創価学会

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宗教法人創価学会
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創価学会旗、八葉蓮華入り三色旗
設立年 1930年(昭和5年)11月18日
設立者 創価教育学会
初代会長:牧口常三郎
(在任期間:
1930年11月18日 - 1944年11月18日
第2代会長:戸田城聖
(在任期間:
1951年5月3日 - 1958年4月2日
種類 宗教法人
本部 日本の旗 日本
160-8583
東京都新宿区信濃町32
北緯35度40分52.85秒 東経139度43分14.47秒 / 北緯35.6813472度 東経139.7206861度 / 35.6813472; 139.7206861
公用語 日本語
会長 名誉会長
池田大作 (1979年4月24日 - )
会長
原田稔 (第6代、2006年11月9日 - )
関連組織 支持政党
公明党
国際組織
創価学会インタナショナル
ウェブサイト SOKAnet(創価学会 公式ウェブサイト) (日本語)

宗教法人創価学会(しゅうきょうほうじんそうかがっかい)は、日本宗教法人。現在は創価学会インタナショナル(SGI)の日本組織である[1]。当初は日蓮正宗内部の宗教法人格を持たない法華講として発足、後に独自の法人格を取得し日蓮正宗の法華講と完全に分裂して現在に至る。本部は東京都新宿区信濃町。『聖教新聞』(日刊)、『創価新報』(月2回)などの機関紙や、『大白蓮華』(月刊)、『グラフSGI』(月刊)などの機関誌を発行している。公明党の最大の支持母体であるとともに、「自公連立政権」下においては自由民主党の間接的な支持母体としても機能する。

創価学会本部別館(東京都新宿区)
京阪文化会館(大阪府枚方市)地方の会館例
創価学会の旗

目次

概要[編集]

1930年(昭和5年)11月18日に、小学校校長だった牧口常三郎と、戸田城聖ら当時の教育者などが集い、日蓮仏法精神に基づく教育者の育成と雑誌の発行を目的とする『創価教育学会』を創立した。この組織が創価学会の前身となる。

戦時中弾圧を受け、1943年6月に牧口、戸田を含む幹部が治安維持法並びに不敬罪逮捕され、牧口は獄死。1945年7月、出獄した戸田は、組織名を創価学会に改め組織を整備、1952年、宗教法人の認証を得る。戦後の創価学会は戸田の手腕で急拡大するが、75万世帯を目標にした「折伏大行進」運動の過程で、強引な勧誘は後述のような社会問題も引き起こした[2][3]。1960年に戸田が死去すると、池石戦争と呼ばれる後継者争いを経て池田大作が会長に就任する。1964年には創価学会内に「公明政治連盟(その後、公明党と改名)」を創設し、政治にも関与し始める。[4]

本来、創価学会は宗教団体ではなく、日蓮正宗の講(信徒団体)のひとつであった。池田は日蓮正宗総本山大石寺より、信徒のトップである法華講総講頭に選任されていた。しかし創価学会と日蓮正宗との間で次第に教義上の対立が激しくなり、1991年11月、創価学会は日蓮正宗から破門されて「宗門」と「信徒団体」という関係は消滅した。

教義的には日蓮を末法時代の本仏と定め、南無妙法蓮華経の唱題を実践し、日蓮の出世の本懐であるとされる一閻浮提総与の大御本尊を掲げ、「法華経」思想の布教を宣言(広宣流布)し、仏教思想に基づく平和的な社会の実現を目標とするとしている[5]

沿革[編集]

1930年 - 1949年[編集]

  • 東京市立白金尋常小学校(現・港区立白金小学校)校長だった牧口常三郎が「日蓮正宗」に入信。ほぼ同時期に戸田甚一(後の戸田城聖)も折伏され入信。
  • 1930年(昭和5年)
    • 11月18日 - 牧口の『創価教育学体系』第1巻が発行される。戸田は「戸田城外」を名乗る。創価学会ではこの日を創立記念日としている。また「創価教育学支援会」も結成された[6]
  • 1937年(昭和12年)
  • 1939年(昭和14年)
    • 12月 - 「創価教育学会」第1回総会。
  • 1940年(昭和15年)
    • 5月 - 金融業「日本商手」を設立、創価教育学会事務所を現在の東京都千代田区神田錦町に置かれた同社内に移転。
    • 10月 - 東京・九段下の軍人会館(現・「九段会館」)において「創価教育学会」第2回総会。
  • 1941年(昭和16年)
    • 7月 - 機関紙「価値創造」創刊
    • 11月 - 創価教育学会第3回総会。
  • 1942年(昭和17年)
    • 11月 - 東京・一ツ橋日本教育会館において「創価教育学会」第5回総会。支部の数が東京に16、地方に12となる[4]
  • 1943年(昭和18年)
    • 5月 - 創価教育学会第6回総会。直後に神社神道を批判したことで機関誌『新教』が廃刊命令を受ける。
    • 6月 - 学会員の陣野という東京のクリーニング屋がお客さんの子供が死亡した理由を邪教に仏罰と主張し、警察捜査を始める[8]
    • 7月 - 「治安維持法」違反並びに「不敬罪」の容疑で牧口、戸田の他、21名の幹部が逮捕される。
  • 1944年(昭和19年)
  • 1945年(昭和20年)
    • 7月 - 戸田が豊多摩刑務所から出獄。
    • 9月 - 東京都千代田区西神田にビルを取得。創価教育学会本部を再建。
  • 1946年(昭和21年)
    • 3月 - 「創価教育学会」を「創価学会」に改称し、組織整備を始める。
    • 11月17日 - 牧口の三回忌法要および「創価学会」第1回総会を開催。戸田が理事長に就任。
  • 1949年(昭和24年)

1950年代[編集]

  • 1951年(昭和26年)
    • 4月20日 - 機関紙『聖教新聞』創刊[9]
    • 5月3日 - 戸田が「創価学会」会長に就任。小泉隆が理事長に就任。戸田は就任演説において、7年間で75万世帯を折伏することを目標に掲げる[10]。この発言をきっかけに「折伏大行進」が始まり会員が激増した一方、強引な布教に対する社会的な批判が起こる。
    • 7月 - 男子部・女子部など現在のスタイルに近いものを結成[7]
    • 11月 - 『折伏教典』を発刊[7]
    • 12月 - 戸田が宗務院の命により登山し、「宗教法人創価学会」設立に際して3ヶ条遵守を約束。
  • 1952年(昭和27年)
    • 4月 - 「狸祭り事件[4]
    • 8月27日 - 東京都知事より宗教法人の認証を得て9月8日「宗教法人創価学会」が正式に発足する。
    • 11月 - 『新編日蓮大聖人御書全集』、『御書十大部講義』を発刊[7]
    • 12月 - 「水滸会」を発足[11]。教学部の任用試験を開始[4]
  • 1953年(昭和28年)
  • 1954年(昭和29年)
    • 3月 -参謀室設置
    • 10月 - 大石寺で青年部が出陣式[4]
    • 11月 - 文化部設置
    • 12月 - 渉外部設置
  • 1955年(昭和30年)
    • 3月 - 北海道小樽市において、日蓮宗と創価学会との法論が行なわれ「身延派」と呼ぶ日蓮宗を邪教と批判し、日蓮正宗の正当性を主張。
    • 4月 - 政界進出を目指し、第3回統一地方選挙に文化部員を出馬[10]。当時はまだ政党組織がなかったため、無所属で創価学会が推薦するという形を取った。
  • 1956年(昭和31年)
    • 1月 - 戸田が宗門64世法主水谷日昇の隠退表明を拝して「先代牧口先生当時から学会は猊座の事には一切関知せぬ大精神で通して来たし、今後もこの精神で一貫する。これを破る者はたとえ大幹部といえども即座に除名する」との談話を発表[12]。同日の寸鉄では「(創価学会は日蓮正宗の)法主を宗祖大聖人としておつかえ申上げる、どなたが法主様でも一貫不変、これ信者の大精神。」と評した[13]
    • 8月 - 戸田が妙霑寺落慶入仏式に出席。この席で日淳に対し、戸田は「将来、もし学会が大きくなって、宗門に圧力をかけたり、あるいは内政干渉をするようなことがあったら、いつでも解散をお命じ下さい」と将来の破門や講中解散も甘んじて受けるという発言をする。
  • 1957年(昭和32年)
  • 1958年(昭和33年)
    • 3月 - 日蓮正宗の総本山大石寺の大講堂が完成。学会では「大講堂落慶記念総登山」と呼んだ。延べ20万人余の会員が参加。 、また同月、「広宣流布の模擬試験」を大石寺大講堂で行い青年部員6,000人が参加[14]、戸田が広宣流布の一切の後事を青年部全体に託した[15]
    • 4月1日 - 戸田が体調を崩し駿河台日本大学病院に緊急入院[16]
    • 4月2日 - 戸田が死去。学会では死因を「急性心衰弱」と発表。小泉理事長が会長職務代行に就く。
    • 4月8日 - 戸田の告別式を東京・池袋常在寺で営む。12万人が参列と発表。
    • 4月20日 - 戸田の学会葬を東京・青山葬儀所で開催。25万人が参列と発表[17]
    • 5月 - 一部幹部間の後継者争いや対立が発生、戸田の四十九日法要を機に開かれた臨時幹部において戸田の七回忌まで後継者となる新会長を立てないことを決定、戸田幾、細井日達立会いの下、池田、石田、和泉、柏原らが誓約書に署名[18]
    • 6月 - 池田が「総務」のポストを新設し、自ら就任。
  • 1959年(昭和34年)
    • 6月 - 池田が青年部参謀室長を辞任し、総務職に専念。
    • 6月16日 - 長崎で創価学会に学会員から入信を強要されたと19歳の少年が飛び込み自殺、またその母親も後追いで入水自殺をした事が明らかとなる[19]

1960年代[編集]

  • 1960年(昭和35年)
    • 5月3日 - 戸田の没後2年(三回忌)を経て、池田大作が戸田の遺言という嘘を持ち出し数の力を以て会長に就任。理事長に原島が就任。戸田の七回忌までに300万世帯の信徒獲得、大石寺への大客殿の寄進、邪教撲滅を目標に掲げ、自らの会長就任に反対するものは出て行ってかまわないと発言。
    • 6月 - 理事の石田次男を支持する創価教育学会時代からの幹部が池田に反旗を翻し、創価学会内に分派、顕徳会を結成。男子部幹部約200人が顕徳会に賛同、またこれとは別に蒲田支部、大阪支部、九州方面の支部など全国で池田会長就任への批判・反対運動が起こる。池田大作は自らを批判・反対した会員を除名処分とし厳罰を持って臨んだ。この一連の騒動で創価学会を除名されたまたは脱会した会員は15万世帯にのぼる[20]
    • 7月 - 創価学会海外本部を設置[21]
  • 1961年(昭和36年)
    • 11月 - 第10回男子部総会を開催。学会では「不滅の精鋭十万結集」と呼ばれている[22]。また: 同月第9回女子部総会を開催[23]
    • 11月27日 - 「公明政治連盟」(後の公明党)を発足。
    • 大石寺大客殿の寄進の額が32億円余に達する[11]
  • 1962年(昭和37年)
    • 1月25日 - 大阪事件で逮捕されていた小泉と池田が無罪判決を受ける。
  • 1963年(昭和38年)

1970年代[編集]

  • 1970年(昭和45年)
    日本共産党委員長宮本顕治の自宅の電話盗聴器を仕掛ける。
  • 1971年(昭和46年)
    • 4月2日 - 「創価大学」開学(学部・学科の沿革は創価大学を参照)。
  • 1973年(昭和48年)
  • 1974年(昭和49年)
  • 1975年(昭和50年)
  • 1976年(昭和51年)
    月刊誌『月刊ペン』(1976年3月号・4月号)に中傷記事を掲載した同紙編集長隈部大蔵を名誉毀損罪容疑で刑事告訴
  • 1977年(昭和52年)
    • 1月 - 池田が第9回教学部大会における「仏教史観を語る」と題する講演で「出家在家も同格」と発言
    • 5月 - 民社党中央執行委員長春日一幸から公明党中央執行委員長竹入義勝宛に国会で池田の豪華専用施設等について調査し、質問する旨を知らせる手紙が届く[11]
    • 7月 - 池田が大石寺の参詣を一時禁止する[27]
  • 1978年(昭和53年)
    • 6月 - 『聖教新聞』紙上で「教学上の基本問題について」と題し、教義逸脱を是正することを表明。
    • 11月 - 創立48周年記念登山代表幹部会に幹部、全国の教師2,000人らが大石寺に出向く。創価学会が許可なしに模刻して会員に拝ませていた、「本尊模刻問題」について創価学会側が全面的に責を負うかたちで謝罪。辻が「総本山大石寺こそ信仰の根本道場である。戒壇の大御本尊を離れて我々の信仰はない。不用意にご謹刻申し上げた御本尊については、重ねて猊下のご指南をうけ、奉安殿にご奉納申し上げた」と述べ御本尊模刻事件を認め、続けて池田が「総講頭の立場にある身としてこの席で深くお詫び致します」 と謝罪。事態の解決を図った[28]
  • 1979年(昭和54年)
    • 4月24日 - 池田が会長職を辞任し、名誉会長に就任。北条が第4代会長に就任。理事長には森田が就いた。会長の任期を終身から5年に変更
    • 4月26日 - 池田が法華講総講頭を辞任。他の法華講と同様に日蓮正宗の監督を受けることを約束する。日達は池田を法華講名誉総講頭に任ずる。
    • 5月3日 - 日達が創価学会第40回本部総会において問題の収束を宣言。ここに一連の宗門問題が終結する。
    • 7月22日 - 日達が遷化(死去)(77歳没)。
    • 8月6日 - 阿部日顕が宗門第67世法主に登座し、御座替りの儀式、及び御盃の儀を行う。池田も学会幹部とともに参列し「今後私共は、益々御法主日顕上人猊下に御奉公の赤誠を尽くすことを、固く固くお誓い申し上げます」と祝辞を述べる[29]

1980年代[編集]

  • 1980年(昭和55年)
  • 1981年(昭和56年)
    • 7月 - 北条が死去。副会長だった秋谷が第5代会長に就任。以後2006年に辞任するまで秋谷は6選を果たす。
    • 7月 - 沖縄県那覇市議会選挙で浦添市民の学会員11名が選挙前になると本部の指示で住民票の異動を繰り返し、選挙がおこなわれる那覇市に一度も居住しておらず、選挙人名簿から11名が削除される事件を起こす[30]
    • 12月 - 池田大作が会長職を辞任した際、北条をはじめとする幹部達に創価学会の財産は池田家の所有であるという誓約書に署名させていたことやその他内部情報を自由民主党が入手。池田への証人喚問参考人招致を行わないことを条件に公明党が 「日米安保存続」と「自衛隊の条件付合憲」に政策を転換する[31][32][33]
  • 1982年(昭和57年)
    • 11月 - 池田が学会員に対し、日達から日顕に対して血脈相承がなされた旨の指導を行う。しかし、この指導の趣旨は後に覆されることになる。
  • 1983年(昭和58年)
    • 1月 - 『創価新報』創刊。
    • 4月 - 池田が宗門における血脈相承の意義を「宗祖日蓮大聖人の御内証を二祖日興上人を経て、代々の御法主上人猊下に法水写瓶して末法万年の未来へ誤りなく伝承する金口着々・唯授一人の血脈相承。これこそ、戒壇の大御本尊とともに、日蓮正宗の教義、信仰の根本中の根本であり、命脈中の命脈である。このことは、日蓮正宗の信徒であるならば、誰でも知っていることである」と再度指導し、徹底させる[34]
  • 1984年(昭和59年)
    • 1月2日 - 池田が「法華講総講頭」に再任。
  • 1985年(昭和60年)

1990年代[編集]

  • 1990年(平成2年)
    • 11月16日 - 本部幹部会で池田が宗門、および日顕を批判する発言を行う。
    • 12月16日 - 宗門が前月の池田の発言内容について文書で質問[11]
    • 12月27日 - 宗門は法華講総講頭に任期制を導入。これにより1990年末の任期終了と共に池田は法華講総講頭の資格を自動的に失う。
  • 1991年(平成3年)
    • 1月 - 『聖教新聞』紙上で宗門批判を開始。
    • 3月 - ルノワール絵画をめぐる三菱商事の架空取引事件に、創価学会および富士美術館が関与していることが判明、国税庁から事情聴取を受ける。
    • 5月 - 国税局より墓苑事業に関する査察を受け、修正申告を行う
    • 7月 - バブル崩壊のあおりを受け野村證券から4億5千万円もの損失補てんを受けていたことが判明しマスコミから信者の財務を流用したのではと取りざたされる
    • 11月 - 日蓮正宗(宗門)から解散勧告を受ける[11]。学会はこれに対し日顕の退座を要求する文書を郵送して反論[11]
    • 11月28日 - 日蓮正宗(宗門)から破門される[11]
  • 1992年(平成4年)
    • 7月 - 全国の地区幹部の中から「友人葬」などの冠婚葬祭を執り行う導師を任命[11]
    • 8月 - 池田が日蓮正宗から信徒除名処分にされる。
    • 11月 - 『創価新報』が偽造した宴席写真を掲載し日顕を批判。その後日蓮正宗との間で裁判に発展し、学会が敗訴
  • 1993年(平成5年)
    • 10月 - 栃木県・淨圓寺所蔵の日寛書写(享保五年)の曼荼羅御本尊を御形木御本尊として、世界の会員に授与することを制定。
    • 11月18日 - 池田が聖教新聞に連載していた小説『人間革命』が完結。『新・人間革命』の連載開始。
    • 12月18日 - オウム真理教が池田殺害を計画。創価大学キャンパス内でサリンを噴霧し牙城会員数人が被災。この後、本部、全国各地の会館、創価大学、創価学園などの警備が厳重になる。
  • 1994年(平成6年)
  • 1995年(平成7年)
    • 9月 - 東村山市議の転落死に対し市議が創価学会脱会者の救済および創価学会を追及していたこと、警察が十分な捜査なしで自殺と断定したこと、さらには事件担当検事や初動捜査を指揮した警察署長・副署長ら幹部が全て創価学会員だったことが判明すると[35]創価学会による市議謀殺説が流れる。さらに自民党が国会で警察署の捜査体制を厳しく追及するなど政局にも利用、現職警察官の捜査に対する内部告発や転落死関連の訴訟も数多く行われた。
  • 1996年(平成8年)
  • 1997年(平成9年)
    • 1月 - 公式サイト「SOKAnet」を開設。

2000年代[編集]

  • 2002年(平成14年)
    • 4月 - 会則を変更し、初代牧口、第2代戸田、第3代池田の「三代会長」を、「永遠の指導者」とする規定を入れる[36]
    • 4月 - 創価大学剣道部監督だった男性が配下の携帯電話会社社員に指示し、付き合っていた女性やその周辺の通話記録を盗み出す。9月になって、関係者3名が警視庁逮捕される。
  • 2003年(平成15年)
    • 9月 - 教学部員の任用試験が全国一斉に始まる[4]
    • 11月 - 創価学会幹部数人が池田大作の秘書を名乗り巨額の詐欺事件を起こし逮捕された。
  • 2004年(平成16年)
    • 2月 - 東京、神奈川、大阪など10の都府県において一部男子部員が暴走、日顕及び、妙観講を中傷する違法なビラを掲載、配布。後に裁判で学会の組織的関与が認定され学会が敗訴、損害賠償も命じられた。
  • 2005年(平成17年)
    • 7月- 創価学会男子部本部長によるセクハラ・パワハラ問題が発覚、男子部本部長が更迭される。
  • 2006年(平成18年)
    • 11月 - 秋谷が会長を辞任し最高指導会議議長に。会長には原田稔が就任。同月、原田の会長就任披露を兼ねた、新時代第1回本部幹部会開催。幹部会の回数がリセットされ「学会新時代」の開始が宣言される
  • 2007年(平成19年)
    • 9月22日 - 「広布第二幕」第1回青年部幹部会。以後、各部幹部会会合の回数がすべてリセットされる。
  • 2008年(平成20年)

2010年代[編集]

  • 2010年(平成22年)
    • 11月18日 - 設立80周年。老朽化した創価文化会館を建て替え「創価学会総本部会館」を建設すると発表[37]
  • 2015年(平成27年)
    • 11月17日 - 勤行要典の一部改正が発表され、名称を「創価学会 勤行要典」として2016年に発売すると発表される[38]

教勢[編集]

創価学会公称の会員世帯数は827万世帯(2007年時、SGIの会員数は除く)となっており、数字の上では神社本庁(およそ9,000万人)に次ぐ勢力となっている。

会員数については、

と資料によってばらつきがある。

活動[編集]

勤行[編集]

法華経』のうち、法華経方便品第二の冒頭から十如是までと、法華経如来寿量品第十六の自我偈を読誦ののち、「南無妙法蓮華経」と題目を唱える。朝と夕方(夜)の2回行う。

組織活動[編集]

会合、幹部会、指導会、協議会、各部の活動者会、御書講義、記念総会、法要、合同法要、諸精霊追善勤行法要、彼岸法要、世界平和記念・戦没者追善勤行法要、座談会、唱題会

『聖教新聞』の購読者の開拓[編集]

財務[編集]

創価学会では年1度(12月)、会員より「広布基金」(以下財務と表記)という寄付を受付ている。1970年代中頃以前は財務部員(ざいむぶいん)と呼ばれる、事前に学会に登録した比較的裕福な層の会員のみが寄付を行えたが、会則変更により現在では会員歴1年以上の成人は生活保護受給者など一部例外を除き財務を行う義務がある。

「財務」は当初、活動中心者宅に赴き直接納めていたが、一部で「中抜き」等の不正行為や会員の「財務逃れ」が発覚、幹部が処罰されたこともあった[46]。以後は会員各自の銀行振込に改められ、金額も1口1万円以上1万円単位と定められた。ただし、顕正会と違い、学会の財務には学会員一人あたりの上限がない。このため一部地区では幹部が「池田先生への感謝」という名目で全ての地区会員に一人当たり10万円以上の財務を義務付けたり、婦人部幹部が自らの体験談を元に「財務以上の金額の福運が返ってくるから100万円以上の財務をすればそれ以上に自分へ返ってくる」といった内容が掲載され個人間や支部間の財務競争が加熱した[47]後述)。

池田は聖教新聞紙面上で「自らの生活を破綻させてまで財務を行う必要性はない」と加熱する財務競争を戒めた[48]が高額財務を納めようとする信者とそれに反対する信者や家族の間で対立がおき、訴訟に発展した[49]

教学の研鑽[編集]

学会がまとめた『新編日蓮大聖人御書全集』を基に行われる。その資料として機関誌『大白蓮華』が使われ、会員には教学試験の受験が奨励されている。

葬儀[編集]

日蓮正宗破門前は僧侶による葬儀が主流だったが、現在は地域の儀典長を中心に読経の導師とする「友人葬」の形式で執り行われる。原則として友人葬への参列では香典は必要ないとされているが、参列者が香典を持参する事は各位の自由である。また遺族は、参列者が持参した香典を受け取っても問題ではない。また「読経料」「戒名料」などが必要な他宗派と違い、友人葬の導師は、謝礼を一切受け取らないものと定められている[50]

友人葬料金[編集]

友人葬を取り扱っている葬儀社や住んでいる地域によって若干の差は存在するが、東京の場合では友人葬の基本料金は概ね35万円位から50万円位である[51][52]。 友人葬を取り扱う葬儀社によっては、一式で基本料金に含まれているケースとオプション料金として別料金になる場合がある。 オプション料金の一例として

  • 遺体保全のために使用するドライアイスの費用(夏場、冬場問わず)
  • 棺に入れるお花の代金
  • 病院などから遺体安置所、葬儀場所から火葬場などへの移送料金
  • 参列者への通夜振る舞いの料理代金など基本料金に含まれている葬儀社、オプションとして別料金になる葬儀社がある。

また、Web上でオプション料金を表示していない場合があり、詳細は葬儀社への確認が必要である。 それから

  • 納骨は、地区部長を通じて申し込むと、全国にある墓地公園が利用出来る。
  • 儀典長を中心に、生前の名前で葬儀を行う為、戒名料・読経料はかからない。

など創価学会特有の話もある。

布教活動[編集]

他の宗教を信仰する者を改宗させる事を「折伏(しゃくぶく、しゃくふく)」という。

1951年(昭和26年)に戸田が「青年訓」を発表し、青年部を中心に折伏大行進と呼ばれる大々的な勧誘が長期間に渡って行われた。勧誘活動は多くの会員を増やすことになった反面、その強引な手法から社会問題になった。

入会審査[編集]

1950年代から60年代にかけては非常に緩かったが、1970年代以降入会希望者をすぐには受け入れないようになった。現在は同一世帯内に学会員がいない全くの新入会であれば「会員希望カード」を記入させ、そこに記載されている「3つの実践」を始めてから3ヶ月ないしはそれ以上の期間をかけて評価ないしは協議し、地域における学会の活動に根付くと判断された者のみが入会を認められる[53]

ただし既存学会員世帯の子供や配偶者は世帯単位信仰の原則上、地区の統監主任に連絡があった時点で会員カードに記載され、学会員と同等に扱われる。この場合でも、活動に参加していない世帯員に活動参加を強制することはなく、参加させるには改めて折伏を行う必要がある。

また、「3つの実践」をすべて実行できない(特に聖教新聞の購読ができない)場合は、活動に参加する意思があれば地区部長の判断で「会友」(かいゆう)として受け入れることがあるが、これは丁寧に扱われている

冨士大石寺顕正会や正信会の会員であった者が学会への転向を希望する時は、それら組織に入会する前に学会員の経験がないことが前提となる。また入会に際して地区部長や区本部レベルで通常の新規折伏よりも厳しい審査が行われ、総県を担当する副会長や幹部経験者であれば中央本部の承認が必要となる場合もある。

退会手続き[編集]

創価学会を退会する際は

  1. 幹部に直接退会する意思(信仰をするつもりがない事)をはっきり伝える。
  2. 各地域組織にある退会届に必要事項を記入し各支部長に提出を行う。

このいずれかを行えばよい。最近ではパソコンで作成した退会届を中央本部統監部に内容証明郵便で送り付ける元学会員も増えてきており、手軽に行うことができる。

しかし以前は金銭の貸し借りも含め脱会に関するトラブルも時折見受けられたこともあり(創価学会退会訴訟)、現在では学会員間で金銭の貸し借りなどは一切禁止されている。

なお、一般会員が退会の手続きを取らないまま日蓮正宗の寺院で御授戒を受けたり、冨士大石寺顕正会の入信勤行を行ったことが発覚した場合、総県審査会で除名されることがある。退会の手続きを取ったとしても後で取り消されて除名に切り替わることもある。

組織[編集]

現在の主要役員[編集]

(2015年11月現在)

  • 名誉会長:池田大作
  • 会長:原田稔
  • 理事長(代表役員):長谷川重夫
  • 主任副会長:山本武、大場好孝、原田光治、池田博正、谷川佳樹、金沢敏雄、萩本直樹、石嶋謙二
  • 尚、歴代の会長、副会長、理事長、副理事長の職に女性の学会員は就任した事が無いが、会長と同程度の権威を持つ創価学会最高指導会議の議員に就任した柏原ヤスの例がある。

また、会長の任期は当初終身制だったが、池田が会長を辞任した際、「1期5年で再任を妨げない」と変更された。会長が途中で辞任、または死亡によって欠けた場合、後任者は前任者の残存任期を引き継がないとされる。後に、会長の任期は「1期4年」に変更された。

組織体制[編集]

創価学会では世代、地域、職業分野などの形で会員(信者)を結びつける体制を採っている。これらを集中的に管理するのが中央の「統監部」であり、各世帯ごとに作成し中央に提出された「会員カード」によって会員や家族の移動などを把握する。

年齢別組織[編集]

  • 多宝会 - 60歳以上の男女が所属。東京では「宝寿会」、関西では「錦宝会」と呼ばれる。
  • 壮年部 - 基本は40歳以上60歳未満の男性が所属。
  • 婦人部 - 基本は既婚者または40歳以上60歳未満の独身女性が所属。香城会、白樺会などがある。なお、年齢によって15 - 20代の・女子高等部・女子学生部・女子部が結婚した場合は、年齢問わず婦人部の所属になる。
  • 男子部 - 15歳から39歳までの男性が所属(独身・既婚は問わない)。人材育成グループとして創価班金城会牙城会、文化班、サテライトグループ、設営グループ、鉄人会(関西のみ)がある。
  • 女子部 - 未婚の39歳までの独身女性が所属。人材グループに白蓮グループ、華冠グループ 白樺グループがある。結婚後は年齢問わず婦人部員になる。
  • 学生部 - 男子の大学(院)生・専門学校生で構成。人材グループ21世紀伸一会もこの中のひとつ。
  • 女子学生部 - 女子の大学(院)生・専門学生で構成。女子学生部は女子部同様、学生結婚でも創価学会に於いては結婚後は年齢問わず婦人部員になる。
  • 未来部- 18歳未満(未就学児、小学生、中学生・高校生)を対象とした組織。中等部・全日制高等部(男子・女子)、夜間高等部・通信制高等部(男子は北斗会・女子は南斗会)、少年少女部(未就学児、小学生男子・女子を対象)がある。

地域別[編集]

上から、中央(学会本部) - 方面 - (小)総県 - (分)県 - 圏(地域によっては無し) - 本部 - 支部- 地区 - ブロック となる。

  • 「方面」は北海道・東北・東京(東京都・山梨県)・関東(千葉県・埼玉県・茨城県・栃木県・群馬県)・東海道(神奈川県・静岡県)・信越・中部(愛知県・岐阜県・三重県)・北陸(富山県・石川県)・関西(福井県・滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県・奈良県・和歌山県)・中国・四国・九州・沖縄の13に区分されている。一般的な地方の区分けと一部異なる。括弧書きがない「方面」は一般的な区分けと同じ。また、東京・関東・東海道は同会における「首都圏」とされる(法律上の首都圏と異なる)。

分野別組織[編集]

文芸部、ドクター部、白樺グループ 教育本部、学校教育部、幼児・家庭教育部、社会教育・教育相談部、国際本部 通訳・翻訳部国際ボランティア部、国際交流部、在日外国人部、社会本部、社会部専門部、地域本部、農村部、離島部

 末端会員と幹部との待遇格差[編集]

創価学会の末端会員は会合や選挙応援等学会活動にかかる交通費や食事代、宿泊費などの諸経費はすべて自己負担、手当もなく活動は全て無償のボランティアである。しかし、中央本部芸術部に所属する芸能人学会員や学会幹部は会合や選挙応援等学会活動を行う際に学会本部から交通費、宿泊費が出るほかに動いた分の手当も支給されることがある[54]。ゆえに学会幹部は交通費や食事代、宿泊費などの諸経費を自腹で賄うことはなく、必然的に金を使わない仕組みとなっている。
財務省発表によると2002年から2004年までの創価学会の収益額は平均160億円前後である。
創価学会の不動産資産
創価学会の施設は全国に約1200箇所存在する。島田裕巳の試算によれば本部がある新宿区信濃町の施設の不動産合計は地価約479億2412万9千円。仮に全国の不動産資産が新宿区信濃町の地価と同程度だと考えてもは8280億円ほどである[55]。なお、自民党が以前内々に試算したところでは創価学会の資産はおよそ9兆円という[56]

民族としての創価学会、その社会的な意義[編集]

戸田城聖が1951年に第二代会長に就任した時点での創価学会の会員は5000世帯程度であったが、戸田は75万世帯の折伏を宣言し、戸田が亡くなる1958年には、100万世帯を超えていた。 1960年末には174万世帯、1970年1月に756万世帯、2010年時点で827万世帯という数になった[57]。このような創価学会の急激な成長、巨大組織化について、島田裕巳は戦後の混乱期に続く高度経済成長の申し子であると分析する。つまり、昭和30年代から40年代の高度経済成長期には、仕事を求めて故郷をはなれて都会を目指し多数の青年たちが、大企業中心の総評などにすいあげられることもなく、未組織労働者・中小零細業者として孤立無援の生活を送らざるを得なかった人たちが、組織化されて、「民族」とも形容できる濃い人間関係ができあがっていった。この組織化が画期的であり、そこに創価学会の社会的な意義があったというのである[58]

教義関連[編集]

教義[編集]

  • 宇宙そのものを個別の生命体を生み出す一つの大きな生命とみなし、この大生命が“仏”であり、さらに宇宙と生命を支配する永遠普遍の法則を表したのが「南無妙法蓮華経」という題目であるとする。
  • 日蓮を末法の御本仏と仰ぎ、御本尊を信受し、日蓮の御書(書き残したもの・遺文)を根本として、日蓮の御遺命である全世界広宣流布を実現することを目的としている。
  • この宇宙そのものを仏と看做す宇宙法界論に異を唱えたのが、創価学会元理事石田次男であり、「六師義は正理でしょうか」「現代諸学と仏法」に詳しく根本教義が解説されている[59]
  • 日蓮は、釈迦が自らの教えの中で『最も優れた教えは法華経である』との釈迦の自身の宣言に従い、南無妙法蓮華経を布教し日蓮仏法を確立した。
  • 創価学会独自の教義として戸田時代の「師が弟子を守る」という教義が池田時代へ入ると「弟子が師を守る」というように様変わりしたと主張する者が出た[60][61]

経典[編集]

法華経』(方便品・寿量品)、『新編日蓮大聖人御書全集』、『日蓮大聖人御書辞典』(「創価学会」発行)

勤行[編集]

仏壇の前で経典を読誦する行為。法華経の一節「方便品第二」と「如来寿量品第十六」を読み上げる。法華経の漢訳文を声に出して読む。会員は朝と夕、一日に二回「勤行」を行う[62]

唱題[編集]

「南無妙法蓮華経」という題目を唱える行為。「勤行」のあと、随時「題目」を唱える。「勤行」を行わずに、「題目」を唱えてもよいとされる[63]

本尊・本仏[編集]

本尊[編集]

  • 平成26年11月6日までは日蓮により弘安2年10月12日に図顕された一閻浮提総与の大御本尊と呼ばれる文字曼荼羅であったが、現在は異なる。
  • 以前は“日蓮正宗総本山大石寺に安置されている本門戒壇の大御本尊”とされて来たが、2002年の会則変更により表記が変更された。さらに2014年の会則変更により、日蓮正宗総本山大石寺に安置されている本門戒壇の大御本尊は受持の対象ではないと聖教新聞上で公式発表された。
  • 現在の総本部に安置されている創価学会常住御本尊は、第2代会長戸田城聖が発願し、当時の日蓮正宗法主・日昇上人によって書写、授与された紙幅の本尊を板に彫刻したものである。この日昇上人が授与された御本尊は、日蓮正宗総本山大石寺に安置されている弘安二年の本門戒壇の大御本尊を書写したものである。
  • 創価学会(日蓮正宗型のものある)独自の仏壇を自宅に安置する。
  • 一時期、「謗法払い」といって以前信仰していた時の仏壇や神棚を焼却させることもあったが[4]。創価学会は新入会希望者に対して、
    1. 入会希望者自身が、かつての信仰対象の処分・返却を行うこと。
    2. 本人が承諾しても他人が手伝ったり預かって持ち帰ったりしないこと。
    3. 謗法払いは入会する会員自身が自から自分自身で行う。
    4. 同居家族や所有関係者の事前了解を得ること。
を指導として徹底している[64]
  • 日蓮正宗法主、管長、阿部日顕が創価学会および会員を破門してからは、日蓮正宗の歴史上最も尊敬されている法主である第26世日寛書写の本尊を会員へ授与する。なお、この日寛の本尊とは、前述の日蓮の本尊を日寛が書写したものであるが、会員に授与される段階では題目部分に加筆修正が見られる。
  • 諸事情で自宅に仏壇を安置できない場合は、「お守御本尊」と呼ばれる小型の御本尊の授与を受ける。この本尊も日寛書写のものである。
  • 各会館には日寛書写本尊が安置されている。ただし、大型会館や建設時期が古い会館では大石寺64世水谷日昇や66世細井日達書写の本尊が安置されている場合がある。

本仏[編集]


国連NGOとしての活動[編集]

創価学会は国連広報局登録NGOである[66]。 SGI(創価学会インタナショナル)は1983年(昭和58年)に、国連経済社会理事会との諮問資格を持つNGOとして登録された[67][68]。 SGIニューヨーク国連連絡所は、2009年(平成21年)に、国連の「軍縮・平和・安全保障NGO委員会」において議長を務めた。SGIジュネーブ国連連絡所は、特に人権教育のテーマで活動を展開。2005年からスタートした国連の「人権教育のための世界プログラム」は、コスタリカ政府とSGIが中核となって実現している[69][70]

社会問題にまで発展した問題[編集]

入信強要による差別や自殺[編集]

折伏大行進」により学会員が主導した入信強要による自殺者が全国で急増した。1959年6月、長崎県に住んでいた当時19歳の少年Aは創価学会員から度重なり入信を強要された。入信を拒むAに対し学会員は自宅で座り込みをするなどの暴挙に出たためAは根負けし入信。入信から20日後Aは「創価学会への入信は誤っていた。(強要に屈し)入会したのは自分がしっかりしていないからだ」という遺書を残し自殺、Aの自殺を知った母親も後追い自殺をした。中国新聞は「創価学会に入信強要されたばっかりに二人ともこんなことになって」という談話を掲載した[71]。その後週刊新潮がこの事件を報道。その中でAの自殺は創価学会への信仰の薄さが原因とする学会員から匿名の手紙が届き、それを見てショックを受けた母親が後追い自殺をしたと結んでいる[72]。またこのような入信強要に関連した自殺話は全国にまたがっている[73]。近年でも創価学会員による悪質な入信や支持政党公明党への投票強要が行われている実態が明らかにされている[74]

また、会社などにおいて入信を強要したケースもある。2007年に6月に倒産した「太洋開発」では社内において社長が社員に創価学会への入信を強要し、入信しない社員に対して昇進・昇給で差別したり給与支払いを拒否していていたことが発覚した。しんぶん赤旗によれば同社では創価学会に入るか否かで昇給にも露骨な差別があるといい、技術者で入社したAさん(仮名)は今年三月、社長と社長の長男の取締役がいる席によばれ、昇給について告げられました。太洋開発の給与は、「妙法による山分け」と称する特異な算法で決まるシステムですが、それによるとAさんの給与は約44万2千円となるはずでした。しかし、その席で社長は、表を指さしながら「本来はその金額になるはずだが、ランクは上げられない。キミは学会に入らないし、聖教新聞も購読しないからだ」とAさんに告げ示された金額は、約9万円も低い約35万8千円だったという。Aさんは「私は学会に入らず差別されましたが、一方で入信して給料が上がった人もいます。思想・信条の自由を踏みにじって労働者を差別し、あげくには倒産で給料不払いなんて許せません」憤りを明らかにした。自由法曹団団長の松井繁明弁護士は賃金や残業代の支払いは経営者の義務。生産性を維持するのも経営者の責任であり、「労働者の生産性が低いから賃金を払わない」という抗弁は成り立たない。また内装業は思想や信仰に関係の無い業種です。その従業員に特定の信仰を事実上強制することは、憲法一九条(思想良心の自由)、同二〇条(信教の自由)に反する。また労基法三条は、労働者の信条を理由に賃金などについて差別的な取り扱いをすることを禁じており、これにも違反しているとコメントした。また同会社では月に一回の割合で、全員参加による「座談会」が開かれます。社長の音頭で、その日、会社にいる人間は「全員集合」がかけられ、「人間主義」などのテーマで、議論させられている、4月の座談会には7月の参院選で当選した山口那津男が訪れ、支持を訴えたと結んだ[75]

言論の自由及び出版の自由に対する問題行動[編集]

創価学会は日本国憲法で保護されている言論の自由及び出版の自由通信の秘密に対する問題をたびたび起こし組織として問題や事件への関与を指摘されることもあった。ここにあるものはその一例である。

言論出版妨害事件[編集]

1960年代末から1970年代にかけて創価学会と公明党が会長の池田大作や自らに批判的な書籍の出版、流通を阻止するため、学会員や公明党員が著者、流通業者、取次店、書店に脅迫や圧力をかけて出版を妨害したり出版前の原稿に自らの主張を織り込むよう改ざんを命令した事件。これらの行為が、憲法に保障された言論の自由及び出版の自由を侵害するものだとし、創価学会・公明党がマスコミから激しい社会的批判にさらされると共に、創価学会・公明党の密接な関係が政教分離の観点から問題視された。1970年(昭和45年)、池田大作が「言論妨害の意図はなかった」としながらも妨害行為に対し公式に謝罪、創価学会・公明党の問題点を改善することを公約した。

月刊ペン事件[編集]

雑誌『月刊ペン』が掲載した「四重五重の大罪犯す創価学会」や「極悪の大罪犯す創価学会の実相」という記事が名誉毀損罪にあたるとして、編集長の隈部大蔵が告訴され隈部が有罪となった事件。

宮本顕治宅盗聴事件[編集]

1970年、日本共産党委員長宮本顕治の電話回線を創価学会の学生部幹部数名が盗聴。日本国憲法で保護されている通信の秘密を侵すものとして創価学会は数名の逮捕者を出した。

携帯電話通話記録窃盗事件[編集]

2002年、当時創価大学剣道部監督だった創価学会幹部が交際していた女性の浮気を疑い通信会社に勤務していた部下の学会員に浮気調査の名目で女性や女性が付き合っていた別の男性 A(仮名)の通信記録を調べるよう指示し盗み出したというもの。日本国憲法で保護されている通信の秘密を侵すものとして学会員3名が電気通信事業法違反で逮捕され、全員が有罪判決を受けた。また捜査の中で創価学会に反目する団体幹部やジャーナリストの通信記録も盗んでいたことが発覚した。

Yahoo! BB顧客情報漏洩事件[編集]

2004年、外部からの不正アクセスによりYahoo! BBの顧客情報が漏洩した事件。逮捕された元社員の中に創価学会幹部が2名含まれていたことが明らかとなる。また逮捕された学会幹部の一人は以前宮本顕治宅盗聴事件でも逮捕・起訴されていたことが判明、ジャーナリスト乙骨正生はこの事件が学会主導で行われたのではと推論を述べた。

学会幹部による問題行動[編集]

池田大作排斥運動[編集]

会長就任直後の1960年5月、池田大作会長就任に反対する会員や幹部が池田大作を排除するべく計画を練った。計画では池田がかつて行動隊長を務めていた蒲田支部、大阪事件を起こした大阪の支部で池田が所属していたときに起こした女性問題など実情をあげて批判し、相当数の会員の同調を得たところで池田に退陣要求を行う予定であった。計画も女性問題など実情をあげた批判が功を奏し、全国の支部で多くの会員が池田の批判に同調した。しかし、創価学会本部の素早い対応の前に計画は頓挫、一部幹部は顕徳会を作り抵抗したが池田批判に同調した末端会員はことごとく除名処分や自主退会に追い込まれその数は15万ともいわれている[76]。また、除名処分を受けなかった会員の中にも池田に対する不信感が芽生えていた。そのため池田は戸田が著作していた『人間革命』の執筆を再開、また幹部たちを地方に派遣し「池田が戸田から後継者として指名されていた」などと事実をねつ造し伝え末端会員の信頼回復につとめた。

池田大作落書き訴訟[編集]

1970年(昭和45年)当時、会長職にあった池田が、創価学会第一庶務に在籍していた女性信者の娘の顔に、マジックで落書きをした。後日、娘から事実を知った女性信者が激怒して脱会、池田を民事訴訟で訴えた[77]

池田大作レイプ訴訟[編集]

1996年、北海道創価学会の幹部を解任された女性が、「過去数回にわたり創価学会名誉会長池田大作からレイプされた」との告発手記を『週刊新潮』に掲載、女性とその夫が池田を相手取り損害賠償請求の訴えを起こした。判決は「訴権の濫用による却下」という判決が下ったが、被告である池田が一度も出廷をしなかったことからさまざまな憶測を呼び、当時敵対関係にあった自民党が機関紙に池田レイプ問題を数度掲載、池田の証人喚問を国会で要求するなど政局に利用された。

セクハラ疑惑[編集]

創価学会男子部本部長を務めていた幹部が創価学会本部第一庶務課の女性複数人と結婚の約束をするなどし性的な関係を持ち、性的関係を拒否した女性へは立場を利用したパワーハラスメントやセクハラを行う等の行為を行った。幹部は職を解任されたが女性たちから民事で訴えを起こされるなど問題になった。また国外の例ではフィリピンSGIで幹部が女性メンバーに対しマッサージを命じたりキスをしたが被害者がSGIの理事会に対し、抗議書を送りつけた事で発覚した。問題の幹部は、セクハラ容疑について事実を認め、「悪意はなかった」とコメントしたがフィリピンの『サン・スター』紙は同幹部がセクハラ問題以外にフィリピンSGIの資金を横領したと報じた[78]

日蓮正宗住職交通事故死事件[編集]

北海道で日蓮正宗住職の運転する車と学会員の運転する車が正面衝突し、住職が死亡、学会員が重傷を負った。現場検証で住職の全面過失と認定されたが、住職の車と衝突した車の運転手が学会員と判明すると、一部のマスコミが事故は創価学会の陰謀とする記事を掲載した。自民党議員が国会で追及したが、当事者の学会員は週刊新潮名誉毀損で訴え勝訴した。しかし、事件当日、創価学会が札幌市内で『遂に日蓮正宗天罰下る!室蘭住職交通事故死!ガードレールに衝突し、10:20頃死亡』というビラを配布したことも明らかとされた[79]

選挙に対する組織的不正[編集]

創価学会が組織的に選挙違反を行い逮捕者を出したケースが多々存在する。一例をあげる。

大阪事件[編集]

1957年4月に参議院大阪地方区の補欠選挙が行われた際、創価学会員が大阪あいりん地区に住む日雇い労働者達に候補者名の氏名の入ったタバコや現金を渡したとして創価学会員ら47人が公職選挙法違反で逮捕された。創価学会の池田大作が全体を指揮した組織的犯行として幹部だった小泉隆、池田大作も含まれた。

裁判では組織的指示はなかったとして小泉隆、池田大作は無罪、45人に有罪判決が下されたが有罪となった会員45名は戸田会長の名で会員除名処分を受けた。

新宿替え玉事件[編集]

1968年に行われた参議院議員選挙で創価学会が不在者投票を悪用し本人になりすまし投票を行ったとされる選挙違反事件。創価学会員14人が逮捕され、14人全員に有罪判決が下された。

選挙活動妨害[編集]

創価学会員による選挙活動妨害が発生している。活動妨害で学会員が逮捕、告訴された例もある。

  • 2003年3月神戸市兵庫区で、創価学会員が、宣伝をしていた日本共産党兵庫区業者後援会員に暴行を加え現行犯逮捕された。後援会の人たちが共産党の躍進を政党カーから訴えていたところ、男が近づいてきて「共産党はウソばっかりいっている。公明党は戦争に賛成してないぞ」などとどなった。後援会員が「妨害はやめてください。お宅はどちらさんですか」と尋ねたところ、男は「創価学会員のA(仮名)や」といい、後援会員の首のつけ根を両手でつかんで振り回したり、平手打ちを加えたため警察に通報、Aを現行犯で逮捕した。また同じ兵庫区内では同じく政党車から宣伝中の業者後援会に、創価学会員の男性B(仮名)が「うるさい。子どもが起きたやないか」などといって妨害。制止しようとした後援会員に次つぎと殴る蹴るの暴行を働き、5人に軽傷を負わせた。Bは駆け付けた警察に現行犯逮捕された[80]
  • 2003年4月12日埼玉県所沢市で埼玉県議選挙のビラを配布していた日本共産党員に対し、「公明党」と名乗る男C(仮名)が「法定ビラの配布は公選法違反」などと言いがかりをつけ、法定ビラを奪い、共産党員に暴行を加えた。共産党員が「違反ではない。妨害するな」と、抗議し配布を続けようとすると、Cは共産党員に突然殴りかかり、手で肩を強く突く、体当たりするなどの暴行を働いた。さらに、共産党員が持っていたビラ十数枚を奪い持ち去った。通報を受け現場にきた警察官が「法定ビラ配布は問題ない」と説明するとCは立ち去った。暴行事件を受け共産党は同日、Cを暴行罪で所沢警察署に告訴した[81]
  • 2003年4月11日所沢市で、日本共産党後援会員がビラを配布中、車に乗った学会員Dが「選管」を詐称し、「このビラは違反だ」と選挙活動を妨害する事件が発生。後援会員がDに氏名と聞くと、Dは車を急発進し立ち去ったがその直後に再度「このビラは違反」と妨害。その後の後援会員の追及にDは「創価学会員」と認めた。共産党の後援会員が、選挙管理委員会事務局に確認したところ、後援会員に「選管」と名乗った女性の該当者はいないことが判明。赤旗の取材に対し選管事務局は「悪質な行為で選挙管理委員会に報告し、検討したい」と回答した[81]

「連れ出し」不正投票[編集]

認知症の老人を一緒に投票所へ連れて行き公明党へ投票させようとした通称「連れ出し」という行為を行い学会員が公職選挙法の投票干渉で逮捕されたケースも存在する。特に2001年の参議院選挙で創価学会は全国各地で逮捕者を出し、各地方新聞に掲載された[82]。しかしこのケースは自民党や民主党も選挙で行い逮捕者を出している[83]

2010年の参議院選挙で検挙されたケースは、知人の複数の高齢者の手の平に「選挙区の自民候補と比例代表の公明候補の名前をペンで書き投票を誘導した疑いが持たれている[84]

2012年第46回衆議院議員総選挙でも創価学会は愛媛県大阪府鹿児島県栃木県などで組織的に投票干渉を行い逮捕者を出した府県もある。愛媛県では「比例代表は公明党、選挙区は塩崎恭久氏(愛媛1区、自民党)」というメモを判断能力に欠けた高齢女性(認知症患者)に持たせて投票させた容疑[85]で学会員が検挙されている。

大阪府警検挙したケースでは、街頭で声をかけた20代の女性を期日前投票所まで一緒に連れて行き、比例代表で公明党に投票するよう促した疑いが持たれている。また、鹿児島県奄美市略式起訴されたケースでは、介護施設の職員が自身の入所者に対して「自民党の候補者の名刺に公明党と書いた紙片を付けて渡し、それぞれ選挙区と比例代表に投票」させようとしていた疑いが持たれている[86][87]

また、栃木県のケースは選挙管理委員会のミスもあり検挙されなかったが、未成年者が代行投票を行ったり80歳代の老人が自分自身と孫の投票を行った事例がある[88]。投票用紙は回収されず『有効』扱いとなったが過去に創価学会が組織的に替え玉投票を行い逮捕者を出した関係から創価学会員の関与が疑われ、指摘されている。

しかしながら、このように表面化したケースはあくまで一部であり、これらは氷山の一角であると考えられている。何故なら、信者が投票を指示したという具体的な物的証拠がほとんどなく、判断能力の低下した認知症などに罹患した高齢者がターゲットにされているケースも多く、犯行の証言を得ることが難しいからである。投票所の監視を強化してもイタチごっこであると、警察など捜査関係者は頭を悩ませている[89]。また警察内部や警察幹部に創価学会や公明党関係者が圧力をかけ池田大作や幹部まで捜査の手が及ばないようになっていたり捜査自体が終了した事もある。例として1968年に創価学会が起こした替え玉投票事件では当時公明党委員長だった竹入が警視庁に『共産党と本気で戦う我々を見殺しにすると、日本は大変なことになる』と訴え、創価学会の生命乞いをした。その後検察庁からの捜査要請を警視庁が拒否するという前代未聞の形で、捜査は終了し事件拡大は辛うじて防がれたという経緯が存在、この竹入の対応を池田大作は「警察だって動かしているのは竹入、井上だよ。龍なんかおどすだけで味方にならない。竹入の一声だよ」と高く評価している点が挙げられる[90]。 また1965年の参院選で創価学会が大量の選挙違反者を出した時にも、竹入は「このまま捜査を拡大させるようだと、警視庁の予算、とくに機動隊の予算を、大幅に削るぞ」と警察首脳に脅しをかけ捜査を強制終了させ逮捕者を一人も出させなかった経緯も存在する[91]

また創価学会は公職選挙法で禁止している「投票日当日の選挙活動」を行っているという。上記、認知症患者の選挙の件にあるように有権者の連れ出し行為を行っている。詳細は以下である(参考資料は『朝日新聞』『毎日新聞』『千葉日報』『埼玉新聞』『北日本新聞』『徳島新聞』『佐賀新聞』)

  • 投票日当日は誰が町内の有権者を連れていくかを再確認。(ひとり暮らしの老人や、投票所に出向くのが億劫な人を主に対象にしていた)。
  • まず先に自分たち創価学会員が投票を済ませる。
  • 前もって約束した有権者宅に向かう。時間は厳守。
  • 有権者をクルマに乗せて投票所へ向かう。クルマの中では「比例区は公明党、選挙区は○○さん(公明党や自民党の候補者名)」と何回でも繰り返し唱える。覚えが悪い人には「メモ」を渡したり、手のひらに候補者名をサインペンで書く。しかしこれが投票所で発覚し、創価学会員が選挙違反で捕まったケースも多々ある。
  • 有権者の投票が終わると次の「連れ出し」の準備に取り掛かる。
  • この方法は投票時間終了まで続く。

佐賀新聞では逮捕された学会員が不在者投票所の入り口で『公明党の候補者名を書くように言ってある。メモを持たせてある』などと佐賀市選挙管理委員会職員に直接話したのを佐賀警察署の署員が聞いていた事も明らかになっている。また埼玉新聞では逮捕された学会員は施設に勤める介護福祉士であり、投票を依頼されたのはその施設の利用者という、完全なる「強者と弱者」の関係において実行されており、創価学会による卑劣極まりない組織犯罪であると断罪している[92]

なお、この行為にかかる交通費など諸経費はすべて学会員の実費である[93]。 なお、上記行動は公職選挙法で厳しく禁じられている。

電話による投票依頼[編集]

公明党は支持母体の創価学会が中心となり友人、知人に対し公明党への電話による投票依頼が行われる。これは創価学会が政界へ進出してから行われており長い歴史がある。最近では携帯電話の普及もあり友人、知人へ直接投票依頼が行われるようになった。この現象は「F取り」や「F作戦」と呼ばれている。

実際には、電話による投票依頼は日本の政党すべてで行われている。創価学会と他の政党との違いは、他の政党の投票依頼はアルバイトやボランティアが候補者の選挙事務所から行い、通信費用は候補者や政党が全額負担、アルバイトには給与が出ているのに対し、創価学会の投票依頼は候補者から委託されたわけではなく、学会員が各々の家庭や携帯電話から通話し通話費用も全額自己負担であるという点である。

そのため創価学会が行っている電話による投票依頼は公職選挙法に抵触していると主張する者がいる。創価学会内部でも公職選挙法の問題や、投票依頼によって、選挙のたびに公明党への得票数や獲得議席数が減少している事実を受け、学会員各々が行うのではなく選挙事務所から候補者負担の下、投票依頼を行うべきであるという意見や、通信費用は自己負担ではなく党や候補者が負担すべきという意見も出ているが、実現には至っていない。

上記の事件や実態のように日本の選挙において複数回問題を起こし逮捕者を出している例は創価学会以外では無い。またそれ以外にも選挙期間中に創価学会の文化会館を使い選挙運動を行っている実態や創価学会員を使った戸別訪問や電話での投票依頼が国会、マスコミで問題視されたこともある[94]

投票所襲撃事件[編集]

昭和44年7月に行われた東京都議会議員選挙において、百数十人の暴走した学会員が投票所を襲撃した事件。投票終了時間後に投票に訪れた創価学会員二人が投票できなかったことを理由に、当時の公明党代議士伊藤惣助丸の秘書と名乗り、女性・高齢者を含む投票立会人四人に集団暴行を加え怪我を負わせ、学会員一名が「選挙事務関係者・施設に対する暴力罪、騒擾罪等」で逮捕された[95]。この事件は国会でも取り上げられ翌年5月、衆議院の公職選挙法改正に関する調査特別委員会で質問に立った共産党青柳盛雄がこの問題を取り上げ公明党と創価学会の政教一致問題としてを追及した。

住民票異動疑惑[編集]

創価学会が組織的に選挙前に住民票を異動し公明党候補へ投票しているという疑惑。古くは新宿替え玉事件で逮捕された学会員の供述から創価学会本部の指示で選挙前に意図的に住民票を異動したものがいるとの内容を警察が得たことにある。このとき創価学会は竹入が警察に圧力をかけ警察庁の要請を警視庁が拒否するという形で新たな逮捕者を出さずに終了した。 1981年の沖縄県那覇市議会選挙では那覇市の選挙権を持った有権者が那覇市に在住しておらず居住実態がなかったことから調査が開始された。その中で浦添市民の学会員11名が選挙前になると那覇市と浦添市の間で住民票の異動を繰り返していたが、実際那覇市には一度も居住していなかったことが発覚した。那覇市の選挙管理委員会は対象の学会員11名を選挙人名簿から削除した[96]沖縄タイムス琉球新報は紙面で創価学会の行動を厳しく非難した[97][98]

また、住民票異動疑惑は著名人や雑誌でも取り上げている。

そのほかの問題[編集]

マインドコントロール・幼児期からの教育[編集]

創価学会はマインドコントロールの問題を指摘されている。創価学園による一貫教育「子供を勧誘し、教化する」行為や、毎日購読される聖教新聞などによってマインドコントロールが行われている。元公明党の委員長であった矢野絢也は「創価学会員二世、三世は幼い頃から、家庭において池田大作が著した絵本やアニメを見せられ、いかに池田と創価学会の教義が素晴らしいかを刷り込まれる。しかも、一貫教育システムにより、筋金入りの創価学会員としてエリート教育される。一貫教育システムという醸成装置があればこそ、創価学会は次々と新たな学会員と「池田名誉会長」を信じて疑わない幹部を養成できる。」と指摘している[99]。このほか、現在の学会の幹部は、こうした「池田チルドレン」たちによって固められ、また公明党議員も創価大学出身者が多くを占めている。このような教育によって、学会は強固な組織となり、池田の独裁体制も確立されたとしている[99]

この点はフランス政府からも問題視され公文書に記載された。 フランス政府公文書原文

日本語訳

創価学会と犯罪[編集]

創価学会は組織的・非組織的を含め様々な犯罪や社会問題を起こし学会員が逮捕されている。中には裁判所が創価学会の組織的関与を認めた事例も多数ある。裁判所が認めた創価学会の組織的関与として大阪事件新宿替え玉事件[100]練馬区投票所襲撃事件[101]に代表される選挙違反、創価学会違法ビラ事件[102]偽造写真事件[103]コーヒーカップ裁判[104]宮本顕治宅盗聴事件[105]に見られるような反目する団体への誹謗中傷行動、手帳強奪事件[106][107]のように学会と袂を分かった元会員や学会幹部への犯罪行為、違法行為などが挙げられる。近年では創価学会をバックボーンに持つ公明党が国政・地方で議席を有し政治的権力を持ち始めると(公明党議員の)口利きを頼りとした生活保護の受給目的等で創価学会に入信した犯罪者が犯罪を起こしたり、公明党の議員自身が立場を利用した口利きによる不正受給を行ったケースがあったものの創価学会側は「生活保護受給の口利きなどを行なったことは一切ない」「うちらの組織が利用されただけ」と回答、組織との無関係を主張している[108][109]。創価学会は入信希望者には事前に「入会審査」が行われるが、入会審査は創価学会の活動に従事できることや、日蓮正宗冨士大石寺顕正会など反目する団体への所属歴を確認するものである。創価学会が宗教団体として活動している以上、日本国憲法第20条信教の自由が保護されているため、入信希望者を犯罪歴があることだけを理由に入信を拒否することが出来ないことには留意が必要である。しかし、創価学会側も支持政党公明党の得票数が選挙毎に減少する中、組織票確保のため犯罪歴がある者へ入信を斡旋したり(入会)希望者の審査基準を甘くしているという実情もある[110]。また、戸田会長時代には大阪事件などの刑事事件を起こして逮捕された末端会員は例外なく除名という厳罰を以て処された。しかし、池田体制以降は一度犯罪を起こし逮捕された学会幹部を除名せず、その幹部が数年後再び刑事事件を起こし学会幹部として逮捕されたこともあり組織として学会の体質が批判されたケースも存在、[111]。しかし携帯電話通話記録窃盗事件のように3名の学会員が逮捕され、通話記録を盗まれた被害者から告発を受けながらも裁判では創価学会の組織的関与を否定したケースもあった[112]

また1965年には創価学会による東京都議会議員選挙替え玉投票疑惑が発覚、自民党が都議会議員選挙で不正投票が行われたと選挙のやり直しを求めるまでにいたったが、どの政党がや支持団体が不正投票を行ったかまでは明らかにされなかった。

創価学会による反社会的活動や人権侵害行為によって、被害を受けてきた人々が結成した創価学会による被害者の会(自由の砦)は創価学会員が起こした違法行為、不法行為を糾弾している。創価学会による被害者の会自由の砦

過去に起こした事件の美化、改竄[編集]

創価学会では大阪事件や言論出版妨害事件等、社会問題化した事例を近年美化、改竄する傾向があり批判されている。創価学会が引き起こした言論出版妨害事件では創価学会と公明党が自らに批判的な書籍の出版、流通を阻止するために、著者、出版社、取次店、書店等に圧力をかけて妨害したとされる事件であるが、池田の著書「新・人間革命」では「衆院選前に、藤沢達造(藤原弘達の仮名)の本とともに、学会の批判本が次々と出されたのだ。暗黒の嵐が吹き荒れ、伸一(池田氏の仮名)を倒さんとする、攻撃の毒矢が放たれたのであった。」と掲載[113]されている。そのため創価学会・公明党が起こした社会問題を年月が経ったことに乗じて、歴史を改ざんするものだという批判がなされている[114][115][116]。また、大阪事件でも逮捕された池田自身の著書「人間革命」において池田が口を割らないため、食事を与えない、手錠をかけたまま取調を行う、また、当時既に体調を害していた戸田会長を逮捕すると恫喝するなどの捜査を行ったと記したり、『池田大作の軌跡』第1巻(潮出版社)では戦前からの思想検事閥の存在が大阪地検特捜部の背後にあるのではないかとの推論を述べているが、大阪事件の公判では取り調べ時に検察が池田大作に上記行動を行ったとされる供述は無い。

日蓮正宗との関係と対立[編集]

本来は日蓮正宗の在家の信徒団体であったが、戸田が布教の利便と宗門である日蓮正宗を外護のため、宗門に宗教法人格の取得の許可を願い出た。 日蓮正宗は「新規会員は信徒として末寺に所属させること」、「教義を守ること」、「仏・法・僧の三宝を守ること」を条件に承諾した[11]。「言論出版妨害事件」を機に、「国立戒壇」の教義を放棄したことに反対する同じ日蓮正宗の信徒団体である「妙信講」(現:「冨士大石寺顕正会」)との間で教義をめぐり対立した[11]

昭和52年路線[編集]

1977年(昭和52年)1月の教学部大会において、池田は「創価学会は在家・出家の両方に通じる役割を果たしているから供養を受ける資格がある」、「創価学会の会館や研修所は現代の寺院である」、「信心の血脈は創価学会に受け継がれている」などの発言をする[4]。これに対し、宗門である日蓮正宗側は池田の主張は教義からの逸脱であると批判。翌1978年には、学会が法主日達の許可を得ずに赤沢朝陽に本尊を謹刻させ、入仏開眼法要をしていた[117]事実につき、山崎正友が独自に宗門若手僧侶を扇動し、批判活動を行わせた。

学会幹部が大石寺に登山を行う事で一応は収まったものの、その後も日蓮正宗(宗門)僧侶や檀徒による批判は続いた。

1979年(昭和54年)7月22日に管長細井日達が遷化(死去)。日達は生前、後継者を指名していなかった。67世法主として阿部日顕が登座すると学会を含めた日蓮正宗内は混乱に陥る。日顕、さらには学会に批判的な僧侶が正信会を結成、山崎も学会を退会して正信会に参加した。これに対し日顕は学会に友好的に接し、学会も日達から日顕に血脈相承が行われたと指導、池田も宗門を擁護する立場を取った。その結果宗務院は正信会僧侶の大量処分に踏み切り、ついには批判派僧侶のほとんどが日蓮正宗から追放された。後に池田や学会は日顕が受けたのはあくまでも内証(内定)であって、正式な儀式は行われておらず、後継指名は成り立たないと解釈を変更している。

日蓮正宗からの破門と対立[編集]

1990年平成2年)7月17日、日蓮正宗との連絡会議の席上、学会側が宗門や法主を批判して席を立つ[4]。同年11月16日、第35回本部幹部会における池田のスピーチ(「もう宗門から散々やられ、」など)に対し、日蓮正宗側は法主や僧を軽視するものだとして学会に説明を求める「お尋ね」文書を送る[4]。これに対し、学会側は日蓮正宗側の方が自分たちを誹謗・中傷していると回答を拒否[4]。これを受け、日蓮正宗は規約を改正し、1984年1月に再任されていた池田の総講頭の役職を解くことにした[4]。翌1991年、創価学会は『聖教新聞』紙上等において日蓮正宗批判キャンペーンを開始。宗祖以来の葬儀の化法の改変や、戸田の三原則の遵守の無始に加え、当時やそれ以前に宗門との間で起こった出来事や阿部日顕をはじめとする宗門僧侶への公私問わない批判が次々と展開されていく。かつては宗門との関係を損ねることがないよう学会側が配慮していた出来事であったとされている[4]。同年11月、日蓮正宗は、「創価学会」と「創価学会インタナショナル」(SGI)を破門した。 アメリカの宗教学者フィリップ・ハモンド、デヴィッド・マハチェクは、『アメリカの創価学会 適応と転換をめぐる社会学的考察』(紀伊国屋書店)の中で、「一九九一(平成三)年に行われたこの分離が、プロテスタントの宗教改革になぞらえられてきたのは当を得たことである」と評している。そして、「今回の一連の動きでもっとも印象的なことは、創価学会が塔婆――死者の代わりに供養される追悼のための銘板――を自分たちの金儲けのために売りつける強欲な僧侶たちを非難したことと、プロテスタントの宗教改革者たちが、贖宥状を販売する聖職者たちに異議を唱えたこととが、酷似している点である」と述べた[118]

シアトル事件[編集]

1992年(平成4年)6月『創価新報』・『聖教新聞』が「日顕が1963年に法務でシアトルに出張した際に、現地の売春婦と料金トラブルを起こして警察に通報され拘束を受けた」、「現地在住の学会員、ヒロエ・クロウが保釈手続きを行った」などといったデマを機関紙に書き立て痛烈に批判した。日蓮正宗側は、そのような事実はまったく存在しないと否定。日米両国で訴訟が行われた。またこの報道は創価学会や日顕と敵対する正信会・顕正会の機関紙でも報じられた。しかし、ロサンゼルス上級裁判所は「原告は、名目上の原告にすぎず、この訴訟は、創価学会が阿部日顕上人を日蓮正宗法主の座から追い落とすために提起したものである」とし、訴えを事実上の門前払いにした。日本の裁判所の判決は、創価学会は「シアトル事件・クロウ事件」を材料に日顕および日蓮正宗を攻撃することを禁止している。

偽造写真事件[編集]

破門後の1992年(平成4年)11月、学会は機関紙『創価新報』に捏造した宴席写真を掲載し日顕を批判。日蓮正宗との訴訟に発展。判決では学会が写真捏造を行ったことを認定し謝罪広告の掲載を命じるなど学会側が敗訴したが原告が求めた賠償請求は棄却される。

コーヒーカップ裁判[編集]

1992年、川崎市にある日蓮正宗持経寺に息子の遺骨を預けていた創価学会員夫婦が、同伴した数人の学会幹部とともに息子の遺骨を受け取りに訪れた際、本堂で夫が遺骨を受け取り退出。しかし、5分後に再び本堂を訪れ遺骨が骨壷ではなくコーヒーカップに入っていたと主張、持経寺や日蓮正宗を相手取り訴訟を起こすが、ビデオテープなど数々の証拠から学会側の自作自演が認定され創価学会が敗訴する。

創価学会違法ビラ事件[編集]

創価学会は2001年、2004年の2度にわたり日蓮正宗を誹謗中傷するデマのビラを配布。配布された範囲は10都府県、34の市町村に及んだ。その後、日蓮正宗との裁判に発展し学会が敗訴。損害賠償を命じられた。またこの裁判に絡み妙観講の婦人講員二名が不当逮捕されるという事件が発生。その後、警視庁筋から今回の逮捕は元公明党都議が警察署へ赴き立件を要請したとの情報が寄せられた。

「日顕宗」命名[編集]

これらの件をめぐり、学会と宗門は現在でも対立状態が続いている。またこの頃から学会は、日蓮正宗を日顕の名から取った「日顕宗」と呼ぶようになり、日顕の隠遁により68世法主早瀬日如が登座した現在でもその呼称は続いている。ただし、地方公共団体および文部科学省の宗教法人の登録名に「日顕宗」の名称はない。なお、学会による攻撃は専ら日顕が対象となっており、日如個人に対する攻撃はほとんど見られない。

池田大作本仏論[編集]

歴代会長の中でも、初代・牧口、第2代・戸田、第3代・池田の「三代会長」は、「広宣流布実現への死身弘法の体現者であり、この会の永遠の指導者である」と2002年の会則変更の際に定められた[36]。ただし、三代の会長個人を本仏である日蓮と同等またはそれ以上に崇め奉ることは認められていない。しかし、福島源次郎や山崎正友など池田を現人神とみなす過激な幹部も現れ、新宿替え玉事件言論出版妨害事件宮本顕治宅盗聴事件などの事件を起こし逮捕者を出すなど社会問題化した。池田は聖教新聞紙上で「私などを絶対視してはいけない」と明言した[119]

文化会館周辺の路上駐車問題[編集]

創価学会は都市部の文化会館利用に対し近隣住民や地元企業から創価学会本部へ苦情、クレームが寄せられている。内容は主に、路上への違法駐車、コンビニ飲食店無料駐車場への無断駐車、夜間の騒音、路上へのタバコやゴミのポイ捨てなどであり、苦情の大半が会合などがおこなわれる週末に集中、なかには飲食店経営者が無断駐車をした学会員に対し駐車料金を請求するなどトラブルも発生した[120]

事態を重く見た学会本部は「会館へ伺う際は公共の交通機関を利用するように」と創価学会各支部へマイカーによる参列の自粛を通達した。また聖教新聞の「寸鉄」で「会館の使用はルールを守れ。感謝のない、わが物顔の幹部は皆で叱咤せよ。」「会館周辺のマナーを厳守 立ち話・路上駐車・喫煙は厳禁。学会の信用壊すな」などと十数回にわたりこの問題を取り上げ学会員に綱紀粛正を促した。多数の学会員はこの通達に従ったが、自転車で通っていた女子部会員が会合からの帰りに性的暴行を受けた事[121]などをきっかけに学会員の身の安全を名目としてマイカーによる参列が再び行われた。また、牙城会会員などがマイカーでの参列者に対し有料駐車場へ誘導するなど改善が行われているものの、現在に至っても聖教新聞の「寸鉄」で文化会館周辺の利用について「夜間利用は周辺住民の事を考え控えよう」などと綱紀粛正を促している。

学会歌にまつわる陳情[編集]

2004年に、神奈川県の公立中学で、生徒に「創価学会歌」を指導していた事実が発覚し、茅ヶ崎市議会へ複数の陳情が提出されたが、いずれも不採択とされた[122]

  • 陳情第12号「義務教育で絶対に[創価学会歌]を生徒指導しないよう求める陳情」
  • 陳情第13号「市内公立中学校が生徒に[創価学会歌]を指導していた事実を、市は認め、生徒・保護者及び市民に対し、説明と謝罪をするよう求める陳情」
  • 陳情第14号「市内公立中学校が、生徒に創価学会歌を指導していた事実を、全く把握していなかった校長と教育委員会を[職務怠慢]として処分するよう求める陳情」
  • 陳情第15号「生徒に創価学会歌を指導した教員を[勤務時間中の宗教活動]を行ったものとして懲戒処分するよう求める陳情」

他の宗教や組織との関係[編集]

戸田城聖が存命だった1950年代から、他宗教(特に「立正佼成会」や「天理教」など数多くの団体)を教祖・日蓮の教えに従い「邪宗・邪教」として批判してきた。

一方で宗門であった日蓮正宗からの干渉により進捗に支障があったキリスト教イスラム教など既存世界宗教との対話は、同宗からの破門と前後して徐々に軟化。その傾向が顕著になったのは「SGI憲章」が制定された1995年(平成7年)11月23日以降で、憲章の7番目の項目として「仏法の寛容の精神を根本に、他の宗教を尊重して、人類の基本的問題について対話し、その解決のために協力していく」と記述され、方針転換を正式に表明した。現在、創価学会インタナショナルは世界192の国と地域に組織を持ち、特定の宗教以外が厳しく制限されているイスラム圏、中国北朝鮮など一部地域を除いて全世界に活動の幅を広げるまでに至っている。

学会を退会ないしは除名(退転)後、他団体に移ってもなお学会を攻撃する元学会幹部などに対しては批判が続けられている。

元宗門・日蓮正宗に対しては宗旨の本義を離れたとして厳しく批判。さらに、冨士大石寺顕正会に対しても、会員保護(ハイエナ折伏被害防止)の観点から警戒を強めている。

小樽問答[編集]

1955年日蓮宗妙龍寺と日蓮正宗妙照寺所属の創価学会とで論争が起こり、日蓮宗側は宗門幹部を派遣し公開法論に臨んだ。弁士として創価学会から教学部長と青年部長が、司会として青年部参謀室長兼渉外部長だった池田が参加。創価学会員が聴衆の7割を占めていた事から議論は創価学会側の講師に拍手と声援を送る一方、日蓮宗側の講師には激しい野次や嘲笑を浴びせるなど一方的な展開になる。後に、日蓮宗は創価学会とは一切法論を行わないと各寺に通達した[4]

冨士大石寺顕正会との関係[編集]

創価学会と、顕正会の前身である妙信講は共に日蓮正宗内の一法華講という立場であったが、1970年代に学会が主導した大石寺正本堂の建立をめぐり、正本堂が日蓮の遺言(御遺命)にある「本門の戒壇」にあたるか否かの解釈で対立したのを皮切りに関係が悪化した。

妙信講は「非国立」の戒壇を建立することは認めないという姿勢を顕正会に改名した現在も崩していないのに対し、学会と当時の宗門管長細井日達は折からの言論出版妨害事件もあって「国立戒壇」の建立という考え方を放棄し、正本堂をもって御遺命は達成されたと内外に認めさせようとした。

その後日達の仲介で両団体が協議し「正本堂は御遺命の戒壇にはあたらない」とする学会理事長・和泉覚(当時)の談話を聖教新聞に掲載することで一応和解。この談話は落慶法要直前の1972年(昭和47年)10月3日付紙面に掲載され、法要には妙信講関係者も出席した。しかし、和解した後も妙信講は国立戒壇建立を放棄しなかったとして、1974年(昭和49年)8月12日、日達は妙信講を講中解散処分に付す。

妙信講はこれを学会の陰謀だと決めつけ、2ヵ月後の10月4日、男子部幹部ら70人が創価文化会館に乱入。学会側の自警団である牙城会のメンバーとの間で乱闘騒ぎに発展した。学会では警視庁機動隊出動を仰いで鎮圧、妙信講側に12人の逮捕者を出す結果となった。

事件に至るまでの一連の経緯は、後に山崎を中心とした学会側の秘密工作に妙信講男子部が乗せられたものと判明するが、和泉理事長は鎮圧直後の声明で妙信講を「狂信的過激派」と激しく非難。一方の妙信講も理事長の浅井昭衛が「抗議活動自体を捏造された」と反論、両団体の対立はこの時点で事実上修復不可能となった。

その後も顕正会はたびたび学会の陰謀論を主張。未成年者に対する強引な信徒勧誘などで顕正会が社会問題化すると学会の陰謀説を主張している。

政治との関係[編集]

政府の公明党と創価学会に対する見解[編集]

1969年から1970年にかけての「言論出版妨害事件」を機に、創価学会と公明党との関係は政教分離原則の観点から議論を呼んだ。1970年4月24日、民社党中央執行委員長春日一幸が「宗教団体が、議会政治機構を利用して政権を獲得することは、憲法の政教分離原則に反するのでは」と質した質問主意書を送付。政府は「宗教団体が推薦や支持をした者が公職に就任し、国政を担当しても、その宗教団体と国政を担当することとなった者とは法律的には別個の存在であり、(憲法が禁じている)宗教団体が政治上の権力を行使することには当たらない」旨の答弁書を出した。その後も一部議員により「政教一致」であるとの批判はたびたびなされている[123]また飯島勲内閣官房参与は2014年6月従来の政府見解が変更される可能性に言及した[124]

政府の見解は

  • 「宗教団体が政治的活動をすることまで排除するという趣旨ではない」大出峻郎
  • 「宗教団体と非常に密接な関係にある政党に属する公職の候補者が、その宗教団体の推薦、支持を受けて公職に就任し、国政を担当するに至る場合でも、その宗教団体と国政を担当する者とは法律的には別個の存在であります。(中略)宗教団体が政治上の権力を行使しているということにはならない」大森政輔
  • 「宗教団体又は宗教団体が事実上支配する団体が政治的活動をすることをも排除する趣旨ではない」宮崎礼壹
  • 「宗教団体又は宗教団体が事実上支配する団体が、政治的活動をすることをも排除している趣旨であるとは考えていない」佐藤栄作
  • 「政教分離は宗教法人の政治的活動を排除する趣旨でない」麻生太郎
  • 「もし内閣が法制局の答弁を一気に変えた場合、(公明党と創価学会は)『政教一致』が出てきてもおかしくない」飯島勲

政治活動[編集]

創価学会がその支持政党である公明党の選挙を組織的に行うことや、その手法などについての批判が当初からある。しんぶん赤旗は、選挙戦で学会首脳が陣頭指揮を執り、学会の機関紙聖教新聞に会員を鼓舞する記事が掲載されると指摘している[125]

これに対し、宗教団体の政治活動の自由を制限したり禁止したりすることは、憲法に定められた表現の自由結社の自由を侵害するものであり、宗教を理由にした差別になるという反論もある[126][127][128]

ただし、新進党時代は自民党が、自公政権時は民主党が、創価学会がその支持政党である公明党の選挙を組織的に行うことを批判、政局にまで利用された。自民党は1993年に有志議員が憲法20条を考える会を結成(会長は亀井静香)、民主党は菅直人石井一が国会で創価学会の施設で公明党の選挙運動を行う事に批判を繰り返すなど各党が創価学会への攻勢を行った。

また、イギリスでは国営放送のBBCが創価学会の政治介入を問題視したり、韓国では1997年に行われた韓国大統領選挙で候補者の金大中が日本で秘密裏に公明党幹部と面会し、日本の公明党の影響下にある韓国創価学会(韓国SGI)から支持を得られるように依頼し公明党幹部が了承したとされる事実があり朝鮮日報が詳細を記事にするなど問題は一部海外へも波及した。

アジア諸国との関係[編集]

創価学会は北朝鮮や中国など一部地域を除いてSGIの支部を設けている。

1960年代から1987年にかけて軍事政権により創価学会を日本の宗教と認識し、禁教としていた韓国を創価学会は「日本文化の恩人」と位置付け聖教新聞や池田の著書、ビデオ「韓日友好」シリーズなどを例に「日韓」を「韓日」と表記している。しかし、日中国交正常化前から毛沢東周恩来鄧小平などと交流があり、親交の深い中国に対し創価学会は必ず「日中」と表記するなど中韓の扱いに違いがある。しかし中国は現在に至るまで創価学会の布教活動や宗教活動が禁止されている。通常、日本国内で出版される出版物や日本と諸外国との報道は必ず自国を上にして日米や日中と必ず表記、報道されることから、韓日表記をする創価学会のスタンスを批判する団体もある。

香港はイギリス領時代にSGIの支部や会館が作られた。香港が中国に返還された1997年からの50年間は特別行政区として宗教活動は保護されているが、特別行政区の期限が切れる2047年以降の活動は未定である。

北朝鮮は支持政党の公明党が1970年代に訪朝団として公式訪問し、「チュチェ思想を公明新聞が賛美するなど一定の交流があったが、北朝鮮による日本人拉致問題を契機に表立った交流は途絶えている。

批判[編集]

聖教新聞、『創価新報』など機関紙や系列の雑誌などは、かつての宗門・日蓮正宗の管長(日顕)や僧侶、冨士大石寺顕正会、山崎、矢野、竹入など学会や公明党と袂を分けた者や学会に批判的なジャーナリストや雑誌(『週刊新潮』、『週刊文春』)などの主張に対し反論を行う。反面、学会にとって都合の悪いことにはコメントしないという実態も存在する[129]

離反者による批判[編集]

1980年代以降、顧問弁護士であった山崎正友、最高幹部であった石田次男、公明党所属だった元東京都議会議員藤原行正、戸田の未亡人戸田イク、公明党元書記長矢野絢也など、創価学会を離れて外部から批判する者たちが相次いだ。その原因として、藤原行正は池田との確執で批判に回ったと回顧している[130]

自民党による「反創価学会キャンペーン」[編集]

自民党1996年頭の運動方針に「いま、わが国の政治にとって最も憂うべきは、宗教団体・創価学会が新進党という政党の皮をかぶって国民を欺き、政治の権力を握ろうと画策していること」という文言が存在した[131]

諸外国からの批判[編集]

創価学会が諸外国から批判され、中にはフランス等のように創価学会をカルト指定している国もある。

イギリス[編集]

エコノミスト1999年7月3日号で創価学会は(日蓮正宗[大石寺]が創価学会との結び付きを断ち池田氏を破門したことによって)主な目的を失った現在、世界中で行っているよい仕事の成果のみを強調するようになった。さらに創価学会は富裕になって以降初期の目標を失ったその他多くの組織と同様に、批判者を脅迫、主流マスコミを脅して黙らせるという容赦なさでその利害を守っていると批判した。

韓国[編集]

韓国でも創価学会に関する批判や反発は強い。特に1960 - 70年代は創価学会を「倭色宗教」などと差別、批判していた。また、創価学会が金大中大統領選挙関与疑惑や大学に金銭や品物を送った疑惑を新聞紙面で批判した。

フランス[編集]

2000年6月、国営テレビが『創価学会―21世紀のセクト』と題するドキュメンタリー番組を、1時間にわたって放映。冒頭で創価学会を 「政治権力+金融帝国+思考方法の画一化+秘密厳守+21世紀のカルト」 と定義付けた。担当記者が新入会員を装い、隠しカメラを持って、学会員宅で行なわれる座談会に出席、学会員による折伏や座談会の実態が明らかにされた[132]

2011年9月、ル・モンドの月刊誌「Le Monde DES RELIGIONS」に『創価学会、自己の内なるブッダ』と題するルポタージュが掲載され、創価学会の歴史や活動が詳しく報じられた。ルポタージュは、創価学会が日蓮正宗と絶縁した理由について「創価学会のプラグマティズム、およびその在家による現代世界を中心に捉える方向性は、日蓮正宗の聖職者集団による教条主義的宗教観とはもはやできなくなったからである」と解説した。また、過去にフランス国会に提出された報告書が創価学会をセクト扱いしていた背景についても解説し、首長直属機関であるセクト逸脱行為監視取締り関係省庁委員長ジョルジュ・フネックによる「ここ5年以上に渡りSGIフランスに関して、我々はセクト逸脱行為の通報を一切受けてない。運動体(SGIフランス)は礼拝、文化、商業活動を区別し、フランスにおいてはまったく問題を提起しない」とのコメントを紹介している[133]

他宗教団体からの批判[編集]

幸福の科学による批判[編集]

1990年代に入ると幸福の科学による批判活動が激しくなってくる。幸福の科学は創価学会がマスメディアを資金力で乗っ取り意のままに操っていると指摘、総裁大川隆法1994年(平成6年)12月16日の東京ドーム講演や自著で「現代社会における二つの悪」として、一つは悪徳マスコミ、もう一つの悪が「邪教・創価学会」であると厳しく批判[134]。対立姿勢を鮮明にした。

大川は「たとえばオウム真理教、たとえば統一教会このような邪教は、次々と社会的に糾弾されてきた。しかし、もう一つ、最大にして最悪の邪教がまだ生き残っている。それはあなたがたがご存知の創価学会である。この宗教が戦後、日本の新宗教の評判をどれだけ落としたか。その罪はいわく言いがたいものがある。このような創価学会が、日本を乗っ取る計画を進めている今、われわれも何らかの対抗手段をとらざるをえない。創価学会の支持した候補者には一票たりともいれないようにしよう」と語った。

その後、1995年に朝木明代の転落死したとき幸福の科学は創価学会による謀殺説を主張、系列出版社が『創価学会を折伏する!―第二の坂本弁護士事件 東村山市議殺人事件徹底糾弾』を出版した[135]

著名人による批判[編集]

  • 内藤国夫 - 「政界に進出し、国家権力と結びつく、また結びつこうとする権力志向、権力依存の宗教団体は邪教だということだ。オウムよりはるかに始末が悪い」[136]
  • 浅見定雄(元東北学院大学教授) - 「メンバーが結果的に一つの政党しか選ばなかったり、その宗教団体の指示による以外は他の政党に投票することもない-創価学会の指示で信者が自民党に投票する場合のように-もしそういう宗教があれば、その宗教は必ず政教分離の原則を破っているのであり、また恥ずかしいことだが、非常に未成熟で前近代的な宗教である」[137]
  • 乙骨正生 - 月刊誌『フォーラム21』を立ち上げる。
  • 伊丹十三 - 映画『マルタイの女』で創価学会を批判[要出典]
  • 松本清張 - 単行本『作家の手帖』で創価学会を批判。松本が仲介し結ばれた協定(創共協定)に対する経緯や創価学会の一方的な態度を批判。
  • 石原慎太郎 - 創価学会池田大作名誉会長を『悪しき天才、巨大な俗物』。」と批判[138]
  • 平沢勝栄 - 創価学会と公明党を政教一致と批判。1999年の自自公連立政権発足以降、自民党議員の中で一貫して創価学会批判を行う。
  • 石井一 - 参議院予算委員会で創価学会と公明党の間で起こる金の流れを批判。元公明党議員の証言をもとにP献金という池田大作への内部献金があると暴露。
  • 亀井静香 - 自民党内勉強会『憲法20条を考える会』の会長。1995年宗教法人法の改正に反対した創価学会、池田大作を批判、自民党離党後も国会審議で公明党、創価学会を批判。
  • 俵孝太郎 - 学会と対抗していた組織四月会の代表幹事。2005年9月1日の『日刊ゲンダイ』でも創価学会を批判。
  • 愛川欽也 - 自身が司会を務める『パックインジャーナル』で創価学会を批判。またネット上で愛川が創価学会員とデマを流された経緯から自身のホームページで学会へ意見を表明。
  • テリー伊藤佐高信 - 共同著書『お笑い創価学会』で創価学会を批判。
  • きっこ - ブログ『きっこのブログ』、ブログの内容を著書にした『きっこの日記』で自公政権および創価学会を批判。
  • 忌野清志郎 - 覆面バンドタイマーズの楽曲「宗教ロック」で創価学会を批判。
  • 杉田かおる - 自書『杉田』で創価学会を批判、主に池田大作や創価学会幹部の堕落振りを暴露した。
  • 大槻義彦 - ブログ「大槻義彦のページ[2]」で池田大作・創価学会・公明党を政教分離の原則の観点から批判。
  • いしいひさいち - 自書『大問題』で創価学会を批判。
  • フロランスラクロワ - パリの国立研究院の博士。十数年にわたり創価学会を取材・研究を重ね、「創価学会、タブーの解剖」というフランス国家博士論文を発表。
  • 金美齢 - 『WiLL』で創価学会を批判。
  • 筒井康隆 - 『SFマガジン』1965年8月増刊号で発表した短編小説『堕地獄仏法(中公文庫『東海道戦争』収録)』で、創価学会・公明党を連想させる宗教団体・政党が『政教一致体制』で支配する恐怖の日本社会を描いた[139]。また、朝日新聞で連載していた長編『朝のガスパール朝日新聞社 のち新潮文庫)』では、信者らしき人物から筒井康隆に対する個人攻撃の投書があったため、筒井康隆は作中で実名を挙げて批判している[140][141]。さらに『現代語裏辞典(文藝春秋)』では『創価学会。そうか。がっかり』と揶揄する記述が見られる。
  • 桂ざこば - 2009年8月30日に行われた第45回衆議院議員総選挙に関する毎日放送の特別番組『乱!総選挙2009[142]』(関西地域で放送)にて、兵庫8区での冬柴鉄三の落選について「落ちるということは信心が足らんということなんですか」と発言、また、主に関西地区で放送されているよみうりテレビの番組『たかじんのそこまで言って委員会』の2008年5月11日放送分において「池田大作はんが胡錦涛・中国国家主席に会わはったんやけど、(池田が胡錦涛に会うために)金ごっつい使ってるんやろうなあ」と発言し翌週番組スタッフが陳謝した。
  • 段勲 - 自書『反人間革命』で創価学会を批判。
  • 藤本光陰 - 自書『立正残酷物語』で 日蓮正宗が正、創価学会は邪と批判。
  • 後藤忠政(元山口組系後藤組組長) - 自書『憚りながら』で創価学会と後藤組(山口組)との密接な関係を赤裸々に告白。
  • 田中康夫 - 2009年8月30日に行われた衆議院議員選挙において兵庫8区より立候補した際、街頭演説などで市民より「長野で要らんもんは尼崎でも要らん!」と罵倒されたことをTBSラジオの番組『アクセス』(2009年8月31日放送)で暴露した。この選挙では田中康夫が冬柴鉄三を破って当選した。
  • 蛭子能収 - 著書『正直エビス』で「公明党員(創価学会員)は人の心を考えない我がままな人たち」と批判。
  • ナディア・コマネチ - アメリカ亡命後の1989年、創価学会および池田大作が当時独裁者ニコラエ・チャウシェスクを称えていたことに触れ「独裁者は死んだが、その独裁者を称えた団体や教祖がいたことは残念だ」と批判[143]
  • ノンフィクション作家でフリージャーナリストの溝口敦は(当人の死亡説ではないが象徴的な意味で)、創価学会内部ではすでになし崩し的に「池田大作の死」が始まっているとしている[144]

市民団体[編集]

平成10年代の半ばから勢力を拡大してきた保守や護国を掲げる行動する保守関連の各市民団体が反創価学会を掲げて、抗議活動などをしている。特に反創価学会色が強いのが日本を護る市民の会で、代表の黒田大輔らは「カルト創価学会撲滅」を掲げており、裁判なども起こしている他、創価学会の妨害活動がストーカー行為や暴力など「反社会的」とも批判している[145]

また創価学会による被害者の会(通称:自由の砦)も有名である。同会は創価学会による"反社会的活動"や"人権侵害行為"によって、被害を受けてきた人々が、創価学会の恐ろしい実態を広く世間に訴え、同じく学会の被害に苦しむ人々を救済しよう、との志で結成、創価学会が今まで起こしてきた事件を紹介し批判している[146]

創価学会は池田教であるとの批判[編集]

指導者としての池田大作名誉会長への個人崇拝が顕著であることから、創価学会はもはや宗教団体ではなく池田大作によって私物化された個人団体「池田教」との批判がある[99]。池田教と批判される主な要因として

  • 元公明党委員長矢野氏によれば創価学園の中には池田大作の肖像画が至る所にあり生徒たちはその前を通る時は必ず拝まなくてはいけないという決まりがある[99]
  • 池田大作本仏論の存在及び初代・牧口、第2代・戸田、第3代・池田を「三代会長」「創価学会永遠の指導者」とすることを決めた会則の存在に対し日本共産党が『しんぶん赤旗』で批判している[36]
  • P献金」という池田個人宛の献金の存在[147]や池田専用豪華施設の存在を元公明党代議士が暴露し批判した[148]
  • 戸田時代は「師が弟子を守る」という教義であったが池田時代へ入ると「弟子が師を守る」と教義を変更したことについて。日本共産党が『しんぶん赤旗』で批判[149]している。

またその影響は公明党へもおよび1979年に池田大作が会長職を辞任した際、北条をはじめとする幹部達を集め、幹部一人一人に創価学会の財産や資産は池田家の所有であるという誓約書に署名させていたことが発覚。その情報を自由民主党が入手したことを知ると、池田への参考人招致を行わないことを条件に公明党が それまで反対していた「日米安保」と「自衛隊」についてそれぞれ「日米安保存続」「自衛隊の条件付合憲」に政策を転換した事象があった[150][151]

創価学会の顧問を務めていた、戸田城聖の長男は2013年1月没したが、生前、創価学会は今では戸田が作り上げた学会とは大きく異なり、まるで池田ファンクラブのようだと批判。また創価学会は戸田の死後、池田にあげたとし、今の創価学会は父、戸田城聖をはじめとした戸田家とは全く無関係という内容が長男の未亡人により明らかにされ雑誌に掲載された[152]

世襲への批判[編集]

創価学会は元々他宗派が行っている世襲(血脈相承)を批判していた[153]。戸田時代は自身の一族、妻子を一切、学会の要職につけることはせず批判に忠実であったが、池田は当初学会は永久に世襲制はとりません。これは初代、二代、そして三代の私を含めた不文律のようなものになっている。[154]と述べていたが、日蓮正宗からの破門を受け二人の息子を副会長職に就けるなど戸田との違いを出した。ジャーナリストの乙骨正夫は事実に反する“虚言”私物化「池田発言と現実との乖離・齟齬、というよりも、ここでの池田発言と現実が正反対になっている事実に鑑みるならば、創価学会の後継者は子息に間違いはなく、世襲は確実ということになろうと批判した[155]。宗教学者の島田裕巳は池田の後継者として長男の池田博正創価学会副会長(当時、現在は副理事長)の氏名を出している[156]。さらに関西創価学会のドンとして知られ、与野党問わず政界とのつながりが深い西口が死去したことを受け、学会関係者の間で池田大作・名誉会長から長男池田博正への“世襲”が近くなったとしている[157]

創価学会に関する疑惑[編集]

創価学会に関する様々な疑惑の中で有名なものを記載する。

香典泥棒[編集]

創価学会は香典を収奪し遺族を無一文にするという疑惑。主な疑惑として複数の指摘がされている。

全日本仏教会が指摘する香典泥棒説[編集]

全日本仏教会による疑惑の発端は昭和30年代、戸田が発した「折伏大行進」の号令に既存の宗教団体の信徒が創価学会へ入信したことによる。これに危機感を抱いた全日本仏教会幹部がジャーナリスト大宅壮一のもとに相談に訪れる。会談内容は「最近、創価学会という宗教団体が勢いを増している。我々の信徒がどんどんいなくなってしまう。何か、創価学会はこんな嫌らしい団体だという話はないだろうか?」というもの。そこで大宅が「では『創価学会は葬式で香典を持って行く』『位牌や仏壇を壊す』というのはどうか」と提案したとされるもの。 この疑惑は瞬く間に全国へ広がり、一部新聞社が鵜呑みにして記事にする[158]などの事態に発展。新聞社は後日謝罪文を掲載し、また「位牌や仏壇を壊す」という疑惑も戸田自らでたらめと否定したが、新聞によって掲載された内容は一部の人間の間で残り、葬式の際に香典を遺族へ直接手渡す参列者まで現れるようになる[159]

地方紙に掲載された香典泥棒説[編集]

茨城新聞では昭和37年4月1日号において「信徒の家に葬式があると、親戚、知己から集まる香典はすべて創価学会支部が持ち去ることになっている」と創価学会の葬儀による被害者について取材した内容を報道した。その後創価学会側が「香典は全て遺族の方から寄付して頂いている」と茨城新聞へ抗議、同紙は事実の確証はなかったとして、4月17日号に訂正記事を掲載した。

創価学会元幹部藤原行正が指摘する香典泥棒説[編集]

創価学会元幹部・藤原行正が自著『池田大作の素顔』の中で、池田が戸田の死後、数千万円ともいわれる戸田の香典を搾取したことが香典泥棒説の発端と指摘している。戸田の遺族は池田会長就任後に創価学会を脱会したが長く脱会理由や池田会長について真相を語らなかった。後年になって文藝春秋の取材に未亡人戸田イクが応じ、戸田は池田の次男の早逝を「池田は罰を受けた」と評するなど、軋轢を示唆。その後の戸田夫人や一家の葬儀は日蓮正宗で行われた。夫人の葬儀の際、池田は欠席し創価学会幹部数人が創価学会を代表して出席した。

また、『池田大作の素顔』では北条元会長の葬儀にも触れている。1981年、当時会長であった北条が急死すると、北条の通夜と本葬で集まった1億5000万円の香典、東京の記念講堂で行われた本部葬、ならびに全国の会館で併行された葬儀で集まった約20億円の香典のほとんどを遺族の手に渡さず、学会本部の金庫へ入れたばかりではなく遺族は、長年往み慣れた聖教新聞社前の和風二階建ての家から即刻立ち退きを命じられている。北条未亡人はやむなく遺産をはたいて都心から離れた狭い一軒家に移り住んだとしている。

上記の反論として、戸田や北条の葬式は創価学会が主催しており実際、葬儀にかかった費用を戸田の香典から捻出した可能性や相続税の節税対策であったと主張しているものがいる。しかし、戸田が生前所有していた美術品についての説明は公にされていない。なお、香典に相続税・贈与税は課税されない。

P献金[編集]

創価学会にはP献金と呼ばれる献金が存在しているという疑惑。P献金のPとは「プレジデント」の略で公明党の支持母体、創価学会名誉会長で最高実力者の池田大作を指しているというもの。公明党出身の国会議員福本潤一が2007年6月、外国人記者クラブで外国人記者を前に記者会見し、その席上「公明党の議員は選挙で当選した際に衆議院議員は300万円、参議院議員は600万円の献金を行うよう要請されている」と発言したことから疑惑が浮上。民主党の石井一が2007年10月16日、参議院予算委員会で「P献金」を追及したこともあり疑惑が立てられた。

予算委員会の答弁の中で冬柴鐵三国土交通大臣が「選挙の際、立候補者が公認料として歳費の2か月分を公明党に納めている」と発言したことで疑惑は拡大、石井の追及に予算委員会は何度も審議がストップした[160]。その後冬柴は誤答弁であったと釈明したが翌11月、朝日新聞社より冬柴が代表を務める政党支部の政治資金収支報告書に対して収支が完全に一致し、4年連続で繰越金が0円になるのは非常に不自然であるとの指摘を受けていたことから逆に2ちゃんねるや週刊誌等で政治資金がP献金にまわされたのではと疑いをかけられた。朝日新聞では(政治献金による収入や支出は年毎に変化することから)「支出を1円単位で合わせるのは至難の業」、冬柴のような事例は「偶然ではほとんどあり得ない現象」と指摘している[161]。しかしその後この献金問題が検察、司法などの場において白黒の決着がつけられることはなく自然のうちに消えてしまい事実上玉虫色の決着となった。さらに現在ではP献金の指摘もなくなっている。

池田大作重病説、死亡説[編集]

池田が重病にある、もしくは死亡したという疑惑。かつて何度も流れたことがあり、古くは1965年、最近では2003年、2009年8月や2010年以降の例が知られている。

主に流れたものとして

  • 1965年、死亡説
  • 2003年、重病説(脳梗塞、心臓病)
  • 2009年8月、慶応大学病院で死亡したとの疑惑
  • 2010年、重病説(下記参照)
  • 2011年2月、死亡説
  • 2013年3月、心筋梗塞による死亡説

がある。

根拠は池田が1928年(昭和3年)生まれで既に80歳を超え、高齢の域に達していることが要因だが、池田が学会内ないしは学会系以外のメディアにほとんど出ることがないことも同説を加速させている。学会執行部は「過労による体調不良」や「風邪をこじらせた」と発表、重病説はデマだとしている。最近では『週刊新潮』や『週刊実話』等複数の週刊誌が「池田がこの数ヶ月学会の会合に姿を見せていない」[162]「学会員が池田に配慮し選挙で勝利した際の祝いを自粛している」等と書き再び重病説を指摘[163]している。しかし創価学会は池田は夫人の病気介護のため表には出てこないと偽りの発表を行い、池田自身の健康問題について一切、公式コメントをしていない。そのことがかえって死亡説、重病説を加速させてしまう。新潮45は2011年2月号で、池田大作は脳腫瘍にかかり半身不随の状態であると具体的な病名を出すまでに至った。朝日新聞解説委員の星浩も講演で創価学会からの内部情報として池田は脳腫瘍にかかっていると講演している[164]。学会内部では以前「学会員に無用な心配をかけさせないため真実(池田の病状)を伏せている」という噂が流れ、星浩が創価学会からの内部情報として得た内容としてはガンの一種である脳腫瘍は学会の中で“仏罰”と見られており[要出典]、池田がそうだとしたら絶対に公表できないため外には脳梗塞と伝わっているという[165]

また、週刊文春2011年10月27日号では特集として池田氏を担当していた看護師 の証言として「バッキンガム宮殿に使われているものと同じ絨毯が敷かれた病室」のベッドに寝かされ、「認知症が進行」「他の人を認識できていない」といった内容が掲載された。創価学会側がこの内容について週刊文春に抗議、週刊文春が再検証をしたところ証言者が看護師であるとの確証を得らなかったことから謝罪文を掲載する事態となる[166]

同様に池田大作の死亡説を否定する内容として

  • 2011年10月31日の聖教新聞にアフリカのザンビア大学から名誉博士号が授与され、同大学の衣装を着た現在の池田の写真が掲載されたこと[167]
  • 2011年6月28日のジャパンタイムスに、「The courage to rebuild」(復興への勇気)と題される池田の寄稿文が掲載された[168]
  • 2012年12月20日の聖教新聞に新施設の展示ブースを訪れる同月8日撮影の池田の写真が掲載されたこと[169]

から創価学会は池田の健在振りをアピールしているが、前者は機関紙であること、ジャパンタイムズの記事は文章のみで写真が無く、池田が2010年5月以降公衆の面前に姿を現していないこともあり、重病説や死亡説が完全に払拭されたわけではない。

人の不審死にまつわる疑惑[編集]

創価学会は人の不審死に対する疑惑が多く、中には騒動にまで発展したものも多い。主なものを記載する。

映画監督伊丹十三の転落死[編集]

1997年に自殺(転落死)した伊丹十三の死が自殺ではなく他殺説(創価学会が関与したと断定する内容)が2ちゃんねるに掲載された。創価学会は2ちゃんねるの運営者を相手取り、訴訟を起こした。東京地方裁判所は2009年2月、証拠もないのに断定的な内容を掲載し続けたとして、被告に損害賠償金80万円の支払いを命じる判決を言い渡した[170]。噂が広まった主な根拠として、

  1. 伊丹の遺作となった映画『マルタイの女』は伊丹自身の経験がモデルになっており[171]以前から噂されていた山口組系暴力団後藤組と創価学会との密接な関係を作中で揶揄していたとされること[要出典]
  2. 伊丹の死因が自殺ではなく後藤組による突き落としであったとするジャーナリストジェイク・エーデルスタインのレポート[172]

これとは別に自殺説の否定として

  1. 「死をもって潔白を証明する」と書かれた遺書は直筆ではなくワープロで打たれたものであったこと
  2. 立川談志大島渚等伊丹を良く知る人間達が「伊丹は不倫報道くらいで自殺するような人間ではない」と自殺という警察の発表を否定し続けたこと[173]

などがあげられている。

山口組系暴力団後藤組といえば1990年に伊丹の監督作『ミンボーの女』を巡って、上映を妨害したり伊丹への襲撃事件を起こしていたり創価学会と後藤組は共謀し日蓮正宗総本山大石寺のある富士宮市で問題(富士桜公園墓地問題百条問題等)を起こし、それらが政争事件に発展しているなどの行動を起こしていた。

裁判が結審した後の2010年に、指定暴力団山口組系後藤組(現在は除籍)組長後藤忠政が、暴露本『憚りながら』の中で創価学会(公明党)幹部と暴力団後藤組との密接な関係を詳細に告白した。著書の中で後藤は富士宮市の問題の際山崎(正友)から池田会長が「くれぐれもよろしく」といっていたことを伝えられた。公明党、創価学会からの依頼と認識した後藤は百条委員会の連中に話をつけたという[174]。その後百条委員会がつぶれると池田は手のひらを返し山崎と後藤が勝手にやったことだから自分は知らないと切り捨てたという[175]。後藤は創価学会に内容証明を送ったが池田は警察に圧力をかけ後藤組が本拠地を持つ富士宮市の警察署に突如「後藤組撲滅委員会」が設置され組員60人以上が逮捕された[176]。後藤組は報復として信濃町の創価学会本部へ発砲事件を起こした結果、池田の使いが後藤の下に詫びを入れに来たという[177]

東京都東村山市議会議員朝木明代の転落死事件[編集]

1995年9月、東村山市議会議員朝木明代マンションから転落死した。警察は当初転落による自殺と断定したが司法解剖鑑定書には他人に強く掴まれたときなどに出来る「アザ」が、死体の両腕内側にあった事が記されていた事がわかり、朝木が創価学会や公明党の追及、および創価学会からの脱会者の救済をしていた[178]ことから、遺族、国会(自民党)、マスメディアが中心となって自殺を疑う声があがり、マスメディアは様々な特集を組んだ。また警察官僚出身で反創価学会の急先鋒であった亀井静香などは、検察に「この転落死事件は自殺として処理するな」と要請したこと、東村山署現職警察官の内部告発として「朝木の死は「自殺」ではなく「他殺」であり、東村山署では殺害した犯人3名を特定したが、検察からの捜査終了の圧力がかかり捜査を断念せざるをえなかった」という内容を公表、当時の政局にも利用された。警察による再捜査は行われなかったが、後に転落死事件の担当検事、初動捜査を行った東村山署の署長、副署長がいずれも創価学会員だったことが判明した[179]、通常、警察・検察は担当事件や捜査に関係する人間や団体は捜査担当から外れるのが原則だが、今回は警察がその原則を破るという問題を起こした。また第134回国会 衆議院宗教法人に関する特別委員会では自民党議員が十分な捜査なしで自殺と断定した東村山警察・副署長らの捜査体制を厳しく追及した[180]

また黒田大輔がこの事件に対し市民活動を行ったが学会は名誉毀損だとして黒田と槇泰智を民事で訴え、東京地裁は2人に連帯して110万円の支払いと東村山・東大和市内での街宣禁止を命じた。

しかし、最近になって創価学会幹部からの内部告発が起こった。国立香川大学教育学部教授で創価学会幹部の高倉良一は2004年7月、東大阪駅へ向かう車中で創価学会元副教学部長より東村山市議の死は創価学会による殺害犯行であるとで聞いたとし一般にも公開された[181][182]副教学部長の話では飛び降りが起きた当日、創価学会最高幹部の命を受けた暴力団員2名が朝木に創価学会に敵対する活動を止めなければビルから突き落とすと脅したが、暴力団員は誤って朝木をビルから突き落としてしまったため創価学会幹部へ相談、幹部は「朝木のことは自殺として処理させるからほとぼりが冷めるまで身を隠せ」と暴力団員に命じたという[183][184]。ジャーナリストの瀬戸弘幸は、この内部告発を受け高倉が元東村山事件初期捜査指揮官と名乗る男性から質問状が届いたと明かした。これに対し高倉は警察関係者は「元東村山事件初期捜査指揮官」という肩書を使わないことから送られた質問状に虚偽があるとして経緯を明らかにするよう質問状を送付した[185]

高倉への質問状は転落死当時東村山署副署長の氏名で送付されていたが、副署長と係争し和解した経験があり人柄を知る瀬戸はこれは本当に副署長自身が送ったものなのかと疑いを持ち、高倉が創価学会員から殺害予告を受けていることにも触れ、民事事件の裁判に関する件で、第三者が唐突に質問状をFAXするなど、とても常識ある人物のやることとは思われない、果たしてこの人物が本当に副署長本人なのか先ずはそれが明らかになった時点で論評したいと思いますと述べた[186]

暴力団への暗殺依頼疑惑[編集]

創価学会が自らに反抗・批判する人間の暗殺を暴力団へ依頼したとされる疑惑。後藤組の元組長後藤忠政によれば元公明党最高顧問藤井富雄が後藤のもとを訪れ、池田大作名誉会長の名のもとに反創価学会の活動をしている有名画伯A(仮名)や亀井静香ら4名の暗殺を依頼されたという[187]。また、共同通信社記者の魚住昭は『月刊・現代』の中で藤井が後藤に、創価学会に対して批判的な亀井静香を黙らせて欲しいと依頼する場面が収録されたビデオテープがあることを記している[188]。暗殺リストに名前があった亀井静香は警察関係者、弁護士などと創価学会対策会議が行うこととなる[189]。後藤は著書の中で池田が裏で何をしていたかといったら、山崎や藤井をパイプ役にして俺達ヤクザを散々利用し、仕事が終われば知らんぷりだ。それで俺達がちょっとでももの言おうもんなら、今度は警察権力を使って潰しにかかる。で、それがマスコミにバレそうになったら、頬かむりだ。(池田大作を批判する)竹入にも矢野にも俺にした仕打ちとまったく同じことをしているんだよ。一番の悪はやっぱり裏で、山崎だの藤井富雄だのに汚れ仕事をさせといて、表では善意に満ち溢れた教祖サマ面している、池田大作だろうな[190]。と痛烈に批判したが。著書では創価学会の関与が疑われている朝木明代の転落死については一切触れていない。

日蓮正宗住職交通事故死事件[編集]

1994年7月、北海道内で起きた交通事故が発生したが、事故の加害者と被害者が日蓮正宗住職と創価学会員だったことから週刊新潮など一部週刊誌が交通事故は創価学会によって仕組まれたものとする内容を掲載。自民党議員が週刊誌の記事をもとに国会で創価学会を追及し政局に利用した。後に事故の当事者である学会員が週刊新潮を提訴、最高裁は週刊新潮の敗訴を言い渡した。

創価学会幹部の急死[編集]

創価学会内部では幹部が急死することがある。主なところとして2代会長戸田城聖、元公明党委員長の原島宏治や北条浩4代会長などが有名である。時期についても戸田は池田が起こした大阪事件の公判中に急性の心疾患で、原島は長男の原島嵩に対して、「私は名誉もいらない。地位もいらない。ただ、願っていることはただ1つ、立派な日蓮正宗の1信徒でありたい」と池田を批判した1週間後に急性心筋梗塞で亡くなり[191]。北条も妻が夫の死後、雑誌の取材にこたえ亡くなる数日前に池田名誉会長と何やら些細なことで揉めていたと証言した[192]。さらに藤原行正によれば戸田の死後、池田が戸田が所有していた美術品や葬儀で集められた香典を接収、また北条の死後も北条宛に集まった香典20億円や北条名義の自宅や財産を池田大作や創価学会が全て接収したため北条の妻は自分の貯金をはたいて移転したという[193]。全てにおいて死亡に事件性は無いと警察は発表しているが、遺族は全て池田と決別している。

大鳳会という組織[編集]

「創価学会には大鳳会という織があり外務省を通じ外務省や皇室へ働きかけている」という疑惑がネット上で広く流布する(以下参照)。流布した原因として主に

  1. 週刊文春が『雅子妃が外務の創価シンパ「大鳳会」とディナーをした』という記事を掲載したこと[194]
  2. 創価学会が外務省幹部に「外遊特別待遇」要請書を送ったとされる問題[195]
  3. 外務省が、池田大作の海外訪問に特別の便宜を図っている内容が国会で審議されたこと[196]
  4. 皇太子夫妻の結婚パレードで日本国旗に混ざり創価学会の「三色旗」が振られていたとする内容の掲載[197]

が挙げられた。1995年11月27日の参議院 宗教法人等に関する特別委員会で自民党の関根則之は当時の創価学会事務総長原田稔が外務省官房長の小和田恒(皇太子妃雅子さまの父)にあてて、「本年一月末より二月中旬にかけて、池田大作(創価学会名誉会長)一行が教育・文化交流のため、香港並びにアセアン三ケ国(タイ・マレーシア・シンガポール)を約二週間にわたり、(下記の日程で)訪問する予定です。何卒宜しくお願い申しあげます。」といった内容の手紙が送られ、外務省が創価学会(池田大作)へ配慮や便宜を図ったのではないかと発言、池田大作および長男の池田博正の証人喚問を要求し審議された。しかし、外務省、宮内庁、創価学会ともに根拠のないとして否定した上、池田の証人喚問は見送られた。

池田大作朝鮮人説[編集]

池田は朝鮮人から日本人に帰化しており、本名は成太作(성대작、ソン・テチャク)であるという説。元は池田が大白蓮華2000年3月号の中で 「父が韓国語を教えてくれた思い出がある」 「私の少年・青年時代には多くの 在日韓国朝鮮人の方々との出会いがあった」と発言したことや池田自身の反日発言などが波紋を呼び下記複数の説を生み出した。

日本人による池田大作朝鮮人説[編集]

在日韓国人、韓国SGIによる池田大作韓国人説[編集]

日本に住む在日韓国人が池田大作を韓国人と捏造しているという説。戦前から大阪は在日韓国、朝鮮人の居住地として有名であった。戦後、創価学会が「お金のかからない宗教」として名前を出すと在日の韓国、朝鮮人が入会、大阪は創価学会の一重要拠点となり選挙においても「常勝関西」と呼ばれた。韓国では1950年代軍事政権下での「反日・反共」教育のもと、日本の文化や製品はNGとされていた[198]。創価学会も例外ではなく韓国では1964年に「反国家的、反民族的な団体」として認知され「禁教」とされていた[199]。そのため在日韓国人が創価学会を韓国でも布教できるようにするため「会長の池田大作は韓国人であり先祖は朝鮮半島から強制的に連れて来られた」「創価学会は日本の宗教ではない」などと事実を捏造した。その後、韓国は金大中太陽政策のもと、日本文化が解禁され、日本では韓流ブームが起こり創価学会も事実上禁教も解かれたが、金大中が大統領に就任するまでの間に韓国SGIはおよそ数十万人の信者を獲得していた。

実際、韓国SGIは「会長の池田大作は韓国人であり先祖は朝鮮半島から強制的に連れて来られた」との主張を行い、反日団体として韓国で活動している実績がある[200]。また韓国SGIの機関紙『和光新聞』は数度日本を卑下し韓国をたたえる池田の言動を紹介している[201]。ちなみに在日韓国人の主張は「被韓(韓国のものにする)」という意味で使っており池田大作をすばらしい人間として扱っているが、リチャード・コシミズの「池田大作朝鮮人説」は「嫌韓(韓国を嫌う)という意味で使っているため同じ主張でも内容は180度違っているのも特徴である。

創価学会内部からの指摘[編集]

  • 1950年代後半、戸田会長の後継者争いの中で創価教育学会時代からの幹部や反池田を掲げる幹部から池田以前の2代の会長、即ち牧口と戸田が教員免許を取得していた(戦前の創価教育学会の時代には教育者を育成する団体であったため)にも関わらず、(後に3代目会長になる)池田が教員免許を取得していなかったことから池田が会長にふさわしくないと批判[202]、この一端として池田の国籍も疑われた。

ただし池田が教員免許を取得できない理由は学歴の問題(当時の最終学歴:東京富士大学短期大学中退[203][204])であり教員免許取得に対し国籍で取得の可否を判断することはない。

池田大作朝鮮人説の否定[編集]

池田大作本人や創価学会は池田大作朝鮮人説に対し公式なコメントをしていないが第三者の文献から池田大作朝鮮人説を否定する文章の存在がある。

  1. 週刊読売が池田家の家系図を添付した際、池田の先祖は天保時代から続く海苔問屋であったと記載[205]
  2. 池田が逮捕起訴された大阪事件の裁判における人定質問、判決文には『池田大作』として確認がとれていること

これら主張とは別にJ-CASTニュースは池田の父親が戦前、ソウルでの生活経験があった事実や池田の著書 『ありがとう、韓国』が韓国国内でベストセラーになったこと、年来の持論である在日韓国・朝鮮人への参政権付与について触れ韓国との結びつきの強さを報じている[206]

創価学会は朝鮮宗教であるという批判[編集]

創価学会が朝鮮宗教と批判される理由、原因[編集]

創価学会が一部から朝鮮宗教と批判される理由、原因として主に下記事例がある。

  1. 支援団体の公明党が1970年代に代表団が北朝鮮を訪問した際、北朝鮮の国家主席金日成と公明党訪問団との共同声明の中で、チュチェ思想(主体思想)を賛美したこと[207]やしんぶん赤旗に「公明党こそ金正日指導体制の北朝鮮を賛美する発言を同国に対し度々行ってきた」と掲載されていること[208]
  2. 1997年に行われた韓国大統領選挙で候補者の金大中が日本で秘密裏に公明党幹部と面会し、日本の公明党の影響下にある韓国創価学会から支持を得られるように依頼し公明党幹部の藤井富雄が了承したとされる事実があること[209][210]
  3. 以前から創価学会系の出版物には「日韓」でなく「韓日」と相手国を上にした表現が多く、創価学会が韓国で複数回反日集会を開いていた事実も発覚したこと[211]
  4. SGI(創価学会インターナショナル)韓国が2005年5月15日ソウル市で、SGI会員10万人をあつめ「愛国大祝祭」を開催した。大会はまずオーロラビジョンに、韓国SGIメンバーたちが「竹島」に上陸した映像が映しだされ、同時にスタンドには、日本が領土として主張している竹島を「独島(韓国名で竹島の事)は韓国のものである」数万人の規模による人文字が浮かんだ。さらに青年部代表が、「教科書問題と独島問題を解決することを誓います」と宣言、その内容が翌日創価学会の機関紙「聖教新聞」で「精鋭10万人が集結する青年部大会」と大きく紙面を飾ったこと[212]
  5. 2002年8月15日、韓国・SGIが池田大作の指示で韓国の政治家へ総額20億ウォンの裏金をばら撒いた不正疑惑が、SGIの内部告発という形で韓国の有力全国紙である『中央日報』『東亜日報』『朝鮮日報』の3紙に掲載され日本では週刊実話が『韓国 三大紙上で暴露 池田大作SGI会長が韓国の政治家にバラまいた20億ウォン裏金疑惑』として掲載されたこと[213]
  6. フランス政府は創価学会が核開発施設の近くに不動産を購入し核技術を盗んで北朝鮮に提供しようとしたと批判している点[214]

ジェイ・キャストは創価学会が主張する韓国寄りの歴史認識や日本人が「正しい歴史認識」を持つことの重要さを韓国国内で説いていることが韓国の識者層に好意的に受け止められていることは間違いないとしながらもこうした創価学会の「親韓」姿勢が、日本国内からは時に(創価学会が)「反日」との批判を受けると報じている[215]

また、池田大作名誉会長や支持政党の公明党が外国人参政権を強く推し進め、永住外国人の地方選挙権付与をマニフェストに掲げていたことから外国人参政権に反対する団体や人間がネット上で創価学会は朝鮮宗教であるというレッテル張りを行ったり(同じく外国人参政権を強く推し進めた民主党や社民党も在日政党などのレッテル張りが行われた)さらに創価学会が時折組織的な犯罪や社会問題を起こすことから犯罪者=日本人ではない(韓国人・朝鮮人である)と批判するケース、学会に批判的な人間が嫌がらせ目的で根拠なく批判するケースも見られるが、ネット上の情報、投稿者はほとんどが匿名であり、情報源や責任は明らかにされていない。

金に関する疑惑[編集]

お布施(財務)に関する疑惑[編集]

池田が会長に就任して間もない1962年、池田は聖教新聞の中で「永久に皆さん方から、ただの一銭も寄付を願ったり、供養を願うようなことはいたしません」と発言[216]。しかし現在は年に1回行われる「財務」と呼ばれる寄付と、新年勤行会などの主要行事の際に各会館で集められる「広布基金」という2つの寄付が行われている。 本部壮年長や教学部教授を務めた元幹部は 「昔は選ばれた限られた人だけしか財務のできる財務部員(応布部員)になれなかった。今のように何でも金、金、金、になってしまったのは、池田が会長に就任後1965年に行った大石寺の正本堂建立御供養という資金集めで、学会は目標の10倍以上の355億円[217]を集めたことに味をしめたことが原因。池田は、全国規模の供養について、「将来は一切、いたしません″と言っていたのに、以後次々と金集めを行うようになったんです。正本堂完成の2年後には、特別財務をやり、やがて会員のことごとくが財務部員になることができるようになり、「財務をやれば福運がつく″と会員は煽られ、各支部で集金を競いました。私も経済的に余裕が出てからは毎年100万円単位の財務をやるようになりました。座談会などでは財務が多いほど、功徳があり、福運がつくと説かれ、体験談や決意が発表されます。財務の時はお金を出し、額収書をもらうためとても少額を出せる雰囲気ではありません。今財務は金額は1口一万円で銀行振込ですが、銀行に振り込む浄財なんてあるんでしょうか。私には、創価学会がただお金を集めるのが目的という団体になってしまったような気がします」と話している[218]。また、週刊実話では最近の経済事情が財務にも影響しているとし学会員の大半が財務自体に対して良い印象を持っていないとしている[219]

また、別の側面もあり、「財務」に力を注ぐようになったのは宗門との争いが契機という意見もある。会員数を増大させ力をつけた創価学会は日蓮正宗からの独立を模索した。カネは力とばかり、第一次宗門戦争の直後の1980年頃から、学会は三ケタ財務、すなわち年間100万円の寄付を学会員に呼びかけた。当時の大卒サラリーマンの初任給が12万円ほどの時代、100万円は大金である。それでも、財務は信心の証と指導されている学会員は、爪に火を灯すように生活を切り詰め、財務に励んだ。矢野元公明党委員長によれば100万円財務は、戸田第二代会長の表現を借りれば、学会が決して手を染めてはならない「邪宗教」への一歩を踏み出した瞬間だったとしている[220]

創価学会被害者の会は高額財務が蔓延した原因を創価学会最高指導会議議員の柏原ヤスにあると主張、柏原が生前婦人部指導会の場で行われた柏原の言動を証拠としている。

  • 心がけ次第では、1000万円以上(財務)できる人になれるんです。(財務)できないとは、いえないんじゃないの。 だから私、その人に言ってあげたの。私たちの御供養の精神というのは、そうゆうの(財務する事)を言うのよ。このごろは、なまじっか、生活ががよくなったから、給料から、7月は、いくら削ろうか?貰うボーナスの内のいくらを出そうか?やっと貯めた貯金のいくら、おろそうか?(以下略)[221]
  • なまじっかあるからね。そうでしょ、生活が豊かになるから、そうゆうふうに、返って、みみっちくなるのよ。広布基金とはいわないけど。あの正本堂建立の時には、どうゆう風にやりました?貧しい中から、精一杯やろうって、竹づっぽに、もう、一生懸命(お金を)入れたじゃない。糸に穴の開いたお金、一所懸命つないで、そいで、ビックリするような御供養、みんなやったじゃない。どう。毎日感謝、毎日、そうゆう、信心ですよ。それがなきゃならない。ね。しかも、広布基金は、創価学会が欲しいから、皆さんに出していただきたいって、言ってんじゃないのよ[222]
  • 昔から、ちっとも変わりません。ね。お金なんかいらないんだ。だれが、金なんか、貰うか。バカ馬鹿しい、そうじゃないの。世界広布には、お金がかかる、いるんです。だから(財務を)、出せつーの。 出せ。出せ。・・(財務を)出せ。(中略)私は、そう言います。出しなさい。だから、社長さんの奥さんに・・何言ってんだ。出せって言ったんですよね。。・・あんた、いくらやってんの?・・・あんたハッキリ言えないんだったら、私が言ってあげる。今度の広布基金は100万出しなさいよ!!皆の前で言っておくからね。婦人部長は、ちゃんと(社長奥さんのお宅へ)100万、取りに行って)[223]

また、創価学会と対立する団体が創価学会離反者から聞いた情報を掲載することもある。顕正会はお布施を信者から集める際、「我々は創価学会とは違い(お金を)根こそぎ頂くことはしません」「皆さんの生活を壊さない程度で良いんです」などと語り創価学会との違いをアピールしている[224]。またお布施は一人8万円までと定めている。

1990年代に入り、学会が総本山大石寺から破門されると一層、財務主義は強化され「財務」に拍車がかかりなんと年間1000万円の寄付を目標としたという。こうした法外な財務を求める際に、学会が使ったのは甘い言葉である。たとえば、寄付をすればするほど、功徳があり、おカネが回ってくるとして、実際、多額の寄付をしたおかげでそれを上回る利益を手にできたとする体験者などの話を学会員に聞かせ[225]、一部支部では高額の財務を納めるためのコースやパンフレットも用意していた[226][227]

しかし、バブル崩壊以降、まさしく金は力になる。景気の後退でマスコミに広告収入が入らない中、創価学会がもたらす多額の広告費は、メディアに意外な効果をもたらし、マスコミによる学会批判が聞こえなくなったという側面を生んだ。また近年では創価大学や聖教新聞社などのTVCMが頻繁に流れるようになる。現に某オピニオン・リーダーの新聞は、学会のスキャンダルに関しては、系列の週刊誌では触れても、新聞では全く報道しないと苦言を呈すまでになった。

高額財務の流れはジャーナリストの段勲が2003年3月、学会が2002年暮れに実施した「財務」の「財務納金一覧表」を入手、財務実態を明らかにした。「財務納金一覧表」では一番少ない金額で10万円、20万円、50万円、100万円以上納めた内容を紹介。こうした金額が並ぶ氏名の半数が、女性であり惜しみもなく、高額な財務を納金するこのような女性の職業はなんであろうかと指摘。こうした「高額財務」に関し家庭不和を招いているケースを紹介した[228]

創価学会被害者の会は柏原の発言した内容や音声を被害者の会ホームページ上に掲載している。また創価学会は会則で、上の立場の者が、立場を利用し下の者へ高額な財務を納めるよう強要してはいけないと定めている。

財務流用疑惑[編集]

学会員の貴重な財務が実は学会本部で流用されていたのではという疑惑が流れている。

  • 1977年に 民社党の春日一幸が国会で池田の豪華専用施設等について調査したところ財務が私的流用されていたのではという疑惑を持ち、当時の公明党委員長委員長竹入義勝宛に質問する旨の手紙を送った[229]。春日は1970年12月の衆議院予算委員会で池田の証人喚問を求めたが自民党、公明党の反対で証人喚問は見送られた。また春日は創価学会が起こした言論出版妨害事件でも池田の証人喚問を要求したが見送られた経緯がある[230]
  • 1989年6月、横浜市内の解体処理場から持ち込まれていた古金庫から2つの紙袋とともに大量の一万円紙幣が落ちてきたという事件が発生した。拾い集めたところ、総額は約1億7000万円相当あったという、7月3日名誉会長池田大作の腹心といわれる創価学会総務中西治雄が持ち主と名乗り出て、「20年以上前に、自分が学会内で不正に蓄財したもので、その存在を忘れているうちに誤って捨てられた」等と述べた。しかしすべて聖徳太子像が印刷された旧紙幣(C号券)で、半分は真新しい状態であり、「1000万円」と印字された帯封で束ねられたものや一度も市中に出回っていない新札もあったことや中西が自宅を担保に借金をしていたことから矛盾点をマスコミから追及された。当時の学会内部は中西に同情的であり大多数の幹部が「この事件は中西が池田と学会のために泥をかぶった」との見方をしていた[231]

公明党委員長矢野絢也は、2011年の著書で「金は中西氏のものではなく、中西氏が預かるか管理を委託されていたものだから、中の金に手を付けられなかったのだろう。これが大方の推理だった」「金は池田氏の裏金だと疑っていた」と述べている[232]

  • 1991年7月にはバブル崩壊による証券不安の中、野村證券が公表した損失補填リストの中に創価学会の名前があり4億5千万円もの補填を受けていたことが判明[233]、学会側は「損失補填ではない」と主張したが、これにより学会が、会員から集めた財務70億円を株取引などに運用し、損失を出していたことが明らかとなりマスコミで取りざたされた[234]

麻薬ビジネス運用疑惑[編集]

創価学会名誉会長池田大作、パナマの独裁者ノリエガ、小沢一郎の三人が一致協力し麻薬ビジネスに手を染めていたとする疑惑がある。ニューヨーク市立大学教授の鶴見芳浩CIAから得た情報として1989年アメリカがパナマに軍事侵攻した際、逮捕されたノリエガの供述から、池田大作が創価学会の金をパナマで運用、ノリエガの麻薬取引の資金繰りにも使わせていたこと、この利益が池田から自民党の小沢・金丸へが流れているという情報を得た。当時の駐日大使アマコストはこの事実を外交カードとして巧みに使い当時自民党の中心にいた小沢・金丸を巧みに利用、日本を意のままにコントロールしたという[235]。また創価学会と反目する日蓮正宗の機関紙「慧妙」では創価学会・池田大作の麻薬ビジネスについて(学会員は)池田大作の「広宣流布には金がかかる」の言葉を盲信し、生活費を切りつめた金や、老後の貯え、はては全財産までも、騙し取られている。ところが、その血の滲むような金が、池田大作の手から世界の麻薬王といわれたノリエガの手に渡って、全世界の麻薬犯罪の資金源になっていたとは、学会員たちは夢にも知らないだろう。池田は、富士にノリエガ庭園をつくり、世界中の人々に、ノリエガとの親交ぶりを誇示していた。しかも、その麻薬で儲けた莫大利益のリベートが、小沢一郎と金丸信に渡り、その秘密を握ったブッシュ大統領が、アマコスト駐日大使を使って、日本を意のままに操っていたという。学会員から集めた金を池田がノリエガに渡し、それが基となって、日本をアメリカに売り渡す結果となっていたのである。日本の多くのマスコミがこの事実を報道しないのも、池田の金の魔力に屈服していたからかもしれない。ともあれ、ノリエガは今、アメリカの刑務所で百年の刑に服している。その一方で、池田は今、新進党と自民党を両天秤に掛けて政権を狙っている。このまま放置してよいのだろうか。ノリエガの何倍も罪が深い池田こそ、刑務所で余生を送らせる必要がある。と批判した[236]

税金に対する疑惑[編集]

1991年(平成3年)3月に発覚した、ルノワール絵画をめぐる三菱商事架空取引事件に、創価学会の八尋副会長(当時)および富士美術館が深く関与しているという疑惑が流れた。1991年三菱商事が創価学会幹部の依頼を受けてフランス印象派の巨匠、ルノワールの絵画二点(「浴後の女」「読書をする女」)を都内の画商から21億2500万で購入、東京富士美術館に41億円で売却したのだが三菱商事は「絵画はフランス人から36億円で買った」と国税庁の調査員に虚偽の報告を行った。そのため差額の15億円が使途不明金となっている。その後の調査で複数の会社や経営コンサルタントに仲介手数料として12億円を支払っていた事実が判明したが残る3億円については未だに消息が不明となっており、架空取引事件に使われた使途不明の15億円が創価学会の裏金になったのではないかとの疑惑がもたれた。 しかし、事件から2年後調査の結果、創価学会や三菱商事を利用した仲介者グループの脱税計画であることが発覚、経営コンサルタント業者が脱税容疑で逮捕された。コンサルタント業者は「ルノワール絵画の取引に加わるにあたり、仲介仲間から創価学会が買い手と教えられ、買い手が宗教団体だから、間に立つ我々はいなかったことにしましょうともいわれた。さらには宗教法人は収益事業しか課税されないことから、取引は税務当局に把握されないと考え、『所得は隠してもいいと思った』と供述している[237]。 また創価学会は三菱商事のパリ支店を利用しフランスの核技術を盗もうとした疑いももたれている[238]

2002年度の創価学会の申告所得は143億円である。かつて自民党は国会で創価学会の資産・税問題を徹底追及、1995年11月、自民党の熊代昭彦は「宗教法人に関する特別委員会」の中で質問に立ち「我々が内々にいろいろ聞いたところでは、不動産資産9兆円、流動資産1兆円というような堂々たるお力を持っておられるようなことでございますが……」と発言[239]、以後「創価学会資産はおよそ10兆円」という認識が生まれた。これら資産のほとんどは、創価学会の事業収入、株式などの有価証券や土地・全国にある創価学会施設の不動産価値を価格にしたものであるが、ジャーナリストの山田直樹は『新・創価学会を斬る』の中で創価学会の資産は宗教法人非課税制度を利用して作られたものとしている。

学会員による詐欺事件[編集]

学会員が池田大作名誉会長の秘書を名乗り、銀行を信用させ「創価学会関連の迎賓館を建設する」などと架空の話をでっち上げ、平成10年から15年にかけてみずほ銀行から計約14億円をだまし取った詐欺事件を起こした[240]。毎日新聞によると事件は学会員数名が架空の迎賓館建設の話を同行国分寺支店の担当行員に持ちかけ、「創価大と関係のある自然食品販売会社が用地取得を請け負う」と融資を依頼。偽造した自然食品販売会社の決算報告書や納税証明書などを見せ、東京都国立市内の土地購入費用約1億4000万円の融資を引き出しだまし取った。警視庁捜査2課は詐欺などの疑いで現役学会員6人を逮捕。関係者によると、この土地は転売目的で取得したとみられるが、所有権移転登記の際、偽造した収入印紙を使っていたことから犯行が発覚した。逮捕された6人はこのほかにも、「自分の親族が同大の学生用アパートを建設する計画がある」などと架空の数件の案件を同行に持ちかけ金銭を詐取した疑いも持たれている[241]。学会はこの事件の取材にコメントせず、犯人グループを会則に照らし除名した後に事件と学会は無関係であるとコメントした[242]

学会常勝不敗説[編集]

創価学会は常勝不敗を謳っており、裁判でも無敗であると学会員に謳っている[243]。実際、前述の2ちゃんねるとの裁判をはじめ、週刊新潮との裁判や乙骨正生との裁判などに学会は勝訴している。しかし実際は創価学会が裁判で敗訴したケースもかなり存在する。例として創価学会と反目する日蓮正宗のHPでは、創価学会が破門された1990年以降、日蓮正宗と創価学会との民事裁判では実に84%が和解もしくは創価学会の敗訴としている[244]。また矢野との裁判でも学会側の敗訴が確定[245]したほか、竹入との裁判では和解が成立[246]、乙骨との係争に至ってはお互いに勝訴と敗訴を繰り返している。

しかし聖教新聞等では学会が勝訴した内容は大きく掲載するものの、学会が敗訴した内容は小さく掲載、または掲載しない場合が多く、実際に日蓮正宗との係争で敗訴した問題や竹入との和解の内容、逆転敗訴したコーヒーカップ裁判の控訴審判決は聖教新聞では掲載されていない。そのため創価学会員は裁判について真実を知らされていない事が多く、創価学会は常勝不敗説の虚偽や真実を学会員へ伏せている。ただし、創価学会が勝訴した内容を反創価学会陣営の機関紙が伏せている例もあり、創価学会、反創価学会陣営ともに都合の悪い内容は伏せている。

池田会長就任の真実、一般信者へ伏せられた内部対立[編集]

池田は戸田から後継者に指名され円滑に第3代会長へ就任したという疑惑。一部でこの話が出回っていたが信憑性は全くなく、創価学会のホームページにも戸田は広宣流布の一切の後事を青年部全体に託したとあるが、その中に池田など特定された個人の名前は無い。ただ、戸田が生前、「創価学会の組織の中にいつかご出現されるであろう久遠の一念三千様が・・必ずやご出現なされるのだ!」と常々周りに予言していた。一部学会関係者が『久遠の一念三千様』を池田大作と勝手に解釈、その流れから池田が戸田から後継者に指名されたという話が広まった可能性があるが、真相は不明である[247]

また以下の内容は2010年12月2、12月9日と2週にわたり週刊文春で特集が組まれた記事から内容を得ているものである

1958年(昭和33年)4月2日、戸田は東京・駿河台の日大病院で急死した。当時、戸田は後継者を選定していなかったため学会内は混乱。理事長の小泉隆は学会をまとめきれず、一部で後継者と目されていた石田次男も、誠実だが病弱ということもあり、トップに立とうとする意思が無かった[248]。他の幹部も組織を支えることで手一杯となり、学会は空中分解寸前となる。小泉は最善策として戸田の長男を会長に据えようとするが、本人が固辞したため会長選びは白紙に戻る。

そんな中、突如会長の名前に池田が浮上する。池田は当時、幹部ではあったが席次は37位と低かった。さらに、牧口から薫陶を受けた幹部が反池田を掲げ理事の石田次男支持に回ったため、学会内での石田支持は過半数を超えるまで拡大し、池田を凌駕していた。池田は自身が実質経営していた大蔵商事で活躍し稼いだ金銭を青年幹部に分配し支持を獲得[249]。また他の幹部から信頼を寄せられていた原島宏治(後に初代公明党中央執行委員長)が池田支持を表明[250]。牧口の薫陶を受けた壮年幹部、理事からの反発はあったが、戦後に戸田の薫陶を受けた青年幹部を中心に、大蔵商事を支えた池田の豪腕に学会再建を期待する声が高まり、会長就任を後押しされるようになったというのが会長就任の真実である。

しかし、就任当初は少なからず批判もあった。まず、池田が会長に就任した直後、石田次男を支持する創価教育学会時代からの幹部が、分派、顕徳会を結成[251]、池田に対抗した。結成当初、男子部幹部が200人ほどが顕徳会に賛同し気勢を吐いた。しかし石田が自ら顕徳会の収拾に動いたことから、顕徳会はわずか1年で崩壊、このことが原因で石田は学会内での支持を失い、学会活動から離れていく。また実弟の石田幸四郎や義弟の秋谷栄之助とも引き離され疎遠となった。

また、創価教育学会時代から牧口の薫陶を受けた壮年幹部や理事は、池田が牧口から直接指導を受けていないこと、池田が学会内の席次が37位と低く、自分たちより下に置かれていたこと、池田の若すぎる年齢(会長就任時32歳)による経験不足などを指摘、反発していた[252]。学会元理事長の青木亨は大白蓮華の中で「第3代会長は池田総務以外にありえない。青年部はこの思いで一致していた」と証言、また青木は牧口の薫陶を受けた壮年幹部や理事の反発を裏付けるように「理事の中には威張っている幹部もいた。教学ができることを鼻にかけいつも冷たい態度だった」と証言し、牧口の薫陶を受けた幹部を批判した[253]。当時、創価学会は11人の理事による理事会が中心となって運営していたが、その大半が牧口の薫陶を受けた年配者であった。理事たちは池田の会長就任後、『会長は理事会の決定によって任免することができる』と会則を改正した。理事たちの意図は会則を設けることで会長となった池田や青年部の動きを牽制し、状況によっては池田を罷免し別の人物を会長に擁立しようと考えていた。これに対し池田は改正を了承。会則改正後、池田は牧口の薫陶を受けた理事を国会や地方議会の議員に当選させることで懐柔し、会則変更から4年後『会長は副会長や理事を任免できる』と会則を再改正、盤石な基盤と権力を確立したとされている。

また学会内部でも複数の内部対立が起きた。自民党の55年体制時代、将来の公明党の進路に対し男子部、壮年部が自民党を中心とした自公民路線を推奨したのに対し女子部・婦人部が社会党を中心とした社公民路線を推奨したため大きな内部対立が起こり選挙にも影響が出たこともあった[254]。また新進党時代には党首小沢一郎の政治手法を巡り創価学会内でも親小沢派と反小沢派とで意見が二分、第41回衆議院議員総選挙では創価学会本部や新進党の意向に反し、学会組織票として対立候補の自民党や民主党の候補者へ投票した選挙区や自主投票とした選挙区もあり事実上の分裂選挙になった。新進党解党後の1998年公明党再結党の際、親小沢派の議員が公明党に加わらず小沢自由党の結党に参加した。2010年の参議院選挙前に公明党本部は前年の総選挙で落選した太田昭宏公明党前代表を比例区で公認したが、公明党本部の決定に学会婦人部が反発、学会内で賛否両論が起こった結果、一度決まった公認が取消され太田が衆議院選挙へ出馬する意向を固めた事例もある[255]

ノンフィクション作家の溝口敦は現在の創価学会で一番権力や影響力を持っているのが学会婦人部であり、後継者になる人間が学会婦人部を完全に掌握できない限り、創価学会は内紛、分裂の危機に陥いると述べている[144]

創価学会セクト指定の真実[編集]

1990年代後半、突如フランス政府はフランス国内で活動を行っている外国の宗教法人に対しセクト指定を行った[256]

また、1995年12月にフランスの下院(フランス国民議会)で採択された「通常の宗教か、セクト(カルト)か」を判定する国際的な指針は調査委員会の委員長の名前を取って『アラン・ジュスト報告書』と呼ばれ

  1. 精神の不安定化
  2. 法外な金銭的要求
  3. 住み慣れた生活環境からの断絶
  4. 肉体的保全の損傷
  5. 子供の囲い込み
  6. 反社会的な言説
  7. 公秩序の攪乱
  8. 裁判沙汰の多さ
  9. 従来の経済回路からの逸脱
  10. 公権力への浸透の試み

以上「セクト構成要件の10項目」を列挙し、このうち1項目でも該当するものがあればその団体をフランス政府はセクトとみなしているがこと創価学会に関しては10項目すべてが当てはまったとしている[257]

そんな中でフランスのセクト認定は全部で174の宗教、宗教団体が対象になった。しかし、フランス政府のセクト指定は、既にテロ事件を起こしていたオウム真理教をフランス国内での活動実績がないとして看過するなど不十分な点が多く、セクト指定の段階で賛否両論があがった。それは、フランス国内でのみ有効な刑法であること。フランス国内で活動していない団体をセクト指定すると内政干渉になるためである。そんな中、創価学会はセクト指定をフランス政府がキリスト教保護のため打ちだした違法な政策であると主張。それに対して創価学会に反する団体の中には、創価とともに自らもセクト指定されていたものも含まれ、創価学会のみが指定されたことのみを強調したこともあった。創価学会の名前はフランス議会のセクト報告書から2007年4月に、その他のセクト指定されていた全団体とともに外されており、一部の創価学会員はセクト指定が解除されたと主張している。しかし、創価学会による公共施設や街中での布教活動は依然として禁止され、実際には公に反社会的セクト団体として扱われている。その後、多くの対立団体はフランス政府より正式の宗教団体認定を受けているが、創価学会は宗教団体申請を受理されないなど扱いに違いが見られ、前述の布教活動禁止と合わせ、ここでも創価学会=セクト団体として扱われている。正式の政府公文書にてセクト認定を外す旨の通知があれば、宗教団体としての申請が受理されなければならないはずであり、このことは創価学会側がセクト指定が解除されたと主張するには不都合の多い点である。

なお、創価学会はドイツ政府、ベルギー政府、オーストリア政府、チリ政府などからも同様にセクト(カルト)団体としての扱いをうけている。

最近では創価学会のセクト指定の原因が創価学会によるフランス政府の内政干渉であったとする事実がフランスの「レ・キップ」で報じられた。詳細は1995年、フランス政府が核実験を予定していた土地や原子力発電所周辺の土地や建物を創価学会が購入したことによりフランス政府が内政干渉と判断、創価学会のみをセクト指定にすることはせず当初はキリスト教以外の宗教すべてにセクト指定を行い、創価学会以外はよほどのことがない限り解除する予定であったという。また「レ・キップ」は創価学会の土地購入は単なる内政干渉ではなく北朝鮮のに核開発技術を教えるため技術スパイ用に土地を購入したとの記事を掲載した[258]

このように、創価学会、他宗派(反創価側)ともに真実を伏せ、周囲に違う内容を説明したこともあり、日本では2ちゃんねるやネット上で激しい論争になった。当初は創価側、反創価側、中立の三者で論争が行われたが、中立の立場を取った人間が真っ先に攻撃を受けるという現象が起き、論争は意義のない中傷合戦へと発展した。 海外では創価学会への批判は根強く、セクト指定はフランスだけではなくドイツベルギー、でも下記のようにセクト指定を受け

フランス国家警察情報機関総合情報局が、UNADFI(カルトの被害者と家族を守る協会の全国連合)など、複数のカルト監視グループと編集
  • フランス国民議会カルトの財務、所有物、収益、同様にそれらの経済活動、経済・金融の関わりに関する公聴委員会報告(1999年)[261]
カルトと金銭に関するフランス議会報告、30数団体に注意を集中させ調査した
ドイツ連邦共和国政府が、すべての州と協力し作成したパンフレット

アメリカでもカルト指定までいかなかったものの学会関連建物の建設に対し批判が起こった。

イギリスでもBBCが創価学会の政治介入を問題視したことがあるが、日本のマスコミは創価学会への配慮からかこの事実を報道していない。

また日本では「日本脱カルト研究会(JCDD)」が1999年に「集団健康度チェック目録」というものを発表した。チェック項目には114のチェック項目がありそれは、実はほぼ日本国憲法の人権条項の順序に沿うようグループ分けされているという。

会員数水増し疑惑[編集]

創価学会では会員数を水増ししているという疑惑。現在学会は公称827万世帯と会員数を謳っているが、公称数を下回っているのは下記資料や文献において確認できる。数々の文献では

となっている。また、創価学会元幹部藤原行正も「池田大作の真実」の中で会員数は最盛期でも500万人を超えていないと述べている。また公共のベースからは宗教法人を管理している文化庁の統計がある。統計では創価学会の会員数は

  • 1995年(平成7年)推定でおよそ576万人[44]
  • 2000年(平成12年)推定でおよそ542万人[45]

となっているため827万世帯には程遠いものとなっている。また、文化庁発行の『宗教年鑑』は現在、創価学会の会員数を掲載していないため[265]、現在の会員数を公共ベースから確認することは事実上不可能である。

それとは別に国政選挙の比例区投票における公明党の得票数から公称数と実際の会員数に違いがあるのではと指摘する声もある。週刊新潮は2007年と2010年参議院選挙の比例区での得票数(下記参照)から公称827万世帯であれば当然一人ではなく数の中に夫婦、家族が含まれている。仮に全員が公明党に投票しなくとも得票数は公称会員数を超えなくてはならないはずと指摘。さらに学会員が選挙の度に友人、知人への投票依頼(通称F作戦)をでの得票や非学会員の公明党支持者からの投票も加えれば得票数はさらに増えるはず、実際の会員数がどれほどのものか聞きたいと締めくくっている[266]

実際、公明党の得票数は2007年の参議院選挙は776万票、2010年参議院選挙は763万票、2012年の総選挙では711万票と毎回減少し、公称の827万世帯からも大きく離れている。

ただし、会員の公称数は創価学会だけではなく他の宗教でも大きい数字を並べており、神社本庁(約9,600万人)[267]、幸福の科学(約1,100万人)[268]などと公称している。 さらに会員の公称数についても世帯と表記しているのはSGI(創価学会インターナショナル)日本支部のみでありSGI海外支部は全て○○人で統一されている[269]

元信者の著書に記述された池田大作、創価学会幹部の言動[編集]

女優の杉田かおるが著書『杉田』(2005年11月発売 小学館発行)で自分が創価学会で体験した内容を元に創価学会幹部や池田大作について記述した。一部の要旨を記載する。

暴露1「月の砂漠事件」
ある時杉田が創価学会総会後に池田と会食をすることになった。会食の席で池田は杉田に「月の砂漠を歌え」と指示。杉田はピアノの伴奏とともに歌うが緊張して声が上ずってしまう。すると池田は「へたくそだねぇ」と言い、自身が納得するまで何度も歌いなおしを命じたという。
暴露2「男性幹部によるセクハラ未遂事件」
著書によれば複数の男性幹部の行動について記している。学会広報機関紙の記者に、取材にかこつけて杉田が「今から会えませんか」と誘われたことがあったり、酒席に呼ばれた際には上層部からお酌やセクハラまがいのことを強要されたという。最後は酒席でハメを外している最高幹部たちに疑問や不信感をいだいたと締めくくっている。
暴露3「幹部と一般信者の待遇の格差」
著書で上層部幹部と一般信者、芸術部所属信者との待遇の格差を挙げている。通常、地方への交通費や宿泊代は一般信者は自己負担であるが芸術部所属の信者は、学会が負担してくれるというもの。また上層幹部は地方への交通費や宿泊代に加え日当まで学会が負担してくれるという。
暴露4「お下げ渡し」
池田大作を囲む食事会の席で、デザートにメロンが出たときのエピソード。池田はメロンが出るといきなり「これは天皇陛下と私しか食べることができない特別なメロン」と話し、池田が食べた後のメロンを列席していた隣の幹部に差し出した。幹部は池田が使ったスプーンでメロンをすくって食べ、また隣の人に渡す。誰も池田の行為をとがめたり出されたものを断ることができない。杉田も覚悟を決めてメロンを飲み込んだという。
暴露5「脱会後に受けた嫌がらせ、ご本尊確認事件」
1991年、学会が宗門から「破門」されたことが起因となり学会を脱会したが、脱会後、杉田自身が勧誘した信者や芸術部員の女優、歌手などが次々と押しかけてきたという。著書では別の女優も同様の体験があったとしている。また破門後に学会員は信者の家を一軒一軒周り日蓮大聖人の御本尊と創価学会が配布した26世日寛上人が書写した御本尊の、どちらを使用しているのか確認しにきたという。杉田の家も例外ではなく女性信者が確認のため訪れた際、来客中のため改めてほしいと断ったところ、女性信者が逆上し力づくで玄関のドアを開けて中に入ろうとした。恐怖のあまり家に鍵をかけたが鍵をかけた後も女性信者は家の前から一歩も動かずに居座ったという。

神社・仏閣への参拝[編集]

創価学会は神社・仏閣への参拝を全面的に禁止しているという疑惑。このような疑惑が流れる背景の一つとして、時代劇の撮影で信仰上の理由を元に神社での収録を拒否した事に対し共演者が苦言を呈した事が挙げられている[270]

1950年、戸田が創価学会会長の就任演説において大石寺への登山参詣を重んじ、他宗宗教施設への参拝や特に(牧口や戸田が戦前、治安維持法違反や不敬罪等で逮捕された経緯から)靖国神社への参拝を禁止した[271]。しかし、池田の会長就任以降、特に平成に入って破門により大石寺への登山ができなくなった後は「仕事などやむを得ない状況や修学旅行などの観光目的の参拝であれば神社仏閣へ参拝をしても良い」とし、町会などの神道色の強い祭りの役員に入ることも「社会的行為」の範囲内で許されると公式に認めているなど対応が軟化している[272]

中央本部芸術部や民主音楽協会に所属している芸能人学会員が仕事のため神社で行われる行事等に参加するケースなどはその一例である。

総会でのやらせ疑惑[編集]

創価学会で行われる総会にはやらせが含まれるという書籍が存在する。発端は元信者の内部告発によるものだが、主なものとして

  • 信者が壇上で発言する内容は創価学会幹部があらかじめ作成した池田名誉会長を賛美した内容や対立組織を罵倒する内容の原稿を渡される。
  • 総会当日会場に出席できるのは優良な信者のみを地区や支部から選抜し参加させている。
  • 池田名誉会長から質問を指名される信者はあらかじめ決まっており、出身校を聞かれたときは必ず「創価大学」と答えるよう指示されている。
  • 壇上で不適切な発言があった場合はその内容をカットし一般信者へは良い部分のみ放映している。

というものがある[273]

疑惑が起こる背景としてジャーナリストの山田直樹は『創価学会を斬る』のなかで「創価学会によるマインドコントロールもあるが自らの出世欲や点数稼ぎのため池田名誉会長に良いところを見せようとこのような愚行に走ったことが要因」と称した。

ゴーストライター疑惑[編集]

池田大作の著書は実は本人が執筆しておらずゴーストライターの作品であるという疑惑。週刊新潮は2011年8月4日号で脱会した元創価学会数学部長の原島嵩の取材を元に、創価学会内部には『特別書籍部』という秘密の部署が存在し『人間革命』は篠原善太郎が書いている[274]。また、池田の著書や媒体によって作者が違い実際は数人から十数人のゴーストライターを所有しているという内容を掲載。また、2010年5月以降、脳梗塞脳腫瘍アルツハイマーなどの病気で表舞台に出てこない池田が次々と執筆したり出版しているのはおかしいとも指摘されている[275]

マスメディア・芸能界との関係[編集]

芸能界[編集]

関連の社団法人に民主音楽協会があり、その公演を通して芸能人の多くが創価学会との接点を持っている。現在、芸能人の中に会員が多くいることが知られている(「民主音楽協会」などを通して接点があるとはいえ、全員が会員ではない)。 ただ、他の宗教と同様、芸能人会員の多くは自身の内面の問題である信仰について、あくまで個人的な内容であるとして、公表しているかどうかは芸能人によって異なる。

関連メディア[編集]

機関紙である聖教新聞は会員による全国的な宅配網が整備されており、一般紙と同じく日刊で全国に配達されている。聖教新聞社は自前の印刷所を持たず、全国紙の系列の印刷会社や複数の地方紙に聖教新聞の印刷を委託している。地方紙としては輪転機を遊ばせておく時間を減らし且つ印刷代金を確保できる貴重な収入源、聖教新聞社(=学会)としては自社で全国に高速輪転印刷機の設備を維持せずに全国津々浦々に日刊で新聞を届ける事ができるという風に、両者の利害が一致している。全国紙でも、毎日新聞社読売新聞社は聖教新聞の印刷を傘下の印刷会社で受託している[276]

一方、雑誌メディアでは、特に週刊誌を中心に創価学会に対する批判が目立つ。池田大作や学会幹部・学会員の言動や学会員個人の起こした「犯罪」行為・創価学会と公明党との政教分離問題に絡む批判が主である。メディアのいう犯罪刑法の犯罪に当たるかどうかは、創価学会関係の裁判の判例を参照。

創価学会にも聖教新聞社(『グラフSGI』)を始め潮出版社(『潮』、『pumpkin』)・第三文明社(『第三文明』、『灯台』)などの系列出版社がある。

また、全国・地方を問わずラジオ局への番組提供は数多い(下記参照)。テレビ局では地方局や独立U局を中心に池田原作のアニメや広報番組が放映されているほか、在京キー局で聖教新聞のCMが放送されているが、国政選挙期間中の公明党や創価大学、創価学園の行事などやむを得ない場合を除き一切受け入れない(TBSテレビ関西テレビテレビ熊本J-WAVEなど)方針を取る放送局が存在する他、受け入れても全国ネット番組に限定(逆もある)するなど極端に制限している場合もある。

スポンサーとして提供している番組[編集]

明確な番組ではないが、「ハートフルストーリー」という名での活動報告スポットCMを放送することもある。

過去にスポンサーとして提供していた番組[編集]

関連する企業・団体[編集]

団体[編集]

企業[編集]

なお、「聖教新聞社」は「創価学会」の出版部門であって一般企業ではない。

脚注[編集]

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  1. ^ 『オールカラー世界の宗教』242頁
  2. ^ 朝日新聞アエラ編集部 『創価学会解剖』 朝日新聞社、1996年10月、p.112, 233
  3. ^ 朝日ニュース全国版No.622創価学会 日本映画新社
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 島田裕巳 『創価学会』(新潮社 2004年6月20日) ISBN 978-4106100727
  5. ^ 『日本大百科全書(小学館)【創価学会】』
  6. ^ 美坂房洋 編集兼発行者『牧口常三郎』 聖教新聞社 1972年11月18日刊
  7. ^ a b c d 大島宏之 『日本の現世宗教』(自由国民社 2002年1月10日)ISBN 978-4426619008
  8. ^ 佐木 秋夫, 小口 偉一 「創価学会」 青木書店, 1957年 67頁
  9. ^ 当時は1ヶ月に3回の「旬刊」からスタートした。
  10. ^ a b 古川利明 『システムとしての創価学会=公明党』(第三書館 1999年10月25日) ISBN 978-4807499229
  11. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 朝日新聞アエラ編集部 『創価学会解剖』(朝日新聞社 2000年1月1日) ISBN 978-4022612861
  12. ^ 1956年1月29日付聖教新聞
  13. ^ 1956年1月29日付聖教新聞
  14. ^ 当初は内閣総理大臣岸信介の参列も予定されたが、名代として安倍晋太郎が出席。
  15. ^ 新会員のために:質問コーナー(5)広宣流布の記念式典とは - 創価学会公式ホームページ 2010年7月19日閲覧。
  16. ^ 大白蓮華2010年4月号P21「会長就任50周年記念企画 永遠に師と勝利を共に」
  17. ^ 大白蓮華2010年4月号P28「会長就任50周年記念企画 永遠に師と勝利を共に」
  18. ^ 『大日蓮 1958年6月 臨時発行号』
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  20. ^ 「創価学会に内乱起る・鉄の団結にいどむ顕徳会」 『週刊公論』昭和35年7月12日号
  21. ^ 大白蓮華2010年8月号P19「世界広布50周年記念企画 師恩の地から世界へ」
  22. ^ 大白蓮華2008年11月号「師弟に生き抜け!不滅の精鋭十万結集」
  23. ^ 大白蓮華2008年10月号P25「師弟に生き抜け!立正安国と第二室戸台風」
  24. ^ 池田大作 『新・人間革命 第15巻』(聖教新聞社 2006年2月11日ISBN 4-412-01326-X
  25. ^ 毎日新聞 1968年7月10日夕刊
  26. ^ a b 古川利明『シンジケートとしての創価学会=公明党』(第三書館 1999年11月20日) ISBN 978-4807499243
  27. ^ 梁取三義 「創価学会」 (1977年) 115ページ 『その事実については、「週刊新潮」がすでに七月に、「メッカ大石寺が、創価学会と喧嘩して参詣者ただ今ゼロ」という記事を掲げている。』 120ページ『「二年前にも、池田会長と日達猊下(と呼ぶそうだ)の仲がおかしくなって、登山禁止令が出た」(学会青年部幹部)』
  28. ^ - 聖教新聞 1978年11月8日付・要旨
  29. ^ 大日蓮1979年9月号P20
  30. ^ しんぶん赤旗1981年7月26日付
  31. ^ 朝日新聞 1981年12月2日付
  32. ^ 朝日新聞アエラ編集部 『創価学会解剖』(朝日新聞社 2000年1月1日) ISBN 978-4022612861
  33. ^ 岡留安則 『武器としてのスキャンダル』 ちくま文庫版pp.83-93
  34. ^ 創価新報 1983年4月20日号
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参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公式ウェブサイト[編集]

メディアなど[編集]