コンテンツにスキップ

にごりえ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
にごりえ
作者 樋口一葉
日本の旗 日本
言語 日本語
ジャンル 短編小説
発表形態 雑誌掲載
初出情報
初出文芸倶楽部1895年9月号(第1巻9編)
刊本情報
収録 『一葉全集』
出版元 博文館
出版年月日 1897年1月
ウィキポータル 文学 ポータル 書物
テンプレートを表示

にごりえ』は、樋口一葉短編小説1895年明治28年)9月、博文館文芸倶楽部』に発表された。

銘酒屋私娼お力が、落ちぶれて妻子とも別れた源七と情死するまでを描いた作品で、一葉の小説の中で最も写実性の高いものとなっている[1][2]。「にごりえ」という題名は『伊勢集』の和歌に因んだものとみられている[1][注釈 1]

作品背景

[編集]

下谷龍泉寺町(現・台東区竜泉)から1894年(明治27年)5月に転居した本郷区丸山福山町(現・文京区西片)には、銘酒屋が立ち並び、夜ごと不特定多数の男たちに身を売って生活している女たち(私娼)が多くいた[1]。一葉は彼女たちによく頼まれて恋文の代筆をしたという[1]

一葉の家の隣にあった銘酒屋は「鈴木亭」という店で、主人公の「お力」は、その店の酌婦「お留」をモデルにしたものともいわれている[1]。また、結城朝之助の造型には、一葉がその恋を諦めざるを得なかった半井桃水があるとみられている[1][3]。『にごりえ』執筆直前の1895年(明治28年)1月には、『文學界』同人の戸川安宅から借りたドストエフスキーの『罪と罰』を読んでいたという[4]

『にごりえ』が発表された1895年(明治28年)は、1889年(明治22年)7月12日に死去した一葉の父・則義の七回忌にあたる[5][4]。一葉は法要のため博文館に原稿料の前借りを申し出ており、『にごりえ』の原稿はその引き換えとして執筆された[5]山梨県立文学館所蔵の未定稿によれば、当初の草稿では「ものぐるひ」「親ゆずり」の仮題が付けられている[1]

あらすじ

[編集]

丸山福山町の銘酒屋「菊の井」の看板酌婦(私娼)のお力は、何かとお力の話を聞きたがる上客の結城朝之助に淡い恋心を抱くようになるが、それ以前に馴染みになった客に源七がいた。源七は蒲団屋を営んでいたが、お力に入れ込んだことで没落し、今は妻子ともども長屋での苦しい生活をおくっている。しかし、それでもお力への未練を断ち切れずにいた。

盆の7月16日の夜、お力はお客の酒の相手をしている最中に発作的に席を立って外に出ていく。厭世的な気分になりながら「此ままに唐天竺の果までも行つて仕舞たい、あゝ嫌だ嫌だ嫌だ」と人の声も物の音もしない静かな処へ行きたいと物思いにふけり、気が狂いそうな心地でさまよい歩いていると、「お力何処へ行く」と誰かに肩を叩かれ、見ると朝之助だった。

朝之助と一緒に店に戻ったお力は酒に酔って初めて朝之助に不遇な身の上話を語るが、それを一通り聞いた朝之助は突然「お前は出世を望むな」と言う[注釈 2]。お力は驚き、望んだところで貧乏暮らしが落ちで、玉の輿までは思いませんと言い、朝之助の「始めから何も見知つてゐるに隠すは野暮の沙汰ではないか」という申し出をはぐらかし、「どうせこんな身でござんする」と自身の因果を思い打しおれて黙ってしまう。そして夜が更けて帰ろうとする朝之助をお力は引き止め泊らせる。

一方、源七は仕事もままならなくなり、家計は妻のお初の内職に頼るばかりになっていた。そんななか、お力の店の近くにたまたま行った子の太吉がお力から高価な菓子(カステラ)を貰ったことをきっかけに、それを嘆く妻と諍いになり、ついに源七は妻子とも別れてしまう。その後、お力は源七の刃によって、無理とも合意とも分からない心中の片割れとなって死ぬ。

映像化作品

[編集]

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 伊勢集』の以下の二首の和歌から「にごりえ」の語を取ったものとみられている。
    にごりえの すまむことこそ かたからめ いかでほのかに 影をだに見む」
    「すむことの かたかるべきに 濁江の こひぢにかげも ぬれぬべらなり」
  2. ^ この「望むな」の意味については、禁止なのか詠嘆なのか解釈の混乱がある[6]。なお、未定稿では結城の名前は道雄で、〈お前は出世をのぞむかとだしぬけに道雄にいはれて〉とも書かれていた[6]

出典

[編集]
  1. ^ a b c d e f g 「第二編 作品と解説〔にごりえ〕」(小野 2016, pp. 162–186)
  2. ^ 三好行雄「解説」(新潮文庫 2003, pp. 271–282)
  3. ^ 前田愛「一葉日記覚え書 2『厭ふ恋』」(『樋口一葉の世界』平凡社、1978年12月)。前田 1989, pp. 97–110に所収
  4. ^ a b 北川秋雄「『にごりえ』論――〈狂気〉の行方」(北川 1998, pp. 72–94)
  5. ^ a b 『樋口一葉と甲州』、p.40
  6. ^ a b 北川秋雄「樋口一葉『にごりえ』論のために――謎を生成する語り」(姫路獨協大学外国語学部紀要 第9号・1996年1月)pp.1-40。「『にごりえ』論のために――謎を生成する語り」として北川 1998, pp. 42–71に所収
  7. ^ にごりえ(1973年)”. テレビドラマデータベース. 2021年2月6日閲覧。

参考文献

[編集]
  • 樋口一葉『にごりえ・たけくらべ』(改版)新潮社新潮文庫〉、2003年1月。ISBN 978-4101016016  - 初版は1949年6月
  • 小野芙紗子 著、福田清人 編『樋口一葉』(新装版)清水書院〈Century Books 人と作品9〉、2016年8月。ISBN 9784389401054  初版は1966年5月 ISBN 978-4389400095
  • 北川秋雄『一葉という現象――明治と樋口一葉』双文社出版、1998年11月。ISBN 978-4881645246 
  • 前田愛 編『新潮日本文学アルバム3 樋口一葉』新潮社、1985年5月。ISBN 978-4106206030 
  • 前田愛『前田愛著作集 第3巻――樋口一葉の世界』筑摩書房、1989年9月。ISBN 978-4480360038 
  • ドナルド・キーン 著、徳岡孝夫 訳『日本文学史――近代・現代篇 一』中央公論新社中公文庫〉、2011年7月。ISBN 978-4122055162 

関連項目

[編集]
  • 鏑木清方 にごりえを題材に連作を手掛けた

外部リンク

[編集]
フジテレビ 百万人の劇場1960年5月1日
前番組 番組名 次番組
にごりえ
NET NECサンデー劇場1961年5月21日
にごりえ
フジテレビ シオノギテレビ劇場1964年1月24日 - 2月14日
(なし)
山本富士子アワー・にごりえ
フジテレビ 金曜21:00 - 21:30枠(1966年1月24日 - 2月14日)
山本富士子アワー・にごりえ
【当番組よりドラマ枠
篠の女
NET 女・その愛のシリーズ
にごりえ
テレビ東京 日本名作ドラマ1993年10月25日
にごりえ