ニュータイプ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

ニュータイプ (Newtype) は、『ガンダムシリーズ』に登場する架空の概念である。新しい人類とされる人間を指すが、もともとの概念が曖昧だったことに加え、作品の規模が広がるにつれて言葉の意味する事象も広がりすぎたため、はっきりとした定義は困難であり、作中でも一種のバズワードとして扱われる。

物語中では、ニュータイプとされる人々は特異な能力を持った人物として描かれることが多い。ニュータイプに対する従来の人類はオールドタイプ (Oldtype) と呼ばれ、やや軽蔑の意味合いを込めて使われるケースも多い。

原作者らのニュータイプ概念の変遷と意図[編集]

富野由悠季の考え[編集]

機動戦士ガンダム』の中盤以降から、『機動戦士Ζガンダム』『機動戦士ガンダムΖΖ』『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』にかけて、中心的テーマとなっている「ニュータイプ」であるが、監督である富野由悠季(喜幸)は最初から明確な概念像を持っていたわけではない[1]。早稲田大学ガンダム研究会は著書『機動戦士ガンダムの機密』で、「最初、ニュータイプは素人がいきなりモビルスーツを操縦できることへの言い訳でしかなかったようだ」と推察している[2]

シリーズ第1作『機動戦士ガンダム』のストーリー中で「ニュータイプ」に関する言及が初めて登場するのは、戦果を重ねる主人公アムロ・レイマチルダ・アジャンが「エスパーかもしれない」と評する場面である。以後、アムロが強敵打倒を重ねるほどに、その理由付けとして「ニュータイプ」のウェイトは増していった。

重要な設定であるはずの「ニュータイプ」の概念が一定しないのは、富野由悠季が『ガンダム』の制作途中でニュータイプの概念を入れたことを、最初は「俺は物凄いことを思いついた」と歓喜していたものの、後に疎ましく思うようになったためである(なお、アムロが超能力者であるという構想は最初から存在していた。メモ書き中に「エスパァかもしれぬ」という記述があり、それは先述したマチルダの台詞からも垣間見える)。特に、ファンの間で「ニュータイプ」という言葉が一人歩きしてしまったことや、高千穂遙の評論の中で『ガンダム』をSF作品として認めない決定的な理由として挙げられたことなどを快く思っていなかったとされる。『ガンダム』以後の富野の創作物(特に小説)では、ニュータイプ概念の肯定と否定が同時に行われているような奇妙な様相を見せている。

失敗という烙印
富野はNHKの番組『トップランナー』に出演した際、「『ニュータイプ』は失敗だった」と明言した。しかし、NTVの『爆笑問題のススメ』にゲスト出演した際、「ニュータイプ」という概念が主題に置かれ、「ニュータイプとは何か」「どうしたらなれるのか」という問いに、彼なりの解釈(「先入観や自分の尺度・概念で人や物事を見ない」など)を用いて答えている。
原作者が新たに見出したニュータイプの結論
富野は今まで結論の出せなかったニュータイプというテーマに対し、2005年・2006年に発表された劇場版『機動戦士Ζガンダム』(新訳Ζ)において「真のニュータイプとは、今までのニュータイプ論で描いた精神的な共感に加えて肉体的な体感を持ち、それらを隣人を大事にするために活かすことができる人である」という結論を描き、新訳Ζにおけるカミーユ・ビダンこそ究極的なニュータイプであると発言している。

安彦良和の考え[編集]

キャラクターデザイナーの安彦良和はニュータイプについて「ジェネレーションの別の謂い」だと発言している。ただ、富野由悠季も『月刊ニュータイプ』創刊号(角川書店・1985)のインタビューで、「結局ニュータイプは世代論でしかないわけです」とほぼ同じ意味の発言をしている。

額に一瞬のパルスが走り、瞬時に敵を倒すエスパー的な描写は、光瀬龍が指摘するように「古すぎる」ものであると認識し、ラストシーンで総てのキャラクターが意識の交感をするくだりをもって、若い世代は総てニュータイプの萌芽を胸に秘め、「百年戦争」のような暗澹たる未来へ終止符を打つ者たち、と定義している。ただしこれは、「今はもうそれぞれのガンダム」と言い切った安彦の私観である。

機動戦士ガンダム THE ORIGIN』での設定
後年、安彦の手掛けた漫画作品『THE ORIGIN』では、ニュータイプは以下のように特徴づけられている。
  • ニュータイプは、常人とかけ離れた強い脳波を発する。
    • この強い脳波によって、ニュータイプ専用兵器である「サイコミュ」を動かすことができる。
    • この強い脳波によって、テレパシーに似た能力を持ち、通信機器を使わずにニュータイプ、またはニュータイプの適性を持つ者同士でコミュニケーションが取れる。
    • さらに覚醒したニュータイプ同士では、深いレベルでの意識の交感が可能となる。
  • ニュータイプは、常人とかけ離れた空間認識力を持つ。
    • これによって、優れたMSパイロットとしての潜在能力を持つ。
  • ニュータイプは、予知能力を持つ。
    • これによって、ルーレットの出目を当てたり(ララァ)、敵の行動や位置を予測して行動したり(アムロ)、不吉な前兆を感知(アムロ、ミライ、レビルなど)できる。

宇宙世紀におけるニュータイプ[編集]

ニュータイプの劇中での描写[編集]

宇宙世紀を世界観とする作品におけるニュータイプとは、ジオン・ズム・ダイクンが提唱する思想「ジオニズム」によって出現が予言された、宇宙に適応進化した新人類の概念である。ダイクンの死後勃発した一年戦争の最中、アムロ・レイララァ・スンらによって現実の存在となった。しかしその能力が戦時下で発現した結果、ダイクンが考えた「お互いに理解し合い、それによって戦争や争いから解放される新しい人類の姿」とは縁遠い、人殺しの道具として利用されることとなってしまう。

ニュータイプは、一般に認識能力の拡大により人並み外れた洞察力・直感力・空間認識能力を持ち、独特のサイコウェーブ(脳波、感応波)を発する。このサイコウェーブによって、離れていても他者やその状況を正確に認識し、意思疎通を行う能力を発揮する。そのため、敵を視認することなく「気配」で探知し、さらにその機動を先読みして攻撃、一方では敵の攻撃を察知して回避するなど、戦闘において圧倒的な力を発揮することになる。認識力の拡大から、「」(=時間)を事象として認識するにまで到った者も、数名(アムロ・レイ、ララァ・スン、バナージ・リンクスフル・フロンタル)のみだが存在している。また、サイコウェーブはミノフスキー粒子に干渉する性質を持ち、圧(殺気、プレッシャー)を受けることで高まる。

能力発現には心身に強いストレスを受けることを必要としているようで、アムロの場合は危機的状況と重圧が長く続いたことや、親しい者との別れや死が契機となっている(両親と生き別れた上に、ランバ・ラルリュウ・ホセイクラウレ・ハモンと立て続けに大切な存在を亡くしており、セイラとミライの場合もほぼ同様)。シャアの覚醒も、ララァを失ったことによるものだった。

人工的に生み出された強化人間も、記憶操作によって強いストレスを与えられている。フォウ・ムラサメは本名や記憶を奪われており、ロザミア・バダムコロニー落としで兄と生き別れたという偽の記憶を植え付けられた。

また、地球圏を遠く離れて暮らす宇宙居留者からは、シャリア・ブルパプテマス・シロッコ(共に木星帰り)、ハマーン・カーンミネバ・ザビ(小惑星アクシズ育ち)といった高い能力を持つ者が生まれている。

「環境に適応した人類」という見方も強く、アムロやミライの場合は民間人であるにもかかわらず戦いに身を投じなければならないという急な変化への対応が居住環境の変化にも繋がっており、シャアとセイラはそれぞれ宇宙から地球へ移住した後に再び宇宙へ移ったことがきっかけであることから、個人の置かれた環境やそれによる精神状態の変化が大きく関わっていると言える。

また、上述したようにシロッコやハマーン、ミネバはアムロやカミーユのように単純に「勘が良い」だけではない、自らの意識を他人の意識にも干渉させるような資質を持っている。シロッコはこの能力を持って死の間際にカミーユの精神を道連れにした。

ダイクンはニュータイプを宇宙生活者であるスペースノイドの進化形としていたが、実際にはアースノイドの中からも多く出現している。ララァはシャアに見出されるまで地球を離れたことはなく、アムロとカミーユも地球で生まれ幼少期を過ごしていた(逆にシャアとセイラは、宇宙生まれの地球育ちである)。つまり、素質自体は誰にでも少なからずあるが、高い能力を発現する者はごく限られている、ということになる。

『Ζガンダム』では、ニュータイプとしての能力が特に秀でた者の肉体、もしくは本人が搭乗しているMSからオーラが迸るような描写がなされた(キャラクターの性格や状態によって描写が違い、怒りに燃えるカミーユの赤いオーラや、キュベレイの背後に悪鬼のように浮かび上がるハマーンの影などがあった)。他にジェリド・メサエマ・シーンも、カミーユやシャアには及ばないながら、僅かにニュータイプとしての資質を見せる描写があった。

また、『Ζガンダム』『ガンダムΖΖ』では、MSに搭載された準サイコミュ機器「バイオセンサー」の力を使うことで、ビーム兵器の出力を過剰に増大させる、攻撃を無効化するバリアを展開する、プレッシャーによって相手MS及びそのパイロットを一時的に行動不能に追い込むといった現象が見られた。これらはあくまでパイロット(戦士)としての戦闘能力であり、ニュータイプの持つ能力の一面的な発現に過ぎない。上述したように、本来のニュータイプ(能力者)とは相互理解のための力であり、洞察力・認識力の拡大による精神的な共感、そして肉体的な体感を隣人を大事にするために活かすことができる人間のことを指す。

カツ・コバヤシなど、パイロットとしての能力が低くともニュータイプの資質を持つ者もいる一方、ジュドー・アーシタやシャアのようにパイロットとしての戦闘能力が高く、なおかつサイコミュを備えた機能を扱えても、ニュータイプとしての資質自体にはやや乏しい者も存在する。よって、パイロットとして超常的な戦闘能力を示すことが、必ずしもニュータイプとして高い能力を持つことを証明するわけではない。

最もニュータイプ能力が高いとされるカミーユにおいては、その共感能力の拡大によって死者の思念を集め自分の精神に同化させ、その力で超常的な現象を引き起こしている。ジュドーもまた死者の思念を集めて超常的な現象を起こし、アムロもサイコフレームの共鳴現象で敵味方なく協力を取り付け、アクシズの地球落下を防いだ。

一年戦争当時、ジオン公国軍では通常では考えられないような能力を発揮したパイロットをニュータイプと捉え、彼らに対応した兵器の開発が為された。その結果、ニュータイプ専用機と呼ばれる新しいタイプの兵器が完成した。また、戦後はそれらの技術が連邦側に接収され、それを元に強化人間等の研究・開発も行われている。

ニュータイプの概念の本質[編集]

ニュータイプは「宇宙空間で生活するようになった人類が、それに対応するために進化していったものである」とされている。元々はジオン・ダイクンが提唱した概念の一つであり、宇宙という広大な生活圏を手に入れた人類は洞察力・認識力が拡大し、肉体的・精神的にあらゆる物事を理解することができ、それが全人類に広がった時こそ、かつてなしえなかった相互理解が可能となる、という主旨であった。

超能力者との違い[編集]

アニメ映画『機動戦士ガンダムII 哀・戦士編』内にて、レビル将軍は軍の公式見解ではなく私見と断った上で、「ニュータイプとは直感力と洞察力に優れた人間と考えている」と述べた。また、『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』では、「ニュータイプ≠超能力者」であると述べている。彼によれば、ニュータイプとは「戦争を必要としない人間」なのだという。

サイキッカー[編集]

機動戦士クロスボーン・ガンダム 鋼鉄の7人』や『機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴースト』、『機動戦士Vガンダム』の頃の時代には、ニュータイプ能力と共に、特殊な能力(ヒーリングテレパシー)を持つ「サイキッカー」と呼ばれる存在が出現している。このサイキッカーとニュータイプが同一の概念で時代の変遷による呼称の変化なのか、ニュータイプの新たな能力の一端なのか詳しい説明はない。各種ゲームなどではニュータイプと同じ扱いであることが殆どである。『Vガンダム』でも、劇中でMS操縦に対してたぐいまれな才能を見せたウッソ・エヴィンリガ・ミリティア内で度々ニュータイプ扱いされていた。

ニュータイプの概念変化[編集]

ジオン・ダイクンが提唱したのを皮切りに、シャア・アズナブルやアムロ・レイなどが世にニュータイプという存在を知らしめた時代から数十年を経た『機動戦士ガンダムF91』の時代・U.C.0123では、ニュータイプという概念そのものが薄れていた。またそれに先立つU.C.0096の『機動戦士ガンダムUC』でも既に、作品世界内の大衆世論は「明確な定義を持たず可能性しか示さないニュータイプに飽き」ており「撃墜王と同義」の認識になっていることがカーディアス・ビストの口から語られている。

U.C.0123時点では、ニュータイプとは「パイロット適性の高い人間」「MSに関するエキスパート」という程度の捉え方が一般的になっており、優秀なニュータイプであるシーブック・アノー本人もそのように考えていた。ただし、ザビーネ・シャルはニュータイプのことを「あるがままを見ただけで、そのものの本質を洞察できる存在」と語っており、本来の意味付けに近いニュータイプ観を受け継いでいる人々も、少数派ながら存在するようである。

さらに原作者の富野由悠季が著述した作品のうち、『ガンダムF91』からさらに80年あまり経った、宇宙世紀では最も遠い未来を描いた『ガイア・ギア』においては、ニュータイプの存在は非常に希少であり、ましてやその能力を発揮するパイロットはほとんどいなかった。ニュータイプ専用機も開発されていたが、それも通常はオールドタイプによりサイコミュを切られ運用されていた。原作小説では「オールドタイプのパイロットにとってサイコミュが危険だったのは、技術が未発達だった過去の話」とされ、劇中ではオールドタイプのパイロットが何の問題もなくサイコミュを使う場面がある(このような背景があるため、『ガイア・ギア』には強化人間が登場しない)。それでも、ニュータイプがサイコミュを使用した方が、オールドタイプが使用する場合に比べ格段に効果が高い。ラジオドラマ版では、オールドタイプのサイコミュ使用は肉体・精神的な障害を引き起こす危険があるとされ、それがサイコミュシステム封印の根拠になっている。

ニュータイプと強化人間[編集]

ニュータイプの超常的な能力を実感した軍は、軍事利用を目的として後天的にニュータイプと同様の能力を持つ兵士を生み出そうと試みた。その所産が強化人間(人工ニュータイプ)である。彼らは、非人道的な肉体改造や投薬、精神調整の結果生み出されたもので、精神的に不安定になったり、本来の人格を壊され異常に攻撃性が強くなったり、偏狭的になったりしている。これとは別に、元々のニュータイプとしての能力を人工的にさらに高める技術も生み出されていた。

ニュータイプと強化人間の間に能力的違いはなく、両者に共鳴は起こる。実体験により段階的に能力を覚醒させるニュータイプと異なり、改造強化で能力を引き出された強化人間は大きな成長が見込めないという点が異なる(むしろ、成長してしまうと扱う側に不都合を生じる)。

アフターウォーにおけるニュータイプ[編集]

アフターウォー(『機動新世紀ガンダムX』)を世界観とする作品におけるニュータイプは、作中で語られる戦後世界においては「人類の新たなる革新」と明確に定義されている。

第7時宇宙戦争以前の地球連邦(旧連邦)は、ニュータイプを積極的に軍事利用し、専用のシステムであるフラッシュシステムやサテライトシステムなどを開発しており、戦況の流れを一変させることができる者にその呼び名を使用していた。

『ガンダムX』では、精神的なショックなどのために「能力を失ったニュータイプ」が登場する。また、第7次宇宙戦争でその全てが命を落とすか再起不能になったため、この世界で人為的によるものではない生まれながらのニュータイプは極めて稀で、作中で登場したのはティファ・アディールアベル・バウアーのみ(共にフラッシュ・システム適合者)である。また、ニュータイプ能力を持つ者は人間に限定されないようで、それと思しき能力を持つ白いイルカが登場した。しかしティファは、アベルが覚醒した際に感じたプレッシャーから、アベルは自分やルチル・リリアントとは違うと感じていた。

『ガンダムX』のニュータイプは宇宙世紀シリーズ以上に「戦争の道具」と見なされており、地球連邦(旧連邦)・宇宙革命軍共にニュータイプ専用機を投入したのみならず、ニュータイプを新兵器の生体部品として利用する研究も行われていた。先の大戦で双方とも壊滅した後もこの傾向は変わらず、新連邦は戦争兵器としてニュータイプを求めていた。宇宙革命軍では、思想統制および選民の道具としてもニュータイプを利用している。

これに対して、ニュータイプ兵士として世界崩壊の引き金を引いてしまったジャミル・ニートは、ニュータイプは新しい時代を切り拓くための存在であるべきだと考え、彼らを保護する活動を始め、当時の宇宙革命軍におけるジャミルのライバルでもあったランスロー・ダーウェルも、後にジャミルの行動に共感を示すようになった。

物語の最終局面で三者はそれぞれ、この世界のファーストニュータイプと呼ばれる存在と接触すべく、月面の「D.O.M.E.」という施設を目指し、そこでファーストニュータイプと呼ばれた存在を内包したD.O.M.E.の意思から、「ニュータイプという概念は人間が作り出したもので、幻想に過ぎない。ニュータイプと呼ばれる者たちは異能者ではあるが、異能力と人類の革新とは別である」というメッセージを受け取る。

異能者であるにも関わらず、専用のシステムを起動させられなかったがゆえにニュータイプと似て異なる「カテゴリーF」なるレッテルを貼られたフロスト兄弟は、その屈辱から両軍首脳を抹殺し、自分たちを否定した世界を滅ぼそうとする。

カテゴリーF[編集]

カテゴリーF( - エフ、Category F)は、ニュータイプの素質がある人間を探していた段階で発見された分類の一つ。ESP的な能力を持ち、一時はニュータイプと持ち上げられたが、フラッシュシステムに適応できないという理由でニュータイプの枠から外され、隅に追いやられる存在となった。「F」はフェイク(fake=紛い物)の頭文字から取られている。

作中ではシャギア・フロストとオルバ・フロストの2人がカテゴリーFに分類された人間として登場し、彼らは物理的距離に関係なく兄弟同士の間だけでテレパシーによる意思疎通・感覚共有を行う「ツインズシンクロニシティ」という能力を持っていた。また、エスタルドでニュータイプ候補とされその試験を兼ねた戦闘に投入された士官たちは全員撃墜、殺傷された後の報告で「カテゴリーF」と判定を受けている。

ゲーム作品では「カテゴリーF」という能力クラスとして表現される場合が多いが、原義ではあくまで「フラッシュシステム非対応の特殊能力保持者ないしは兆候のある者」であり、能力そのものの呼称ではない。

正暦におけるニュータイプ[編集]

正暦(『∀ガンダム』)を世界観とする作品では、過去のニュータイプはみな外宇宙に出ていってしまい、太陽系圏内にはもはや存在しないという設定がある。

その他の作品との関連[編集]

『新機動戦記ガンダムW』[編集]

アニメーション本編には、ニュータイプ、ないしそれに類するような特殊能力者は全く登場しない。他シリーズでのニュータイプ専用装備に類似した遠隔操作兵器「プラネイトディフェンサー」「モビルドールシステム」も、通常の人間が操っている。

漫画版では「ニュータイプ」という単語がはっきり出てきており、ゼクス・マーキスが該当する。ただし、後半ではこの単語は一切使われなくなった。

脚注[編集]

  1. ^ テレビマガジン特別編集「ガンダム誕生の時代 富野由悠季」『機動戦士ガンダム大全集』講談社、1991年4月12日、ISBN 4-06-178412-9、114頁。
  2. ^ (早稲田大学ガンダム研究会=大塚健祐・斎藤篤『機動戦士ガンダムの機密』データハウス・1994)

関連項目[編集]