沖田十三

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沖田十三
宇宙戦艦ヤマトシリーズのキャラクター
登場(最初) 宇宙戦艦ヤマト』第1話「SOS地球!!甦れ宇宙戦艦ヤマト」
作者 松本零士岡迫亘弘
声優 納谷悟朗
菅生隆之宇宙戦艦ヤマト2199
山寺宏一(『アオイホノオ』の劇中アニメ)
プロフィール
年齢 52歳(第1作)
57歳(ヤマト2199)
性別
種類 地球人
国籍 地球連邦
肩書き 宇宙戦艦ヤマト艦長

沖田 十三(おきた じゅうぞう)は、『宇宙戦艦ヤマトシリーズ』の登場人物。声優納谷悟朗菅生隆之宇宙戦艦ヤマト2199俳優山崎努SPACE BATTLESHIP ヤマト)。

概要[編集]

西暦2147年生まれ。 地球防衛軍艦隊歴戦の宇宙戦士にして優秀な物理学者宇宙戦艦ヤマトの初代艦長として、イスカンダルへの旅を成功に導いた。

ずっと行動を共にしてきた戦友でもある徳川彦左衛門評して曰く「万に一つの可能性を発見したらそれを信じ、沈着冷静に行動する人」。「明日のために今日の屈辱に耐えるのが男」という理念を持ち、古代進にも「生きて生きて生き抜け」という教えを残している。

白髪に髭を蓄えた年齢不相応の老け顔だが、これはデザイン原案の松本零士が、初期設定時の45歳に対して「もう年寄り」という印象を持っていたためである[1]

モデルは松本零士の父親で[2]、名前の由来はSF作家海野十三新撰組沖田総司である[3]

劇中での登場[編集]

宇宙戦艦ヤマト
第1話から登場。西暦2199年10月、冥王星域においてガミラス艦隊と戦うも、数・性能ともに圧倒的な敵の前に、旗艦の沖田艦を残し地球艦隊は壊滅し、撤退する。戦闘中は、圧倒的不利な状況に追い込まれても絶望せず、ガミラスの降伏勧告を「バカめ」と一蹴[4]し、敗走中にも「最後の一人になっても諦めない」と不倒の闘志を見せる。なお、この戦いで一人息子も亡くしている。
そして、秘密裏に建造されていた宇宙戦艦ヤマトが完成すると、その艦長に就任し、宇宙放射線病という病を押して、14万8千光年の旅を率いる。病の進行と闘いながら指揮を執り続けていたが、前人未到且つ人類の命運の懸かった航海の艦長という重責と激務も相まって病状が悪化していく。その後、バラン星での戦闘時の古代進の働きを見て、彼を艦長代理に任命し補佐させながら指揮を執り続ける。
イスカンダル星到着直前のガミラス本星での戦いでは病が悪化し指揮を執れなくなっていたが、戦況に苦悩する古代進に起死回生の策を授けるなど、病床に有っても沈着冷静な判断力は失われることはなかった。イスカンダル到着時には、乗組員に対し篤く労いと感謝の言葉を述べた。
無事イスカンダルで放射能除去装置を受け取り、地球への帰還の途につく間も病床を離れることは無く、地球への帰還を間近にして、家族の写真を眺め涙を流し、艦長室の窓よりその姿を眺めながら「地球か…何もかも皆懐かしい」という台詞を残して、力尽きる。沖田の命日は本作と『さらば』ではイスカンダルから帰還した9月5日であったが、『ヤマト2』では10月10日となっている。
藤川桂介作、ひおあきら画の漫画版では、に冒されてイスカンダルを目の当たりにしながら到着する前に死亡し、宇宙葬された。
さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち / 宇宙戦艦ヤマト2
本人は回想シーンを除き登場しない。地球を救った功績を讃え英雄の丘に銅像も立てられるも、僅か1年後には遥か昔の出来事として忘れ去られ戦没の日に英雄の丘に集まるのは元ヤマトクルーのみである。
地球防衛軍の制止を振り切り海底ドックから発進する際に佐渡先生とアナライザーによって艦長席の後上方に沖田艦長のレリーフが掲げられ、乗組員の心の拠り所、そして古代のラストシーンでの決意の発端となる。
宇宙戦艦ヤマトIII
本人は登場しないが、第20話で惑星ファンタムにおいて古代の前に幻となって現れるシーンがある。また、第17話でデスラーがヤマトを表敬訪問した際、第一艦橋に掲げられた沖田のレリーフに跪いて敬意を表している。
宇宙戦艦ヤマト 完結編
死亡していたものと思われていたが、それは佐渡酒造の誤診による判断であった。実際には脳死には至っていなかったため、地球に帰還後、宇宙放射線病の本格的な手術を受ける。手術は奇跡的に成功し、長年、密かに療養していた[5]。水の惑星アクエリアスの接近という地球人類存亡の危機に際して復帰、再びヤマト艦長の任に就く。ディンギル率いる都市衛星ウルクと戦って辛うじて勝利を収めるが、アクエリアスの地球への接近を許してしまう。最期は地球水没を防ぐために自爆し、ヤマトと運命を共にした。
宇宙戦艦ヤマト 復活篇
古代の回想に登場(映像は完結編のもの)。また、ヤマト第一艦橋艦長席の背後には、『完結編』で外されたレリーフが再び掲げられている。終盤では真田志朗が英雄の丘を訪れ、沖田の像に敬礼をしている。

宇宙戦艦ヤマト2199[編集]

『宇宙戦艦ヤマト』(以下、旧作)のリメイク作品である本作では、国連宇宙軍・連合宇宙艦隊司令長官で、階級は宙将(提督)と、役職と階級が具体化されている。2141年12月8日生、2199年12月8日没、満58歳没。

第二次内惑星戦争で勇名を馳せたほか、カ2号作戦(第二次火星沖海戦)において初めてガミラス艦隊を退けることに成功したため、英雄として尊敬を集めている。なお、カ2号作戦の際に一人息子を失っている[6]

旧作に準じて、宇宙物理学博士号を持っており、本当は外宇宙には軍人としてではなく科学者として訪れたかったと思っている。また、旧作の宇宙放射線病に相当する「遊星爆弾症候群」を数年前から患っており、ヤマト発進時点では本人以外に藤堂平九郎土方竜佐渡酒造の3人のみがその事実を知っている[7]

2191年のガミラスとの遭遇時、軍上層部の先制攻撃命令を「性急に過ぎる」として断固拒否し、艦隊司令長官の職を解任された過去を持つ。この時の命令違反に対し、沖田は軍人としては間違っていると認めながらも「軍人であっても一人の人間として行動しなくてはならないときがある。」「人は間違いを犯す。例え命令であったとしても、間違っていると思ったら自分を貫く勇気も必要。」などと古代に述べている。また、ユリーシャがヤマトの自動航法室の中核になっていることを真田以外のクルーの中で唯一知っていたが、これに関しても上述の理念から、自身の一存でクルー全員に公表している。

劇中での登場(2199)[編集]

第1話から登場。メ号作戦(冥王星沖海戦)において第一艦隊を指揮し、ガミラス艦隊と交戦する。艦隊は旗艦キリシマを除き全滅したが、真の目的である陽動には成功した。

第2話で病を理由に土方から艦長職の交代を勧められるも、それを振り切ってヤマトへ乗り込んだ。ヤマト発進後しばらくは落ち着いていたが、第8話のグリーゼ581での戦闘の頃から病状が悪化し始め、第13話の対次元潜航艦戦でついに倒れて緊急手術を受けることになる。手術は成功し、一命を取り留めたものの、遊星爆弾症候群自体は完治せず、時が経つにつれて容態が悪化していき、ガミラス本星決戦後は車椅子の状態となった。

自身の死期を悟っており、自身の魂を若い世代に託したいと思っている。最終話にて地球をその目で見た後息絶えたが、その後、雪を蘇生させるためにその力を使った古代守に代わりコスモリバースシステムの中核となった[8][9]

コミック版
アニメ版でも度々口にしていた「悪魔め」という言葉が、敵と言う「人」ではなく、その「魔」の部分を憎み、また同じように自分の中にもいる「魔」を抑え抗うためのおまじないのような魔よけの言葉であることを古代に明かしている。
アニメでは身体に特に傷は見られなかったが、コミック版では身体中に歴戦の傷痕が残っている。

脚注[編集]

  1. ^ 『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち 設定資料集』(スタジオDNA、2001年)P125。
  2. ^ 『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち 設定資料集』(スタジオDNA、2001年)P124、125。
  3. ^ 『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち 設定資料集』(スタジオDNA、2001年)P126。
  4. ^ これに関連する故事については、ピエール・カンブロンヌおよびアンソニー・マコーリフを参照のこと。
  5. ^ この事に関して、『完結編』のスタッフで『宇宙戦艦ヤマト2199』の総監督を務めた出渕裕が「冒頭に衝突する二つの銀河とあるが、銀河の直径は約10万光年あり、衝突には10万光年かかる。あれは衝突ではなく、他世界解釈で『もう一つの銀河』が重なりあったとし、もう一つの銀河にはヤマトが旅立てなかった赤い地球がある。そしてそこには発進できなかったヤマトが眠っていて、艦長室に沖田艦長がいる。それだったら登場しても可笑しくない」と進言したが採用されなかったと『月刊モデルグラフィックス』2014年3月号のP31で語っている。
  6. ^ 『宇宙戦艦ヤマト2199 公式設定資料集[EARTH]』(マッグガーデン、2013年)P191。
  7. ^ 『宇宙戦艦ヤマト2199 公式設定資料集[EARTH]』(マッグガーデン、2013年)P190。
  8. ^ 地球への帰路中にコスモリバースシステムの「核」となった古代守と対話したことが夢というカタチで示唆されている。
  9. ^ 沖田が死後、中核となったことは最終話オーディオコメンタリーの中で語られている。

外部リンク[編集]

  • 沖田十三 - 宇宙戦艦ヤマト発信!(archive.today 2009年3月3日分キャッシュ)
  • 沖田十三 - 宇宙戦艦ヤマト2199