有明淳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

有明 淳(ありあけ じゅん)とは元宝塚歌劇団月組組長男役と娘役の両方経験した。東京都中央区出身。立教女学院出身。芸名の由来は「有明海のように広く大きく暖かい人間になるように」。宝塚歌劇団時代の愛称はニタ。

来歴・人物[編集]

1967年宝塚音楽学校に入学し、1969年に卒業。同年、宝塚歌劇団に55期生として入団し、星組公演『シルクロード[1]』で初舞台を踏む。宝塚入団時の成績は60人中4位[1]

1970年3月17日[1]月組配属[2]

1982年3月[3]から月組副組長を務める。

1986年8月31日[1]をもって宝塚歌劇団を退団。

元月組トップスター瀬奈じゅんの芸名は有明に由来する(瀬奈の母と有明が高校の同級生であったため)。

宝塚歌劇団時代の主な舞台出演[編集]

『歌劇』1986年8月号(宝塚歌劇団)のp.134-135を参考にした。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d 監修:小林公一『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡り続けて(人物編)』pp.78-79(阪急コミュニケーションズ2014年4月1日)。ISBN 9784484146010
  2. ^ 『歌劇』1986年8月号 p.134(宝塚歌劇団)
  3. ^ 『歌劇』1986年8月号 p.135(宝塚歌劇団)

関連項目[編集]