東千晃

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東 千晃(あずま ちあき、1953年3月10日 - )は、東京都世田谷区出身の女優宝塚歌劇団卒業生(雪組星組トップ娘役を歴任)。所属事務所はオフィス天童[1]

人物[編集]

出身校は神戸松蔭女子学院。公称身長158センチ。

愛称は、ドイツ語の「女の子」という意味の「メッチェン(Mädchen)」と本名を短縮して「メッチ」。

略歴[編集]

8月、関西テレビ番組『宝塚ヤングバラエティーショー』に出演するユニット「バンビーズ」の5期生に選ばれる。翌年12月までほぼ毎週テレビ出演する事となる。
しかし、汀とは芸風が合わず、しかも当時の雪組は、汀と2番手男役だった同期・麻実れいとの「男同士のコンビ」が人気を博しており、トップの相手役なのに、トップ娘役ではない、という不遇の時代だった。

退団後、芸能界本格進出、映画、『蔵』、『白い野望』他、舞台に多数出演している。

宝塚歌劇団時代の主な舞台[編集]

※『歌劇』1982年4月号(宝塚歌劇団)の86-87頁を参考にした。

初舞台・星組時代[編集]

  • 『四季の踊り絵巻』/『ハロー!タカラヅカ』(雪組)(1970年4月〜5月)*初舞台
  • 『いつの日か逢わん』新人公演:春風(本役:衣通月子)(1972年1月)
  • 『さすらいの青春』新人公演:イングリット(本役:衣通月子)(1972年7月)
  • 『花かげろう』新人公演:三の君(本役:沢かをり)(1973年4月)
  • この恋は雲の涯まで』新人公演:チャレンカ(本役:衣通月子)(1973年9月)
  • 『アルジェの男』ビビアン、新人公演:エリザベート(本役:沢かをり)(1974年8月)
  • 『ブリガドーン』マギー・アンダソン(1974年11月)
  • 『屋根裏の妖精たち』ピュア、第一回新人公演:グラディ(本役:玉梓真紀)(1975年5月〜7月)
  • 『ザッツ・ファミリー』ジュリエット(1975年11月〜12月)
  • ベルサイユのばらIII』ナタリー、赤い花のプリンセス(1976年3月〜5月)

雪組・雪組トップ娘役時代[編集]

  • 『星影の人』おみよ、第一回新人公演:玉勇(本役:高宮沙千)(1976年6月〜8月)
  • 『鶯歌春』李鶯蓮/『マンハッタン・ラグ』ナタリー(1977年2月〜3月)
  • あかねさす紫の花』額田女王(1977年7月〜8月)
  • 風と共に去りぬ』スエレン(1978年1月〜2月)
  • 『丘の上のジョニー』スージー(1978年6月〜8月)
  • 『春風の招待』ジジ(1979年1月〜2月)

星組トップ娘役時代[編集]

  • 『アンタレスの星』ユージェニー/『薔薇パニック』アリス(1979年9月〜11月)
  • 『心中・恋の大和路』かもん太夫(宝塚バウホール、1979年11月〜12月)
  • 『恋の冒険者たち』オリヴィア/『フェスタ・フェスタ』ベニスの歌う女(1980年3月〜5月)
  • 『響け!わが歌』城戸口の音羽/『ファンシー・ゲーム』(1980年8月〜9月)
  • 小さな花がひらいた』おりつ(1981年2月〜3月)
  • 『海鳴りにもののふの詩が』ユリーヌ(1981年8月〜9月)
  • 『ミル星人パピーの冒険』アン王女/『魅惑』ケティ(1982年1月〜2月)

宝塚退団後の主な出演[編集]

テレビドラマ[編集]

テレビ[編集]

舞台[編集]

  • 『孤愁の岸』(1993年、帝国劇場)

宝塚時代の受賞歴[編集]

※『歌劇』1982年4月号(宝塚歌劇団)の86-87頁を参考にした。

舞踊賞

  • 『ブリガドーン』(1974年11月)

努力賞

  • 『ザッツ・ファミリー』(1975年11月〜12月)
  • 『星影の人』(1976年6月〜8月)
  • 『鶯歌春』/『マンハッタン・ラグ』(1977年2月〜3月)

脚注[編集]

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  1. ^ オフィス天童. “オフィス天童 office-TENDO トップページ”. 2017年6月19日閲覧。
  2. ^ a b c d 監修:小林公一『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡り続けて(人物編)』阪急コミュニケーションズ2014年4月1日、80-81頁。ISBN 9784484146010

関連項目[編集]

外部リンク[編集]