メンフィス (テネシー州)

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メンフィス市
City of Memphis
Memphis skyline from the air.jpg
愛称 : ブラフ・シティ(断崖の町)、リバー・シティ、ブルース・シティ、ザ・エム、メン(MEM)、ロックンロール発祥地、世界のバーベキューの首都
位置
メンフィス市の位置(テネシー州)の位置図
メンフィス市の位置(テネシー州)
座標 : 北緯35度7分3秒 西経89度58分16秒 / 北緯35.11750度 西経89.97111度 / 35.11750; -89.97111
歴史
建設 1819年
行政
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
  テネシー州
  シェルビー郡
 市 メンフィス市
市長 A C Wharton
民主党
地理
面積  
  市域 763.4 km2 (313.8 mi2)
    陸上   723.4 km2 (302.3 mi2)
    水面   40.0 km2 (15.4 mi2)
標高 103 m (337 ft)
人口
人口 2006年現在)
  市域 680,768人
    人口密度   898.6人/km2(346.9人/mi2
  都市圏 1,260,581人
その他
等時帯 中部標準時 (UTC-6)
夏時間 中部夏時間 (UTC-5)
公式ウェブサイト : www.memphistn.gov

メンフィス英語: Memphis)は、アメリカ合衆国テネシー州の西端にある都市。州都ナッシュビルを上回る同州最大の都市で、ミシシッピ川に面している。市名はエジプトの古代都市にして都の一つでもあるメンフィスに因む。19世紀綿花の集散地として発展する一方で奴隷市が開かれた歴史を持ち、今でも人口の約6割をアフリカ系アメリカ人が占める。ミシシッピ川から突き出たマッド・アイランドは母なるミシシッピ川とアメリカの歴史をモチーフとしたテーマパークになっている。

歴史[編集]

1974年のビール通り

メンフィス周辺に最初に定住した人類は、ミシシッピ文化に属する先住民族であり、近代に入るとチカソー族がそれに続いた。16世紀にはスペイン人の探検家エルナンド・デ・ソトが、17世紀にはフランス人ロベール=カブリエ・ド・ラ・サール率いる探検隊がメンフィス周辺を訪れた。19世紀初頭までは、メンフィス周辺は辺境領土だった。1796年には、アメリカ合衆国に加入したテネシー州の最西端となった。

1819年に、ジョン・オヴァートンジェイムズ・ウィンチェスターアンドリュー・ジャクソンが、ミシシッピ川の支流ウルフ川の河口のすぐ南にある第四チカソー崖の上にメンフィス市を建設した。洪水の影響を受けない丘の上に位置していたため、メンフィスは通運の要衝として繁栄し、南北戦争以前には、メンフィスは綿花産業を支える奴隷を売買するための大市場となった。1857年には南北戦争以前に南部を東西に結んだ唯一の鉄道メンフィス・チャールストン鉄道が開通した。1862年6月6日メンフィスの戦いで合衆国軍(北軍)がメンフィスを掌握し、メンフィスは終戦まで北軍の支配下に置かれた。戦時中のメンフィスは北軍の補給基地となり、南北戦争中も繁栄を続けた。

1870年代には黄熱病が度々流行した。最悪の流行をみた1878年には、メンフィスは多くの病死者や疎開者を出し、市の人口が4分の1近くに減少した。

20世紀に入ると、メンフィスは世界最大の綿花木材の集散地となった。1950年には、世界最大のラバ市場ともなった。1910年代から1950年代まで、メンフィスはE・H・クランプ市長のもとマシーン政治の温床となっていた。クランプ政権下のメンフィスでは、全国的な都市美運動の一環として多様な公共政策が始動し、多くの公園群が作られた。1960年代には、メンフィスは公民権運動の渦中にあった。1968年4月4日には清掃労働者の待遇改善を求めるストライキの応援に訪れていたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師がロレイン・モーテルで暗殺された。

今日でも綿花や木材の集散地であるとともに近辺の商工業の中心地である。また、航空貨物取扱の最大手であるフェデラル・エクスプレスの本社がある。

地理[編集]

メンフィス市は北緯35度7分3秒、西経89度58分16秒(35.117365, -89.971068)[1]に位置している。アメリカ合衆国統計局によると、この都市は総面積763.4km²(294.8mi²)である。このうち723.4km²(279.3mi²)が陸地で40.0km²(15.4mi²)が水面である。総面積の5.24%が水面となっている。

主要な公園にはトム・リー公園、オーデュボン公園、オヴァートン公園およびメンフィス植物園が含まれる。

大都市圏[編集]

メンフィス市はテネシー州ミシシッピ州およびアーカンソー州の一部を含む大都市地域の第一の都市である。メンフィス大都市圏は2000年国勢調査によると、人口1,195,977人である。メンフィス大都市圏はテネシー州のファイエット郡ティプトン郡およびシェルビー郡、ミシシッピ州デソト郡マーシャル郡テイト郡トゥニカ郡およびアーカンソー州クリッテンデン郡の郡を含む。

人口動勢[編集]

2000年現在の国勢調査[2]で、この都市は人口650,100人、250,721世帯および158,455家族が暮らしている。人口密度は898.6/km²(2,327.4/mi²)である。375.4/km²(972.2/mi²)の平均的な密度に271,552軒の住宅が建っている。この都市の人種的な構成は白人34.41%、アフリカ系アメリカ人61.41%、先住民0.19%、アジア系1.46%、太平洋諸島系0.04%、その他の人種1.45%および混血1.04%である。人口の2.97%はヒスパニックまたはラティーノである。

250,721世帯のうち、31.3%が18歳未満の子供と一緒に生活しており、34.1%は夫婦で生活している。23.8%は未婚の女性が世帯主であり、36.8%は結婚していない。30.5%は1人以上の独身の居住者が住んでおり、8.9%は65歳以上で独身である。1世帯の平均人数は2.52人であり、結婚している家庭の場合は3.18人である。

この都市内の住民は27.9%が18歳未満の未成年、18歳以上24歳以下が10.8%、25歳以上44歳以下が30.7%、45歳以上64歳以下が19.7%および65歳以上が10.9%にわたっている。中央値年齢は32歳である。女性100人ごとに対して男性は89.8人である。18歳以上の女性100人ごとに対して男性は84.9人である。

この都市の世帯ごとの平均的な収入は32,285米ドルであり、家族ごとの平均的な収入は37,767米ドルである。男性は31,236米ドルに対して女性は25,183米ドルの平均的な収入がある。この都市の一人当たりの収入(per capita income)は17,838米ドルである。人口の20.6%および家族の17.2%は貧困線以下である。全人口のうち18歳未満の30.1%および65歳以上の15.4%は貧困線以下の生活を送っている。

治安[編集]

犯罪率は高く、2012年に発表されたFBIの統計では、1000人当たりの暴力的な犯罪の発生率は15.8%で全米5位、殺人件数は117で、暴力犯罪率、殺人件数ともに前年より増加している[3]

文化・芸術・音楽[編集]

文化的イベント[編集]

毎年4月にはダウンタウンにて「Africa in April Cultural Awareness Festival 」(略してAfrica in April )が行なわれる。African diaspora の芸術、文化、多様性をテーマとしている。このフェスティバルは3日間続き、出店、ファッション・ショー、ブルースの演奏、国際色豊かなパレードが行われる[4]

かつてW・C・ハンディ賞という名であった国際ブルース賞がメンフィスに本部のあるブルース・ファンデーションからブルースの功績を称えて贈られている。1週間にわたるコンクールのほか、授賞式が行われる。

音楽[編集]

メンフィスはメンフィス・ソウルメンフィス・ブルースゴスペルロックンロールクランクカントリー・ミュージックなどアメリカの様々な音楽ジャンルの発祥地および発展地である。カントリーに関してはナッシュビルがカントリーの「ラインストーン」と呼ばれるのに対し、メンフィスは「シェアクロッパー」(小作人)と呼ばれている。

歴史的なビール・ストリートでは、特に第二次世界大戦後にエレキギターが流行すると、メンフィスはアメリカン・ブルースで有名になっていった。アメリカのポピュラー音楽に多大な影響を与えたサム・フィリップスサン・スタジオは現在も建物が残っており、見学することができる。エルヴィス・プレスリー、ジョニー・キャッシュジェリー・リー・ルイスカール・パーキンスロイ・オービソンはフィリップスに見いだされ、ここで初めてのレコーディングを行なった。「ブルースの父」と呼ばれるW・C・ハンディなど多くの著名なブルース・アーティストもここでレコーディングを行なった。

1960年代、スタックス・レコードは、管楽器を主体とするモータウンより無骨なソウルミュージックを作り出した。このレーベルのバック・バンドであったブッカー・T&ザ・MG'sサム&デイヴオーティス・レディングウィルソン・ピケットなどによる多くのヒット曲を生み出した。多くのミュージシャンが本人役で出演しているブルース・ブラザーズの映画の中でこのサウンドを聴くことができる。

グレイスランド

メンフィスはエルヴィス・プレスリーが両親と共に移り住んだ町である。プレスリーの邸宅「グレイスランド」は一般公開されている。また、チャック・ベリーが当地を歌った曲「メンフィス・テネシー」も有名である。スタックス・レコードやハイ・レコード、ゴールドワックス・レコードなど、60年代と70年代のソウル・ミュージック黄金時代を支えたレーベルがメンフィスを本拠地としていた。メンフィスは、カントリーの殿堂であるナッシュビルとともに、テネシー州の音楽の一大発信基地となってきた。

また、音楽産業が盛んで、エルヴィス・プレスリー以外にマディ・ウォーターズロバート・ジョンソンウィリアム・ハンディB.B.キングハウリン・ウルフアイザック・ヘイズブッカー・T・ジョーンズアル・グリーンらを世に送り出してきた。

人気ロック・シンガーだった忌野清志郎と歌手の中島美嘉はここメンフィスの名誉市民である。

博物館[編集]

国立公民権博物館
  • 国立公民権博物館(National Civil Rights Museum) - キング牧師が暗殺された旧ロレイン・モーテルの中にある。
  • 消防博物館(Fire Museum
  • メンフィス博物館名誉の殿堂(Memphis Museum Hall of Fame)
  • メンフィス・ロックンソウル博物館 (Memphis Rock 'n' Soul Museum)
  • ピンクパレス博物館とプラネタリウム (Pink Palace Museum and Planetarium)

スポーツチーム[編集]

観光地[編集]

ピラミッド・アリーナ
  • ビール・ストリート - かつての黒人コミュニティの中心地であり、あちこちでブルースの演奏を行なっている。B.B.キングは若い頃ここでギターの演奏をしており、その後も自身の名を冠したブルース・クラブに出演することもあった。ストリート・パフォーマーが路上で生演奏するほか、バーやクラブでは夜明け近くまでライヴを行なう。
  • メンフィス動物園
  • ピーボディ・ホテル
  • サン・スタジオ
  • オーフィアム・シアター
  • ニュー・デイジー・シアター
  • マッド・アイランド・アンフィシアター
  • ピラミッド

教育[編集]

メンフィス市の小中高等学校はメンフィス市学区に属し、郊外の小中高等学校はシェルビー郡学区に属している。

単科および総合大学[編集]

ワイルダー・タワー、メンフィス大学

以下の大学がメンフィスにキャンパスを持つ。

メディア[編集]

新聞[編集]

メンフィスを題材とした音楽[編集]

メンフィスを題材としたポップまたはカントリーなどの曲を以下に示す:

メンフィスに言及した曲を以下に示す:

1,000曲以上に「メンフィス」という言葉が含まれ、メンフィス・ロックンソウル博物館ウエブサイトでリストを確認することができる。

メンフィスが舞台となった映画[編集]

交通[編集]

セントラル駅

市街の南側にデルタ航空(旧・ノースウエスト航空)のハブ空港であり、世界一忙しい空港の一つとなっているメンフィス国際空港がある。

道路関係は、主要路線である一級州間高速道路としてI-40I-55が走っている。二級州間高速道路としてはI-240が市街地周辺を環状するように走っている。また、USハイウェイはUS 51US 61US 64US 70US 72US 78US 79がメンフィスを通る。US 72、US 78はメンフィスが西の終点である。70、64、72号線は北はシカゴを拠点としてイリノイ州カイロを通り、51、61号線はほぼミシシッピ川に沿い、南側をブルースの歴史深いミシシッピ・デルタを通過する。

鉄道関係は、ニューオーリンズシカゴを結ぶアムトラックの旅客列車シティ・オブ・ニューオーリンズセントラル駅に停車する。市街の中心部には路面電車が運行している。

出身者[編集]

姉妹都市[編集]

メンフィスはSister Cities International, Inc.(SCI)によって認定された2つの姉妹都市を有している。

脚注[編集]

  1. ^ US Gazetteer files: 2010, 2000, and 1990, United States Census Bureau, (2011-02-12), http://www.census.gov/geo/www/gazetteer/gazette.html 2011年4月23日閲覧。 
  2. ^ American FactFinder, United States Census Bureau, http://factfinder.census.gov 2008年1月31日閲覧。 
  3. ^ The Most Dangerous Cities in America247wallst
  4. ^ Africa In April”. Africa In April Cultural Awareness Festival, Inc.. 2012年9月10日閲覧。

外部リンク[編集]

公式
観光