武本康弘
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たけもと やすひろ 武本 康弘 | |
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本名 | 武本 康弘 |
生年月日 | 1972年4月5日 |
没年月日 | 2019年7月18日(47歳没) |
出生地 |
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死没地 |
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職業 |
アニメーション監督 アニメーション演出家 |
活動期間 | 1992年 - 2019年 |
主な作品 | |
監督 『フルメタル・パニック! The Second Raid』 『らき☆すた』 『涼宮ハルヒの憂鬱(2009年版)』 『氷菓』 『甘城ブリリアントパーク』 『小林さんちのメイドラゴン』 『ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて』 『涼宮ハルヒの消失』 |
武本 康弘(たけもと やすひろ、1972年〈昭和47年〉4月5日 - 2019年〈令和元年〉7月18日)は、日本のアニメーター、アニメ演出家、アニメ監督[1]。京都アニメーション取締役[2]。兵庫県赤穂市出身[3]。代々木アニメーション学院大阪校卒業。既婚、1女の父。
略歴[編集]
中華料理店を営む両親の長男として生まれる。多忙な両親と過ごす時間は少なく、幼い頃から絵を描いて過ごしてきた[4][5]。兵庫県立赤穂高等学校在学中は文芸部に所属し、テーブルトークRPGに熱中していた[6]。当時から絵が上手であり[7]、当人も「絵を描くことが好き」であったことから高校時代にアニメーターを志した[8][9]。高校卒業後、代々木アニメーション学院大阪校アニメーター科に入学。卒業後、1992年に20歳で京都アニメーションに入社[6][10]。
アニメーターとして入社したが、演出の仕事を任されるようになり[11]、2002年にはOVA『ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて』で監督を務め[12]、2003年、京都アニメーションが初めて元請けとなって制作した『フルメタル・パニック? ふもっふ』にて監督を務めた[13]。以降、京都アニメーション制作の多くの作品で監督・絵コンテ・演出などを務めた。
2019年7月18日に京都アニメーション放火殺人事件が発生してから数日後に両親が安否不明である事を明かしていたが[14][15]、7月26日に日本経済新聞が訃報を伝え[16]、8月2日に遺族が了解した上で京都府警察により正式に死亡が公表された[4]。第1スタジオの3階で事件に巻き込まれた[17]。47歳没。
参加作品[編集]
テレビアニメ[編集]
- クレヨンしんちゃん (1992年 - )動画
- 天地無用! (1995年)原画
- 赤ちゃんと僕 (1996年 - 1997年)原画
- ドラえもん (1997年)原画
- はいぱーぽりす (1997年)作画監督・原画
- パワーストーン (1999年)作画監督・作画監督補佐・原画
- 天使になるもんっ! (1999年)原画
- ポケットモンスター(2000年)原画
- ゲートキーパーズ (2000年)絵コンテ・演出
- 犬夜叉 (2000年-2004年)絵コンテ・演出・原画
- The Soul Taker 〜魂狩〜 (2001年)絵コンテ・演出
- ジャングルはいつもハレのちグゥ (2001年)絵コンテ・演出
- 地球防衛家族 (2001年)演出
- 東京アンダーグラウンド (2002年)絵コンテ・演出
- キディ・グレイド (2002年 - 2003年)絵コンテ・演出・原画
- フルメタル・パニック? ふもっふ (2003年)監督・脚本・絵コンテ・演出/OPED絵コンテ・演出
- AIR (2005年)絵コンテ・演出・原画/OP原画
- フルメタル・パニック! The Second Raid (2005年)監督・脚本・絵コンテ・演出/OPED絵コンテ・演出
- 涼宮ハルヒの憂鬱 (2006年)絵コンテ・演出
- Kanon (2006年 - 2007年)絵コンテ・演出/OP原画
- らき☆すた (2007年)監督(第5話より)・絵コンテ・演出/後期EDディレクター(第16話除く)
- CLANNAD (2007年 - 2008年)絵コンテ・演出・原画/ED原画
- CLANNAD 〜AFTER STORY〜 (2008年 - 2009年)絵コンテ・原画/OPED原画
- けいおん! (2009年)原画
- 涼宮ハルヒの憂鬱(2009年版)(2009年)団長補佐(監督)・脚本・絵コンテ・演出/OP・ED絵コンテ・演出・原画
- けいおん!! (2010年)絵コンテ・演出・原画/後期OP原画
- 日常 (2011年)絵コンテ・演出/演出補佐・原画
- 氷菓 (2012年)監督・脚本・絵コンテ・演出・前期・後期OPED絵コンテ・演出
- 中二病でも恋がしたい! (2012年)絵コンテ・演出・原画
- たまこまーけっと (2013年)絵コンテ・演出・原画・OP原画
- Free! (2013年)絵コンテ・演出
- 境界の彼方 (2013年)絵コンテ・演出
- 中二病でも恋がしたい!戀 (2014年)絵コンテ・演出
- 甘城ブリリアントパーク (2014年)監督・脚本・絵コンテ・演出[18]
- 響け! ユーフォニアム(2015年)絵コンテ・演出・原画
- 無彩限のファントム・ワールド(2016年)絵コンテ(1話)[19]、演出(最終話)[20]
- 響け!ユーフォニアム2(2016年)絵コンテ
- 小林さんちのメイドラゴン(2017年)監督・脚本・絵コンテ
- ヴァイオレット・エヴァーガーデン(2018年)絵コンテ(4話、9話)・演出(9話)[21]
- ツルネ -風舞高校弓道部-(2018年)スーパーバイザー[22]・ストーリー監修・演出
劇場アニメ[編集]
- ウメ星デンカ 宇宙の果てからパンパロパン! (1994年)動画
- クレヨンしんちゃん ブリブリ王国の秘宝 (1994年)動画
- マクロス7 銀河がオレを呼んでいる! (1995年)原画
- 新きまぐれオレンジ☆ロード capricious orange road そして、あの夏のはじまり (1996年)作画監督補佐・原画
- ドラえもん のび太のねじ巻き都市冒険記 (1997年)原画
- クレヨンしんちゃん 爆発!温泉わくわく大決戦 (1999年)原画
- クレしんパラダイス!メイド・イン・埼玉 (1999年)原画
- 劇場版とっとこハム太郎ハムハムランド大冒険(2001年)原画
- ドラえもん のび太とロボット王国 (2002年)原画
- 涼宮ハルヒの消失(2010年)監督・絵コンテ・原画
- 映画けいおん!(2011年)製作委員会プロデューサー
- 映画 ハイ☆スピード!-Free! Starting Days-(2015年)監督
- 映画 聲の形(2016年)スペシャルサンクス
- リズと青い鳥(2018年)演出[23]
OVA[編集]
- ヤマトタケル 〜After War〜 (1995年)原画
- マスターモスキートン (1996年)原画
- サクラ大戦 桜華絢爛 (1997年-1998年)作画監督(第3話)
- ジャングルはいつもハレのちグゥ デラックス (2002年 - 2003年)絵コンテ・演出
- ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて (2002年)監督[12]・絵コンテ・演出・原画・ED原画(第1、2話のみ)
- ジャングルはいつもハレのちグゥ FINAL (2003 - 2004年)絵コンテ・演出
- MUNTO 時の壁を越えて (2005年)原画
- フルメタルパニック! The Second Raid 特別版 OVA わりとヒマな戦隊長の一日 (2006年)監督・絵コンテ・演出
- らき☆すたOVA(2008年)監督・脚本・絵コンテ・演出・エンディングディレクター
その他[編集]
- Dancing Blade かってに桃天使! (1998年)キャラクターデザイン・作画監督・コミック版作画
- Dancing Blade かってに桃天使!II〜Tears of Eden〜 (1999年)キャラクターデザイン(池田和美・石田敦子と共同)・総作画監督
- 涼宮ハルヒちゃんの憂鬱(2009年)監督・絵コンテ・演出/OP絵コンテ・演出/原作単行本4巻にてコメントとイラストを提供
- にょろーん ちゅるやさん(2009年)監督・絵コンテ・演出
- 京都アニメーションCM「花」篇・「空」篇(2010年)絵コンテ・演出
- 京都アニメーションCM「あじさい」編(2011年)原画
逸話[編集]
- 石原立也からは「京都アニメーションのスタッフの中でも最も信頼できる仲間の一人」と評された[24]など、他のスタッフから全幅の信頼を寄せられ慕われる人物であった[8]。
- 京都アニメーションで同僚だった山本寛も、演出を巡って対立する事はあったものの、厳しくも義理堅い人格者だったと述べている。監督である武本の絵コンテを無断で差し替えたために怒らせたものの、最終的には自らの主張を受け入れてもらった、「らき☆すた」監督降板後に山本の構想を聞き取って武本が引き継いだなどの逸話を明かしている[25][26]。
- 若手の頃は、定時に退勤した木上益治の机やゴミ箱に残された絵を観察・研究していた[26][27]。
- ラジオ『新らっきー☆ちゃんねる』の最終回では、神戸ジーベックホールにて行われた公開録音「やったぜい!ファイナル!だぜい!」にゲスト出演し、白石稔の真似をしてみたりと芸を見せた。また、最後には「武本監督役の武本です」で締め、観客を沸かせた[28]。
- 赤穂市の実家に帰省する際は、高校時代の同級生と旧友と再会していた[10]。多忙故に、実家にも仕事を持ち込んで絵を描く事があった[29][5]。
- 2015年に受けた取材では「作品は作った瞬間、作った人間の手を離れてしまう。それは見た人、それぞれ個々のものになる」「魂であっても、信念であっても、何でもいいんですが、作品には何かがこもっていないとだめ」と語っていた[30][31]。
- 死後、遺体は白い布で覆われた状態で遺族に引き渡された。遺族は「顔は見ない方が良い」と判断して、そのまま荼毘に付された[32][33]。武本の妻は、死亡が公表された8月2日に取材に応じ「今まで作ってきた作品が夫の全てです。それを見ていただいたファンの方が評価していただいていることが、全てだと思います」との声明を発表した[31]。
関連項目[編集]
脚注[編集]
- ^ “武本康弘”. allcinema. 2018年12月2日閲覧。
- ^ “京アニ躍進を牽引した武本康弘さん「輝く瞬間を逃さず撮る」本紙取材に描写へのこだわり披露”. 産業経済新聞社 (2019年8月2日). 2019年8月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月14日閲覧。
- ^ “「自慢の息子だった」京アニ放火で犠牲の武本康弘さん父”. 神戸新聞社 (2019年8月3日). 2019年8月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月14日閲覧。
- ^ a b 「「らき☆すた」手がけた武本康弘監督も犠牲に 京アニ放火事件」『京都新聞』京都新聞社、2019年8月2日。2020年8月6日閲覧。
- ^ a b “人に優しく、心豊かに~武本康弘さん~”. NHK NEWS WEB. #京アニ つなぐ思い. 日本放送協会 (2020年7月20日). 2020年8月6日閲覧。
- ^ a b 「エンドロールの輝き~武本康弘さん」『京都新聞』京都新聞社、2020年7月15日、朝刊17版、1面。2020年8月6日閲覧。
- ^ 大貫聡子「才能あふれた友よ「らき☆すた」武本監督、高校時代から傑出 京アニ放火」『朝日新聞』、2019年8月17日、大阪本社朝刊、1面。
- ^ a b “人気作品多く世に=京アニ役員、頼られる存在-「らき☆すた」監督の武本さん:時事ドットコム”. 時事ドットコム. 2019年10月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年8月5日閲覧。
- ^ 「「らき☆すた」武本監督の遺族「真実知りたい」京アニ放火・容疑者逮捕」『東京新聞』中日新聞東京本社、2020年5月27日。2020年8月3日閲覧。
- ^ a b 「「たけちんの続編、見たかった」京アニ放火殺人半年「らき☆すた」監督の友人悼む」『毎日新聞』毎日新聞社、2020年1月18日。2020年1月18日閲覧。オリジナルの2020-01-18時点におけるアーカイブ。
- ^ 「描いた夢、奪われた未来 京アニ犠牲者」『朝日新聞』、2019年8月3日、朝刊、35面。
- ^ a b “オリジナルビデオ アニメ ナースウィッチ小麦ちゃん マジカルて”. allcinema. 2019年9月14日閲覧。
- ^ “自分が死んだ後も、作品は残る 名作を生んだ京アニの監督3人が語るアニメのあれこれ”. はてなニュース. はてな (2013年12月25日). 2019年5月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月14日閲覧。
- ^ “アニメ「らき☆すた」監督 武本康弘さん父親「時間戻って」”. NHK NEWS WEB. 日本放送協会 (2019年7月22日). 2019年7月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年7月22日閲覧。
- ^ 「京アニ放火事件 赤穂出身の同社役員が安否不明」『赤穂民報』赤穂民報社、2019年7月22日。2020年8月6日閲覧。
- ^ “「らき☆すた」武本監督の悲報、親族に 京アニ放火”. 日本経済新聞 電子版. 日本経済新聞社 (2019年7月26日). 2019年9月16日閲覧。
- ^ “京アニ事件発生から10か月...変わらぬ『遺族の想い』そして異例対応続く〇〇容疑者の現状と今後の捜査は?”. Newsミント!. 毎日放送 (2020年5月27日). 2020年8月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年8月2日閲覧。
- ^ “甘城ブリリアントパーク : 作品情報 : 作品情報”. アニメハック. 2020年9月22日閲覧。
- ^ “01 ファントムの時代”. TVアニメ「無彩限のファントム・ワールド」公式サイト. 2016年1月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月14日閲覧。
- ^ “最終話 永遠のファントム・ワールド”. TVアニメ「無彩限のファントム・ワールド」公式サイト. 2016年7月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月14日閲覧。
- ^ “Story”. 『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』公式サイト. 2019年9月14日閲覧。
- ^ “キャスト・スタッフ”. 『ツルネ -風舞高校弓道部-』公式サイト. 2019年9月14日閲覧。
- ^ “映画 アニメ リズと青い鳥”. allcinema. 2019年9月14日閲覧。
- ^ “涼宮ハルヒの憂鬱・京アニサイト【製作日記】(2009年07月03日)”. 京都アニメーション (2009年7月3日). 2019年7月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月14日閲覧。
- ^ 山本寛 (2019年8月21日). “武本さん”. 山本寛オフィシャルブログ. 2020年8月3日閲覧。
- ^ a b 「京アニ「アニメ作りでしか恩返しできない」元社員、思い今も」『産経新聞』産業経済新聞社、2019年11月3日。2020年8月3日閲覧。オリジナルの2019-11-05時点におけるアーカイブ。
- ^ 山本寛 (2019年9月24日). “定時”. 山本寛オフィシャルブログ. 2020年8月3日閲覧。
- ^ らき☆すたOVA(オリジナルなビジュアルとアニメーション)DVD映像特典1, 角川書店, (2008年9月26日)
- ^ 「卓越した画力…武本康弘さん父「僕は息子を尊敬していた」」『京都新聞』京都新聞社、2020年7月18日。2020年8月3日閲覧。
- ^ 京都新聞2019年7月25日朝刊17版33面
- ^ a b 「夢をくれたこと忘れない 公表京アニ事件犠牲10人の仕事」『京都新聞社』京都新聞、2019年8月3日。2020年8月6日閲覧。
- ^ 東京新聞2019年8月3日夕刊D版6面
- ^ “京アニ事件から1年、遺族の“知られざる苦痛”= 中国ネット「心痛しかない」「永遠に忘れません」”. レコードチャイナ. Record China (2020年7月14日). 2020年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年8月3日閲覧。
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