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'''株式会社サンライズ'''({{Lang-en-short|SUNRISE INC.}})は、[[バンダイナムコグループ]]の[[アニメ制作会社]]。[[日本動画協会]]正会員。
'''株式会社サンライズ'''({{Lang-en-short|SUNRISE INC.}})は、日本の[[アニメ制作会社]]。[[バンダイナムコグループ]]傘下グループ企業であり、[[日本動画協会]]正会員でもある


== 歴史 ==
== 沿革 ==
=== 創業 ===
=== 創業 ===
[[1972年]]、経営難に陥った[[虫プロダクション#株式会社虫プロダクション(旧虫プロ)|旧虫プロダクション]](虫プロ)から独立した営業・制作畑のスタッフが中心となって、'''有限会社サンライズスタジオ'''という名で創業。
[[1972年]]、経営難に陥った[[虫プロダクション#株式会社虫プロダクション(旧虫プロ)|旧虫プロダクション]](虫プロ)から独立した営業・制作畑のスタッフが中心となって、'''有限会社サンライズスタジオ'''という名で創業。


虫プロの制作・営業部門に所属していた岸本吉功、伊藤昌典、山浦栄二、渋江靖夫、岩崎正美、沼本清海、米山安彦の7名<ref group="注">『アニメージュ』1981年12月号28ページの「小史日本サンライズ」や、岡島正晃・あさのまさひこ・中島紳介『ボトムズ・アライブ』(太田出版・2000年)p204など8名とする資料もある。</ref>が設立メンバーである。手持ちの資金がなかったことから、同年、虫プロ作品で音響を担当していた[[東北新社]]に出資を仰ぎ<ref>Web現代「ガンダム者」取材班編集「第5章 企画 飯塚正夫 《アトムの革命》」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』講談社、2002年10月9日、{{ISBN2|4-06-330181-8}}、230頁。</ref>、サンライズ創業者との共同出資により'''株式会社創映社'''を設立。創映社が企画と営業を行い、アニメの実制作はサンライズスタジオで行なう体制だった<ref>天本伸一郎編「第2章/サンライズ黎明期 山浦栄二 インタビュー」『富野由悠季 全仕事』[[キネマ旬報社]]〈キネ旬ムック〉、1999年6月9日、{{ISBN2|4-906649-00-9}}、112頁。</ref>。そのため、当初の営業・制作スタッフはサンライズスタジオと創映社に同時に在籍する状態であったが、創映社自体は[[東北新社]]の子会社で下請けの存在だったため、当時制作した作品の[[著作権表示]]は全て「©東北新社」となっている。
虫プロの制作・営業部門に所属していた岸本吉功、伊藤昌典、山浦栄二、渋江靖夫、岩崎正美、沼本清海、米山安彦の7名<ref group="注">『アニメージュ』1981年12月号28ページの「小史日本サンライズ」や、岡島正晃・あさのまさひこ・中島紳介『ボトムズ・アライブ』(太田出版・2000年)p204など、設立メンバーを8名とする資料もある。</ref>が設立メンバーである。手持ちの資金がなかったことから、同年、虫プロ作品で音響を担当していた[[東北新社]]に出資を仰ぎ<ref>Web現代「ガンダム者」取材班編集「第5章 企画 飯塚正夫 《アトムの革命》」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』講談社、2002年10月9日、{{ISBN2|4-06-330181-8}}、230頁。</ref>、サンライズ創業者との共同出資により'''株式会社創映社'''を設立。創映社が企画と営業を行い、アニメの実制作はサンライズスタジオで行なう体制が取られた<ref>天本伸一郎編「第2章/サンライズ黎明期 山浦栄二 インタビュー」『富野由悠季 全仕事』[[キネマ旬報社]]〈キネ旬ムック〉、1999年6月9日、{{ISBN2|4-906649-00-9}}、112頁。</ref>。そのため、当初の営業・制作スタッフはサンライズスタジオと創映社に同時に在籍する状態であったが、創映社自体は[[東北新社]]の子会社で下請けの存在だったため、この当時制作した作品の[[著作権表示]]は全て「©東北新社」となっている。


設立1972年は、彼らの独立元ともいえる虫プロやその関連・子会社の経営難や労働争議が表面化しつつあった頃で、その後、旧虫プロは1973年11月に経営破綻に追い込まれた。これは企業の成り立ちや手塚の意向び経営方針がゆえに「[[アニメーター]]にあらずんば人にあらず」と言われる程にアニメーター偏重の作品作りが最優先される企業風土とな、合理的で適切な企業運営ができなかったことが主な要因となったものであった。
本社が設立された1972年は、彼らの独立元ともいえる虫プロ(旧虫プロ)その関連・子会社の経営難や労働争議が表面化しつつあった頃でもあった。これは企業の成り立ちや手塚の意向、および経営方針がゆえに「[[アニメーター]]にあらずんば人にあらず」と言われる程にアニメーター偏重の作品作りが最優先される企業風土となったことで、合理的で適切な企業運営ができなかったことが主な要因となったものであった。


創業メンバーは、虫プロが倒産直前の末期的様相を呈する前に独立した面々ではあるものの、虫プロの内情と体質的な問題を組織内部から見て知る人物達で、この虫プロの企業体質サンライズスタジオの経営における大きな教訓となり、現在まで受け継がれている。すなわち、サンライズにおける「[[クリエーター]]が経営陣に入ってはいけない」という経営ポリシーの確立である<ref>Web現代「ガンダム者」取材班編集「序章 サンライズ取締役社長 吉井孝幸 《アニメーションにおけるニッチ産業》」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』9-10頁。</ref>。そのため創業以来、自社スタジオは構える一方で、制作進行管理業務以外の実制作作業は外注スタッフがほぼ全てを担っており、既に約40歴史を持つ企業ながら同社一筋のプロパー正社員として監督を務めた人物もいない<ref group="注">ただし、[[福田己津央]]・[[小原正和]]のように、サンライズでアニメ制作のキャリアをスタートし、フリーランスになった後も名義のある仕事の大半はサンライズ作品で行い、サンライズ制作作品の監督を務めた人物はいる。</ref>。これアニメ制作に必要なスタッフや専門職の大半を自社で正規雇用として抱え続けたために昇給・人件費増加・社内ポストなどの問題が解決できずに労働争議に至って破綻した虫プロの反省でもあり、その様な意味において言えば、サンライズでヒット作を手掛けてその名を知られる[[富野由悠季]]・[[高橋良輔 (アニメ監督)|高橋良輔]]などの監督や[[塩山紀生]]・[[安彦良和]]・[[木村貴宏]]などの著名アニメーターも外注スタッフに過ぎず、クリエイターは携わっても作品単位での企画・制作までにとどまっている。
創業メンバーは、虫プロが倒産直前の末期的様相を呈する前に独立した面々ではあるものの、同社の内情と体質的な問題を組織内部から見て知る者たちもあり、この企業体質サンライズスタジオの経営における大きな教訓として、現在まで受け継がれている。すなわち、サンライズにおける「[[クリエーター]]が経営陣に入ってはいけない」という経営ポリシーの確立である<ref>Web現代「ガンダム者」取材班編集「序章 サンライズ取締役社長 吉井孝幸 《アニメーションにおけるニッチ産業》」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』9-10頁。</ref>。そのため創業以来、自社スタジオは構える一方で、制作進行管理業務以外の実制作作業は外注スタッフがほぼ全てを担っており、既に50近い歴史を持つ企業でありながら、サンライズ一筋のプロパー正社員として監督を務めた人物もいない<ref group="注">ただし、[[福田己津央]]・[[小原正和]]のように、サンライズでアニメ制作のキャリアをスタートし、フリーランスになった後も名義のある仕事の大半はサンライズ作品で行い、サンライズ制作作品の監督を務めた人物はいる。</ref>。これもまた、アニメ制作に必要なスタッフや専門職の大半を自社で正規雇用として抱え続けたために昇給・人件費増加・社内ポストなどの問題が解決できずに労働争議に至って破綻した、旧虫プロの反省でもあった。その様な意味において言えば、サンライズでヒット作を手掛けてその名を知られる[[富野由悠季]]・[[高橋良輔 (アニメ監督)|高橋良輔]]などの監督や[[塩山紀生]]・[[安彦良和]]・[[木村貴宏]]などの著名アニメーターもあくまで外注スタッフに過ぎず、クリエイターは携わっても作品単位での企画・制作までにとどまっている。


また、創業当初の経営陣はアニメの作品性も重視する、それ以上に必要に応じた外注の多用などコスト削減や各種版権収入なども含めて、総合的な採算確保を図り健全経営を維持することを最重視する経営方針を打ち出した。玩具の商品企画のタイアップをアニメ企画の起点と主軸に据える作品構築のシステムを採用していたことも、今日に至るサンライズを形成した重要な特徴の一つである<ref>
また、創業当初の経営陣はアニメの作品性も重視する一方、それ以上に必要に応じた外注の多用などコスト削減や各種版権収入なども含めて、総合的な採算確保を図り健全経営を維持することを最重視する経営方針を打ち出した。玩具の商品企画のタイアップをアニメ企画の起点と主軸に据える作品構築のシステムを採用していたことも、今日に至るサンライズを形成した重要な特徴の一つである<ref>
* 「いま、映画機動戦士ガンダムに燃える日本サンライズ PART4 座談会」『アニメージュ』1981年1月号、p114-p115。山浦栄二取締役企画部長(当時)の発言による。
* 「いま、映画機動戦士ガンダムに燃える日本サンライズ PART4 座談会」『アニメージュ』1981年1月号、p114-p115。山浦栄二取締役企画部長(当時)の発言による。
* 中島紳介、斎藤良一、永島収『イデオンという伝説』太田出版、1998年、p104.
* 中島紳介、斎藤良一、永島収『イデオンという伝説』太田出版、1998年、p104.
* Web現代取材班「第5章 飯塚政夫」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』講談社、2002年、p248-p249。
* Web現代取材班「第5章 飯塚政夫」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』講談社、2002年、p248-p249。
</ref>。この背景には、「資金のない弱小プロダクション故に人件費を負担できない」<ref>Web現代取材班「第1章 安彦良和」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』(講談社・2002年)p72。</ref>とい経営初期に抱えていた資金面事情あった
</ref>。この背景には、「資金のない弱小プロダクション故に人件費を負担できない」<ref>Web現代取材班「第1章 安彦良和」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』(講談社・2002年)p72。</ref>、[[漫画]]原作の[[著作権]]([[翻案権]])を得るために必要な予算が捻出できない、などといった経営初期に抱えていた資金面にまつわる事情る。一方で出版物を原作とした作品の場合、アニメ雑誌が記事に取り上げる際、著作権者の意向という形で誌面の素材として使用したい映像の使用許諾が得られなかったり、ページ数の制限が付きまとうことが多く、サンライズ作品におけるオリジナル企画の多さは、[[1980年代]]を中心に[[アニメ雑誌]]においてメインに据えられ、大きく取り扱われる要因となった<ref>中島紳介、斎藤良一、永島収『イデオンという伝説』太田出版、1998年、p174-p176</ref>


=== 日本サンライズ時代 ===
=== 日本サンライズ時代 ===
[[1976年]][[11月]]に東北新社傘下から離脱。'''株式会社日本サンライズ'''に改組・商号変更し、[[東映|東映本社]]作品と[[円谷プロダクション|円谷プロ]]作品のアニメーション制作を下請け。サンライズの飯塚正夫によると『[[ゼロテスター]]』や『[[勇者ライディーン]]』などで得た利益はすべて東北新社にって、彼らは給料が上がらず不満が溜まっていたである<ref>Web現代「ガンダム者」取材班 ガンダム者―ガンダムを創った男たち 講談社 2002年</ref>。一説には利益の配分を巡る喧嘩別れとも言われる<ref>「ロングインタビュー 安彦良和」『[[キネマ旬報]]別冊 動画王』Vol.7(キネマ旬報社・1998年)p174.</ref>。翌1977年の『[[無敵超人ザンボット3]]』にて初めて自社企画制作作品を世に送り出す。1979年制作の『[[機動戦士ガンダム]]』とその後の劇場用作品により、アニメ業界に[[リアルロボット]]ブームを興した。
[[1976年]][[11月]]に東北新社傘下から離脱。'''株式会社日本サンライズ'''に改組・商号変更し、[[東映|東映本社]]作品と[[円谷プロダクション|円谷プロ]]作品のアニメーション制作を下請けするようになる一説には利益の配分を巡る喧嘩別れとも言われており<ref>「ロングインタビュー 安彦良和」『[[キネマ旬報]]別冊 動画王』Vol.7(キネマ旬報社・1998年)p174.</ref>、サンライズの飯塚正夫によると『[[ゼロテスター]]』や『[[勇者ライディーン]]』などで得た利益はすべて東北新社にっており、彼らは給料が上がらず不満が溜まっていたという<ref>Web現代「ガンダム者」取材班 ガンダム者―ガンダムを創った男たち 講談社 2002年</ref>。翌1977年の『[[無敵超人ザンボット3]]』にて初めて自社企画制作作品を世に送り出す。1979年制作の『[[機動戦士ガンダム]]』とその後の劇場用作品により、アニメ業界に[[リアルロボット]]ブームを興した。


[[1981年]]、初代社長の岸本吉功が死去。当時四十代であったが激務が祟り身体を壊したものであったという<ref>[http://www.city.matsue.shimane.jp/jumin/shisei/kouhou/shihou_matsue/2212/sub/minasan.htm 市報松江12月号(2010年)]</ref>。岸本の死を受け第2代社長に伊藤昌典が就任。
[[1981年]]、初代社長の岸本吉功が死去。当時まだ40代であったが激務が祟り身体を壊したものであったという<ref>[http://www.city.matsue.shimane.jp/jumin/shisei/kouhou/shihou_matsue/2212/sub/minasan.htm 市報松江12月号(2010年)]</ref>。岸本の死を受け第2代社長に伊藤昌典が就任。


[[1985年]]にはオリジナルビデオアニメ([[OVA]])に進出。ただしオリジナルっても全くのオリジナル企画は少なく、『[[装甲騎兵ボトムズ]]』のようなテレビシリーズで人気を得た作品の続編『[[機甲猟兵メロウリンク]]』のようにその延長線上にある企画と基本方針を取っている。
[[1985年]]にはオリジナルビデオアニメ([[OVA]])に進出。OVAいう体裁を取っているのの、サンライズ制作のそれにおいて全くのオリジナル企画は少なく、『[[装甲騎兵ボトムズ]]』のようなテレビシリーズで人気を得た作品の続編や、『[[機甲猟兵メロウリンク]]』のようにその延長線上にある企画という基本方針を取っている。


=== 株式会社サンライズ ===
=== 株式会社サンライズ ===
[[1987年]][[6月]]に'''株式会社サンライズ'''に商号変更し、第3代社長に山浦栄二が就任する。
[[1987年]][[6月]]に'''株式会社サンライズ'''に商号変更し、第3代社長に山浦栄二が就任する。この商号変更と山浦の社長就任に伴い、従来のオリジナル企画主体の路線から転換し、『[[ミスター味っ子]]』『[[シティーハンター (アニメ)|シティーハンター]]』『[[バツ&テリー]]』などを端緒に、原作付き作品を手がけることが増えていった


またこ頃は、『ダム端を発したリアルロボットブームが下火になりつつあった時期でもありその火付け役であったサンライズもまた『[[機甲戦記ドラグナー]]』を最後にリアルロボット系作品に依存した体制からも一旦脱却玩具メーカーとのタイアップのオリジナル企画においても『[[魔神英雄伝ワタル]]』を機に子供がロボットに乗る、もしくはロボットと友情を育むことで敵を倒すロボットアニメをてた他、『[[鎧伝サムライトルーパー]]』の関連作品の成功を受ける形で、容姿端麗な[[美少年]]が特殊アーマーを装着する鎧ものが幅を利かせた。
創業以来手掛けてきた作品には[[オリジナルアニメ|オリジナル企画]]の[[ロボットアニメ]]や、玩具メーカーとりわけバンダイ系列各社とのタイアップが多いが、山浦の代から漫画原作付きなど様々なアニメ作品を制作、多くの作品で熱心なアニメファンやアニメ業界内部から高い評価と支持を得ている。


1990年代前半には、当時のガンダムよりも下の年齢層をメインターゲットとした『[[勇者シリーズ]]』が商業的な成功を収めるなど、元々得意とするオリジナル作品も堅調に推移した。
玩具タイアップを中心にオリジナル作品を多く手掛けてきた理由の1つに、設立当初は資金に乏しく[[漫画]]原作の[[著作権]]([[翻案権]])を得るために必要な予算が捻出できなかったという事情がある。ただし、原作が出版物である作品の場合、アニメ雑誌が記事に取り上げる際、著作権者の意向という形で誌面の素材として使用したい映像の使用許諾が得られなかったりページ数の制限が付きまとうことが多く、オリジナル企画の多さは、[[1980年代]]を中心に[[アニメ雑誌]]においてサンライズ作品がメインに据えられ大きく取り扱われる要因となった<ref>中島紳介、斎藤良一、永島収『イデオンという伝説』太田出版、1998年、p174-p176</ref>。

[[1987年]]、従来オリジナル企画主体の路線から転換し、『[[ミスター味っ子]]』『[[シティーハター (アニメ)|シティーハンター]]『[[バツ&テリー]]』などを緒に原作付き作品手がけることが増えていっ。同時期にリアルロボットブームが下火になったのを見るや、『[[機甲戦記ドラグナー]]』を最後にガンダム由来のリアルロボット系作品に依存した体制からも一旦脱却し、玩具メーカーとのタイアップのオリジナル企画においても『[[魔神英雄伝ワタル]]』を機に子供がロボットに乗る、或いはロボットと友情を育むことで敵を倒すロボットアニメが登場した他、『[[鎧伝サムライトルーパー]]』の関連作品の成功を受け容姿端麗な[[美少年]]が特殊アーマーを装着する鎧ものが幅を利かせた。また、1990年代前半には当時のガンダムよりも下の年齢層をメインターゲットとした『[[勇者シリーズ]]』が商業的な成功を収めるなど、元々得意とするオリジナル作品も堅調に推移した。


=== バンダイ・ナムコ傘下のグループ企業へ ===
=== バンダイ・ナムコ傘下のグループ企業へ ===
[[1994年]][[4月1日]]、[[バンダイ]]による資本参加を受けて同社傘下のグループ企業となる。と同時に経営陣刷新され、以降の経営上層部の人材は[[松本悟]]のように主にバンダイの送り込んだ人物が占める様になっていった。
[[1994年]][[4月1日]]、[[バンダイ]]による資本参加を受けて同社傘下のグループ企業となる。れに伴い経営陣刷新され、以降の経営上層部の人材は[[松本悟]]のように主にバンダイの送り込んだ人物が占める様になっていった。


[[川口克己]]によると、バンダイグループ内部には出資した作品のマーチャンダイジングの成功・不成功の判断基準として『ガンダム』シリーズを指標に用いる向きがあり、同シリーズと同程度の売上でないと作品として成功とは見なされないことから、自然とガンダムに偏重していく傾向があるという<ref>[[柿沼秀樹]]、加藤智「ガンプラシーン回顧対談 1980〜2007 川口克己×柿沼秀樹」『バンダイ キャラクタープラモ年代記 鉄人からヤマト、ガンダムまで』[[学研ホールディングス|学習研究社]]、2007年4月3日、{{ISBN2|978-4-05-403282-8}}、161頁。</ref>。サンライズ作品に限らず、「ロボットアニメはガンダムに淘汰される」という見方ある<ref>Great Mechanics 5 双葉社 2002年</ref>。このためはサンライズ自身でさえ少年向け・低年齢層向けのロボット物の[[オリジナルアニメ]]作品を発表する機会にはなかなか恵まれなくなった。
[[川口克己]]によると、バンダイグループ内部には出資した作品のマーチャンダイジングの成功・不成功の判断基準として『ガンダム』シリーズを指標に用いる向きがあり、同シリーズと同程度の売上でないと作品として成功とは見なされないことから、自然とガンダムに偏重していく傾向があるという<ref>[[柿沼秀樹]]、加藤智「ガンプラシーン回顧対談 1980〜2007 川口克己×柿沼秀樹」『バンダイ キャラクタープラモ年代記 鉄人からヤマト、ガンダムまで』[[学研ホールディングス|学習研究社]]、2007年4月3日、{{ISBN2|978-4-05-403282-8}}、161頁。</ref>。サンライズ作品に限らず、「ロボットアニメはガンダムに淘汰される」という見方すらある<ref>Great Mechanics 5 双葉社 2002年</ref>。このため勇者シリーズが終了した1990代末以降はサンライズ自身でさえ少年向け・低年齢層向けのロボット物の[[オリジナルアニメ]]作品を発表する機会にはなかなか恵まれなくなった。

またバンダイグループバンダイナムコグループ)は、版権・キャラクター関連のビジネスでは長年の業界最大手として豊富なノウハウを持っているが、その裏返しとして同社が関与する作品において、版権や制作体制全般の管理が極めて厳しく徹底されることで知られている。サンライズもバンダイグループ入りの後はその例に漏れず、版権ビジネスだけでは作品出演の[[声優]]や原作者・監督などのメディア出演についても管理がより強化・徹底されるようになっていっ


以後の沿革・歴史は下記にて年代ごとに記載。
以後の沿革・歴史は下記にて年代ごとに記載。


=== 2000年代 ===
=== 2000年代 ===
[[2007年]]にバンダイが旧[[ナムコ]](以下、「旧」は省略)と経営統合し、バンダイナムコグループを作っでナムコ系テレビゲーム作品とのタイアップが増える。一例としては『[[THE IDOLM@STER]]』を原案とした『[[アイドルマスター XENOGLOSSIA]]』が制作された。また、[[2008年]]には同じくナムコの『[[テイルズ オブ ジ アビス]]』のアニメ版の制作も行っている。なお、かつての主軸でもあった玩具をメインとしたコンテンツとのタイアップ作品は、2004年の『[[陰陽大戦記]]』以降は激減した。ガンダム以外のオリジナルロボット作品についても『[[コードギアス]]』シリーズや『[[ゼーガペイン]]』など、少数に留まる(ただし、この2作については初動から10年経過した2010年代でも適宜シリーズの展開が続いている)。
[[2007年]]にバンダイが旧[[ナムコ]](以下、「旧」は省略)と経営統合し、バンダイナムコグループを設立しことナムコ系テレビゲーム作品とのタイアップが増える。一例としては同年に制作された、『[[THE IDOLM@STER]]』を原案とした『[[アイドルマスター XENOGLOSSIA]]』、[[2008年]]制作の『[[テイルズ オブ ジ アビス]]』のアニメ版などが挙げられる。それとは対象的に、かつての主軸でもあった玩具をメインとしたコンテンツとのタイアップ作品は、2004年の『[[陰陽大戦記]]』以降は激減した。ガンダム以外のオリジナルロボット作品についても『[[コードギアス]]』シリーズや『[[ゼーガペイン]]』など、少数に留まる(ただし、この2作については初動から10年経過した2010年代でも適宜シリーズの展開が続いている)。


=== 2010年代 ===
=== 2010年代 ===
この年代には自社参加・読者参加企画発祥のメディアミックス作品『[[ラブライブ!]]』が大ヒットを飛ばしたを筆頭に、以前よりも更に様々なジャンルの作品を手がける様になった。
2010年代には自社参加・読者参加企画発祥のメディアミックス作品『[[ラブライブ!]]』が大ヒットを飛ばしたことを筆頭に、以前よりも更に様々なジャンルの作品を手がける様になった。
* ゲームを主軸とした企画とのタイアップ作品 - 『[[バトルスピリッツ]]』シリーズ、『[[アイカツ! (アニメ)|アイカツ!]]』など
* ゲームを主軸とした企画とのタイアップ作品 - 『[[バトルスピリッツ]]』シリーズ、『[[アイカツ! (アニメ)|アイカツ!]]』など
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* 非コミック原作作品 - 『[[境界線上のホライゾン]]』・『[[アクセル・ワールド]]』(ライトノベル原作)など
* 非コミック原作作品 - 『[[境界線上のホライゾン]]』・『[[アクセル・ワールド]]』(ライトノベル原作)など


2015年4月1日、キッズ・ファミリー向け作品などの一部の制作部門を分社した株式会社[[バンダイナムコピクチャーズ]]が設立(事前発表は同年2月12日。以下「BNP」と略す場合あり)。社長はサンライズ社長の宮河恭夫が兼任する。以降サンライズはハイターゲット向けの作品を中心とした制作体制に特化することとなる。<!--以下の記述は「バンダイナムコピクチャーズの項目に記載があるのでコメントアウト
2015年4月1日、キッズ・ファミリー向け作品などの一部の制作部門を分社した株式会社[[バンダイナムコピクチャーズ]]が設立される(事前発表は同年2月12日。以下「BNP」と略す場合あり)。社長はサンライズ社長の宮河恭夫が兼任する。これ以降サンライズはハイターゲット向けの作品を中心とした制作体制に特化することとなる。<!--以下の記述は「バンダイナムコピクチャーズの項目に記載があるのでコメントアウト


キッズ・ファミリー向けはバンダイナムコピクチャーズが担い、企画開発の迅速化やトイホビー事業との連携を強化し、バンダイビジュアルと連携して担っていくことになる<ref>[https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1502/12/news086.html サンライズの一部を分社化「バンダイナムコピクチャーズ」設立 「アイカツ!」などキッズ向け担当]、ITmedia、2015年2月12日</ref><ref>[https://animeanime.jp/article/2015/02/12/21947.html バンダイナムコピクチャーズ2015年4月設立 サンライズがキッズ・ファミリー向けを分社化]、アニメ!アニメ!、2015年2月12日</ref>(実際には『銀魂』シリーズ、『TIGER&BUNNY』シリーズなど、一般的にはハイターゲット向けと認知されている作品のIPも承継されている<ref>{{Cite web |url=https://www.bn-pictures.co.jp/corporate.html |title=会社概要 主な承継作品 |publisher=バンダイナムコピクチャーズ |accessdate=2015-4-8}}</ref>)。-->
キッズ・ファミリー向けはバンダイナムコピクチャーズが担い、企画開発の迅速化やトイホビー事業との連携を強化し、バンダイビジュアルと連携して担っていくことになる<ref>[https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1502/12/news086.html サンライズの一部を分社化「バンダイナムコピクチャーズ」設立 「アイカツ!」などキッズ向け担当]、ITmedia、2015年2月12日</ref><ref>[https://animeanime.jp/article/2015/02/12/21947.html バンダイナムコピクチャーズ2015年4月設立 サンライズがキッズ・ファミリー向けを分社化]、アニメ!アニメ!、2015年2月12日</ref>(実際には『銀魂』シリーズ、『TIGER&BUNNY』シリーズなど、一般的にはハイターゲット向けと認知されている作品のIPも承継されている<ref>{{Cite web |url=https://www.bn-pictures.co.jp/corporate.html |title=会社概要 主な承継作品 |publisher=バンダイナムコピクチャーズ |accessdate=2015-4-8}}</ref>)。-->


2016年9月、サンライズ内部で独自に立ち上げた非映像系オリジナル作品(主に小説)を発信するwebサイト「[[矢立文庫]]」をスタート。
2016年9月、サンライズ内部で独自に立ち上げた非映像系オリジナル作品(主に小説)を発信するwebサイト「[[矢立文庫]]」をスタート。


2017年9月、創業45周年を迎える。
2017年9月、創業45周年を迎える。


[[2018年]][[11月20日]]、[[ジーベック (アニメ制作会社)|ジーベック]]のポストプロダクション部門を除く映像制作事業を譲受すると発表した(その後撮影部門、練馬スタジオ、仕上部門および過去作品の著作権を除くアニメーション作画・制作管理部門の譲受に変更。[[2019年]][[3月1日]]付で新会社「'''株式会社[[SUNRISE BEYOND]]'''」(サンライズビヨンド)を設立し、同社に[[4月1日]]付で事業が継承された<ref>[https://ssl4.eir-parts.net/doc/3791/tdnet/1651118/00.pdf 連結子会社の事業譲渡に関するお知らせ]、株式会社IGポート、2018年11月20日</ref><ref>[https://www.sunrise-inc.co.jp/news/news.php?id=16235 新規IP創出および既存IPのイノベーションに向けて制作力を強化!株式会社ジーベック映像制作事業譲受に関するお知らせ]、サンライズ、2018年11月20日</ref><ref>[https://ssl4.eir-parts.net/doc/3791/tdnet/1660085/00.pdf 連結子会社株式会社ジーベックの事業譲渡に伴う組織再編 及び制作中の同社原作アニメーションについて]、株式会社IGポート、2019年1月7日</ref><ref>{{Cite web |url=http://animationbusiness.info/archives/7344 |title=サンライズが新会社「SUNRISE BEYOND」設立 本社は現ジーベック|publisher=アニメーションビジネス・ジャーナル |accessdate=2019-3-23}}</ref>。
[[2018年]][[11月20日]]、[[ジーベック (アニメ制作会社)|ジーベック]]のポストプロダクション部門を除く映像制作事業を譲受すると発表その後同社の撮影部門、練馬スタジオ、仕上部門および過去作品の著作権を除くアニメーション作画・制作管理部門の譲受に変更されたこれを受けて、[[2019年]][[3月1日]]付で新会社「'''株式会社[[SUNRISE BEYOND]]'''」(サンライズビヨンド)を設立し、[[4月1日]]付で同社にこれらの事業が継承された<ref>[https://ssl4.eir-parts.net/doc/3791/tdnet/1651118/00.pdf 連結子会社の事業譲渡に関するお知らせ]、株式会社IGポート、2018年11月20日</ref><ref>[https://www.sunrise-inc.co.jp/news/news.php?id=16235 新規IP創出および既存IPのイノベーションに向けて制作力を強化!株式会社ジーベック映像制作事業譲受に関するお知らせ]、サンライズ、2018年11月20日</ref><ref>[https://ssl4.eir-parts.net/doc/3791/tdnet/1660085/00.pdf 連結子会社株式会社ジーベックの事業譲渡に伴う組織再編 及び制作中の同社原作アニメーションについて]、株式会社IGポート、2019年1月7日</ref><ref>{{Cite web |url=http://animationbusiness.info/archives/7344 |title=サンライズが新会社「SUNRISE BEYOND」設立 本社は現ジーベック|publisher=アニメーションビジネス・ジャーナル |accessdate=2019-3-23}}</ref>。


[[2019年]][[4月1日]]、宮河恭夫の[[バンダイナムコエンターテインメント]]社長就任に伴い、専務取締役の浅沼誠が社長に就任<ref>{{cite web|url=https://gamebiz.jp/?p=231017|title=【人事】サンライズ社長の宮河恭夫氏がバンダイナムコエンターテインメントの社長に4月1日付で就任 宮河氏の後任は専務の浅沼誠氏に|publisher=Social Game Info|date=2019-02-06|accessdate=2019-02-07}}</ref>。
[[2019年]][[4月1日]]、宮河恭夫の[[バンダイナムコエンターテインメント]]社長就任に伴い、専務取締役の浅沼誠が社長に就任<ref>{{cite web|url=https://gamebiz.jp/?p=231017|title=【人事】サンライズ社長の宮河恭夫氏がバンダイナムコエンターテインメントの社長に4月1日付で就任 宮河氏の後任は専務の浅沼誠氏に|publisher=Social Game Info|date=2019-02-06|accessdate=2019-02-07}}</ref>。
=== 2020年代 ===
[[2021年]][[3月1日]] - 半世紀近くに及ぶ同社の過去作([[バンダイナムコピクチャーズ#主なサンライズからの移管作品|BNPに移管したシリーズ作品]]およびガンダムシリーズなど別途ポータルサイトのある作品以外が中心)および関連情報をエンタメ的にアーカイブするサイト「サンライズワールド」を開設<!--出典は本項目末「外部リンク」のurlを参照のこと-->。連動する形でYouTubeに作られていた「サンライズチャンネル」にて、創業初作『[[無敵超人ザンボット3]]』を始めとした1970~1990年代初めごろまでの過去作をつか期間限定で全話プレミア無料配信開始(毎週1~2話づつの更新)


=== 付記 ===
=== 2020年代 ===
[[2021年]][[3月1日]]半世紀近くに及ぶサンライズの過去作([[バンダイナムコピクチャーズ#主なサンライズからの移管作品|BNPに移管したシリーズ作品]]およびガンダムシリーズなど別途ポータルサイトのある作品以外が中心)と、その関連情報をエンタメ的にアーカイブするサイト「サンライズワールド」を開設<!--出典は本項目末「外部リンク」のurlを参照-->。これと連動する形でYouTubeに開設されていた「サンライズチャンネル」にて、『[[無敵超人ザンボット3]]』を始めとした1970 - 1990年代初めごろまでの過去作を、いくつか期間限定で全話プレミア無料配信開始(毎週1~2話づつの更新)
* 現在、サンライズが所属するバンダイナムコグループは、前身のバンダイグループの当時から版権・キャラクター関連のビジネスでは長年の業界最大手として豊富なノウハウを持っているが、その裏返しとして同社が関与する作品では版権や制作体制全般の管理が極めて厳しく徹底されることで知られている。サンライズもバンダイグループ入りの後は版権ビジネスのみらず作品出演の[[声優]]や原作者・監督などのメディア出演についても管理が強化・徹底されるようになっており、現在ではその様な意味でもアニメ業界で知られる、アニメマスコミ関係者にとって扱にくい存在になているという<!-- <ref>[http://www.cyzo.com/2008/10/post_959.html アニメマスコミを泣かせる"サンライズ様"の銭ゲバ体質(前編)]</ref><ref>[http://www.cyzo.com/2008/10/post_1008.html アニメマスコミを泣かせる"サンライズ様"の銭ゲバ体質(後編)]</ref> -->{{出典無効|date=2017年7月}}
* 制作スタジオはいくつもあり、それぞれに「第1スタジオ」などと数字が割り振られることが多い。略して「1スタ」などと呼ぶことがある。{{要出典範囲|ただし中で働いているのは前述のように外注スタッフである|date=2020年8月}}。


== 制作作品 ==
== 制作作品 ==
: サンライズで制作されている作品は、全部で12箇所のスタジオが母体となっている(2015年4月にバンダイナムコピクチャーズに移管されスタジオがあるため、現在若干減った模様)
: サンライズで制作されている作品は、全部で12箇所のスタジオが母体となっている<ref group="注">それぞれに「第1スタジオ」などと数字が割り振られることが多く、略して「1スタ」などと呼ぶこともある。</ref>2015年4月にバンダイナムコピクチャーズが設立されて以降は、これらのスタジオの一部同社に移管されている
: ☆印ものは2015年4月からバンダイナムコピクチャーズに移管された作品・シリーズ。
: 以下、☆印記されたものはバンダイナムコピクチャーズ設立時に同社に移管された作品・シリーズを指す


=== テレビアニメ ===
=== テレビアニメ ===
119行目: 116行目:
** [[機動戦士Ζガンダム]](第2スタジオ、1985年 - 1986年)
** [[機動戦士Ζガンダム]](第2スタジオ、1985年 - 1986年)
** [[機動戦士ガンダムΖΖ]](第2スタジオ、1986年 - 1987年)
** [[機動戦士ガンダムΖΖ]](第2スタジオ、1986年 - 1987年)
** [[機動戦士Vガンダム]](第3スタジオ、1992年 - 1993年)
** [[機動戦士Vガンダム]](第3スタジオ、1993年 - 1994年)
** [[機動武闘伝Gガンダム]](第2スタジオ、1993年 - 1994年)
** [[機動武闘伝Gガンダム]](第2スタジオ、1994年 - 1995年)
** [[新機動戦記ガンダムW]](第1スタジオ、1994年 - 1995年)
** [[新機動戦記ガンダムW]](第1スタジオ、1995年 - 1996年)
** [[機動新世紀ガンダムX]](第1スタジオ、1995年 - 1996年)
** [[機動新世紀ガンダムX]](第1スタジオ、1996年)
** [[∀ガンダム]](第1スタジオ、1996年 - 1997年)
** [[∀ガンダム]](第1スタジオ、1999年 - 2000年)
** [[機動戦士ガンダムSEED]](第9スタジオ、2002年 - 2003年)
** [[機動戦士ガンダムSEED]](第9スタジオ、2002年 - 2003年)
** [[SDガンダムフォース]](谷原スタジオ、2004年)
** [[SDガンダムフォース]](谷原スタジオ、2004年)
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=== TVCM ===
=== TVCM ===
特記な限り[[日清食品]]。
特記限り、いずれも[[日清食品]]のCM
* [[カップヌードル]]「[[FREEDOM-PROJECT|FREEDOM]] -自由を掴め-」篇(2006年 - ):キャラクターデザイン・[[大友克洋]]
* [[カップヌードル]]「[[FREEDOM-PROJECT|FREEDOM]] -自由を掴め-」篇(2006年 - ):キャラクターデザイン・[[大友克洋]]
* 夏の辛口トリオ(カップヌードル・[[どん兵衛]]・[[日清焼そばU.F.O.|UFO]])「夢の共演」篇(2006年):タケル(キャラクターデザイン・大友克洋、声:[[浪川大輔]])のみ([[中居正広]]、[[松浦亜弥]]と共演〈両者とも実写〉)
* 夏の辛口トリオ(カップヌードル・[[どん兵衛]]・[[日清焼そばU.F.O.|UFO]])「夢の共演」篇(2006年):タケル(キャラクターデザイン・大友克洋、声:[[浪川大輔]])のみ([[中居正広]]、[[松浦亜弥]]と共演〈両者とも実写〉)
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=== その他 ===
=== その他 ===
* [[ガンヘッド]](作、実写作品、1989年)
* [[ガンヘッド]](作、実写作品、1989年)
*オリジナルの肝(Web配信番組、2008年)
*オリジナルの肝(Web配信番組、2008年)
*[[ガンダムビルドダイバーズRe:RISE]](制作元請:[[SUNRISE BEYOND]]、企画・作、2019年 - 2020年)
*[[ガンダムビルドダイバーズRe:RISE]](制作元請:[[SUNRISE BEYOND]]、企画・作、2019年 - 2020年)
*[[ガンダムビルドダイバーズ バトローグ]](制作元請:SUNRISE BEYOND、企画・作、2020年)
*[[ガンダムビルドダイバーズ バトローグ]](制作元請:SUNRISE BEYOND、企画・作、2020年)


== 同社スタッフが独立・起業した会社 ==
== サンライズのスタッフが独立・起業した会社 ==
* [[スタジオディーン]](1975年3月設立)(1977年10月にデビュー)(長谷川洋、もちだたけし)
* [[スタジオディーン]](1975年3月設立)(1977年10月にデビュー)(長谷川洋、もちだたけし)
* [[スタジオダブ]](1983年1月設立)(1983年1月にデビュー)(八幡正)※2019年に経営権を譲渡しBNPいわきスタジオとなる。
* [[スタジオダブ]](1983年1月設立)(1983年1月にデビュー)(八幡正)※2019年に経営権を譲渡しBNPいわきスタジオとなる。

2021年4月27日 (火) 17:15時点における版

株式会社サンライズ
SUNRISE INC.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
167-0023
東京都杉並区上井草二丁目44番10号
北緯35度43分30.0秒 東経139度36分17.8秒 / 北緯35.725000度 東経139.604944度 / 35.725000; 139.604944座標: 北緯35度43分30.0秒 東経139度36分17.8秒 / 北緯35.725000度 東経139.604944度 / 35.725000; 139.604944
設立 1972年9月
業種 情報・通信業
事業内容 テレビシリーズ・ビデオ・劇場映画の企画・製作、CG・ゲーム等キャラクタービジネス全般
代表者 代表取締役社長 浅沼誠
資本金 3億円
純利益 48億4800万円(2020年3月期)[1]
総資産 299億3900万円
(2020年3月31日現在)[1]
従業員数 293名(2021年4月1日現在)
決算期 3月31日
主要株主 株式会社バンダイナムコホールディングス 100%(2019年3月31日現在)
主要子会社 株式会社サンライズミュージック
株式会社バンダイナムコピクチャーズ
株式会社SUNRISE BEYOND
株式会社Evolving G
関係する人物 佐々木新(常務取締役)
正木直也(取締役)
外部リンク www.sunrise-inc.co.jp ウィキデータを編集
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株式会社サンライズ: SUNRISE INC.)は、日本のアニメ制作会社バンダイナムコグループ傘下のグループ企業であり、日本動画協会正会員でもある。

沿革

創業

1972年、経営難に陥った旧虫プロダクション(虫プロ)から独立した営業・制作畑のスタッフが中心となって、有限会社サンライズスタジオという名で創業。

虫プロの制作・営業部門に所属していた岸本吉功、伊藤昌典、山浦栄二、渋江靖夫、岩崎正美、沼本清海、米山安彦の7名[注 1]が設立メンバーである。手持ちの資金がなかったことから、同年、虫プロ作品で音響を担当していた東北新社に出資を仰ぎ[2]、サンライズ創業者との共同出資により株式会社創映社を設立。創映社が企画と営業を行い、アニメの実制作はサンライズスタジオで行なう体制が取られた[3]。そのため、当初の営業・制作スタッフはサンライズスタジオと創映社に同時に在籍する状態であったが、創映社自体は東北新社の子会社で下請けの存在だったため、この当時に制作した作品の著作権表示は全て「©東北新社」となっている。

本社が設立された1972年は、彼らの独立元ともいえる虫プロ(旧虫プロ)や、その関連・子会社の経営難や労働争議が表面化しつつあった頃でもあった。これは企業の成り立ちや手塚の意向、および経営方針がゆえに「アニメーターにあらずんば人にあらず」と言われる程に、アニメーター偏重の作品作りが最優先される企業風土となったことで、合理的で適切な企業運営ができなかったことが主な要因となったものであった。

創業メンバーは、旧虫プロが倒産直前の末期的様相を呈する前に独立した面々ではあるものの、同社の内情と体質的な問題を組織内部から見て知る者たちでもあり、この企業体質がサンライズスタジオの経営における大きな教訓として、現在まで受け継がれている。すなわち、サンライズにおける「クリエーターが経営陣に入ってはいけない」という経営ポリシーの確立である[4]。そのため創業以来、自社スタジオは構える一方で、制作進行管理業務以外の実制作作業は外注スタッフがほぼ全てを担っており、既に50年近い歴史を持つ企業でありながら、サンライズ一筋のプロパー正社員として監督を務めた人物もいない[注 2]。これもまた、アニメ制作に必要なスタッフや、専門職の大半を自社で正規雇用として抱え続けたために、昇給・人件費増加・社内ポストなどの問題が解決できずに労働争議に至って破綻した、旧虫プロの反省でもあった。その様な意味において言えば、サンライズでヒット作を手掛けてその名を知られる富野由悠季高橋良輔などの監督や、塩山紀生安彦良和木村貴宏などの著名アニメーターもあくまで外注スタッフに過ぎず、クリエイターは携わっても作品単位での企画・制作までにとどまっている。

また、創業当初の経営陣はアニメの作品性も重視する一方、それ以上に必要に応じた外注の多用などコスト削減や各種版権収入なども含めて、総合的な採算確保を図り健全経営を維持することを最重視する経営方針を打ち出した。玩具の商品企画のタイアップを、アニメ企画の起点と主軸に据える作品構築のシステムを採用していたことも、今日に至るサンライズを形成した重要な特徴の一つである[5]。この背景には、「資金のない弱小プロダクション故に人件費を負担できない」[6]漫画原作の著作権翻案権)を得るために必要な予算が捻出できない、などといった経営初期に抱えていた資金面にまつわる事情がある。一方で出版物を原作とした作品の場合、アニメ雑誌が記事に取り上げる際、著作権者の意向という形で誌面の素材として使用したい映像の使用許諾が得られなかったり、ページ数の制限が付きまとうことが多く、サンライズ作品におけるオリジナル企画の多さは、1980年代を中心にアニメ雑誌においてメインに据えられ、大きく取り扱われる要因となった[7]

日本サンライズ時代

1976年11月に東北新社傘下から離脱。株式会社日本サンライズに改組・商号変更し、東映本社作品と円谷プロ作品のアニメーション制作を下請けするようになる。一説には利益の配分を巡る喧嘩別れとも言われており[8]、サンライズの飯塚正夫によると、『ゼロテスター』や『勇者ライディーン』などで得た利益はすべて東北新社に行っており、彼らは給料が上がらず不満が溜まっていたという[9]。翌1977年の『無敵超人ザンボット3』にて初めて自社企画制作作品を世に送り出す。1979年制作の『機動戦士ガンダム』とその後の劇場用作品により、アニメ業界にリアルロボットブームを興した。

1981年、初代社長の岸本吉功が死去。当時まだ40代であったが、激務が祟り身体を壊したものであったという[10]。岸本の死を受け、第2代社長に伊藤昌典が就任。

1985年にはオリジナルビデオアニメ(OVA)に進出。OVAという体裁を取っているものの、サンライズ制作のそれにおいて全くのオリジナル企画は少なく、『装甲騎兵ボトムズ』のようなテレビシリーズで人気を得た作品の続編や、『機甲猟兵メロウリンク』のようにその延長線上にある企画という基本方針を取っている。

株式会社サンライズ

1987年6月株式会社サンライズに商号変更し、第3代社長に山浦栄二が就任する。この商号変更と山浦の社長就任に伴い、従来のオリジナル企画主体の路線から転換し、『ミスター味っ子』『シティーハンター』『バツ&テリー』などを端緒に、原作付き作品を手がけることが増えていった。

またこの頃は、『ガンダム』に端を発したリアルロボットブームが下火になりつつあった時期でもあり、その火付け役であったサンライズもまた『機甲戦記ドラグナー』を最後に、リアルロボット系作品に依存した体制からも一旦脱却。玩具メーカーとのタイアップのオリジナル企画においても、『魔神英雄伝ワタル』を機に子供がロボットに乗る、もしくはロボットと友情を育むことで敵を倒すロボットアニメをてがけた他、『鎧伝サムライトルーパー』の関連作品の成功を受ける形で、容姿端麗な美少年が特殊アーマーを装着する鎧ものが幅を利かせた。

1990年代前半には、当時のガンダムよりも下の年齢層をメインターゲットとした『勇者シリーズ』が商業的な成功を収めるなど、元々得意とするオリジナル作品も堅調に推移した。

バンダイ・ナムコ傘下のグループ企業へ

1994年4月1日バンダイによる資本参加を受けて同社傘下のグループ企業となる。これに伴い経営陣も刷新され、以降の経営上層部の人材は松本悟のように、主にバンダイの送り込んだ人物が占める様になっていった。

川口克己によると、バンダイグループ内部には出資した作品のマーチャンダイジングの成功・不成功の判断基準として、『ガンダム』シリーズを指標に用いる向きがあり、同シリーズと同程度の売上でないと作品として成功とは見なされないことから、自然とガンダムに偏重していく傾向があるという[11]。サンライズ作品に限らず、「ロボットアニメはガンダムに淘汰される」という見方すらある[12]。このため勇者シリーズが終了した1990年代末以降はサンライズ自身でさえ、少年向け・低年齢層向けのロボット物のオリジナルアニメ作品を発表する機会にはなかなか恵まれなくなった。

またバンダイグループ(バンダイナムコグループ)は、版権・キャラクター関連のビジネスでは長年の業界最大手として豊富なノウハウを持っているが、その裏返しとして同社が関与する作品において、版権や制作体制全般の管理が極めて厳しく徹底されることでも知られている。サンライズもバンダイグループ入りの後はその例に漏れず、版権ビジネスだけではなく作品出演の声優や原作者・監督などのメディア出演についても、管理がより強化・徹底されるようになっていった。

以後の沿革・歴史は下記にて年代ごとに記載。

2000年代

2007年にバンダイが旧ナムコ(以下、「旧」は省略)と経営統合し、バンダイナムコグループを設立したことで、ナムコ系テレビゲーム作品とのタイアップが増える。一例としては同年に制作された、『THE IDOLM@STER』を原案とした『アイドルマスター XENOGLOSSIA』、2008年制作の『テイルズ オブ ジ アビス』のアニメ版などが挙げられる。それとは対象的に、かつての主軸でもあった玩具をメインとしたコンテンツとのタイアップ作品は、2004年の『陰陽大戦記』以降は激減した。ガンダム以外のオリジナルロボット作品についても、『コードギアス』シリーズや『ゼーガペイン』など、少数に留まる(ただし、この2作については初動から10年経過した2010年代でも適宜シリーズの展開が続いている)。

2010年代

2010年代には、自社参加・読者参加企画発祥のメディアミックス作品『ラブライブ!』が大ヒットを飛ばしたことを筆頭に、以前よりも更に様々なジャンルの作品を手がける様になった。

2015年4月1日、キッズ・ファミリー向け作品などの一部の制作部門を分社した、株式会社バンダイナムコピクチャーズが設立される(事前発表は同年2月12日。以下「BNP」と略す場合あり)。社長はサンライズ社長の宮河恭夫が兼任する。これ以降のサンライズは、ハイターゲット向けの作品を中心とした制作体制に特化することとなる。

2016年9月、サンライズ内部で独自に立ち上げた、非映像系オリジナル作品(主に小説)を発信するwebサイト「矢立文庫」をスタート。

2017年9月、創業45周年を迎える。

2018年11月20日ジーベックのポストプロダクション部門を除く映像制作事業を譲受すると発表。その後同社の撮影部門、練馬スタジオ、仕上部門および過去作品の著作権を除くアニメーション作画・制作管理部門の譲受に変更された。これを受けて、2019年3月1日付で新会社「株式会社SUNRISE BEYOND」(サンライズビヨンド)を設立し、4月1日付で同社にこれらの事業が継承された[13][14][15][16]

2019年4月1日、宮河恭夫のバンダイナムコエンターテインメント社長就任に伴い、専務取締役の浅沼誠が社長に就任[17]

2020年代

2021年3月1日、半世紀近くに及ぶサンライズの過去作(BNPに移管したシリーズ作品、およびガンダムシリーズなど別途ポータルサイトのある作品以外が中心)と、その関連情報をエンタメ的にアーカイブするサイト「サンライズワールド」を開設。これと連動する形でYouTubeに開設されていた「サンライズチャンネル」にて、『無敵超人ザンボット3』を始めとした1970 - 1990年代初めごろまでの過去作を、いくつか期間限定で全話プレミア無料配信開始(毎週1~2話づつの更新)。

制作作品

サンライズで制作されている作品は、全部で12箇所のスタジオが母体となっている[注 3]2015年4月にバンダイナムコピクチャーズが設立されて以降は、これらのスタジオの一部は同社に移管されている。
以下、☆印の付記されたものは、バンダイナムコピクチャーズ設立時に同社に移管された作品・シリーズを指す。

テレビアニメ

シリーズ単位

1970年代

開始年 放送期間 タイトル 制作スタジオ 備考
1972年 10月 - 1973年3月 ハゼドン 第1スタジオ
1973年 10月 - 1974年12月 ゼロテスター 制作元請:東北新社
1975年 4月 - 1976年3月 勇者ライディーン
4月 - 12月 ラ・セーヌの星 第2スタジオ
10月 - 1976年3月 わんぱく大昔クムクム 第1スタジオ 制作元請:ITCジャパン
1976年 10月 - 1977年3月 恐竜探険隊ボーンフリー 制作元請:円谷プロ
4月 - 5月 超電磁ロボ コン・バトラーV 制作元請:東映〈本社〉
10月 - 1977年9月 ろぼっ子ビートン 第3スタジオ 制作元請:東北新社
1977年 6月 - 1978年3月 超電磁マシーン ボルテスV 第2スタジオ 制作元請:東映〈本社〉
10月 - 1978年3月 無敵超人ザンボット3 第3スタジオ
1978年 3月 - 1979年1月 魔女っ子チックル 第2スタジオ 制作元請:東映〈本社〉、ネオメディア・風プロダクションと共同
4月 - 1979年1月 闘将ダイモス 制作元請:東映〈本社〉
6月 - 1979年3月 無敵鋼人ダイターン3 第1スタジオ
1979年 7月 - 1980年3月 科学冒険隊タンサー5 第5スタジオ
4月 - 1980年3月 ザ☆ウルトラマン 第4スタジオ 制作元請:円谷プロ
3月 - 1980年3月 サイボーグ009 第3スタジオ
未来ロボ ダルタニアス 第2スタジオ

1980年代

開始年 放送期間 タイトル 制作スタジオ
1980年 2月 - 1981年1月 無敵ロボ トライダーG7 第2スタジオ
5月 - 1981年1月 伝説巨神イデオン 第1スタジオ
1981年 1月 - 1982年1月 最強ロボ ダイオージャ 第2スタジオ
10月 - 1983年3月 太陽の牙ダグラム 第1スタジオ
1982年 2月 - 1983年1月 戦闘メカ ザブングル 第2スタジオ
5月5日 白い牙 ホワイトファング物語 白い牙班
1983年 2月 - 1984年1月 聖戦士ダンバイン 第2スタジオ
4月 - 1984年3月 装甲騎兵ボトムズ 第1スタジオ
10月 - 1984年9月 銀河漂流バイファム 第3スタジオ
1984年 2月 - 1985年2月 重戦機エルガイム 第2スタジオ
4月 - 9月 巨神ゴーグ 第4スタジオ
10月 - 1985年3月 機甲界ガリアン 第1スタジオ
10月 - 1985年4月 超力ロボ ガラット 第3スタジオ
1985年 7月 - 12月 ダーティペア 第4スタジオ
10月 - 1986年6月 蒼き流星SPTレイズナー 第3スタジオ
1987年 2月 - 1988年1月 機甲戦記ドラグナー 第7スタジオ
10月 - 1989年9月 ミスター味っ子[19]
1988年 4月 - 1989年3月 鎧伝サムライトルーパー 第2スタジオ
1989年 3月 - 1990年1月 獣神ライガー
4月 - 1990年3月 魔動王グランゾート 第7スタジオ
10月 - 1990年9月 機動警察パトレイバー 第1スタジオ

1990年代

開始年 放送期間 タイトル 制作スタジオ 備考
1990年 4月3日 オバタリアン 第3スタジオ
1991年 3月 - 12月 新世紀GPXサイバーフォーミュラ 第7スタジオ
4月 - 12月 機甲警察メタルジャック 実制作はスタジオディーン
1992年 1月 - 12月 ママは小学4年生 第2スタジオ
1993年 4月 - 1994年3月 疾風!アイアンリーガー 第3スタジオ
1994年 死にぞこない係長
4月 - 1995年3月 覇王大系リューナイト 第1スタジオ
1995年 闇夜の時代劇 新規事業部
4月 - 9月 獣戦士ガルキーバ 第3スタジオ
1996年 3月3日 沈黙の艦隊
4月 - 9月 天空のエスカフローネ 第2スタジオ
7月 - 1997年3月 ガンバリスト!駿 第5スタジオ
10月 - 1997年6月 超者ライディーン 第8スタジオ
1998年 1月 - 6月 星方武侠アウトロースター 第10スタジオ
3月 - 10月 銀河漂流バイファム13 バイファムスタジオ
4月 - 1999年6月 カウボーイビバップ[20] 第2スタジオ
4月 - 7月 センチメンタルジャーニー 第6スタジオ
4月 - 11月 ブレンパワード 第1スタジオ
DTエイトロン 第5スタジオ
10月 - 1999年3月 ガサラキ 第9スタジオ
1999年 4月 - 9月 ベターマン 第7スタジオ
4月 - 6月 星方天使エンジェルリンクス 第10スタジオ
4月 - 12月 イソップワールド イソップスタジオ
10月 - 2000年3月 無限のリヴァイアス 第9スタジオ
10月 - 12月 セラフィムコール 第8スタジオ
10月 - 2000年1月 THE ビッグオー 第6スタジオ

2000年代

開始年 放送期間 タイトル 制作スタジオ 備考
2000年 2月 - 2001年9月 ニャニがニャンだー ニャンダーかめん 第8スタジオ 初のデジタル制作作品
7月 - 2001年2月 BRIGADOON まりんとメラン 第7スタジオ
DINOZAURS : THE SERIES 第10スタジオ 海外用作品
10月 - 2001年6月 GEAR戦士電童
10月 - 2001年3月 アルジェントソーマ 第9スタジオ
2001年 10月 - 2003年1月 激闘!クラッシュギアTURBO 第10スタジオ
4月 - 9月 Z.O.E Dolores, i 第6スタジオ
7月 - 12月 スクライド 井荻スタジオ
2002年 9月 - 2003年3月 OVERMANキングゲイナー
7月 - 12月 Witch Hunter ROBIN 第7スタジオ
2003年 1月 - 4月 THE ビッグオー second season 第6スタジオ
1月 - 2004年1月 出撃!マシンロボレスキュー D.I.D.スタジオ
10月 - 2004年4月 プラネテス 井荻スタジオ
2月 - 2004年1月 クラッシュギアNitro 第10スタジオ
4月 - 2004年3月 無限戦記ポトリス 第8スタジオ
2004年 9月 - 2005年3月 舞-HiME
10月 - 2006年3月 焼きたて!!ジャぱん 第1スタジオ
9月 - 2005年9月 陰陽大戦記 第10スタジオ
2005年 2月 - 2007年1月 まじめにふまじめ かいけつゾロリ 第5スタジオ
8月 ほとり〜たださいわいを希う。〜 荻窪スタジオ
10月 - 2006年3月 CLUSTER EDGE 第1スタジオ
舞-乙HiME 第8スタジオ
2006年 4月 - 9月 ゼーガペイン 第9スタジオ
10月 - 2007年3月 コードギアス 反逆のルルーシュ 井荻スタジオ
10月 - 2008年2月 結界師 第1スタジオ
10月 - 2007年4月 幕末機関説 いろはにほへと 第7スタジオ
2007年 2月 - 2008年1月 古代王者 恐竜キング Dキッズ・アドベンチャー 第10スタジオ
4月 - 9月 アイドルマスターXENOGLOSSIA(ゼノグラシア) 第8スタジオ
7月28日 コードギアス 反逆のルルーシュ 井荻スタジオ 24・25話
2008年 2月 - 8月 古代王者 恐竜キング Dキッズ・アドベンチャー 翼竜伝説 第10スタジオ
4月 - 9月 コードギアス 反逆のルルーシュR2 井荻スタジオ
10月 - 2009年3月 テイルズ オブ ジ アビス 第1スタジオ
2009年 1月 - 6月 宇宙をかける少女 第8スタジオ
黒神 The Animation 第11スタジオ
12月 ヒピラくん 荻窪スタジオ

2010年代

開始年 放送期間 タイトル 制作スタジオ 備考
2011年 4月 - 9月 TIGER & BUNNY 第6スタジオ
7月 - 9月 セイクリッドセブン 第7スタジオ
10月 - 12月 境界線上のホライゾン 第8スタジオ
10月 - 2012年4月 ファイ・ブレイン 神のパズル 第1シリーズ 第10スタジオ
2012年 1月 - 3月 男子高校生の日常 第9スタジオ
4月 - 9月 ファイ・ブレイン 神のパズル 第2シリーズ 第10スタジオ
4月 - 6月 夏色キセキ 第11スタジオ
4月 - 9月 アクセル・ワールド 第8スタジオ
7月 - 9月 貧乏神が! 第9スタジオ
境界線上のホライゾンII 第8スタジオ
10月 - 2016年3月 アイカツ! 第9スタジオ[21]→第5スタジオ -2016年、50話までの実制作はテレコム・アニメーションフィルム、☆
2013年 4月 - 6月 革命機ヴァルヴレイヴ 練馬スタジオ[22] 1stシーズン
10月 - 12月 2ndシーズン
10月 - 2014年3月 ファイ・ブレイン 神のパズル 第3シリーズ 第10スタジオ
2014年 1月 - 3月 バディ・コンプレックス 第8スタジオ
9月 完結編
9月 - 2015年10月 トライブクルクル 実制作は亜細亜堂、☆
10月 - 2015年3月 クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 練馬スタジオ
2016年 10月 - 2017年4月 クラシカロイド
10月 - 12月 マジきゅんっ!ルネッサンス
2018年 4月 - 9月 異世界居酒屋〜古都アイテーリアの居酒屋のぶ〜
9月 - 12月 DOUBLE DECKER! ダグ&キリル

2020年代

開始年 放送期間 タイトル 制作スタジオ 備考
2020年 4月 - 6月 波よ聞いてくれ
2021年 SCARLET NEXUS

劇場アニメ

1980年代(劇場)

1990年代(劇場)

2000年代(劇場)

2010年代(劇場)

2020年代(劇場)

OVA

※テレビシリーズの総集編はほぼ除外

1980年代(OVA)

1990年代(OVA)

2000年代(OVA)

2010年代(OVA)

Webアニメ

パイロット作品

ドラマ

TVCM

特記のない限り、いずれも日清食品のCM。

PV

ゲーム

制作協力

その他

サンライズのスタッフが独立・起業した会社

  • スタジオディーン(1975年3月設立)(1977年10月にデビュー)(長谷川洋、もちだたけし)
  • スタジオダブ(1983年1月設立)(1983年1月にデビュー)(八幡正)※2019年に経営権を譲渡しBNPいわきスタジオとなる。
  • ライフワーク(1984年設立)(1985年4月にデビュー)(神田豊、豊住政弘)※現在は解散
  • スタジオたくらんけ(1987年9月設立)(1987年9月にデビュー)(近藤康彦、山田浩之)
  • スタジオガゼル(1993年9月設立)(佐藤郁夫)
  • BONES(1998年10月設立)(2000年6月にデビュー)(南雅彦
  • マングローブ(2002年2月設立)(2004年5月にデビュー)(小林真一郎、河内山隆)※2015年9月29日に債務日付けで事業を停止
  • A-1 Pictures(2005年5月設立)(2006年4月にデビュー)(植田益朗、岩田幹宏)
  • ブリッジ(2007年8月設立)(2007年9月にデビュー)(大橋千恵雄)
  • おっどあいくりえいてぃぶ(2011年2月設立)(古里尚丈
  • ヤオヨロズ(2013年8月設立)(2013年10月にデビュー)(たつき)※2020年に解散しアニメーション事業は8millionへ移管・統合。
  • 武右ェ門(2014年4月設立)(髙山清彦)※練馬スタジオの 元・3DCGスタッフ。

歴代代表取締役社長

  1. 岸本吉功[24]
  2. 伊藤昌典
  3. 山浦栄二
  4. 吉井孝幸(1994年)- 吉井歌奈子の父
  5. 内田健二(2008年4月25日)
  6. 宮河恭夫(2014年4月1日)
  7. 浅沼誠(2019年4月1日)

ラジオ番組

関連人物

演出家

アニメーター

キャラクターデザイナー

キャラクター作画監督

メカ作画監督

その他のアニメーター

メカニックデザイナー

脚本家・小説家

制作・企画

その他

関連項目

脚注

注釈

  1. ^ 『アニメージュ』1981年12月号28ページの「小史日本サンライズ」や、岡島正晃・あさのまさひこ・中島紳介『ボトムズ・アライブ』(太田出版・2000年)p204など、設立メンバーを8名とする資料もある。
  2. ^ ただし、福田己津央小原正和のように、サンライズでアニメ制作のキャリアをスタートし、フリーランスになった後も名義のある仕事の大半はサンライズ作品で行い、サンライズ制作作品の監督を務めた人物はいる。
  3. ^ それぞれに「第1スタジオ」などと数字が割り振られることが多く、略して「1スタ」などと呼ぶこともある。
  4. ^ 5thシーズン以降は第6スタジオ以外のスタッフも参加するようになった。

出典

  1. ^ a b 第44期決算公告、2020年(令和2年)5月29日付「官報」(号外第106号)158頁。
  2. ^ Web現代「ガンダム者」取材班編集「第5章 企画 飯塚正夫 《アトムの革命》」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』講談社、2002年10月9日、ISBN 4-06-330181-8、230頁。
  3. ^ 天本伸一郎編「第2章/サンライズ黎明期 山浦栄二 インタビュー」『富野由悠季 全仕事』キネマ旬報社〈キネ旬ムック〉、1999年6月9日、ISBN 4-906649-00-9、112頁。
  4. ^ Web現代「ガンダム者」取材班編集「序章 サンライズ取締役社長 吉井孝幸 《アニメーションにおけるニッチ産業》」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』9-10頁。
  5. ^
    • 「いま、映画機動戦士ガンダムに燃える日本サンライズ PART4 座談会」『アニメージュ』1981年1月号、p114-p115。山浦栄二取締役企画部長(当時)の発言による。
    • 中島紳介、斎藤良一、永島収『イデオンという伝説』太田出版、1998年、p104.
    • Web現代取材班「第5章 飯塚政夫」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』講談社、2002年、p248-p249。
  6. ^ Web現代取材班「第1章 安彦良和」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』(講談社・2002年)p72。
  7. ^ 中島紳介、斎藤良一、永島収『イデオンという伝説』太田出版、1998年、p174-p176
  8. ^ 「ロングインタビュー 安彦良和」『キネマ旬報別冊 動画王』Vol.7(キネマ旬報社・1998年)p174.
  9. ^ Web現代「ガンダム者」取材班 ガンダム者―ガンダムを創った男たち 講談社 2002年
  10. ^ 市報松江12月号(2010年)
  11. ^ 柿沼秀樹、加藤智「ガンプラシーン回顧対談 1980〜2007 川口克己×柿沼秀樹」『バンダイ キャラクタープラモ年代記 鉄人からヤマト、ガンダムまで』学習研究社、2007年4月3日、ISBN 978-4-05-403282-8、161頁。
  12. ^ Great Mechanics 5 双葉社 2002年
  13. ^ 連結子会社の事業譲渡に関するお知らせ、株式会社IGポート、2018年11月20日
  14. ^ 新規IP創出および既存IPのイノベーションに向けて制作力を強化!株式会社ジーベック映像制作事業譲受に関するお知らせ、サンライズ、2018年11月20日
  15. ^ 連結子会社株式会社ジーベックの事業譲渡に伴う組織再編 及び制作中の同社原作アニメーションについて、株式会社IGポート、2019年1月7日
  16. ^ サンライズが新会社「SUNRISE BEYOND」設立 本社は現ジーベック”. アニメーションビジネス・ジャーナル. 2019年3月23日閲覧。
  17. ^ 【人事】サンライズ社長の宮河恭夫氏がバンダイナムコエンターテインメントの社長に4月1日付で就任 宮河氏の後任は専務の浅沼誠氏に”. Social Game Info (2019年2月6日). 2019年2月7日閲覧。
  18. ^ 新作TVアニメ「ケロロ」2014年春 アニマックスにて放送開始予定 “ケロロ軍曹”誕生日に重大発表!”. イード アニメ!アニメ! (2013年12月9日). 2013年12月15日閲覧。
  19. ^ “ストーリー”. アニメ『ミスター味っ子』公式サイト. https://www.sunrise-inc.co.jp/ajikko/story/index.html 2020年12月4日閲覧。 
  20. ^ カウボーイビバップ : 作品情報”. アニメハック. 2020年12月3日閲覧。
  21. ^ 木村隆一のTwitter 2012年11月15日 2:38の発言、2012年12月10日閲覧。
  22. ^ アニメ質問状 : 「革命機ヴァルヴレイヴ」 設定的な秘密が次第に明らかに……”. 毎日新聞デジタル まんたんウェブ (2013年6月22日). 2013年12月15日閲覧。
  23. ^ 内田真礼&内田雄馬が幼なじみ役で共演 制作はサンライズ 日野自動車のアニメーション動画「あの日の心をとらえて」が公開. YouTube・maidigitv. 株式会社MANTAN. 23 October 2019. 2021年3月21日閲覧
  24. ^ 岸本吉㓛とも表記

外部リンク