ ジュディ&ランディ
1985年-1986年 昭和アホ草紙あかぬけ一番!
1986年 光の伝説
1986年-1987年 ドテラマン
1987年 赤い光弾ジリオン
1987年-1988年 おらぁグズラだど(リメイク版)
1989年-1990年 天空戦記シュラト
たいむとらぶるトンデケマン! 制作協力、元請:葦プロダクション
昆虫物語 みなしごハッチ(リメイク版)
1990年-1991年 キャッ党忍伝てやんでえ
1990年-1992年 ロビンフッドの大冒険 第1期:1990年-1991年/第2期:1992年
1991年-1992年 太陽の勇者ファイバード 制作協力、元請:サンライズ
1992年-1993年 宇宙の騎士テッカマンブレード
1993年 無責任艦長タイラー
1994年-1995年 白雪姫の伝説
1995年-1996年 新世紀エヴァンゲリオン 共同制作:ガイナックス
ドッカン!ロボ天どん
1996年 シンデレラ物語
1997年 マッハGoGoGo(リメイク版)
1998年 ジェネレイターガウル
時空転抄ナスカ 制作協力、元請:ラディクス
1999年 世紀末伝説ワンダフルタツノコランド 円盤星人UBO[23]
アークザラッド 各話制作協力、元請:ビィートレイン
2000年 タイムボカン2000 怪盗きらめきマン
2001年 The Soul Taker 〜魂狩〜
2001年-2002年 よばれてとびでて!アクビちゃん
2003年 THE ビッグオー second season 各話制作協力、元請:サンライズ
フルメタル・パニック? ふもっふ 各話制作協力、元請:京都アニメーション
2004年 絢爛舞踏祭 ザ・マーズ・デイブレイク 各話制作協力、元請:ボンズ
ビューティフル ジョー 各話制作協力、元請:グループ・タック
2007年 モノノ怪 各話制作協力、元請:東映アニメーション
2008年-2009年 ヤッターマン(第2作)
キャシャーン Sins 企画・製作・各話制作協力、元請:マッドハウス
2009年 メタルファイト ベイブレード 制作協力:SynergySP
空中ブランコ 各話制作協力、元請:東映アニメーション
2009年-2010年 テガミバチ 各話制作協力、元請:ぴえろ
2010年-2011年 テガミバチ REVERSE
2011年-2012年 SKET DANCE
プリティーリズム・オーロラドリーム
2011年 C
2012年-2013年 プリティーリズム・ディアマイフューチャー 共同制作:DONGWOO ANIMATION
2013年 みなみけ ただいま 各話制作協力、元請:フィール
D.C.III 〜ダ・カーポIII〜 各話制作協力、元請:風見学園公式動画部
プリティーリズム・レインボーライブ 共同制作:DONGWOO ANIMATION
波打際のむろみさん
ガッチャマン クラウズ
夜桜四重奏 〜ハナノウタ〜
2014年 Wake Up, Girls! 共同制作:Ordet
PSYCHO-PASS サイコパス新編集版 新編集版の新規カット追加部分のみ
PSYCHO-PASS サイコパス 2
ピンポン THE ANIMATION
プリパラ 共同制作:DONGWOO ANIMATION
憑物語 各話制作協力、元請:シャフト
2015年 夜ノヤッターマン
ガッチャマン クラウズ インサイト
2016年 ナースウィッチ小麦ちゃんR
タイムボカン24 企画協力・キャラクター&メカ原案:レベルファイブ

OVA[編集]

発売年 タイトル 備考
1989年-1990年 紅い牙 制作協力、元請:虫プロダクション
天空戦記シュラト 天空界メモリアルズ
1991年 天空戦記シュラト 創世への暗闘
1993年 新造人間キャシャーン(OVA版)
1994年 科学忍者隊ガッチャマン(OVA版)
1993年-1994年 タイムボカン王道復古
1994年-1995年 宇宙の騎士テッカマンブレードII
1996年-1997年 新・破裏拳ポリマー
1999年-2000年 サクラ大戦 轟華絢爛 各話制作協力、元請:ラディクス
2002年-2004年 ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて 共同制作:2話まで京都アニメーション
2004年-2005年 ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルてZ
2005年 鴉 -KARAS-
2010年-2011年 怪物王女
夜桜四重奏 〜ホシノウミ〜 共同制作:パープルカウスタジオジャパン
2012年 君のいる町
一発必中!! デバンダー
2013年-2014年 参乗合体 トランスフォーマーGo!

アニメ映画[編集]

公開 タイトル
1978年 科学忍者隊ガッチャマン(映画版)
1979年 怪盗ルパン813の謎
1984年 地球物語 テレパス2500
2009年8月22日 ヤッターマン 新ヤッターメカ大集合! オモチャの国で大決戦だコロン!
2010年7月31日 昆虫物語 みつばちハッチ〜勇気のメロディ〜
2014年3月8日 劇場版 プリティーリズム・オールスターセレクション プリズムショー☆ベストテン
2015年3月7日 劇場版 プリパラ み〜んなあつまれ!プリズム☆ツアーズ
2016年1月9日 KING OF PRISM by PrettyRhythm

ビデオゲーム[編集]

発売年 タイトル 担当
1995年 ときめきメモリアル 〜forever with you〜 オープニングアニメーション
2000年 タツノコファイト ノンテロップOPアニメ提供
2003年 半熟英雄対3D デモアニメーション
2004年 ToHeart2 オープニングアニメーション
Fate/stay night
テイルズ オブ リバース アニメーション制作協力
2005年 半熟英雄4 7人の半熟英雄 デモアニメーション
2007年 Fate/stay night[Realta Nua] オープニングアニメーション

パイロットフィルム[編集]

  • スカイファイターZ
  • ゴーケツあかんべえ
  • かぐや姫

1990年代にタツノコ作品のLD-BOXの購入特典として配布された非売品LD「タツノコ秘蔵パイロットフィルム集」には上記3作品の映像が収録されている。

その他[編集]

他社主導作品の共同制作[編集]

タツノコプロは『超時空要塞マクロス』、『無責任艦長タイラー』、『新世紀エヴァンゲリオン』、『電脳コイル』などの制作にも携わった。しかし、これらの作品は外部企画による作品であり、あくまでも協力的立場での参加しただけで自社単独で権利を保有していないため、自社ウェブサイト上の作品リストには著作権を持つ『超時空要塞マクロス』を除き、掲載されていない。また、『メタルファイト ベイブレード』のようにタツノコプロが実制作に携わっていても、自社ウェブサイト上の作品リストには掲載されていない作品がある。

出身者[編集]

タツノコプロOBが独立して設立した会社[編集]

解散した会社[編集]

  • アートミック(鈴木敏充) - 1997年に倒産あと解散。作品の版権の多くはAICに引き取られた。
  • グリーン・ボックス(佐藤光雄) - 1982年に倒産あと解散。
  • RADIX(植田もとき) - 2006年10月1日に合併あと解散。後子会社は2007年2月1日に同一グループ内の会社と合併。作品の版権の多くは2011年設立したゼロジーが2012年に引き取られた。

関連文献[編集]

  • 岩切徹「漫画家九里一平 アニメ界のモックは何処へ」『AERA』2005年10月17日号、朝日新聞社
  • 笹川ひろし『ぶたもおだてりゃ木にのぼる 私のマンガ道とアニメ道』ワニブックス、2000年、ISBN 4-8470-1358-1
  • 但馬オサム『世界の子供たちに夢を 〜タツノコプロ創始者 天才・吉田竜夫の軌跡〜』メディアックス、2013年
  • 原口正宏・赤星政尚・長尾けんじ『タツノコプロ・インサイダーズ』講談社、2002年、ISBN 4-06-330179-6

注釈[編集]

  1. ^ その後も再放送やバラエティ番組のスペシャルでタツノコプロ作品の映像が扱われることはある。1986年(昭和61年)から1987年(昭和62年)にかけてフジテレビで放送された『あんみつ姫』はスタジオぴえろ制作でありタツノコ作品ではないが、タツノコプロの企画協力作品である。また、『ひらけ!ポンキッキ』のキャラクター・ガチャピンと『科学忍者隊ガッチャマン』とのコラボ企画『科学忍者隊ガッチャピン』もある。
  2. ^ 本数こそ減少したものの、タカラの傘下になった後もタツノコはバンダイなどの他社メーカーをスポンサーにした作品を世に出している。
  3. ^ 厳密には出身ではないが、『天空戦記シュラト』でぶらざあのっぽから出向し、文芸担当の契約社員として在籍。

出典[編集]

  1. ^ 『季刊ファントーシュ』7号、1977年、p.11。吉田竜夫インタビュー。
  2. ^ 津堅信之『テレビアニメ夜明け前 知られざる関西圏アニメーション興亡史』ナカニシヤ出版、2012年、p.156
  3. ^ 笹川ひろし『ぶたもおだてりゃ木にのぼる 私のマンガ道とアニメ道』ワニブックス、2000年、pp.222-223
  4. ^ 梶山寿子『雑草魂 石川光久 アニメビジネスを買えた男』日経BP社、2006年、p.101
  5. ^ 小黒祐一郎「この人に話を聞きたい 第六十九回 石川光久」『アニメージュ』徳間書店、2004年1月号
  6. ^ 株式会社竜の子プロダクションの株式取得に関するお知らせ IG Port ニュースリリース、2010年6月5日閲覧。
  7. ^ タツノコプロ 新社長に田中修一郎氏 タカラトミー発表 アニメ!アニメ!ビズ 2012年2月27日
  8. ^ 2013.2.13 当社株主の異動に関するお知らせ 竜の子プロダクション公式サイト内 2013年2月13日
  9. ^ 第七回声優アワード受賞者一覧 2013年3月1日閲覧。
  10. ^ 竜の子プロダクション、商号変更で株式会社タツノコプロに アニメ!アニメ!ビズ 2013年3月18日
  11. ^ 株式会社タツノコプロの子会社化,日本テレビ放送網,2014年1月29日
  12. ^ 子会社の異動(株式譲渡)に関するお知らせ,タカラトミー,2014年1月29日
  13. ^ 日活、タツノコプロの人気アニメーション 『ヤッターマン』と『科学忍者隊ガッチャマン』の実写映画化決定 日活株式会社 ニュースリリース 2007年4月10日付 2011年11月11日閲覧。
  14. ^ 笹川ひろし『ぶたもおだてりゃ木にのぼる 私のマンガ道とアニメ道』ワニブックス、2000年、pp.135-136
  15. ^ 原口正宏、長尾けんじ、赤星政尚『タツノコプロ・インサイダーズ』講談社、2002年、pp.200-202。木村実、大野実インタビュー
  16. ^ 原口正宏、長尾けんじ、赤星政尚『タツノコプロ・インサイダーズ』講談社、2002年、pp.196-197。松山貫之インタビュー
  17. ^ Web現代「ガンダム者」取材班『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』講談社、2002年、p.194。大河原邦男インタビュー。
  18. ^ 豊田有恒『日本SFアニメ創世記 虫プロ、そしてTBS漫画ルーム』、TBSブリタニカ、2000年、p.104
  19. ^ 押井守監督が語る日本アニメーションの「あの頃」と「これから」”. 京都精華大学. 2016年8月12日閲覧。
  20. ^ 原口正宏、長尾けんじ、赤星政尚『タツノコプロ・インサイダーズ』講談社、2002年、p.5
  21. ^ 原口正宏「押井守検証インタビュー」『前略、押井守様。』野田真外編著、フットワーク出版、1998年、pp.248-250
  22. ^ 原口正宏「押井守検証インタビュー」『前略、押井守様。』野田真外編著、フットワーク出版、1998年、p.292
  23. ^ TBSの年末長時間番組「超える!テレビ」の1コーナー。
  24. ^ オトナアニメ編集部編『あかほりさとる全書 “外道”が歩んだメディアミックスの25年』洋泉社、2012年、p.45
  25. ^ a b データ原口「STUDIO アニメーション21」『アニメージュ』1991年12月号、p.109

関連項目[編集]

外部リンク[編集]