宇治朝子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

宇治 朝子(うじ あさこ、本名・不明、1900年明治33年)8月3日[1] - 1918年大正7年)11月5日[2])は、元宝塚少女歌劇団娘役の人物。大阪府出身[1]

この芸名は小倉百人一首の第64番:権中納言定頼の「朗け 宇治の川霧 絕絕に 顕はれ渡る 瀨瀨の網代木(あさぼらけ うぢのかはぎり たえだえに あらはれわたる せぜのあじろぎ)」より、宝塚歌劇団創設者の小林一三によって命名された。

略歴[編集]

1915年3期生として、宝塚少女歌劇団(現在の宝塚歌劇団)に入団。娘役として、「三人獵師」の子狐役で評判になった。

1918年、当時大流行したスペインかぜに罹患して、現役の劇団員のまま、同年11月5日に満18歳で死去した。宝塚歌劇団員では、同年8月死去した由良道子に次いで、2番目の物故者である。

宝塚歌劇団時代の主な舞台[編集]

  • 『アンドロクレスと獅子』(1917年3月20日 - 5月20日、宝塚歌劇場(パラダイス劇場))
  • 『リザール博士』(1917年7月20日 - 8月31日、宝塚歌劇場(パラダイス劇場))
  • 『下界』(1917年10月20日 - 11月30日、宝塚歌劇場(パラダイス劇場))
  • 『鼠の引越』(1918年1月1日 - 1月20日、宝塚歌劇場(パラダイス劇場))
  • 一寸法師』『新世帶』(1918年3月20日 - 5月20日、宝塚歌劇場(パラダイス劇場))
  • 『猿蟹合戰』『造物主』『七夕踊』(1918年7月20日 - 8月31日、宝塚歌劇場(パラダイス劇場))

出典[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 『歌劇と歌劇俳優』藤波楽斎著、文星社、1919年、P96
  2. ^ 『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡りつづけて(人物編)』 宝塚歌劇団、2014年4月1日、6頁。