練馬区投票所襲撃事件

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練馬区投票所襲撃事件(ねりまくとうひょうじょしゅうげきじけん)は、1969年昭和44年)7月に行われた東京都議会議員選挙において、創価学会員が公明党の支持者と共謀して投票の終わった投票所を襲撃した事件である。

概要[編集]

昭和44年7月、東京・練馬区の第4選挙投票所(練馬区立豊玉第二小学校)において、午後6時の投票終了時間後に創価学会員の2名が投票に訪れた。係員が投票終了後のため投票できないことを告げると、2人が投票できなかったことを理由に当時の公明党代議士伊藤惣助丸の秘書と名乗り[1]非常に多数の人たちが投票所を取り囲んで襲撃、女性・高齢者を含む投票立会人4人に暴言、集団暴行を加え流血させ、土下座謝罪を強要した[2]

事件の調査と対応[編集]

国会では1970年(昭和45年)5月、公職選挙法改正に関する調査特別委員会で共産党青柳盛雄が質問に立ち、この問題の詳細を取り上げて、「議会制民主主義の基礎になる選挙が、多数の暴力によって侵害され」たことを重要視し、また特別委員会の委員長に対して公明党議員による賄賂の試みがあったことなどに触れ、自治省に対処を求めた[2]

警察の対応[編集]

捜査の結果、逮捕、起訴されたのは1名で[2]、「選挙事務関係者・施設に対する暴力罪、騒擾罪等」で懲役六月、執行猶予二年の有罪判決が下された[1]。当時公明党の中央執行委員長であった竹入義勝は自身のコラム「政界回顧録」(朝日新聞)によれば、地検幹部にお目こぼしを依頼し、それがかなったことを回顧している[3]

内藤国夫の主張[編集]

ジャーナリストで事件当時毎日新聞編集委員だった内藤国夫は自書『創価学会・公明党スキャンダル・ウォッチング』で公明党の竹入委員長(当時)らが警視庁首脳部に圧力をかけ、警察からマスコミへ報道しないよう圧力がかかり公にならなかったと振り返っている。また首謀者の市川は警視庁から指名手配寸前の危機に追い込まれたが同様に圧力をかけ事なきを得たという[4]

実行犯の証言・告白[編集]

事件から30年ほど経過した1995年、当時現場にいた元創価学会幹部(以下A)が週刊誌に事件の真相を証言した。Aによれば投票終了後、公明党候補者の看板を片づけ、総ブロックの拠点に帰ったところ突然、練馬会館から“参謀室長(市川雄一)が、共産党員にやられている”という一報が入った。拠点にいた男子部員は、桜台の練馬区第4投票所に向かう。投票所に着くと、周囲には学会男子部員が百人ぐらいが駆け付けていた。Aは投票所の中に入るが、そこには選挙管理委員たちを相手に、市川雄一と青柳参謀2人が罵詈を浴びせている光景があった。またこの現場で誰が発言したかわからないが、“おれは伊藤惣助丸の秘書だ。”という怒鳴り声も聞こえ、中では市川と青柳が“投票させろ!”選管は“いや、だめだ”との言い争いが続いた。その後市川は本部に電話をするため外へ出たが血気盛んな男子部はやっちゃえという感じで、選管の人を殴る蹴ると暴行し、選管の人は口から血を噴き出していた。本部から練馬会館に集合との指示が出たため、創価学会の練馬会館へ移動、移動先にいた市川から男子部によくやったとの激励を受けたという[5]。その後学会幹部から(このままでは参謀室長が指名手配される)何人か(市川を守るため身代わりに)自首せよということになった。幹部から「お前、(身代わりに)どうだ」と男子部員に声をかけたが皆が断ったため、最終的に当時自営業を営んでいたAともう一人が自首した[5]。自首の際、Aは公明党幹部や学会幹部と打合せし「Aは学会員ではなく共産党を強く憎んでいる一市民」であることそして党本部からは(事件の真実は)「生涯、しゃべるな」と強要されたとしている[5]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 「懺悔の告発」山崎正友著
  2. ^ a b c ○青柳委員「昨年の七月十三日に施行されました東京都議会の選挙の際に起こった一つのできごとでありますが、それは東京の練馬区のある投票所で投票時間が終わったあと投票しに来た人がありまして、そしてこれは当然のことですけれども、午後六時を過ぎておりますから、拒否された。その拒否が不当であるということで、その選挙管理に携わっていた管理委員あるいは立ち会い人、それから職員、そういう者に対して抗議といいますか、抗議といえば聞こえはよろしいんですけれども、非常に多数の者が集まりまして、そしてどうしても投票させろ、封印を破ってでもわずかにおくれたんだからもう一ぺん投票させろということで、数時間トラブルがあったようであります。これは人権にもかかわる問題でございまして、練馬区議会の中に特別の委員会が設けられて、調査をし、結論が出ているわけでございますけれども、こういう選挙が公正に行なわれ、しかも安全に行なわれるということでなければ、これはやはり議会制民主主義の基礎になる選挙が、多数の暴力によって侵害されるという結果になるわけで、決して民主主義にマッチするゆえんではないと思うのであります。しかもその際に、練馬警察署の署長以下十数名か二十数名かの人たちも現場におもむいたようでありますけれども、暴行脅迫をする人々に対しての規制がほとんどなされない。わずかに一名の人が逮捕されたにすぎないというような事態があったわけです。当時からそれは非常に一般の人たちに衝動を与えたわけでありますけれども、本国会では、まだほとんどそれが論じられていない。これはまことに遺憾なことだと思うのであります。 ~略~ いま申し上げたようなことが投票所においてあったということ、これを小さな問題として見のがすことは許せないと思うのであります。 それがたまたま公明党、創価学会の人たちのやったことである。この人たちの体質に基づいたものであるかもしれませんけれども、それを私どもが、何か俗にいうどろ試合的に非難するというような、そんな狭い量見の立場でこれを問題にするつもりではありませんけれども、 少なくとも七十歳を過ぎた選挙管理委員が床に倒されて、おまえは長生きしたのだからそろそろ死んでしまってもいいだろうというような脅迫的な暴言を受けるとか、あるいは選挙立ち会い人の御婦人の方が二名も板の間に土下座をしてあやまらなければならないというような暴行傷害が公然と数時間にわたって行なわれる。しかも起訴されたのは一名にしかすぎない、こういうことがあってよろしいのかどうか。これは東京の一区において行なわれたことであるために、あまり一般の新聞には大きく報道されておりませんが、御存じない方もあると思いますけれども、少なくとも先ほど申しましたように、特別委員会まで設けられて、結論も出され、公表もされたわけであります。これについて自治省は何らかの情報を得ておられますかどうですか。そしてこういうことをどうお考えになりますか。ひとつお聞きしたいと思います。

    ○皆川政府委員 お話しの点は、私どもも承知をいたしております。最近の特別委員会における結論についてはまだ伺っておりませんが、それが出ておりましたらば、承知いたしたいと思います。もちろんこのような事態が好ましくない、あっては困ることは当然でございます。この前の衆議院の総選挙にあたりましても、私たちもいろいろ気を使いまして、そういう事態が起こらないように万全の手配を講じたつもりでございます。何ぶんにも投票所の数が多うございますので、今後ともこういうことについては一そう注意をしてまいりたいと思っております。

    ○青柳委員 結論は、ここに私資料を持ってきておりませんけれども、全会一致でその事態に関係のある人々に対する非難、糾弾ということになっているわけです。その中には公明党の区議会議員が五、六名含まれております。そういう結論でございますから、ひとつ自治省としては積極的に練馬区議会なりあるいは東京都なりを通じて資料を取り寄せて、その中には非常に詳しく事実の経過が書かれております。もちろんその裏づけになる証言、調書、審議の議事録などもあるわけで、相当膨大なものがあるわけです。その中には、委員会で公明党の議員が委員長のところへ菓子折りを持っていって、お手やわらかにと言ったということまで出ておるわけです。」 第063回国会 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第4号
  3. ^ 朝日新聞 1998年8月26日付朝刊『秘話 55年体制のはざまで』
  4. ^ 『創価学会・公明党スキャンダル・ウォッチング - これでもあなたは信じますか』145P日新報道 1989年
  5. ^ a b c 『宝石』1995年5月号126項 スクープ座談会Ⅱ 元学会幹部・懺悔の証言

参考文献[編集]

関連項目[編集]