永久磁石
永久磁石(えいきゅうじしゃく、permanent magnet)とは、外部から磁場や電流の供給を受けることなく磁石としての性質を比較的長期にわたって保持し続ける物体のことである。
概説[編集]
永久磁石の歴史は古くマグネシア(ギリシアの一地方)で磁石が発見されたのは紀元前600年頃のことである[1]。しかし、永久磁石の本質的理解が進んだのは量子力学の登場後のことであり、人工的な永久磁石の開発も20世紀になってからのことである[1]。
物質固有の性質である強磁性は永久磁石の必要条件であるが、それだけで永久磁石となるわけではない[1]。永久磁石は物質的に室温以上の磁気転移点と大きな磁化、大きな磁気異方性をもつものが、ミクロンサイズの粒構造を形成して作られる[1]。そのため永久磁石は物質固有の性質ではなく、物質と構造の組み合わせによってもたらされる複合的性質をもつ磁石をいう[1]。
実例としてはアルニコ磁石、フェライト磁石、ネオジム磁石などが永久磁石である。これに対して、電磁石や外部磁場による磁化を受けた時にしか磁石としての性質を持たない軟鉄などは一時磁石と呼ばれる。なお、永久磁石材料に関する日本産業規格としてJIS C 2502、その試験法に関する規格としてJIS C 2501が存在する。
1930年(昭和5年)、日本の冶金学者三島徳七は、鉄‐ニッケル合金の磁気非可逆性について究明する中で、鉄にニッケルを加えたニッケル鋼は磁石とならないが、この合金にアルミニウムを加えることにより強大な永久磁石となることを発見した[2]。これにコバルトや銅を加えるなどの改良の末、1934年(昭和9年)6月23日に、強磁性合金を発明して特許を取得した[2][3][4](96371号)。
原理[編集]
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あらゆる物質を構成している原子は原子核と電子からなる。電子は電荷を持つと同時に、スピンという性質をもち、このスピンによって電子そのものが磁石としての性質を帯びている。
原子はそれ自身の陽子と同じ数の電子を持っている。例えば鉄原子は26個の陽子を持ち、26個の電子を持つ。これらの電子のスピン同士はお互いを打ち消しあおうとする性質を持つが(フントの規則)、打ち消しきれずに余ったスピンがあると、原子そのものが磁石としての性質を帯びる。例えば、永久磁石を作る上で重要な物質である鉄、ニッケル、コバルトでは3d軌道と呼ばれる電子軌道に余ったスピンが存在している。
多くの物質中では熱擾乱によって原子の内殻電子の向きが乱されるため、物質全体としては磁気モーメントを示さない。物質全体が強い磁気モーメントを示すためには、互いの原子間に強い原子間交換相互作用を持つ必要がある。このような物質を強磁性体と呼ぶ。強磁性体では隣同士の原子に属する電子や伝導電子による「交換相互作用」というものを仲立ちにしてスピンをそろえている。強磁性体を加熱すると磁性を失ってしまうのは、熱擾乱エネルギーが交換相互作用エネルギー、正確に言えばここのモーメントを束ねるマグノン励起エネルギーを上回ってしまうためである。
強磁性体内部は微視的に見ると「磁区」とよばれる多数の領域に分かれている。それぞれの磁区はある方向の磁気モーメントを有しているが、それぞれ磁区の磁気モーメントがばらばらな向きを持っている消磁状態では、お互いが打ち消しあうために、全体としては磁気モーメントを持たない。ただし、一般に人為的な消磁操作を行わずに消磁状態の強磁性体を見ることは稀である。
強磁性体に十分な磁界をかけて一旦すべての磁気モーメントを外部磁界と平行にすると、外部磁界をゼロにしても磁気モーメントを生じる。これを残留磁化もしくはリマネントと称する。残留磁化をゼロにするには逆方向に外部磁界を印加する必要があり、その値を保磁力という。永久磁石では最大の残留磁化Bとそのときの外部磁化の値Hの積BHmaxが性能指針として用いられることもある。
種類[編集]
材料による分類[編集]
永久磁石は材料により、非希土類系金属磁石(金属磁石)、フェライト磁石、希土類磁石に分類される[5]。アルニコ磁石が金属磁石の代表格であることから、アルニコ磁石(Alnico magnet)、フェライトマグネット(ferrite magnet)、レアアースマグネット(rare-earth magnet)の3種類に分ける場合もある[6]。
- 非希土類系金属磁石(金属磁石、metal magnet)
- フェライト磁石(ferrite magnet) - 酸化物磁石の一つで酸化鉄を主原料にして焼き固めて作る。
- 希土類磁石(rare-earth magnet)
結晶方位の配向度による分類[編集]
各結晶の磁化容易方向(easy direction of magnetization)が一方向に揃っている磁石を異方性磁石(anisotropic magnet)、揃っていない磁石を等方性磁石(isotropic magnet)という[5]。異方性磁石は磁化容易方向に従えば高い残留磁気分極が得られる特徴があるが、磁化容易方向と垂直方向での磁化は困難である[5]。等方性磁石は残留磁気分極は異方性磁石よりも弱いが、どの方向に対しても同じ磁気特性をもつため多極に着磁する用途の磁石に用いられている[5]。
バルク化の方法による分類[編集]
永久磁石は一定の体積に磁界発生空間を確保するためのバルク化の方法により、鋳造磁石、ボンド磁石、焼結磁石、熱間加工磁石等に分けられる[5]。
- 鋳造磁石(casted magnet) - 合金の鋳造によって製造する磁石[5]。
- ボンド磁石(bonded magnet) - 磁性粉を樹脂で固めた形状自由度の高い磁石[5]。
- 焼結磁石(sintered magnet) - 磁性粉末を焼結して固めた磁石[5]。
- 熱間加工磁石(hot-deformed magnet)[5]
脚注[編集]
- ^ a b c d e 赤井久純「磁石の秘密」『日本物理学会誌』第71巻第6号、日本物理学会、2016年、377-381頁。
- ^ a b “みしまとくしち【三島徳七】”, 世界大百科事典 (2 ed.), 日立ソリューションズ・クリエイト, (1998-10)
- ^ “三島 徳七 ミシマ トクシチ”, 20世紀日本人名事典, 日外アソシエーツ, (2004)
- ^ “三島徳七【みしまとくしち】”, 百科事典マイペディア, 日立ソリューションズ・クリエイト, (2010)
- ^ a b c d e f g h i 福永博俊「永久磁石と応用 第1回 磁石の種類とその評価」『まぐね (Magnetics in Jpn.)』第9巻第3号、日本磁気学会、2014年。
- ^ 美濃輪武久「レアメタルシリーズ 2010 希土類磁石から見たレアメタルと磁石応用の今後」『金属資源レポート 2011.1』、独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構、2011年、55-78頁。