麻月鞠緒

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麻月 鞠緒(あさづき まりお、本名・浅野 幸子1943年7月20日 - 1994年2月22日)は元宝塚歌劇団男役(元月組組長)。

京都府宮津市出身。京都府立宮津高等学校出身。芸名は家族で考案。宝塚歌劇団時代の愛称はブチ。以前の芸名は麻月 毬生[1](読み同じ)であった。 妹は椿友里

来歴[編集]

1960年宝塚音楽学校に入学し、1962年に卒業。同年、48期生として宝塚歌劇団に入団し、星組公演『メイド・イン・ニッポン[1]』で初舞台を踏む。宝塚入団時の成績は75人中30位[1]

1983年から1986年まで月組組長を務め、その後は専科へ異動し脇役として多くの公演に出演するが1993年からは病気がちとなる。

1994年2月22日[1]悪性腫瘍で死去。享年51。前年に死去した同期生で元雪組組長の銀あけみに続く麻月の訃報は80周年を目前にした宝塚歌劇団に衝撃を与えた。

人物[編集]

宝塚時代の配属組の順[1]、星、専科、月、専科である。

宝塚歌劇団時代の主な舞台[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e 監修:小林公一『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡り続けて(人物編)』阪急コミュニケーションズ2014年4月1日、pp.64-65。ISBN 9784484146010