兵庫県立赤穂高等学校

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兵庫県立赤穂高等学校
Hyogo Prefectural Ako High School.JPG
過去の名称 兵庫県立赤穂中学校
→兵庫県立赤穂南高等学校
組合立赤穂実科女学校
→兵庫県立赤穂高等女学校
→兵庫県立赤穂北高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 兵庫県の旗 兵庫県
学区 第4学区
併合学校 赤穂南高等学校、赤穂北高等学校
校訓 質実剛健、礼譲敬愛、自主創造
設立年月日 1927年昭和2年)4月1日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
定時制課程
単位制・学年制 学年制による教育
設置学科 普通科
高校コード 28182E
所在地 678-0225
兵庫県赤穂市海浜町139番地
外部リンク 公式サイト
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兵庫県立赤穂高等学校(ひょうごけんりつ あこうこうとうがっこう)は、兵庫県赤穂市海浜町にある県立高等学校。第4学区に属する[1]。愛称・略称は、「赤高(あかこう)」。

概観[編集]

前身の赤穂実科女学校から数えると100年を超える歴史を有し、赤穂市内にある唯一、兵庫県南西端の高等学校である。

また、旧制中学の流れをくむ、西播磨では龍野高等学校と双璧をなす伝統校である。

瀬戸内海に面し、兵庫県立赤穂海浜公園近郊の広大かつ風光明媚な場所に位置する。

なお、長野県駒ヶ根市に同名の長野県赤穂高等学校があるが、読み方は異なり「あかほ」である。愛称は、同じく「あかこう」であり、校歌でも「あかこう」と唄われている。

概要[編集]

旧制兵庫県立赤穂中学校と旧制兵庫県立赤穂高等女学校の流れをくみ、第2次世界大戦後の学制改革により変遷を経て現在の名称となり、旧制赤穂中学校校歌の「われ等健児は励むなり、文を左に武を右に」と唄われていた「文武両道」の精神は現在へと受け継がれている。

昭和56年9月に現在地へ移転される前は赤穂城本丸跡に、ドイツ人建築士により設計された、屋上部に胸壁を備えた中世ヨーロッパ城郭風の旧制兵庫県立赤穂中学校校舎を用いており、多くの生徒は赤穂城大手門を通って登下校していた。文化庁により城郭が国の史跡に指定されたことで現在地に移転した。

なお、旧制兵庫県立赤穂中学校の初代校長は、江戸時代に赤穂藩へ流刑された儒学者山鹿素行と同郷(会津)出身の旧大日本帝國陸軍少将武川寿輔である。

校歌は、作詞竹友藻風、作曲信時潔。校歌のほかに、創立40周年を記念して、生徒により作詞・作曲された生徒歌がある。

応援歌は、作詞大道すずよ、作曲山口久美。

校章は、赤穂の「赤」の字をイメージして、「ペンは剣よりも強し」という2本のペンが交差する慶應義塾の紋章ペンマークを参考に、知・徳・体や、真・善・美などを象徴するペン先を3本組み合わせ、人間形成の理想的な学園を目指す学校であることを願って、新制高等学校へ移行当時(昭和23年)の美術担当の神吉良一教諭が考案したもの。

伝統的に自由な校風であり、勉学、校外活動においても生徒の自主性が重んじられている。

また、赤穂市最大のイベントである赤穂義士祭のトリを飾る義士行列では、毎年、生徒会長が大石主税、副会長が矢頭右衛門七に扮して参加している。

平成28年度の入学生から修学旅行先が沖縄宮古島に変更、平成29年度から女子制服の変更、ローファー、防寒具としてコート及び黒タイツの着用が可能となっている。

設置学科[編集]

全日制課程

  • 普通科
    • 普通科は7クラス中の1 - 6組。その中でも、文系の特進クラス(3組)と理系の特進クラス(7組)があり、理系の特進クラスについては、総合科学探究類型の生徒と普通科の生徒から構成されている。
  • 総合科学探究類型
    • 総合科学探求類型は1クラス(7組)。推薦入試のみ入学可能となっている。

定時制課程

沿革[編集]

赤穂城本丸内にあった旧制兵庫県立赤穂中学校(1930年代に撮影)

旧制兵庫縣立赤穂中學校[編集]

  • 1927年(昭和2年)4月1日 「質実剛健」を理念に、赤穂公会堂を仮校舎として建学する。
  • 1927年(昭和2年)4月8日 武川寿輔初代校長に捕せらる。
  • 1928年(昭和3年)11月30日 赤穂城本丸跡に校舎を新設、移転する。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 学制改革で兵庫県立赤穂南高等学校となる。

旧制兵庫縣立赤穂髙等女學校[編集]

  • 1912年(明治45年)4月1日 赤穂郡南部六ヶ町村組合立赤穂実科女学校として開校する。
  • 1921年(大正10年)4月1日 組合立赤穂実科高等女学校となる。
  • 1923年(大正12年)10月29日 校舎を新築移転する。(赤穂町中広)
  • 1926年(大正15年)4月1日 組合立赤穂高等女学校となる。
  • 1929年(昭和4年)6月3日 校旗を制定する。
  • 1936年(昭和11年)5月27日 校舎増築落成
  • 1942年(昭和17年)4月1日 兵庫県に移管、兵庫県立赤穂高等女学校と改称し、唐津新蔵初代校長に捕せらる。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 学制改革で兵庫県立赤穂北高等学校となる。

兵庫県立赤穂高等学校[編集]

  • 1948年(昭和23年)9月1日 県立赤穂南、県立赤穂北の両高等学校を統合し兵庫県立赤穂高等学校となる。
  • 1954年(昭和29年)2月1日 校歌を制定する。
  • 1966年(昭和41年)4月1日 クロバーパークハイスクールと姉妹校提携
  • 1979年(昭和54年)7月1日 校樹を指定する。
  • 1980年(昭和55年)9月1日 校訓を制定する。
  • 1981年(昭和56年)9月1日 赤穂城本丸跡から現在地へ校舎を移転する。
  • 1985年(昭和60年)4月22日 風のオブジェ「白い太陽」の設置。同年10月4日、兵庫県により重要美術品に認定される。
  • 1988年(昭和63年)3月27日 弓道場落成
  • 1989年(平成元年)2月12日 初代校長武川寿輔先生胸像除幕式挙行
  • 1996年(平成8年)4月20日 現 同窓会館「青雲会館」竣工
  • 2018年(平成30年)1月31日 赤穂市と包括的連携協定を締結

校風[編集]

  • 校訓は、「質実剛健」「礼譲敬愛」「自主創造」
  • 校樹は、楠木(昭和54年7月1日指定) 旧校舎は赤穂城本丸跡にあり、苔むした城壁の上には、創立以来の楠木の大木が鬱蒼と繁り、歴史と伝統に輝く本校のシンボルともなっていた。この楠木は常緑で枝葉がよく繁り、樹齢も永く、大地にしっかりと根をおろした姿は、たくましく雄大である。御崎(現在:海浜町)の新天地に移転開校した本校の発展を象徴するに相応しい木として、昭和54年7月1日校樹に指定された。

所在地[編集]

著名な出身者[編集]

学者
政治家
行政(官僚)
財界
芸能界・芸術家
スポーツ界

学校行事[編集]

  • 文化祭(7月)
  • オープンハイスクール(8月)
  • 体育大会(9月)
  • 球技大会(10月)
  • 赤穂義士祭ささえ隊(12月)

部活動[編集]

文化部
  • 書道部
  • 美術部
  • 音楽部 - 昭和56年度NHK全国学校音楽コンクール第3位
  • 新聞部
  • 文芸部
  • 茶道部
  • 華道部
  • 調理部
  • 図書部
  • 科学部
  • 放送部
  • 吹奏楽部
  • ESS部
  • 囲碁部
  • 競技かるた部
  • 伝統芸能研究会 雅楽部
運動部
  • 野球部 - 第36回(昭和29年)全国高等学校野球選手権兵庫大会準優勝
  • ソフトボール部
  • 柔道部
  • 剣道部
  • 弓道部
  • 卓球部
  • 陸上競技部
  • 水泳部
  • サッカー部
  • バスケットボール部
  • バレーボール部
  • ソフトテニス部
  • テニス部

脚注[編集]

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  1. ^ 兵庫県教育委員会 兵庫県公立高等学校の通学区域

関連項目[編集]

外部リンク[編集]