たつき

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たつき
生誕 日本の旗 日本京都府
住居 日本の旗 日本(現在)
 ケニア(幼少期)
別名 尾本達紀、尾本たつき
職業 アニメーター
団体 ヤオヨロズ
代表作 けものフレンズ(第1期)
てさぐれ!部活もの

たつきは、日本アニメーターアニメーション演出家アニメ監督京都府出身のケニア育ち[1]

同人自主制作アニメーションサークル「irodori」代表。男性。旧名義は尾本達紀尾本たつき(おもと たつき)[2]

経歴[編集]

幼少期はケニアで過ごしており[1]、動物好きで動物を飼っていた[3]

日本に帰国した後に、京都の美術系の大学に進学し[4]サンライズでCGアニメーションの制作を担当した。これと並行して、大学生時代にアニメを自主制作することを思いついたことをきっかけに、当時大学の同期であった伊佐佳久、白水優子と共に自主制作アニメーションサークル「irodori」を立ち上げる[5][4]

その後、サンライズを離れてフリーとなるが、「irodori」の自主制作をきっかけにプロデューサーの福原慶匡コミックマーケットで声をかけ[6]、たつきはヤオヨロズでの制作および立ち上げに関わることになる[6][7]

2017年1月、アニメ『けものフレンズ』で商業作品初監督を務める。

2017年9月25日、アニメ『けものフレンズ』第二期の製作から外されたことを自身のツイッターで公表し[8]、ファンを中心に波紋を広げた。

人物[編集]

趣味は動物のほか、写真撮影、CG制作であり、特にCGについては忙しさに関わらず週に5日、仕事でCGを制作し、残りの2日は趣味でCGを制作している[3]

作品[編集]

尾本達紀名義[編集]

たつき名義[編集]

irodori制作[編集]

  • 眼鏡(2008年 - 2009年、原案、監督、アニメーション監督、コンテ、モデリング、撮影、編集)
  • デスメタルさやかと仏滅(2009年 - 2012年、コンテ、アニメーション)
  • たれまゆ(2010年、監督、作画、撮影)
  • ケムリクサ(2010年 - 2012年、監督、アニメーション)
  • らすとおんみょう(2013年 - 2015年、監督、アニメ)

タツノコプロ制作[編集]

ヤオヨロズ制作[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b けものフレンズプロジェクトA 2017a, p. 18.
  2. ^ 2013アドバンス参加クリエイター”. 東京国際アニメフェア2013. 2017年6月23日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年5月2日閲覧。
  3. ^ a b すごーい!の連続、『けものフレンズ』チームに3万字インタビュー”. アニメイトタイムズ (2017年3月4日). 2017年5月2日閲覧。
  4. ^ a b けものフレンズプロジェクトA 2017b, p. 18.
  5. ^ ネットは「アニメの全体」学べる小さな社会 「眼鏡」監督に聞く(3/5)”. ASCII.jp (2010年6月26日). 2017年5月2日閲覧。
  6. ^ a b 最終回直前「けものフレンズ」福原P「『ツチノコはいません』と言われたらぶち壊し」”. exciteニュース (2017年3月27日). 2017年5月2日閲覧。
  7. ^ fukuhara_ystd (2014年1月15日). "ちょい前に石ダテさんもツイートしてたけど、石さんとたつき君とでヤオヨロズというアニメスタジオ作りました!いつまでもこのメンバーでアホな事やってけるように頑張りますね!皆さん僕らに飽きるまでお付き合いしてもらえたら幸せです。" (ツイート) – Twitterより. 
  8. ^ irodori7 (2017年9月25日). "突然ですが、けものフレンズのアニメから外れる事になりました。ざっくりカドカワさん方面よりのお達しみたいです。すみません、僕もとても残念です" (ツイート) – Twitterより. 
  9. ^ 2017年5月26日、シリーズ構成・脚本については田辺茂範より変更された。詳細はけものフレンズ (アニメ)#スタッフクレジットの修正を参照。

参考文献[編集]

  • けものフレンズプロジェクトA (2017年3月25日), けものフレンズ BD付オフィシャルガイドブック 1, KADOKAWA, ISBN 978-4-04-105444-4 
  • けものフレンズプロジェクトA (2017年4月26日), けものフレンズ BD付オフィシャルガイドブック 2, KADOKAWA, ISBN 978-4-04-105449-9 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]