宝塚歌劇団18期生

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宝塚歌劇団18期生(たからづかかげきだん-きせい)とは1928年宝塚歌劇団に入団し、1929年、花組公演『春のをどり』(一部生徒は『絵踏』『エスパーダ』にも出演)で初舞台を踏んだ51人を指す[1]。当時は寶塚少女歌劇團であった。

概要[編集]

一覧[編集]

入団時の成績順にまとめている[2]

芸名[1] 読み仮名[1] 誕生日 出身地 出身校 芸名の由来 愛称 役柄 退団年[1] 備考
七草悦子 ななくさ えつこ 1932年 改名後・七草露子(ななくさ つゆこ)[1]
月夜見久子 つきよみ ひさこ 1932年
水上清子 みなかみ きよこ 5月13日[3] 愛知県第一高等女学校[4] 水に因んで 1935年
櫻井七重 さくらい ななえ 9月1日[3] 京都府[5] 同志社女学校[6] オカチン 娘役 1938年
北原時雨 きたはら しぐれ 12月1日[3] 大阪府立大手前高等女学校[6] ナベちゃん[7] 1933年
大路多雅子 おおじ たかこ 3月21日[3] 兵庫県神戸市[8] 神戸市立第一高等女学校[8] ショーさん[9][10] 男役 1937年
故里しのぶ ふるさと しのぶ 6月1日[3] 大阪府立生野高等女学校[6] エグツちゃん[11] 1937年
千鳥関子 ちどり せきこ 9月27日[3] 大阪府[12] 1937年
衣川千浪 きぬかわ ちなみ 1月3日[3] 娘役 1937年
玉津眞砂 たまつ まさご 12月1日[12][3] 石川県金沢市[12] 大阪信愛高等女学校 ニッシャン
チビちゃん
娘役 1947年
里野小美智 さとの こみち 11月3日[3] 1937年
葵八重子 あおい やえこ 11月9日[3] 相愛高等女学校[13] ヤマ
ヤマハン[10]
娘役 1935年 姉は繪島千恵子[14]
隼律子 はやぶさ りつこ 4月16日[3] 大阪府立市岡高等女学校[6] 1935年
越路順子 こしじ じゅんこ 1月1日[3] 新潟県立巻高等女学校[6] 1933年
篁八十子 たかむら やそこ 8月19日[3] トウさん[11] 娘役 1937年
志賀都 しが みやこ 4月18日[15][3] 六クン 男役 1938年
神路日出子 かみじ ひでこ 10月5日[3] 娘役 1940年
富士野たかね ふじの たかね 1月4日 長崎県 伊井蓉峰が命名 チハル
カツサン
チハルツ[10]
男役 1972年 改名後・冨士野高嶺(ふじの たかね)[16]
退団後は花柳禄春として活動[17]
元宝塚音楽学校顧問・元宝塚歌劇団同窓会「宝友会」会長
宝塚歌劇OG墓碑「宝友之塔」建立に尽力[17]
平成17年神戸市文化活動功労賞受賞[18]
千歳君代 ちとせ きみよ 3月12日[3] 男役 1937年 改名後・千歳百合子(ちとせ ゆりこ)[1]
梅野愛子 うめの あいこ 8月8日[3] 大阪府 福さん 娘役 1947年
檜垣葉子 ひがき ようこ 10月17日[3] 楳茂都陸平が命名 まめさん[10]
豆ちゃん
1937年
宮島あき子 みやじま あきこ 1月31日[3] 大阪府 笑ちゃん
江みさん[10]
男役 1940年 夫は楽団指揮者の溝口尭
東龍子 あずま たつこ 1月20日[3] 1934年
寶生雅子 ほうしょう まさこ 12月11日[3] 1934年
秦都美子 はた とみこ 11月17日[3] バタさん[10] 娘役[19] 1939年 夫はプロ野球選手の川村徳久
壽三千代 ことぶき みちよ 10月25日[20][3] 大阪高等女子職業学校[6] 娘役 1940年
瑠璃若子 るり わかこ 6月30日[3] 1937年
末廣榮子 すえひろ えいこ 7月2日[3] マッちゃん[7] 1938年
早瀬千代子 はやせ ちよこ 6月21日[3] 大阪府大阪市 1939年
摩耶弘子 まや ひろこ 5月27日[3] 1934年
葦原邦子 あしはら くにこ 12月16日[3] 兵庫県神戸市東灘区 尼崎市立高等女学校 豊葦原の瑞穂の國 アニキ
オカモト
オカモスさん[21]
男役 1939年 俳優
中原淳一夫人
常盤君子 ときわ きみこ 8月14日[3] 1936年
翠松子 みどり まつこ 8月18日[3] 神戸女学院 千いちゃん[9]
なかっちょ[10]
娘役[19] 1937年
高根雪子 たかね ゆきこ 1932年
長雲喬子 ながくも きょうこ 1930年 1930年12月30日、在団中に逝去[1]
那智美奈子 なち みなこ 6月7日[3] ノッペ 1937年
春日野八千代 かすがの やちよ 11月12日 兵庫県神戸市生田区 九条第五尋常高等小学校 琵琶歌
君が代
ヨッちゃん
ドヨチ
娘役 2012年 後に男役に転向
歌劇団名誉理事
日本舞踊・花柳禄八千代
2012年8月29日、在団中に逝去[22]
倭ひふみ やまと ひふみ 2月27日[3] キヨちゃん 男役 1938年 改名後・倭一二三(やまと ひふみ)[1]
若月麗子 わかつき れいこ 1931年
春山かすみ はるやま かすみ 1月13日[3] おハル[10] 1937年
難波かつ子 なんば かつこ 2月1日[23][3] 岡山県[24] コボンちゃん 娘役 1947年 改名後・難波章子(なんば あきこ)[1]
俳優
松浦房子 まつうら ふさこ 5月11日[3] トン公[10] 娘役 1938年
池水幸子 いけみず さちこ 10月31日 マエハン[10] 1932年 改名後・池水咲子(いけみず さきこ)[1]
石山うた子 いしやま うたこ 1934年 改名後・石山歌子(いしやま うたこ)[1]
山吹みさ子 やまぶき みさこ 1932年 改名後・山吹みや子(やまぶき みやこ)[1]
御所櫻子 ごしょ さくらこ 10月10日 ノエさん[10] 1932年
梅園由紀子 うめぞの ゆきこ 1月16日[3] 鹿児島県立第二高等女学校[6] 1933年
阿古屋珠子 あこや たまこ 4月15日[3] 神戸市立第二高等女学校[6] ゾーニ[25]
雪ちゃん[25]
タマちゃん[7]
1935年
深草彌生 ふかくさ やよい 1月1日[3] 神戸成徳高等女学校[6] 1933年
御劔敬子 みつるぎ けいこ 1月1日[3] 大阪府 古屋英学塾女学部[6] 男役 1942年 改名後・
御鶴敬子[16](みつる けいこ)[1]
若松節子 わかまつ せつこ 2月14日[3] 大阪信愛高等女学校[6] アマッチョ
アマチン
1938年

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m 100年史(人物) 2014, p. 15.
  2. ^ 100年史(人物) 2014, p. 5.
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1933年1月、154号
  4. ^ 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1933年8月、161号、P87
  5. ^ 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1934年8月、173号、P28
  6. ^ a b c d e f g h i j k 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1929年4月1日、109号
  7. ^ a b c 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1932年6月、147号、P50
  8. ^ a b 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1934年10月、175号
  9. ^ a b 『東宝』、東宝出版社、1936年4月号
  10. ^ a b c d e f g h i j k 『寳塚日記』冨士野高嶺著、不二乃屋、1948年1月10日
  11. ^ a b 『続 たからづか日記』冨士野高嶺著、歌劇グラフ社、1948年8月20日
  12. ^ a b c 『エスエス』、東宝発行所、1938年2月号
  13. ^ 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1934年12月、177号、P63
  14. ^ 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1929年5月1日、110号、p35
  15. ^ 『エスエス』、東宝発行所、1938年3月号
  16. ^ a b 90年史 2004, p. 239.
  17. ^ a b 元タカラジェンヌの冨士野高嶺さん死去”. MSN産経ニュース (2011年7月23日). 2013年9月29日閲覧。
  18. ^ 文化功労者表彰(文化賞・文化奨励賞・文化活動功労賞) 過去の受賞者一覧”. 神戸市. 2013年9月29日閲覧。
  19. ^ a b 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1935年4月、181号
  20. ^ 『エスエス』、東宝発行所、1939年6月号
  21. ^ 『エスエス』、東宝発行所、1938年1月号
  22. ^ 宝塚現役最年長・春日野八千代さん 肺炎で死去、96歳”. スポニチAnnex (2012年8月30日). 2013年9月29日閲覧。
  23. ^ 『エスエス』、東宝発行所、1939年7月号
  24. ^ 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1935年1月、178号
  25. ^ a b 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1934年9月、174号、P82

参考文献[編集]