港区立白金小学校

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港区立白金小学校
校舎
過去の名称 第一大学区第二中学区
第二十二番公立小学白金学校
白金尋常高等小学校
白金尋常小学校
白金国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 Flag of Minato, Tokyo.svg 港区
設立年月日 1876年明治9年)1月15日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
小学校コード 203130
所在地 108-0071
東京都港区白金台1丁目4番26号

北緯35度38分12.57秒 東経139度43分42.75秒 / 北緯35.6368250度 東経139.7285417度 / 35.6368250; 139.7285417座標: 北緯35度38分12.57秒 東経139度43分42.75秒 / 北緯35.6368250度 東経139.7285417度 / 35.6368250; 139.7285417
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港区立白金小学校(みなとくりつしろかねしょうがっこう)は、東京都港区白金台1丁目にある公立小学校

概要[編集]

1876年(明治9年)に設立された伝統校である。かねてより「番町・白金・青南」などと謳われていたように、白金→高松日比谷東大へ至る進学コースがモデルとされた時代もあった。青南小や近辺の赤羽小御田小などと同様、港区内ではその進学熱の高さがよく知られている。

近隣は白金台大崎(白金)長者丸池田山などの城南五山地域として知られ、そのため、古くからの富裕層や著名人の子弟が多く通う学校としても知られている。このような経緯から、近年になっても非常に越境通学者の割合が高い。とはいえ、東京都港区では、公立学校選択制による学区制度の柔軟な運用が行われるようになっており、現在では、港区民であれば、学区外から希望の小中学校に通学することが認められているため、かつてほどに通学区域の重要性はなくなってきている。

30年ほど前から、近隣の区画整理や地価の上昇によって近隣の住宅や人口が減り始め、学年生徒数も徐々に減少し、5 - 10年前は平均して学年生徒数が100人程度となっていた。近年は、学区域内や近辺の大規模集合住宅の建設が非常に活発なことなどが原因となり、120 - 150人にまで増加している。

沿革[編集]

  • 1876年明治9年)1月15日 - 東京府荏原郡下、第一大学区第二中学区第二十二番公立小学白金学校として開校。
  • 1889年(明治22年)6月 - 荏原郡の管轄から芝区の管理となる。
  • 1893年(明治26年)1月 - 新校舎(第2次校舎)落成(白金台1丁目33・34番)。
  • 1897年(明治30年)6月 - 東京市白金尋常高等小学校と改称。
  • 1900年(明治33年)4月 - 現在も使用している校章を制定。
  • 1908年(明治41年)4月 - 東京市白金尋常小学校と改称。
  • 1914年大正3年)3月 - 校舎(第3次校舎)改築(白金今里23・24・25番地)。
  • 1916年(大正5年)
  • 1927年昭和2年)5月 - 現在地に校舎改築。
  • 1928年(昭和3年)3月 - 創立50周年記念式典挙行。
  • 1941年(昭和16年)4月 - 国民学校令により、東京府東京市白金国民学校と改称。
  • 1943年(昭和18年)7月1日 - 東京府と東京市が統合した東京都制施行により、東京都白金国民学校と改称。
  • 1944年(昭和19年)
    • 4月 - 戦時における完全給食を実施。
    • 8月 - 戦局の悪化により、3学年以上の児童570名を栃木県川治温泉柏屋に集団疎開させる。
  • 1945年(昭和20年)10月 - 疎開児童全員帰校。
  • 1946年(昭和21年)12月 - ララ物資により学校給食開始。
  • 1947年(昭和22年)4月 - 学制改革により、東京都港区立白金小学校と改称。
  • 1949年(昭和24年)4月 - 学制改革に伴い高松中学校が白金小学校を仮校舎として開校。
  • 1951年(昭和26年)11月 - 開校75周年記念式典挙行。
  • 1955年(昭和30年)
    • 7月 - 屋外プール竣工。
    • 11月 - 開校80周年記念式典挙行。
  • 1966年(昭和41年)2月 - 開校90周年記念式典挙行。
  • 1970年(昭和45年)11月 - 開校95周年記念式典挙行。
  • 1972年(昭和47年)11月 - 校舎改修工事完了。
  • 1974年(昭和49年)
    • 4月 - 港区立白金台幼稚園併設。
    • 9月 - 白金台幼稚園、白金3丁目7番1号に園舎完成し、移転。
  • 1975年(昭和50年)11月 - 開校100周年記念式典挙行。
  • 1976年(昭和51年)5月 - 開校百周年記念碑除幕式挙行。
  • 1977年(昭和52年)12月 - 新校舎建築のため、白金2丁目23番地の仮校舎へ移転。
  • 1979年(昭和54年)12月 - 新校舎竣工、校庭・プール建設完了。
  • 1980年(昭和55年)
    • 4月 - 新校舎落成式挙行。校旗を新しくする。
    • 7月 - 校歌記念碑除幕式挙行。
  • 1981年(昭和56年)1月 - 開校105周年記念式典挙行し、祭典開催。
  • 1984年(昭和59年)4月 - 港区立白金台幼稚園が、独立園となる。
  • 1985年(昭和60年)12月 - 開校110周年記念式典挙行。「心のふるさと室」開室、ブロンズ像「みほ」設置。祝歌「白金の四季」。
  • 1986年(昭和61年)5月 - 全校児童が、青少年赤十字に加盟。
  • 1991年平成3年)1月 - 開校115周年記念式典挙行し、記念集会開催。
  • 1995年(平成7年)12月 - 開校120周年記念式典挙行し、記念集会開催。
  • 1996年(平成8年)
    • 1月 - スクールマスコット「さっちくん」制定。
    • 6月 - 開校百二十周年記念として、ブロンズ像「笛」・絵画「まど」設置。
  • 2000年(平成12年)1月 - 白金小学校ホームページ開設。
  • 2004年(平成16年)4月 - ふれあい運動会(20回記念)開催。
  • 2005年(平成17年)12月 - 開校130周年記念式典挙行。
  • 2007年(平成19年)10月 - 校庭改修工事。
  • 2014年(平成26年)4月 - ふれあい運動会(30周年)開催。
  • 2015年(平成27年)12月 - 開校140周年記念式典挙行。

この節の出典[編集]

教育方針[編集]

教育目標[1]
個性的で創造的な行動と協調的で愛情ある行動ができ、広く国際社会において信頼と尊敬の得られる人間性を育てる。このために、次の合い言葉を定める。
「自分をみつめ まわりもみつめ」「ひとを生かし 自分も生かし」「めあてをもって 努力を続ける 」
小学校の児童数と教員数[2]
年度 児童総数 1年生 2年生 3年生 4年生 5年生 6年生 教員数 職員数
平成23年 563人 82人 95人 90人 93人 97人 106人 28人 16人
平成24年 550人 91人 81人 99人 92人 89人 98人 27人 15人
平成25年 542人 96人 93人 76人 98人 93人 86人 26人 5人
平成26年 558人 94人 98人 93人 74人 107人 92人 26人 3人
平成27年 562人 92人 91人 104人 93人 74人 108人 25人 4人
平成28年 548人 95人 94人 94人 101人 88人 76人 26人 6人
平成29年 568人 98人 95人 93人 94人 87人 91人 27人 5人
平成30年 587人 110人 98人 94人 95人 93人 97人 28人 3人
令和元年 625人 127人 109人 97人 102人 98人 92人 29人 4人
令和2年 674人 133人 126人 110人 103人 102人 100人 31人 4人
令和3年 717人 153人 128人 127人 111人 99人 99人 35人 4人

通学区域[編集]

住所別通学区域(平成27年4月1日から適用)[3]
白金二丁目 白金台一丁目 - 三丁目 白金台四丁目 白金台五丁目
6番、7番 全域 1 - 5番
7 - 19番
13 - 25番
進学先中学校(平成27年4月1日から適用)[3]
小学校学校名 中学校学校名
港区立白金小学校 港区立高松中学校
東京都の小学校卒業者の進路状況[4]
卒業年度 卒業者合計 都内中学校合計 公立中学校 国立中学校 私立中学校 都外中学校合計 その他
平成23年 94,787人 93,067人 76,980人 432人 15,655人 1,558人 162人
平成24年 95,149人 93,465人 77,586人 377人 15,502人 1,540人 144人
平成25年 94,570人 92,815人 77,399人 417人 14,999人 1,608人 147人
平成26年 93,868人 92,273人 76,492人 395人 15,386人 1,449人 146人
平成27年 93,986人 92,461人 76,078人 446人 15,937人 1,370人 155人
平成28年 91,979人 90,465人 74,400人 439人 15,626人 1,384人 130人
平成29年 90,297人 88,781人 72,095人 413人 16,273人 1,393人 123人
平成30年 94,580人 93,004人 75,598人 453人 16,953人 1,423人 153人
令和2年 97,695人 96,132人 77,438人 413人 18,281人 1,451人 112人
100% 98.4% 79.3% 0.4% 18.7% 1.5% 0.1%

交通[編集]

路線バス
鉄道

関係者[編集]

出身者

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]