俵孝太郎

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俵 孝太郎(たわら こうたろう、1930年11月12日 - )は、政治評論家血液型はA型。

年譜[編集]

人物[編集]

祖父[編集]

  • “祖父の俵孫一小泉純一郎の祖父の小泉又次郎は、政治的にも個人的にも盟友以上の親しい仲であり、又次郎が祖父の家を訪ね、茶の間に直行、押し入れから、決まったところに置いてある又さん専用の浴衣に着替え、風呂に入ったり、座敷の真ん中で昼寝をしたり、客と会っている祖父には構わずに“奥さん、めし”と祖母に言って食事をしたり、自宅同然に過ごしていた。そんな又次郎と茶の間でしょっちゅう顔を合わせていた俵は、“家長として、どっしり構えていなければならない自宅よりも気の置けない友人宅のほうが、湯上りに縁側で肌脱ぎになってゆっくりくつろげるというような事があったかもしれない”と。小泉純一郎が9歳の時、祖父・又次郎は永眠したが、“「あなたより私のほうがよっぽど、お祖父さんの背中の“絵”を見ているかもしれないよ」と言ったら、彼は苦笑していた”との事。

テレビ[編集]

  • 『FNNニュースレポート6:00』の初代キャスターをつとめたが、視聴者受けがよくなかったため、山川千秋とトレードする形で『FNNニュースレポート23:00』へ異動した。
  • 『マジカル頭脳パワー!!』はご意見番的・知的な解答者として所ジョージに次ぐ2位の21回のトップ賞回数を誇った。

論調・特徴[編集]

  • 石井英夫を産経抄担当にしようとした社会部長上がりの論説委員長の青木彰の人事に反発して1969年に産経新聞社を退社し独立した。
  • 独立後は保守派の論客としてニュース番組のコメンテーターや討論番組の出演、地方での講演をこなし、日刊ゲンダイでコラムを連載。他にも辛口派の批評誌として知られる新潮45に、当時の朝日新聞を中心とした言論界を批判する随筆を幾度も寄せたこともある。
  • 日本を悪くした元凶として日本教職員組合朝日新聞創価学会吉本興業の4つをあげている。また、反創価学会の四月会では代表幹事を務めた。
  • クラシック音楽にも造詣が深く、それについての著書や連載(intoxicate)もある。

主な著書[編集]

  • 戦後首相論
  • 敗戦・占領下の日本の歴史 戦争も戦後も知らない人たちへ
  • 世界の中の日本最良の選択
  • どこまで続くヌカルミぞ 老老介護奮戦記
  • 日本の政治家親と子の肖像
  • 政治家の風景
  • No.2が日本の生き方だ!20世紀の選択
  • 我、「朝日新聞」と戦えり 日本最後のタブーを斬る
  • 責任国家の責任と誠治
  • 新人類は日本を滅ぼす 目覚めよ!ニッポンの鬼軍曹
  • わが家のいしずえ 明治の父権教育
  • 対論・政治改革の非常識、常識
  • 日本の未来を託す!

クラシック音楽関連の著作[編集]

  • 気軽にCDを楽しもう
  • CDちょっと凝り屋の楽しみ方

出演[編集]

過去の出演番組[編集]

文化放送[編集]

フジテレビ[編集]

日本テレビ[編集]

毎日放送[編集]

NHK[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 朝刊1面コラム「サンケイ抄」、政治問題の社説を担当。この頃より社外の月刊・週刊の雑誌での執筆活動を始める。
  2. ^ 教育理念の部会。
  3. ^ 午後の番組。週3日担当。

関連人物[編集]

  • 俵孫一 - 祖父、浜口内閣の商工大臣。
  • 俵国一 - 冶金学者。大叔父(俵孫一の妻(三菱財閥の金庫番・三村君平の娘・マツ)の弟)。
  • 俵萌子 - 元妻。産経新聞社で同僚だった。離婚後も萌子は俵の名字で活動。萌子との間に1男1女を儲けた。
  • 小泉孝太郎 - 俳優。父の小泉純一郎が、俵の名前から命名。CMで共演。
先代:
山川千秋
平日最終版のFNNニュース
男性メインキャスター
FNNニュースレポート23:00」(1979年 - 1987年
次代:
露木茂
※「FNNニュース工場