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日本電気

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日本電気株式会社
NEC Corporation
日本電気本社ビル(NECスーパータワー)
種類 株式会社指名委員会等設置会社
市場情報
東証プライム 6701
1949年5月16日上場
略称 NEC、日電
本社所在地 日本の旗 日本
108-8001[1]
東京都港区五丁目7番1号
設立 1899年明治32年)7月17日
業種 電気機器
法人番号 7010401022916 ウィキデータを編集
事業内容 システムプラットフォーム事業
ネットワークサービス事業
パブリック事業
エンタープライズ事業
代表者 森田隆之(取締役代表執行役社長CEO
資本金 4278億3100万円
(2021年3月期)[2]
発行済株式総数 2億7284万9863株
(2021年3月期)[3]
売上高 連結:2兆9940億23百万円
(2021年3月期)[4]
営業利益 連結:1537億59百万円
(2021年3月期)[5]
純利益 連結:1496億06百万円
(2021年3月期)[6]
純資産 連結:1兆5618億26百万円
(2021年3月期)[7]
総資産 連結:3兆6685億64百万円
(2021年3月期)[8]
従業員数 連結:114,714人
(2021年3月31日現在)
決算期 3月31日
会計監査人 有限責任あずさ監査法人
主要株主 日本マスタートラスト信託口 16.44%
日本カストディ銀行(信託口) 6.56%
日本電信電話株式会社 4.77%
住友生命保険相互会社 2.05%
ステート ストリート バンク ウェスト クライアント トリーティー 505234 1.82%
(2022年3月31日時点)[3]
主要子会社 NECグループを参照
関係する人物 岩垂邦彦創業者、初代社長
ウォルター・T・カールトン(創業者)
丹羽保次郎
小林正次
小林宏治(元・代表取締役会長
関本忠弘(元・代表取締役会長)
大内淳義(元・代表取締役会長)
外部リンク jpn.nec.com(日本語)
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日本電気株式会社(にっぽんでんき、: NEC Corporation)は、東京都港区五丁目に本社を置く住友グループ電機メーカー日経平均株価の構成銘柄の一つ[9]

略称NEC(エヌ・イー・シー)[注釈 1]日電(にちでん)[注釈 2]。通称としては一般的に「NEC」が使われ、ロゴタイプ関連会社名前などにも「NEC」が用いられている[注釈 3]

旧社名は住友通信工業株式会社(すみともつうしんこうぎょう)。住友電気工業と兄弟会社で、同社及び住友商事とともに住友新御三家の一角であるが、住友の象徴である井桁マークは使用していない。

ブランドステートメントは「Orchestrating a brighter world」である[10][11]

概要

有線無線通信機器IP電話網、携帯電話基地局テレビジョン放送設備、都市・交通無線鉄道無線船舶無線航空無線自動車通信等)、コンピュータIAサーバUNIXサーバからメインフレームスーパーコンピュータまで)およびITサービスシステムインテグレーションSI、デジタルトランスフォーメーションDX)を主力事業としている。また、主に政府機関向けの人工衛星・宇宙探査機の開発・製造を行っている。インフォメーション・テクノロジー(IT)とネットワーク(NW)さらにはITとオペレーショナル・テクノロジー(OT)の融合を掲げ、サーバやミドルウェアなどのクラウドコンピューティング基盤、IoTのためのエッジコンピューティング基盤、NGNSDNなどの通信ネットワーク、スマートグリッドなどのエネルギーネットワーク、社会ソリューション向け人工知能(AI)、サイバーセキュリティコンピュータ媒介現実AR/MR)、さらに近年では電子政府FinTechブロックチェーン開発)やモビリティサービス技術にも力を入れている。

日本マイコンパーソナルコンピュータ市場では黎明期より手がけ、1976年昭和51年)のTK-80のリリースで、日本のマイコン市場の活性化に努めた。国内で「NEC」というブランドで親しまれているものにパーソナルコンピュータ(PC)があったが、2000年以降は個人消費者向け製品から法人向け製品や社会インフラ製品へ注力するよう事業改革が進められた。

「海底から宇宙まで」、ICTを活用した社会インフラの高度化を掲げる国内外の社会インフラ事業では、局用交換機、衛星地上局、マイクロ波通信設備、光海底ケーブル[12]、放送送信機などの通信装置や生体認証システムやNシステムのような監視システムなどのセキュリティシステムの構築実績を持つ。政府開発援助を活用し、新興国を中心にICTインフラの構築を手がけてきた。アフリカとは1963年より取引があり、これまでアフリカ大陸の40カ国以上に、マイクロ波通信システムを納入した[13]。また、アジアの主要空港向けに、生体認証技術を活用した安全で確実な出入国審査を実現する電子パスポートシステムを提供している[14]。現地法人のある南アフリカでは、指紋認証による7千万人規模の国民IDシステムを構築した。

2019年現在、サーバ分野で富士通に次ぎ国内2位[15]である。メインフレームは現存する国内3社、世界6社のうちの1社である。また、ベクトル型スーパーコンピュータを製造する世界で現存する唯一のメーカーである[16][17]。通信設備では国内首位であり、通信衛星から光通信など様々な設備を販売している。PASOLINKブランドは、2000年代から2010年代前半にかけて小型の固定無線伝送装置で世界トップのシェアを持っていた[18]ネットワーク機器関連の製品ではUNIVERGEブランドが代表的な製品である。IoT/M2Mソリューションの製品にはCONNEXIVEがある。ITサービスでは、2016年時点で富士通とNTTデータに次ぐ、国内3位である[19]

また、人工知能を活用した画像認識[20]や自然言語認識[21]技術に強みを持ち、顔認識システムNeoFaceは国立標準技術研究所が主催する顔認証ベンチマークにおいて4回連続でスピード・精度ともに世界一を獲得している[22]。顔、虹彩、指紋・掌紋、指静脈、声、耳音響の6つの生体認証技術はBio-Idiomというブランドでサービス展開されている[23]

これらの製品・サービスの国際市場への販売にも力を入れているとともに、海外メーカーなどの通信機器、コンピュータ、ソフトウェアも販売している。ただし、ハードウェア単体の販売や売り切りのSI受託開発から、継続的なサービスの販売や生体認証と人工知能をコアとしたITプラットフォームビジネスモデルへと構造改革を進めている。

沿革

創業から1980年頃まで

1899年明治32年)7月17日設立。岩垂邦彦米国ウェスタン・エレクトリック(以下W.E.社、現在のアルカテル・ルーセントの前身)が54%を出資する日米合弁会社であった。W.E.社は当初沖電機工場(現・沖電気工業)を合弁先に交渉したが、沖電機工場の沖牙太郎との間で条件がまとまらず成立しなかった[24]。このため、W.E.社の代理人として交渉に当たっていた岩垂が自ら会社を興して提携相手となった。これは日本最初の合弁企業の事例とされる。なお、1992年まで使用されていたNECのロゴタイプはW.E.社のロゴに由来している。1918年大正7年)W.E.社は海外投資部門を分離し、インターナショナル・ウェスタン・エレクトリック(以下I.W.E.社)を設立。1925年(大正14年)にI.W.E.社は買収され、インターナショナル・スタンダード・エレクトニクス・コーポレーション(I.S.E.社)と改称。

戦前は、電話交換機などの通信機器の製造を主な事業としていた。1928年昭和3年)に日本電気の丹羽保次郎小林正次らが昭和天皇即位大礼の写真のファクシミリ通信を成功させた業績で知られる。

1932年(昭和7年)、I.S.E.社は経営を住友財閥に委託した。第二次世界大戦で日米関係が悪化すると、1941年(昭和16年)、I.S.E.社所有の株式が敵国資産として処分され住友グループ傘下となった。このため、1943年(昭和18年)2月から1945年(昭和20年)11月まで、住友通信工業株式会社と社名変更していた(住友電気工業が当時既に存在していたためこの社名になったようである)。大戦期は陸軍無線機を一手に引き受け、電波警戒機の開発も行っていた。

1949年(昭和24年)に東京証券取引所に上場。

1951年(昭和26年)I.S.E.社と資本提携復活。

戦後は、通信関係や真空管半導体など電子部品の製造のほか、1953年(昭和28年)に子会社「新日本電気」(のちの日本電気ホームエレクトロニクス、現在は清算)により家電無線通信機器分野に進出した。また、1958年(昭和33年)のNEAC 1101からコンピュータの開発にも取り組み始めた。

旧ロゴ(1963年 - 1992年10月)

1960年代より、マイクロ波通信装置を中心とする通信機器の海外輸出に積極的に取り組み始めた。

1963年(昭和38年)、茨城宇宙通信実験所の日本初の衛星通信地球局に高感度受信装置を納入。

1966年(昭和41年)、日本板硝子と共に世界最初期の自己収束型光ファイバー「セルフォック」を開発。1970年代にはマイクロ波通信や光ファイバー通信用の半導体レーザーの量産化でも世界をリードする[25]

1970年(昭和45年)には、日本初の人工衛星である「おおすみ」を製造し、運用に成功する。

1977年(昭和52年)に、当時会長であった小林宏治によって「コンピュータと通信の融合」をうたった「C&C」(Computer & Communicationの略)のスローガンが提唱され、新たな企業理念となる。これ以降、それまで「電電ファミリー」(例えば電話交換機では富士通と並び大手の一角と言われた)というイメージの強かったNECは、情報・通信系を中心とした総合電機メーカーへと変貌を遂げる。

1980年頃から1990年代まで

ノートパソコンの一例
PC-9821 Nb10

1982年(昭和57年)に発売された「PC-9800シリーズ」は、約15年間にわたって日本のパソコン市場を席巻し、全盛期には「国民機」とまで呼ばれるようになった。

C&Cの理念は小林の実質的な後継社長であった関本忠弘の時代にも引き継がれ、上記のPC-9800シリーズによる国内PCの圧倒的シェアに加え、1985年にはスーパーコンピュータSX-2が世界最速となり、1980年代後半には半導体生産で世界一位となるなど、日本を代表するエレクトロニクス企業へと成長した。コンピュータ系の事業部門においては、富士通の池田敏雄と並ぶ日本の情報処理分野の生みの父とされる水野幸男などが、汎用機や関本の好む大型技術案件だけに集中しがちなNEC自体の傾向を補正し、PCやUNIXなどの当時の次世代技術に他ベンダよりいち早く投資を続ける事により発展してきたという側面も大きい。

NECを含めた日本企業の国際半導体市場進出は、「日の丸半導体」と呼ばれ、日米半導体貿易摩擦問題として政治問題化するまでになった。プラザ合意1985年)後の急速な円高や、1986年から1996年まで続いた「日米半導体協定[26]の影響により海外競争力は衰えることとなった[27][28]

新ロゴ(1992年10月 - )

この間、1983年(昭和58年)には、英文社名を現在のものに変更している。1990年平成2年)には、創業以来の地に現在の本社ビルであるNECスーパータワーが建設された(建設中は森永製菓本社がある森永プラザビルを間借りしていた)。さらに、1992年(平成4年)10月5日には、CI刷新により、現在の青色のNECロゴに変更した。このロゴの使用を開始した1992年(平成4年)以降、対外的には「NEC」を通称とするようになっている。

1990年代後半に至り、国内PC市場でのPC/AT互換機対応の遅れ、海外PC市場進出をめざし買収したパッカードベル社の不振、半導体市場での米国・韓国・台湾勢との競争激化といった要因により業績の勢いにかげりが見えた矢先、1998年(平成10年)には防衛庁調達における価格水増し疑惑が発覚し、企業イメージを損なうこととなった。この責任を取る形で関本は会長を退き、社長も金子尚志から西垣浩司へと交代した。

2000年代から現在まで

西垣社長体制下において、不採算事業のリストラとガバナンス強化施策に従い、家電分野から撤退した。1999年(平成11年)12月には、DRAM事業部門を分社化し、NEC日立メモリ(エルピーダメモリに改称後、会社更生法適用により、現・マイクロンメモリジャパン)を設立する。また、2000年(平成12年)4月には、社内カンパニーとしてNECソリューションズ・NECネットワークス・NECエレクトロンデバイスを設立したが、2002年(平成14年)11月に半導体関連部門のNECエレクトロンデバイスをNECエレクトロニクス(現・ルネサスエレクトロニクス)として分社化、カンパニー制自体も導入からわずか3年後の2003年(平成15年)4月に金杉社長体制において廃止された。総合電機メーカーとしての暖簾を下ろし、C&Cコンセプトに立ち戻り、コンピュータシステム及び通信を中心とした電機メーカーへ転換した。

2001年(平成13年)、創立100周年記念事業として、玉川事業場の一部を高層ビル群に建て替えた(NEC玉川ルネッサンスシティ)。年間の売上が5兆4097億円と過去最大に達した(2016年度の2倍以上)[29]

2002年(平成14年)には、「地球シミュレータ」を完成させ、日米スパコン貿易摩擦以降初めてスーパーコンピュータの世界最速を記録し、コンピュートニク・ショックとも呼ばれた。

2004年(平成16年)11月アビームコンサルティングと業務提携し、グループに加えることで、ビジネスコンサルティングとITサービスを強化する。

また、通信ネットワークのインターネット化・IP化を進め、次世代電話網のNGN(Next Generation Network)に関しては、IT/NW機器業界では一番早くから対応を進めている[30]

1988年よりNASDAQ米国預託証券(ADR)を上場していたが[31]、米国の監査法人から求められていた保守・サポートサービスと製品が一体になった「複合契約」の収益分析が完了しなかったため、上場維持に必要なSECに対する2006年3月期の年次報告書を提出できず、2007年10月に上場を廃止した[32]。その後、SECとの間では2008年6月に和解が成立した[33]。また、この関連で2006年の中間決算より、日本国内向けの財務諸表の作成基準を従来の米国基準から日本基準に変更している。

2007年(平成19年)4月、日産自動車とともに自動車アプリケーション用リチウムイオン電池の開発を行うオートモーティブエナジーサプライを設立した。2010年にはリチウムイオン電池専門のNECエナジーデバイスを設立。2012年(平成24年)4月には、社内にスマートエネルギー事業本部を設置した[34]。2014年5月にはNECエナジーソリューションズを北米に設立した[35]。しかし、2017年にオートモーティブエナジーサプライ・NECエナジーデバイスともに株式を売却する方針と発表[36]2019年3月に売却した[注釈 4]。北米のNECエナジーソリューションズも2021年9月に売却した[40]。このように、2000年代後半から2010年代にかけて注力した蓄電池等のスマートエネルギー関連事業は、2020年代には縮小した。2023年の時点で社長を務める森田隆之は、インタビューで2019年の売却を「失敗」と評し、「売らなければ今、花開いているであろう事業です」と述べた[41]

2009年3月期決算(2008年度)は、主に半導体分野などの不振が響き、営業損益で62億円、当期損益では2966億円の赤字となった[42]。決算発表で社長の矢野薫は「不採算事業の撲滅」を掲げ、経費の見直しとともに人員削減にも取り組むと述べた[42]。この方針の一環として、2009年度中に国内研究員の約15%(約150人)を製品開発や営業、SEなどの事業部門に異動させる方針と報じられた[43]

2010年(平成22年)、6月13日、NEC東芝スペースシステムが主製造業者として製造した「はやぶさ」が世界初の地球重力圏外にある天体からのサンプルリターンに成功して地球に帰還する。

同年、携帯電話事業を分社化し、NECカシオ モバイルコミュニケーションズ(後にNECモバイルコミュニケーションズに改称)を設立する。また半導体子会社のNECエレクトロニクスはルネサス テクノロジと合併しルネサス エレクトロニクスとなった。

2011年(平成23年)1月27日、1980年代から国内シェア首位のPC事業を分社化し、世界シェア4位のレノボとともに合弁会社を設立すると発表した。これにより国内最大手のPC事業グループが誕生した[44]

これらの統合による規模のメリットによって、パーソナルプロダクトのコストダウンやシェア拡大を目指す一方で、成長市場であるクラウドスマートグリッドなどのビジネス・社会インフラ関係の分野での事業創出を図っている[45]

2012年3月期決算(2011年度)は、営業利益は737億円となったものの、最終当期損益は1103億円の赤字で2期連続の赤字となる[46]。決算発表では、スマートフォンの伸び悩みやタイでの洪水によるサプライチェーンへの影響といった事業面での事情のほか、繰延税金資産の見直し、構造改革特別費用405億円の計上が赤字の要因として挙げられた[46]。これに先立って同年1月には業績の下方修正とともに1万人の人員削減を含む事業構造改革の実施を発表していた[46]。2013年3月決算期(2012年度)は304億円の当期利益に回復した[47]

2011年に、SDN(Software Defined Network)を実現するOpenFlow技術を世界で初めて製品化したUNIVERGE PFシリーズを発売する[48]2013年(平成25年)には、SDN戦略本部を設立し[49]、世界で初めて通信キャリア向けネットワークのSDN仮想化ソリューションを発売する[50]など、SDNを新しい事業の柱として据える方針を打ち出した[51]。しかし、SDNの先駆的な実用化に成功しながらシスコシステムズなどに市場の主導権を奪われたと、2017年の時点で指摘されている[29]

2010年代にはシンガポールにセキュリティ関連事業の拠点「グローバルセーフティ事業部(GSD)」を設置[52]

携帯電話はフィーチャーフォンの時代には2001年から2004年までの4年間国内シェアトップを占めていたが、2011年には7位まで落ち込んだ[53]。2011年発売のMEDIASによりスマートフォンに参入したものの、2013年7月に事業撤退を発表した[54]。フィーチャーフォンの開発は継続するとしたが、パーソナル事業から社会インフラ事業へのシフトがますます鮮明となる。フィーチャーフォンのみとなった携帯電話事業は2016年3月に、NECモバイルコミュニケーションズを解散する形で再びNEC本体直轄となった[55]。携帯電話事業の縮小をめぐっては、2012年に東京国税局税務調査で、海外事業からの撤退に絡んで要求され支払った補償金などが交際費と認定され、約100億円分の所得隠しを指摘される事態も付随して起きた[56]

2010年代半ばからはビッグデータ、IoTや人工知能(AI)関連に注力するようになる。2014年4月にはビッグデータ戦略本部を新設した。2015年6月、ものづくりソリューションとして「NEC Industrial IoT」というサービスの提供を開始した[57]。2016年6月には産業技術総合研究所と共同で「産総研‐NEC 人工知能連携研究室」を設立[58]、7月には人工知能技術を集結した「NEC the Wise」ブランドを策定した[59]

2016年4月、FinTech事業開発室を新設した[60]。また、大阪大学内に次世代コンピューターの基盤技術を開発する「NECブレイン・インスパイヤード・コンピューティング協働研究所」を設立した[61]

同月、2016年度(2017年3月決算期)の決算より、国際財務報告基準(IFRS)を適用することを発表した[62]

2016年12月、1960年代より開発で先行し、常にトップグループを走り続けてきたオフィスコンピュータの製造より撤退[63]。同製品の市場規模の縮小により採算が悪くなった影響である。コンビニエンスストアホテルなどの稼働中のバックオフィス用コンピュータは独占状態に近く、保守サポートは2023年まで継続する。

2016年12月、人工知能を活用したがん治療用ワクチンの開発を担う新会社「サイトリミック」を設立[64]。2019年には医療分野への展開として、定款を変更し創薬事業に参入した[65][66]

2017年2月、公正取引委員会より、消防救急デジタル無線の入札において談合があったとして、他の3社(富士通ゼネラル・沖電気工業・日本無線)とともに排除措置と課徴金支払を命じられる[67]。2017年3月決算期(2016年度)の決算は海外事業の不振などに加え、前記の公取委の課徴金の影響もあって減収減益となり、当時掲げていた中期計画(2019年3月決算期まで)を撤回する事態となった[68]。公取委の談合認定に関してはその後、立ち入り検査を2016年に受けた日付(11月18日)を「NECコンプライアンスの日」として不正再発防止の啓発を社内で実施している[69]。また、業績回復に向けた構造改革として、2018年(平成30年)1月30日に、2020中長期計画にて、国内の間接部門やハードウェア事業領域で希望退職を募るなどによる3000人の人員整理を発表した[70]

2010年代後半からは日本国外企業のM&Aを積極的に手がけるようになる。2018年1月、イギリスのITサービス会社ノースゲート・パブリック・サービシズの買収を発表[71]。同年12月27日にはデンマーク最大のIT企業である「KMD」を買収すると発表した[72]。この2件はいずれも海外セーフティ事業を強化が目的と報じられた。2020年12月23日には、スイスの大手金融ソフトウェア企業であるAvaloq Group AGの買収を完了。買収価格は20.5億スイス・フラン(約2360億円)[73]

2018年1月には、地球観測衛星「ASNARO-2」の打ち上げに向け人工衛星の運用を独自で行う施設を新設し、製造から打ち上げ後の運用まで自社で行う初の国内メーカーとなった[74]。当「NEC衛星オペレーションセンター」における衛星の運用事業に加え、衛星画像データの販売事業にも参入する[75]

第5世代移動通信システム(5G)に向けては、2018年10月24日にサムスン電子と5G向け基地局の技術開発と営業で提携すると正式に発表した[76]。2020年には、次世代通信規格5Gのインフラ整備でイギリス政府やNTTと協業を進める[77][78][79][80][81][82]。5G投資の一環として、同年6月にはNTTとの資本業務提携を発表し、NTTはNECに約645億円を出資して4.8%の株式を取得した[83]。2021年11月、大阪大学と共同で「NEC Beyond 5G協働研究所」を設置した[84]

量子コンピュータ分野では、2019年3月1日、産業技術総合研究所と共同の研究室「NEC―産総研 量子活用テクノロジー連携研究室」を設立した[85]。さらに2020年6月には、量子アニーリングマシン分野で、D-Wave Systemsと協業を発表[86]。量子暗号では、東芝や東京大学、NICT、野村ホールディングスなどと協業・共同検証を行っている[87][88]

2019年4月24日には新ブランド「NEC Smart Connectivity」を立ち上げ、ネットワーク技術やソリューションを、IoT化を迎える新たな領域におけるサービス事業を展開すると発表した[89]

2019年8月5日、新たな移動環境づくりを目指し、空飛ぶ車の試作機の浮上実験を公開した[90]

2020年3月決算期(2019年度)は、ビジネスPC特需などにより営業利益は前年比120%の1276億円となり、当期利益は過去最高を記録した[91]

2021年3月決算期(2020年度)は、新型コロナウイルス感染症流行の影響を受けながらも、5G基地局やGIGAスクールといった需要で補い、減収増益(調整後営業利益1782億円)だった[92]。この決算発表と合わせて公表した2021年度(2022年3月決算期)の業績見込は成長投資などのため前年比減益としたが、株式市場では予想を下回ったとして「失望売り」が起きた[93]。最終的に2022年3月期決算は、会社発表を上回った[94]

2021年7月、「NEC都市OS」を提供開始。NECはこれまで、国内13の自治体にスマートシティ事業者として参画しており、日本政府のスーパーシティ構想に応募した全国31自治体のうち17自治体にNECが参画している[95]

2023年1月30日、同年6月の株主総会での承認を前提とした指名委員会等設置会社への移行決定を発表し[96]、6月22日の株主総会での承認を経て正式に指名委員会等設置会社となった[97]

採用・人事

2018年以降はキャリア採用を大幅に増やしていると紹介されている[98]

歴代社長等

日本電気社長を務めた矢野薫

梶井剛の任期途中の1943年2月以降から社長を置く。それまでは専務がトップマネージメント。

氏名 在任期間 役職
1 岩垂邦彦 1899年 7月 - 1926年12月 専務
2 大畑源一郎 1926年12月 - 1932年 6月 専務
3 志田文雄 1932年 6月 - 1938年 4月 専務
4 梶井剛 1938年 7月 - 1943年 2月
1943年 2月 - 1946年 1月
専務
社長
5 佐伯長生 1946年 1月 - 1947年 6月 社長
6 渡辺斌衡 1947年 6月 - 1964年11月 社長
7 小林宏治 1964年11月 - 1976年 6月 社長
8 田中忠雄 1976年 6月 - 1980年 6月 社長
9 関本忠弘 1980年 6月 - 1994年 6月 社長
10 金子尚志 1994年 6月 - 1999年 2月 社長
11 西垣浩司 1999年 3月 - 2003年 3月 社長
12 金杉明信 2003年 3月 - 2006年 3月 社長
13 矢野薫 2006年 4月 - 2010年 3月 社長
14 遠藤信博 2010年 4月 - 2016年 3月 社長
15 新野隆 2016年 4月 - 2021年 3月 社長
16 森田隆之 2021年 4月 - 現職 社長

製品

主要な製品・サービスは、コンピュータ、ソフトウェアパッケージおよびネットワーク・通信機器の生産/販売、またそれらを組み合わせたITサービス(コンピュータシステムの構築・インテグレーション)の提供である。その他には、テレビ局向け放送機器や人工衛星の開発・製造を行っている。

2000年(平成12年)以降、事業の選択と集中が進み、半導体パーソナルコンピュータの機器など、携帯電話照明は分社化している。これらの製品は「#分社/子会社化した部門の製品」に記載する。

コンピュータ

社内カンパニー制時代はNECソリューションズに属していた。

NECのコンピュータの歴史

パーソナルコンピュータに関しては、PC-9800シリーズなどの「過去の製品の各項目」も参照
黎明期
NECのコンピュータは、戦前のリレー式自動電話交換機の開発に端を発し、日本電気の中島章は1936年(昭和11年)、後の真空管・半導体コンピュータの論理回路にあたるリレー回路の論理設計を論理数学(ブール代数)により行う理論を発表している。
戦後の1950年代には、パラメトロンコンピュータNEAC-1101シリーズトランジスタコンピュータNEAC-2201シリーズFONTAC富士通/NEC共同コンピュータ)といわれる初期コンピュータを構築した。さらに、1960年代半ばに始まる経済産業省(当時)主体の大型プロジェクト超高性能電子計算機開発計画においては、IBMなどの海外のコンピュータベンダに寄らない日本独自のコンピュータシステムを構築すべく、電機メーカに対し通産省の元でコンピュータシステムの開発を進めた[99][100]
1970年代
1973年(昭和48年)、日本ではコンピュータの輸入自由化が決定された。IBMを初めとする海外メーカーに日本市場を席巻されると考えた通商産業省は国内コンピュータ業界の再編に乗り出し、当時6社あった国産コンピュータメーカーのうち東芝とNECを1つのグループとし、補助金を支給のうえ、各社に「IBM対抗機」を開発させた。この際に開発されたのが、メインフレームACOSシリーズである。
1976年にはワンボードマイコンTK-801979年には初期のパソコンPC-8001を発売した。
1980年代
それまでの汎用機に加えて、ミニコンピュータオフィスコンピュータのMSシリーズ/N5200シリーズといった小型サーバ機のカテゴリにも進出した。1985年(昭和60年)には通産省主導のΣプロジェクトに参加し、EWS4800によるUNIXワークステーションといったUNIX製品群においても、CAE-2Dなどを発売した。また、同年(Cray-2がリリースされるまでのつかの間)スーパーコンピュータSX-2が世界最速のコンピュータとなった。さらに、1987年には家庭用ゲーム機のPCエンジンを発売した。
NECのパソコンは1980年前半には日本国内を代表するブランドとなり[101]1987年には国内シェア9割を握った。世界シェアでも上位を占めていた[102]が、1990年代より海外市場でのシェアは低下していった[101]。NECのPCは、Windows以降の巨大な勢力であるPC/AT互換機とも激しい競争を繰り広げ、日本メーカーでは最後まで独自規格を貫いたが、最終的には最後発となりながらも標準規格を採用した(なお、他の日本メーカーの規格は比較的早い段階で消えていった)。また、PC-9800シリーズ互換性で、産業用としての信頼性と耐環境性を備えたFC-98シリーズはファクトリーコンピュータという分野の開拓に貢献した[103]
1990年代
UNIX戦争の影響やその後の、Windows OSベースのサーバやワークステーションの躍進を受けての、国産UNIX市場の衰退により、自社独自開発のUNIX関連製品群を放棄、HP-UXOEMへの縮退に至った[104]1990年代後半に至ると、国内PC市場でのPC/AT互換機によるシェア浸食が進み、1997年には遂にPC98規格(Wintelが策定したもの)に準拠したPC-98NXを発売し、営々と築き上げた独自規格を断念した[105]
2000年代
個人向けPC事業においては、長らく日本電気本体(一時期は新日本電気も含まれていた)が事業を統括して、傘下の生産子会社(NEC米沢・NEC群馬・NEC新潟・日本電気データ機器)で製造を行う形を取っていた。しかし、2001年(平成13年)10月に製造をNECカスタムテクニカ、個人向け(VALUESTARLaVie)の販売をNECカスタマックスに統合再編し、さらに2003年(平成15年)7月、この2社が合併したNECパーソナルプロダクツが個人向けの事業を行い、企業向け(MateVersaPro)についてはNECパーソナルプロダクツで製造、販売は日本電気(NEC)本体が担当した[1][リンク切れ]2009年(平成21年)には海外のパソコン事業から撤退、国内専業に甘んじる状態となった[101]。サーバービジネスにおいても、2000年代より急速に普及したパブリッククラウドというビジネス形態でアメリカの企業に独走を許すことになった。
2010年代以降
2011年NECパーソナルコンピュータレノボ傘下のNECレノボ・ジャパングループ入りすることとなった。2004年よりのItanium系サーバの展開は2012年をもって終了した。さらに、2015年にはオフィスコンピュータの製造より撤退した。保守サポートは2023年まで継続する。2017年より、海外勢より遅れを取っていた、サーバーとストレージを統合したハイパーコンバージド(HCI)型の製品を発売している[106]。PCに関しては、往年の圧倒的シェアはないものの、レノボと合弁で国内シェアでトップを維持している。

スーパーコンピュータ(HPCサーバ)

サーバ

  • エンタープライズサーバ
    • NX7700xシリーズ(SAP HANA向けアプライアンスサーバ「NEC High-Performance Appliance for SAP HANA」含む)[107][108]
  • メインフレーム
    • ACOS-2シリーズ
    • ACOS-4シリーズ
    • ACOS-6シリーズ
  • DIPS系メインフレーム
    • NEDIPS(NTTへのOEM)
  • PCサーバ
  • 統合プラットフォーム(NEC Solution Platforms)
    • Cloud Platform Suite
    • Data Platform Suite
    • Application Platform Suite

ストレージ

  • iStorage

ワークステーション・ファクトリコンピュータ

POS

  • TWINPOSシリーズ
初期TWIN-POSにはMS-DOSを使用するシリーズもあった

ロボット

ソフトウェア

NECのパッケージソフトは、そのほとんどが企業システム向けである。特に、ミドルウェアに強い。下記ソフトウェア以外に業種(医療、製造業など)に特化したパッケージソフトの開発、販売も行っている。事業部ごとに企業向けパッケージソフトを販売しており、例えば医療ソリューション事業部では電子カルテの販売を行っている。

通信・ネットワーク機器

大部分が社内カンパニー制時代はNECネットワークスの事業分野だが、AtermやスピークスなどはNECソリューションズの商品だった。

無線・通信関係に関しては、かつて日本陸軍の無線・通信設備を一手に引き受けていた。陸軍の無線機は電力供給がままならない状況を想定していたため、日本の低い工業技術力を背景にしながらある程度実用になったことで知られている(特に軍用機用)。一方で、日本無線が独占していた日本海軍の無線機は通じないことで有名だった。

超小型マイクロ波/ミリ波通信装置Pasolinkシリーズは、海外の主要オペレータを中心に販売を広げており、2007年度(平成19年度)から3年連続で世界シェア第1位を記録している。しかし2010年代半ばになると、中国の華為技術(ファーウェイ)が同様の製品で低価格攻勢をかけ、NECやスウェーデンのエリクソンのシェアは奪われている[109]

放送機器

社内カンパニー制時代はNECネットワークスに属していた。

従来はテレビカメラからマスター機器、送信機器まで製作から送信まで一貫したラインナップを誇っていたが、現在は、テレビ局テレビマスター装置(NECでは「APS装置」と呼ぶ)、CMバンクシステム、中継器及び送信機を製造しており、多くの放送局に納入実績がある。最近では、デジタル放送システムを納入している[110]。また、ラジオマスター装置も製造している。

マスター装置の系列局・放送波毎の納入状況は次の通りである。

その他の放送局へのマスター納入状況は次の通りである。

ミリ波(60GHz帯)ブロードバンドトランシーバ(伝送装置):

  • BB.LiNK

周辺機器

エネルギーコンポーネント

宇宙事業

(旧・NEC東芝スペースシステム)

1956年(昭和31年)に東京大学ロケットテレメトリ送受信装置を納入したのが始まり。2001年に東芝航空宇宙システム事業部と日本電気宇宙開発事業部が各社から分離し、NEC東芝スペースシステムとして統合された。2007年に日本電気に再び宇宙システム事業部が新設され、宇宙システム事業部は人工衛星および地上システムの開発・製造を担当し、NECスペーステクノロジーは主に搭載機器の開発や製造を担当している。

ソリューションサービス

市販製品や特注のハードウェア、ソフトウェアを組み合わせるシステムインテグレーションを行う。また、ロボットのシステムインテグレーション事業も行う[112]。主に以下の業界向けのソリューションサービスを提供している。

  • 地方公共団体
  • 教育機関/国立研究機関
  • 医療・ヘルスケア、介護、福祉
  • 製造業
  • 通信業
  • 建設業・不動産業
  • 流通業・サービス業
  • 金融機関
  • 卸売・小売業、飲食店
  • メディア業
  • 農業・ライフサイエンス
  • 宇宙システム

分社/子会社化した部門の製品

分社化

NECの半導体の歴史

NECは1947年からマイクロ波通信用の半導体レーザーの研究に着手していた。1958年には新しい事業として半導体開発部がスタートした。1960年代には集積回路(IC)の事業化へとこぎつけた[113]。海外にも進出し、1983年には英国女王の臨席を得てNECスコットランドの開所式を行い[114]、それに先立つ1978年には米国シリコンバレーでエレクトロニック・アレーズ9002英語版を開発したエレクトロニック・アレーズを買収[115]、また、ブラジル、シンガポールにも進出した[116]1980年代には「日の丸半導体」の一角を担い、メモリプロセッサなどで世界上位にあり、多大な利益を上げていた(1985年から1991年まで売上世界首位[117])。

しかし、貿易摩擦や、東アジアにおいて日本製製造装置を輸入して完成品の半導体を製造するサムスンなどの韓国や台湾の半導体企業群の隆盛による価格下落の影響で利益を上げることが難しくなった。更に1990年代に入ると委託生産のため上記のアジア諸国メーカーへの積極的な技術供与も行われていて、先端品に近い半導体の製造技術まで流れることとなった。業況悪化を受け、まずメモリ部門を2000年日立製作所との合弁という形でNEC日立メモリ(現・エルピーダ→マイクロンメモリジャパン)として、原点であるマイクロ波半導体を含む化合物半導体部門は2001年にNEC化合物デバイス(2006年に後述のNECエレクトロニクスと合併)として分社、続いて集積回路部門も2002年にNECエレクトロニクス(現・ルネサスエレクトロニクス)として分社化した。いずれの企業もその後、経営危機に伴う出資比率の変更に伴い、NECの関連会社から離れることになった。半導体事業が斜陽化した点については、選択と集中を進められなかったことが原因として指摘されている[118]

集積回路(IC)

(旧・NECエレクトロニクス)
2013年9月30日に、ルネサスエレクトロニクスが第三者割当増資をおこなったためNECの保有比率が低下して持分法適用対象外となり、NECの関連会社からはずれた。

メモリ

(旧・NEC日立メモリ)

2000年(平成12年)に日立製作所のメモリ関連事業部と統合し、新会社「エルピーダメモリ」に移行した。その後、エルピーダは外部から開発および工場更新の資金を調達し、三菱電機のメモリ事業部門を買収したため、NECの出資比率は日立などに次いで3位となった。こうして持分法の対象以下の比率となり、NECの関連会社からははずれることとなった。

2013年7月31日には、マイクロン・テクノロジーからの増資を受け、エルピーダはマイクロンの完全子会社となり、2014年2月28日に「マイクロンメモリジャパン」と名称変更された。

有機ELディスプレイ

(旧・サムスンNECモバイルディスプレイ)

2001年(平成13年)1月に韓国のブラウン管メーカーサムスンSDI(旧・サムスンNEC)と合弁会社「サムスンNECモバイルディスプレイ」を同国に設立して、NECエレクトロンデバイスが保有するカラー有機ELディスプレイ技術と基本特許、日本内の事業拠点などを共有。NECは2004年(平成16年)に有機ELなどの次世代ディスプレイ事業から撤退を決め、有機EL特許と合弁会社の全株式をサムスンに譲渡している[121][122]。元・合弁会社はその後「サムスンOLED」→「サムスンモバイルディスプレイ」となって、2012年からはサムスン電子S-LCDと統合され「サムスンディスプレイ」の有機EL事業部になっている。

電子部品

(旧・NECトーキン)

コンデンサリレーRFIDタグ・リーダ/ライタ、各種センサ等のデバイス製品を生産しているNECの子会社だったが、2017年4月19日にKEMET Corporationへと売却された。

液晶ディスプレイ

(旧・NEC液晶テクノロジー)

1989年(平成元年)に発足したカラー液晶推進開発本部(後に事業部)の分社型会社分割により、2003年(平成15年)4月1日にNEC液晶テクノロジーを設立する。この会社は液晶ディスプレイ事業を担う。2011年(平成23年)2月25日、NEC液晶テクノロジーの株式の70%を中国の液晶大手である天馬微電子のグループに売却すると発表した[123]

2011年(平成23年)7月1日、NECと深圳中航光電子との合弁企業となり、NLTテクノロジーへと商号を変更した。2016年(平成28年)には天馬微電子の完全子会社となり、2017年(平成29年)7月1日、Tianma Japanへと商号変更している。

インターネットサービスプロバイダ

(旧・NECビッグローブ)

2006年(平成18年)7月3日に、NECの一部門だったBIGLOBE事業本部をNECビッグローブとして分離、独立させた。

2014年3月末にNECは保有していた株式を日本産業パートナーズに売却し、4月1日付で当社はNECグループを離脱するとともに、社名を「ビッグローブ」に変更した。

照明

1950年(昭和25年)に日本電気のラジオ事業部で蛍光ランプを試作したのが始まり、清算された日本電気ホームエレクトロニクスから引き継いだ事業。1970年代にはアメリカの管球・照明器具メーカー、シルバニア(現在はオスラム傘下)との合弁会社「日本電気シルバニア株式会社」が展開していた。現在ランプ類を製造している水口工場は全国でも有数の規模を誇る管球工場であり一般ユーザー向け商品(下記の2製品が代表例)のほか特殊用途向け蛍光ランプのOEM生産も比率が高くなっている。

2019年4月に日本みらいキャピタル(東京・千代田)が出資するホタルクスに事業を譲渡[124]

  • ホタルック:消灯後もしばらく光り続ける蛍光灯。阪神・淡路大震災の教訓を基に開発された。
  • ライフルック

パソコン

2011年(平成23年)1月27日、NECパーソナルプロダクツのPC事業を分社化し、レノボとともに「レノボNECホールディングス(Lenovo NEC Holding B.V.)」という持株会社を設立すると発表した。NEC 49%、レノボ 51%の出資比率で同年7月1日に発足し、その100%子会社として、NECパーソナルプロダクツのPC事業を分離した新会社NECパーソナルコンピュータおよび既存のレノボ・ジャパンが独立して設置された[125]。こうして、長らくNECおよびその関連企業によって行われてきたPCの製造は、NECパーソナルコンピュータに移管された[注釈 5]。ただし、国内市場では引き続きNECブランドのPCが製造販売され、個人向け(VALUESTARLaVie)および企業向け(MateVersaPro)についてはNECパーソナルコンピュータが製造、日本電気(NEC)本体が販売を担っている。レノボとともにNECのブランドも残る。しかしながらこの合弁は、NECにとっては実質的なパソコン事業の売却であるとも理解され[101]、統合から5年後に、レノボ側が合弁会社の全株式取得権をNECの同意があれば行使できる事が明らかにされた[126]

その後、2014年10月7日にNECとレノボは事業統合契約を更新し、従来「2016年の時点でレノボが全株式取得が可能」とされていた点については、期限を2018年までに延長した上で以降は2026年まで自動更新されることとなり、かつレノボがNECの保有する株式を買い取って出資比率を66.6%まで引き上げる(NEC側は議決権を確保可能な33.4%)ことを可能とする条項が追加された[127]2016年7月1日、NECはこの条項に沿って自社の持つ普通株式の9割をレノボに譲渡し、代わりに新たに発行される劣後株式を引き受けることで、議決権確保可能な33.4%まで出資比率を引き下げることを発表した[128][129]。この譲渡に伴いNECは200億円の売却益を2017年3月期に計上した[128]。売却益は社会インフラ部門への投資に使われるのではないかと報じられている[129]

2017年11月、富士通および富士通クライアントコンピューティングがレノボと合弁会社を立ち上げることを正式発表した際は同様の体制をとるNECとの競合を懸念する声があがったが、NECは「NECの強みである顔認証技術などで差別化できる」とする見解を示した[130]

ビジネスPC:

パソコン・タブレット:

VersaPRO VA23C 1998年

NECのパソコン一覧参照のこと。

子会社化

携帯電話

日本初のアナログTV受信可能携帯電話 V601N
左側起動画面、右側TV受信画面 2004年

社内カンパニー制時代はNECネットワークスに属していた。NECネットワークス唯一の一般向け事業分野でもあった。

ほとんどNTTドコモ向けだが、SoftBankにも旧・デジタルフォン・デジタルツーカー時代から端末を提供していた。また、かつてはツーカーグループ・DDIセルラーグループ(のちのauKDDI / 沖縄セルラー電話))にも供給していたこともあった。日本における折たたみ(二つ折り)式端末のパイオニアで、2001年のNTTドコモ503iシリーズでN503iが流行したことから他社も折畳化するきっかけとなり、2000年代前半はトップシェアを誇った。

また、NECとパナソニック モバイルコミュニケーションズ(松下通信工業)は、第三世代携帯電話向けの端末・技術を共同で開発していた。

なお、ドコモ向けのデータ通信用端末は日本電気本体が手がけていたが、ウィルコムイー・モバイル向けデータ通信用端末はNECインフロンティアが、UQコミュニケーションズ向けデータ通信用端末はNECアクセステクニカがそれぞれ手がけている。

2010年(平成22年)より、カシオ計算機日立製作所の合弁会社カシオ日立モバイルコミュニケーションズと経営統合し、携帯電話端末事業はNECカシオ モバイルコミュニケーションズとして統合された(実際の移行スキームは、NEC本体からの部門譲受が同年5月1日付、次いで同年6月1日付でカシオ日立を吸収合併し、以降のカシオブランド端末の販売開始と同時に、日立ブランドを含む保守部門を継承)。統合後もNECブランドとして携帯電話を供給する。

2013年7月に、スマートフォンの新規開発を中止し在庫分のみを以って販売を終了した[131]。ただし、スマートフォンの修理等の保守業務、およびフィーチャーフォン(従来型携帯電話)の開発、製造、販売は継続している。

さらに2013年12月には、カシオと日立が保有する全株式をNECが買い取ることが発表され、NECの完全子会社に戻った[132]。2014年10月1日にNECモバイルコミュニケーションズに商号変更している。

しかし2015年12月25日、同社の携帯電話端末事業を2016年3月1日付で親会社のNECに事業譲渡することを発表した。これまでの同事業の段階的縮小に伴い「独立会社として運営するには非効率な事業規模となった」ことを踏まえての決定と説明している[133][134]

そして2016年2月29日、NECはNECモバイルコミュニケーションズを同年3月24日付で解散・NEC本体に回帰するとともに同社に対する1012億円の債権を放棄することを発表した[55]

  • NTTドコモ向け Nシリーズ
  • ソフトバンク向け Nシリーズ

過去の製品

これらの製品はすべて生産終了している。

マイコン

LSI

サーバ

  • EWS4800シリーズ(生産終了)
  • UP4800シリーズ(受注停止)
  • N6300シリーズ(生産終了)
  • N5200シリーズ(生産終了)
  • N7200(生産終了)
  • N6850(生産終了)
  • System3100シリーズ
  • System7100シリーズ
  • FTシリーズ(提供終了)
  • PO-POSシリーズ(生産終了)
  • NX7000シリーズ
  • NX7700i
  • CX5000シリーズ(SUNからのOEM)
  • シグマグリッド
  • シグマブレード
  • TX7シリーズ

パソコン

オフコン

クラウド端末

携帯情報端末(PDA)

ワープロ専用機

家庭用ゲーム機

デジタルビデオレコーダー

サービス

研究・特許

製造・研究拠点

NECの組織は論理的にはビジネスユニット-事業本部-事業部の階層構造をとっている(研究所はビジネスユニット上の階層をR&Dユニットと位置づけている)。これとは別に、物理的な所在地として下記の事業場・研究所がある。

事業場

研究所

YRP技術センター

関連会社

広告・販売推進

スポーツ大会のスポンサリング

スポーツチーム運営、選手のスポンサリング

チーム、選手や大会スポンサード以外でのスポーツとの関わりとして、オートポリス大分県)を1993年から1995年まで運営した株式会社大分阿蘇レーシングパークの出資者(4社の1つ)だったことがある[142]

CM

男性だけでなく、女性高齢者を含めた一般の人々にNECのパソコンワープロを訴求する手段として、1991年11月から、佐藤雅彦考案のCMキャラクター「バザールでござーる」を用いた。また、CMキャラクターとしてデジタル所さんを起用したこともある。

2011年4月から2014年6月までは、CM最後のサウンドロゴに当社製のロボット・PaPeRoと子役女優の谷花音を登場させた。

提供番組

提供クレジットは、少なくとも1991年ごろまで「NEC日本電気グループ」(家電製品のCMを提供するときには「新日本電気」(のちに「日本電気ホームエレクトロニクス」。現在は業態ごとに分社化(テレビ、家庭パソコンなど一部撤退あり))としたものがある)としていたが、CIを一新した1992年以後は正式社名を略した「NEC(グループ)」で統一している。2020年4月以降は全国ネットでのテレビ番組でレギュラー提供をおこなっていないため、特別番組での提供のみとなる。

現在

過去

日本テレビ系列

ほか

TBS系列

ほか

テレビ朝日系列

ほか

フジテレビ系列

ほか

テレビ東京

ほか

全国独立放送協議会

脚注

注釈

  1. ^ 旧英文社名『Nippon Electric Company, Limited』の略。
  2. ^ 滋賀県甲賀郡水口町には、当社の工場が進出したことを機に名付けられた「日電」という地名が存在する。水口町はその後の自治体合併により現在は甲賀市となったが、合併後も「甲賀市水口町日電」として地名は継承されている。また、工場前のバス停も「名坂日電前」の名称である(「名坂」は工場周辺の通称地名)。なお、当該工場を含む照明器具製造部門は2019年ホタルクス社へ売却され、現在はNECグループを離脱した。
  3. ^ 電機業界や社内での隠語として、日本電気を「三田」と言うことがある。
  4. ^ 2017年の発表後、売却の前提となっていた、オートモーティブエナジーサプライの(日産からの)株式売却が当初予定より遅れて2018年6月末となると報じられたのち[37]、日産が予定していた売却先への売却を取り止めた[38]2018年8月3日に、エンビジョン・エレクトローズに対して2019年3月末に売却することを発表[39]
  5. ^ レノボNECホールディングスはNECの持分法適用会社であるが、その子会社であるNECパーソナルコンピュータは関連企業の範囲外となる。
  6. ^ 同枠の後継にはハズキルーペが60秒新規。
  7. ^ 当番組終了後提供枠は「ドラマBiz」+不定期番組提供へ移動。

出典

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  5. ^ NEC>企業情報>株主投資家情報>IR資料>有価証券報告書・四半期報告書 2013年度有価証券報告書>89Page>連結損益計算書>営業利益
  6. ^ NEC>企業情報>株主投資家情報>IR資料>有価証券報告書・四半期報告書 2013年度有価証券報告書>6Page>連結経営指標等>当期純損益
  7. ^ NEC>企業情報>株主投資家情報>IR資料>有価証券報告書・四半期報告書 2013年度有価証券報告書>6Page>連結経営指標等>純資産額
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参考文献

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関連項目

外部リンク