コンテンツにスキップ

「北九州市」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
KitaQ-UNIX (会話 | 投稿記録)
→‎参考文献: 誤字修正のみ。
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
出典追加、説明なき取消部分復帰。参照H:LIST, H:FN, WP:DATED
22行目: 22行目:


'''北九州市'''(きたきゅうしゅうし)は、[[福岡県]]の北部にある[[政令指定都市]]。[[関門海峡]]に面し、[[九州]]島最北端に位置する。
'''北九州市'''(きたきゅうしゅうし)は、[[福岡県]]の北部にある[[政令指定都市]]。[[関門海峡]]に面し、[[九州]]島最北端に位置する。

[[四大工業地帯]]の1つ[[北九州工業地帯]]において、[[1963年]]([[昭和]]38年)に5市による[[市町村合併|新設合併]]により誕生し、[[三大都市圏]]以外で初<ref name="県庁所在地以外でも全国初" group="注">県庁所在地以外でも全国初</ref> の[[政令指定都市]]となった。

人口規模は日本の市で13位、九州地方では[[福岡市]]に次ぐ2位である。また非都道府県庁所在地においても[[川崎市]]に次ぐ2位である。

グローバル創業・雇用創出特区として、[[福岡市]]とともに[[国家戦略特別区域]]に指定されている。


== 概要 ==
== 概要 ==
[[高度経済成長]]期の[[1963年]](昭和38年)、[[四大工業地帯]]の1つである[[北九州工業地帯]]において、その中核を成す[[門司市]]、[[小倉市]]、[[戸畑市]]、[[八幡市 (福岡県)|八幡市]]および[[若松市]]の5市[[市町村合併|新設合併]]して発足した[[大都市]]以外では初の[[政令指定都市]]である。県の北部に位置、現在では[[福岡市]]に次ぐ九州第二人口・経済を有する。当および隣接する[[山口県]][[下関市]]などにより[[関門都市圏]]を形成している。
[[四大工業地帯]]の1つ[[北九州工業地帯]]において、[[1963年]]([[昭和]]38年)[[2月10日]]に[[門司市]]、[[小倉市]]、[[戸畑市]]、[[八幡市 (福岡県)|八幡市]]および[[若松市]]の5市による[[市町村合併|新設合併]]で誕生[[大都市]]や県庁所在地以外では初の[[政令指定都市]]となった<ref name="mainichi19630210">{{Cite news|newspaper=毎日新聞|publisher=毎日新聞西本社|date=1963-02-10|title=「北九州市」生まれる けさ盛大開庁式|accessdate=2017-06-18}}</ref>。当市を中心と[[北九州都]]のほか<ref>{{Cite web|url=http://www.mlit.go.jp/common/000054707.pdf|title=アジア交流広域都市圏の形成に関する調査報告書(アジア交流広域都圏の形成促進に向けた戦略的な連携方策に関する調査)|publisher=国土交通省国土計画局・国土交通省九州地方整備局|date=2009-03|accessdate=2017-06-18}}</ref>、隣接する[[山口県]][[下関市]]などとともに[[関門都市圏]]を形成<ref>{{Cite web|url=http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cmsdata/2/2/7/2270aff4d75635f11d6bcd947ab406ab.pdf|title=山口県都市計画基本方針 改訂版|publisher=山口県土木建築部都市計画課|date=2015-10|accessdate=2017-06-18}}</ref>


人口規模は日本の市で13位{{Sfn|OECD|2013|pp=111}}、九州地方では[[福岡市]]に次ぐ2位であり、同市とともにグローバル創業・雇用創出特区として[[国家戦略特別区域]]に指定されている<ref>{{Cite web|url=http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/pdf/kuikikeikaku_fukuoka_h280205.pdf|title=福岡市・北九州市 国家戦略特別区域 区域計画(平成28年2月5日認定)|publisher=福岡市・北九州市 国家戦略特別区域会議|date=2016-02-05|accessdate=2017-06-18}}</ref>。非都道府県庁所在地においては[[川崎市]]に次ぐ2位の人口を有する<ref>{{Cite web|url=https://www.city.suginami.tokyo.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/018/669/27-01.pdf|title=平成27年 行政視察報告 総務財政委員会 視察報告書(福岡県北九州市)|publisher=杉並区議会総務財政委員会|accessdate=2017-06-18}}</ref>。
九州の玄関口に位置し、九州における主要な国道や鉄道路線の起点であり、また[[関門海峡]]に面することから海上においても交通の要衝であるため、物流および港湾都市として発展した。さらに[[2016年]][[4月24日]]には、[[東九州自動車道]]が[[大分市]]および[[宮崎市]]まで直結し、[[九州自動車道]]と合わせて[[交通結節点]]としての拠点性が向上した。


九州における主要な国道や鉄道路線の起点であり、1880年代(明治20年代)から[[九州鉄道]]{{Sfn|九州旅客鉄道|1989|p=231}}や[[関門海峡]]に面した[[門司港]]、若松港などの港湾をはじめとする交通基盤の整備が進んだ。[[2016年]][[4月24日]]には、[[東九州自動車道]]が[[大分市]]および[[宮崎市]]まで直結し、[[九州自動車道]]と合わせて[[交通結節点]]としての拠点性が向上した<ref>{{Cite news|url=http://www.nikkei.com/article/DGXLASJC24H0J_U6A420C1ACY000/|title=北九州―宮崎、高速で直結 東九州道椎田南―豊前が開通|newspaper=日本経済新聞|agency=共同通信|publisher=日本経済新聞社|date=2016-04-25|accessdate=2017-06-18}}</ref>。
1880年代(明治20年代)以降、[[門司港]]や若松港の開港、[[九州鉄道]]の開通などにより物流拠点が整備され、[[1901年]](明治34年)、[[筑豊]]の豊富な石炭と交通の利便性を背景に[[八幡製鉄所|官営八幡製鉄所]]が設置された。
それ以降、港町の門司、軍事産業が集積する小倉、石炭の集積地の若松、製鉄所のある八幡、水産基地の戸畑と様々な特性を持つ五つの都市が競うように発展した。
戦後においては、鉄鋼・金属などの重工業を中心に発展し、高度経済成長の原動力となった<ref>『[[#福岡県歴史散歩|福岡県歴史散歩]]』76ページ</ref>。


[[1901年]](明治34年)に[[筑豊炭田]]から近い八幡村(当時、後の八幡市)に[[八幡製鉄所|官営製鉄所]]が設置され、日本国内最大の鉄鋼供給地として工業化が進展した{{Sfn|OECD|2013|p=14}}。{{要出典範囲|date=2017年6月|それ以降、港町の門司、軍事産業が集積する小倉、石炭の集積地の若松、製鉄所のある八幡、水産基地の戸畑と様々な特性を持つ五つの都市が競うように発展した}}。
地の利を得て製鉄業をはじめとする工業都市としての地位を確立したが、公害の発生や産業構造の変化、県都である福岡市の台頭等により人口を招き、1980年代以降市勢は停滞した。
人口は[[1979年]](昭和54年)にピークを迎えた後は減少し続け、2005年(平成17年)には100万人を切った<ref>{{Cite web|url=http://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/000771254.pdf|title=北九州市まち・ひと・しごと創生総合戦略(改訂版)|accessdate=2017-06-12|date=2017-06|format=PDF |publisher=北九州市|page=1}}</ref>。


戦後においては、鉄鋼・金属などの重工業を中心に発展し、高度経済成長の原動力となった{{Sfn|アクロス福岡文化誌編纂委員会|2016|p=76}}。[[1990年代]]後半までは地域経済に占める[[製造業]]の割合が大きかったが、[[2000年代]]には[[サービス業]]と逆転し、産業構造の転換が進んでいる{{Sfn|OECD|2013|p=35}}。また、[[北九州エコタウン]]などの[[エコロジー|エコ]]ビジネスも集積している{{Sfn|OECD|2013|pp=38-42}}。
現在環境は改善され、[[経済協力開発機構]](OECD)のグリーン成長モデル都市にアジア地域で初めて認定されるなど再生を果たしている。
従来、工業都市のイメージが強かったが、近年では[[北九州エコタウン]]などの[[エコロジー|エコ]]ビジネスの集積や、[[門司港レトロ]]・[[スペースワールド]]など観光地としての取り組みが活発である。

旧市単位で公共施設が整備されたため、全国の政令指定都市20市の中でも、人口1人あたりの公共施設面積が最も大きいという特徴を持つ<ref name="Sankei140809" />。


== 地理 ==
== 地理 ==
=== 位置・地形 ===
=== 位置・地形 ===
[[ファイル:Kanmon Straits from space cropped rotated 90 degrees CCW.jpg|thumb|[[関門海峡]]の衛星写真。下側が北九州市、上側が下関市。<small>※多少歪みあり</small>]]
[[ファイル:Kanmon Straits from space cropped rotated 90 degrees CCW.jpg|thumb|[[関門海峡]]の衛星写真。下側が北九州市、上側が下関市。<small>※多少歪みあり</small>]]
{{出典の明記|date=2017年6月|section=1}}
[[九州]]の北東端に位置し、市の北側は[[日本海]]([[響灘]])に面し、東側は[[瀬戸内海]]([[周防灘]])に面する。[[関門海峡]]を挟んで[[本州]]の[[下関市]]と向かい合う。
[[九州]]の北東端に位置する。市の北側は[[日本海]]([[響灘]])に、東側は[[瀬戸内海]]([[周防灘]])に面し、[[関門海峡]]を挟んで[[本州]]の[[下関市]]とは最も幅が狭い早鞆瀬戸において約650mの距離で向かい合う<ref name="kaizukara">{{Cite Journal|和書|title=海図から見た関門海峡|author=川村文三郎|year=1969|journal=地図|volume=7|issue=4|pages=11-19|publisher=日本地図学会|location=東京|issn=0009-4897|doi=10.11212/jjca1963.7.4_11|naid=130003999317|accessdate =2017-06-18}}</ref>。


市の海岸は入り組んでおり、[[海岸]]線の総延長は約226km(2009年3月時点)に及び、政令指定都市の中では最も長い<ref>{{Cite web|url=http://www.kitaqport.or.jp/jap/topics/05_shiryo.pdf|title=北九州市港湾空港局 北九州港|accessdate=2017-06-14|date=2017-06|format=PDF |publisher=北九州市|page=6}}</ref>。関門海峡は若松区沿岸から門司区沿岸にかけてクランク状に19kmの間に渡って対峙し、最短距離早鞆瀬戸で600mで接し、対岸を歩く人が視認できるほどである。
市の[[海岸]]は入り組んでおり、海岸線の総延長は約226km(2009年3月時点)政令指定都市の中では最も長い<ref>{{Cite web|url=http://www.kitaqport.or.jp/jap/topics/05_shiryo.pdf|title=「新・海辺のマスタープラン」~魅力ある海辺づくり計画~(資料編)|accessdate=2017-06-18|date=2016-11|format=PDF |publisher=北九州市港湾空港局総務部総務経営課|page=6}}</ref>。関門海峡は若松区沿岸から門司区沿岸にかけて約20kmに渡りS字形の水域を形成<ref name="kaizukara" />九州本島若松半島の間にあ[[洞海湾]]湾口から約13kmに渡奥行きを持つ<ref>{{Cite web|title=水環境保全技術研修マニュアル:総論|url=https://www.env.go.jp/earth/coop/coop/document/04-wpctmj1/04-wpctmj1.pdf|date=1998-03|publisher=海外環境協力センター|accessdate =2017-06-18|page=225}}</ref>


海岸線のうち8割は港湾等の人工海岸であり、自然海岸の延長は約20kmとなっている{{Sfn|OECD|2013|pp=54}}。響灘沿岸の自然海岸では岩屋漁港周辺の海浜にて[[ウミガメ]]上陸が確認されており、周防灘沿岸には[[曽根干潟]]や喜多久自然海浜保全地区等が残る<ref>{{Cite web|title=豊前豊後沿岸 海岸保全基本計画書|url=http://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/life/47309_4498816_misc.pdf|date=2003-03|publisher=福岡県・大分県|accessdate=2017-06-18|pages=14-18}}</ref>。
市域には2つの[[半島]]([[企救半島]]、[[若松半島]])があり、九州本島と若松半島の間は[[洞海湾]]が10km以上切り込んで隔てている。市の海岸線の8割は港湾等の人工海岸であり、残り2割は自然海岸で、[[砂浜]]・[[干潟]]・[[リアス式海岸]]・岩礁等である。


市域の中央部は福智山地の北部をなし、門司区・[[企救半島]]の脊梁である企救山地([[足立山]]・[[妙見山]]・風師山・戸ノ上山等)、小倉南区の貫山山地(貫山等)、戸畑区南部・八幡東区に広がる皿倉・尺岳山地([[皿倉山]]・帆柱山・権現山・[[福智山]]・尺岳・金剛山等)、若松区・[[若松半島]]の脊梁である石峰山地(石嶺山・岩尾山・弥勒山等)に細分される<ref name="gsirep">{{Cite web|url=http://www1.gsi.go.jp/geowww/landcondition/report/D001-temp-005u.pdf|title=土地条件調査解説書「北九州地区」|publisher=国土地理院|date=2010-11|accessdate=2017-06-18}}</ref><ref name="gsiyukuhashi">{{Cite web|url=http://www1.gsi.go.jp/geowww/coastmap/ccm-report-h15.html|title=沿岸海域基礎調査報告書(行橋地区)|publisher=国土地理院|year=2003|accessdate=2017-06-18}}</ref>。
市域の中央部(戸畑区南部、八幡東区)は丘陵地をなし、企救半島(門司区)の脊梁部、および市全域の南部一帯は[[北九州国定公園]]に指定される山間部である。平地の市街地のすぐ後ろに急峻な山地を控えることから市内には眺望の良い山が多く、特に[[皿倉山]]は「100億ドルの夜景」として[[新日本三大夜景]]に選定されている。また福岡県北部から山口県西部にかけては石灰質の地形が拡がり、市内には[[カルスト台地]]で有名な[[平尾台]]がある。


これらの山間部は[[北九州国定公園]]に指定され<ref name="kouen2013">{{Cite book|title=北九州市公園の本|publisher=北九州市建設局公園緑地部|author=北九州市建設局公園緑地部|year=2013|page=62|accessdate=2017-06-18}}</ref>、[[皿倉山]]は「100億ドルの夜景」として[[新日本三大夜景]]に選定されている<ref name="yakei">{{Cite web|title=新日本三大夜景|url=http://yakei.jp/official/big3.html|publisher=新日本三大夜景・夜景100選事務局|accessdate=2017-06-18}}</ref>。福岡県北部から山口県西部にかけては石灰質の地形が拡がり、市内には[[カルスト台地]]の[[平尾台]]がある<ref>{{Cite Journal|和書|title=北九州平尾台のカルスト地形|author=浜田清吉|date=1952-07|journal=山口大学理学会誌|issue=3|pages=29-34|publisher=山口大学理学会|location=山口|issn=0372767X|naid=40018555457|accessdate =2017-06-18}}</ref>。その他山系の主峰ではないが、{{要出典範囲|date=2017-06|市民に親しまれている山として[[門司城|古城山]]、三角山、[[手向山]]、小文字山、鷲峯山、金比羅山、高塔山などがある}}。
福岡県にある市町村の中で最も面積が広いが、上記の通り山地が多いため、開けた平野部は少なく住宅や工場など生活地域が集中し、市街化されているのは市域の約3割の150平方キロメートル程度である。


市内を流れる[[川]]は[[紫川]]、[[板櫃川]]、[[金山川]]、[[遠賀川]]等があり、これらの河口部を中心に扇状地や海岸平野が分布している<ref name="gsirep" />が、上記の通り山地が多く海に隣接した地形であり、可住地面積は市全体の20%程度に限られる{{Sfn|OECD|2013|p=30}}。遠賀川のほか、山間部に建設された畑ダムや鱒淵ダム等のダム湖が都市部への水供給を支えている<ref name="chishitsu">{{Cite Journal|和書|title=小倉地域の地質|author=中江訓・尾崎正紀・太田正道・藪本美孝・松浦浩久・富田宰臣郎|year=1998-03|series=地域地質研究報告 : 5万分の1地質図幅|volume=福岡(14)|issue=34|page=109|publisher=通商産業省工業技術院地質調査所|location=つくば|oclc=44076857|ncid=BA37473524|accessdate=2017-06-18}}</ref>。
市内には市西縁を流れる遠賀川を除いては大河川はなく、急峻な山地から流れる小さな川が多い。また山間部では地形を生かし多くのダム湖が作られている。


市内の[[島]]として、[[藍島]]、[[馬島 (福岡県)|馬島]]、[[白島 (福岡県)|白島]](男島・女島の総称)、和合良島、間島、羽島、軽子島、津村島がある<ref name="portmap">{{Cite web|url=http://www.kitaqport.or.jp/jap/pamphlet/download/panhu_annaizu29.pdf|date=2017-03|title=北九州港案内図|publisher=北九州市港湾空港局物流振興課|accessdate=2017-06-18}}</ref>。また、人工島として[[北九州空港]]などがある<ref name="portmap" />。
* [[川]]:[[紫川]]、[[板櫃川]]、[[金山川]]、[[遠賀川]]
* [[山]]:[[風師山]]、[[戸ノ上山]]、[[足立山]]、[[妙見山]]、[[福智山]]、[[尺岳]]、[[貫山]]、[[皿倉山]]、[[帆柱山]]、[[金剛山]]、[[石嶺山]]
その他山系の主峰ではないが、市民に親しまれている山として古城山、三角山、手向山、小文字山、鷲峯山、金比羅山、高塔山などがある。
* [[島]]:間島、[[藍島]]、[[馬島 (福岡県)|馬島]]、[[白島 (福岡県)|白島]](男島、女島の総称)
その他大規模な人工島として[[北九州空港|空港島]]がある


=== 気候 ===
=== 気候 ===
{{複数の問題|section=1|独自研究=2011年5月|出典の明記=2011年5月}}
{{climate chart|北九州市([[八幡西区|八幡]])
{{climate chart|北九州市([[八幡西区|八幡]])
|3|9|83
|3|9|83
84行目: 70行目:
|clear=both
|clear=both
|source=[http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/nml_amd_ym.php?prec_no=82&prec_ch=%95%9F%89%AA%8C%A7&block_no=0780&block_ch=%94%AA%94%A6&year=&month=&day=&elm=normal&view= 気象庁 八幡(1979年 - 2000年の平均値)]}}
|source=[http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/nml_amd_ym.php?prec_no=82&prec_ch=%95%9F%89%AA%8C%A7&block_no=0780&block_ch=%94%AA%94%A6&year=&month=&day=&elm=normal&view= 気象庁 八幡(1979年 - 2000年の平均値)]}}
北九州市の東部は[[瀬戸内海]]([[周防灘]])、北部は[[日本海]]([[響灘]])に面しており、[[瀬戸内海気候]]と[[日本海気候]]の中間的な傾向を示し、比較的温暖である。
北九州市の東部は[[瀬戸内海]]([[周防灘]])、北部は[[日本海]]([[響灘]])に面しており、[[瀬戸内海気候]]と[[日本海気候]]の中間的な傾向を示し、比較的温暖である<ref name="nshouhousho">{{Cite web|url=http://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/000025834.pdf|title=合金鉄溶解炉設備建設事業に係る環境影響評価方法書(第3章 地域特性の把握)|publisher=新日本製鉄株式会社八幡製鉄所|accessdate=2017-06-18|date=2008-05}}</ref>。季節風の影響を受けやすく、冬は西からの風が強く、春から秋にかけては南からの風が強い<ref name="nshouhousho" />
季節風の影響を受けやすく、冬は西からの風が強く、春から秋にかけては南からの風が強い<ref>[http://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/000025834.pdf 地域特性の把握]北九州市資料(PDF) </ref>。


響灘は日本海特有の冬季の風浪の影響を受けるが、周防灘は瀬戸内海特有の比較的平穏な海域となっている。
響灘は日本海特有の冬季の風浪の影響を受けるが、周防灘は瀬戸内海特有の比較的平穏な海域となっている<ref name="qsrkanmon">{{Cite web|url=http://www.pa.qsr.mlit.go.jp/kanmon/2kanmon/index2-3.html|title=関門海峡の気候の特徴|publisher=国土交通省九州地方整備局|accessdate=2017-06-18}}</ref>。春先は関門海峡で濃い霧がしばしば発生する<ref name="qsrkanmon" />。{{要出典範囲|date=2017年6月|梅雨明け後は30度以上の真夏日になる日が多い。冬場は日本海から北西の季節風が吹きつけるため曇天の日が多く、数日程度積雪することもある}}
春先は関門海峡で濃い霧がしばしば発生する<ref>[http://www.pa.qsr.mlit.go.jp/kanmon/2kanmon/index2-3.html 関門海峡の気候の特徴]国土交通省九州地方整備局</ref>。
梅雨明け後は30度以上の真夏日になる日が多い。冬場は日本海から北西の季節風が吹きつけるため曇天の日が多く、数日程度積雪することもある。


北九州観測局の2006年(平成18年)の測定結果によると、年平均気温17.0度、年平均湿度72.9%、年間降水量2,237.0mmであった<ref>[http://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/000025834.pdf 地域特性の把握]北九州市資料(PDF)</ref>。
北九州観測局の2006年(平成18年)の測定結果によると、年平均気温17.0度、年平均湿度72.9%、年間降水量2,237.0mmであった<ref name="nshouhousho" />。


{{Weather box
{{Weather box
187行目: 170行目:


=== 隣接している自治体 ===
=== 隣接している自治体 ===
福岡県内では、[[中間市]]、[[直方市]]、[[行橋市]]、[[遠賀郡]]([[芦屋町]]・[[水巻町]])、[[鞍手郡]]([[鞍手町]])、[[田川郡]]([[香春町]]・[[福智町]])、[[京都郡]]([[苅田町]]・[[みやこ町]])に隣接している。
; 福岡県

* [[中間市]]
山口県[[下関市]]とは陸続きではないが、橋梁、海底トンネル、航路で結ばれている。
* [[直方市]]
* [[行橋市]]
* [[遠賀郡]]:[[芦屋町]]・[[水巻町]]
* [[鞍手郡]]:[[鞍手町]]
* [[田川郡]]:[[香春町]]・[[福智町]]
* [[京都郡]]:[[苅田町]]・[[みやこ町]]
; [[山口県]]
* [[下関市]](陸続きではないが、橋梁、海底トンネル、航路で結ばれている)


=== 人口 ===
=== 人口 ===
244行目: 220行目:
{{Col-begin}}
{{Col-begin}}
{{Col-break}}
{{Col-break}}
;合併前の人口比
'''合併前の人口比'''
{{Pie chart
{{Pie chart
| thumb = left
| thumb = left
264行目: 240行目:
| color5 = blue}}
| color5 = blue}}
{{Col-break}}
{{Col-break}}
;1985年の人口比
'''1985年の人口比'''
{{Pie chart
{{Pie chart
| thumb = left
| thumb = left
284行目: 260行目:
| color5 = blue}}
| color5 = blue}}
{{Col-break}}
{{Col-break}}
;直近の人口比
'''直近の人口比'''
{{Pie chart
{{Pie chart
| thumb = left
| thumb = left
304行目: 280行目:
| color5 = blue}}
| color5 = blue}}
{{Col-end}}
{{Col-end}}
合併後から1978年に福岡市に抜かれるまでは福岡県および九州で最多だった市の[[推計人口]]は<ref name="Sankei140808">{{Cite news|date=2014-08-08|url=http://www.sankei.com/politics/news/140808/plt1408080014-n4.html|title=【北九州再興への選択 (中)】沈むものづくりの街 「市の工夫足りない」経済界から嘆き(4/5ページ)|newspaper=産経ニュース|publisher=The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL|accessdate=2015-01-14}}</ref> 1979年12月に記録した1069117人をピークに下降線をたどっている。2004年4月の推計人口で初めて100万人を割り込み、同年5月に一旦100万人台を回復したものの、2005年1月に100万人を割って以降は100万人台を回復することなく<ref name="Nishinippon150411">{{Cite news|date=2015-04-11|url=http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_sougou/article/161983|title=北九州市の人口、95万人台に減少|newspaper=西日本新聞|publisher=西日本新聞社|archiveurl=https://web.archive.org/web/20150424213125/http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_sougou/article/161983|archivedate=2015-04-24}}</ref>、2007年以降は毎年平均4000人程度減少が続く状態で<ref>{{Cite news|date=2014-08-08|url=http://www.sankei.com/politics/news/140808/plt1408080014-n3.html|title=【北九州再興への選択 (中)】沈むものづくりの街 「市の工夫足りない」経済界から嘆き(3/5ページ)|newspaper=産経ニュース|publisher=The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL|accessdate=2015-01-14}}</ref>、2014年時点では福岡市の人口が北九州市の人口の1.5倍以上となっており<ref name="Sankei140808" />、2015年10月1日付国勢調査による人口は96万1815人となっている。2010年の国勢調査による人口と比べ、5年間で15,031人減少し、全国の自治体で人口減少数が最も多い都市となった<ref>{{Cite news|date=2016-02-27|url=http://www.sankei.com/smp/region/news/160227/rgn1602270044-s.html|title=27年国勢調査 福岡都市圏“独り勝ち” 北九州市と長崎市は大幅減|newspaper=産経ニュース|publisher=The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL|accessdate=2016-08-05}}</ref>。[[国立社会保障・人口問題研究所]]にと、市の将来推計人口は2040年には78万4162人となる見込る<ref name="Nishinippon150411" />。
合併後から1978年に福岡市に抜かれるまでは福岡県および九州で最多だった市の[[推計人口]]は<ref name="Sankei140808">{{Cite news|date=2014-08-08|url=http://www.sankei.com/politics/news/140808/plt1408080014-n4.html|title=【北九州再興への選択 (中)】沈むものづくりの街 「市の工夫足りない」経済界から嘆き(4/5ページ)|newspaper=産経ニュース|publisher=The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL|accessdate=2015-01-14}}</ref> 1979年に記録した1086415人をピークに減少が続いている{{Sfn|OECD|2013|p=23}}。2004年4月の推計人口で初めて100万人を割り込み、同年5月に一旦100万人台を回復したものの、2005年1月に100万人を割って以降は100万人台を回復することなく<ref name="Nishinippon150411">{{Cite news|date=2015-04-11|url=http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_sougou/article/161983|title=北九州市の人口、95万人台に減少|newspaper=西日本新聞|publisher=西日本新聞社|archiveurl=https://web.archive.org/web/20150424213125/http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_sougou/article/161983|archivedate=2015-04-24}}</ref>、2007年以降は毎年平均4000人程度減少が続く状態で<ref>{{Cite news|date=2014-08-08|url=http://www.sankei.com/politics/news/140808/plt1408080014-n3.html|title=【北九州再興への選択 (中)】沈むものづくりの街 「市の工夫足りない」経済界から嘆き(3/5ページ)|newspaper=産経ニュース|publisher=The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL|accessdate=2015-01-14}}</ref>、2014年時点では福岡市の人口が北九州市の人口の1.5倍以上となっており<ref name="Sankei140808" />、2015年10月1日付国勢調査による人口は96万1815人となっている。2010年の国勢調査による人口と比べ、5年間で15,031人減少し、全国の自治体で人口減少数が最も多い都市となった<ref>{{Cite news|date=2016-02-27|url=http://www.sankei.com/smp/region/news/160227/rgn1602270044-s.html|title=27年国勢調査 福岡都市圏“独り勝ち” 北九州市と長崎市は大幅減|newspaper=産経ニュース|publisher=The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL|accessdate=2016-08-05}}</ref>。[[国立社会保障・人口問題研究所]]は、2040年おける市の将来推計人口78万4162人と見込る<ref name="Nishinippon150411" />。


;[[国勢調査 (日本)|国勢調査]]人口の推移(単位:万人)<ref name="BigCitiesStats">[http://www.city.osaka.lg.jp/toshikeikaku/page/0000178983.html 大都市比較統計年表 > 人口](大阪市)</ref><ref>[http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2015/kekka.htm 平成27年国勢調査 調査の結果]([[総務省]][[統計局]])</ref>
'''[[国勢調査 (日本)|国勢調査]]人口の推移(単位:万人)'''<ref name="BigCitiesStats">[http://www.city.osaka.lg.jp/toshikeikaku/page/0000178983.html 大都市比較統計年表 > 人口](大阪市)</ref><ref>[http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2015/kekka.htm 平成27年国勢調査 調査の結果]([[総務省]][[統計局]])</ref>
{{Col|
{{Col|
{{Line chart
{{Line chart
344行目: 320行目:
{{legend-line|skyblue solid 4px|福岡市の現市域にあたる地域の人口}}}}
{{legend-line|skyblue solid 4px|福岡市の現市域にあたる地域の人口}}}}
{{人口統計|code=40100|name=北九州市}}
{{人口統計|code=40100|name=北九州市}}

2015年国勢調査では、市の平均年齢は47.5歳(男45.3歳・女49.4歳)である<ref name="kokusei2015">{{Cite web|url=http://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/000766119.pdf|publisher=北九州市企画調整局政策部企画課統計係|title=国勢調査結果の概要|accessdate=2017-06-18}}</ref>。年齢3区分別人口は年少人口(0歳から14歳まで)が11万9,448人(構成比12.6%)、[[生産年齢人口]](15歳から64歳)までが54万9,397人(同58.1%)、老年人口(65歳以上)が27万7,120人(同29.3%)であり、老年人口の占める割合は政令指定都市で最も高くなっている<ref name="kokusei2015" />。また、


=== 地名 ===
=== 地名 ===
349行目: 327行目:


== 市街地構成 ==
== 市街地構成 ==
{{複数の問題
明治中期以降、現市域である北九州地方には特色の異なる都市群が形成された。互いの市街地の延長により境界部では連続的になり[[コナベーション]]を形成した。[[1963年]]5市合併によって北九州市が誕生。同市は現在でも多極分散的な都市構造を持つ。[[周防灘]]側に比して、[[関門海峡]]・[[洞海湾]]沿岸地域における市街地の発達が顕著である。
|独自研究=2017年6月
|出典の明記=2017年6月
|section=1}}
明治中期以降、現市域である北九州地方には特色の異なる都市群が形成された。互いの市街地の延長により境界部では連続的になり[[コナベーション]]を形成した。[[1963年]]の5市合併によって北九州市が誕生した経緯もあり、多極分散的な都市構造を持つ。[[周防灘]]側に比して、[[関門海峡]]・[[洞海湾]]沿岸地域における市街地の発達が顕著である。


主な市街地は、合併前各市の中心市街地([[小倉北区|小倉]]、[[黒崎 (北九州市)|黒崎]]、[[戸畑区|戸畑]]、[[門司港 (地区名)|門司港]]、[[若松区|若松]])のほか、[[鹿児島本線]]および[[日豊本線]]の主要駅付近([[門司駅|門司]]、[[八幡駅 (福岡県)|八幡]]、[[折尾]]、[[城野駅 (JR九州)|城野]]、[[下曽根]]など)に形成されている。現在では北九州市小倉を[[都心]]、黒崎を[[副都心]]と位置付けて都市の再編成を行っている。
主な市街地は、合併前各市の中心市街地([[小倉北区|小倉]]、[[黒崎 (北九州市)|黒崎]]、[[戸畑区|戸畑]]、[[門司港 (地区名)|門司港]]、[[若松区|若松]])のほか、[[鹿児島本線]]および[[日豊本線]]の主要駅付近([[門司駅|門司]]、[[八幡駅 (福岡県)|八幡]]、[[折尾]]、[[城野駅 (JR九州)|城野]]、[[下曽根]]など)に形成されている。北九州市小倉を[[都心]]、黒崎を[[副都心]]と位置付けて都市の再編成を行っている。


沿岸部は白野江([[門司区]]東岸)付近と脇田海水浴場(若松区北西岸)以西を除いてほとんどが埋立てられており、工業用地([[北九州工業地帯]])や港湾施設([[北九州港]])に供されている。旧海岸線や[[紫川]]流域を除いては全体として平地が少なく、従来より山地・丘陵地を切り開いて住宅地や商業地、道路等を造成する場合が多い。近年では、[[東田 (北九州市)|東田]]地区において遊休地となった工場跡地が[[再開発]]され、新市街地となっている。また、上葛原地区は農地を[[土地区画整理事業|区画整理]]によって宅地化し、郊外型商業施設や物流施設が集積するエリアとなっている。
沿岸部は白野江([[門司区]]東岸)付近と脇田海水浴場(若松区北西岸)以西を除いてほとんどが埋立てられており、工業用地([[北九州工業地帯]])や港湾施設([[北九州港]])に供されている。旧海岸線や[[紫川]]流域を除いては全体として平地が少なく、従来より山地・丘陵地を切り開いて住宅地や商業地、道路等を造成する場合が多い。[[東田 (北九州市)|東田]]地区では遊休地となった工場跡地が[[再開発]]され、新市街地となっている。また、上葛原地区は農地を[[土地区画整理事業|区画整理]]によって宅地化し、郊外型商業施設や物流施設が集積するエリアとなっている。

旧市単位で公共施設が整備されたため、全国の政令指定都市20市の中でも、人口1人あたりの公共施設面積が最も大きいという特徴を持つ<ref name="Sankei140809" />。


主な市街地は以下の通りである。
主な市街地は以下の通りである。
375行目: 359行目:
; [[門司港 (地区名)|門司港]]
; [[門司港 (地区名)|門司港]]
: [[関門海峡]]に面する九州の玄関口で、[[門司港駅]]北側には[[下関市|下関]]に連絡する渡船場がある。平地が少ない北九州市の中でもとくに平地部が少なく、限られた平地・斜面に市街地が発達している。
: [[関門海峡]]に面する九州の玄関口で、[[門司港駅]]北側には[[下関市|下関]]に連絡する渡船場がある。平地が少ない北九州市の中でもとくに平地部が少なく、限られた平地・斜面に市街地が発達している。
: かつては門司と言えば門司港地区を指したが、[[関門トンネル (山陽本線)|関門鉄道トンネル]]の開通などにより門司駅の名を旧大里駅に譲り、現在では市街地の名称として「[[門司港 (地区名)|門司港]]」地区とされるのが一般的である。明治以降貿易で栄え、[[横浜市|横浜]]・[[神戸市|神戸]]と並び日本における主要な貿易港の一角を担い、市街地には銀行・商社・新聞社等の支店のほか、[[遊廓]]や[[料亭|高級料亭]]、百貨店の「[[山城屋 (百貨店)|山城屋]]」などが立地したが、鉄道トンネルの開通により門司港地区の交通上の重要性は著しく低下した。市街地の賑わいは影を潜め、百貨店は閉鎖されたが、明治から昭和初期にかけての建築様式を示す建造物が多く残ったことから、[[門司港レトロ]]として再開発され、多くの観光客を集める場所となった。
: かつては門司と言えば門司港地区を指したが、[[関門トンネル (山陽本線)|関門鉄道トンネル]]の開通などにより門司駅の名を旧大里駅に譲り、市街地の名称として「[[門司港 (地区名)|門司港]]」地区とされるのが一般的である。明治以降貿易で栄え、[[横浜市|横浜]]・[[神戸市|神戸]]と並び日本における主要な貿易港の一角を担い、市街地には銀行・商社・新聞社等の支店のほか、[[遊廓]]や[[料亭|高級料亭]]、百貨店の「[[山城屋 (百貨店)|山城屋]]」などが立地したが、鉄道トンネルの開通により門司港地区の交通上の重要性は著しく低下した。市街地の賑わいは影を潜め、百貨店は閉鎖されたが、明治から昭和初期にかけての建築様式を示す建造物が多く残ったことから、[[門司港レトロ]]として再開発され、多くの観光客を集める場所となった。
; [[大里 (北九州市)|大里]]
; [[大里 (北九州市)|大里]]
: [[関門トンネル (山陽本線)|関門鉄道トンネル]]の開通により九州の玄関口となり、[[九州旅客鉄道鉄道事業本部|門司鉄道管理局]]、[[門司機関区]]を中心に鉄道関係者が集積し、市街地化が進んだ。現在も[[北九州貨物ターミナル駅|北九州貨物ターミナル]]など鉄道の重要施設が残る。海岸部は国道199号線に沿って細長い産業地をなし、JR線より山側は斜面の中腹まで密集した住宅地を形成している。また柳町周辺に商店街が形成されており、近隣高齢者の利用が大変多い。サッポロビールの工場や[[門司競輪場]]などがかつはあったが、現在は廃止となっている。近年は都心の小倉駅から一駅という利便性に加え、工場跡地のレトロ建築物群を生かした[[門司赤煉瓦プレイス]]周辺の再開発が門司駅北側で行われている。
: [[関門トンネル (山陽本線)|関門鉄道トンネル]]の開通により九州の玄関口となり、[[九州旅客鉄道鉄道事業本部|門司鉄道管理局]]、[[門司機関区]]を中心に鉄道関係者が集積し、市街地化が進んだ。現在も[[北九州貨物ターミナル駅|北九州貨物ターミナル]]など鉄道の重要施設が残る。海岸部は国道199号線に沿って細長い産業地をなし、JR線より山側は斜面の中腹まで密集した住宅地を形成している。また柳町周辺に商店街が形成されており、近隣高齢者の利用が大変多い。かつてはサッポロビールの工場や[[門司競輪場]]などが立地したが、いずれも廃止された。近年は都心の小倉駅から一駅という利便性に加え、工場跡地のレトロ建築物群を生かした[[門司赤煉瓦プレイス]]周辺の再開発が門司駅北側で行われている。
; [[三萩野]]
; [[三萩野]]
: 三萩野交差点を中心に商業施設、金融機関が集積するほか、近隣にはハローワークや[[北九州中央郵便局]]、[[小倉競輪場]]、[[北九州市民球場]]などの公共施設がある。都心部への入口であると共に[[国道3号]]・[[国道10号|10号]]・[[国道322号|322号]]からの通過交通の重なる重要な交差点であり、[[北九州高速鉄道|北九州モノレール]][[香春口三萩野駅]]から戸畑、黒崎方面のバスに乗り換えなど市内交通の要でもあることから、日夜交通量が多く繁華な地区である。
: 三萩野交差点を中心に商業施設、金融機関が集積するほか、近隣にはハローワークや[[北九州中央郵便局]]、[[小倉競輪場]]、[[北九州市民球場]]などの公共施設がある。都心部への入口であると共に[[国道3号]]・[[国道10号|10号]]・[[国道322号|322号]]からの通過交通の重なる重要な交差点であり、[[北九州高速鉄道|北九州モノレール]][[香春口三萩野駅]]から戸畑、黒崎方面のバスに乗り換えなど市内交通の要でもあることから、日夜交通量が多く繁華な地区である。
389行目: 373行目:
: 小倉と黒崎の間に位置するため住宅地としての人気が高い地域である。駅前が再開発され、[[戸畑サティ]](現・イオン戸畑ショッピングセンター)の開業によって、一つの商業拠点として成り立っている。また、駅東側には地域福祉活動・芸術文化活動の拠点として[[ウェルとばた]]が2002年にオープンし新たな賑わいを見せている。戸畑区内には[[九州工業大学]]や多くの高校があるほか、市立美術館があり市内でも文教地区とされる。沿岸部は工業地帯である。
: 小倉と黒崎の間に位置するため住宅地としての人気が高い地域である。駅前が再開発され、[[戸畑サティ]](現・イオン戸畑ショッピングセンター)の開業によって、一つの商業拠点として成り立っている。また、駅東側には地域福祉活動・芸術文化活動の拠点として[[ウェルとばた]]が2002年にオープンし新たな賑わいを見せている。戸畑区内には[[九州工業大学]]や多くの高校があるほか、市立美術館があり市内でも文教地区とされる。沿岸部は工業地帯である。
; [[八幡東区|八幡]]
; [[八幡東区|八幡]]
: [[八幡製鐵所|八幡製鉄所]](現在[[新日鐵住金]]が運営)の[[企業城下町]]として栄えた地域で、製鉄業の最盛期は小倉と並び、北九州有数の繁華街であった。現在でも[[中央 (北九州市)|八幡中央区商店街]]には100以上の店舗が集まる。近年は[[東田 (北九州市)|東田]]地区の開発や[[八幡駅 (福岡県)|八幡駅]]前の再開発など、新たな動きの大きい地域である。また、工場遊休地の活用により建設された国内初の宇宙テーマパーク「[[スペースワールド]]」がある。
: [[八幡製鐵所|八幡製鉄所]]([[新日鐵住金]])の[[企業城下町]]として栄えた地域で、製鉄業の最盛期は小倉と並び、北九州有数の繁華街であった。現在{{いつ|date=2017年6月}}でも[[中央 (北九州市)|八幡中央区商店街]]には100以上の店舗が集まる。近年は[[東田 (北九州市)|東田]]地区の開発や[[八幡駅 (福岡県)|八幡駅]]前の再開発など、新たな動きの大きい地域である。また、工場遊休地の活用により建設された国内初の宇宙テーマパーク「[[スペースワールド]]」がある。
; [[若松区|若松]]
; [[若松区|若松]]
: 区域の東部・南部の洞海湾沿いの地域が旧来からの市街地であり、区の中ほどにある二島地区まで国道199号線に沿って連続した市街地が形成されている。区東部は石炭積出港として栄え、かつては港湾関連の業務地区のほか歓楽街も形成した。二島以西は近年まで農村的景観であったが1980年代以降、区西部の[[高須 (北九州市)|高須]]地区が郊外型新興住宅地として開発され、それに伴い郊外型商業施設が集まる地域も形成されている。東部の高齢化および人口流出が進む中、区全体の人口比重も西側に偏る傾向がある。高須一帯は折尾地区(八幡西区)とも隣接しており、また2000年代以降、高須地区・本城地区(八幡西区)に跨る地域に[[北九州学術研究都市]]が整備され、現在も開発継続中である。
: 区域の東部・南部の洞海湾沿いの地域が旧来からの市街地であり、区の中ほどにある二島地区まで国道199号線に沿って連続した市街地が形成されている。区東部は石炭積出港として栄え、かつては港湾関連の業務地区のほか歓楽街も形成した。二島以西は近年まで農村的景観であったが1980年代以降、区西部の[[高須 (北九州市)|高須]]地区が郊外型新興住宅地として開発され、それに伴い郊外型商業施設が集まる地域も形成されている。東部の高齢化および人口流出が進む中、区全体の人口比重も西側に偏る傾向がある。高須一帯は折尾地区(八幡西区)とも隣接しており、また2000年代以降、高須地区・本城地区(八幡西区)に跨る地域に[[北九州学術研究都市]]が整備され{{Sfn|OECD|2013|pp=84}}、開発が進行している。
; [[折尾]]
; [[折尾]]
: [[八幡西区]]の西端部で[[折尾駅]]周辺の地域。[[折尾]]地区には[[大学院]]・[[大学]]・[[短期大学]]・[[専門学校]]・[[高等学校]]が多数存在しており、周辺には学生向けの飲食店やスーパー等の商業施設も揃っており、利便性の良い学生街を形成する一方で、交通の結節点でもあり、市西部の住宅地の中心であるなど多面的な顔を持つ。[[北九州学術研究都市]](住所上は[[若松区]][[ひびきの]]。区境で本城・浅川地区と接している)があり、最先端の技術研究を企業と大学が一丸となって行っている。折尾地区総合整備事業では駅周辺の鉄道の高架化、幹線道路や駅前広場の整備、鉄道跡地を含む土地区画整理事業を一体的に実施することで、遠賀地区や中間市を含めた広域的な中心核として、また、学園都市の魅力ある玄関口にふさわしい「まち」に再構築するため総事業規模830億円をかけ、平成31年度(2020年3月末)完成を予定に施行中である。
: [[八幡西区]]の西端部で[[折尾駅]]周辺の地域。[[折尾]]地区には[[大学院]]・[[大学]]・[[短期大学]]・[[専門学校]]・[[高等学校]]が多数存在しており、周辺には学生向けの飲食店やスーパー等の商業施設も揃っており、利便性の良い学生街を形成する一方で、交通の結節点でもあり、市西部の住宅地の中心であるなど多面的な顔を持つ。北九州学術研究都市(住所上は若松区[[ひびきの]]。区境で本城・浅川地区と接している)があり、ハイテク産業の技術研究を企業と大学が共同で実施している{{Sfn|OECD|2013|pp=84}}。折尾地区総合整備事業では駅周辺の鉄道の高架化、幹線道路や駅前広場の整備、鉄道跡地を含む土地区画整理事業を一体的に実施することで、遠賀地区や中間市を含めた広域的な中心核として、また、学園都市の魅力ある玄関口にふさわしい「まち」に再構築するため総事業規模830億円をかけ、2020年度(平成31年度)完成を予定に施行中である。


=== 下関との交流関係 ===
=== 下関との交流関係 ===
403行目: 387行目:


== 交通 ==
== 交通 ==
九州の玄関口に位置し、九州における主要な国道や鉄道路線の起点であり、また[[関門海峡]]に面することから海上においても交通の要衝である。[[2016年]][[4月24日]]には[[東九州自動車道]]が[[大分市]]および[[宮崎市]]まで直結し、[[九州自動車道]]と合わせて[[交通結節点]]としての拠点性が向上した。

=== 空港 ===
=== 空港 ===
* [[北九州空港]](小倉南区空港北町・苅田町空港南町) - 2006年3月16日に苅田町と隣接する周防灘沖に開港。24時間運用可能な海上空港である。
* [[北九州空港]](小倉南区空港北町・苅田町空港南町) - 2006年3月16日に苅田町と隣接する周防灘沖に開港。24時間運用可能な海上空港である。
610行目: 596行目:
[[ファイル:Kokura-jo.jpg|thumb|[[小倉城]]、小倉北区]]
[[ファイル:Kokura-jo.jpg|thumb|[[小倉城]]、小倉北区]]


[[令制国]]においては、北九州市における門司区・小倉北区・小倉南区の全域、および、八幡東区の東半分に相当する地域は[[豊前国]]([[企救郡]])、八幡西区・若松区・戸畑区の全域、および、八幡東区の西半分に相当する地域は[[筑前国]]([[遠賀郡]]、[[鞍手郡]])に属しており、別の国であった。[[大化]]元年(645年)には今の[[和布刈神社]]付近に「文字ガ関」が置かれたといい、門司の地名由来となっている。[[古代]]に九州地方を統括していた[[大宰府]]への第一の[[関所]]の位置付けである。
=== 概要 ===
[[令制国]]においては、現在の門司区、小倉北区、小倉南区の全域と、八幡東区の東半分は[[豊前国]]([[企救郡]])に属し、八幡東区の西半分と、八幡西区、若松区、戸畑区の全域は[[筑前国]]([[遠賀郡]]、[[鞍手郡]])に属しており、別の国であった。[[大化]]元年(645年)には今の[[和布刈神社]]付近に「文字ガ関」が置かれたといい、門司の地名由来となっている。[[古代]]に九州地方を統括していた[[大宰府]]への第一の[[関所]]の位置付けである。


1871年8月29日の[[廃藩置県]]により、豊前国は[[小倉県]]に、筑前国は[[福岡県]]となった。しかし、1876年8月21日の府県合併により、小倉県は分割されて大半の地域が福岡県と合併した。それ以降、現在の市域全体福岡県に属するようになる。
1871年8月29日の[[廃藩置県]]により、豊前国は[[小倉県]]に、筑前国は[[福岡県]]となった。しかし、1876年8月21日の府県合併により、小倉県は分割されて大半の地域が福岡県と合併した。それ以降、北九州市の市域に相当する地域は全体福岡県に属するようになる。


この豊前国と筑前国とも、[[山口市]]に拠点を置く[[西日本]]最大の大名であった[[大内氏]]の時代には、この大内氏により守護されており、文化圏の枠組みでは、[[九州]]よりも[[本州]]や[[瀬戸内海]]岸の文化の影響が強い。また、この界隈の基礎となった[[八幡製鐵所|官営八幡製鉄所]]の建設には、明治の[[長州藩|長州]]閥が深く関わっており、歴史的にも豊前と長州の2地域は密接である。
この豊前国と筑前国とも、[[山口市]]に拠点を置く[[西日本]]最大の大名であった[[大内氏]]の時代には、この大内氏により守護されており、文化圏の枠組みでは、[[九州]]よりも[[本州]]や[[瀬戸内海]]岸の文化の影響が強い。また、この界隈の基礎となった[[八幡製鐵所|官営八幡製鉄所]]の建設には、明治の[[長州藩|長州]]閥が深く関わっており、歴史的にも豊前と長州の2地域は密接である。


1889年の[[市町村制]]施行により、それぞれが町制を敷き、大正時代に門司市、小倉市、戸畑市、若松市、八幡市(現在の八幡東区全域と八幡西区黒崎地区のみ。八幡西区の残りの地域は昭和12、19、30年に合併)が成立した。当時より五市(場合によっては下関市、中間市を含めた七市)の合併が提起されていたが、1963年2月10日にこの5市が合併(新設合併)し、4月1日に[[政令指定都市]]となった。新市名については、合併後の新市名を住民公募した結果、1位は「'''[[西京]]市'''」だったが、<!--「西京」の異名を持つ[[山口市]]が反発した為か、--><!--出典を記述願います-->'''京'''の名を含んだ名称には異論もあり<ref group="注">新市の名称を決める特別委員会で「ひとりの長老」が「天子様がおられた歴史がないのに、京と名乗っていいのかなあ」と発言したことから西京市の名称が選ばれなかったという証言(出口隆 財団法人北九州都市協会会長、1999年8月)がある。[http://www.ncbank.co.jp/chiiki_shakaikoken/furusato_rekishi/ ふるさと歴史シリーズ「北九州に強くなろう」] - 「五市合併」より(西日本シティ銀行ウェブサイト)</ref>、2位の「北九州市」が採用された。
1889年の[[市町村制]]施行により、それぞれが町制を敷き、大正時代に門司市、小倉市、戸畑市、若松市、八幡市(の八幡東区全域と八幡西区黒崎地区に相当する区域。八幡西区の残りの地域は昭和12、19、30年に合併)が成立した。当時より五市(場合によっては下関市、中間市を含めた七市)の合併が提起されていたが、1963年2月10日にこの5市が合併(新設合併)し<ref name="mainichi19630210" />、4月1日に[[政令指定都市]]となった。新市名については、合併後の新市名を住民公募した結果、1位は「'''[[西京]]市'''」だったが、<!--「西京」の異名を持つ[[山口市]]が反発した為か、--><!--出典を記述願います-->'''京'''の名を含んだ名称には異論もあり<ref group="注">新市の名称を決める特別委員会で「ひとりの長老」が「天子様がおられた歴史がないのに、京と名乗っていいのかなあ」と発言したことから西京市の名称が選ばれなかったという証言(出口隆 財団法人北九州都市協会会長、1999年8月)がある。[http://www.ncbank.co.jp/chiiki_shakaikoken/furusato_rekishi/ ふるさと歴史シリーズ「北九州に強くなろう」] - 「五市合併」より(西日本シティ銀行ウェブサイト)</ref>、2位の「北九州市」が採用された。


[[ファイル:Kokura kencho.JPG|thumb|旧[[小倉県|小倉県庁]]舎、小倉北区]]
[[ファイル:Kokura kencho.JPG|thumb|旧[[小倉県|小倉県庁]]舎、小倉北区]]
624行目: 609行目:
北九州市は昔から交通の要衝であり、[[重化学工業]]で栄えた都市でもある。古くから[[筑豊]]地方、[[京築]]地域、[[遠賀郡|遠賀]]地方、[[福岡市]]周辺はもとより、山口県の[[下関市]]、[[宇部市]]、[[山陽小野田市]]、[[美祢市]]、[[大分県]]の[[中津市]]、[[宇佐市]]などの地域との関係が歴史的・文化的に密接であり、本市を中心にこれら3県に跨がる[[関門都市圏]]を形成している。特に山口県とは歴史的に非常に強い関係があり、文化面・経済面での影響を強く受けている。市内で使われる[[北九州弁]]も周辺地域の影響を濃く受けているが、先述の通り歴史上別の国であったことも影響し、市内でも西部と東部で方言に差異が見られる。
北九州市は昔から交通の要衝であり、[[重化学工業]]で栄えた都市でもある。古くから[[筑豊]]地方、[[京築]]地域、[[遠賀郡|遠賀]]地方、[[福岡市]]周辺はもとより、山口県の[[下関市]]、[[宇部市]]、[[山陽小野田市]]、[[美祢市]]、[[大分県]]の[[中津市]]、[[宇佐市]]などの地域との関係が歴史的・文化的に密接であり、本市を中心にこれら3県に跨がる[[関門都市圏]]を形成している。特に山口県とは歴史的に非常に強い関係があり、文化面・経済面での影響を強く受けている。市内で使われる[[北九州弁]]も周辺地域の影響を濃く受けているが、先述の通り歴史上別の国であったことも影響し、市内でも西部と東部で方言に差異が見られる。


また、響灘に面していることもあり、今の市域全体が古くから軍事の要衝ともなっていた。関門海峡では1185年に[[壇ノ浦の戦い]]があり、明治期には西日本最大の要塞であった「'''[[下関要塞]]'''」の一部として指定され、主だった山や小倉城址、今の若松区の海岸地帯などは一般人の出入りが禁止・制限された。さらに小倉には陸軍の造兵廠が置かれ、1945年にはここが長崎に投下されたプルトニウム型原子爆弾の最初の投下目標となった。文豪・[[森鴎外]]が小倉に住んでいたのも陸軍の軍医としてであった。第二次世界大戦後はそれらの施設や民間の建物などがアメリカ軍に接収され、今の[[NHK北九州放送局]]も米軍向け放送を一時行っていた。現在でも市内の一部には軍事都市の名残をとどめる史跡が存在する。
また、響灘に面していることもあり、今の市域全体が古くから軍事の要衝ともなっていた。関門海峡では1185年に[[壇ノ浦の戦い]]があり、明治期には西日本最大の要塞であった「'''[[下関要塞]]'''」の一部として指定され、主だった山や小倉城址、今の若松区の海岸地帯などは一般人の出入りが禁止・制限された。さらに小倉には陸軍の造兵廠が置かれ、1945年にはここが長崎に投下されたプルトニウム型原子爆弾の最初の投下目標となった。文豪・[[森鴎外]]が小倉に住んでいたのも陸軍の軍医としてであった。第二次世界大戦後はそれらの施設や民間の建物などがアメリカ軍に接収され、今の[[NHK北九州放送局]]も米軍向け放送を一時行っていた。市内の一部には軍事都市の名残をとどめる史跡が存在する。


=== 沿革 ===
=== 沿革 ===
651行目: 636行目:
* [[1866年]] - [[小倉藩]]と[[長州藩]]の間で[[長州戦争]]が勃発し一部長州に占領される。以後境界は明治まで変更されなかった。
* [[1866年]] - [[小倉藩]]と[[長州藩]]の間で[[長州戦争]]が勃発し一部長州に占領される。以後境界は明治まで変更されなかった。


==== 近代北九州市成立以前 ====
==== 近代 - 北九州市成立以前 ====
* 1869年 - [[企救郡]][[百姓一揆]]発生。
* 1869年 - [[企救郡]][[百姓一揆]]発生。
* [[1871年]] - [[廃藩置県]]により、[[小倉県]]と[[福岡県]]が成立([[1876年]]に、小倉県は福岡県と大分県に分割・合併される)。小倉に西海道鎮台配置。
* [[1871年]] - [[廃藩置県]]により、[[小倉県]]と[[福岡県]]が成立([[1876年]]に、小倉県は福岡県と大分県に分割・合併される)。小倉に西海道鎮台配置。
* [[1875年]] - 小倉に[[大日本帝国陸軍|陸軍]][[歩兵第14連隊]]が設置される。連隊長心得として[[乃木希典]]が着任する。
* [[1875年]] - 小倉に[[大日本帝国陸軍|陸軍]][[歩兵第14連隊]]が設置される。連隊長心得として[[乃木希典]]が着任する。
* 1889年 - [[渋沢栄一]]らにより「門司築港株式会社」発足、11月に門司港が国による輸出港指定を受け外国貿易港となる。
* 1889年 - [[渋沢栄一]]らにより「門司築港株式会社」発足、11月に門司港が国による輸出港指定を受け外国貿易港となる。
* [[1891年]] - [[九州鉄道]]本社が門司に移転、門司(現[[門司港駅]]) - 高瀬(現[[玉名駅]])間開業。[[筑豊興業鉄道]]若松 - 直方間開業。
* [[1891年]] - [[九州鉄道]]本社が門司に移転、門司(現[[門司港駅]]) - 高瀬(現[[玉名駅]])間開業{{Sfn|九州旅客鉄道|1989|p=231}}。[[筑豊興業鉄道]]若松 - 直方間開業。
* 1898年10月1日 - 小倉に陸軍[[第12師団 (日本軍)|第12師団]]配置。
* 1898年10月1日 - 小倉に陸軍[[第12師団 (日本軍)|第12師団]]配置。
* [[1899年]]4月1日 - 門司町が[[市制]]施行。[[門司市]]となる。
* [[1899年]]4月1日 - 門司町が[[市制]]施行。[[門司市]]となる。
662行目: 647行目:
* [[1901年]]
* [[1901年]]
** 2月5日 - [[八幡製鐵所|官営八幡製鉄所]]が操業を開始する。
** 2月5日 - [[八幡製鐵所|官営八幡製鉄所]]が操業を開始する。
** 11月18日 - [[伏見宮貞愛親王]]臨席の下、製鉄所作業開始式挙行(現在の[[起業祭]]の由来)。
** 11月18日 - [[伏見宮貞愛親王]]臨席の下、製鉄所作業開始式挙行([[起業祭]]の由来)。
[[ファイル:West Japan Industrial Club.jpg|thumb|西日本工業倶楽部、[[戸畑区]]]]
[[ファイル:West Japan Industrial Club.jpg|thumb|西日本工業倶楽部、[[戸畑区]]]]
* 1902年3月27日 - [[福岡県立東筑高等学校|東筑中学校(現東筑高等学校)]]が、遠賀郡洞南村大字折尾の新校舎に移転、現市域初の[[旧制中学校]]となる。
* 1902年3月27日 - [[福岡県立東筑高等学校|東筑中学校(現東筑高等学校)]]が、遠賀郡洞南村大字折尾の新校舎に移転、現市域初の[[旧制中学校]]となる。
* 1905年 - [[日露戦争]]の捕虜収容所が門司市小森江に作られる(1906年10月閉鎖)
* 1905年 - [[日露戦争]]の捕虜収容所が門司市小森江に作られる(1906年10月閉鎖)
* 1907年7月12日 - 九州鉄道国有化、帝国鉄道庁九州帝国鉄道管理局(後の門司[[鉄道管理局]])設置。
* 1907年7月12日 - 九州鉄道国有化、帝国鉄道庁九州帝国鉄道管理局(後の門司[[鉄道管理局]])設置{{Sfn|九州旅客鉄道|1989|p=65}}
* [[1914年]]
* [[1914年]]
* 2月 - 門司駅(現門司港駅)駅舎落成。
* 2月 - 門司駅(現門司港駅)駅舎落成。
698行目: 683行目:
** 10月20日 - 国鉄(現JR)小倉駅移転に伴い、同日開催のプロ野球[[西鉄ライオンズ]]対[[大映ユニオンズ]]戦を最後に小倉豊楽園球場閉鎖。
** 10月20日 - 国鉄(現JR)小倉駅移転に伴い、同日開催のプロ野球[[西鉄ライオンズ]]対[[大映ユニオンズ]]戦を最後に小倉豊楽園球場閉鎖。
* [[1958年]]
* [[1958年]]
** 3月1日 - 小倉駅が現在地に移転開業。
** 3月1日 - 小倉駅が700m東方の浅野一丁目に移転し{{Sfn|九州旅客鉄道|1989|p=231}}、民衆駅として開業{{Sfn|九州旅客鉄道|1989|p=141}}
** 3月9日 - [[関門トンネル (国道2号)|関門国道トンネル]]開通。
** 3月9日 - [[関門トンネル (国道2号)|関門国道トンネル]]開通。
** 4月5日 - 小倉市三萩野に小倉市営野球場(現[[北九州市民球場]])開場、こけら落としとして西鉄ライオンズ対[[阪急ブレーブス]]戦を開催。
** 4月5日 - 小倉市三萩野に小倉市営野球場(現[[北九州市民球場]])開場、こけら落としとして西鉄ライオンズ対[[阪急ブレーブス]]戦を開催。
708行目: 693行目:
==== 北九州市成立以降 ====
==== 北九州市成立以降 ====
* [[1963年]]
* [[1963年]]
** 2月10日 - 門司市・小倉市・戸畑市・八幡市・若松市の5市が合併(新設合併)し、'''北九州市'''が発足、仮市役所は旧戸畑市役所となる。市名の第一候補は「西京市」であった。
** 2月10日 - 門司市・小倉市・戸畑市・八幡市・若松市の5市が合併(新設合併)し、'''北九州市'''が発足、仮市役所は旧戸畑市役所となる<ref name="mainichi19630210" />。市名の第一候補は「西京市」であった。同日、北九州市発足記念の切手が一種(10円)発行された。
** 3月11日 - 議員定数188人で初市議会開催。
** 3月11日 - 議員定数188人で初市議会開催。
** 3月14日 - 市章を制定する<ref>『[[#図典 日本の市町村章| 日本の市町村章]]』p207</ref>
** 3月14日 - 市章を制定する{{Sfn|小学館辞編集部|2007|p=207}}
** 4月1日 - 北九州市が[[政令指定都市]]に指定され、[[門司区]]・小倉区・[[戸畑区]]・八幡区・[[若松区]]の5区を設置。各行政区域はほぼ合併前の各市域に対応する(一部変更あり)。[[三大都市圏]]以外や県庁所在地以外で初の[[政令指定都市]]となった。翌4月2日、[[北九州市歌]]が制定される。
** 4月1日 - 北九州市が[[政令指定都市]]に指定され、[[門司区]]・小倉区・[[戸畑区]]・八幡区・[[若松区]]の5区を設置。各行政区域はほぼ合併前の各市域に対応する(一部変更あり)。[[三大都市圏]]以外で初の[[政令指定都市]]となった。翌4月2日、[[北九州市歌]]が制定される。
** 9月1日
** 9月1日
***[[京浜工業地帯]]、[[阪神工業地帯]]と同時に、[[ばい煙の排出の規制等に関する法律|ばい煙規正法]]対象地域となり、同日より施行、市内120の工場、事業所が対象となる。
***[[京浜工業地帯]]、[[阪神工業地帯]]と同時に、[[ばい煙の排出の規制等に関する法律|ばい煙規正法]]対象地域となり、同日より施行、市内120の工場、事業所が対象となる。
742行目: 727行目:
** 5月15日 - 戸畑区の[[旧松本家住宅]](西日本工業倶楽部)が[[重要文化財]]に指定される<ref>北九州市政だより 昭和47(1972)年7月1日号P.3</ref>。
** 5月15日 - 戸畑区の[[旧松本家住宅]](西日本工業倶楽部)が[[重要文化財]]に指定される<ref>北九州市政だより 昭和47(1972)年7月1日号P.3</ref>。
** 7月 - [[昭和47年7月豪雨]]により、市内約4千世帯に被害<ref>北九州市政だより 昭和47(1972)年8月1日号P.3</ref>。
** 7月 - [[昭和47年7月豪雨]]により、市内約4千世帯に被害<ref>北九州市政だより 昭和47(1972)年8月1日号P.3</ref>。
** 10月16日 - [[北九州国定公園]]が指定される<ref>北九州市政だより 昭和47(1972)年11月1日号P.1</ref>。
** 10月16日 - [[北九州国定公園]]が指定される<ref name="kouen2013" /><ref>北九州市政だより 昭和47(1972)年11月1日号P.1</ref>。
[[ファイル:Kanmon-1.jpg|thumb|関門橋、門司区]]
[[ファイル:Kanmon-1.jpg|thumb|関門橋、門司区]]
* [[1973年]]11月14日 - [[関門海峡]]に[[関門橋]]が開通。
* [[1973年]]11月14日 - [[関門海峡]]に[[関門橋]]が開通。
* [[1974年]]
* [[1974年]]
** 1月12日 - [[北九州市立総合体育館]]開業<ref>北九州市政だより 昭和48(1973)年1月15日号P.1</ref>。
** 1月12日 - [[北九州市立総合体育館]]開業<ref>北九州市政だより 昭和48(1973)年1月15日号P.1</ref>。
** 4月1日 - 小倉区を[[小倉北区]]と[[小倉南区]]に、八幡区を[[八幡東区]]と[[八幡西区]]にそれぞれ分区。同時に若松区浅川、小敷の一部を八幡西区へ、および旧小倉区山路地区と戸畑区弘文町を八幡東区へそれぞれ編入、現在の行政区が確定<ref>{{PDFlink|[http://www.city.kitakyushu.lg.jp/page/dayori-arc/dayori1974/740115_pageall.pdf 北九州市政だより 昭和49年1月15日号P4「五区から七区へ」]}}</ref>。
** 4月1日 - 小倉区を[[小倉北区]]と[[小倉南区]]に、八幡区を[[八幡東区]]と[[八幡西区]]にそれぞれ分区。同時に若松区浅川、小敷の一部を八幡西区へ、および旧小倉区山路地区と戸畑区弘文町を八幡東区へそれぞれ編入<ref>{{PDFlink|[http://www.city.kitakyushu.lg.jp/page/dayori-arc/dayori1974/740115_pageall.pdf 北九州市政だより 昭和49年1月15日号P4「五区から七区へ」]}}</ref>。
** 11月3日 - [[北九州市立美術館]]開業<ref>北九州市政だより 昭和48(1973)年11月1日号P.2</ref>。
** 11月3日 - [[北九州市立美術館]]開業<ref>北九州市政だより 昭和48(1973)年11月1日号P.2</ref>。
* [[1975年]]
* [[1975年]]
780行目: 765行目:
* 1993年10月10日 - 小倉駅前東地区市街地再開発により、[[小倉そごう]]を核店舗とする複合商業施設「セントシティ北九州」開業。
* 1993年10月10日 - 小倉駅前東地区市街地再開発により、[[小倉そごう]]を核店舗とする複合商業施設「セントシティ北九州」開業。
* 1995年3月25日 - [[門司港レトロ]]開業。
* 1995年3月25日 - [[門司港レトロ]]開業。
* [[1997年]]7月10日 - [[北九州エコタウン]]が通商産業省(現在は[[経済産業省]]と[[環境省]]による共同承認)による承認を受ける。
* [[1997年]]7月10日 - [[北九州エコタウン]]が通商産業省(後に[[経済産業省]]と[[環境省]]による共同承認)による承認を受ける{{Sfn|OECD|2013|p=38}}{{Sfn|OECD|2013|p=40}}
* [[1998年]]
* [[1998年]]
** 3月 - 小倉駅駅舎改装工事完了。4月1日から北九州モノレールを同駅舎まで延伸し乗り入れ開始。
** 3月 - 小倉駅駅舎改装工事完了。4月1日から北九州モノレールを同駅舎まで延伸し乗り入れ開始。
787行目: 772行目:
** 10月4日 - [[北九州メディアドーム]]開業。
** 10月4日 - [[北九州メディアドーム]]開業。
* [[1999年]]
* [[1999年]]
** 3月1日 - JR戸畑駅が約150m西に移動、現在の駅舎が開業。
** 3月1日 - JR戸畑駅が約150m西に移動し4代目駅舎が開業。
** 7月2日 - 東田地区再開発計画の一環として、[[枝光駅]]-[[八幡駅 (福岡県)|八幡駅]]間のJR[[鹿児島本線]]が[[スペースワールド]]西側に移設され約1km短縮、両駅間に[[スペースワールド駅]]開業。
** 7月2日 - 東田地区再開発計画の一環として、[[枝光駅]]-[[八幡駅 (福岡県)|八幡駅]]間のJR[[鹿児島本線]]が[[スペースワールド]]西側に移設され約1km短縮、両駅間に[[スペースワールド駅]]開業。
* [[2000年]]
* [[2000年]]
850行目: 835行目:
|}
|}
:※市長職務代行者(旧[[若松市]]長)
:※市長職務代行者(旧[[若松市]]長)
*[[2011年北九州市長選挙]]を参照
{{Main2|市長選挙については[[2011年北九州市長選挙]]・[[2015年北九州市長選挙]]を}}
*[[2015年北九州市長選挙]]を参照


== 行政 ==
== 行政 ==
1,026行目: 1,010行目:
[[1901年]]([[明治]]34年)に操業を開始した[[八幡製鐵所|八幡製鉄所]]を契機として、[[鉄鋼業|鉄鋼]]・[[化学工業|化学]]・[[窯業]]・[[電機メーカー|電機]]などの工場が集積する[[北九州工業地帯]]を形成し、それら[[重化学工業]]が北九州市の経済をリードしてきた。
[[1901年]]([[明治]]34年)に操業を開始した[[八幡製鐵所|八幡製鉄所]]を契機として、[[鉄鋼業|鉄鋼]]・[[化学工業|化学]]・[[窯業]]・[[電機メーカー|電機]]などの工場が集積する[[北九州工業地帯]]を形成し、それら[[重化学工業]]が北九州市の経済をリードしてきた。


産業別の就業人口構成(平成22年国勢調査)を見ると、[[第2次産業]]が23.6%、[[第3次産業]]が70.4%であり、第2次産業の割合は政令指定都市の中では[[浜松市]]、[[静岡市]]、[[相模原市]]に次いで高い。製造品出荷額等(平成22年工業統計)を見ると、北九州市は2兆1,288億円で、政令指定都市(東京都区部を除く)の中では9番目に高い水準となっている。その内訳を見ると、鉄鋼が37.6%、化学が10.2%、金属が8.5%、窯業・土石が6.9%となっている<ref>『[[#東洋経済別冊 北九州の主張|東洋経済別冊 北九州の主張]]』P14-15「北九州市の経済」</ref>
産業別の就業人口構成(平成22年国勢調査)を見ると、[[第2次産業]]が23.6%、[[第3次産業]]が70.4%であり、第2次産業の割合は政令指定都市の中では[[浜松市]]、[[静岡市]]、[[相模原市]]に次いで高い{{Sfn|東洋経済新報社|2013|pp=14-15}}。製造品出荷額等(平成22年工業統計)を見ると、北九州市は2兆1,288億円で、政令指定都市(東京都区部を除く)の中では9番目に高い水準となっている{{Sfn|東洋経済新報社|2013|pp=14-15}}。その内訳を見ると、鉄鋼が37.6%、化学が10.2%、金属が8.5%、窯業・土石が6.9%となっている{{Sfn|東洋経済新報社|2013|pp=14-15}}


以上のように、現在でも工業は市の重要な産業であるが、従来の素材型のほか、[[自動車産業|自動車関連産業]]など新しい分野の企業進出も進んできている。また、かつて[[公害]]克服してきた技術を活かした、[[リサイクル]]業をはじめとする環境関連産業が集積する[[北九州エコタウン]]や、[[北九州学術研究都市]]を拠点として[[半導体]]関連企業の研究機関の集積も進んでいる。
以上のように、工業は市の重要な産業であるが、従来の素材型のほか、[[自動車産業|自動車関連産業]]など新しい分野の企業進出も進んできている。また、かつて[[公害]]克服してきた技術を活かした、[[リサイクル]]業をはじめとする環境関連産業が集積する[[北九州エコタウン]]{{Sfn|OECD|2013|pp=38-42}}や、[[北九州学術研究都市]]を拠点として[[半導体]]関連企業の研究機関の集積も進んでいる{{Sfn|OECD|2013|pp=84}}


{{要出典範囲|date=2017年6月|北九州市発祥のものとして、旧[[小倉市]]では[[競輪]]、[[パンチパーマ]]<!--号数の記載なく出典無効。<ref>[[角川クロスメディア]]発行「北九州市Walker」79ページに「[[永沼重己|ヘアサロン永沼]]」が発祥の地との記述あり。</ref>-->、商店街[[アーケード]]、24時間スーパー(丸和)、[[焼きうどん]]、小倉肉うどん(肉肉うどんなど呼称多数あり)などが誕生した。また、[[バナナの叩き売り]]、[[ハヤシライス]](発祥については他に諸説あり)、[[焼きカレー]]は門司港地区、都市型[[公民館]]は八幡地区、[[パラグライダー]]は皿倉山が日本における発祥地である}}。
その他、[[スペースワールド]]や[[門司港レトロ]]地区などを核とした観光都市に向けた取り組みを行っている(下の[[#観光スポット]]、及び[[北九州市ルネッサンス構想]]を参照)。

その他、[[スペースワールド]]や[[門司港レトロ]]地区などを核とした観光都市に向けた取り組みを行っている([[#観光スポット]]、[[北九州市ルネッサンス構想]]を参照)。


==== 企業 ====
==== 企業 ====
[[ファイル:Kokuraizutsuya.jpg|thumb|[[井筒屋]]小倉店]]
[[ファイル:Kokuraizutsuya.jpg|thumb|[[井筒屋]]小倉店]]
; 北九州市に本社を置く主な企業
===== 北九州市に本社を置く主な企業 =====
:* 小倉北区
* 小倉北区
:** [[朝日広告社 (福岡県)|朝日広告社]]
** [[朝日広告社 (福岡県)|朝日広告社]]
:** [[井筒屋]]
** [[井筒屋]]
:** [[ウチヤマホールディングス]]
** [[ウチヤマホールディングス]]
:** [[カンノ製作所]]
** [[カンノ製作所]]
:** [[北九州駅弁当]]
** [[北九州駅弁当]]
:** [[北九州銀行]]
** [[北九州銀行]]
:** [[北九州青果]]
** [[北九州青果]]
:** [[北九州予備校]]
** [[北九州予備校]]
:** [[極東ファディ]]
** [[極東ファディ]]
:** [[CROSS FM]]
** [[CROSS FM]]
:** [[国際興業グループ (福岡県の企業)|国際興業グループ]]
** [[国際興業グループ (福岡県の企業)|国際興業グループ]]
:** [[湖月堂]]
** [[湖月堂]]
:** [[サンリブ]]
** [[サンリブ]]
:** [[シダー (企業)|シダー]]
** [[シダー (企業)|シダー]]
:** [[日鉄住金高炉セメント]]
** [[日鉄住金高炉セメント]]
:** [[ゼンリン]]
** [[ゼンリン]]
:** [[第一交通産業]]
** [[第一交通産業]]
:** [[東京経済]]
** [[東京経済]]
:** [[TOTO (企業)|TOTO]]
** [[TOTO (企業)|TOTO]]
:** [[東宝住宅]]
** [[東宝住宅]]
:** [[ナフコ (ホームセンター)|ナフコ]]
** [[ナフコ (ホームセンター)|ナフコ]]
:** [[日専連ベネフル]]
** [[日専連ベネフル]]
:** [[日本資源流通]]
** [[日本資源流通]]
:** [[日本磁力選鉱]]
** [[日本磁力選鉱]]
:** [[不動産中央情報センター]]
** [[不動産中央情報センター]]
:** [[三扇工業]]
** [[三扇工業]]
:** [[リズム食品]]
** [[リズム食品]]
:** [[ワールドインテック]]
** [[ワールドインテック]]
:* 小倉南区
* 小倉南区
:** [[資さんうどん|資さん]]
** [[資さんうどん|資さん]]
:** [[スターフライヤー]]
** [[スターフライヤー]]
:** [[タカギ]]
** [[タカギ]]
:** [[つる平]]
** [[つる平]]
:** [[七尾製菓]]
** [[七尾製菓]]
:** [[ニシラク乳業]]
** [[ニシラク乳業]]
:** [[ハローデイ]]
** [[ハローデイ]]
:* 戸畑区
* 戸畑区
:** [[北九州エル・エヌ・ジー]]
** [[北九州エル・エヌ・ジー]]
:** [[光和精鉱]]
** [[光和精鉱]]
:** [[第一警備保障]]
** [[第一警備保障]]
:** [[大光炉材]]
** [[大光炉材]]
:** [[旭硝子|ディー・エー・ピー・テクノロジー]]
** [[旭硝子|ディー・エー・ピー・テクノロジー]]
:** [[戸畑共同火力]]
** [[戸畑共同火力]]
:** [[ニッテツ八幡エンジニアリング]]
** [[ニッテツ八幡エンジニアリング]]
:** [[日本施設協会]]
** [[日本施設協会]]
:** [[濱田重工]]
** [[濱田重工]]
:* 門司区
* 門司区
:** [[岡野バルブ製造]]
** [[岡野バルブ製造]]
:** [[関門汽船]]
** [[関門汽船]]
:** [[関門製糖]]
** [[関門製糖]]
:** [[九州電気システム]]
** [[九州電気システム]]
:** [[九鉄工業]]
** [[九鉄工業]]
:** [[九鉄ジェイライフ]]
** [[九鉄ジェイライフ]]
:** [[サンキュードラッグ]]
** [[サンキュードラッグ]]
:** [[JR九州メンテナンス]]
** [[JR九州メンテナンス]]
:** [[ジェネック]]
** [[ジェネック]]
:** [[高藤建設]]
** [[高藤建設]]
:** [[阪九フェリー]]
** [[阪九フェリー]]
:** [[マツモト (福岡県)|マツモト]]
** [[マツモト (福岡県)|マツモト]]
:* 八幡西区
* 八幡西区
:** [[かば田食品]]
** [[かば田食品]]
:** [[北九州日産モーター]]
** [[北九州日産モーター]]
:** [[黒崎播磨]]
** [[黒崎播磨]]
:** [[三洋ペイント]]
** [[三洋ペイント]]
:** [[ジーイーエヌ]]
** [[ジーイーエヌ]]
:** [[スーパー大栄]]
** [[スーパー大栄]]
:** [[高田工業所]]
** [[高田工業所]]
:** [[デンソー|デンソー九州]]
** [[デンソー|デンソー九州]]
:** [[ネッツトヨタ北九州]]
** [[ネッツトヨタ北九州]]
:** [[三井ハイテック]]
** [[三井ハイテック]]
:** [[安川情報システム]]
** [[安川情報システム]]
:** [[安川電機]]
** [[安川電機]]
:* 八幡東区
* 八幡東区
:** [[アステック入江]]
** [[アステック入江]]
:** [[大石産業]]
** [[大石産業]]
:** [[北九西鉄タクシー]]
** [[北九西鉄タクシー]]
:** [[九州日本信販]]
** [[九州日本信販]]
:** [[スピナ]]
** [[スピナ]]
:** [[タカミヤ]]
** [[タカミヤ]]
:** [[日鉄住金物流八幡]]
** [[日鉄住金物流八幡]]
:** [[三島光産]]
** [[三島光産]]
:** [[吉川工業]]
** [[吉川工業]]
:* 若松区
* 若松区
:** [[シャボン玉石けん]]
** [[シャボン玉石けん]]
:** [[鶴丸海運]]
** [[鶴丸海運]]
:** [[AIR STATION HIBIKI]]
** [[AIR STATION HIBIKI]]

; 北九州市に事業所を置く主な企業
===== 北九州市に事業所を置く主な企業 =====
:* [[朝日新聞社]][[朝日新聞西部本社|西部本社]](小倉北区)
:* [[九州電力]][[新小倉発電所]](小倉北区)
* [[朝日新聞社]][[朝日聞西部本社|西部本社]](小倉北区)
:* [[九州旅客鉄道]][[小倉総合車両センター]](小倉北区)
* [[九州電力]][[小倉発電所]](小倉北区)
:* [[新日鐵住金]][[八幡製鐵所]](戸畑区、八幡東区、小倉北区)
* [[九州旅客鉄道]][[小倉総合車両センター]](小倉北区)
:* [[新日住金化学]]九州所(戸畑区)
* [[新日住金]][[八幡]](戸畑区、八幡東区、小倉北区)
:* [[本印刷|DNPプレシジョンデバイス]]黒崎工場八幡西区)
* [[鉄住金化学]]九州製造所戸畑区)
* [[大日本印刷|DNPプレシジョンデバイス]]黒崎工場(八幡西区)
:* [[電源開発]]若松総合事業所(若松区)
:* [[東京製鐵]]九州工場(若松区)
* [[電源開発]]若松総合事業所(若松区)
:* [[東邦チタニウム]]八幡工場(八幡東区)、若松工場(若松区)
* [[東京製鐵]]九州工場(若松区)
* [[東邦チタニウム]]八幡工場(八幡東区)、若松工場(若松区)
:* [[トヨタ自動車九州]]小倉工場(小倉南区)
* [[トヨタ自動車九州]]小倉工場(小倉南区)
:* [[毎日新聞社]][[毎日新聞西部本社|西部本社]](小倉北区)
* [[毎日新聞社]][[毎日新聞西部本社|西部本社]](小倉北区)
:* [[三菱ケミカル]]黒崎事業所(八幡西区)
* [[三菱ケミカル]]黒崎事業所(八幡西区)
:* [[日本コークス工業|三井鉱山]]北九州事業所、R&Dセンター(若松区)
* [[日本コークス工業|三井鉱山]]北九州事業所、R&Dセンター(若松区)
:* [[富士通コミュニケーションサービス]]北九州サポートセンター(小倉北区)、北九州黒崎サポートセンター(八幡西区)
* [[富士通コミュニケーションサービス]]北九州サポートセンター(小倉北区)、北九州黒崎サポートセンター(八幡西区)
:* [[ブリヂストン]]北九州工場(若松区)
* [[ブリヂストン]]北九州工場(若松区)
:* [[エステー]]九州工場(門司区)
* [[エステー]]九州工場(門司区)
:* [[三菱マテリアル]]東谷鉱山(小倉南区)、九州工場黒崎生産課(八幡西区)
* [[三菱マテリアル]]東谷鉱山(小倉南区)、九州工場黒崎生産課(八幡西区)
; 北九州市が発祥の主な企業
:* [[山九]](八幡製鐡所運搬請負共済組合として設立。登記上の本店は門司)
:* [[若築建設]](若松の港湾を整備した。旧社名は若松築港。登記上の本店は若松)
:* [[三洋信販]](ポケットバンク、現在は市内に支店を置く[[三井住友銀行]]グループ)
:* [[出光興産]](門司にて出光商会を創業)
:* [[新日本製鐵]](官営八幡製鐵所が母体の一つ。現在は[[新日鐵住金]])
:* [[日産自動車]](日産自動車は[[横浜市]]で設立されたが、後述の戸畑鋳物がダット自動車製造を吸収して社内に自動車部を設立し、その後、日本産業と共同出資で設立した自動車製造株式会社がルーツであるため、北九州市もルーツである<ref>[http://www.nissan-global.com/JP/COMPANY/PROFILE/HERITAGE/HISTORY/ 会社と製品の歴史]</ref>)
:* [[日立金属]](元々は[[鮎川義介]]によって設立された戸畑鋳物<ref>[http://www.hitachi-metals.co.jp/corp/corp03.html 日立金属 企業沿革]</ref>)
:* [[西日本鉄道]](同社は[[1942年]](昭和17年)に、福岡県内の鉄道事業者5社のうち、旧小倉市砂津に本社のあった[[九州電気軌道]](九軌)を母体とし、他の4社が九軌に吸収合併したことにより発足した鉄道会社である<ref>[http://www.nishitetsu.co.jp/recruit/company/history/page01.html 西日本鉄道 沿革 明治41年 - 昭和20年]</ref>)
:* [[テレビ西日本]](発足時の本社は八幡東区)
:* [[西華産業]](門司にて会社設立)
:* [[丸和]](小倉にて会社設立。現在は広島に本社がある[[ユアーズ (スーパーマーケット)|ユアーズ]]に吸収合併され、同社の店舗ブランドの一つとして存続)
:* [[読売新聞西部本社]](発足時の本社は小倉北区。2004年に福岡市に本社移転)


=== 北九州市発祥のもの ===
===== 北九州市発祥の主な企業 =====
* [[山九]](八幡製鐡所運搬請負共済組合として設立。登記上の本店は門司区)
; 旧[[小倉市]]発祥のもの
* [[若築建設]](若松の港湾を整備した。旧社名は若松築港。登記上の本店は若松区)
:* [[競輪]]<ref>『[[#東洋経済別冊 北九州の主張|東洋経済別冊 北九州の主張]]』P16-17「1948年に初めて実施」</ref>
* [[三洋信販]](ポケットバンク、事業は[[三井住友フィナンシャルグループ]]が引き継いだ)
:* [[パンチパーマ]]<ref>『[[#東洋経済別冊 北九州の主張|東洋経済別冊 北九州の主張]]』P16-17「永沼重己さんが初めて考案」</ref><ref>[[角川クロスメディア]]発行「北九州市Walker」79ページに「[[永沼重己|ヘアサロン永沼]]」が発祥の地との記述あり。</ref>
* [[出光興産]](門司にて出光商会を創業)
:* 商店街[[アーケード]]<ref>『[[#東洋経済別冊 北九州の主張|東洋経済別冊 北九州の主張]]』P16-17「1951年魚町銀天街が発祥」</ref>
* [[新日鐵住金]](前身である[[新日本製鐵]]は、官営八幡製鐵所が母体の一つ)
:* 24時間スーパー(丸和)<ref>『[[#東洋経済別冊 北九州の主張|東洋経済別冊 北九州の主張]]』P16-17「小倉北区のスーパー丸和でスタート」</ref>
* [[日産自動車]](日産自動車は[[横浜市]]で設立されたが、後述の戸畑鋳物がダット自動車製造を吸収して社内に自動車部を設立し、その後、日本産業と共同出資で設立した自動車製造株式会社がルーツであるため、北九州市もルーツである<ref>[http://www.nissan-global.com/JP/COMPANY/PROFILE/HERITAGE/HISTORY/ 会社と製品の歴史]</ref>)
:* [[焼きうどん]]
* [[日立金属]](元々は[[鮎川義介]]によって設立された戸畑鋳物<ref>[http://www.hitachi-metals.co.jp/corp/corp03.html 日立金属 企業沿革]</ref>)
:* 小倉肉うどん(肉肉うどんなど呼称多数あり)
* [[西日本鉄道]]([[1942年]](昭和17年)、福岡県内の鉄道事業者5社のうち、旧小倉市砂津に本社のあった[[九州電気軌道]](九軌)を母体とし、他の4社が九軌に吸収合併したことにより発足した鉄道会社である<ref>[http://www.nishitetsu.co.jp/recruit/company/history/page01.html 西日本鉄道 沿革 明治41年 - 昭和20年]</ref>)
; その他
* [[テレビ西日本]](発足時の本社は八幡東区)
:* [[バナナの叩き売り]](門司港)<ref>『[[#東洋経済別冊 北九州の主張|東洋経済別冊 北九州の主張]]』P16-17「門司港発祥といわれる商売方法」</ref>
:* [[ハヤシライス]](門司港・発祥ついは他に諸説あり
* [[西華産業]](門司にて会社設立
* [[丸和]](小倉にて会社設立。[[ユアーズ (スーパーマーケット)|ユアーズ]]に吸収合併され、同社の店舗ブランドの一つとして存続)
:* [[焼きカレー]](門司港)
* [[読売新聞西部本社]](発足時の本社は小倉北区。2004年に福岡市に本社移転)
:* [[パラグライダー]](皿倉山が日本のパラグライダー発祥地と言われる)
:* 都市型[[公民館]](八幡)


=== 名産品など ===
=== 名産品など ===
{{複数の問題
|独自研究=2017年6月
|出典の明記=2017年6月
|section=1}}
* [[焼きカレー]](門司)
* [[焼きカレー]](門司)
: ご飯の上にカレーとチーズなどを載せオーブンで焼く。
: ご飯の上にカレーとチーズなどを載せオーブンで焼く。
1,199行目: 1,176行目:
: 堅パン同様、八幡製鐵発祥のお菓子だが、こちらは一般的な羊羹である。
: 堅パン同様、八幡製鐵発祥のお菓子だが、こちらは一般的な羊羹である。
* [[かしわめし]](八幡)
* [[かしわめし]](八幡)
: [[折尾駅]]の駅弁として有名だが、若松、黒崎、八幡、戸畑、小倉の各駅でも販売を行っている。なお、折尾駅には現在もホームに駅弁販売員がいる。
: [[折尾駅]]の駅弁として有名だが、若松、黒崎、八幡、戸畑、小倉の各駅でも販売を行っている。
* [[かしわうどん]]
* [[かしわうどん]]
: 駅ホームのうどん。鶏肉でだしをとり、鶏そぼろが具に入っている。小倉駅の「ぷらっとぴっと」と折尾駅・黒崎駅・若松駅の[[東筑軒]]で食べることができる(小倉駅のぷらっとぴっとは漫画『[[クッキングパパ]]』59巻で紹介されている)。
: 駅ホームのうどん。鶏肉でだしをとり、鶏そぼろが具に入っている。小倉駅の「ぷらっとぴっと」と折尾駅・黒崎駅・若松駅の[[東筑軒]]で食べることができる(小倉駅のぷらっとぴっとは漫画『[[クッキングパパ]]』59巻で紹介されている)。
1,220行目: 1,197行目:
** [[ぽんつく]]・[[小倉日記 (銘菓)|小倉日記]]([[つる平]])
** [[ぽんつく]]・[[小倉日記 (銘菓)|小倉日記]]([[つる平]])
* [[小倉織]](小倉)
* [[小倉織]](小倉)
: [[江戸時代]]の豊前[[小倉藩]]の特産物としてつくられた[[織物]]で、主に縦縞を特徴とした良質で丈夫な木綿布。[[徳川家康]]が[[羽織]]として使用するなど、当時は珍重され、その後全国的に広まったが、[[昭和]]初期に途絶えた。現在少ない資料をもとに復元されている
: [[江戸時代]]の豊前[[小倉藩]]の特産物としてつくられた[[織物]]で、主に縦縞を特徴とした良質で丈夫な木綿布。[[徳川家康]]が[[羽織]]として使用するなど、当時は珍重され、その後全国的に広まった[[昭和]]初期に途絶えたに復元され
* 孫次[[凧]](戸畑)
* 孫次[[凧]](戸畑)
: [[郷土玩具]]、セミ等の形をした凧、福岡県知事指定特産工芸品・民芸品。
: [[郷土玩具]]、セミ等の形をした凧、福岡県知事指定特産工芸品・民芸品。
1,227行目: 1,204行目:
=== 下水道普及率 ===
=== 下水道普及率 ===
* 下水道普及率:99.8%(平成25年度末)
* 下水道普及率:99.8%(平成25年度末)

=== 人口統計 ===
数値は2010年国勢調査統計に基づく
* 平均年齢 :46.1歳 (県平均44.5歳、国平均45.0歳)
* 高齢者人口・[[高齢化率]](総人口に占める65歳以上の割合):244,860人 25.4%(県平均22.5%、国平均23.2%)
*: 全[[政令指定都市]]中、最も高齢化率が高い(第2位は[[静岡市]]の24.9%)。
* 年少者人口・年少者率(総人口に占める15歳未満の割合):125,619人 13.2%(県平均13.7%、国平均13.3%)
*: 県および国の平均と比べても、[[少子高齢化]]がより進行している地域である。


=== 主な医療機関 ===
=== 主な医療機関 ===
1,275行目: 1,244行目:
* [[九州工業大学]]
* [[九州工業大学]]
** 工学部、大学院工学研究科 (戸畑区)
** 工学部、大学院工学研究科 (戸畑区)
** 大学院生命体工学研究科 (若松区、[[北九州学術研究都市]])
** 大学院生命体工学研究科 (若松区、[[北九州学術研究都市]]){{Sfn|OECD|2013|pp=84}}
; 公立
; 公立
* [[九州歯科大学]] (小倉北区)
* [[九州歯科大学]] (小倉北区)
* [[北九州市立大学]]
* [[北九州市立大学]]
** 北方キャンパス(小倉南区、外国語学部・経済学部・文学部・法学部・地域創生学群)
** 北方キャンパス(小倉南区、外国語学部・経済学部・文学部・法学部・地域創生学群)
** ひびきのキャンパス(若松区・北九州学術研究都市、国際環境工学部)
** ひびきのキャンパス(若松区・北九州学術研究都市、国際環境工学部){{Sfn|OECD|2013|pp=84}}


; 私立
; 私立
1,290行目: 1,259行目:
* [[西南女学院大学]]、[[西南女学院大学短期大学部]] (小倉北区)
* [[西南女学院大学]]、[[西南女学院大学短期大学部]] (小倉北区)
* [[西日本工業大学]] (小倉北区)
* [[西日本工業大学]] (小倉北区)
* [[福岡大学]]大学院工学研究科、資源循環・環境制御システム研究所 (若松区、九州学術研究都市)
* [[福岡大学]]大学院工学研究科、資源循環・環境制御システム研究所 (若松区、九州学術研究都市){{Sfn|OECD|2013|pp=84}}
* [[早稲田大学]]大学院情報生産システム研究科、情報生産システム研究センター (若松区、北九州学術研究都市)
* [[早稲田大学]]大学院情報生産システム研究科、情報生産システム研究センター (若松区、北九州学術研究都市){{Sfn|OECD|2013|pp=84}}
* [[折尾愛真短期大学]] (八幡西区)
* [[折尾愛真短期大学]] (八幡西区)


1,409行目: 1,378行目:
== スポーツ ==
== スポーツ ==
=== プロスポーツチーム・社会人スポーツチーム ===
=== プロスポーツチーム・社会人スポーツチーム ===
==== 現在活動中のチーム ====
==== 市内で活動するチーム ====
* [[ギラヴァンツ北九州]] - [[サッカー]]・[[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]
* [[ギラヴァンツ北九州]] - [[サッカー]]・[[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]
*: 本拠地は[[ミクニワールドスタジアム北九州]]。[[日本フットボールリーグ|JFL]]時代(2009年11月30日まで)チーム名は「ニューウェーブ北九州」であった。
*: 本拠地は[[ミクニワールドスタジアム北九州]]。[[日本フットボールリーグ|JFL]]時代(2009年11月30日まで)チーム名は「ニューウェーブ北九州」であった。
1,420行目: 1,389行目:
*: [[プロ野球]]チーム・洋松ロビンス(現[[横浜DeNAベイスターズ]])の二軍として[[セントラル・リーグ]]加盟各球団の二軍により1954年に結成された新日本リーグの所属チーム。洋松の前身である大洋ホエールズが下関を本拠としていたことに伴い北九州を本拠地としたが、1955年に一軍が結成時の大洋に球団名を戻し、1年間をもって川崎市へ移転した。
*: [[プロ野球]]チーム・洋松ロビンス(現[[横浜DeNAベイスターズ]])の二軍として[[セントラル・リーグ]]加盟各球団の二軍により1954年に結成された新日本リーグの所属チーム。洋松の前身である大洋ホエールズが下関を本拠としていたことに伴い北九州を本拠地としたが、1955年に一軍が結成時の大洋に球団名を戻し、1年間をもって川崎市へ移転した。
* [[八幡製鉄サッカー部]]→新日鐵サッカー部→NSCサッカー部 - サッカー・[[日本サッカーリーグ|JSL]]
* [[八幡製鉄サッカー部]]→新日鐵サッカー部→NSCサッカー部 - サッカー・[[日本サッカーリーグ|JSL]]
*: 本拠地・練習場は鞘ヶ谷競技場。JSL創設時の参加チームであり、現在に至るまで九州および本州以外のチームで[[天皇杯全日本サッカー選手権|天皇杯]]を制した唯一のチーム。[[1990年-1991年のJSL]]で最下位となり[[九州サッカーリーグ]]に降格かしその歴史の長さと地域バランスから、同時期に立ち上げようとしていた[[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]への参加を求められたが、[[新日本製鐵]]がこれを拒否し、九州初のJリーグチームとなる機会を逃した。その後チームは廃部、現在は同社のチームが[[福岡県社会人サッカーリーグ]]2部に所属していが、後継チームではない。
*: 本拠地・練習場は鞘ヶ谷競技場。JSL創設時の参加チームであり、九州および本州以外のチームで[[天皇杯全日本サッカー選手権|天皇杯]]を制した唯一のチーム。[[1990年-1991年のJSL]]で最下位となり[[九州サッカーリーグ]]に降格した一方、同時期に立ち上げが計画されていた[[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]への参加を求められたが、[[新日本製鐵]]がこれを拒否九州初のJリーグチームとなる機会を逃しその後チームは廃部となった。[[福岡県社会人サッカーリーグ]]2部に所属同社のチームは後継チームではない。
* 八幡製鉄バスケットボール部(後の[[新日本製鐵]]) - [[バスケットボール]]・[[バスケットボール日本リーグ|日本リーグ]]
* 八幡製鉄バスケットボール部(後の[[新日本製鐵]]) - [[バスケットボール]]・[[バスケットボール日本リーグ|日本リーグ]]
*: バスケットボール日本リーグ創設時の参加チームであったが、後に[[千葉県]][[君津市]]へ移転、1996年休部。
*: バスケットボール日本リーグ創設時の参加チームであったが、後に[[千葉県]][[君津市]]へ移転、1996年休部。
1,441行目: 1,410行目:
*: アジア初開催。8月23日 - 9月1日の10日間、北九州市立総合体育館で開催された。
*: アジア初開催。8月23日 - 9月1日の10日間、北九州市立総合体育館で開催された。
* [[全国選抜高等学校テニス大会]](2003年まで)
* [[全国選抜高等学校テニス大会]](2003年まで)
*: 毎年3月に、[[八幡西区]]の北九州[[プリンスホテル]](当時)テニスコートを主会場に行われていた。現在は[[福岡市]]で開催
*: 毎年3月に、[[八幡西区]]の北九州[[プリンスホテル]](当時)テニスコートを主会場に行われていた[[福岡市]]に会場を変更
* 第12回アジアジュニア卓球選手権2006北九州大会(2006年)
* 第12回アジアジュニア卓球選手権2006北九州大会(2006年)
*: [[福原愛]]らが出場。
*: [[福原愛]]らが出場。
1,450行目: 1,419行目:


== 観光 ==
== 観光 ==
夏の祭りが盛んな地域で、各地区ごとに特色ある文化を伝えるほか、花火大会等も頻繁に行われている。テーマパークのほか雄大な自然や歴史系の観光スポット等も備えるが、近年では従来の[[観光]]に対する考え方にとらわれず、[[北九州工業地帯]]の歴史や工場群のダイナミックな景観を生かし、[[産業観光]]や[[工場萌え]](工場観賞クルージング等)、映画の撮影地として市内で頻繁にロケが行われていることから撮影地を巡るツアー、あるいは[[立ち飲み|角打ち]]体験など[[ニッチ市場|ニッチ]]な体験型観光の掘り起しも盛んである。
夏の祭りが盛んな地域で、各地区ごとに特色ある文化を伝えるほか、花火大会等も頻繁に行われている。
テーマパークのほか雄大な自然や歴史系の観光スポット等も備えるが、近年では従来の[[観光]]に対する考え方にとらわれず、[[北九州工業地帯]]の歴史や工場群のダイナミックな景観を生かし、[[産業観光]]や[[工場萌え]](工場観賞クルージング等)、映画の撮影地として市内で頻繁にロケが行われていることから撮影地を巡るツアー、あるいは[[立ち飲み|角打ち]]体験など[[ニッチ市場|ニッチ]]な体験型観光の掘り起しも盛んである。
<gallery>
<gallery>
Space World 01.jpg|スペースワールド、八幡東区
Space World 01.jpg|スペースワールド、八幡東区
1,463行目: 1,431行目:
=== おもな観光スポット ===
=== おもな観光スポット ===
; [[皿倉山]]山頂(八幡東区)
; [[皿倉山]]山頂(八幡東区)
: 「[[新日本三大夜景]]」の一つ。山頂へは、隣接する帆柱山山頂への[[帆柱ケーブル]]と、[[ケーブルカー]]終点を発着する[[スロープカー]]を利用することでアクセス可能。山頂にはレストランのある展望台がある。通常平日は上りケーブルカーは17時台、下りは18時までの運行だが、土、日、祝日、および7月から9月と[[ゴールデンウィーク]]前後の2週間は平日も含め毎日、ケーブル、スロープカーともに上り20時台、下り21時30分までの運行となる。また、土日祝の午後のみ、[[八幡駅 (福岡県)|八幡駅]]と帆柱ケーブル山麓駅の間に無料送迎バスが運行されている。(八幡東区)
: 「[[新日本三大夜景]]」の一つ<ref name="yakei" />。山頂へは、隣接する帆柱山山頂への[[帆柱ケーブル]]と、[[ケーブルカー]]終点を発着する[[スロープカー]]を利用することでアクセス可能。山頂にはレストランのある展望台がある。通常平日は上りケーブルカーは17時台、下りは18時までの運行だが、土、日、祝日、および7月から9月と[[ゴールデンウィーク]]前後の2週間は平日も含め毎日、ケーブル、スロープカーともに上り20時台、下り21時30分までの運行となる。また、土日祝の午後のみ、[[八幡駅 (福岡県)|八幡駅]]と帆柱ケーブル山麓駅の間に無料送迎バスが運行されている。(八幡東区)
; [[スペースワールド]](八幡東区)
; [[スペースワールド]](八幡東区)
: 日本初宇宙の[[テーマパーク]]。1990年にオープン。[[新日本製鐵]][[八幡製鐵所]]遊休地に開業した。[[絶叫マシン]]をはじめとする大型遊具を積極的に投入している。2005年[[加森観光]]に営業譲渡。(八幡東区[[東田 (北九州市)|東田]])
: 日本初宇宙の[[テーマパーク]]。1990年にオープン。[[新日本製鐵]][[八幡製鐵所]]遊休地に開業した。[[絶叫マシン]]をはじめとする大型遊具を積極的に投入している。2005年[[加森観光]]に営業譲渡。(八幡東区[[東田 (北九州市)|東田]])
1,469行目: 1,437行目:
: JR[[門司港駅]]周辺地域に、門司港駅舎などの歴史的建造物と、ホテル・観光商業施設などを整備した観光スポット。レトロフェスタ(5月)をはじめ様々なイベントが行われている。(門司区[[門司港 (地区名)|門司港]]地区)
: JR[[門司港駅]]周辺地域に、門司港駅舎などの歴史的建造物と、ホテル・観光商業施設などを整備した観光スポット。レトロフェスタ(5月)をはじめ様々なイベントが行われている。(門司区[[門司港 (地区名)|門司港]]地区)
; [[小倉城]]、小倉城庭園(小倉北区)
; [[小倉城]]、小倉城庭園(小倉北区)
:1602年細川忠興によって築造、その後小笠原15万石の居城として城下は栄えた。[[長州征討]]により1866年焼失したが1959年天守を再建、現在はハイテク歴史資料館となっている。最上階が展望室となっているほか、1998年隣接地に小倉城庭園が築かれ、[[小笠原流礼法]]の拠点としての機能も果たしている。
:1602年細川忠興によって築造、その後小笠原15万石の居城として城下は栄えた。[[長州征討]]により1866年焼失したが1959年天守を再建、改装を経てハイテク歴史資料館となっている。最上階が展望室となっているほか、1998年隣接地に小倉城庭園が築かれ、[[小笠原流礼法]]の拠点としての機能も果たしている。
; [[森鴎外]]旧居(小倉北区)
; [[森鴎外]]旧居(小倉北区)
: 森鴎外は1899年から1902年までの3年間、陸軍[[第12師団 (日本軍)|第12師団]][[軍医]]部長として小倉に赴任した。その際の居宅の1つが保存されている。(小倉北区[[鍛冶町 (北九州市)|鍛冶町]])
: 森鴎外は1899年から1902年までの3年間、陸軍[[第12師団 (日本軍)|第12師団]][[軍医]]部長として小倉に赴任した。その際の居宅の1つが保存されている。(小倉北区[[鍛冶町 (北九州市)|鍛冶町]])
1,477行目: 1,445行目:
:自然史系の博物館としては国内第二位の規模を持つ。多種多様の生物の骨格標本や本物と見紛うばかりの迫力ある恐竜ショーが楽しめるエンバイラマ館などがみどころ。
:自然史系の博物館としては国内第二位の規模を持つ。多種多様の生物の骨格標本や本物と見紛うばかりの迫力ある恐竜ショーが楽しめるエンバイラマ館などがみどころ。
; [[八幡製鐵所]]東田第一高炉跡(八幡東区)
; [[八幡製鐵所]]東田第一高炉跡(八幡東区)
:1901年に八幡製鐵所の高炉として建造され1972年の操業終了後、解体保留されていたが、2001年の[[北九州博覧祭2001]]を契機に東田第一高炉を保存、整備した。現在では、転炉、[[トーピードカー]]も高炉と一緒に保存されている。
:1901年に八幡製鐵所の高炉として建造され1972年の操業終了後、解体保留されていたが、2001年の[[北九州博覧祭2001]]を契機に東田第一高炉を保存、整備した。転炉、[[トーピードカー]]も高炉と一緒に保存されている。


=== おもな祭 ===
=== おもな祭 ===
1,516行目: 1,484行目:
* [[門司港レトロ]]フェスタ(門司区、5月)
* [[門司港レトロ]]フェスタ(門司区、5月)
* とばた菖蒲まつり(戸畑区、6月)
* とばた菖蒲まつり(戸畑区、6月)
* [http://www.h2.dion.ne.jp/~aji1/PC/index.htm 若松あじさい祭り](若松区、6月)
* 若松あじさい祭り(若松区、6月)<ref>{{Cite web|url=http://aji1.jpn.org/PC/index.htm|title=若松あじさい祭り実行委員会公式ホームページ|accessdate=2017-06-18}}</ref>
* [[前田祇園山笠]](八幡東区、7月)
* [[前田祇園山笠]](八幡東区、7月)
* [[二島祇園]](若松区、7月)
* [[二島祇園]](若松区、7月)
1,569行目: 1,537行目:


=== 文化・商業施設 ===
=== 文化・商業施設 ===
* [[あるあるCity]](小倉北区)
* [[あるあるCity]](小倉北区) - アニメ、フィギュア、漫画などサブカルチャー施設が集まる[[秋葉系]]スポット。
* [[リバーウォーク北九州]](小倉北区) - 小倉北区役所を市役所第二庁舎横に移転し、隣接する[[ダイエー]]小倉店と[[小倉玉屋]]跡地を含めた一帯を再開発して生まれた。小倉市民会館の機能を引き継いだ大ホールや[[演劇]]専用ホールを備えた[[北九州芸術劇場]]、[[シネマコンプレックス]]、[[朝日新聞]]西部本社、[[NHK北九州放送局]]、[[西日本工業大学]]、商業施設などが入居する。
: アニメ、フィギュア、漫画などサブカルチャー施設が集まる[[秋葉系]]スポット。
* [[リバーウォーク北九州]](小倉北区)
: 小倉北区役所を市役所第二庁舎横に移転し、隣接する[[ダイエー]]小倉店と[[小倉玉屋]]跡地を含めた一帯を再開発して生まれた。小倉市民会館の機能を引き継いだ大ホールや[[演劇]]専用ホールを備えた[[北九州芸術劇場]]、[[シネマコンプレックス]]、[[朝日新聞]]西部本社、[[NHK北九州放送局]]、[[西日本工業大学]]、商業施設などが入居する。
* [[北九州芸術劇場]](小倉北区)リバーウォーク北九州内。
* [[アルモニーサンク]](小倉北区)旧・九州厚生年金会館
* [[アルモニーサンク]](小倉北区)旧・九州厚生年金会館
* [[北九州市立中央図書館]](小倉北区)
* [[北九州市立中央図書館]](小倉北区) - 磯崎新設計。なお下関市との協定により、北九州市民は下関市立図書関連施設での貸出利用が可能である。
:磯崎新設計。なお下関市との協定により、北九州市民は下関市立図書関連施設での貸出利用が可能である。


=== 公営競技 ===
=== 公営競技 ===
1,585行目: 1,549行目:
: 小倉北区[[三萩野]]にある競輪場。1998年、旧・小倉競輪場(1997年まで使用)に隣接する三萩野陸上競技場跡地に開設された。西日本で唯一の全天候型競輪場(1周400m[[バンク]])を持つとともに、多目的[[アリーナ]]としても使用され、[[演奏会|コンサート]]、[[スポーツ]]・文化系イベントと幅広く活用できるようになっている。
: 小倉北区[[三萩野]]にある競輪場。1998年、旧・小倉競輪場(1997年まで使用)に隣接する三萩野陸上競技場跡地に開設された。西日本で唯一の全天候型競輪場(1周400m[[バンク]])を持つとともに、多目的[[アリーナ]]としても使用され、[[演奏会|コンサート]]、[[スポーツ]]・文化系イベントと幅広く活用できるようになっている。
; [[若松競艇場]]
; [[若松競艇場]]
: 若松区赤岩町にある、1952年開設の競艇場。2004年から[[ナイター競走]](パイナップルナイター)をほぼ1年中実施している。隣接する[[遠賀郡]][[芦屋町]]にも[[芦屋競艇場]]があり、日程を決める際重複しないように調整が行われている。この他、かつては[[門司競輪場]]も存在した。現在はハイパーシアター門司
: 若松区赤岩町にある、1952年開設の競艇場。2004年から[[ナイター競走]](パイナップルナイター)をほぼ1年中実施している。隣接する[[遠賀郡]][[芦屋町]]にも[[芦屋競艇場]]があり、日程を決める際重複しないように調整が行われている。この他、かつては[[門司競輪場]]も存在した。


=== 温泉・冷泉 ===
=== 温泉・冷泉 ===
1,598行目: 1,562行目:


=== 自然・公園等 ===
=== 自然・公園等 ===
* [[北九州国定公園]] - 皿倉山・平尾台を含む山間部が[[国定公園]]に指定されている。
* [[北九州国定公園]] - 皿倉山・平尾台を含む山間部が[[国定公園]]に指定されている<ref name="kouen2013" />
* [[グリーンパーク・響灘緑地]](若松区)
* [[グリーンパーク・響灘緑地]](若松区)
* [[到津の森公園]](小倉北区)
* [[到津の森公園]](小倉北区)
1,808行目: 1,772行目:
** 一字違いということがきっかけとなり、[[2008年]][[7月31日]]に小倉城庭園で交流協定を締結した。
** 一字違いということがきっかけとなり、[[2008年]][[7月31日]]に小倉城庭園で交流協定を締結した。
* {{Flagicon|JPN}}[[岩手県]][[釜石市]]
* {{Flagicon|JPN}}[[岩手県]][[釜石市]]
** 同じ「鉄の街」として東日本大震災の復興を支援したことがきっかけとなり、[[2013年]][[2月10日]]に連携協力協定を締結した<ref>[http://www.city.kitakyushu.lg.jp/kiki-kanri/13801040.html 釜石市との連携協力協定の締結]</ref>
** 同じ「鉄の街」として東日本大震災の復興を支援したことがきっかけとなり、[[2013年]][[2月10日]]に連携協力協定を締結した<ref>{{Cite web|url=http://www.city.kitakyushu.lg.jp/kiki-kanri/13801040.html|title=釜石市との連携協力協定の締結|publisher=北九州市危機管理室危機管理課|accessdate=2017-06-18}}</ref>
* {{Flagicon|CAM}}[[プノンペン]]([[カンボジア]])
* {{Flagicon|CAM}}[[プノンペン]]([[カンボジア]])
** [[2016年]]姉妹都市提携
** [[2016年]]姉妹都市提携

== 発行物 ==
*1963年2月10日、北九州市発足記念の切手が一種(10円)、発行された。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
1,825行目: 1,786行目:
== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<!-- 実際に参考にした文献一覧 -->
<!-- 実際に参考にした文献一覧 -->
* {{Cite |和書 |author = |title = 福岡県歴史散歩 |date = 2016-03-31 |publisher = 海鳥社 |isbn = 978-4-87415-969-9 |ref = 福岡県歴史散歩 }}
* {{Cite book|和書|author =アクロス福岡文化誌編纂委員会 |title = 福岡県歴史散歩 |date = 2016-03-31 |series=アクロス福岡文化誌 ; 10|publisher = 海鳥社 |isbn = 9784874159699 |ncid= BB21501118 |ref = harv }}
* {{Cite |和書 |author = |title = 東洋経済別冊 北九州の主張 |date = 2013-02-10 |publisher = 東洋経済新社 |isbn = 雑誌06697-2/10 |ref = 東洋経済別冊 北九州の主張 }}
* {{Cite book|和書|author =東洋経済新報社 |title = 北九州の主張 |date = 2013-02-10 |publisher = 東洋経済新社 |series=東洋経済別冊 ; 第184号 |ncid = BB12060860 |ref = harv }}
* {{Cite |和書 |author = |title = 図典 日本の市町村章 |date = 2007 |publisher = 小学館 |isbn = 978-4-09-526311-3 |ref = 図典 日本の市町村章 }}
* {{Cite book|和書|author =小学館辞典編集部 |title = 図典 日本の市町村章 |date = 2007-01 |publisher = 小学館 |isbn = 9784095263113 |ncid=BA80122487 |ref = harv }}
* {{Cite book|author =OECD |title = Green Growth in Kitakyushu, Japan (Japanese version) |date = 2013-10-18 |publisher = OECD |url=http://dx.doi.org/10.1787/9789264204614-ja|isbn = 9264204601 |ncid=BA80122487 |doi=10.1787/9789264204614-ja|ref = harv }}
* {{Cite book|和書|author=九州旅客鉄道 | title=鉄輪の轟き : 九州の鉄道100年記念誌 | edition=初版 | year=1989 | publisher=九州旅客鉄道 |ncid= BN04414758 | ref= harv }}


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
1,839行目: 1,802行目:
}}
}}
{{See also|Category:北九州市}}
{{See also|Category:北九州市}}
* [[北九州市役所]]
* [[北九州市消防局]]
* [[北九州市消防局]]
* [[北九州市交通局]]
* [[北九州市警察部]]
* [[北九州市警察部]]
* [[日本の地方公共団体一覧]]
* [[日本の地方公共団体一覧]]
* [[下関市]]
* [[南九州市]]


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==

2017年6月17日 (土) 22:23時点における版

きたきゅうしゅうし ウィキデータを編集
北九州市
北九州市旗
北九州市章
市旗・市章、共に1963年昭和38年3月14日制定
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 福岡県
市町村コード 40100-5
法人番号 8000020401005 ウィキデータを編集
面積 492.50km2
総人口 910,516[編集]
推計人口、2024年6月1日)
人口密度 1,849人/km2
隣接自治体 中間市直方市行橋市
遠賀郡芦屋町水巻町
田川郡香春町福智町
京都郡苅田町みやこ町
鞍手郡鞍手町
関門海峡を挟んで隣接)山口県下関市
市の木 イチイガシ[1]
市の花 ツツジヒマワリ[1]
市の歌 北九州市歌(1963年4月2日制定)
北九州市役所
市長 武内和久
所在地 803-8501
福岡県北九州市小倉北区城内1番1号
北緯33度53分0.3秒 東経130度52分30.7秒 / 北緯33.883417度 東経130.875194度 / 33.883417; 130.875194座標: 北緯33度53分0.3秒 東経130度52分30.7秒 / 北緯33.883417度 東経130.875194度 / 33.883417; 130.875194
外部リンク www.city.kitakyushu.lg.jp

北九州市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

ウィキプロジェクト

北九州市(きたきゅうしゅうし)は、福岡県の北部にある政令指定都市関門海峡に面し、九州島最北端に位置する。

概要

四大工業地帯の1つ北九州工業地帯において、1963年昭和38年)2月10日門司市小倉市戸畑市八幡市および若松市の5市による新設合併で誕生し、三大都市圏や県庁所在地以外では初の政令指定都市となった[2]。当市を中心とした北九州都市圏のほか[3]、隣接する山口県下関市などとともに関門都市圏を形成する[4]

人口規模は日本の市で13位[5]、九州地方では福岡市に次ぐ2位であり、同市とともにグローバル創業・雇用創出特区として国家戦略特別区域に指定されている[6]。非都道府県庁所在地においては川崎市に次ぐ2位の人口を有する[7]

九州における主要な国道や鉄道路線の起点であり、1880年代(明治20年代)から九州鉄道[8]関門海峡に面した門司港、若松港などの港湾をはじめとする交通基盤の整備が進んだ。2016年4月24日には、東九州自動車道大分市および宮崎市まで直結し、九州自動車道と合わせて交通結節点としての拠点性が向上した[9]

1901年(明治34年)に筑豊炭田から近い八幡村(当時、後の八幡市)に官営製鉄所が設置され、日本国内最大の鉄鋼供給地として工業化が進展した[10]それ以降、港町の門司、軍事産業が集積する小倉、石炭の集積地の若松、製鉄所のある八幡、水産基地の戸畑と様々な特性を持つ五つの都市が競うように発展した[要出典]

戦後においては、鉄鋼・金属などの重工業を中心に発展し、高度経済成長の原動力となった[11]1990年代後半までは地域経済に占める製造業の割合が大きかったが、2000年代にはサービス業と逆転し、産業構造の転換が進んでいる[12]。また、北九州エコタウンなどのエコビジネスも集積している[13]

地理

位置・地形

関門海峡の衛星写真。下側が北九州市、上側が下関市。※多少歪みあり

九州の北東端に位置する。市の北側は日本海響灘)に、東側は瀬戸内海周防灘)に面し、関門海峡を挟んで本州下関市とは最も幅が狭い早鞆瀬戸において約650mの距離で向かい合う[14]

市の海岸は入り組んでおり、海岸線の総延長は約226km(2009年3月時点)と政令指定都市の中では最も長い[15]。関門海峡は若松区沿岸から門司区沿岸にかけて約20kmに渡りS字形の水域を形成し[14]、九州本島と若松半島の間にある洞海湾は湾口から約13kmに渡る奥行きを持つ[16]

海岸線のうち8割は港湾等の人工海岸であり、自然海岸の延長は約20kmとなっている[17]。響灘沿岸の自然海岸では岩屋漁港周辺の海浜にてウミガメ上陸が確認されており、周防灘沿岸には曽根干潟や喜多久自然海浜保全地区等が残る[18]

市域の中央部は福智山地の北部をなし、門司区・企救半島の脊梁である企救山地(足立山妙見山・風師山・戸ノ上山等)、小倉南区の貫山山地(貫山等)、戸畑区南部・八幡東区に広がる皿倉・尺岳山地(皿倉山・帆柱山・権現山・福智山・尺岳・金剛山等)、若松区・若松半島の脊梁である石峰山地(石嶺山・岩尾山・弥勒山等)に細分される[19][20]

これらの山間部は北九州国定公園に指定され[21]皿倉山は「100億ドルの夜景」として新日本三大夜景に選定されている[22]。福岡県北部から山口県西部にかけては石灰質の地形が拡がり、市内にはカルスト台地平尾台がある[23]。その他山系の主峰ではないが、市民に親しまれている山として古城山、三角山、手向山、小文字山、鷲峯山、金比羅山、高塔山などがある[要出典]

市内を流れる紫川板櫃川金山川遠賀川等があり、これらの河口部を中心に扇状地や海岸平野が分布している[19]が、上記の通り山地が多く海に隣接した地形であり、可住地面積は市全体の20%程度に限られる[24]。遠賀川のほか、山間部に建設された畑ダムや鱒淵ダム等のダム湖が都市部への水供給を支えている[25]

市内のとして、藍島馬島白島(男島・女島の総称)、和合良島、間島、羽島、軽子島、津村島がある[26]。また、人工島として北九州空港などがある[26]

気候

北九州市(八幡
雨温図説明
123456789101112
 
 
83
 
9
3
 
 
82
 
9
3
 
 
137
 
13
5
 
 
134
 
18
10
 
 
156
 
23
14
 
 
294
 
26
19
 
 
297
 
30
23
 
 
191
 
31
24
 
 
194
 
27
20
 
 
78
 
22
14
 
 
84
 
17
9
 
 
57
 
12
4
気温(°C
総降水量(mm)
出典:気象庁 八幡(1979年 - 2000年の平均値)
インペリアル換算
123456789101112
 
 
3.3
 
48
37
 
 
3.2
 
48
37
 
 
5.4
 
55
41
 
 
5.3
 
64
50
 
 
6.1
 
73
57
 
 
12
 
79
66
 
 
12
 
86
73
 
 
7.5
 
88
75
 
 
7.6
 
81
68
 
 
3.1
 
72
57
 
 
3.3
 
63
48
 
 
2.2
 
54
39
気温(°F
総降水量(in)

北九州市の東部は瀬戸内海周防灘)、北部は日本海響灘)に面しており、瀬戸内海気候日本海気候の中間的な傾向を示し、比較的温暖である[27]。季節風の影響を受けやすく、冬は西からの風が強く、春から秋にかけては南からの風が強い[27]

響灘は日本海特有の冬季の風浪の影響を受けるが、周防灘は瀬戸内海特有の比較的平穏な海域となっている[28]。春先は関門海峡で濃い霧がしばしば発生する[28]梅雨明け後は30度以上の真夏日になる日が多い。冬場は日本海から北西の季節風が吹きつけるため曇天の日が多く、数日程度積雪することもある[要出典]

北九州観測局の2006年(平成18年)の測定結果によると、年平均気温17.0度、年平均湿度72.9%、年間降水量2,237.0mmであった[27]

北九州市(八幡)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C°F 18.7
(65.7)
24.0
(75.2)
25.2
(77.4)
30.1
(86.2)
32.4
(90.3)
34.2
(93.6)
36.9
(98.4)
36.6
(97.9)
34.5
(94.1)
33.0
(91.4)
26.2
(79.2)
20.9
(69.6)
37.0
(98.6)
平均最高気温 °C°F 9.4
(48.9)
10.5
(50.9)
13.7
(56.7)
19.2
(66.6)
23.6
(74.5)
26.8
(80.2)
30.5
(86.9)
31.6
(88.9)
27.9
(82.2)
22.9
(73.2)
17.4
(63.3)
12.2
(54)
20.47
(68.86)
日平均気温 °C°F 5.8
(42.4)
6.5
(43.7)
9.5
(49.1)
14.4
(57.9)
18.7
(65.7)
22.4
(72.3)
26.4
(79.5)
27.4
(81.3)
23.7
(74.7)
18.3
(64.9)
12.9
(55.2)
8.1
(46.6)
16.2
(61.2)
平均最低気温 °C°F 2.4
(36.3)
2.8
(37)
5.4
(41.7)
9.8
(49.6)
14.3
(57.7)
18.7
(65.7)
23.2
(73.8)
24.1
(75.4)
20.2
(68.4)
14.0
(57.2)
8.8
(47.8)
4.4
(39.9)
12.34
(54.21)
最低気温記録 °C°F −4.0
(24.8)
−6.2
(20.8)
−3.8
(25.2)
0.5
(32.9)
6.4
(43.5)
10.5
(50.9)
15.4
(59.7)
17.7
(63.9)
8.9
(48)
3.5
(38.3)
0.7
(33.3)
−3.6
(25.5)
−12.6
(9.3)
降水量 mm (inch) 82.8
(3.26)
82.0
(3.228)
126.0
(4.961)
126.9
(4.996)
156.1
(6.146)
267.9
(10.547)
299.9
(11.807)
168.5
(6.634)
186.6
(7.346)
75.4
(2.969)
89.2
(3.512)
68.0
(2.677)
1,729.3
(68.083)
平均月間日照時間 94.6 113.6 146.0 184.5 198.2 149.5 168.8 197.5 158.4 170.4 131.4 112.6 1,825.5
出典:気象庁

隣接している自治体

福岡県内では、中間市直方市行橋市遠賀郡芦屋町水巻町)、鞍手郡鞍手町)、田川郡香春町福智町)、京都郡苅田町みやこ町)に隣接している。

山口県下関市とは陸続きではないが、橋梁、海底トンネル、航路で結ばれている。

人口

旧五市の国勢調査人口の推移[29]
   戸畑市(戸畑町)

旧五市の人口は、合併前でみると八幡・小倉両市の比率がやや高かったが、「多核都市論」に基いて五市対等合併をし、旧五市の均衡発展を目指した。しかし、1988年(昭和63年)策定の北九州市ルネッサンス構想により小倉都心(小倉北区)と黒崎副都心(八幡西区)の両極を中心とした「集中型都市」へと大きく舵を切った。近年は小倉一極集中傾向が見られる。

合併後から1978年に福岡市に抜かれるまでは福岡県および九州で最多だった市の推計人口[32] 1979年に記録した108万6415人をピークに減少が続いている[33]。2004年4月の推計人口で初めて100万人を割り込み、同年5月に一旦100万人台を回復したものの、2005年1月に100万人を割って以降は100万人台を回復することなく[34]、2007年以降は毎年平均4000人程度減少が続く状態で[35]、2014年時点では福岡市の人口が北九州市の人口の1.5倍以上となっており[32]、2015年10月1日付国勢調査による人口は96万1815人となっている。2010年の国勢調査による人口と比べ、5年間で15,031人減少し、全国の自治体で人口減少数が最も多い都市となった[36]国立社会保障・人口問題研究所は、2040年における市の将来推計人口を78万4162人と見込んでいる[34]

国勢調査人口の推移(単位:万人)[37][38]

  旧5市の合計の人口
  北九州市の人口
  福岡市の人口
  福岡市の現市域にあたる地域の人口
北九州市(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 1,042,318人
1975年(昭和50年) 1,058,058人
1980年(昭和55年) 1,065,078人
1985年(昭和60年) 1,056,402人
1990年(平成2年) 1,026,455人
1995年(平成7年) 1,019,598人
2000年(平成12年) 1,011,471人
2005年(平成17年) 993,525人
2010年(平成22年) 976,846人
2015年(平成27年) 961,286人
2020年(令和2年) 939,029人
総務省統計局 国勢調査より


2015年国勢調査では、市の平均年齢は47.5歳(男45.3歳・女49.4歳)である[39]。年齢3区分別人口は年少人口(0歳から14歳まで)が11万9,448人(構成比12.6%)、生産年齢人口(15歳から64歳)までが54万9,397人(同58.1%)、老年人口(65歳以上)が27万7,120人(同29.3%)であり、老年人口の占める割合は政令指定都市で最も高くなっている[39]。また、

地名

市街地構成

明治中期以降、現市域である北九州地方には特色の異なる都市群が形成された。互いの市街地の延長により境界部では連続的になりコナベーションを形成した。1963年の5市合併によって北九州市が誕生した経緯もあり、多極分散的な都市構造を持つ。周防灘側に比して、関門海峡洞海湾沿岸地域における市街地の発達が顕著である。

主な市街地は、合併前各市の中心市街地(小倉黒崎戸畑門司港若松)のほか、鹿児島本線および日豊本線の主要駅付近(門司八幡折尾城野下曽根など)に形成されている。北九州市は小倉を都心、黒崎を副都心と位置付けて都市の再編成を行っている。

沿岸部は白野江(門司区東岸)付近と脇田海水浴場(若松区北西岸)以西を除いてほとんどが埋立てられており、工業用地(北九州工業地帯)や港湾施設(北九州港)に供されている。旧海岸線や紫川流域を除いては全体として平地が少なく、従来より山地・丘陵地を切り開いて住宅地や商業地、道路等を造成する場合が多い。東田地区では遊休地となった工場跡地が再開発され、新市街地となっている。また、上葛原地区は農地を区画整理によって宅地化し、郊外型商業施設や物流施設が集積するエリアとなっている。

旧市単位で公共施設が整備されたため、全国の政令指定都市20市の中でも、人口1人あたりの公共施設面積が最も大きいという特徴を持つ[40]

主な市街地は以下の通りである。

都心部

都心(小倉北区)の鳥瞰
足立山中腹から見る小倉市街地の夜景(小倉北区)
紫川に架かる常盤橋(小倉北区)
副都心である黒崎駅周辺の市街地(八幡西区
皿倉山から見た八幡駅周辺市街地(八幡東区)。写真右上は戸畑区洞海湾の北側(写真上)は若松区
小倉(都心)
北九州市の都心、小倉北区の中心拠点である。北九州市が定義する中心市街地としての「小倉」が示す領域の範囲は、南限は国道3号(一部北九州高速4号線)、西限は大門、東限は砂津付近までを指す[41]
南北方向には平和通り小倉駅南口から通りの上空を北九州モノレールが走る)を中心に東側には浅香通りと西側にはちゅうぎん通りみかげ通りが通り、東西方向には勝山通り旧電車通り)と小文字通りが通っており、これらの通りを中心に市街地が形成されている。商業施設・商店街の多くは平和通りより西側に立地しており、東側は歓楽街とビジネス街を形成する。紫川西岸は市役所、警察図書館など官公庁のほか小倉城がある。
都心部の主な商業施設として魚町銀天街、京町銀天街、旦過市場井筒屋コレットリバーウォーク北九州チャチャタウンアミュプラザ小倉あるあるCityなどがある。主な歓楽街には、堺町紺屋町などがある。
戦時中は紫側西岸の一帯が大規模な軍需工場だったため原爆投下の候補都市として意図的に温存され、結果的に終戦まで大規模な戦災被害を受けなかった。ゆえに碁盤目状の区割り、米町周辺の寺院の集積、職人・職業の名称がついた町名(魚町鍛冶町馬借)などにかつての城下町の名残がみられる。一方、小倉城周辺以外は商業地としての開発が進んだため、城下町としての景観はあまり残ってはいない。
近年は小倉都心部でも再開発が進み、小倉駅南側ではリバーウォーク、ホテル、駅ビル、商業複合ビル、タワーマンションなどが建設されている。小倉駅北口(浅野地区)では小倉記念病院の移転が完了し、またJリーグギラヴァンツ北九州後述参照)が使用する球技専用スタジアム(北九州スタジアム)が建設、オープンした。
黒崎(副都心)
北九州市の副都心、八幡西区の中心拠点である。JR黒崎駅を中心に放射状の街並が広がる。中心部は商店街やデパートなどがあり、西側は住宅地である。JR鹿児島本線より北側の洞海湾沿岸部は殆どが工業地帯となっている。黒崎駅前には井筒屋黒崎店やコムシティなどがあり、黒崎バスセンター及びJR黒崎駅・筑豊電鉄黒崎駅前駅を中心に路線網が展開されている交通の便の良さから、周辺市町村から訪れる人も多い。国道3号をはじめ、中心部の道路は慢性的な渋滞に悩まされるが、2008年10月25日黒崎バイパスが部分供用し、国道3号の通過所要時間が短縮されている [42]

その他の主要市街地

門司港
関門海峡に面する九州の玄関口で、門司港駅北側には下関に連絡する渡船場がある。平地が少ない北九州市の中でもとくに平地部が少なく、限られた平地・斜面に市街地が発達している。
かつては門司と言えば門司港地区を指したが、関門鉄道トンネルの開通などにより門司駅の名を旧大里駅に譲り、市街地の名称として「門司港」地区とされるのが一般的である。明治以降貿易で栄え、横浜神戸と並び日本における主要な貿易港の一角を担い、市街地には銀行・商社・新聞社等の支店のほか、遊廓高級料亭、百貨店の「山城屋」などが立地したが、鉄道トンネルの開通により門司港地区の交通上の重要性は著しく低下した。市街地の賑わいは影を潜め、百貨店は閉鎖されたが、明治から昭和初期にかけての建築様式を示す建造物が多く残ったことから、門司港レトロとして再開発され、多くの観光客を集める場所となった。
大里
関門鉄道トンネルの開通により九州の玄関口となり、門司鉄道管理局門司機関区を中心に鉄道関係者が集積し、市街地化が進んだ。現在も北九州貨物ターミナルなど鉄道の重要施設が残る。海岸部は国道199号線に沿って細長い産業地をなし、JR線より山側は斜面の中腹まで密集した住宅地を形成している。また柳町周辺に商店街が形成されており、近隣高齢者の利用が大変多い。かつてはサッポロビールの工場や門司競輪場などが立地していたが、いずれも廃止された。近年は都心の小倉駅から一駅という利便性に加え、工場跡地のレトロ建築物群を生かした門司赤煉瓦プレイス周辺の再開発が門司駅北側で行われている。
三萩野
三萩野交差点を中心に商業施設、金融機関が集積するほか、近隣にはハローワークや北九州中央郵便局小倉競輪場北九州市民球場などの公共施設がある。都心部への入口であると共に国道3号10号322号からの通過交通の重なる重要な交差点であり、北九州モノレール香春口三萩野駅から戸畑、黒崎方面のバスに乗り換えなど市内交通の要でもあることから、日夜交通量が多く繁華な地区である。
城野
日豊本線日田彦山線の主要駅であるJR城野駅や、北九州モノレールの城野駅があり、さらに田川行橋方面への主要道路(国道10号・国道322号)が通っているため、交通の分岐点となっている。また、周辺には中学校・高等学校が多数存在しており、朝夕の時間帯には通勤客や学生で非常に賑わう。JR城野駅周辺の陸上自衛隊城野分屯地跡地は「ゼロ・カーボン先進街区」として再開発が計画されている。
徳力
小倉南区北西部地域の拠点。北九州モノレールが通っており、北九州市都心部の郊外として住宅団地が広がっている。1960年代後半から、当時の日本住宅公団(現・都市再生機構)によって大規模な住宅団地(徳力団地、総戸数約2,400戸)が作られたことを契機として、以後周辺地域を含めおよそ30年にわたって土地区画整理事業が行われた。多摩や千里に代表されるようなニュータウン型の街並が形成されており、市内でも公共交通の分担率が高い地区と言われる。イオン徳力店サンリブもりつねを始め、ナフコベスト電器エディオンなどが軒を連ねる。
下曽根
小倉南区東部地域の中心拠点。ザ・モール小倉の開店とともにJR下曽根駅に南口およびロータリーも建設された。駅前の通りには飲食店、銀行、エディオンなどの大型家電店がある。北九州市郊外のベッドタウンであり、周辺には住宅地やマンション等も多い。下曽根駅北側には61haに及ぶ北九州空港移転跡地があり、その一部に九州労災病院が2011年に移転開業、残りの41haは市が工業団地として整備した。2005年4月のサンリブシティ小倉開業を皮切りに、下曽根地区西側の上葛原地区に郊外型店舗が相次いで開店し競争が激化している。
戸畑
小倉と黒崎の間に位置するため住宅地としての人気が高い地域である。駅前が再開発され、戸畑サティ(現・イオン戸畑ショッピングセンター)の開業によって、一つの商業拠点として成り立っている。また、駅東側には地域福祉活動・芸術文化活動の拠点としてウェルとばたが2002年にオープンし新たな賑わいを見せている。戸畑区内には九州工業大学や多くの高校があるほか、市立美術館があり市内でも文教地区とされる。沿岸部は工業地帯である。
八幡
八幡製鉄所新日鐵住金)の企業城下町として栄えた地域で、製鉄業の最盛期は小倉と並び、北九州有数の繁華街であった。現在[いつ?]でも八幡中央区商店街には100以上の店舗が集まる。近年は東田地区の開発や八幡駅前の再開発など、新たな動きの大きい地域である。また、工場遊休地の活用により建設された国内初の宇宙テーマパーク「スペースワールド」がある。
若松
区域の東部・南部の洞海湾沿いの地域が旧来からの市街地であり、区の中ほどにある二島地区まで国道199号線に沿って連続した市街地が形成されている。区東部は石炭積出港として栄え、かつては港湾関連の業務地区のほか歓楽街も形成した。二島以西は近年まで農村的景観であったが1980年代以降、区西部の高須地区が郊外型新興住宅地として開発され、それに伴い郊外型商業施設が集まる地域も形成されている。東部の高齢化および人口流出が進む中、区全体の人口比重も西側に偏る傾向がある。高須一帯は折尾地区(八幡西区)とも隣接しており、また2000年代以降、高須地区・本城地区(八幡西区)に跨る地域に北九州学術研究都市が整備され[43]、開発が進行している。
折尾
八幡西区の西端部で折尾駅周辺の地域。折尾地区には大学院大学短期大学専門学校高等学校が多数存在しており、周辺には学生向けの飲食店やスーパー等の商業施設も揃っており、利便性の良い学生街を形成する一方で、交通の結節点でもあり、市西部の住宅地の中心であるなど多面的な顔を持つ。北九州学術研究都市(住所上は若松区ひびきの。区境で本城・浅川地区と接している)があり、ハイテク産業の技術研究を企業と大学が共同で実施している[43]。折尾地区総合整備事業では駅周辺の鉄道の高架化、幹線道路や駅前広場の整備、鉄道跡地を含む土地区画整理事業を一体的に実施することで、遠賀地区や中間市を含めた広域的な中心核として、また、学園都市の魅力ある玄関口にふさわしい「まち」に再構築するため総事業規模830億円をかけ、2020年度(平成31年度)完成を予定に施行中である。

下関との交流関係

下関市と北九州市は、関門海峡を挟んで対岸に位置しており、門司市(現門司区)を中心に五市合併以前から交流が盛んである。下関市は北九州市の5%都市圏であり、電車で数分の距離にあることから実質的には同一の生活圏を形成している。下関市と北九州市を合わせて関門といい、両市を中心都市とする都市圏関門都市圏」が形成されている。

観光面では、水族館など片方の市にあるものは作らないという方針から、観光客の取り合いのないバランスの取れた関係になっている。小倉城前にて「焼きそばvs焼きうどんバトル」が実施された時には、江島潔・前下関市長が審判を務めた。毎年8月13日に開催される関門海峡花火大会は北九州市と下関市が合同で行なっている。門司港地区では下関市唐戸巌流島への定期航路が出ており、両市の観光客の周遊ルートになっている。

下関市と北九州市の越境合併については、山口・福岡両県議会で過半数の議決を得る必要があるなど制度上のハードルが高いこともあり議論は進展していない。道州制の実施を見据え、下関市と北九州市の市域をもってに属さない独立した自治体「関門特別市」を新設する構想が検討されたこともある。

交通

九州の玄関口に位置し、九州における主要な国道や鉄道路線の起点であり、また関門海峡に面することから海上においても交通の要衝である。2016年4月24日には東九州自動車道大分市および宮崎市まで直結し、九州自動車道と合わせて交通結節点としての拠点性が向上した。

空港

  • 北九州空港(小倉南区空港北町・苅田町空港南町) - 2006年3月16日に苅田町と隣接する周防灘沖に開港。24時間運用可能な海上空港である。

鉄道

小倉駅
門司港駅
日豊本線で運用中のワンマン列車
JR九州813系1100番台
北九州高速鉄道
九州旅客鉄道(JR九州)
旧国鉄の九州地区本部である門司鉄道管理局(門鉄)がおかれ、筑豊炭鉱地帯の積出港、九州内鉄道網の要衝として国内でも重点的に鉄道整備がなされた地域である。
主要市街地のほとんどにJR駅がある他、鹿児島本線門司 - 折尾間は複々線(貨客分離)である。
また長距離きっぷの場合、下記北九州市内各駅に市内中心駅(小倉駅)までの運賃が適用される(特定都区市内
西日本旅客鉄道(JR西日本)
北九州高速鉄道
筑豊電気鉄道
平成筑豊鉄道
皿倉登山鉄道
廃止路線
  • 北九州市電(1975年〈昭和50年〉11月1日廃止:貨物のみ)
  • 国鉄香月線(1985年〈昭和60年〉4月1日廃止)
  • 西日本鉄道北九州線
    • 田野浦線:東本町三丁目(→門司) - 田野浦間(1936年〈昭和11年〉1月10日廃止)
    • 門司 - 砂津間(1985年〈昭和60年〉10月20日廃止)
    • 砂津 - 黒崎駅前間(1992年〈平成4年〉10月25日廃止)
    • 黒崎駅前 - 熊西 - 折尾間(2000年〈平成12年〉11月26日廃止)
    • 戸畑線:大門 - 戸畑間(1985年〈昭和60年〉10月20日廃止)
    • 枝光線:中央町 - 幸町間(1985年〈昭和60年〉10月20日廃止)
    • 北方線:魚町 - 北方間(1980年〈昭和55年〉11月2日廃止)
黒崎駅前 - 熊西間は2015年2月28日まで第3種鉄道事業者として存続していたが、あくまで法規上の存続にすぎなかった。[44]
北方線はモノレール小倉線が代替路線として整備された。

バス

一般路線バス

西日本鉄道(西鉄)グループと、北九州市交通局が運行しているが、運行地域によって棲み分けが行われている(小倉北区、戸畑区、八幡西区、若松区のそれぞれ一部に競合区間がある)。いずれも乗車方法は後乗り前降り後払いで、運賃は整理券による区間制である。

  • 西鉄グループ(西鉄バス北九州西鉄バス筑豊) - 通称は西鉄西鉄バス。以前は西鉄の直営であったが分社化された。若松区・八幡西区の折尾地区の大部分を除く全域。北九州市内の一般路線の大半は西鉄バス北九州による運行で、小倉 - 田川間および黒崎 - 直方間の路線のみ西鉄バス筑豊が運行する。非接触型ICカードのnimocaSUGOCAはやかけんSuicaなど「全国相互利用サービス」対応カードも)が使用可能。
  • 北九州市交通局 - 通称・市営バス。前身が若松市営バスであるため、市内全域には路線を持たず、若松区および八幡西区の折尾地区までが中心範囲。北九州市役所、戸畑駅への路線として、小倉北区・戸畑区の一部にも路線を持つ。非接触型ICカード「ひまわりバスカード」が使用できるが、このカードは独自規格であるためnimocaとの相互利用はできず、またnimocaでは市営バスに乗車できない。

このほかに市・交通事業者・地域住民の連携により「おでかけ交通」と称する路線バス・乗合タクシーが運行されている地域がある(西鉄バスがもともと運行されていない区域や、西鉄バス路線が廃止された区域)。

高速バス・特急バス

北九州市を経由して福岡市と各地を結ぶ中・長距離路線と、北九州市内各地と福岡市を結ぶ短距離路線がある。

西鉄グループが運行に関与する中・長距離路線は小倉市街地の東端部の砂津にある西鉄砂津バスセンターチャチャタウン小倉前)、小倉駅前(小倉駅バスセンター前のバス停留所)、黒崎市街地の南の外れにある引野口バス停に停車する。短距離路線はこれ以外に市街地の主要バス停に停車する。JR九州バスが運行する広福ライナー小倉南インターチェンジに併設されたバス停に停車する。旧ツアーバスの夜行バス路線は小倉駅新幹線口に停車する。

以下の路線はすべて夜行で、西鉄グループが運行・予約発券を行っており、砂津バスセンター、小倉駅前、引野口に停車する(一部の路線は運行せず予約発券のみ)。

以下の路線はJR九州バスが運行、小倉南インターチェンジに停車する。

以下は西鉄グループが運行・予約発券を行う昼行便(一部の路線は運行せず予約発券のみ)

以下は旧ツアーバスの夜行便で、小倉駅北口KMMビル東に停車する。

道路

高速道路

北九州市周辺の高速道路網
(北九州高速道路の路線図より)
北九州高速1号線大手町付近
北九州ジャンクション
九州道東九州道が接続)
高規格幹線道路高速自動車国道
地域高規格道路都市高速道路

一般道路

夜の若戸大橋
若松区側からの景観)
洞海湾の下をくぐる若戸トンネル
戸畑区側)
新北九州空港道路の連絡橋部
小倉南区苅田町の境界付近)
地域高規格道路(一般有料道路を含む)
その他の一般有料道路
一般国道

県道(主要地方道)

主要都市までの距離

小倉北区中心部から

港湾

北九州港は貨物取扱量・輸出入総額ともに西日本(九州・中国・四国)で最大の港湾である。また日本三大旅客港の一つに数えられる。なお、港湾法上は下関港と一元化した関門港として扱われており特定重要港湾に指定されているが、港湾管理者の一元化はされていない(経緯および詳細はそれぞれの項目を参照)。

2004年にトヨタ自動車が物流機能を設けたほか、2005年3月には響灘地区に「ひびきコンテナターミナル」が完成し、東アジアの中枢港湾に向けた取り組みが活発化している。

定期旅客航路

若戸渡船

歴史・史跡

小倉城、小倉北区

令制国においては、北九州市における門司区・小倉北区・小倉南区の全域、および、八幡東区の東半分に相当する地域は豊前国企救郡)、八幡西区・若松区・戸畑区の全域、および、八幡東区の西半分に相当する地域は筑前国遠賀郡鞍手郡)に属しており、別の国であった。大化元年(645年)には今の和布刈神社付近に「文字ガ関」が置かれたといい、門司の地名由来となっている。古代に九州地方を統括していた大宰府への第一の関所の位置付けである。

1871年8月29日の廃藩置県により、豊前国は小倉県に、筑前国は福岡県となった。しかし、1876年8月21日の府県合併により、小倉県は分割されて大半の地域が福岡県と合併した。それ以降、北九州市の市域に相当する地域は全体が福岡県に属するようになる。

この豊前国と筑前国とも、山口市に拠点を置く西日本最大の大名であった大内氏の時代には、この大内氏により守護されており、文化圏の枠組みでは、九州よりも本州瀬戸内海岸の文化の影響が強い。また、この界隈の基礎となった官営八幡製鉄所の建設には、明治の長州閥が深く関わっており、歴史的にも豊前と長州の2地域は密接である。

1889年の市町村制施行により、それぞれが町制を敷き、大正時代に門司市、小倉市、戸畑市、若松市、八幡市(後の八幡東区全域と八幡西区黒崎地区に相当する区域。八幡西区の残りの地域は昭和12、19、30年に合併)が成立した。当時より五市(場合によっては下関市、中間市を含めた七市)の合併が提起されていたが、1963年2月10日にこの5市が合併(新設合併)し[2]、4月1日に政令指定都市となった。新市名については、合併後の新市名を住民公募した結果、1位は「西京」だったが、の名を含んだ名称には異論もあり[注 1]、2位の「北九州市」が採用された。

小倉県庁舎、小倉北区

ちなみに「北九州」という名称は、この地域を運行していた西鉄路面電車(2000年11月全線廃止)の路線の総称として北九州線が、西鉄設立の1942年(昭和17年)から用いられていた。また市内にある北九州市立大学の前身である北九州外語大学(当時、1953年から2000年までは「北九州大学」)が1950年以来「北九州」を冠していたほか、1923年(大正12年)から国定教科書において八幡市、戸畑市の工業地帯が「北九州工業地帯」と表記されていた。いずれも北九州市成立以前から、この地域を表す名称として使われていたものとしてあげられる。

北九州市は昔から交通の要衝であり、重化学工業で栄えた都市でもある。古くから筑豊地方、京築地域、遠賀地方、福岡市周辺はもとより、山口県の下関市宇部市山陽小野田市美祢市大分県中津市宇佐市などの地域との関係が歴史的・文化的に密接であり、本市を中心にこれら3県に跨がる関門都市圏を形成している。特に山口県とは歴史的に非常に強い関係があり、文化面・経済面での影響を強く受けている。市内で使われる北九州弁も周辺地域の影響を濃く受けているが、先述の通り歴史上別の国であったことも影響し、市内でも西部と東部で方言に差異が見られる。

また、響灘に面していることもあり、今の市域全体が古くから軍事の要衝ともなっていた。関門海峡では1185年に壇ノ浦の戦いがあり、明治期には西日本最大の要塞であった「下関要塞」の一部として指定され、主だった山や小倉城址、今の若松区の海岸地帯などは一般人の出入りが禁止・制限された。さらに小倉には陸軍の造兵廠が置かれ、1945年にはここが長崎に投下されたプルトニウム型原子爆弾の最初の投下目標となった。文豪・森鴎外が小倉に住んでいたのも陸軍の軍医としてであった。第二次世界大戦後はそれらの施設や民間の建物などがアメリカ軍に接収され、今のNHK北九州放送局も米軍向け放送を一時行っていた。市内の一部には軍事都市の名残をとどめる史跡が存在する。

沿革

古墳

  • 一本松塚古墳(小倉北区) - 市指定史跡
  • 荒神森古墳・円光寺古墳(曽根平野古墳群、小倉南区)
  • 上ん山古墳(小倉南区) - 市指定史跡
  • 茶毘志山古墳(小倉南区) - 市指定史跡
  • 御座古墳群(小倉南区)
  • 小田山古墳群(若松区) - 市指定史跡

近代以前

近代 - 北九州市成立以前

西日本工業倶楽部、戸畑区

北九州市成立以降

  • 1963年
    • 2月10日 - 門司市・小倉市・戸畑市・八幡市・若松市の5市が合併(新設合併)し、北九州市が発足、仮市役所は旧戸畑市役所となる[2]。市名の第一候補は「西京市」であった。同日、北九州市発足記念の切手が一種(10円)発行された。
    • 3月11日 - 議員定数188人で初市議会開催。
    • 3月14日 - 市章を制定する[47]
    • 4月1日 - 北九州市が政令指定都市に指定され、門司区・小倉区・戸畑区・八幡区・若松区の5区を設置。各行政区域はほぼ合併前の各市域に対応する(一部変更あり)。三大都市圏以外で初の政令指定都市となった。翌4月2日、北九州市歌が制定される。
    • 9月1日
    • 11月28日 - 紫川事件発生。
  • 1964年
    • 1月1日 - 旧門司市とそれ以外の旧4市で分かれていた水道組織を統合、北九州市水道局発足。
    • 4月1日 - 門司、小倉、洞海の3港を統合し、名称を北九州港と改め、管理運営組織として北九州港管理組合発足。
    • 4月10日 - 皿倉山頂に帆柱スカイラインリフト設置、運用開始。
    • 9月27日 - 国鉄戸畑駅2代目駅舎(民衆駅)が開業、併せて駅前広場整備[48]
    • 10月31日 - 門司港駅山口県下関駅間を運行していた国鉄関門連絡船廃止。
  • 1965年
    • 2月4日 - 合併後初の市議会議員選挙により、市議会議員の人数が64人となる[49]
    • 9月10日 - 旧5市から引き継がれ二重行政状態となっていた各部署・機構を再編、同日より発足[50]
  • 1966年
  • 1967年9月23日 - 同年の梅雨明け以降西日本で続いていた干ばつの影響[53] により、取水制限、併せて12時間断水実施、同年10月27日に解除[54]
  • 1968年
    • 日付不明 - 小倉区(現小倉北区)のカネミ倉庫の製品によるダーク油事件カネミ油症事件が相次いで発生。
    • 9月25日 - 市立小倉病院内に、九州初、および市立としては日本国内初となる「北九州市立がんセンター」完成、同10月1日より診療開始[55]
  • 1970年
    • 4月5日 - 若松区頓田貯水池に隣接する響灘緑化自然公園に、日本国内10番目、市立のものとしては初となる「玄海青年の家」完成[56]
    • 4月20日 - 若松区二島に、同区役所島郷出張所、若松農政事務所、若松消防署島郷出張所が入居する合同庁舎開業[57]
    • 12月23日 - 八幡区(現八幡東区)桃園に、完成時点で日本国内最大のプラネタリウムを持つ、市立宇宙科学館開業[58]
  • 1971年3月29日 - 小倉城内1、2階を改装、郷土資料館開業[59]
  • 1972年
関門橋、門司区

歴代市長

氏名 就任年月日 退任年月日
吉田敬太郎 1963年2月10日 1963年3月14日
吉田法晴 1963年3月15日 1967年2月28日
2-6 谷伍平 1967年3月1日 1987年2月19日
7-11 末吉興一 1987年2月20日 2007年2月19日
12–14 北橋健治 2007年2月20日 (現職)
※市長職務代行者(旧若松市長)

行政

市長

  • 北橋健治(3期目)
  • 任期:2019年2月19日

市議会

  • 定数:57人
  • 任期:2021年2月9日

市政

市の経常収支比率は、平成16年度決算(2005年3月末迄)の90.6%から、同21年度(2010年3月末迄)は99.8%まで悪化している[40]

行政区

北九州市は以下の7つの行政区で構成される(自治体コード順)。

当初は旧5市にほぼ対応した5区だったが、1974年、小倉区が小倉北区と小倉南区に、八幡区が八幡西区と八幡東区に分区された。

福岡県議会(北九州市選出)

  • 定数:16名
  • 任期:2015年(平成27年)5月14日〜2019年(平成31年)5月13日
選挙区 氏名 会派名
門司区 (2) 川端耕一 自民党県議団
森下博司 公明党
小倉北区 (3) 原田博史 民主・県政県議団
壹岐和郎 公明党
中村明彦 自民党県議団
小倉南区 (3) 吉村悠 自民党県議団
高瀬菜穂子 日本共産党
二宮眞盛 公明党
若松区 (2) 山口律子 日本共産党
中尾正幸 自民党県議団
八幡東区 (1) 津田公治 自民党県議団
八幡西区 (4) 松下正治 公明党
岩元一儀 民主・県政県議団
松尾統章 自民党県議団
縣善彦 自民党県議団
戸畑区 (1) 冨田徳二 民主・県政県議団

衆議院

選挙区 議員名 党派名 当選回数 備考
福岡県第9区若松区八幡東区八幡西区戸畑区 三原朝彦 自由民主党 7 選挙区
緒方林太郎 民進党 2 比例復活
真島省三 日本共産党 1 比例復活
福岡県第10区門司区小倉北区小倉南区 山本幸三 自由民主党 7 選挙区

生活保護問題

国の施設

  • 法務省
  • 財務省
    • 福岡財務支局小倉出張所 (小倉北区城内)
    • 門司税関(門司区西海岸)
      • 田野浦出張所 (門司区太刀浦海岸)
    • 戸畑税関支署 (戸畑区川代)
      • 若松出張所 (若松区本町)
    • 税関研修所 門司支所 (門司区西海岸)
    • 福岡国税局小倉税務署 (小倉北区大手町)
    • 福岡国税局門司税務署 (門司区清滝)
    • 福岡国税局八幡税務署 (八幡東区平野)
    • 福岡国税局若松税務署 (若松区本町)
  • 厚生労働省
    • 福岡検疫所門司検疫所支所 (門司区西海岸)
      • 北九州空港出張所 (小倉南区空港北町)
    • 九州厚生局麻薬取締部小倉分室 (小倉北区城内)
    • 北九州東労働基準監督署 (小倉北区大手町)
      • 門司支署 (門司区北川町)
    • 北九州西労働基準監督署 (八幡西区岸の浦)
    • 八幡公共職業安定所 (八幡西区岸の浦)
      • 若松出張所 (若松区本町)
      • 戸畑分庁舎 (戸畑区牧山)
    • 小倉公共職業安定所 (小倉北区萩崎町)
      • 門司出張所 (門司区北川町)
      • マザーズハローワーク北九州 (小倉北区浅野)
      • 小倉新卒応援ハローワーク (小倉北区浅野)
  • 国土交通省
  • 農林水産省
    • 九州農政局北九州地域センター消費・安全グループ (小倉北区田町)
    • 九州農政局北九州地域センター農政推進グループ (小倉北区大手町)
    • 門司植物防疫所 (門司区西海岸)
    • 動物検疫所門司支所 (門司区西海岸)
    • 九州農政局福岡農政事務所地域第一課 (小倉北区大手町)
    • 九州農政局北九州統計・情報センター (小倉北区大手町)
  • 防衛省
  • 裁判所
  • 独立行政法人

経済

産業

1901年明治34年)に操業を開始した八幡製鉄所を契機として、鉄鋼化学窯業電機などの工場が集積する北九州工業地帯を形成し、それら重化学工業が北九州市の経済をリードしてきた。

産業別の就業人口構成(平成22年国勢調査)を見ると、第2次産業が23.6%、第3次産業が70.4%であり、第2次産業の割合は政令指定都市の中では浜松市静岡市相模原市に次いで高い[76]。製造品出荷額等(平成22年工業統計)を見ると、北九州市は2兆1,288億円で、政令指定都市(東京都区部を除く)の中では9番目に高い水準となっている[76]。その内訳を見ると、鉄鋼が37.6%、化学が10.2%、金属が8.5%、窯業・土石が6.9%となっている[76]

以上のように、工業は市の重要な産業であるが、従来の素材型のほか、自動車関連産業など新しい分野の企業進出も進んできている。また、かつて公害克服してきた技術を活かした、リサイクル業をはじめとする環境関連産業が集積する北九州エコタウン[13]や、北九州学術研究都市を拠点として半導体関連企業の研究機関の集積も進んでいる[43]

北九州市発祥のものとして、旧小倉市では競輪パンチパーマ、商店街アーケード、24時間スーパー(丸和)、焼きうどん、小倉肉うどん(肉肉うどんなど呼称多数あり)などが誕生した。また、バナナの叩き売りハヤシライス(発祥については他に諸説あり)、焼きカレーは門司港地区、都市型公民館は八幡地区、パラグライダーは皿倉山が日本における発祥地である[要出典]

その他、スペースワールド門司港レトロ地区などを核とした観光都市に向けた取り組みを行っている(#観光スポット北九州市ルネッサンス構想を参照)。

企業

井筒屋小倉店
北九州市に本社を置く主な企業
北九州市に事業所を置く主な企業
北九州市が発祥の主な企業
  • 山九(八幡製鐡所運搬請負共済組合として設立。登記上の本店は門司区)
  • 若築建設(若松の港湾を整備した。旧社名は若松築港。登記上の本店は若松区)
  • 三洋信販(ポケットバンク、事業は三井住友フィナンシャルグループが引き継いだ)
  • 出光興産(門司にて出光商会を創業)
  • 新日鐵住金(前身である新日本製鐵は、官営八幡製鐵所が母体の一つ)
  • 日産自動車(日産自動車は横浜市で設立されたが、後述の戸畑鋳物がダット自動車製造を吸収して社内に自動車部を設立し、その後、日本産業と共同出資で設立した自動車製造株式会社がルーツであるため、北九州市もルーツである[77]
  • 日立金属(元々は鮎川義介によって設立された戸畑鋳物[78]
  • 西日本鉄道1942年(昭和17年)、福岡県内の鉄道事業者5社のうち、旧小倉市砂津に本社のあった九州電気軌道(九軌)を母体とし、他の4社が九軌に吸収合併したことにより発足した鉄道会社である[79]
  • テレビ西日本(発足時の本社は八幡東区)
  • 西華産業(門司にて会社設立)
  • 丸和(小倉にて会社設立。ユアーズに吸収合併され、同社の店舗ブランドの一つとして存続)
  • 読売新聞西部本社(発足時の本社は小倉北区。2004年に福岡市に本社移転)

名産品など

  • 焼きカレー(門司)
  • ご飯の上にカレーとチーズなどを載せオーブンで焼く。
    関門海峡対岸の下関が本場であるが、門司の名産でもあり、「門司フグ」ブランドも存在する。
    若松近海で収獲される。身は小ぶりだが甘みがあり、瓶詰めが土産品として人気がある。
    旦過の屋台では、酒を販売しない(持込みは可)代わりにおはぎを販売している。余談だが、北九州市一円にチェーン展開をするうどん店(資さんうどん)でも、おはぎを販売している。
    • ぬかみそ炊き(小倉)
    江戸時代から伝わる伝統料理。小倉では「じんだ煮」という。素材はタケノコやイワシ、サバなど。(→鰯のぬか炊き
    小倉南区合馬(おうま)産のタケノコ。主に市内および京阪神に出荷され、高級料亭等で使用される。なお、北九州の竹林面積は1,400haで日本一。
    また、合馬地区で採水された合馬天然水が2008年モンドセレクション最高金賞に選ばれた。
    • 小倉牛(小倉)
    小倉ブランドの牛肉和牛
    ロールケーキでの街おこしを目的とし、「小倉ロールケーキ研究会」が発足している。北九州モノレールとタイアップし、「ロールケーキ列車」などのイベントも行われている。
    「鍋春菊」ともいう。歯が丸くてキザキザがないのが特徴。元々室町時代に地中海から下関へ渡来し「ローマ」と呼ばれて食用されていた。
    • 一粒かき(門司区・小倉南区)
    カキ。周防灘側海域で養殖。
    終戦直後、焼きそばの麺が手に入らないので乾麺のうどんを焼いたことで生まれた。
    八幡製鐵所の工員向けカロリー補給食として開発されたと言われる。以前に比べ硬さは落ちたといわれるがかなり硬い。歯が悪い人は牛乳などに浸して食べるのがよい。
    • くろがね羊羹(八幡)
    堅パン同様、八幡製鐵発祥のお菓子だが、こちらは一般的な羊羹である。
    折尾駅の駅弁として有名だが、若松、黒崎、八幡、戸畑、小倉の各駅でも販売を行っている。
    駅ホームのうどん。鶏肉でだしをとり、鶏そぼろが具に入っている。小倉駅の「ぷらっとぴっと」と折尾駅・黒崎駅・若松駅の東筑軒で食べることができる(小倉駅のぷらっとぴっとは漫画『クッキングパパ』59巻で紹介されている)。
    かつて八幡製鐵所に勤務する労働者の間で、スタミナ食として餃子がよく食べられていた。
    福岡県北九州市と山口県下関市との間にある関門海峡で育った真蛸(まだこ)。
    ちゃんぽんの元祖は長崎市であるが、北九州市では「ちゃんぽん」を出す食堂やラーメン屋などが多い。細い蒸し麺に特徴がある。JR戸畑駅近くの商店街など数店で食べられる。
    門司港周辺で食べられる麺料理。
    江戸時代の豊前小倉藩の特産物としてつくられた織物で、主に縦縞を特徴とした良質で丈夫な木綿布。徳川家康羽織として使用するなど、当時は珍重され、その後全国的に広まった。昭和初期に途絶えたが、後に復元された。
    • 孫次(戸畑)
    郷土玩具、セミ等の形をした凧、福岡県知事指定特産工芸品・民芸品。

    健康・福祉

    下水道普及率

    • 下水道普及率:99.8%(平成25年度末)

    主な医療機関

    医療体制

    • 救急医療

    北九州市の救急医療体制は機能別応需病院(二次救急)を導入している。これは、北九州独自に症状や臓器など機能別に救急隊員による迅速且つ的確な救急搬送が可能なシステムを導入している。これにより所謂、患者のたらい回し、かかりつけ医の持たない傷病者でも迅速な対応が可能となる。

    ※夜間・休日急患センター : 2ヶ所、休日急患診療所 : 2ヶ所、救急告示病院 : 18ヶ所、地域医療支援病院 : 7ヶ所、災害拠点病院 : 7ヶ所、救命救急センター : 2ヶ所

    • 小児医療(主要疾患)
      • 救急 : 北九州市立八幡病院(一次 - 三次)、北九州総合病院(三次)
      • 周産期 : 北九州市立医療センター、産業医科大学病院、九州病院、国立小倉医療センター
      • 循環器 : 九州病院、北九州総合病院、国立小倉医療センター
      • 内分泌代謝 : 産業医科大学病院など
      • 血液 : 産業医科大学病院など
      • 神経 : 北九州市立総合療育センター、産業医科大学病院、九州労災病院など

    教育

    大学・短期大学

    国立
    公立
    • 九州歯科大学 (小倉北区)
    • 北九州市立大学
      • 北方キャンパス(小倉南区、外国語学部・経済学部・文学部・法学部・地域創生学群)
      • ひびきのキャンパス(若松区・北九州学術研究都市、国際環境工学部)[43]
    私立

    高等専門学校

    国立

    高等学校

    県立高等学校

    第2学区(旧第2・3学区)

    門司区小倉北区小倉南区戸畑区

    第3学区(旧第4学区)

    八幡西区八幡東区若松区、(中間市遠賀郡4町)

    中間高校中間市)、遠賀高校遠賀郡遠賀町)も通学可。なお遠賀高校情報ビジネスコースは市内全域から通学可

    市立高等学校

    私立高等学校

    中学校

    公立中学校

    国立中学校

    私立中学校

    小学校

    公立小学校

    国立小学校

    私立小学校

    学校教育以外の施設

    自動車教習所

    福岡労働局長登録教習機関

    動力車操縦者養成所

    • 九州旅客鉄道株式会社社員研修センター
    • 西日本鉄道小倉教習所

    文化財

    スポーツ

    プロスポーツチーム・社会人スポーツチーム

    市内で活動するチーム

    かつて活動していたチーム

    大会

    毎年開催される大会

    過去に開催された大会

    • 2002年世界車椅子バスケットボール選手権大会・北九州(北九州ゴールドカップ2002)
      アジア初開催。8月23日 - 9月1日の10日間、北九州市立総合体育館で開催された。
    • 全国選抜高等学校テニス大会(2003年まで)
      毎年3月に、八幡西区の北九州プリンスホテル(当時)テニスコートを主会場に行われていたが福岡市に会場を変更。
    • 第12回アジアジュニア卓球選手権2006北九州大会(2006年)
      福原愛らが出場。
    • 朝日駅伝
      福岡市からスタートし、北九州市がゴールとなる。
    • 九州一周駅伝
      2013年まで毎年10月に開催、9日目最終区途中 - ゴールまでと、最終日スタート - 2区途中まで市内を通っていた。

    観光

    夏の祭りが盛んな地域で、各地区ごとに特色ある文化を伝えるほか、花火大会等も頻繁に行われている。テーマパークのほか雄大な自然や歴史系の観光スポット等も備えるが、近年では従来の観光に対する考え方にとらわれず、北九州工業地帯の歴史や工場群のダイナミックな景観を生かし、産業観光工場萌え(工場観賞クルージング等)、映画の撮影地として市内で頻繁にロケが行われていることから撮影地を巡るツアー、あるいは角打ち体験などニッチな体験型観光の掘り起しも盛んである。

    おもな観光スポット

    皿倉山山頂(八幡東区)
    新日本三大夜景」の一つ[22]。山頂へは、隣接する帆柱山山頂への帆柱ケーブルと、ケーブルカー終点を発着するスロープカーを利用することでアクセス可能。山頂にはレストランのある展望台がある。通常平日は上りケーブルカーは17時台、下りは18時までの運行だが、土、日、祝日、および7月から9月とゴールデンウィーク前後の2週間は平日も含め毎日、ケーブル、スロープカーともに上り20時台、下り21時30分までの運行となる。また、土日祝の午後のみ、八幡駅と帆柱ケーブル山麓駅の間に無料送迎バスが運行されている。(八幡東区)
    スペースワールド(八幡東区)
    日本初宇宙のテーマパーク。1990年にオープン。新日本製鐵八幡製鐵所遊休地に開業した。絶叫マシンをはじめとする大型遊具を積極的に投入している。2005年加森観光に営業譲渡。(八幡東区東田
    門司港レトロ地区(門司区)
    JR門司港駅周辺地域に、門司港駅舎などの歴史的建造物と、ホテル・観光商業施設などを整備した観光スポット。レトロフェスタ(5月)をはじめ様々なイベントが行われている。(門司区門司港地区)
    小倉城、小倉城庭園(小倉北区)
    1602年細川忠興によって築造、その後小笠原15万石の居城として城下は栄えた。長州征討により1866年焼失したが1959年天守を再建、改装を経てハイテク歴史資料館となっている。最上階が展望室となっているほか、1998年隣接地に小倉城庭園が築かれ、小笠原流礼法の拠点としての機能も果たしている。
    森鴎外旧居(小倉北区)
    森鴎外は1899年から1902年までの3年間、陸軍第12師団軍医部長として小倉に赴任した。その際の居宅の1つが保存されている。(小倉北区鍛冶町
    平尾台(小倉南区)
    日本有数のカルスト地形。羊の群れのように見える羊群原の独特の風景や、千仏鍾乳洞をはじめとする鍾乳洞の内部を見ることができる。(小倉南区ほか)
    北九州市立いのちのたび博物館(八幡東区)
    自然史系の博物館としては国内第二位の規模を持つ。多種多様の生物の骨格標本や本物と見紛うばかりの迫力ある恐竜ショーが楽しめるエンバイラマ館などがみどころ。
    八幡製鐵所東田第一高炉跡(八幡東区)
    1901年に八幡製鐵所の高炉として建造され1972年の操業終了後、解体保留されていたが、2001年の北九州博覧祭2001を契機に東田第一高炉を保存、整備した。転炉、トーピードカーも高炉と一緒に保存されている。

    おもな祭

    わっしょい百万夏まつり(小倉北区)
    8月第1土日 市内最大の祭。市役所前にて市内各地の祭山車が勢ぞろいする。また市の祭りで最大規模の露店や1万人超で行われる百万踊り、都心部で行われる花火大会が見どころ。
    小倉祇園太鼓(小倉北区)
    7月第3金土日 県無形文化財 「無法松の一生」で有名。太鼓を横置きにして両面をドロカン(表裏)2名で勇壮に打ち鳴らす。毎年100団体前後が出場し、観客動員40万人と県下有数の祭りである。
    戸畑祇園大山笠(戸畑区)
    7月第4金土日 国無形文化財 中日の大山笠競演会が見どころ。昼夜で衣替えするのが特徴で昼は清楚に、夜は309個の提灯が街を照らし出す。
    黒崎祇園山笠(八幡西区)
    7月第3金土日 県無形文化財 喧嘩山笠とも言われ人形と灯で飾られた大きな人形山笠が回転する迫力は壮観である。
    まつり起業祭八幡(八幡東区)
    11月3日前後 八幡製鉄の創業を記念して行われている祭り 露店、ステージショー、スポーツイベントなどの混在した地域密着型の祭である。製鉄所の一般公開も行われる。
    門司みなと祭
    5月第3土日 日本三大港祭の一つ レトロな港町を舞台にダンス、パレードや艦艇の公開などが行われる。
    若松みなと祭り
    7月第3金土日 かつて石炭積み出し港として栄えた若松で運搬船の船頭が打ち鳴らした五平太ばやしが鳴り響く、期間中にくきのうみ花火の祭典を実施。

    おもな花火大会

    くきのうみ花火の祭典(戸畑区・若松区)
    7月第3週末 打ち上げ数4000発 若松みなと祭りの会期中に実施。若戸大橋からのナイアガラがみどころ。
    わっしょい百万夏まつり(小倉北区)
    8月第1日 打ち上げ数 3000発 小倉都心部で間近に見られることが特徴。
    関門海峡花火大会(門司区・下関市)
    8月13日 打ち上げ数13000発 規模、観客動員共に西日本有数の規模。下関、北九州の共催で海峡の両岸から打ち上げる花火や尺玉百連発、2尺玉などが見どころ。混雑が激しくJR等の公共交通機関を利用したい。

    祭事

    • 井手浦の尻ふり祭(小倉南区、1月)
    • 脇の浦はだか祭(若松区、1月)
    • 火野葦平忌(若松区、1月)
    • 和布刈神事(門司区、2月)
    • 八坂神社節分祭(小倉北区、2月)
    • 北九州演劇フェスティバル(小倉北区、3月)
    • 北九州芸術祭(市内各地、4-5月)
    • 若松恵比須神社春季大祭(若松区、4月)
    • 吉祥寺藤まつり(八幡西区、4月)
    • 沼楽(小倉南区、5月)
    • 門司港レトロフェスタ(門司区、5月)
    • とばた菖蒲まつり(戸畑区、6月)
    • 若松あじさい祭り(若松区、6月)[80]
    • 前田祇園山笠(八幡東区、7月)
    • 二島祇園(若松区、7月)
    • 皿倉山八文字焼(八幡東区、8月)
    • 小文字焼(小倉北区、8月)
    • 木屋瀬盆踊(八幡西区、8月)
    • まつりみなみ(小倉南区、8月)
    • 小倉城薪能(小倉北区、9月)
    • 合馬神楽(小倉南区、9月)
    • 横代神楽(小倉南区、10月)
    • 筑前黒崎宿場まつり(八幡西区、10月)
    • 北九州国際音楽祭(市内各地、10-11月)
    • 小倉城菊花展(小倉北区、11月)
    • 筑前木屋瀬宿場まつり(八幡西区、11月)
    • 大積神楽(門司区、11月)
    • 若松恵比須神社例大祭「冬のおえべっさん」(若松区、12月)
    • 隠蓑のしびきせ祭(小倉南区、12月)

    神社・仏閣

    博物館・美術館

    北九州市立いのちのたび博物館(2003年10月22日撮影)

    文化・商業施設

    公営競技

    北九州市は全国で唯一、4つある公営競技のうち、競馬競輪競艇がそろっている自治体である。なおかつ競輪場競艇場の両方を所有する全国唯一の自治体でもある。

    小倉競馬場
    小倉南区北方にある競馬場。JRA競馬場では最西端に位置する。北九州モノレール競馬場前駅と直結している。
    小倉競輪場北九州メディアドーム
    小倉北区三萩野にある競輪場。1998年、旧・小倉競輪場(1997年まで使用)に隣接する三萩野陸上競技場跡地に開設された。西日本で唯一の全天候型競輪場(1周400mバンク)を持つとともに、多目的アリーナとしても使用され、コンサートスポーツ・文化系イベントと幅広く活用できるようになっている。
    若松競艇場
    若松区赤岩町にある、1952年開設の競艇場。2004年からナイター競走(パイナップルナイター)をほぼ1年中実施している。隣接する遠賀郡芦屋町にも芦屋競艇場があり、日程を決める際重複しないように調整が行われている。この他、かつては門司競輪場も存在した。

    温泉・冷泉

    近年ボーリングにより発掘された泉源から湧出し、温泉施設も近年建設されたものが多い。

    • 清麿鉱泉(単純冷鉱泉、小倉南区葛原)
    • 寺迫ラジウム温泉(放射能泉 小倉南区沼緑)
    • 日明温泉(スパリゾートパビリオ日明の湯 ナトリウム塩化物強塩泉、小倉北区日明)
    • 東田温泉(ゆったり温泉シーサイドスパ、含弱放射能-ナトリウム・カルシウム-塩化物強塩泉、八幡東区東田
    • 河内温泉(あじさいの湯、アルカリ性単純温泉、八幡東区河内)
    • 本城温泉(おとぎの杜、アルカリ性単純温泉、八幡西区御開)
    • 若松ひびき温泉(かんぽの宿北九州、ナトリウム・カルシウム-塩化物泉、若松区有毛)

    自然・公園等

    百選

    出身有名人

    北九州市出身の人物一覧を参照。

    メディア

    テレビ

    各放送局とも、皿倉山放送所から電波を発信している。また、皿倉山からの受信が困難な箇所のため、一部補助的に小出力の中継局も設置されている。

    民放各局は、市内スタジオからの番組放送は行わない

    ラジオ

    市内から放送を行うラジオ局

    中継局のみ

    新聞社

    一般紙・報道関連

    スポーツ紙

    業界紙 他

    郵便事業

    JP日本郵便は、北九州市と近隣都市のエリアだけで「80x-xxxx」の郵便番号を使いきっているので、近隣自治体分も掲載する。

    作品

    映画

    1989年から積極的に誘致を開始、2000年には「北九州フィルム・コミッション」を設置した。

    北九州市発足以前

    北九州市発足以後

    作中、北九州市(または旧5市)として登場する映画
    北九州市が舞台ではないが市内でロケが行われた映画

    テレビドラマ

    姉妹都市・提携都市

    脚注

    注釈

    1. ^ 新市の名称を決める特別委員会で「ひとりの長老」が「天子様がおられた歴史がないのに、京と名乗っていいのかなあ」と発言したことから西京市の名称が選ばれなかったという証言(出口隆 財団法人北九州都市協会会長、1999年8月)がある。ふるさと歴史シリーズ「北九州に強くなろう」 - 「五市合併」より(西日本シティ銀行ウェブサイト)

    出典

    1. ^ a b 市のシンボル”. 北九州市ホームページ. 2014年7月19日閲覧。
    2. ^ a b c “「北九州市」生まれる けさ盛大に開庁式”. 毎日新聞 (毎日新聞西部本社). (1963年2月10日) 
    3. ^ アジア交流広域都市圏の形成に関する調査報告書(アジア交流広域都市圏の形成促進に向けた戦略的な連携方策に関する調査)”. 国土交通省国土計画局・国土交通省九州地方整備局 (2009年3月). 2017年6月18日閲覧。
    4. ^ 山口県都市計画基本方針 改訂版”. 山口県土木建築部都市計画課 (2015年10月). 2017年6月18日閲覧。
    5. ^ OECD 2013, pp. 111.
    6. ^ 福岡市・北九州市 国家戦略特別区域 区域計画(平成28年2月5日認定)”. 福岡市・北九州市 国家戦略特別区域会議 (2016年2月5日). 2017年6月18日閲覧。
    7. ^ 平成27年 行政視察報告 総務財政委員会 視察報告書(福岡県北九州市)”. 杉並区議会総務財政委員会. 2017年6月18日閲覧。
    8. ^ a b c 九州旅客鉄道 1989, p. 231.
    9. ^ “北九州―宮崎、高速で直結 東九州道椎田南―豊前が開通”. 日本経済新聞. 共同通信 (日本経済新聞社). (2016年4月25日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASJC24H0J_U6A420C1ACY000/ 2017年6月18日閲覧。 
    10. ^ OECD 2013, p. 14.
    11. ^ アクロス福岡文化誌編纂委員会 2016, p. 76.
    12. ^ OECD 2013, p. 35.
    13. ^ a b OECD 2013, pp. 38–42.
    14. ^ a b 川村文三郎「海図から見た関門海峡」『地図』第7巻第4号、日本地図学会、東京、1969年、11-19頁、doi:10.11212/jjca1963.7.4_11ISSN 0009-4897NAID 1300039993172017年6月18日閲覧 
    15. ^ 「新・海辺のマスタープラン」~魅力ある海辺づくり計画~(資料編)” (PDF). 北九州市港湾空港局総務部総務経営課. p. 6 (2016年11月). 2017年6月18日閲覧。
    16. ^ 水環境保全技術研修マニュアル:総論”. 海外環境協力センター. p. 225 (1998年3月). 2017年6月18日閲覧。
    17. ^ OECD 2013, pp. 54.
    18. ^ 豊前豊後沿岸 海岸保全基本計画書”. 福岡県・大分県. pp. 14-18 (2003年3月). 2017年6月18日閲覧。
    19. ^ a b 土地条件調査解説書「北九州地区」”. 国土地理院 (2010年11月). 2017年6月18日閲覧。
    20. ^ 沿岸海域基礎調査報告書(行橋地区)”. 国土地理院 (2003年). 2017年6月18日閲覧。
    21. ^ a b c 北九州市建設局公園緑地部 (2013). 北九州市公園の本. 北九州市建設局公園緑地部. p. 62 
    22. ^ a b 新日本三大夜景”. 新日本三大夜景・夜景100選事務局. 2017年6月18日閲覧。
    23. ^ 浜田清吉「北九州平尾台のカルスト地形」『山口大学理学会誌』第3号、山口大学理学会、山口、1952年7月、29-34頁、ISSN 0372767XNAID 400185554572017年6月18日閲覧 
    24. ^ OECD 2013, p. 30.
    25. ^ 中江訓・尾崎正紀・太田正道・藪本美孝・松浦浩久・富田宰臣郎「小倉地域の地質」福岡(14)第34号、通商産業省工業技術院地質調査所、つくば、1998年3月、OCLC 440768572017年6月18日閲覧 
    26. ^ a b 北九州港案内図”. 北九州市港湾空港局物流振興課 (2017年3月). 2017年6月18日閲覧。
    27. ^ a b c 合金鉄溶解炉設備建設事業に係る環境影響評価方法書(第3章 地域特性の把握)”. 新日本製鉄株式会社八幡製鉄所 (2008年5月). 2017年6月18日閲覧。
    28. ^ a b 関門海峡の気候の特徴”. 国土交通省九州地方整備局. 2017年6月18日閲覧。
    29. ^ 提供統計一覧(総務省統計局、独立行政法人統計センター)
    30. ^ 昭和35年国勢調査(政府統計の総合窓口)
    31. ^ 昭和60年国勢調査(政府統計の総合窓口)
    32. ^ a b “【北九州再興への選択 (中)】沈むものづくりの街 「市の工夫足りない」経済界から嘆き(4/5ページ)”. 産経ニュース (The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL). (2014年8月8日). http://www.sankei.com/politics/news/140808/plt1408080014-n4.html 2015年1月14日閲覧。 
    33. ^ OECD 2013, p. 23.
    34. ^ a b “北九州市の人口、95万人台に減少”. 西日本新聞 (西日本新聞社). (2015年4月11日). オリジナルの2015年4月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150424213125/http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_sougou/article/161983 
    35. ^ “【北九州再興への選択 (中)】沈むものづくりの街 「市の工夫足りない」経済界から嘆き(3/5ページ)”. 産経ニュース (The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL). (2014年8月8日). http://www.sankei.com/politics/news/140808/plt1408080014-n3.html 2015年1月14日閲覧。 
    36. ^ “27年国勢調査 福岡都市圏“独り勝ち” 北九州市と長崎市は大幅減”. 産経ニュース (The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL). (2016年2月27日). http://www.sankei.com/smp/region/news/160227/rgn1602270044-s.html 2016年8月5日閲覧。 
    37. ^ 大都市比較統計年表 > 人口(大阪市)
    38. ^ 平成27年国勢調査 調査の結果総務省統計局
    39. ^ a b 国勢調査結果の概要”. 北九州市企画調整局政策部企画課統計係. 2017年6月18日閲覧。
    40. ^ a b “【北九州再興への選択(下)】市民派市長の限界 大型事業・行革に乏しいスピード感…(3/5ページ)”. 産経ニュース (The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL). (2014年8月9日). http://www.sankei.com/politics/news/140809/plt1408090018-n3.html 2015年1月14日閲覧。 
    41. ^ 北九州市中心市街地活性化基本計画 中心市街地の位置及び区域 (PDF)
    42. ^ "国道3号黒崎バイパス黒崎北ランプ〜陣原ランプ間 開通に伴う整備効果について" (PDF) (Press release). 国土交通省中国地方整備局北九州国道事務所. 1 December 2008. 2012年1月19日閲覧
    43. ^ a b c d e f g OECD 2013, pp. 84.
    44. ^ "完全子会社との会社分割(簡易吸収分割)に関するお知らせ" (PDF) (Press release). 西日本鉄道. 18 December 2014. 2015年1月27日閲覧
    45. ^ 九州旅客鉄道 1989, p. 65.
    46. ^ 九州旅客鉄道 1989, p. 141.
    47. ^ 小学館辞典編集部 2007, p. 207.
    48. ^ 北九州市政だより 昭和39(1964)年10月15日号P.2
    49. ^ 北九州市政だより 昭和40(1965)年2月15日号P.1
    50. ^ 北九州市政だより 昭和40(1965)年8月1日号号外、同9月15日号P.2
    51. ^ 北九州市政だより 昭和41(1966)年5月1日号P.1-3
    52. ^ 北九州市政だより 昭和41(1966)年6月15日号P.1-2
    53. ^ 昭和42年夏の高温・少雨 昭和42年(1967年) 5月〜10月”. 気象庁. 2016年10月6日閲覧。
    54. ^ 北九州市政だより 昭和42(1967)年11月1日号P.2
    55. ^ 北九州市政だより 昭和43(1968)年10月1日号P.2
    56. ^ 北九州市政だより 昭和45(1970)年4月15日号P.1
    57. ^ 北九州市政だより 昭和45(1970)年4月15日号若松版P.8
    58. ^ 北九州市政だより 昭和45(1970)年12月1日号P.2
    59. ^ 北九州市政だより 昭和46(1971)年3月1日号P.2
    60. ^ 北九州市政だより 昭和47(1972)年4月15日号P.1
    61. ^ 北九州市政だより 昭和47(1972)年7月1日号P.3
    62. ^ 北九州市政だより 昭和47(1972)年8月1日号P.3
    63. ^ 北九州市政だより 昭和47(1972)年11月1日号P.1
    64. ^ 北九州市政だより 昭和48(1973)年1月15日号P.1
    65. ^ 北九州市政だより 昭和49年1月15日号P4「五区から七区へ」 (PDF)
    66. ^ 北九州市政だより 昭和48(1973)年11月1日号P.2
    67. ^ 北九州市政だより 昭和54(1979)年12月15日号P.3
    68. ^ 北九州市政だより 昭和57(1982)年4月15日号P.1
    69. ^ 洞海湾の水質汚濁の歴史 (PDF) 北九州港
    70. ^ 水環境保全技術研修マニュアル : 第17章 洞海湾 (PDF) 環境省
    71. ^ OECD 2013, p. 38.
    72. ^ OECD 2013, p. 40.
    73. ^ 釜石市との連携協力協定の締結
    74. ^ 経済産業省資源エネルギー庁ホームページ
    75. ^ ミクニワールドスタジアム北九州グランドオープン”. 北九州市市民文化スポーツ局スポーツ部スポーツ振興課. 2017年3月12日閲覧。
    76. ^ a b c 東洋経済新報社 2013, pp. 14–15.
    77. ^ 会社と製品の歴史
    78. ^ 日立金属 企業沿革
    79. ^ 西日本鉄道 沿革 明治41年 - 昭和20年
    80. ^ 若松あじさい祭り実行委員会公式ホームページ”. 2017年6月18日閲覧。
    81. ^ 釜石市との連携協力協定の締結”. 北九州市危機管理室危機管理課. 2017年6月18日閲覧。

    参考文献

    関連項目

    外部リンク