月刊マイコン

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月刊マイコン」は、電波新聞社により1977年10月から1995年4月まで発行された、パソコン雑誌である。

当時は今で言うパソコンを「マイコン」と呼んでいた。日本のマイコン雑誌の中では創刊時期が最も早いものの一つである。1980年前後、『I/O』『月刊アスキー』『RAM』とともに4大雑誌と呼ばれた。

その頃の本誌は4大誌の中で最も地味な存在だった上、広告が多くて分厚く持ち運び難かった。『I/O』の方が厚くなるのは次世代の話である。

特徴としては読者コーナー「マイコンポスト」の面白さが他誌に勝っていた点にある。このコーナーでは編集長、編一、編二、編三(関西弁でオチ担当)、マイコン博士がかけあい漫才形式で読者からの投稿・質問に答えていた。かけあい形式の読者参加コーナーというコンセプトは、同社の兄貴分の雑誌でエレクトロニクス誌の『ラジオの製作』(略称『ラ製』)にも見られまた実質本誌の弟分(形式的なことを言うと最初は『ラ製』の別冊)のプログラミング誌『マイコンBASICマガジン』(通称『ベーマガ』)にも受け継がれた。

1984年頃からは『ベーマガ』の人気が上昇、『ベーマガ』が「電波新聞社のパソコン雑誌」を代表するような感じとなった。『ベーマガ』が『I/O』や『アスキー』をはじめとする他誌とは異なる独自の位置付けを築くのに成功したのに対し、そういった特徴に薄かったことなどが挙げられよう。

その後も刊行自体は比較的長年続いたが、ジリ貧傾向を跳ね返せず、1992年9月号より誌面サイズをB5から『月刊アスキー』と同じA4に大型化、題名を「My Computer Magazine」と変更するも力及ばず休刊となった。

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