ワンボードマイコン
ワンボードマイコンは、むき出しの一枚のプリント基板("ワンボード")の上に、電子部品と最低限の入出力装置を付けただけの極めて簡素なマイクロコンピュータを指すための和製英語である。
概要
[編集]1970年代に登場した当初、いわゆる評価用ボード、開発用ボードだったが、個人が使える初期のマイクロコンピュータでもあり、一部のユーザは実用目的で使い、各種装置の制御に使った。機種によってはパソコン化が試みられ、一部のメーカーはそのためのキットを用意した。
その後マイクロコンピュータはパーソナルコンピュータ、Home computer(en:Home computerを参照)へと分化発展し、ワンボードマイコンは元の評価用や組込み開発用ボードに戻った。
21世紀に入ってから、Arduinoなど、より広い顧客層に向けたタイプの製品・商品があらわれるようになった。また、シングルボードコンピュータと呼ばれる新しい形態もあらわれた(シングルボードコンピュータについてはそちらの記事を参照)。
一方で、1970年代のものを彷彿とさせる伝統的なスタイルの8ビット・ワンボードマイコン(16進キー、LED表示)の販売も続けられている。(後述)
歴史
[編集]1974年末に米国ではマイクロプロセッサIntel 8080をCPUに採用したAltair 8800が発売されヒットすると、その互換機も複数登場して拡がりを見せていた。日本でもこれらの輸入品を取り扱う店舗がいくつか登場したが、高価であったため購入できた者は少数であった[1]。
1975年にインテルの評価キットSDK-80(発売時135,000円)が発売された[2]。それまでの評価キットは既にボードに部品が付いている完成品であったが、SDK-80は未配線で必要な部品をセットにしただけの組立キットであった。これは、キットを技術者自らに組み立てさせることが教育的に有効であると判明したためであった[3]。この方式は好評を博し、後発の製品に影響を与えた。SDK-80はテレタイプ端末を想定したデバッグモニタが付いており高機能であったが、必要とされるテレタイプは数十万円と高価であり、とても個人で所有するものではなかった。テレタイプを持たない一部の好事家が先走ってこれを購入し、後になってその点に気づいた例もあった[2]。
黎明期の初端においては、日本は米国と同様にエンジニアや好事家が独自に部品を調達してワンボードマイコンなどを設計・制作し、あるいはもっぱら輸入された評価キットやワンボードマイコンなどが秋葉原の電子デバイス店などの小売店で細々と売られる程度であった[2]。
日本では1976年5月に東芝よりTLCS-12A EX-0[4](定価99,000円)が発売された[5]。電源装置さえ別途用意すれば、12ビットのLED表示とディップスイッチを使ってテレタイプ端末などの入出力機器を必要とせずに動作させることができる日本国産初のワンボードマイコンである。米国でも同時期にモステクノロジーからテレタイプが不要なKIM-1が発売されて好評を博した[6]。
1976年8月3日に日本電気(NEC)からTK-80(定価88,500円)が発売された。本機はTK(Training Kit)という名前からも分かるように、元来は8080互換マイクロプロセッサの評価・教育用ツールで、ボードに16進キーボードとLED表示器がついただけのものだった。しかし同年9月13日[7]に秋葉原ラジオ会館に開設したBit-INNでサポートが行われるようになると、本来のターゲットである技術者を上回る勢いでアマチュアの好事家や学生に売れていることが明らかになった。同年10月にNECマイコンクラブを結成するなど積極的なユーザ支援体制もあって、企画当初の予想を超えたベストセラーになった[8]。
TK-80の立ち上がりを受けて他社からもワンボードマイコンが相次いで発売された。サードパーティからはその周辺機器が開発され、ブルーバックスの『マイ・コンピュータ入門』以下3部作や、月刊アスキーや月刊マイコンなどの専門誌も登場して、いわゆる「(第一次)マイコンブーム」を形成した[9]。
しかし1970年代後半、Apple IIのように組み立てずともすぐに動かせるマシンが販売されパーソナルコンピューターと呼ばれるようになった。日本製の完成品としては(日立・ベーシックマスター(1978年)やNEC・PC-8001(1979年)やソードのSMP-80シリーズ(1974年)やM200シリーズ(1977年)などがあり)どの機種をパーソナルコンピューター完成品の最初の機種とするかは議論があるが、日本でパーソナルコンピュータが普及することを決定付けたのはPC-8001であろう、と『国産銘機列伝』の著者は評した[10]。またビジネス用途ではは1980年代前半にMacintoshやIBM PCといった高性能・高機能なランクのパーソナルコンピュータが使われるようなった。こうして家庭用、オフィス用いずれも完成品のパーソナルコンピューターが使われることが一般化した結果、ワンボードマイコンは評価用、トレーニング用、制御・組み込み用といった元々の位置に戻ることとなった。
2000年代に入り、ArduinoやRaspberry Pi、Intel Galileo、BeagleBoard等の趣味や教育用のシングルボードコンピュータが各社から発売され、活況を呈している。
なお、1970年代のTK-80を彷彿とさせるような伝統的なスタイル(16進キー、LED表示)のワンボードマイコンのキットの企画や通信販売を行う会社、有限会社中日電工が愛知県にあり、2020年代現在も営業を続けている[11]。
主なメーカーと機種
[編集]1970年代のメーカーと機種
日本国外製品
[編集]- Apple Computer ─ Apple I
- モステクノロジー ─ KIM-1(発売元:日本テクセル)
- Synertek ─ SYM-1
- ロックウェル・インターナショナル ─ AIM-65
- 宏碁(Multitech,現: エイサー) ─ マイクロ・プロフェッサー I(小教授一號、Microprofessor I、MPF I)
- モトローラ ─ MEK6800D2
- インテル ─ SDK-80,SDK-85(発売元:パネトロン)[12]
- Microcomputer Associates, Incorporated ─ JOLT(発売元:日本テクセル)
- シンクレア・リサーチ ─ MK14
- Mostek ─ KIM-1、Evalution(発売元:システム・マーケティング)
- フェアチャイルドセミコンダクター ─ F-8KIT 1A(発売元:TDKフェアチャイルド)
- IMSAI ─ IMSAI-8048
- RCA ─ CDP18SO20
- ナショナル・セミコンダクター ─ SC/MP
- インターシル ─ サンプラー[13]
日本国内製品
[編集]- 日本電気 ─ TK-80,TK-80E,TK-85
- 東芝 ─ EXシリーズ
- 日立 ─ H68/TR
- 富士通 ─ Lkit-8
- 三菱電機 ─ MELCS-8/2
- パナファコム(現:PFU) ─ Lkit-16(日本初の16ビットマイコン)
- ロジックシステムズ ─ MP-80
- MTコーポレーション ─ PROTO-80
- シャープ ─ MZ-40K
- RAM ─ Λ-1
- これはメーカー発売品でなく、マイコン雑誌「RAM」の誌上企画で、連載に従ってワンボードマイコンを自作していったもの。
- 学研 ─ GMC-4
- DENCOM V40
仕様
[編集]1970年代のワンボードマイコンは、製品では組み立てキットのものと完成品があった。組み立てキットの購入者ははんだづけを行う。ボードに直流電源を供給する電源ユニットも別売りのものが多かったが、当時は自作する者も多かった。ボード自体を設計・自作する者もいた。
- I/O
入力装置は16進数キーパッド、およびアセンブリ言語のニーモニック入力などに使用するキー9個程度が付いているだけだった。
東芝のEXシリーズでは単位スイッチ(ONかOFFかの二方向しかない)が8~12列並んでおり、これらを上下させて2進数で入力する機種も存在した。
出力装置としては、8桁程度の7セグメントLEDを標準で備えているものが多かった。ワンボードマイコンでプログラミングを覚えても、目に見える変化は7セグメントLEDの表示だけだった。こうした貧弱な表示でも楽もうと、例えば7セグメントLEDの"|"と"_"と" ̄"を使って「プロペラ」を表してみたり、7セグメントLEDを横倒しにして縦8段×横3列のブロックくずしを作るなど、涙ぐましい努力が見られた。
汎用I/Oポートを備えているものが多かったので外付け回路により様々な制御に使うユーザもいた。
- パソコン化
パソコンに近づけるにはキーボード、テレビ画面、プログラム言語(載せることが可能なのはTiny BASICかForth程度)が必要となる。メーカーによってはその為の拡張キットも発売していた。自作のBASICを搭載するユーザもいた。
Arduino類
[編集]2000年代に広まったArduinoは安価で、小型で、PCに開発環境をダウンロードしてプログラミングしたりPC上のスクリプト言語などから制御できるといった特徴を持つ。
この製品カテゴリは、Arduinoが初の製品ではない。Arduino発売以前からWiring(w:Wiring (software))などがあった[14])。
少し方向性は異なるが、mbedのように開発環境はWeb上にある、といったタイプの製品も現れてきている。
脚注
[編集]- ↑ 塩田紳二「国産銘機列伝:History「マイコンと呼ばれていた頃」」『ASCII』第22巻第5号、アスキー、1998年、312-313頁。
- 1 2 3 『マイ・コンピュータ入門 - コンピュータはあなたにもつくれる』 pp.78-118、「第三章 マイ・コンピュータのつくり方」
- ↑ 『手づくりコンピュータ : マイコンキット活用ブック』 p.3
- ↑ 型番はTLCS-12A EX-12/0と表記されることもある
- ↑ 東芝、すべてを1チップに集積したマイクロ・コンピュータを開発 - 日刊工業新聞 1976年8月12日付
- ↑ Guy Kewney (1978). “Is there a computer in the house?”. New Scientist (Reed Business Information.) 80 (1125): 196-198 2016年11月3日閲覧。.
- ↑ 太田行生『パソコン誕生』日本電気文化センター、1983年、34頁。ISBN 4930916119。
- ↑ 加藤明、「PC-8001の開発」 『電子情報通信学会 通信ソサイエティマガジン』 2010年 2010巻 15号 p.15_58-15_65, doi:10.1587/bplus.2010.15_5, 電子情報通信学会
- ↑ 関口和一「マイコンキット「TK-80」」『パソコン革命の旗手たち』日本経済新聞社、2000年、35-39頁。ISBN 4-532-16331-5。
- ↑ 塩田紳二「国産銘機列伝:History「パソコン、続々登場す」」『ASCII』第22巻第6号、アスキー、1998年、320-321頁。
- ↑ “Z80マイコンボード・中日電工のホームページにようこそ!”. 中日電工. 2026年7月7日閲覧。
- ↑ SDK-80はi8080A系でSBC80/10の基本部分を組立てキット化、SDK-85はi8085を搭載
- ↑ IM6100を搭載していてPDP-8とソフトウェアが互換
- ↑ Arduinoの語られざる歴史も参照
参考文献
[編集]- 大内淳義『マイコン入門』廣済堂出版、1977年7月。ISBN 4331001342。
- 中沢真也『マイコン活用法』廣済堂出版、1977年12月。ASIN B000J8SIUM。
- 安田寿明『マイ・コンピュータ入門―コンピュータはあなたにもつくれる』講談社、1977年3月。ISBN 9784061179134。
- 安田寿明『手づくりコンピュータマイコンキット活用ブック』工業調査会、1977年8月。ISBN 9784769310211。
- 安田寿明『マイ・コンピュータをつくる―組み立てのテクニック』講談社、1977年9月。ISBN 9784061179288。
- 安田寿明『マイ・コンピュータをつかう―周辺機器と活用の実際』講談社、1978年4月。ISBN 9784061179479。
- 榊正憲『復活! TK-80』アスキー、2000年3月。ISBN 9784756134011。
- 『大人の科学マガジン Vol.24 特集:マイコンの時代』学研、2009年7月。ISBN 9784056054712。