麻央侑希

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麻央 侑希(まお ゆうき、12月13日 - )は、宝塚歌劇団星組に所属する男役

神奈川県横浜市出身[1]成城学園高校出身[1]。身長175cm[1]。血液型O型[2]。愛称は「ゆっこ[1]

父方の祖父は、野球評論家広岡達朗[3]

略歴[編集]

2006年宝塚音楽学校に入学。94期生

2008年、宝塚歌劇団入団。入団時の成績は28番。『ME AND MY GIRL』で初舞台。その後、星組に配属。

同年末、阪急電鉄初詣ポスターのイメージキャラクターに選ばれる[4]

2011年4月、アシックス社のウオーキングシューズ『BC WALKER』のコマーシャルに星組の選抜メンバー(真風涼帆芹香斗亜十碧れいや漣レイラ瀬央ゆりあ紫藤りゅう)と共に出演[5]

同年、『ノバ・ボサ・ノバ』新人公演で初主演[6]

2014年8月、『The Lost Glory -美しき幻影-』新人公演で2度目の主演[7]

同年12月、宝塚バウホール公演『アルカサル 〜王城〜』で十碧れいやとともにW主演する[8]

2019年10月13日、『GOD OF STARS-食聖-/Éclair Brillant(エクレール ブリアン)』東京公演千秋楽をもって宝塚歌劇団を退団。

人物・エピソード[編集]

特技は器械体操[1]

4歳からクラシックバレエを習い始め、中学2年生まで器械体操の教室に通っていた[2][9]。中学時代は陸上部に所属し、100メートルハードルで世田谷区で3位になったことがある[2]

高校生のときにジャズダンスを習い始めるが、宝塚歌劇団OBであった教室の講師に宝塚を受験することを強く勧められた[2]。漠然とショービジネスの世界への憧れを持っていたが、同じ高校の同級生だった蘭乃はなすみれ乃麗姉妹が宝塚音楽学校に入学したことで、「そんな世界もあるんだ」と知ったという[2]。また、蘭乃から「背も高いし顔も小さいから宝塚受けたら?」と勧められている(勧められた時、蘭乃・すみれ姉妹はまだ受験していなかった)。高校3年生のときに、初めて東京宝塚劇場で星組公演『長崎しぐれ坂/ソウル・オブ・シバ!!』を観劇し、宝塚受験を決意した[3][9]

両親には宝塚受験を強く反対され、受験会場の兵庫県にもひとりで赴いたため、合格後の手続きには、同じジャズタンス教室出身の煌月爽矢の母親に付き添ってもらった[2]。祖父の広岡達朗は「やりたいことがあるならやった方がいい」と、宝塚受験に賛成してくれたという[3]

宝塚音楽学校入学後もなお両親から宝塚入りを反対されていたが、文化祭の演劇で主役を演じたことから徐々に認めてくれるようになり、今は宝塚の大ファンとして応援してくれているという[2]。卒業式では「姿月あさとさんのような魅力的な男役になりたい」と語った[3]

芸名は、本名とそれに合う漢字を名前辞典から探し、画数を考慮して決めた[2]

主な舞台[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 『宝塚おとめ 2013年度版』阪急コミュニケーション、2013年、113頁。ISBN 978-4-484-13506-9
  2. ^ a b c d e f g h 阪急コミュニケーションズ『RISING STAR GUIDE 2013』2013年、126-127頁。ISBN 978-4-484-13507-6
  3. ^ a b c d タカラジェンヌに広岡達朗氏の孫…21日デビュー”. SponichiAnnex. 2013年12月8日閲覧。
  4. ^ プレシャス宝塚「恥ずかしい!でも初々しい/麻央侑希」”. nikkansports.com. 2013年12月8日閲覧。
  5. ^ タカラジェンヌ7名がCMに一挙出演! 美しい“歩き”を颯爽と披露oricon、2011年4月12日)
  6. ^ 広岡達朗氏も目細め…孫娘が宝塚新人公演で初主演 スポーツニッポン(東京) 2011年5月4日閲覧
  7. ^ 広岡達朗氏孫娘は宝塚男役 麻央侑希が新人公演で主演”. Sponichi Annex. 2014年8月8日閲覧。
  8. ^ 青池保子の歴史作品「アルカサル-王城-」宝塚で舞台化”. コミックナタリー. 2014年8月8日閲覧。
  9. ^ a b フェアリーインタビュー 星組 麻央侑希”. ウィズたからづか. 2013年12月8日閲覧。

外部リンク[編集]