クイントン・ジャクソン

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クイントン・"ランペイジ"・ジャクソン
QuintonJackson2.png
基本情報
本名 クイントン・ラモーン・ジャクソン
(Quinton Ramone Jackson)
通称 ランペイジ (Rampage)
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1978-06-20) 1978年6月20日(38歳)
出身地 テネシー州メンフィス
所属 チーム・イハ
チーム・パニッシュメント
→チーム・オーヤマ
→ゴッド・ストリート・ソルジャー
→ウルフスレア・アカデミー
身長 185cm
体重 93kg
リーチ 185cm
階級 ライトヘビー級
バックボーン レスリング
テーマ曲 Rampage(オリジナル)
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クイントン・"ランペイジ"・ジャクソンQuinton "Rampage" Jackson1978年6月20日 - )は、アメリカ合衆国男性総合格闘家テネシー州メンフィス出身。ウルフスレア・アカデミー所属。元UFC世界ライトヘビー級王者。

ランペイジ(暴れん坊)」のニックネームにふさわしいスラムを多用するパワフルかつ荒々しいファイトで注目されたが、堅実なボクシングテクニックやレスリングの攻防にも優れている。かつては粗暴な発言が多かった。

来歴[編集]

17歳でレスリングを始めるが、競技大会に出場することはなかった。その後、大学時代に友人の勧めで総合格闘技に転向した[1]

1999年11月13日、メンフィスで行われたISCFでプロデビュー。マイク・パイルと対戦し、判定勝ち。

PRIDE[編集]

アメリカのローカル大会「King Of The Cage」で連戦連勝していたところ、桜庭和志の相手に抜擢され、2001年7月29日のPRIDE.15PRIDEに初参戦。試合には負けたものの[2]投げ技で桜庭を追い詰め高い評価を獲得し、PRIDEレギュラーの座を手に入れた。PRIDE参戦当時は廃バスに住んでいるという触れ込みで「暴走ホームレス」というギミックが付与された。実際に廃バスに住んでいた事実はなく、トレーニングのため一時期カリフォルニアに移住した際に経済的に苦境に陥り、アパートを引き払ってキャンピングカーに住んでいたにとどまる[1]

2001年10月14日にプロレス団体「格闘探偵団バトラーツ」の興行で総合格闘技ルールでアレクサンダー大塚と対戦。大塚を大流血に追い込みドクターストップ勝ちを収めた[3] (ただ、ジャクソンの放った金的攻撃もあり、彼自身は勝利を嬉しがっていなかった)。2001年11月3日のPRIDE.17では敵討ちに来たバトラーツ所属の石川雄規を1R早々パンチでKO。返り討ちにした[4]

2001年12月23日、PRIDE.18松井大二郎と対戦し、試合開始早々膝蹴りが松井の金的に入り、反則負け[5]。このことが不満だったらしく後に松井との再戦を度々希望していた。

2002年4月28日、PRIDE.20佐竹雅昭と対戦。怪力から繰り出されたスラムで佐竹の背骨を折りKO勝ち(後にこれにより佐竹の頭蓋骨も陥没したことが判明した)。しかし、試合後インタビューでは「佐竹はただのロートルだった」と酷評。何度も佐竹に金的攻撃されたと不満をぶちまけ、更にPRIDEが自身をこれ以上ぞんざいに扱うならUFCに参戦したいと語った[6]

2002年7月14日、K-1に参戦。K-1 WORLD GP 2002 in FUKUOKAでシリル・アビディと対戦し、1Rに右フックでKO勝ち[7]。同年12月31日にINOKI BOM-BA-YE 2002でアビディと再戦するも、再び判定勝ち[8]

2002年9月29日、PRIDE.22イゴール・ボブチャンチンと対戦し、1RTKO勝ち[9]

2003年3月16日、PRIDE.25ヴァンダレイ・シウバの持つミドル級王座挑戦権を賭けたケビン・ランデルマン戦に勝利し、PRIDEミドル級のトップファイターとして認知されるようになった。そして試合終了後シウバへのマイクアピールから大乱闘へと発展[10]、次回大会での王座挑戦は確実になったかのように見えた。

しかし、その後のPRIDE.26ではイリューヒン・ミーシャ[11]PRIDE GRANDPRIX 2003 開幕戦のミドル級(-93kg)グランプリ1回戦では怪我で欠場したヒカルド・アローナに代わり、UFC世界ミドル級王者ムリーロ・ブスタマンチ[12]準決勝ではチャック・リデルと続くが[13]、これらの試合にも全て勝利した。長い前哨戦を終えようやくGP決勝にて因縁のシウバと対決。序盤は有利に試合を運んだが、最後はシウバの膝蹴りの連打の前に敗北。準優勝となった[14]

2004年6月20日、PRIDE GRANDPRIX 2004 2nd ROUND柔術世界一の実力者ヒカルド・アローナと対戦。アローナの執拗な寝技の前に完全に試合の主導権を握られるが、三角絞めを狙ったアローナをパワーボムでマットに叩き付け失神KO勝ち。王者シウバへの挑戦権を再度獲得した[15]

2004年10月31日、PRIDE.28のミドル級タイトルマッチでヴァンダレイ・シウバと再戦。リングイン後、携帯電話で日本人の彼女にプロポーズするという前代未聞の行動を起こした(プロポーズは成功し結婚していたが、のちに離婚[16])。試合では王者をあと一歩まで追い詰めるも、またもシウバの膝蹴りでKO負けを喫し王座獲得に失敗した[17]

2005年2月20日、PRIDE.29でシウバの同門ムリーロ・ニンジャを僅差の判定で破った[18]

2005年4月23日、PRIDE GRANDPRIX 2005 開幕戦でシウバの弟弟子であり、ニンジャの実弟であるマウリシオ・ショーグンの打撃で肋骨を骨折し、TKO負け[19]。後日、試合中に「肋骨が折れた」と自陣にアピールしたが、タオルを投入してくれなかったセコンドと衝突、長年所属してきたチームオーヤマを離脱することとなった。この試合後にファニート・イバラを正式にトレーナーに迎え入れた[1]

復帰戦となった同年10月23日のPRIDE.30では、横井宏考にTKO勝ち[20]

2006年2月26日、PRIDE.31ユン・ドンシクと対戦し、判定勝ち。この試合でDSEとの契約が終了し、PRIDEを去ることとなった[21]

WFA[編集]

2006年7月22日に行われたWFA(World Fighting Alliance)でマット・リンドランドと対戦。スラムをお互い繰り出すなどして判定勝ち。

次戦は、総合3戦目(当時2戦2勝)のランペイジを総合初戦ながら破ったマービン・イーストマンとのリベンジマッチがWFAで予定されていたが、WFA自体がUFCを運営するズッファ社に買収されたため、イーストマン戦はそのままUFCへスライドされることとなった。

UFC[編集]

UFCファンエキスポでのジャクソン

2007年2月3日、UFCデビュー戦となったUFC 67で改めてイーストマンと対戦。2ラウンド、クリンチアッパーの連打でイーストマンをKOし、7年越しのリベンジを成功させた。

2007年5月26日、UFC 71のライトヘビー級タイトルマッチで王者チャック・リデルと再戦。右フックからのパウンドで1ラウンドTKO勝ちを収め王座獲得に成功した。ノックアウト・オブ・ザ・ナイトも受賞した。

2007年9月8日、UFC 75のライトヘビー級王座防衛戦でPRIDE二冠王者ダン・ヘンダーソンと対戦。全体として試合を優勢に進め、3-0の判定勝ちを収め初防衛に成功した。

2008年1月3日、UFC公式サイトにおいてThe 2007 Fighters of The Year第1位に選ばれた[22]

2008年4月から放送されたリアリティ番組The Ultimate Fighter」のシーズン7でチーム・ランペイジのヘッドコーチを務めたが、シーズン中はチーム・ランペイジの選手は準決勝までで全員敗退。相手チームに失格者が出たことによりCB・ダラウェイが敗者復活を果たすも、CBは決勝でアミール・サダローに敗れた[23]。シーズン後の同年7月5日に行われたUFC 86では同じくコーチを務めたフォレスト・グリフィンとライトヘビー級タイトルマッチで対戦。0-3の判定負けにより2度目の防衛に失敗し王座から陥落した[24]。敗れたもののファイト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。

2008年7月15日、アメリカ・カリフォルニア州で当て逃げと無謀運転の疑いで逮捕された。ダナ・ホワイトが25,000ドルの保釈金を払い釈放されるも、再び拘束された。

2008年12月27日、UFC 92でPRIDEで2連敗したヴァンダレイ・シウバと3度目の対戦。左フックで失神KO勝ち[25]。ノックアウト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。

2009年3月7日、UFC 96キース・ジャーディンと対戦し、3-0の判定勝ち[26]。ファイト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。

2009年9月から12月にかけて放送された「The Ultimate Fighter」シーズン10でヘッド・コーチを務めた。同じくヘッド・コーチを務めたラシャド・エヴァンスとはシーズン中から舌戦を繰り広げるなど因縁を深めたが、シーズン終了後映画出演(「特攻野郎Aチーム THE MOVIE」)を優先しエヴァンスとのコーチ対決を拒否した[27]2010年5月29日、UFC 114でエヴァンスと対戦し、0-3の判定負けを喫した[28]

2010年6月にアメリカで公開された「特攻野郎Aチーム THE MOVIE」でバラカス軍曹役で出演。同年8月の日本公開に合わせ来日も果たし、今後は俳優と格闘家の活動を平行して行いたいと語っている[29]

2010年11月20日、UFC 123のメインイベントでリョート・マチダと対戦し、2-1の判定勝ちを収めたが、戦った両者がこの判定に驚き、ランペイジがマチダに自ら再戦を申し出るという後味の悪い結末になった[30]

2011年5月28日、UFC 130のメインイベントでマット・ハミルと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた[31]

2011年9月24日、UFC 135ジョン・ジョーンズの持つ世界ライトヘビー級王座に挑戦し、チョークスリーパーで一本負けを喫し王座獲得に失敗した[32]

2012年2月26日、日本で開催されたUFC 144ライアン・ベイダーと対戦し、0-3の判定負けを喫した[33]。なお、前日計量でジャクソンは6ポンド(約2.7キロ)のウェイトオーバーでファイトマネーの20パーセントを没収されている[34]

2013年1月26日、UFC on FOX 6グローバー・テイシェイラと対戦し、0-3の判定負けを喫した[35]

Bellator MMA & TNA[編集]

2013年6月4日、Bellator MMAとプロレス団体のTNAと同時契約を締結。6月6日、TNAの番組であるImpact Wrestlingにて登場し、カート・アングルとのプロモーションを行った。

2013年11月15日、Bellator初参戦となったBellator 108でジョーイ・ベルトランと対戦し、パウンドでTKO勝ち。当初はティト・オーティズと対戦予定であったが、ティトの怪我のため直近でUFCをリリースされたベルトランに変更となった。

2014年2月28日、Bellator 110のライトヘビー級トーナメント1回戦でクリスチャン・ムプンボと対戦し、パウンドでKO勝ち。5月17日にはBellator 120のライトヘビー級トーナメント決勝でキング・モーと対戦し、判定勝ちを収め優勝を果たしライトヘビー級王座への挑戦権を獲得した[36]

2016年6月24日、Bellator 157石井慧と対戦し、5分3ラウンド判定勝ち(2-1)。

戦績[編集]

総合格闘技[編集]

総合格闘技 戦績
48 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
37 16 7 13 0 0 0
11 3 2 5 1
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
石井慧 5分3R終了 判定2-1 Bellator 157: Dynamite 2 2016年6月24日
ファビオ・マルドナド 5分3R終了 判定3-0 UFC 186: Johnson vs. Horiguchi 2015年4月25日
キング・モー 5分3R終了 判定3-0 Bellator 120
【ライトヘビー級トーナメント 決勝】
2014年5月17日
クリスチャン・ムプンボ 1R 4:34 KO(右フック→パウンド) Bellator 110
【ライトヘビー級トーナメント 1回戦】
2014年2月28日
ジョーイ・ベルトラン 1R 4:59 TKO(右フック→パウンド) Bellator 108 2013年11月15日
× グローバー・テイシェイラ 5分3R終了 判定0-3 UFC on FOX 6: Johnson vs. Dodson 2013年1月26日
× ライアン・ベイダー 5分3R終了 判定0-3 UFC 144: Edgar vs. Henderson 2012年2月26日
× ジョン・ジョーンズ 4R 1:14 チョークスリーパー UFC 135: Jones vs. Rampage
【UFC世界ライトヘビー級タイトルマッチ】
2011年9月24日
マット・ハミル 5分3R終了 判定3-0 UFC 130: Rampage vs. Hamill 2011年5月28日
リョート・マチダ 5分3R終了 判定2-1 UFC 123: Rampage vs. Machida 2010年11月20日
× ラシャド・エヴァンス 5分3R終了 判定0-3 UFC 114: Rampage vs. Evans 2010年5月29日
キース・ジャーディン 5分3R終了 判定3-0 UFC 96: Jackson vs. Jardine 2009年3月7日
ヴァンダレイ・シウバ 1R 3:21 KO(左フック) UFC 92: The Ultimate 2008 2008年12月27日
× フォレスト・グリフィン 5分5R終了 判定0-3 UFC 86: Jackson vs. Griffin
【UFC世界ライトヘビー級タイトルマッチ】
2008年7月5日
ダン・ヘンダーソン 5分5R終了 判定3-0 UFC 75: Champion vs. Champion
【UFC世界ライトヘビー級タイトルマッチ】
2007年9月8日
チャック・リデル 1R 1:53 TKO(パウンド) UFC 71: Liddell vs. Jackson
【UFC世界ライトヘビー級タイトルマッチ】
2007年5月26日
マービン・イーストマン 2R 3:49 KO(スタンドパンチ連打) UFC 67: All or Nothing 2007年2月3日
マット・リンドランド 5分3R終了 判定2-1 WFA 4: King of the Streets 2006年7月22日
ユン・ドンシク 3R(10分/5分/5分)終了 判定3-0 PRIDE.31 Dreamers 2006年2月26日
横井宏考 1R 4:45 TKO(サッカーボールキック) PRIDE.30 STARTING OVER 2005年10月23日
× マウリシオ・ショーグン 1R 4:47 TKO(サッカーボールキック) PRIDE GRANDPRIX 2005 開幕戦
【ミドル級グランプリ 1回戦】
2005年4月23日
ムリーロ・ニンジャ 3R(10分/5分/5分)終了 判定2-1 PRIDE.29 SURVIVAL 2005年2月20日
× ヴァンダレイ・シウバ 2R 3:26 KO(膝蹴り) PRIDE.28
【PRIDEミドル級タイトルマッチ】
2004年10月31日
ヒカルド・アローナ 1R 7:32 KO(バスター) PRIDE GRANDPRIX 2004 2nd ROUND 2004年6月20日
美濃輪育久 2R 1:05 TKO(グラウンドの膝蹴り) PRIDE SPECIAL 男祭り 2003 2003年12月31日
× ヴァンダレイ・シウバ 1R 6:28 TKO(膝蹴り) PRIDE GRANDPRIX 2003 決勝戦
【ミドル級グランプリ 決勝】
2003年11月9日
チャック・リデル 2R 3:10 TKO(タオル投入) PRIDE GRANDPRIX 2003 決勝戦
【ミドル級グランプリ 準決勝】
2003年11月9日
ムリーロ・ブスタマンチ 3R(10分/5分/5分)終了 判定2-1 PRIDE GRANDPRIX 2003 開幕戦
【ミドル級グランプリ 1回戦】
2003年8月10日
イリューヒン・ミーシャ 1R 6:26 ギブアップ(グラウンドの膝蹴り) PRIDE.26 REBORN 2003年6月8日
ケビン・ランデルマン 1R 7:00 TKO(マウントパンチ) PRIDE.25 2003年3月16日
イゴール・ボブチャンチン 1R 7:17 ギブアップ(負傷) PRIDE.22 2002年9月29日
ショーン・グレイ 3R 0:37 TKO(パンチ連打) KOTC 13: Revolution 2002年5月17日
佐竹雅昭 1R 7:07 KO(スラム) PRIDE.20 2002年4月28日
× 松井大二郎 1R 0:14 反則(ローブロー) PRIDE.18 2001年12月23日
石川雄規 1R 1:52 KO(スタンドパンチ連打) PRIDE.17 2001年11月3日
アレクサンダー大塚 2R終了時 TKO(ドクターストップ) バトラーツ 〜格闘ロマン2001 YUKI BOM-BA-YA〜 2001年10月14日
× 桜庭和志 1R 5:41 スリーパーホールド PRIDE.15 2001年7月29日
ケネス・ウィリアムズ 1R 4:40 チョークスリーパー Gladiator Challenge 4: Collision at Colusa 2001年6月17日
ブライソン・ハウブレック 1R 1:48 1:48 ギブアップ(パンチ連打) KOTC 8: Bombs Away 2001年4月29日
ロッコ・ヘンダーソン 2R 1:15 チキンウィングアームロック Gladiator Challenge 3: Showdown at Soboba 2001年4月7日
デイブ・テイラー 1R終了時 TKO(タオル投入) Gladiator Challenge 2: Collision at Colusa 2001年2月18日
チャーリー・ウェスト 5分3R終了 判定3-0 Gladiator Challenge 1 2000年12月9日
ロブ・スミス 5分3R終了 判定3-0 KOTC 6: Road Warriors 2000年11月29日
ウォーレン・オーズリー 1R 6:04 腕ひしぎ十字固め Dangerzone: Night of the Beast 2000年10月28日
ロン・ランフ 1R 1:18 TKO(マウントパンチ) Continental Freefighting Alliance 2 2000年7月19日
× マービン・イーストマン 5分2R終了 判定0-3 KOTC 4: Gladiators
【KOTC世界ヘビー級王座決定戦】
2000年6月24日
マルコ・ベルムダス 2R チョークスリーパー Huntington Beach Underground Pancrase 2000年5月13日
マイク・パイル 5分3R終了 判定3-0 ISCF: Memphis 1999年11月13日

キックボクシング[編集]

勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
シリル・アビディ 3R終了 判定3-0 INOKI BOM-BA-YE 2002 2002年12月31日
シリル・アビディ 1R 1:55 KO(右フック) K-1 WORLD GP 2002 in FUKUOKA 2002年7月14日

獲得タイトル[編集]

表彰[編集]

  • UFC ファイト・オブ・ザ・ナイト(3回)
  • UFC ノックアウト・オブ・ザ・ナイト(2回)
  • SHERDOG ファイター・オブ・ザ・イヤー(2007年)
  • SHERDOG 殿堂入り(2014年)

人物[編集]

  • 首からチェーンを下げて入場する。
  • 下品で粗野な行動が多かったが2004年にキリスト教に入信、以前よりは大人しくなった。
  • ミルコ・クロコップマイク・タイソンと友人である。
  • 怪力ぶりで有名だが、本人曰く、幼い頃、父親の工房で荷物運びを手伝っていたため怪力が身に付いたという。また、ウエイトトレーニングはほとんどやっておらず、ウエイトトレーニングの際、扱うウエイトが軽すぎるため、他の者から笑われたというエピソードすら持つ。
  • 『SEHRDOG』のwebサイトには概要として「2001年7月に桜庭和志戦でPRIDEデビューをする前に、PRIDE幹部がノックアウトかサブミッションでタップしてくれたら通常のファイトマネー1万ドルに加えて敗者ボーナス2000ドルを支払うと持ちかけられたが断ってガチンコで勝負して負けた。クイントンは勝つことが難しいと分かっていながら敗者ボーナスの契約を拒否した。」と八百長を持ちかけられてそれを拒否した経験が報告されている。[37][38]

その他[編集]

出演[編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考
2008 ミッドナイト・ミートトレイン
en:The Midnight Meat Train
カメオ出演
2009 デス・ウォーリアー
DEATH WARRIOR
2010 特攻野郎Aチーム THE MOVIE
The A-Team
バラカス軍曹
2012 ファイヤー・ウィズ・ファイヤー 炎の誓い
Fire with Fire
ウォレス

脚注[編集]

  1. ^ a b c 真面目なクイントン・ジャクソン「戦いとは、俺の心臓を危険に晒すということ」 GONKAKU 2007年11月号 P30-35
  2. ^ PRIDE.15 格闘技速報 スポーツナビ 2001年7月29日
  3. ^ 石川「伝説の一戦」でアリにTKO負け! バトラーツ「冬眠」を宣言 10.14NKホール大会 スポーツナビ Topics Column
  4. ^ PRIDE.17 格闘技速報 スポーツナビ 2001年11月3日
  5. ^ PRIDE.18 格闘技速報 スポーツナビ 2001年12月23日
  6. ^ PRIDE.20 格闘技速報 スポーツナビ 2002年4月28日
  7. ^ K-1 WORLD GP 2002 in 福岡 格闘技速報 スポーツナビ 2002年7月14日
  8. ^ INOKI BOM-BA-YE 2002 格闘技速報 スポーツナビ 2002年12月31日
  9. ^ PRIDE.22 格闘技速報 スポーツナビ 2002年9月29日
  10. ^ PRIDE.25 格闘技速報 スポーツナビ 2003年3月16日
  11. ^ PRIDE.26 REBORN 格闘技速報 スポーツナビ 2003年6月8日
  12. ^ PRIDE GP 2003 格闘技速報 スポーツナビ 2003年8月10日
  13. ^ PRIDE GP 2003 準決勝 格闘技速報 スポーツナビ 2003年11月9日
  14. ^ PRIDE GP 2003 決勝 格闘技速報 スポーツナビ 2003年11月9日
  15. ^ PRIDE GP 2004 2nd ROUND 格闘技速報 スポーツナビ 2004年6月20日
  16. ^ “格闘技の聖地”とヴァンダレイ・シウバ 狂犬ランペイジとの遺恨-UFCトリビア第3回 スポーツナビ(WOWOW) 2013年2月21日
  17. ^ PRIDE.28 格闘技速報 スポーツナビ 2004年10月31日
  18. ^ PRIDE.29 格闘技速報 スポーツナビ 2005年2月20日
  19. ^ PRIDE GP 2005 開幕戦 格闘技速報 スポーツナビ 2005年4月23日
  20. ^ PRIDE.30 STARTING OVER 格闘技速報 スポーツナビ 2005年10月23日
  21. ^ PRIDE.30 Dreamers 格闘技速報 スポーツナビ 2006年2月26日
  22. ^ Ten Best - The 2007 Fighters of The Year UFC公式サイト 2008年1月3日
  23. ^ 【TUF7】最終回 史上初、収録終了後の失格劇! MMAPLANET 2008年6月19日
  24. ^ 壮絶タフマッチの果てに新王者グリフィン誕生!「UFC86 ジャクソンvsグリフィン」レポート スポーツナビ(MMAPLANET) 2008年7月6日
  25. ^ 【UFC92】ジャクソン、“因縁”シウバをKO葬 MMAPLANET 2008年12月28日
  26. ^ 【UFC96】"冷静"ランペイジ、"変則"ジャーディンに勝利 MMAPLANET 2009年3月8日
  27. ^ 【UFC108】対戦カード変更続出、UFC2010スタート!! MMAPLANET 2009年12月29日
  28. ^ 【UFC114】因縁に決着、ラシャドがランペイジを下す MMAPLANET 2010年5月30日
  29. ^ “俳優”ランペイジが語る役者としての挑戦「夢は年1、2回試合をしながらアクション映画を作ること」 スポーツナビ 2010年9月2日
  30. ^ 【UFC123】驚きを隠せないジャクソン、リマッチを約束 MMAPLANET 2010年11月21日
  31. ^ 【UFC130】テイクダウン許さず、ランペイジが判定勝ち MMAPLANET 2011年5月29日
  32. ^ 【UFC135】ジョーンズ一本勝ち、ランペイジ退け初防衛 MMAPLANET 2011年9月25日
  33. ^ 【UFC144】持ち味を発揮できず、ランペイジ敗戦 MMAPLANET 2012年2月26日
  34. ^ 【UFC144】待ったなし、UFC JAPAN公開計量終了 MMAPLANET 2012年2月25日
  35. ^ 【UFC FOX06】ランペイジ、意地見せるもテイシェイラに完敗 MMAPLANET 2013年1月27日
  36. ^ ランペイジが米総合ライトヘビー級制す”. 日刊スポーツ (2014年5月18日). 2014年5月18日閲覧。
  37. ^ Jackson: PRIDE Offered Bonus to Lose Jun 12, 2007
  38. ^ 因みに件の試合は敗者ボーナスの条件である「サブミッションでタップ」を満たした格好となっている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
チャック・リデル
第7代UFC世界ライトヘビー級王者

2007年5月26日 - 2008年7月5日

次王者
フォレスト・グリフィン