園田英樹

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園田 英樹(そのだ ひでき、1957年 - )は、日本脚本家演出家小説家佐賀県鳥栖市出身。

来歴・人物[編集]

佐賀県立鳥栖高等学校卒業。私立探偵になるが、浮気調査に飽きて明治大学政治経済学部に入学。在学中はアングラ演劇に明け暮れ、のちに卒業。「天井桟敷」出身の童話作家・森忠明、劇団「日本」の演出家・三原四郎に脚本・演出を師事。系譜としては寺山修司の孫弟子となる。

テレビアニメの脚本を手がけるようになったのは、森忠明に小山高生を紹介されたことがきっかけである。当初は小山が構成を担当していた「手塚治虫のドン・ドラキュラ」(1982年)で脚本家デビューするはずだったが、担当広告代理店が倒産した影響で番組が打ち切りとなり[1]、本作でのデビューにはならなかった(同じく脚本家の中弘子、照井啓治も園田と同様に当番組でデビューする予定だった)[2]。その後同年の「サイボットロボッチ」でデビューする事となり、以後多くの作品で脚本やシリーズ構成を担当していく。

劇場版ポケットモンスターでは、1998年から2000年にかけて短編作品の脚本を担当。2000年の『結晶塔の帝王 ENTEI』では、首藤剛志と共同という形ながら長編作品の脚本も担当。そして2001年の『セレビィ 時を超えた遭遇』から2014年の『破壊の繭とディアンシー』までの全長編作品の脚本を担当し、2015年では2000年以来15年ぶりに短編作品の脚本を担当した。

また、主宰する劇団帰燕風人舎では演出を担当。鳥栖市立図書館名誉館長も務め定期的にワークショップを開くなど、郷里での活動も多い。

主な作品[編集]

テレビアニメ[編集]

劇場アニメ[編集]

OVA[編集]

テレビドラマ[編集]

特撮[編集]

ゲーム[編集]

舞台[編集]

小説[編集]

映画出演[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ なお、このアニメは日本で最短で打ち切りになったアニメ番組と言われている。
  2. ^ 小山高生「小山高生のだからギャグアニメはやめられない10 幻の名作ドン・ドラキュラ」『アニメージュ』1985年7月号、p.154

外部サイト[編集]