藤田陽一

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藤田 陽一(ふじた よういち、1978年 - )は、日本男性アニメーション演出家アニメ監督

経歴・人物[編集]

幼少時代から西宮ラグビー少年団でラグビーを始める、小学校、高校、社会人(クラブチーム)とプレーしていた。

中学校時代はラグビー部がなかった為バレーボール部に入部、ポジションはベンチ。

高校は地元の公立高校、兵庫県立西宮南高校に進学、公立校から花園を目指したが惜しくも県大会準決勝で敗れた。ポジションは主にHOだがたまにFB(キッカーもつとめた)、高校時代のチームメイトとは今も毎年年末にバカ話を肴に酒を呑み1年を締めくくるのがお決まりのルーティーン。

ラグビー部在籍時の先輩に俳優の松尾諭がおり、卒業後も前述の集まりで顔を合わせている。

高3の文化祭でトリオ漫才を披露したことがある、コンビ名は「アップル通信」、下ネタまじりのマニアックな笑いセンスで先生も生徒も熱狂した伝説のネタだった。

2000年サンライズに入社(現在はフリー)。『犬夜叉』で制作進行を務めながら、演出助手を経て『陰陽大戦記』の第3話「白虎激突」で演出デビュー。その後、『CLUSTER EDGE』や『結界師』に演出として参加した後、2006年の『銀魂』に参加[1]

第88話「合コンは始まるまでが一番楽しい」 - 第99話「人生もゲームもバグだらけ」までの監督補を経て、2008年の第100話「好かれないものほど愛おしい」で初監督を果たす。2015年の第265話「ドッグフードは見た目より味がうすい」まで宮脇千鶴に交代するまで約6年間に渡って監督を務めた。

シュールでハジけたギャグを得意とする。

かつて存在したクラブ「ACID PANDA CAFE」の常連であり、店長を務めていた高野政所と親交がある。

銀魂の監督時代に高野のPodcast番組『アシッドたんぱ大放送』にゲスト出演しており、高野の「DJ JET BARON」名義のデビューアルバムや著書「前科おじさん」にもコメントを寄せている[2]

参加作品[編集]

2000年

2004年

2005年

2006年

  • 結界師(絵コンテ、演出)
  • 銀魂監督[3]、絵コンテ、演出、OP/ED演出)

2010年

2011年

  • 銀魂'(監督、絵コンテ、演出、OP/ED演出)

2012年

  • 貧乏神が!監督、絵コンテ、OP演出)
  • 銀魂' 延長戦(監督、絵コンテ、OP/ED演出)

2013年

2014年

2015年

2016年

2017年

  • おそ松さん第2期(監督
  • 銀魂.(監修)

2019年

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]