UFC
| Ultimate Fighting Championship | |
|---|---|
| 設立 | 1993年 |
| 主催 | WME-IMG |
| 本部 | ネバダ州ラスベガス |
| 代表者 | ダナ・ホワイト |
| サイト | 公式サイト |
Ultimate Fighting Championship(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ、略称UFC)は、アメリカ合衆国の総合格闘技団体。
目次
概要[編集]
黎明期のUFCは柔術家、空手家、柔道家、ボクサー、プロレスラー、力士、サンビスト、カンフー、ムエタイなどが「金網、ルール無し」というキャッチコピーで最小限のルールで戦い、どの格闘技が強いのかを実現する喧嘩大会さながらの場であったが、世界各国において総合格闘技の大会が開催されるようになるなどの大きな影響を与えた。
その後、反則行為の規定や階級制の導入などルールを整備することで競技化を進め、現在では世界21カ国以上で大会を開催し、51カ国以上から選手が参加、156カ国で11億世帯にテレビ放送される世界規模の団体となっている[1]。
歴史[編集]
黎明期[編集]
グレイシー一族が様々な格闘技の猛者や道場破りと対戦する様子を収めたビデオ"グレーシー柔術・イン・アクション"を見て触発された広告代理店役員のアート・デイビーが、"War of the Worlds"と名づけた8人制の格闘技トーナメントを映画監督兼脚本家のジョン・ミリアスと柔術家のホリオン・グレイシーに企画提案したのがUFC立ち上げの発端になり、グレーシー柔術を習っていたミリアスはクリイエイティブ・プロデューサーに就任、デイビーは投資家から資金を調達してWOWプロモーションズを設立し、マルチナ・ナブラチロワ対ジミー・コナーズなどを配給した老舗ペイ・パー・ビュー配給会社のセマフォ・エンターテイメント・グループ(SEG)と1993年5月にパートナー契約を交わした。SEGはアートディレクターのジェイソン・カッソンに依頼して試合場のオクタゴンを製作し、大会の名称を"アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ"と命名するなど、UFCの基礎を構築することになる。
1993年11月12日、WOWプロモーションズとSEGが第一回大会のUFC 1をコロラド州デンバーのマクニコルス・スポーツ・アリーナで共催、アート・デイビーはマッチメイカーを担当した。
1995年4月、UFC 5の大会後、アート・デイビーとホリオン・グレイシーはUFCの所有権をSEGとWOWプロモーションズに売却する。権利売却後もデイビーはマッチメイカーとコミッショナーとして1999年12月まで在籍した。
ノー・ホールズ・バード禁止法[編集]
黎明期のUFCは、試合のルールがわずかしか規定されていなかった事に対して暴力的で危険であると批判を集めた一方で、ペイ・パー・ビュー(PPV)の契約数は数十万を獲得して興行としてはある一定の成功を収めた。しかしこの成功は、既得権益を脅かしかねないと、ボクシング業界に警戒感を抱かせることにもなる。批判とボクシング業界からの圧力が高まる中、親ボクシング派のアメリカ共和党上院議員ジョン・マケインが、UFCは「人間による闘鶏」にすぎず野蛮で危険であるとUFC禁止を訴え、アメリカ全50州の知事へUFCを追放するよう要請する書簡を送るなど、バッシングキャンペーンを展開し、この結果ニューヨーク州を含む36州が総合格闘技を禁止するノー・ホールズ・バード禁止法(ノー・ホールズ・バードは当時の総合格闘技の呼び名)を制定した。また、総合格闘技を禁止しなかった州でも、ネバダ州のように、スポーツ興行を管轄するアスレチック・コミッションが、UFCへ大会開催許可を出さない州が出始め、UFCは規制の緩い州を転々とするしか無くなり追い詰められていった。さらに、1997年にマケインが上院議会の 商業委員会委員長に就任すると管轄下のペイ・パー・ビュー業界に働きかけ、それまでUFCのペイ・パー・ビューを放送していたケーブルテレビ会社を次々に撤退させた。このためUFCのペイ・パー・ビューはマイナーな存在である衛星放送テレビでの放送を余儀なくされ、ペイ・パー・ビューの販売も低迷して、UFCの経営状況はさらに悪化していった[2][3]。
UFCコミッショナーのジェフ・ブラトニックとレフェリーのジョン・マッカーシーはこの状況を解決すべく、アメリカ各地のアスレチック・コミッションを回り、総合格闘技を啓蒙しつつ、アスレチック・コミッションと調整・協議を重ねて協調を図り、UFC 12(1997年2月7日)で階級制の導入、UFC 14(1997年7月27日)でオープンフィンガーグローブ着用の義務化、UFC 15(1997年10月17日)で禁止行為の指定、UFC 21(1999年7月16日)でラウンド制の導入、と徐々にルールを整備して競技化を進めた。この地道な活動と競技化を進めたことが実を結び、2000年4月にはカリフォルニア州がアメリカで初めて総合格闘技を認可した州となり、続いてニュージャージー州などの他の州も認可をするようになるまでに至った。
ユニファイド・ルール[編集]
2000年11月17日、初めてアスレチック・コミッションから認可を受けた大会となったUFC 28を開催。現代総合格闘技の礎となっているルールである、ニュージャージー州アスレチック・コミッションが制定した統一ルール(通称”ユニファイド・ルール”)に従って試合が執り行われた。
ルールが整備され競技化が進むことにより、選手の技術が洗練されレベルが向上した。結果、特定の格闘技のバックボーンを持たない喧嘩屋や技術レベルの低い選手は淘汰され、黎明期の喧嘩さながらの試合も見られなくなった。
ズッファによる買収[編集]
2001年1月、財政状況の悪化でUFCの運営がままならなくなっていたSEGは、ラスベガスでカジノホテル「ステーション・カジノ」を経営するロレンゾ・フェティータとフランク・フェティータ、ロレンゾのビジネスパートナーでボクシングプロモーターのダナ・ホワイトにUFCを200万ドルで売却。フェティータ兄弟はUFCを管理・運営するための親会社としてズッファを設立した。
ロレンゾ・フェティータがネバダ州アスレチック・コミッションの元コミッション委員だったことで、ほどなくして総合格闘技はネバダ州でも認可を受け、これにより世界の格闘技の中心地であるラスベガスで大会を開催出来るようになった。
2001年9月28日、初めてネバダ州アスレチック・コミッションに認可を受けた大会となったUFC 33を開催。
ズッファの運営により、ケーブルテレビでのペイ・パー・ビュー放送の再開、スポンサー獲得、MGMグランド・ガーデン・アリーナなどのラスベガスのホテル会場での大会開催、2002年6月にはFOXスポーツネットとテレビ放送契約を交わすなど業績を上げていくが、ズッファの投資は3400万ドルにも膨らんでいった。
ジ・アルティメット・ファイター[編集]
投資が膨らみ運営危機に直面していたズッファはペイ・パー・ビュー以外の新たな事業を模索し始め、フェティータ自身達が以前リアリティ番組に出演した際にプロモーション効果を実感した経験があったことで、新人UFCファイターの発掘・育成をテーマとするリアリティ番組「ジ・アルティメット・ファイター」の開始を決める。しかし、ジ・アルティメット・ファイターの企画はことごとくテレビ局に却下されてしまい、最終的に番組制作費の1000万ドルをズッファが自己負担する条件でSpike TVで放送することが決定した。
2005年1月から放送を開始したジ・アルティメット・ファイターはすぐに人気を集め、後にUFCで活躍するスター選手を発掘しただけでなく、決勝戦で行われたフォレスト・グリフィン対ステファン・ボナーの試合は、ダナ・ホワイトが「UFCを救った試合」と称える激闘となるなど、社運をかけたジ・アルティメット・ファイターは大成功を収めた。人気を博したジ・アルティメット・ファイターはシリーズ化されることになり、UFCがFOXへ移籍をする2012年までの間に14回のシーズンがSpike TVで放送された。また、ジ・アルティメット・ファイターの成功を受けて、Spike TVは、UFCの過去の大会からピックアップした試合を放送する番組「UFCアンリーシュド」とペイ・パー・ビュー大会のプロモーション番組「カウントダウン」の放送を開始、2005年8月6日からは試合生中継番組「UFCファイトナイト」の放送を開始した[4]。これらの番組が原動力となり、2006年5月27日のマット・ヒューズ対ホイス・グレイシーをメインにしたUFC 60ではペイ・パー・ビューの販売件数が62万件を記録、2006年7月8日のジ・アルティメット・ファイター・シーズン3のコーチ対決ティト・オーティズ対ケン・シャムロックを組んだUFC 61では77万5千件を記録、2006年12月30日のチャック・リデル対ティト・オーティズをメインにしたUFC 66ではUFCで初めてペイ・パー・ビューの販売件数が100万件超えを記録するなど盛り上がりを見せて、ペイ・パー・ビューの年間販売件数で初めてボクシングとWWEを超えを果たし、UFCが急躍進をした年となった。
2006年3月、ネバダ州アスレチック・コミッションの元エグゼクティブ・ディレクターのマーク・ラトナーがズッファの副社長に就任。ラトナーは過去にはジョン・マケインと共にノー・ホールズ・バード・バッシングキャンペーンを繰り広げた人物であったが、アスレチック・コミッションで長く働いた経験と繋がりを活かし、まだ総合格闘技を禁止している州のアスレチック・コミッションや議員に総合格闘技を認可するよう働きかける仕事も担当した。
2006年12月、活動停止したアメリカの総合格闘技団体WFAを買収、クイントン・"ランペイジ"・ジャクソン、リョート・マチダ、ヒース・ヒーリング、マルティン・カンプマンらWFAの主力選手を獲得した[5]。さらに同じ月に、アメリカの総合格闘技団体WECを試合を放送していたテレビ局Versusのテレビ放送契約とまとめて買収した。統合したWFAとは異なり、WECはUFCとは別に独立運営する形で存続し、バンタム級とフェザー級を中心とした軽量級の大会にシフトしていくことになった[6]。
2007年5月、総合格闘技の選手として史上初めて、ロジャー・ウエルタがメジャー・スポーツ誌「スポーツ・イラストレイテッド」の表紙を飾る。同じ月に、同様にチャック・リデルがメジャー・スポーツ誌「ESPNマガジン」の表紙を飾った。
PRIDEの買収[編集]
2007年3月27日、ロレンゾ・フェティータが日本の総合格闘技団体PRIDEを買収し、運営会社として新会社「PRIDE FC WORLDWIDE」を設立することを発表した。PRIDEはPFWによって継続される方針だったが、5月に開催予定だったライト級グランプリは延期の末中止となった。
2007年10月4日、旧DSEの日本人運営スタッフを解雇し、PRIDE FC WORLDWIDE日本事務所を解散[7]、これにより、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ、マウリシオ・ショーグン、ヴァンダレイ・シウバ、ダン・ヘンダーソン、ミルコ・クロコップ、ファブリシオ・ヴェウドゥム、マーク・ハントらPRIDEの主力選手を獲得した。
2008年6月18日、ロレンゾ・フェティータが、UFCの国際的な発展戦略に集中するため、ステーション・カジノの代表を辞任してUFCの運営に専念することを発表した。
2009年7月11日、UFC 100を開催。ブロック・レスナー対フランク・ミア、ジョルジュ・サンピエールの出場、ジ・アルティメット・ファイター・シーズン9のコーチ対決ダン・ヘンダーソン対マイケル・ビスピンなど豪華対戦カードが組まれた。
WECの統合[編集]
2010年10月28日、独立運営していたWECをUFCに統合。WEC世界フェザー級王者ジョゼ・アルドと同バンタム級王者ドミニク・クルーズを、それぞれの階級の初代UFC世界王者に認定すると同時に、ユライア・フェイバー、アンソニー・ペティス、ドナルド・セラーニ、カーロス・コンディット、ベン・ヘンダーソン、ミゲール・トーレスらWECの主力選手を獲得した。 これにより、2011年1月1日のUFC 125以降、UFCはフェザー級・バンタム級を加えた7階級の体制になる[8][9]。
Strikeforceの買収[編集]
2011年3月12日、UFCに次ぐ全米第二規模の総合格闘技団体Strikeforceを買収。以前のWECと同様にUFCとは別で独立運営することを発表し、ニック・ディアス、アリスター・オーフレイム、カン・リーらStrikeforceの主力選手の一部はUFCへ移籍させた。12月にはStrikeforceのヘビー級を廃止してUFCに統合した。
FOXと契約[編集]
2011年8月18日、アメリカの4大テレビネットワークのひとつFOXと複数年の放送契約を結んだことを発表[10]。11月12日に、初めてアメリカの地上波で放送されるUFCの試合として、UFC on FOX 1のUFC世界ヘビー級王者ケイン・ヴェラスケス対ジュニオール・ドス・サントスが放送され、880万人の平均視聴者数を記録。地上波で放送された歴代の総合格闘技の最高視聴者数を更新した。また格闘技全体としても、2003年にボクシングで行われたレノックス・ルイス対ビタリ・クリチコの試合で記録した700万人以来の高視聴者数となった。
2012年3月、フライ級を新設。8階級での体制となった。
女子部門の設立[編集]
2012年11月16日、UFC初の女子選手としてロンダ・ラウジーと契約して、UFC女子部門を設立。Strikeforce女子バンタム級王者のラウジーを初代UFC世界女子バンタム級王者として認定した[11]。
2013年1月12日のStrikeforce: Marquardt vs. Saffiedineを最後にStrikeforceをUFCに統合。ロビー・ローラー、ダニエル・コーミエ、ルーク・ロックホールド、タイロン・ウッドリー、ギルバート・メレンデス、ゲガール・ムサシ、ホナウド・ジャカレイ、アマンダ・ヌネスらのStrikeforce所属選手がUFCへ移籍した[12]。
2013年2月5日、公式ランキング[13]を制定して公開した[14]。ランキングの決定にUFCは直接関与しておらず、数十人の総合格闘技記者の投票によりランキングが決定するシステム。
2013年12月、UFCファイトパスのサービスを開始した[15]。
2013年12月11日、女子ストロー級を新設。契約したInvicta FCの女子ストロー級選手がUFCへ移籍した。これにより、男子8階級・女子2階級の体制となった[16]。
2014年12月2日、リーボックとの6年間のスポンサー契約を発表した[17]。
2014年12月、独占禁止法違反で元選手数名から起訴された[18]。
2015年7月1日、全米アンチドーピング機関(USADA)と提携して、UFC選手に試合の有無にかかわらず年間を通しての競技外(抜き打ち)ドーピング検査が実施されるようになり、ドーピングの検査体制が強化された[19]。
全米で総合格闘技認可[編集]
2016年3月22日、全米で唯一総合格闘技が禁止されていたニューヨーク州でも総合格闘技が認可される。ニューヨーク州の下院で通称"総合格闘技法案"が賛成113票、反対25票で法案可決となり、同州が1997年に禁止して以降初めて認可されたことによる[20]。総合格闘技法案は過去7年間、毎年上院を賛成多数で通過していたものの、総合格闘技法案反対派のニューヨーク州下院議長シェルドン・シルバーの妨害により、下院では毎年採決にかけられないまま塩漬けにされていた[21]。このため、UFCはロビー活動や訴訟を起こすなどして下院でも総合格闘技法案を採決にかけるよう促していたが、前年にシルバーが汚職で逮捕され議員を失脚したことで[22]、この日に初めて下院でも採決にかけられ、圧倒的賛成多数で晴れて法案可決となった[23]。
WME-IMGによる買収[編集]
2016年7月9日、エンターテイメント、スポーツなどの総合メディア運営を行う4大タレント・エージェンシーの「WME-IMG」が40億ドル(約4200億円)でUFCを買収[24][25][26]。ダナ・ホワイトは引き続きUFC代表として留まるが、ロレンゾ・フェティータは退任となった。出資者としてコールバーグ・クラビス・ロバーツなどの投資グループの他に、シルヴェスター・スタローン、ベン・アフレック、マリア・シャラポワ、セリーナ・ウィリアムズ、コナン・オブライエン、マーク・ウォールバーグ、マイケル・ベイ、ジミー・キンメル、アンソニー・キーディス、フリー、カルヴィン・ハリス、LL・クール・J、トム・ブレイディ、李娜、ビーナス・ウィリアムズ、キャム・ニュートン、ロバート・クラフトらが参加した[27]。
2017年2月、女子フェザー級を新設。これにより、男子8階級・女子3階級の体制となった。
ルール[編集]
競技ルールは、ニュージャージー州アスレチック・コミッションが制定した全米統一ルール(通称:ユニファイドルール)で執り行われる。全米統一ルールは北米以外にヨーロッパなどで標準採用されている。
勝敗・判定[編集]
試合の勝敗は以下で決着する
- ノックアウト(KO)
- テクニカルノックアウト(TKO:レフェリーストップ、ドクターストップ、コーナーストップ)
- サブミッション(タップアウト及び口頭によるギブアップ、見込み一本、その他戦意喪失の表明)
- 失格、試合放棄、ノーコンテスト
- ジャッジによる判定
判定は3人のジャッジがラウンドごとに採点を行い、優勢だった一方の選手に10ポイント、他方の選手に9ポイント以下を付け、各ラウンドのポイントの合計で勝敗を決するラウンドマスト制を採用している。ただし、僅差のラウンドの場合はジャッジが両選手に10ポイントを付けることもあるので、必ず勝敗がつくマストシステムではなく、引き分け裁定もありうる。
なお、判定の呼称にはユナニマス(Unanimous、3-0)、スプリット(Split、2-1)、マジョリティ(Majority、2-0)、ドロー(Draw、1-1, 1-0, 0-0)がある。
ラウンド[編集]
通常の試合は5分3ラウンドで行われるが、タイトルマッチと大会のメインイベントは5分5ラウンドで行われる。延長はいずれも行われない。 ラウンド間のインターバルは1分間であり、ラウンド終了時にはゴングではなくブザーが鳴る。なお、王者のノンタイトルマッチは原則として行われず、必ずタイトルマッチとなる。
試合着[編集]
男子選手は競技ショーツ、女子選手は競技ショーツと競技ウェアを着用し、オープンフィンガーグローブ(階級によって4オンスから6オンス)と、マウスピース及びファールカップ(男子選手のみ)の着用が義務付けられている。シューズや道着、ロングタイツの着用は禁止されている。
試合場[編集]
試合はオクタゴンと呼ばれるケージ(金網)のフェンスで囲われた8角形の試合場で行われる。オクタゴンの直径は30フィート(約9.1m)で、面積は約750スクウェアフィート(約69.3m2、畳の種類で差異があるが畳38畳から48畳分)、フェンスの高さは6フィート(約1.8m)である[28][29]。
反則[編集]
- 噛み付き
- 眼球への攻撃
- 頭突き
- 局部への攻撃
- 指関節等の小さい関節への攻撃
- 髪を引っ張る行為
- 口腔・鼻腔・耳腔等の穴に指を引っ掛ける行為
- 口腔・鼻腔・耳腔等の穴や、裂傷した部分に指を入れる行為
- 喉への打撃や喉を掴む行為
- ひっかく、つねる等の行為
- 故意に相手を骨折させる行為
- 相手の頭や首をマットに突き立てるように投げ落とす攻撃
- オクタゴンの外に相手を放り投げる行為
- 相手の着衣やグローブを掴む行為
- 相手につばを吐きかける行為
- 相手の怪我の原因になるようなスポーツマンらしくない行為
- オクタゴンのフェンスを掴む行為(フェンスを掌で押す、蹴る行為は認められている)
- 罵声を浴びせる行為
- ブレイク中の相手への攻撃
- レフェリーが対応している間の相手への攻撃
- 終了のブザーが鳴った後の攻撃
- レフェリーの指示を無視すること
- 相手との戦いから逃げるような恣意的な行為、怪我のふりをすること、マウスピースを頻繁に落とす行為、などを含む臆病な行為
- コーナーの人間による妨害及び干渉行為
- 不当な優位性を得るために異物を使用すること
- 背骨や後頭部への打撃
- 肘を上から下に垂直に打ち下ろして肘の先端を当てる打撃(それ以外の肘を使った打撃はOK。斜めに角度を付けて振り下ろす肘は反則に取られない)
- グラウンド状態の相手の頭へのキック攻撃(サッカーボールキック、蹴り上げ[30])
- グラウンド状態の相手の頭への膝攻撃(いわゆる4点ポジションの膝蹴り)
- グラウンド状態の相手を踏み付ける行為
- 試合中にタオルを投入すること
- ルールの変遷
-
- UFC 1 (1993年11月12日)
- 反則は目潰しと噛み付き・金的攻撃のみ。1ラウンド5分の無制限ラウンド制。体重は階級制無しの無差別で、決着は選手のギブアップかノックアウト、セコンドのタオル投入によるストップのみでつき、グローブおよび道着・シューズ等の着用は自由であった。
- UFC 2 (1994年3月11日)
- 1ラウンド5分のラウンド制を廃止して時間無制限に変更され、金的攻撃も有効とされた。
- UFC 3 (1994年9月9日)
- 完全なKO決着がなくとも、レフェリーの判断で試合を止めるレフェリーストップが導入され、またシューズを履いたままでの蹴りが禁止となった。(後にシューズを履いたままでのグランド状態の選手への蹴りの禁止に変更される)
- UFC 5 (1995年4月7日)
- 試合時間に制限が導入され、トーナメント1回戦・準決勝は20分、トーナメント決勝およびスーパーファイトは30分に改められた。
- UFC 6 (1995年7月14日)
- 試合が膠着したときに、選手をブレイクしてスタンド状態から試合を再開させる権限がレフェリーに与えられた。
- Ultimate Ultimate 1996 (1996年12月7日)
- 試合でオクタゴンの金網を掴む行為が禁止された。
- UFC 12 (1995年4月7日)
- ヘビー級(+91kg)とライト級(-91kg)が設置され、初めて階級制が導入された。
- UFC 14 (1997年7月27日)
- 公式オープンフィンガーグローブ(4-6オンス)の着用が義務付けられた。
- UFC 15 (1997年10月17日)
- 頭突き、金的、頚部および後頭部への打撃、ダウンした相手への蹴り、指などの小さな関節を取ること、髪を引っ張ることが禁止となった。
- UFC 17 (1998年5月15日)
- トーナメントが実施された最後の大会(日本大会UFC 23を除く)
- UFC 21 (1999年7月16日)
- 1ラウンドの制限時間が5分間に改められ、ノンタイトル戦は5分3ラウンド、タイトル戦は5分5ラウンド制となった。また、ボクシングに倣い、判定においてラウンドマスト制が導入された。
- UFC 28 (2000年11月17日)
- ダウンした相手の頭部への蹴りおよび膝蹴りの禁止(頭部以外は可)、脊椎と首への肘打ちの禁止が導入され、シューズや道着などの着用が不可となり、また出場のための医学的な必要条件が厳格化され、出場選手への健康状態の厳しいチェックも行われるようになった。
- UFC 31 (2001年5月4日)
- 階級区分が変更され、旧バンタム級は現在のライト級へ、旧ライト級は現在のウェルター級へ、旧ミドル級は現在のライトヘビー級へそれぞれ移行し、新たに現在のミドル級が設置された。
- UFC 138 (2001年5月4日)
- ノンタイトル戦であっても大会のメインイベントは5ラウンド制に変更された。
王者・階級[編集]
- 王座の変遷については「UFC王者一覧」を参照。
男子[編集]
| 階級 | 重量区分 | 現王者 | 防衛回数 |
|---|---|---|---|
| ヘビー級 | -265lbs: -120.2kg | 2 | |
| ライトヘビー級 | -205lbs: -93.0kg | 2 | |
| ミドル級 | -185lbs: -83.9kg | 1 | |
| ウェルター級 | -170lbs: -77.1kg | 2 | |
| ライト級 | -155lbs: -70.3kg | 0 | |
| フェザー級 | -145lbs: -65.8kg | 1 | |
| バンタム級 | -135lbs: -61.2kg | 0 | |
| フライ級 | -125lbs: -56.7kg | 10 |
女子[編集]
| 階級 | 重量区分 | 現王者 | 防衛回数 |
|---|---|---|---|
| フェザー級 | -145lbs: -65.8kg | 空位 | - |
| バンタム級 | -135lbs: -61.2kg | 1 | |
| ストロー級 | -115lbs: -52.2kg | 4 |
UFCはネバダ州アスレチック・コミッションの定める階級制に則り、ヘビー級からストロー級の9階級体制で行われている。そのため、通常はこれらの階級に沿った試合が組まれるが、稀にキャッチウェイトバウト(契約体重試合)として、上記以外の契約体重を設定して試合を行うこともある。
公式には上記の階級以外にもスーパーヘビー級(265lbs-)が設置されているが、UFC 28においてジョシュ・バーネット対ガン・マッギーの1試合が行われたのみ。
公式ランキング[編集]
公式ランキングは、大会毎に米国の総合格闘技記者数十人が、王者以外の選手に1位から15位のランキングを各階級ごとにつけ投票したものを集計して決定される。パウンド・フォー・パウンドのランキングは王者も投票対象となる。なお、公式サイトではそれぞれの記者の投票したランキングを参照することが出来る。
ファイトボーナス[編集]
UFCでは大会ごとに、最も優れた試合を行った2選手(該当試合の勝者と敗者)に贈られるファイト・オブ・ザ・ナイト、最も優れたパフォーマンスを見せた2選手に贈られるパフォーマンス・オブ・ザ・ナイトの各賞が設けられており、UFCの選考により各賞の受賞者として選ばれた4選手には、ファイトマネーとは別に5万ドルのファイトボーナスが贈られる。ただし、体重超過した選手は選考の対象外となる。また、試合内容によっては各賞の該当選手無しの場合や、1選手がファイト・オブ・ザ・ナイトとパフォーマンス・オブ・ザ・ナイトを同時に受賞することもある。
| 受賞記録 | 選手 | 受賞回数 |
|---|---|---|
| ファイトボーナス最多受賞 | 15回 | |
| ファイトボーナス最多受賞 | 15回 | |
| パフォーマンス・オブ・ザ・ナイト最多受賞 | 5回 | |
| ファイト・オブ・ザ・ナイト最多受賞 | 8回 |
なお、UFC 169以前の大会まではパフォーマンス・オブ・ザ・ナイトの代わりに、最も優れたKO(TKO)で勝利した1選手に贈られるノックアウト・オブ・ザ・ナイト、最も優れたサブミッションによる一本で勝利した1選手に贈られるサブミッション・オブ・ザ・ナイトの各賞が設けられていた。
| ファイトボーナス | パフォーマンス・オブ・ザ・ナイト | ファイト・オブ・ザ・ナイト | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 順位 | 選手 | 受賞回数 | 順位 | 選手 | 受賞回数 | 順位 | 選手 | 受賞回数 |
| 3位 | アンデウソン・シウバ | 13回 | 2位 | ロンダ・ラウジー | 4回 | 2位 | フランク・エドガー | 7回 |
| 4位 | ドナルド・セラーニ | 12回 | 2位 | アンソニー・ジョンソン | 4回 | 2位 | ディエゴ・サンチェス | 7回 |
| 2位 | ドナルド・セラーニ | 4回 | ||||||
UFC殿堂[編集]
UFC殿堂(ユーエフシーでんどう、UFC Hall Of Fame)は、総合格闘技において大きな功績を残した選手、あるいは総合格闘技の発展に大きく寄与した関係者に贈られる称号[31]。2003年11月21日に10周年大会のUFC 45で創立され、UFC内の委員会によって選考と管理が行われている。殿堂入りを果たした人物にはオクタゴン型の透明の盾が授与される。
殿堂入りした人物[編集]
パイオニア部門[編集]
総合格闘技デビューが2000年11月17日以前である人物が選考対象[31]
| 氏名 | 殿堂入り日時 | 特記事項 |
|---|---|---|
| ホイス・グレイシー | 2003年11月21日 (UFC 45) | |
| ケン・シャムロック | 2003年11月21日 (UFC 45) | |
| ダン・スバーン | 2005年4月16日 (UFC 50) | |
| ランディ・クートゥア | 2006年6月24日 (The Ultimate Fighter 3 Finale) | |
| マーク・コールマン | 2008年3月1日 (UFC 82) | |
| チャック・リデル | 2009年7月10日 (UFC 100) | |
| マット・ヒューズ | 2010年5月28日 (UFC 114) | |
| ティト・オーティズ | 2012年7月7日 (UFC 148) | |
| パット・ミレティッチ | 2014年7月6日(UFC 175) | |
| バス・ルッテン | 2015年7月11日(UFC 189) | |
| アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ | 2016年7月10日(UFCファン・エクスポ) | |
| ドン・フライ | 2016年7月10日(UFCファン・エクスポ) | |
| 桜庭和志 | 2017年6月3日(UFC 212) |
現代部門[編集]
総合格闘技デビューが2000年11月17日以降で年齢が35歳以上か引退から1年以上経っている人物が選考対象[31]
| 氏名 | 殿堂入り日時 | 特記事項 |
|---|---|---|
| フォレスト・グリフィン | 2013年7月6日 (UFC 162) | |
| BJ・ペン | 2015年7月11日(UFC 189) |
試合部門[編集]
試合が行われてから5年以上経過している人々の心をとらえた歴史的に重要な試合が選考対象[31]
| 試合 | 試合日 | 殿堂入り日時 | 特記事項 |
|---|---|---|---|
| フォレスト・グリフィン vs. ステファン・ボナー | 2005年4月9日( The Ultimate Fighter 1 Finale) | 2013年7月6日 (UFC 162) | |
| マット・ヒューズ vs. フランク・トリッグ II | 2005年4月16日(UFC 52: Couture vs. Liddell 2) | 2015年7月11日(UFC 189) | |
| マーク・コールマン vs. ピート・ウィリアムス | 1998年5月15日(UFC 17: Redemption) | 2016年7月10日(UFCファン・エクスポ) |
功労者部門[編集]
総合格闘技に多大な貢献をした選手以外の人物と団体が選考対象[31]
| 氏名 | 殿堂入り日時 | 特記事項 |
|---|---|---|
| チャールズ・ルイス・ジュニア | 2009年7月10日 (UFC 100) | |
| ジェフ・ブラトニック | 2015年7月11日(UFC 189) | |
| ボブ・メイロウィッツ | 2016年7月10日(UFCファン・エクスポ) |
パイオニア部門と現代部門を分けているのは、試合のルールがまだ整備されておらず、総合格闘技の技術も確立していなかった時代と区別するため。 また2000年11月17日を区切りとしたのは、この日に初めて、現代総合格闘技の礎となっているニュージャージー州アスレチック・コミッションが制定した統一ルールであるユニファイド・ルールによって執り行われた大会が開催されたため[31]。
日本におけるUFC[編集]
UFC第1回大会に日本の格闘技団体パンクラスに定期参戦していたケン・シャムロックが参戦したことにより、格闘技雑誌、プロレス雑誌はいち早くUFCの出現を伝えた。しかしほぼルール無しというUFCの衝撃は格闘技ファンの範囲にとどまらず、一般のテレビ番組でも大きく取り上げる事となり、日本の格闘技界にも多大な影響を与えた。打撃系格闘技のK-1が、1994年と1995年に総合格闘技の試合を組み込んだ[32]のをはじめとして、UFC以前から存在した総合格闘技団体の修斗[33]、パンクラス[34]はルールをUFCが採用する全米統一ルールに改正し、PRIDE、DEEPなどをはじめとする総合格闘技の新規プロモーションが勃興した。
SEG時代には、スーパーステージの子会社UFC-Jとの間でフランチャイズ契約を結び、1997年12月21日にUFC初の日本大会UFC Japan、1999年11月14日にUFC 23、2000年4月14日にUFC 25、2000年12月16日にUFC 29の計4度の日本大会を開催した。
ズッファ体制になってからは、ボクシングの帝拳プロモーションをパートナーとして、テレビ放送を行いつつ日本大会の開催を模索していた。(2004年12月、2005年6月には、一旦は開催を発表した日本大会を中止している[35]。)
2012年2月26日にUFC 29以来11年ぶり、ズッファ体制下では初となる日本大会UFC 144を開催。その後、2013年3月3日にUFC on Fuel TV 8、2014年9月20日にUFC Fight Night: Hunt vs. Nelson、2015年9月27日にUFC Fight Night: Barnett vs. Nelsonを開催している。
日本でのテレビ放送[編集]
ホイス・グレイシーが活躍した初期大会は、NHK衛星放送[36]、日本テレビ「世界まる見え!テレビ特捜部」、テレビ朝日「リングの魂」などの番組内で紹介された。
UFC-J事務局が運営した日本大会は、日本テレビやテレビ東京が深夜に放送した[37][38]。
CSテレビのディレクTV(スカパー!に吸収)は1,500円のPPV放送を行った。
2000年、CSテレビ、ケーブルテレビチャンネルのJ SKY SPORTS(現・J SPORTS)はSEG社とUFC 28から毎回放送の契約を締結したが、UFC 29を放送した時点で、UFCの運営がズッファとなり契約を解消した。
2001年にズッファ体制になって、UFC 31からUFC 34までをフジテレビ「SRS」の番組内でダイジェスト放送した。
2002年3月のUFC 36からボクシングの帝拳プロモーションを仲介して、WOWOWでの定期放送が始まる[39]。実況は高柳謙一、解説は高阪剛が担当することが多かった。UFC 69からはハイビジョン放送に移行。諸条件の食い違いで契約がまとまらず[40][41]、2007年4月26日放送のUFC 70(リピート放送)を最後にWOWOWでの放送は一旦終了する。2008年10月からWOWOWで定期放送が再開するが[42]、2016年4月6日を最後にWOWOWでの放送は終了した[43][44]。
2016年8月よりDAZNがアーカイブ配信で「UFC 200」から放送を開始。生中継を「UFC 202」から開始した。
2002年5月のUFC 37から110度CSデジタル放送プラット・ワンのCS-WOWOWでペイ・パー・ビューによる生中継を実施。視聴料を2,000円とし、アメリカのディレクTVと同内容で英語実況のまま放送された[45]。
2005年2月からはテレビ東京が地上波での放送権を取得し1時間枠で放送したが、放送は1回のみで終了した。解説は船木誠勝[46]。
2006年4月からCSテレビの日テレG+でWOWOWから1か月遅れでの放送を再開。実況は日本テレビアナウンサー、解説は高山善廣が務めた。当初は1大会を1時間30分枠で放送していたが、その後、1大会を1時間枠で2回にわけて放送するようになる。WOWOWと同じく帝拳プロモーション経由での放送だったため、2007年6月にUFC 70の放送をもって終了した。
2010年3月31日の「UFC Fight Night:フロリアンvs.五味」は、テレビ東京にて4月8日22時より放送された。同局での中継は5年ぶり、地上波プライムタイムでは史上初となった。解説は秋山成勲[47]。
同年8月1日の「UFC Live: Jones vs. Matyushenko」は、スカパー!のPPVチャンネル「スカチャン」にて視聴料3,150円で生中継[48]。
2011年2月よりひかりTVにて、UFCの映像のテレビサービスおよび、ビデオサービスが開始された[49]。
2012年11月10日にマカオで開催された「UFC on Fuel TV 6」はBS朝日で放送された[50]。
2013年6月よりFOXスポーツ&エンターテイメント(旧:FOX bs238)が、マガジンプログラムである「UFC Ultimate Insider」とともに放送を開始。試合初中継は「UFC on Fuel TV 10」で[51]、その後「UFC Fight Night 26」よりFight Nightシリーズを放送開始。解説は中井祐樹、実況は清野茂樹。前述のWOWOW放送終了に伴い、FOXスポーツ&エンターテイメントで「UFC 199」から[52]ナンバー大会シリーズ及びUFC on FOXシリーズの放送を開始した(Fight Nightシリーズの放送は終了)。
2016年4月29日よりフジテレビ「FUJIYAMA FIGHT CLUB」内で月1回「UFC TIME」と題した1時間番組を放送開始[53]。
日本人の参戦[編集]
前述通り、世界最高峰のMMAの舞台と言えるUFCには、数多くの日本人選手が参戦しているが、多くの選手が苦戦・リリースされており、日本人選手にとって厳しい状況が続いている。日本人選手でタイトルマッチ挑戦権を得たのは岡見勇信と堀口恭司の二人のみで(ズッファ社による興行後)、いずれも敗北している。日本人最多出場回数は18回、最多勝利は13勝、最多フィニッシュは5回で、いずれも岡見勇信の記録である。最多連勝は水垣偉弥の5連勝。
現在出場している選手[編集]
2017年5月現在
- 秋山成勲(2勝5敗)ミドル級→ウェルター級
- 国本起一(3勝1敗) ウェルター級
- 中村K太郎(2勝4敗)ウェルター級
- 安西信昌(1勝1敗) ウェルター級
- 五味隆典(4勝7敗)ライト級
- 石原夜叉坊(2勝1敗1分)フェザー級
- 廣田瑞人(1勝2敗1分)フェザー級
- 山本"KID"徳郁(0勝3敗1無効試合)バンタム級
- 佐々木憂流迦(2勝3敗)バンタム級→フライ級
過去に出場していた選手[編集]
- 高阪剛(3勝3敗)ヘビー級
- 有己空(1勝2敗)ライトヘビー級
- 中村和裕 (0勝2敗)ライトヘビー級
- 岡見勇信(13勝5敗)ミドル級
- 福田力(2勝3敗)ミドル級
- 佐々木有生(0勝1敗)ミドル級
- 吉田善行(2勝3敗)ウェルター級
- 長南亮(1勝3敗)ウェルター級
- 弘中邦佳(1勝3敗)ウェルター級
- 郷野聡寛(1勝2敗)ウェルター級
- 佐藤豪則(0勝2敗)ウェルター級
- 桜井速人(0勝1敗)ウェルター級
- 宇野薫(3勝5敗2分)ライト級
- 須藤元気(2勝1敗)ライト級
- 徳留一樹(1勝3敗)ライト級
- 小谷直之(0勝5敗)ライト級
- 粕谷優介(0勝2敗)ライト級
- 三島☆ド根性ノ助(0勝2敗)ライト級
- 光岡映二(0勝2敗)ライト級
- 日沖発(3勝5敗)フェザー級
- 川尻達也(3勝3敗) フェザー級
- 菊野克紀(2勝3敗) ライト級→フェザー級
- 小見川道大(1勝6敗)フェザー級
- 田村一聖(1勝2敗)フェザー級→バンタム級
- 水垣偉弥(8勝5敗)バンタム級
- 田中路教(2勝2敗)バンタム級
- 金原正徳(1勝2敗)バンタム級
- 手塚基伸(0勝2敗)バンタム級
- 清水俊一(0勝1敗)バンタム級
- 堀口恭司(7勝1敗) バンタム級→フライ級
- 松田干城(0勝2敗)バンタム級→フライ級
- 漆谷康宏(0勝2敗)フライ級
- 中井りん(0勝2敗)女子バンタム級
ズッファ社体制以前に出場していた選手[編集]
- 市原海樹(0勝1敗)体重無制限
- 北尾光司(0勝1敗)体重無制限
- 桜庭和志(1勝0敗1無効試合)ヘビー級
- 安生洋二(0勝3敗)ヘビー級
- 本間聡(0勝1敗)ヘビー級
- 山本喧一(2勝1敗)ミドル級
- 藤井克久(1勝1敗)ミドル級
- 菊田早苗(1勝0敗)ミドル級
- ミノワマン(1勝0敗)ミドル級
- 高瀬大樹(0勝3敗)ミドル級
- KEI山宮(0勝1敗)ミドル級
- 矢野倍達(0勝1敗)ミドル級
- 大石幸史(0勝1敗)ウェルター級
- 高橋義生(1勝0敗)ライト級
- 大石幸史(0勝2敗)ライト級
開催履歴[編集]
- 詳細は「UFCの大会一覧」を参照。
出場選手[編集]
- 詳細は「UFC選手一覧」を参照。
重要人物[編集]
- ダナ・ホワイト(代表取締役社長)
- ロレンゾ・フェティータ(オーナー)
- マイク・ゴールドバーグ(実況)
- ジョー・ローガン(解説兼インタビュアー)
- ブルース・バッファー(リングアナウンサー)
- ジョー・シルバ(マッチメイカー)
- ショーン・シェルビー(マッチメイカー)
脚注[編集]
- ^ UFC 200: By The Numbersフォーブス 2016年7月9日
- ^ Ultimate fighting ought to be a great American sport. Instead, cable companies, Sen. John McCainThe Slate Group 1999年7月11日
- ^ 井田英登「ジョシュ君のこと(2)」 All About 2003年2月26日
- ^ 井田英登「『ジ・アルティメット・ファイター』が引き起こした興行人気」、井田英登「UFC 55〜TUF旋風吹き荒れる」、シュウ・ヒラタ「ベガス:総合格闘技初の全米無料生中継実現」
- ^ UFC WFAを買収。ジャクソン、ヒーリング、LYOTOもUFC参戦? BoutReview 2005年12月13日
- ^ 「WECが世界65kgを囲い込む!?」『GONKAKU』2007年6月号増刊、イースト・プレス
- ^ スポーツナビ「米PRIDE、事業所解散は「やむを得ず」 日本のファンへ理解呼びかけ」2007年10月10日
- ^ UFC&WEC一本化、バンタム級王者は「最高の気分だ」 MMAPLANET 2010年10月29日
- ^ UFC ADDS NEW WEIGHT DIVISIONS UFC公式サイト 2010年10月28日
- ^ 【UFC】UFCが四大ネットワークの一つFOXと契約 MMAPLANET 2011年8月20日
- ^ Ronda Rousey signs landmark dealESPN 2016年11月12日
- ^ “Strikeforce confirms Jan. 12 event is final Showtime broadcast”. MMAJunkie.com (2012年12月20日). 2012年12月20日閲覧。
- ^ [1]2013年2月6日閲覧
- ^ First round of official UFC fighter rankingsBloody Elbow 2016年11月12日
- ^ UFCファイトパス、全世界で配信開始! UFC公式サイト 2016年3月6日
- ^ インヴィクタから11名のファイターがUFCに参戦 UFC公式サイト 2013年12月11日
- ^ ReebokとUFCが画期的なアパレル契約をアナウンス UFC公式サイト 2014年12月1日
- ^ 必読!UFC独占禁止法違反集団訴訟とは何か?■MMA Unleashed Dropkick 2015年2月25日
- ^ 【コラム】プロ格闘技史上初! ドーピング徹底排除を目指すUFCの取り組み【後編】 UFC公式サイト
- ^ 総合格闘技の不毛地帯=ニューヨークでMMA法案が可決!UFCが悲願のNY開催Aol.ニュース 2016年11月12日
- ^ MMA denied: New York legislature once again acts like loonsYahooSports 2016年11月12日
- ^ NY大物政治家が詐欺罪などで逮捕 州政界に激震Daily Sun New York 2016年11月12日
- ^ New York State Assembly passes bill that lifts ban on MMAESPN 2016年11月12日
- ^ U.F.C. Sells Itself for $4 Billion ニューヨーク・タイムズ 2016年7月11日
- ^ Dana White confirms $4 billion UFC sale to WME/IMGYahoo.com 2016年11月12日
- ^ UFC completes sale to WME-IMGMMA.FIGHTING 2016年11月12日
- ^ Ben Affleck, Tom Brady, Serena Williams among celebrity investors in UFCMMA.FIGHTING 2016年11月12日
- ^ The OctagonUFC公式サイト 2016年11月12日
- ^ The Hard Numbers on the Small UFC Cage (Part 1)Fight Nomics 2016年11月12日
- ^ ただし、スタンド状態の相手の顔面を蹴り上げることは反則ではない。
- ^ a b c d e f UFC Hall of Fame 2016 Media FAQ's UFC公式サイト 2016年11月12日
- ^ 西田健『K-1&格闘技の“真実”』本の森出版センター、1997年、p.162.
- ^ 修斗は1995年からそれまで禁止されていたグラウンドでの顔面パンチを解禁し、八角形のリングを導入した(『格闘技・超勝負列伝 伝説のベスト・バウト150選』メディアワークス、2000年、p.43)。
- ^ パンクラスもUWFルールを踏襲して素手で戦い、掌底とロープエスケープとポイント制とダウンカウントだったのが、2000年からオープンフィンガーグローブを着用して標準的な総合格闘技ルールになった(BoutReview: 99.9.18 パンクラス 東京ベイNKホール --- 6.船木誠勝vsトニー・ペテーラ BoutReview)
- ^ 井田英登「UFC日本大会中止に見る“勝ち組”研究(前編) 「UFC vs PRIDE」日米市場戦争」 All About 2005年4月30日
- ^ 西田健『K-1&格闘技の“真実”』本の森出版センター、1997年、p.151.
- ^ 『格闘技通信』1998年1月26日増刊号、ベースボール・マガジン社、po.4,18,34。
- ^ 井田英登「「UFC-J に高阪剛登場!日本での初アルティメット戦へ」 BoutReview 1999年10月27日
- ^ [UFC UFC36、WOWOWで14日放映。中井&高阪が解説]バウトレビュー 2016年11月23日
- ^ 聞き手・ジャン斉藤「緊急インタビュー!! WOWOWチーフプロデューサー大村氏が語るUFC放送再開決定の“真相”!!【前編】」 kamipro公式サイト 2008年
- ^ UFCがブレイクしたことにより、UFCは従来は1か月か2か月に1回だった開催ペースが多い月には2回になった。年間の大会数が激増したため、従来の放映権料では契約できなくなった。また、WOWOWはUFCの他に映画やスポーツを放送する総合チャンネルという性質上、UFCだけに資金を注入できなかったとの旨を大村和幸WOWOWチーフプロデューサーは説明している(『kamipro』No.116、エンターブレイン、2007年。大村インタビュー)
- ^ WOWOWがハイビジョンで中継を再開。名勝負選も BoutReview 2008年7月11日
- ^ WOWOWの放送が終了した「UFC」は、今後どう巻き返していくのか (1/4)ITmediaビジネス Online 2016年4月7日
- ^ UFC―究極格闘技―
- ^ 「UFC 36、WOWOWで14日放映。中井&高阪が解説」BoutReview 2002年3月9日
- ^ 最強格闘技UFC 金網の中の決闘 テレビ東京公式サイト内
- ^ UFC快挙、テレ東がゴールデンで放送 日刊スポーツ 2010年3月10日
- ^ 秋山 セコンド解説「貫き通したい」 スポーツニッポン 2010年7月16日
- ^ UFC記者会見 ひかりTV、総合格闘技『UFC』の大会映像を見放題で提供開始! 週刊ファイト!ミルホンネット
- ^ 総合格闘技の総本山 UFC(Ultimate Fighting Championship)がマカオ(中国)に初上陸!
- ^ オクタゴンで繰り広げられる世界最高峰の総合格闘技 UFC on FOX SPORTS FUELとFX大会イベント 年間10大会以上 FOX bs238で生中継を中心に放送!
- ^ 世界最高峰の総合格闘技:UFC ナンバーシリーズ FOXスポーツ&エンターテイメントにて日本独占放送決定!!
- ^ “【UFC】フジテレビが月イチで『UFC TIME』を放送”. イーファイト. (2016年4月28日)
外部リンク[編集]
|
||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||
|