宝塚歌劇団19期生

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宝塚歌劇団19期生(たからづかかげきだん19きせい)とは、1929年(昭和4年)に宝塚歌劇団(当時の名称は宝塚音楽歌劇学校/宝塚少女歌劇団[注釈 1])に入団し、1930年(昭和5年)、花組公演『春のをどり』で初舞台を踏んだ37人を指す[2]

概要[編集]

この期には神代錦園井恵子櫻緋紗子といったスターが入団。神代は専科所属で歌劇団理事も務めた。

一覧[編集]

入団時の成績順にまとめている[3]

芸名[2] 読み仮名[2] 誕生日 出身地 出身校 芸名の由来 愛称 役柄 退団年[2] 備考
秋風多江子 あきかぜ たえこ 10月11日[4][5] 兵庫県神戸市[4] 百人一首 タマヰ氏 男役 1944年
安土保子 あづち やすこ 3月21日[5] 1937年
安宅関子 あたか せきこ 9月16日[5] ミヤちゃん 娘役 1937年
朝霧優子 あさぎり ゆうこ 8月31日[5] 1937年
千村克子 ちむら かつこ 1月21日[5] 大阪府 たけやん[6]
キリン[7]
タケさん[8]
男役 1946年
藤花ひさみ ふじはな ひさみ 3月28日[9] 東京都新宿区 大阪女子英語学校 ノンちゃん
かず坊[4]
娘役 1939年 夫は演出家の岡田恵吉[10]
二葉みちる ふたば みちる 5月14日[5] 平井房人が命名 娘役 1937年
二見志摩子 ふたみ しまこ 7月28日[5] 1937年
初花蝶子 はつはな ちょうこ 8月14日[5] 1938年
濱野高子 はまの たかこ 1932年
華澤映子 はなざわ えいこ 4月12日[11] 大阪府 おひさはん[12]
オヒサさん
娘役 1942年 改名後・華澤榮子[11]
幾世みな子 いくよ みなこ 11月14日[5] 1934年
磯崎浪江 いそざき なみえ 1932年
泉川美香子 いずみかわ みかこ 1月1日[5] 大阪府大阪市 つじやん[13] 男役 1942年 本名:中野貞子(1914年1月1日[5] - 2014年8月5日)、100歳で逝去[14]
糸野玉子 いとの たまこ 10月15日 1932年
神代錦 かみよ にしき 3月18日[15] 鳥取県倉吉市[15] 倉吉成徳学校 百人一首 イナちゃん[15]
靜いちゃん[16]
イナゴ[17]
チャガちゃん[18]
男役 1989年 戦時中に嘉美代錦(かみよ にしき)と表記
姉は高砂松子[19]
姪は代々木ゆかり[20]
宝塚歌劇団理事
日本舞踊・藤間松左[21]
在団中に死去[22]
笠縫清乃 かさい きよの 8月6日 岩手県八幡平市 小樽高等女学校 ハカマ 男役 1942年 改名後・園井恵子(そのい けいこ)
女優
草路潤子 くさじ じゅんこ 1月26日[5] 兵庫県神戸市 ジュンちゃん 娘役 1941年
川原いづみ かわはら いづみ 3月3日[5] 1934年
牧島勇子 まきしま ゆうこ 8月1日[5] 岡山県 梅花高等女学校 セノチン 男役 1942年 改名後・社敬子(やしろ けいこ)
俳優・二本柳寛夫人
娘は二本柳敏江潮玲子[19]
紫香澄 むらさき かすみ 1931年
愛鶴千足 まなづる ちたる 7月24日[5] 1935年 姉は網代木渡[11]直木眞弓[11]
夏野陽子 なつの ようこ 1月26日[5] 男役 1938年
高山梢 たかやま こずえ 2月5日[5] 1936年
立松英子 たてまつ えいこ 8月5日[11][5] 大阪府立大手前高等女学校[11] ソノちゃん 男役 1939年 妹は鈴鹿ゆみ子[19]
八洲岸子 やしま きしこ 1932年
八重春代 やえ はるよ 1月5日[23] オホモリちゃん[23] 男役 1944年 夫は三井弘次
長門浦子 ながと うらこ 1月4日[5] 1935年
大空ひろみ おおぞら ひろみ 1月1日[5] 東京都千代田区 十三尋常小学校 明治天皇の御製「あさみどり澄みわたりたる大空の
広きを己が心ともがな」から久米正雄が命名
ひろみちゃん 娘役 1939年
沖知子 おき ともこ 8月26日[5] 1934年
櫻緋紗子 さくら ひさこ 3月15日 広島県広島市中区 精華高等女学校 吉野山で観賞して感動した
小倉百人一首紀友則の句を合わせる
カンちゃん 娘役 1940年 改名後・桜緋紗子(さくら ひさこ)
俳優として活動した後に得度し、僧侶・小笠原日凰[24]
妹は若葉繁旭映子[19]
園芙蓉 その ふよう 1932年
島津瑠璃子 しまづ るりこ 10月28日 1932年
月影笙子 つきかげ しょうこ 1月17日[25][5] 栃木県[26] トキワさん 男役 1941年
瀧はやみ たき はやみ 10月2日[5] 愛知県名古屋市 1933年 1933年7月10日、在団中に逝去[22]
山川美和子 やまかわ みわこ 1932年
山鳥りか子 やまどり りかこ 9月21日[5] 1934年

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 1939年に分離されるまで学校と劇団は一体的に運営されており、入学イコール入団であった[1]

出典[編集]

  1. ^ 90年史 2004, p. 180.
  2. ^ a b c d 100年史(人物) 2014, p. 16.
  3. ^ 100年史(人物) 2014, p. 5.
  4. ^ a b c 『エスエス』、東宝発行所、1939年1月号
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1933年1月、154号
  6. ^ 『エスエス』、東宝発行所、1939年4月号、P153
  7. ^ 『エスエス』、東宝発行所、1939年7月号
  8. ^ 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1935年3月、180号
  9. ^ 『エスエス』、東宝発行所、1939年7月号
  10. ^ 橋本 1999, p. 201.
  11. ^ a b c d e f 『エスエス』、東宝発行所、1938年3月号
  12. ^ 『エスエス』、東宝発行所、1939年8月号
  13. ^ 『宝塚歌劇 華麗なる100年』朝日新聞出版、2014年3月30日、128頁。ISBN 978-4-02-331289-0 
  14. ^ 100歳の宝塚OG死去 大阪の中野貞子さん”. 朝日新聞デジタル (2014年9月2日). 2014年9月2日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2014年9月2日閲覧。
  15. ^ a b c 「舞台を色どる人々」 『おお宝塚60年―「ドンブラコ」から「ベルばら」まで』朝日新聞社、1976年11月30日、232頁。 
  16. ^ 『宝塚小夜曲』丸尾長顕著、ポプラ社、1950年2月20日
  17. ^ 『宝塚スター物語』丸尾長顕著、實業之日本社、1949年5月15日
  18. ^ 『エスエス』、東宝発行所、1939年3月号
  19. ^ a b c d 80年史 1994, p. 196.
  20. ^ 高木史朗「宝塚美男美女伝(2)燕尾服を着た妖精たち」 『おお宝塚60年―「ドンブラコ」から「ベルばら」まで』朝日新聞社、1976年11月30日、82頁。 
  21. ^ 「エンサイクロペディア・タカラジカ」 『おお宝塚60年―「ドンブラコ」から「ベルばら」まで』朝日新聞社、1976年11月30日、219頁。 
  22. ^ a b 100年史(人物) 2014, p. 76.
  23. ^ a b 『エスエス』、東宝発行所、1938年1月号
  24. ^ 橋本 1999, p. 198.
  25. ^ 『エスエス』、東宝発行所、1939年6月号
  26. ^ 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1938年5月、218号

参考文献[編集]

  • 企画・構成・執筆:橋本雅夫 著、編集統括:北川方英 編 『夢を描いて華やかに―宝塚歌劇80年史―』宝塚歌劇団、1994年9月9日。ISBN 4-924333-11-5 
  • 執筆:國眼隆一 著、編集:森照実・春馬誉貴子・相井美由紀・山本久美子 編 『すみれ花歳月を重ねて―宝塚歌劇90年史―』宝塚歌劇団、2004年4月1日。ISBN 4-484-04601-6NCID BA66869802全国書誌番号:20613764 
  • 監修・著作権者:小林公一 『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡りつづけて(人物編)』阪急コミュニケーションズ、2014年4月1日。ISBN 978-4-484-14601-0 
  • 橋本雅夫 『素晴らしい宝塚歌劇―夢とロマンの85年―』阪急電鉄コミュニケーション事業部、1999年9月10日。ISBN 4-89485-013-3