バラック・オバマ

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アメリカ合衆国の政治家
バラック・オバマ
Barack Hussein Obama, Jr.

バラック・オバマ

生年月日 1961年8月4日(46歳)
出生地 ハワイ州ホノルル
没年月日
死没地
出身校 ハーバード大学
前職 {{{前職}}}
現職 {{{現職}}}
所属政党 民主党
称号・勲章
世襲の有無 {{{世襲の有無}}}
親族(政治家) {{{親族(政治家)}}}
配偶者
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公式サイト
アメリカ合衆国の旗元老院(上院)議員
内閣 {{{内閣}}}
選挙区 イリノイ州選挙区
当選回数 1回
就任日 2004年1月3日
退任日
退任理由
所属委員会 {{{所属委員会}}}
議員会館 {{{議員会館}}}
元首
アメリカ合衆国の旗イリノイ州上院議員
内閣 {{{内閣2}}}
選挙区
当選回数 2回
就任日 1997年1月3日
退任日 2004年1月3日
退任理由 連邦上院選挙出馬のため
元首
内閣 {{{内閣3}}}
選挙区
当選回数
就任日
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退任理由
元首
内閣 {{{内閣4}}}
選挙区
当選回数
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選挙区
当選回数
就任日
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退任理由
元首
その他の職歴
その他の職歴

バラック・フセイン・オバマ・ジュニアBarack Hussein Obama, Jr.[1], 1961年8月4日 - )はアメリカ合衆国政治家。現在イリノイ州選出のアメリカ合衆国上院議員である。政党は民主党。現在、唯一のアフリカ系アメリカ人の上院議員であり、選挙により選ばれたアメリカ史上3人目のアフリカ系上院議員である。ただし母親は白人であるため、混血とも分類される[2]

目次

[編集] 経歴

[編集] 生い立ち

ハワイホノルル生まれ。父親はケニア生まれのイスラム教徒であり、母親はアメリカカンザス州出身のスウェーデン白人)系労働者一家の生まれである。したがって、いわゆる「奴隷の子孫」としてのアフリカ系アメリカ人ルーツは持っていない。

イスラム教の戒律では(少なくとも建前の上では)ムスリムの子はムスリムであらねばならないとされているが、本人は現在キリスト教徒(プロテスタント)である。これについてオバマは自伝で「父はムスリム(イスラム教徒)だったが殆ど無宗教に近かった」と説明している。実際には、ハワイにおいて白人である母親と母親の両親によって育てられたという出自である[3]。6歳から10歳まで、母親と、再婚相手のインドネシア人の義父とともに、インドネシアに在住していた経験もある。

コロンビア大学を卒業後にシカゴに渡りNPOに勤務した後、ハーバード大学ロースクールに入学。アフリカ系(混血とも分類される)として史上初の「Harvard Law Review」の編集長を務めた。

[編集] 政界に

[編集] イリノイ州議会議員

卒業後シカゴに戻り、有権者登録活動(voter registration drive)に関わった後、弁護士として法律事務所に勤務。またシカゴ大学ロースクール講師(lecturer)として合衆国憲法を講じていた。人権派弁護士として頭角を現し、貧困層救済の草の根社会活動を通して、1997年にイリノイ州議会上院議員に選出され2004年まで務めた。

[編集] 合衆国上院議員

2006年連邦支出金透明化法案提出者として(左から2番目)
2006年連邦支出金透明化法案提出者として(左から2番目)

2004年には、対立候補を得票率70%対27%の大差で破りイリノイ州選出の合衆国上院議員に初当選した。2004年のアメリカ大統領選挙では、ジョン・ケリー上院議員を大統領候補として選出した民主党大会で「リベラルのアメリカも保守のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ。ブラックのアメリカもホワイトのアメリカもラティーノのアメリカもアジア人のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ」。「イラク戦争に反対した愛国者も、支持した愛国者も、みな同じアメリカに忠誠を誓う“アメリカ人”なのだ」との基調スピーチを行い、その模様が広く全米に中継されるとともに高い評価を受けた。

[編集] 大統領候補

スプリングフィールドで立候補宣言を行うオバマ
スプリングフィールドで立候補宣言を行うオバマ
ニューハンプシャーで遊説を行うオバマ
ニューハンプシャーで遊説を行うオバマ

2004年以降、2008年アメリカ合衆国大統領選挙の候補として推す声が地元の上院議員や新聞などを中心に高まっていった。本人は当初出馬を否定していたが、2006年10月、NBCテレビのインタビューに出馬を検討すると発言。翌2007年1月、大統領選出馬へ向けた準備委員会設立届を連邦選挙委員会に提出、事実上の出馬表明となった。そして2007年2月、イリノイ州スプリングフィールドにて正式な立候補宣言を行った。有権者に対し、建国当初のフロンティア精神へ回帰することを呼びかけ支持を集めている。

出馬の演説で彼は「ここ6年間の政府決定や放置されてきた諸問題は、われわれの国を不安定な状態にしている」と述べ、医療保険制度や年金制度、大学授業料、石油への依存度を、取り組みが必要な問題として挙げた。グローバル資本主義に懐疑的であり、大量の失業者を生んだ新自由主義経済政策のNAFTAに反対し国内労働者の保護を訴えるなど、ヒラリー・クリントンよりもリベラルな政治姿勢で知られている。

外交政策に関しては一貫してイラク戦争に反対しているが、一方で治安が悪化しているアフガニスタンパキスタンなどにアメリカ軍の派遣を「増派すべき」と最近になって主張し始め、左派だけ無く保守派への浸透も図っている。また、「私が大統領に選出されれば国際的な核兵器禁止を目指す」とも発言しており、「ロシアと協力し、双方の弾道ミサイルを一触即発の状況から取り去る方針だ。まずは、兵器製造に転用可能な核分裂性物質の生産を世界的に禁止することから始める。そして、米ロ間の中距離ミサイル禁止を国際的に拡大することを目指す」と具体的な内容にも言及している。

オバマが大統領に就任すると、建国以来初めてのアフリカ系アメリカ人(アフリカ系と白人との混血)の大統領となる。共和党のジョン・マケイン、上院議員ヒラリー・クリントンと並んで大統領選を競っている。

[編集] 大統領予備選

大統領予備選の第1弾が行われるアイオワ州の地元紙(電子版)により、予備選直前の2007年12月に行われた世論調査では、支持率がクリントンを下してトップであった。その後の2008年1月3日に行われた大統領予備選のアイオワ州党員集会では、保守傾向にある下位候補の支持者や20代の若者などの幅広い層からの支持を集めて、ジョン・エドワーズやクリントンら他の候補者を10ポイント近い大差で破りオバマが勝利した。また、2008年1月8日に行われたニューハンプシャー州党員集会ではヒラリー・クリントン候補に僅差で敗北。しかし本人は「私はまだまだやりますよ」と今後の選挙戦勝利に意欲をのぞかせている。2008年1月26日行われたサウスカロライナ州予備選ではアフリカ系層や若い白人層などから圧倒的な支持を受けてヒラリー・クリントン候補に圧勝。CNNでは投票締め切りと同時にオバマ勝利と報じるほど他候補を圧倒した。また、ジョン・F・ケネディの娘カロライン・ケネディがニューヨーク・タイムズ紙で支持を表明したが、スーパー・チューズデーではヒラリーとの決定的差はなかった。また、2006年に次いでグラミー賞朗読部門賞を受賞している。

[編集] 知名度

かつては知名度の差でクリントン候補に差をつけられていたが、人を挽きつけるカリスマ的魅力があり、遊説を続けるごとに支持者を獲得している。政策は具体性に欠け抽象的・理念的な話が多いという評価がある一方、演説の説得力はJFKの再来とも形容される。演説の巧みさには定評があり、「We」、「You」を多用した短いフレーズを重ねていく手法を採用している。

[編集] 懸念材料

彼が当選するとすれば、アメリカ史上初の黒人大統領となる。アメリカのドラマ『24』の影響もあるといえる。黒人初の大統領を歓迎する声もあるが、黒人嫌いの過激派が暗殺を企てるのではないかという声もある。南部に残る人種差別が大きな懸念材料である。

[編集] 名前

名前を「オサマ」と呼び間違えられることがよくある。過去にCNNテッド・ケネディ上院議員、2007年10月にはミット・ロムニー前マサチューセッツ知事がアメリカ同時多発テロの首謀者のオサマ・ビンラディンを説明中にうっかり言いまちがえている[4]。 主に共和党などの政敵から[要出典]は、ミドルネームのフセインとサダム・フセインをかけて「フセイン氏」の蔑称で呼ばれている。

福井県小浜市では市名にちなみ、観光協会のメンバーを中心として「オバマ氏を勝手に応援する会」を発足させ、親書と市名産の「めおと箸」を送るなどしている。[5][6]。 また、長崎県雲仙市小浜町小浜温泉でも同様に勝手連が発足し、応援活動を行っている。[7][8]

[編集] 家族

シカゴ生まれのミシェルと結婚しており、2人の娘を持つ。ディック・チェイニーとは8親等にあたる縁戚である事が夫人のリン・チェイニーから明かされた。[9]

[編集] 脚注

  1. ^ World Biography: Barack Hussein Obama, Jr.
  2. ^ 現在北米のアフリカ系アメリカ人で純粋に混血でない(白人の血を受けてない)人々は極少数と考えられる。
  3. ^ 保守系フォックス・テレビイスラム神学校で教育を受けたと報じたが、後にCNNの現地取材によってこれは否定された(新潮社 Foresight 3月号)。
  4. ^ ロムニー候補、「オバマ」を「オサマ」と間違えるCNN日本語サイト、記事は削除により閲覧不可)
  5. ^福井県小浜市で突如「オバマフィーバー」 「勝手に応援する会」も誕生」J-CAST、2008年2月6日
  6. ^ 福井・小浜市へオバマ氏手紙 市民歓喜「思い通じた」 asahi.com 2008年3月4日
  7. ^小浜温泉あげてオバマ候補応援! 観光協会に必勝だるま」長崎新聞、2008年2月13日
  8. ^オバマ上院議員を応援、長崎・小浜温泉住民が勝手連」読売新聞、2008年4月24日
  9. ^ オバマ米上院議員、チェイニー副大統領の親せきと判明ロイター日本語サイト 2007年10月17日付)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ