東小倉駅

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東小倉駅
構内全景
構内全景
ひがしこくら - Higashi-Kokura
(1.6km) 小倉
所在地 北九州市小倉北区高浜一丁目2
所属事業者 九州旅客鉄道(JR九州)*
日本貨物鉄道(JR貨物)*
所属路線 鹿児島本線
キロ程 9.4km(門司港起点)
電報略号 ヒコ←ヒコラ
駅構造 地上駅
開業年月日 1915年大正4年)4月1日**
* 定期旅客列車・貨物列車の発着はない。
** 駅としての開業日。

東小倉駅(ひがしこくらえき)は福岡県北九州市小倉北区高浜一丁目にある九州旅客鉄道(JR九州)・日本貨物鉄道(JR貨物)鹿児島本線旅客列車貨物列車の発着はすでに無くなっている。

1915年4月に開設された小倉鉄道の旅客駅の東小倉駅と、1904年に鹿児島本線上に開設された富野信号場が1943年5月に統合された駅である。そのため1962年までは日田線の起点であった。

駅構造[編集]

北側に貨物線、南側に荷役線・貨物線・旅客線が通っている。線路に挟まれるように貨物ホームがあり、その南側に2本荷役線がある。自動車・トラックは貨物ホームからループを描き高架橋に上り、線路を跨いで道路へ出て行くような構造になっている。

2002年(平成14年)3月の北九州貨物ターミナル駅開業以降、貨物列車の発着は無くなっている。なお、2001年度の貨物取扱量は発送が約400トン、到着が約3,000トンであった。また1985年から数年間、汐留駅(同駅廃止後は恵比寿駅、のちに浜松町駅に変更)との間で「カートレイン九州」が、熱田駅との間で「カートレインユーロ名古屋」が運行されたこともあった。

かつては、駅北側の北九州港小倉地区に集うモービル石油ゼネラル石油共同石油大協石油油槽所日本セメントの小倉包装所小倉駅北側にある住友セメント小倉サービスステーション、駅西側にあった東京製綱小倉工場(2002年閉鎖)などへの専用線があった。

歴史[編集]

貨物駅(旧・富野信号場)[編集]

鹿児島本線上に1904年2月に富野信号場として開設された。その後小倉鉄道の国有化に伴い、東小倉駅に統合され、同駅の貨物ホームとなり、以来浜小倉駅と共に北九州市の貨物輸送の拠点となった。

しかし、本線と貨物線に挟まれた島のような僅かな空間に荷役設備があったことで大型荷役機械が導入しにくいことなどから、旧門司操車場の跡地に新たに北九州貨物ターミナル駅が開設され、当駅の貨物営業は休止された。

旅客駅(旧・小倉鉄道東小倉駅)[編集]

この駅は1915年小倉鉄道添田線の上添田駅(現在の添田駅)までの開通とともに同線の始発駅として開業した。

1943年に小倉鉄道添田線が国有化されると、鹿児島本線と添田線の分岐点となった。その後、1956年3月に東小倉駅 - 夜明駅間が全通し、同区間が日田線となったため日田線の始発駅となった。しかし、国有化された後も東小倉駅は添田線・日田線列車のみの停車で、鹿児島本線側にはホームすら設けられなかった。そのため、添田線・日田線と鹿児島本線を乗り換える場合には、一旦駅の外に出て西鉄北九州線などで東小倉駅と小倉駅の間を移動する必要があった。

そのすぐのちの1956年11月城野駅と水町信号場の間の短絡線が開通し日田線の旅客列車が小倉駅へ乗り入れを開始。東小倉駅から水町信号場までは日田線の貨物支線となり、旅客営業は終了、旅客ホームは撤去された。その6年後の1962年10月に東小倉駅と水町信号場の間の貨物支線も廃止された。

  • 1915年大正4年)4月1日 - 東小倉駅(ひがしこくらえき)として、小倉鉄道添田線の東小倉 - 上添田間開通時に開業。
  • 1943年昭和28年)5月1日 - 小倉鉄道添田線が国有化、国有鉄道添田線(後の日田線)の駅となる。
  • 1956年(昭和31年)11月19日 - 日田線旅客列車が小倉駅へ乗り入れを開始、東小倉駅 - 水町信号場間は旅客営業廃止。
  • 1962年(昭和37年)10月1日 - 東小倉駅と水町信号場の間の貨物支線廃止。

備考[編集]

  • 専用線が繋がる日本セメント小倉包装所では、同社香春工場(香春駅に専用線が接続)からばら積みセメント貨車で受け入れていた[1]。受け入れたセメントは、ばら積みのまま、あるいは包装されて包装所からに積み込まれたほか、周辺の需要家にトラック輸送された[1]。この包装所は、1955年11月に新設された[1]

隣の駅[編集]

九州旅客鉄道
鹿児島本線
北九州貨物ターミナル駅 - 東小倉駅 - 小倉駅

関連項目[編集]

出典[編集]

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  1. ^ a b c 日本セメント 『八十年史』 日本セメント、1963年