石田昌也

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石田 昌也(いしだ まさや、1956年 - )は、宝塚歌劇団に所属する演出家で同劇団の理事[1]兵庫県宝塚市出身。愛称はダーイシ。

来歴・人物[編集]

1979年玉川大学文学部卒業後に宝塚歌劇団に演出助手として入団。1986年に雪組バウホール公演『恋のチェッカー・フラッグ』で演出家デビュー。1991年に月組『ブレイク・ザ・ボーダー』で初の大劇場公演を担当する。

1993年には雪組で当時のトップスター、一路真輝のお披露目公演となる『TAKE OFF!』の演出を担当。その後も『ザッツ・レビュー!』など、着実に上演作品を重ね、芝居とレビューの両方の演目を演出を手掛けられる存在として、今日まで宝塚歌劇の主要演出家としてのポジションを担っている。

演出家像[編集]

エネルギッシュなショー作品を得意とする他、近年は和物芝居の上演にも力を注いでいる。「様々な客層が楽しめる娯楽作」の上演をモットーとしており、コメディタッチの作風が中心。特につかこうへい原作の「蒲田行進曲」をアレンジした『銀ちゃんの恋』や、三菱財閥の創始者として知られる岩崎弥太郎の生涯を描いた『猛き黄金の国』の上演、2009年のショー『風の錦絵』では日本物を現代風にアレンジするなど、従来の宝塚では異色と呼ばれるジャンルの作品にも積極的に取り組んでいる。

一方で、自身が演出を手掛けた芝居の中に、宝塚歌劇にそぐわない、はしたない台詞[2]が時折あることに加え、これを石田自身が”現代性の表現”という風に解釈して台本に書いたりしていることから、「品がない」「現代性を履き違えている」といった批判[3]も起きたりしている。

同期入団の演出家の谷正純と「最近の宝塚には日本物が少ない」と熱く語りあったこともあり、両者が意欲的に日本物を手掛けるのもその傾向と感じさせる。また、真織由季の退団の際には「宝塚で最も歌のうまい男役」と、雑誌『歌劇』で送る言葉を書いている。

代表作は、『ハイパー・ステージ!』『再会』『長い春の果てに』『黎明の風』など。また、『硬派・坂本竜馬!』や谷崎潤一郎原作の「春琴抄」を舞台化した『殉情』など、何度も再演されている作品も多い。この他当時花組トップスターだった真矢みきの退団に際し、特別に開催された日本武道館でのリサイタル(宝塚のトップスターとしては唯一)の構成・演出を手掛けたこともある。

宝塚歌劇団での舞台作品[編集]

大劇場(ショー・レビュー)[編集]

  • 『ブレイク・ザ・ボーダー』(月組・1991年)*大劇場デビュー作。
  • TAKE OFF』(雪組・1993年)
  • 『ハイパー・ステージ!』(花組・1994年)
  • 『ジュビレーション!』(星組・1995年)
  • 『スナイパー』(花組・1998年)
  • 『ミレニアム・チャレンジャー!』(宙組・2000年)
  • 『ワンダーランド』(雪組・2005年)
  • 『風の錦絵』(雪組・2009年)
  • 『ファンキー・サンシャイン』(宙組・2010年)

大劇場(芝居)[編集]

その他劇場[編集]

  • 『恋のチェッカー・フラッグ』(雪組:バウホール・1986年)*演出家デビュー作。
  • 『硬派・坂本竜馬!』(花組:バウホール1989年、花組:シアター・ドラマシティ・1996年 *再演時のタイトルは『RYOMA』)
  • 殉情』(星組:バウホール&日本青年館・1995年、宙組:バウホール・2008年)
  • 銀ちゃんの恋』(月組:バウホール・1996年、花組:シアタードラマシティ&日本青年館・2008年、宙組:全国ツアー・2010年)
  • 『大坂侍』(月組:バウホール・2007年)
  • 『フィフティ・フィフティ』(花組:バウホール・2009年)
  • 相棒』(花組:シアター・ドラマシティ&日本青年館・2009年)
  • おかしな二人』(専科&星組:バウホール・2011年、専科&花組:日本青年館・2012年)
  • 長い春の果てに』(花組:全国ツアー・2012年)
  • 『双曲線上のカルテ』(雪組:バウホール&日本青年館・2012年)
  • 『第二章』(専科:バウホール・2013年、日本青年館・2014年)
  • 『ヴァンパイア・サクセション』(宙組:シアター・ドラマシティ&KAAT神奈川芸術劇場
  • アーサー王伝説 (ミュージカル)フランス語版』(月組:文京シビックホール&シアター・ドラマシティ、2016年) *潤色・演出

コンサート・ディナーショー[編集]

  • 大浦みずきディナーショー『Heart to Heart』[4](1991年)
  • 高嶺ふぶきディナーショー『バレンタイン・キッス』(1994年)
  • 一路真輝ディナーショー『Love Songs』(1996年)
  • 真琴つばさディナーショー『加夢音〜Come on〜』(1997年)
  • 麻路さきディナーショー『ワールド・タイム』(1998年)
  • 真矢みきスーパーリサイタル・イン・日本武道館『MIKI in BUDOKAN』(1998年)
  • 香寿たつきディナーショー『Montage』(2000年)
  • 汐風幸ディナーショー『One-derful』(2002年)
  • 絵麻緒ゆうライブコンサート『YU EMAO LIVE IN BLITZ』(2002年)
  • 霧矢大夢ディナーショー『Sweet and Chic』(2004年)
  • 檀れいミュージックサロン『DAN-ke schon! -ダンケ・シェーン-』(2005年)
  • 貴城けいディナーショー『NEXT DOOR』(2006年)
  • 柚希礼音スーパーリサイタル『REON in BUDOKAN 〜LEGEND〜』[5](2014年)*トータルプロデュースはSAMTRF

宝塚歌劇団以外の主な作品[編集]

舞台[編集]

  • 52デイズ 〜愚陀佛庵、二人の文豪〜(2017年、坊っちゃん劇場) 脚本・演出 [1]

脚注[編集]

  1. ^ a b “「漱石と子規の52日間」舞台化 脚本は宝塚歌劇団理事 愛媛”. 産経ニュース. (2016年8月20日). http://www.sankei.com/region/news/160820/rgn1608200019-n1.html 2016年8月23日閲覧。 
  2. ^ 例として2003年に宙組で上演された『傭兵ピエール』における、和央ようか演じるピエールの「ぎゃあぎゃあわめくな!!生娘でもねえんだろ」や、2004年に雪組で上演された『青い鳥を探して』で轟悠演じるジェイクの「黙れ!!豚野郎」といった台詞などがある。
  3. ^ 2003年3月刊行 青弓社「宝塚アカデミア19」特集・センセの通信簿 参照。
  4. ^ 監修は小原弘稔が担当
  5. ^ 柚希礼音、日本武道館でリサイタル 真矢以来16年ぶり(スポーツ報知、2014年5月30日)

外部リンク[編集]