岬ありさ

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岬 ありさ(みさき ありさ)は、元宝塚歌劇団月組組長兵庫県西宮市出身。父は医学ジャーナリストの後藤龍吉松蔭女子学院出身。宝塚歌劇団時代の愛称はチコちゃん。以前の芸名は月笛 さやか(つきぶえ さやか)であった。

略歴[編集]

1946年宝塚音楽学校に入学。翌1947年に卒業して、宝塚歌劇団に34期生として入団し。同期に八千草薫淀かほる阿井美千子らがいる。花組公演・『マノン・レスコオ春のおどり -世界の花- [1]』で初舞台を踏む。宝塚入団時の成績は50人中5位[1]

1948年、組配属[1]

1966年12月7日、月組副組長に就任[2]

1975年7月30日[1]で宝塚歌劇団を退団。最終出演公演の演目は月組公演・東京宝塚劇場公演『春の宝塚踊りラムール・ア・パリ[1]である。

人物[編集]

宝塚時代の配属組[1]は月、、花、雪、月である。

宝塚歌劇団時代の主な舞台[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f 監修:小林公一『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡り続けて(人物編)』、阪急コミュニケーションズ2014年4月1日、P43。ISBN 9784484146010
  2. ^ 橋本雅夫『宝塚歌劇の60年別冊・年譜 最近の10年』、宝塚歌劇団、1974年、P46。

関連項目[編集]